笑っておくれ











いつもいつも煩い餓鬼が、
しおらしく項垂れていた

眉根を寄せ、
唇を噛み締めて、
苦しさを飲み込むかのような横顔に
なぜだか無性に胸が痛んだ

「蘭丸、なにをしているのですか?」

「…光秀」

見上げてくる瞳には
キラキラと涙が光り、
赤らんだ頬は柔らかそうだ

「…蘭丸は、信長様の御役に立ちたい」

いつもの元気は跡形も無く
ただしおらしい雰囲気だけを纏い
蘭丸が見上げてくる

「蘭丸はっ、信長様の御役に立てればいいんだっ!」

歪んだ顔が愛らしいと思ったのは気まぐれか、
気付けばその小さな頭に手を伸ばしていた

「あなたはきちんと信長公の役にたっていますよ」

手に触れる真っ直ぐな髪は
幼子特有の柔らかさがあり、
いつまでも撫でていたい気分になった

「…っ!うっ、あぁっ!」

くしゃくしゃに顔を歪ませて、
大きな瞳から涙を零し、
咽び泣く蘭丸の声を聞いていた

壊れてしまいそうな体を包み込み、
薄い背を何度も撫でる

しがみ付く力の強さに、
もうこの子供は戦場を駆ける兵なのだと思った

まだまだ母に甘えたい年頃だろうに
敵を屠り、
血の匂いを知り、
ただ信長公に尽くすために生きているのだ

「うああっ、ひっ!うっ、うぅっ!」

蘭丸が何を想い泣いているのか
私には分からない
分かる必要も無い

明日からはまたなじり合い、
喧嘩する日々に戻るのだろう

踏み込まれたく無いのなら踏み込まない
話したいならば話せばいい

その小さな口が言葉を紡ぐなら
気の済むまで聞いてやるし、
泣きたいならばいくらでも胸を貸す

なぜだか知らないけれど、
蘭丸の涙には胸がちりちりと痛むのだ

「あなたは泣き虫ですねぇ」

「うっ、う゛るさいっ!」

手に触れる高い体温
掠れた高い声
小さく細い体

こんなに小さな体で
一体どれ程のものを背負っているのだろう

人の死を、魔王の子という名を、
どんな想いで受け止めているのだろう

普段の天真爛漫さも、
傍若無人さも、
影を潜めて泣くだけの蘭丸は
とても幼く、儚く見えた

「大丈夫ですよ」

「ひっ、うっ、光秀ぇっ!」

何が大丈夫なのか自分でも分からなかったけれど
何度もそう言って蘭丸の背を叩いた

息をすることさえ必死な蘭丸に
何度も何度もそうささやいた

だから早く泣き止んでくれと、
いつものように笑ってくれと、
心からそう思った

「蘭丸、私は蘭丸が好きですよ」

「うぅーっ、うっ!」

柔らかい髪を撫で、
薄い背に触れ、
泣きじゃくる蘭丸を抱きしめる

こんなにも人を愛おしいと思ったのは初めてだった

「光秀っ、光秀ぇっ!」

震える指で着物の裾を握り締める蘭丸を
優しく、壊さないように抱きしめて
大丈夫だとつぶやく

幼く小さなこの少年が
明日は笑えるようにと切に願った

どうしてこんなに胸が痛むのか、
まるで分からなかった






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