スペクトル











業火に焼かれる貴方のなんと美しい
善も悪も無く、ただ恍惚とした激情のみが燃え盛る

「光秀、お前を許さないっ!」

振り返った先には険しい瞳の帰蝶がたたずむ
ああ、貴女の視線のなんと鋭いことか

憎しみ、怒り、憤り
憐憫、思慕、悲しみ

その混沌とする目差しのなんと心地好いことか

「…下がりなさい
これは貴女の為の宴ではありません」

吹き荒ぶ風が髪を揺らす
その冷たさが今は何より愛しい

これしきの言葉で引き下がるのならば、貴女の愛とはそれだけのこと
所詮は切り捨てられるその程度です

ああ、どうか退いてください

貴女を切り刻みたい私をどうか…
貴女の悲しみに歪む顔を悦ぶ私をどうか…

許さないで

「これは私の宴
……光秀、覚悟っ!」

頬をかする銃弾に裂ける皮膚
流れ出る血の温かさに目眩がした
ギラギラと凍てついた視線に快感を覚える

貴女のそんな激情を、ずっとずっと欲していたのです

「あぁっ!帰蝶!」

ずっとずっと、それだけ強い感情を欲していました
貴女から向けられるそれを、心から渇望しました

だがそれは、信長公にだけしか向けられることはない
私に向けられることは、生きている限り、死んだ後でさえ、有り得ない

ああ、貴女の愛する信長公は綺麗な灰に成り果てましたよ
骨の一辺たりとも残すこと無く風に飛ばされ消え去りましたよ

私が貴女の愛する信長公を灰にしたのです

「…っ、光秀ぇっ!!」

貴女は本当に優しい方です
今なお私を憐れむ瞳をするとは

憎しみに塗れてしまえばいい
その激情のままに私を灰塵に帰せばいいのですよ

そんな悲しい目をしないで下さい
そんな切ない目をしないで下さい

私に向けられるのは、怒りと憎しみだけで充分です

貴女の優しさなどいらないのです

それが私だけに向けられることは無いのでしょう?

ならばそれは、不要な物です
怒りのままに、憎しみのままに私を殺しなさい
それが私にとって、この上の無い幸いなのだから

貴女が微塵にでも私を想ってくれるのならば、少しの躊躇も無く私の心の臟を射ぬきなさい
体が粉々になるまで打ち砕きなさい

貴女の望むままに!

貴女の怒りが、憎しみが、これ以上無い甘美です
私はもうこれ以上のものなど必要無い

ああ、だから、泣かないで下さいな






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