君の記憶
泣き虫で、臆病で、優しく笑ったあの娘はもう居ない
我の中にこんなにも鮮明にその姿を残しながら、
もはやこの世のどこにも存在していないなど、信じたくなかった
あの娘の面影を目にする度に泣きたくなる
もう居ないのだと実感させられる辛さに、身が引き千切られる思いだった
「……長曽我部、これを着よ」
「おいおい、これ着物じゃねぇか
何で俺が女の格好しなきゃなんねぇんだよ」
図々しくあぐらをかきながら苦笑し、嫌々と首を振る長曽我部にずいと着物を押し付ける
やんわりと押し返してくる長曽我部の頭を叩き、そのまま無駄に大きな体のの腹の上にのしかかった
「おい毛利、なにしやがる!」
「黙れ!海賊風情が我の邪魔立てをするなど許さんぞ!」
「ちょっ、おい止めろッ!」
抵抗する長曽我部の腰帯をほどき、強引に着流しを脱がしてゆく
男にしては白く滑やかな肌
キラリと光を返した空色の瞳
長曽我部は困ったように眉をしかめながら、
しかし我を傷付けまいと弱々しい抵抗しかしない
そのことが我を傷付けるなど、この男には分からないのだ
「おい、毛利!」
泣き出したいと思う心を押し込めて、
手際よく長曽我部を包み隠す布地を剥いでゆく
「それを着て海の見える丘へ来い
………貴様がよく知っている場所だ」
褌一枚になった長曽我部を残し、それだけ言うと襖を閉める
がなる長曽我部の声を背に受けながら、一足先に丘の上へと向かう為に歩みを進めた
『松寿丸、海おっきいね!』
『お花でかんむり作ったんだ、松寿にあげる』
『松寿丸は優しいね……
松寿が泣きたい時は、絶対側にいるからね』
『帰るの嫌だなぁ、松寿に会えなくなるのは寂しいよ』
『松寿丸ー、大好きだよー!』
ぼんやりと海を見下ろしながら、懐かしい声を思い出す
辛い時、泣きたい時、いつもいつもあの声が側にあった
「毛利ィ―――!」
思い出を掻き消すような大声に振り向けば、すみれ色の着物に身を包んだ大柄な男
だが、その姿に重なるのは初めて恋をしたあの娘
「お前ふざけんじゃねぇぞ!?
ここに来るまでどんだけじろじろ見られたと思ってやがるッ!」
乱暴に頭を掻く動作に、
がに股で歩く粗雑さに、
あの娘の面影がぐちゃぐちゃと踏みにじられてゆく
「……しっかし、この場所も随分と懐かしいもんだな」
そのくせに微笑む横顔はあの娘と同じで、
どこまでも温かく、穏やかに、静かに、全てを受け止めるようだ
「…………………」
無意識に頬を涙が伝っていく
それを拭うことも、隠すことも出来ずに立ち尽くした
「ッ、おい毛利!何泣いてやがんだ」
温かく大きな手にぐいと頬を拭われる
困りきったように眉を下げる長曽我部が、溢れる涙を何度も何度も拭う
その手の温度も、優しさも、昔のままで、そのことが苦しかった
「……我は、貴様を好いておるっ」
我の言葉に目を見開き動きを止めた長曽我部を真っ直ぐに見つめる
頬から離れたその手を握り締め、
心の奥底に沈めた冷たく重い、苦い想いを吐き出した
あの頃からずっと、思い出すことも無い程毎日想った
どれほど月日が経っても、男と分かってからも、変わらなかった想い
性別も、姿形も関係ない
長曽我部の心に、惚れて溺れたのだ
「………ずっと、変わらなかった想いだ」
驚いた顔の長曽我部の手を離し、目を閉じ俯いた
「…………毛利」
ぎゅっと抱き締められる感覚と、長曽我部の香りを感じた
痛いほどに強い力に、これは現実なのだと思い知る
「……ずっと嫌われてんのかと思ってたぜ
俺も、アンタが好きだぜ?
それこそ、一目会ったその日から…ってやつだ」
頭の上から楽しそうにくつくつと笑う声が聞こえる
長曽我部の着物をぎゅうと握り締め胸元に顔を押し付けた
「貴様が男だったなど想定外ぞ!」
「しょうがねぇだろ、自己紹介なんてしなかったしよぅ
大人の話にガキはいらねぇって追い出されちまったしな」
「その上我よりも背が高くなるなど許さん!」
「あ゛ー、そりゃ悪かったな」
「……っ、だが好いておるっ!」
「俺もだ」
そっと頬に添えられた手に顔を上げれば、そのまま長曽我部の顔が近付く
間近に迫る海色の瞳を見詰めながら、案外長い睫毛をしていると思った
触れ合った唇は柔らかかった
「好きだぜ、毛利」
ニコリと笑う顔は変わらないと思いながら、背伸びをして二度目の口付けをした
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