届かない月











石田殿は美しいという言葉がよく似合う

雪のように白い肌、輝く銀の髪、色を変える金緑色の瞳
禁欲的な雰囲気に、清廉な心

まるで冷たく輝く月のようだと思った

手を伸ばせば触れられる位置に居ても、どこか遠い人
見つめているのは過去と憎しみばかり

それが、少し寂しいと感じた

「真田、もう軍議の時間だ」

「石田殿!
申し訳ござらぬ、某、その、まだ道がよく覚えられず…」

「そう思ったから呼びに来た」

「うぅ、か、かたじけない…」

それでも、厳しさの裏の優しさを知っている
大谷殿に向けられる言葉や、今のような行動から滲む優しさを、知っている

人々に恐れられ、遠ざけられながらも変わらない公平さ、正しさ、実直さ
理解されづらいかもしれないが、確かにあるその温もりを知っているのだ

正しさゆえに疎まれ、公平さゆえに不満を漏らす者が居ても、
瑣末なことだと切り捨てて、ただ前だけを向いて歩き続ける姿
一人きりで立つその後姿を、某は知っているのだ

「行くぞ」

「あ、待ってくだされ石田殿!」

石田殿の歩みは早い
それでも某の歩みに合わせるように、足を緩めてくれるのを知っている
きちんと付いてこれているか、後ろを確認するのを知っている

それが、どうしようもなく嬉しく思う

「フン
もたもたしていると置いていくぞ」

「見失わぬようきちんと付いて参るので大丈夫でござる!」

言葉を交わすたびに柔らかくなっていく空気
些細な会話に漏らされる穏やかさ
豊臣を語る懐かしそうに細められた瞳

心を晒されている感覚に、胸は高鳴るばかりだった

「…もうすぐだ
家康の首は、もう目前に迫っている」

「…某、きっと力になってみせましょうぞ」

「ああ、期待している」

何時の日かその美しい瞳が徳川殿しか見ていないことに気が付いた

徳川殿のことを口にする時だけ、激しく燃える激情を見た
どれ程遠くとも、徳川殿しか見えていないことに気付いた

某が石田殿だけを見つめていたから、分かった事実

高鳴る胸に走った痛み
喜びは萎み、悲しさが膨れ上がった

それでも、石田殿の力になりたいと思った
一人きりだと思う石田殿に、一人ではないと知ってもらえるよう、
この想いが報われることなど無くても、側に居ようと思った

某は、大谷殿は、長曽我部殿は、貴方を心から案じているのだと知ってもらいたかった

一人ではないのだと、知ってもらいたかった

「石田殿、某は……」

「何だ?」

「っ、某は………いや、武田は、全霊を持って東軍を討ちましょうぞ」

「…ああ」

いつか大谷殿から聞かされたことがある

月は一人では輝けぬのだ、と
輝いて見える月は太陽の光を返しているだけに過ぎぬのだ、と

それを聞いて、本当に石田殿は月のようだと思った

日の光が無ければ、それはもう月では無くなるのだと知った
暗闇に落ち、誰からもその姿が見えなくなるのだと知った

徳川殿がいるからこそ、石田殿はあれほどまでに美しいのだと、そう思った

「真田、死ぬことは許さない」

「……承知!
石田殿、無事に戻りましたら祝宴を致しましょう!」

「宴は好かん……が、いいだろう」

「おお!某楽しみにしております!」

呆れたように某を見る石田殿が微かに口角を上げる

あまりにも美しいその横顔に見惚れた



月が美しいのは手が届かないからだと、分かった

届くことが無いから、どうしようもなく焦がれるのだと、知った

それでも胸の高鳴りは止まず、優しさに触れては軋むように痛み、
一人涙が溢れそうになるけれど、それでいいのだと思える

この胸の痛みを知る者は、某だけでいい

美しい月が優しいことを知っているからこそ、
某の想いなど生涯知る事無く、一人だと思うことなど無く、笑って欲しいと願う

月が翳ることの無いように、お側に居たいと思った






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