ただの戯言











白い、真っ白な雪が降ってくる
全ての音を奪い、静寂に耳が痛くなるようなそんな空間を作るように

「………はぁ、寒いだな」

長く厳しい冬が始まる
白い息を吐き出しながらひとりごちても、返事などない

いつもいつも貧しくて、長い冬は辛すぎて、どうにか苦しむみんなを助けたかった
この力で、何か一つでも多くを助けたかった

みんなの期待と信頼で強くなれた

それは確かに事実なのに、その期待と信頼に押しつぶされそうになった
一人きりで、何が出来るのかと思った
みんなを助けたいと思いながら、自分を助けてくれる人はいないのだと思った

おらだけは倒れちゃなんね

それだけを、強く強く拳を握り締めて感じていた

それを、あの青いお侍は一瞬で打ち砕いた
差し伸べられた手に光を感じた
その姿に稲妻のように打たれた

それは神の言葉のように、感じられた

これから何か変わるかもしれない
未来は明るいものになるかもしれない

あの瞬間に、きっと恋に落ちた

穏やかに言葉を交わして、日々を笑い合って、どんどん惹かれていった
どこまでも美しく、堂々としたその全てに、まるで神への祈りのように彼を想った

「……もう、ずいぶん会ってねぇだな」

傷も癒え、村に帰ると言った自分にまた会いに行くと笑ってくれた
何かあったらすぐに俺を呼べと、傲慢に、不敵に笑っていた

ほんの数ヶ月前のことだというのに、ひどく昔のことのように思えて切なくなった

「いつきちゃんッ!!」

急に開けられた扉に驚きながらも、血相をかえた仲間の元へと駆け寄る

「そんなに慌ててどうしただ!?」

「まっ、魔王軍がっ……」

「攻めて来ただか!?」

「隣の村はもう駄目だっ、おらたち、どうすんべ……」

「ッ、おらが出る!
動けるみんなを集めてけろ!」

泣き出しそうな顔で何度も頷くとそのまま駆けていく後姿を見送った
手早く武具を身に纏い、大槌を手にぎゅっと目を閉じる

「おらが、みんなを、田畑を守らにゃあ」

目を開き駆け出すと、身が震えた

戦うのはいつだって怖い
傷付くのも傷付けられるのも、逃げ出したいくらい恐ろしい

それでも、傷付けられるばっかりじゃ駄目だと立ち上がった

「おらは、逃げちゃなんね」

恐ろしさで震える体を寒さのせいだと言い聞かせる
逃げ出したいとにぶる足を前へと踏み出す

助けて、なんておらは思っちゃなんねぇ
怖い、なんて思っちゃなんねぇんだ

大丈夫、大丈夫と何度も頭の中で繰り返す

青いお侍の不敵な笑顔が浮かんだけれど、
助けを求めることなんて出来ねぇと、手を握り締めて歯を食いしばった

「おらたちの村は荒らさせねぇぞッ!」

「……農民如きが、小賢しい」

「うおおおおおおおっ!」

真っ直ぐに向けられた銃口から目を逸らさず、魔王へと向かい駆け出した

銃弾に裂ける肌にビリビリと痛みを感じる
切り裂かれた場所がひどく熱く感じられる
魔王の声が遠くへ流れ、何度も何度も打ち合いが続く

「虫けらがァ!」

「う゛あっ!」

一瞬で地に伏せった体を魔王の足が縫い付ける
そのまま撃ち抜かれた体に思わず声を上げた

「お、おらはっ、倒れちゃ……なんねぇんだッ!」

狙いも滅茶苦茶に、力任せに大槌を振り回す
それを避ける為にどかされた足から解放され、距離を置くために下がった

自分から零れていく鮮血と失われていく熱に意識が朦朧とする
それでも、大槌を握る手に力を込め、逃げちゃなんねぇと自分に言い聞かせる

本当は逃げ出してしまいたい
大声で痛いと泣き喚いてしまいたい
怖いと、死にたくないと、叫びたかった

「おらが、みんなを守るんだッ!!」

ふらつく足で魔王へと駆け出すけれど、力が入っていないことは自分がよく分かっていた
切れる息と霞む視界に、きっと敵わないと分かっていた
もう自分には守ることは出来ないのだと、分かっていた

「ぅううおおおおおおぉぉぉあああああっ!」

それでも、逃げることなんて出来なかった

「片腹痛いわあッ!」

降りしきる弾丸の雨
貫かれる幾筋もの刃

「いつきちゃんっ!」

遠くにみんなの声を聞いた気がした
ぼやけた視界で、降りしきる雪と笑う魔王を見た気がした

「…………ッ」

逃げなかったおらを、あの人はどう思うだろうか
助けを求めることも出来なかったおらを、あの人は馬鹿だと言うだろうか

痛い、苦しい、熱い、冷たい

ごちゃごちゃの頭で、斬り捨てられていく仲間が見えた
動かない手を必死で伸ばそうとして、少しも動かないことを知る

「………み、な………にげ………」

声にならない掠れた声を上げるけれど、もう声を聞く仲間はどこにもいない

暖かな日差しの中で、困ったら俺を呼べと言ってくれた
屈託ない笑顔で、堂々たる強さで、俺を頼れと言ってくれた

あの時、怖いと言えていたら何か変わったのだろうか?
もう傷付きたくないと、傷つけたくないと言えていたら?
戦いたくないと、助けて欲しいと言えていたなら?

風にそよいだ髪がキラキラと輝いていた
後ろから差す光が後光のように見えた
こんなにも美しい神様がいるのだと、ぽかんと口を開けて見ているしか出来なかった

(ああ、許されるなら……一度だけでもあなたの名前を呼んでみたかった………)

耳鳴りがするほどの静けさに、ただ涙が溢れた






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