絶対零度の熱情











大谷は凶王を駒と見れない
まるで親のように、あるいは恋人のように、どこまでも石田があることが前提にあった

己の心も分からぬとは滑稽だと思った
我には心を晒すくせに、それに気付いてはいない
大谷は己がどれ程石田を想っているか知らないのだ
全てに不幸を降らせたいなどと言いながら、それが石田に降りかかることを恐れる

愚かだと思った

「やれ、悪巧みも順調よ。これもみなぬしのお陰よなァ」

「…軽口は身を滅ぼすぞ」

愉しそうに笑う大谷に不快感が募る

「我は馴れ合う気はない。用が済んだなら早々に立ち去るがよい」

「そう邪険にするなわが盟友よ」

どこまでも不愉快な男だと思った
全てを見透かしたような顔をして何も分かっていない

だが何よりも不愉快なのは石田三成だ
何も持たぬ凶王は自身がどんなに大谷に想われているか分かっていない

それが無性に腹立たしかった

相容れぬ者
長曽我部や徳川も相容れぬが、凶王だけは許せなかった

凶王の側にいる大谷にも、等しく嫌悪があった

「やれ茶菓子くらい出しても良いのだぞ?」

「貴様に出す物など何もない。去れ」

「ヒヒッ、ほんにつれない男よ。…では、われは三成の元へ帰るとしよう」

「………」

愉しげな後ろ姿に声を掛けることもなく見送った

日輪は変わらずに昇っているのに、晴れやかな気分にはなれなかった
胸の内に暗雲が垂れ込めたように寒々しかった
何故大谷が凶王を見るのか少しも分からなかった
あれほど扱い辛い駒はないではないか

凶王にも晒さぬ心を我には見せるくせに、いつだって大谷は凶王の元へ帰る
大谷の後ろ姿を見送る度に叫び出したくなる
悔しさや怒りが込み上げてくる

我は大谷を憎からず想っているのだと理解するのにそう時間はかからなかった

男相手に酔狂だとも思ったが、どうにも止まることが出来なかった

子をなすことも出来ぬ男
患って、先は長くはないであろう男
嬉々として凶王の元へ帰る男
我を同胞と呼び、憶さずに心を晒す男
意のままにならぬ男

たった一人に心が掻き乱されるなど、我には有り得ぬことだった

大谷が現れるまでは中国が、毛利家が安泰であること以外どうでも良かった筈だったのだ

こちらを見ることが万に一つもない相手に懸想するなど愚の骨頂でしかない

それでも想いは止まらないのだ

伝えることなど出来はしないのなら、いっそ酷く傷付けたかった
憎しみでいいから、最後に見るのは我であればいい
癒えることのない傷を負わせたかった

じきに時代は大きく動く
渦の中心は徳川と凶王だ
毛利家の未来の為、我もまた動く時だ
全てを消し去ってしまえばいい
ただ毛利家が続けばいい
その為ならば何だってしよう

感情など必要ない

大谷ごと消し去ってしまえばいいのだ
死んでもなお大谷の中に我への憎しみが残ればいい

前だけを見据え、為すべきことを見定める
己の空虚な心からは目をそらした

決戦の日が待ち遠しかった






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