斜陽
たくさんのものが足りてない
当たり前のことを知らなすぎる
それでも、あんたはただの小娘だよ
「海賊さん、今日は何の勝負ですか?」
「あー、どうすっか…
あんたは何がしたいだ?」
「そうですねぇ、ここはバヒュッと鬼ごとでどうでしょう!」
楽しそうに鶴の字が笑う
青い空に広い海
その中にぽつりと佇む後姿はあまりにも儚かったのを覚えている
「じゃあそうするか」
「鬼は海賊さんですよ!」
「おぅ」
「ふふ、私鬼ごとって初めてです」
ニッコリと笑い逃げる鶴の字を追う
装束の裾が舞い、髪が踊る
光を浴びてキラキラと光るそれら
子供みたいにはしゃいで、大きな口を開けて笑い、
くるくると踊るように逃げ惑う
ひらひらと手のひらからすり抜け、掴めない
「海賊さんっ!遅いですよっ!」
「このっ…!ちょろちょろと……!」
「あははっ!」
パシャリと水を踏みつけながら鶴の字が躍る
くるくるとふわふわと
俺には掴み取れない速度で
「ぅおっ!」
「きゃっ!」
足を滑らせ、鶴の字ごと巻き込んで海に浸かった
まだ冷たい海水に二人でずぶ濡れて、お互いに顔を見合わせる
「ふぅ、海賊さん、大丈夫ですか?」
「…ああ、悪ぃな」
先に立ち上がり、鶴の字が白く小さい手を伸ばす
その温かな手を掴み立ち上がる
「あ、捕まっちゃいました」
「…ははっ!」
「うぅ、でもこんなのずるっこです!」
「勝ちは勝ちだ」
不貞腐れたように頬を膨らませ、不満そうな顔をする
こうしていれば本当にただの子供のようだ
「海、まだ冷たいですね」
「そうだな
まぁ、時期に温かくなるさ」
「まあ!そうしたら今度は海で遊びましょう!」
「ああ」
ころころと表情を変え、楽しそうにパシャパシャと水面を歩く
その背中の小ささは普通の女と変わらない
細い体も、高い声も、綺麗な黒髪も
何の変哲も無いただの小娘だ
海神の巫女とか、そんなことはどうだっていい
あんたが何をしたいかが大事だと思うんだ
社の中から見るよりも、ずっとずっと世界は広れぇだろう?
ずっとずっと、たくさんのものが見えるだろう?
勝負だ、って社に行く度に嬉しそうな顔するじゃねぇか
あんたに望みが出来れば良い
もっともっと、簡単なことでもいい
何でもいいんだ
あんたに欲しいものが出来れば良いと思うんだよ
海神の巫女じゃなく、あんたが思うままに生きればいいと思うんだよ
「ああ、もうこんな時間ですね」
「…そろそろ戻らねぇとな」
「……はい」
少しだけ寂しそうに鶴の字が笑う
そんな顔をする時の鶴の字はやけに大人びている
諦めることに、無意識に慣れたような瞳だ
「…次の勝負も俺の勝ちだ!」
「まあっ、生意気です!次は私が勝ちますからね!」
「はははっ、せいぜい頑張りな」
「当たり前です!吠え面かかないでくださいねっ!」
「はっ!よく言うぜ!」
来た道を戻りながら、他愛の無い会話をする
夕焼けに照らされた後姿を綺麗だと思った
「……海賊さん、有難うございます」
そっと振り向き、切ない顔をして鶴の字が笑う
「ああ?何のことだ?」
「いいえ!次の勝負が楽しみですね!」
本当に、心から待ちわびるように鶴の字が笑う
さっきまでの切なさなど一瞬で霧散する
あんたは何も知らないことで守られていたんだろう
何も知らないことが幸せだったんだろう
でも、そんなのはあんたが望んだことじゃねぇだろう
あんたはもっとたくさんのものを知るべきだ
もっと、その目でたくさんのものを見るべきだ
あんたは、自分の幸せを望んでいいんだよ
「ああ、そうだな」
だから俺は、何度だってあんたに勝負を挑むさ
それであんたの世界が広がるなら、
あんたが楽しそうに笑うなら、
それでいいと思うんだよ
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