ただの戯言
朝日に照らされたその光景は、悲惨としか言い様がなかった
打ち滅ぼされ焼け野原になった村で、生き残りを探して駆け回った
飛び交う怒声と、歯を食いしばる仲間を見て、拳を握り締めた
「政宗様、ここはもう……」
「………分かってる」
小十郎が眉をしかめ、気遣うような声で告げるのは諦めろという響き
肩に置かれた手がひどく重く感じられた
馬が潰れても構わないとでも言うように無茶な走りをさせ、近隣の村々を巡っていく
焦る思いでただ一心に、一人の少女の無事を願っていた
「……無事でいろ、いつき」
切羽詰った祈りのような声は容易くに風にとばされた
走り抜けていくどの村も、ひどい有様だった
人は少なく、遺体は皆やせ細り、田畑は荒れ、
きっと魔王軍が滅ぼさずとも、終焉は近かったのではないかと思える程に
「何でッ、………ここまでひどくなっても俺を呼ばねぇッ!?」
横目に流れていく景色に歯噛みする
俺を頼れと言った時、嬉しそうに笑っていた
泣き出しそうな笑顔で何度も何度も頷いていた
農民が立ち上がらざるを得ない暮らしを変えようと誓った
あんなガキが歯を食いしばって武器を振るう世を変えようと誓った
守りたいと、何があっても助けてやりたいと思った
あいつが憂う必要の無い世を、笑っていられる世をつくろうと願った
だというのに、こんな有り様になっても結局いつきが俺を呼ぶことはなかった
「筆頭――――ッ!!小十郎様――――ッ!!」
先行していた仲間の呼び声に小十郎を顧みることもなく馬を急がせる
出来ることなら、冷たく胸を焦がす焦燥感から逃げ出してしまいたかった
「……っ、」
「……ッ!」
「俺たちが見つけた時にはもう……っ」
うな垂れる仲間の言葉を聞かずとも、見た瞬間に理解した
理解せざるを得なかった
「……政宗様」
「………Sorry、しばらく一人にしてくれ」
俺の言葉に静かに頷くと、小十郎はそのまま仲間を引き連れて離れて行った
雪の上に横たわった小さな体を見下ろし、拳を握り締める
周りには血の痕一つ見当たらない
いつきの体は吹雪で埋まっていたのか、髪やまつ毛が凍っていた
泣き出しそうに歪んだ顔が、遠くを見詰めたままの瞳が、そのままの形で硬まっていた
「………いつき」
俺を頼れと言ったじゃねぇか
お前は泣き笑いで頷いたじゃねぇか
いつきの隣に膝をつき瞳を閉じてやろうとしたけれど、冷たく凍ったその瞼が動くことはなかった
今年の北の天候が思わしくなかったことは知っていた
今年は特に厳しいだろうと思っていた
それでも、いつきからの便りが無いことに甘えていた
きっと助けを求めてくれると、どこかで思っていた
一人では泣くことも出来ない奴だと知っていたというのに
甘えることも、頼ることも、妥協することも、目を逸らすことも出来ない奴だ
愚直なまでに真摯で、自分から逃げ出すことも出来ない奴だ
仲間を守りたいというそれだけで、血反吐を吐くような思いで戦っていた
幼いながらに農民の誰よりも果敢に戦っていた
泣き言も言わず、仲間を案じ、一番厳しい場所に進んで行く奴だった
「……遅くなって、悪かった」
誰にも泣き言なんて言えないと知っていたのに
誰も、頼れるような奴じゃないと知っていたのに
頭の良い奴だった
だから、自分が頼った後の事まで考えて身動きが取れなくなったのだろう
自分のせいで、と考えてしまったんだろう
だからこそ、俺が気付かなければならなかったのに
「……………」
柔らかな日差しの中で輝いていた柔らかそうな髪も肌も、
今では血で汚れ、凍りつき、いびつに硬直するばかりだ
刃によって裂かれた肌
銃弾で抉り取られた体
どれだけの痛みを、恐怖を、その一身に受けたのだろう
魔王とも称される男の前に立つということは、幼いその身にどれ程の重荷だっただろう
「…………悪い」
日差しの中で笑うあいつを愛しいと思った
初めは気丈なガキだと思っていた
共に過ごすにつれ、妹のように思えた
一緒に小十郎にイタズラを仕掛けて笑い合い、怒られた
たくさんの話をして、素直に感心することも多かった
国の、仲間の未来の話をするあいつの輝く瞳を美しいと思った
気付けば、あいつを欲しいと思っていた
守りたいと、閉じ込めてしまいたいと、笑っていて欲しいと、
泣かせてしまいたいと、困らせてやりたいと、そう思うようになった
あいつが村へ戻ると言った時、無理やりにでも引き止めたかった
あの時引き止めていればと、今こそ強く強く後悔した
いっそ想いを告げていればと、そう思った
「……いつき」
誰よりも美しいと思った
天真爛漫に笑うあいつを汚したくないと思った
あいつの弱さを守りたいと思った
あいつの強さを誇らしく思った
生まれて初めて、愛していると強く想った
「…………俺はッ」
いつきの冷たく強張った頬を撫で、割れそうなほどに歯を食いしばる
何を言おうともう届くことのない言葉だ
もう戻ることのない現実だ
「…………………」
良い反物を見て似合うだろうと思って小袖を作らせた
城下で見かけたかんざしを思わず買った
もう渡すことも出来ないそれら
一度だけ目を閉じ、深い深いため息を吐く
そうして目を開き、いつきの軽い体を抱きかかえ立ち上がる
もしも俺の想いに応えてくれたなら、周りの全てから守ると誓えた
絶対にお前が憂うことなく笑う世を守ると誓えた
(俺は、お前と生きてみたかった………)
寒風に晒され冷え切った自分の体は、
腕に抱えた愛しい重さと変わらないように思えて、
やり切れなさと悔しさに涙が零れてしまいそうだった
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