指きり











美しい銀の髪
宝石の如き金緑色の瞳
陶器のような白磁の肌

軍師殿とよく似た、しかしまったく違う容姿

険しい眼差しに厳しい言動
優しさなど微塵も見受けられない少年

己の全てを太閤へと捧げる為に生きているように見えた

「紀之助っ!」

「そのように走ってはまた転びよるぞ」

軍師殿より年が近いからというだけで世話を任され憂鬱になったが、
手のかからない佐吉の世話は思うよりも随分と楽なものだった

瞳の色や言動から他者に距離を置かれがちなわれに、
何の惑いも無く接する佐吉はよく変わり者だと言われていた
それを不快に思わぬのかと訊ねれば、
”あいつ等なんて人を見た目でしか判断出来ぬ痴れ者だ”と、舌足らずな声で言ってのけた
痴れ者などと、どこで覚えてきたのかと思ったが、
ふくれっ面ではっきりとそう言う佐吉が可笑しくて声を上げて笑ってしまった

「二人で食べるようにと半兵衛様に菓子を頂いたのだ!」

「さようか、ではわれは茶でも持ってこよ」

「私が淹れて来るっ!」

「ああ、だから走るなと…やれ、もう行ってしまったか」

幼い割りに分別があり、よく学び、太閤の役に立つことを望んだ
言葉を覚え、鍛錬を重ね、早く大人になることを願った

屈託無く笑う佐吉は、心から太閤と軍師殿に忠誠を誓っている

口にするのは強くなる方法、賢くなる方法、
豊臣の力になる術

子供の欲しがるものを欲しがらず、私欲など無く、豊臣に尽くす為に生きている

「…ほんに、奇特な童よ」

実直に豊臣のことしか考えられぬ佐吉を不憫に思った
何も持っていない子供なのだと思った

「紀之助、茶を持ってきた!」

「…だから、走るなと言っておろうに」

「大丈夫だ、私はもう転ばない」

「そう言って昨日も転んでおったのはどこの誰だったかの、ヒヒッ」

「…今日は転んでいない」

「ヒヒヒッ、ぬしは素直な子よなァ」

「うるさい!
早く半兵衛様に頂いた菓子を食すぞ!」

「あいあい、焦って喉に詰まらせぬようにな」

「子ども扱いするなっ!」

もそもそと頬に菓子を詰め込み、楽しそうに顔を弛める姿は子供そのものなのに、
その事実はきっと佐吉を傷つけるものでしか無い

子供でいられるのは今だけなのだと、分かっていない
大人になりたいという言葉が、自分が子供である証明なのを分かっていない

われは、まだ佐吉に子供で居て欲しいと思う

「紀之助、私は早く秀吉様の御役に立ちたい」

「ぬしはほんにそればかりよなァ」

「御恩を返したいのだっ!」

「ぬしは十分よくやっているとわれは思いよる」

「…本当か?」

「ああ、われは嘘など吐かぬ」

不安そうに眉をしかめ、真っ直ぐにわれの瞳を見返す
佐吉の頭を撫でてやれば、さらさらとした細い髪が零れた

「ぬしには太閤も軍師殿も期待されておる
それはぬしの頑張りをきちんと分かっているからよ」

「……」

「ほれ、そのような顔をしていてはわれは心配で泣いてしまいよるぞ?」

「だっ、駄目だ!
男はやすやすと泣いてはいけないと半兵衛様がっ」

「では笑いやれ
ぬしが笑えば万事解決よ」

「……私は、作り笑いが出来るほど器用では無い」

「ヒヒッ、そのようなことは当に知っておる」

「………紀之助、大人になっても私の友でいてくれるか?」

「…突然何を言い出しよる?」

「いいから答えろっ!」

「…そうよなァ、ぬしがわれなどもういらぬと言ってもわれは友だと勝手に思っておこ」

「私が紀之助をいらないと言う日など来ないっ!
…その言葉を信じるぞ!
紀之助はずっと私の大切な友だ!」

「……ぬしの笑顔を見るのは案外簡単なことだったようだの」

「ちゃんと笑ったのだから泣くなよ!」

「あいあい」

恥ずかしそうに頬を染め、嬉しそうに笑う

佐吉にとってわれが大切なものだということが純粋に嬉しかった

「ならば指きりでもしておくか」

「名案だ!
早く小指を出せ、紀之助!」

「ヒヒッ、そう急かさずとも出しよるわ」

小さな手と小指を絡めて、決まり文句を口にする

「これで私と紀之助はずっと友だからな!」

「あい分かった
われはずっとぬしの側にいてやろ」

「約束だぞ!」

豊臣しか持たない子供
己の欲など無い子供

そんな佐吉の初めての自分だけの願いを叶えてやろうと思った

われが佐吉の側に居たいだけだとは、きっと大人になっても教えてやれぬと思いながら、
今までに見たことも無いような、心から嬉しそうに笑う佐吉と一緒になって微笑んだ






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