WAKIGE











にこやかな笑顔で三成が歩いていた
上機嫌に口角を上げ、足取りも軽やかだ
すれ違う兵は怯えた顔で、この世の終わりだ…などと呟いている
何があったのかは分からぬが、
あまりにも愉しそうな三成が気にかかり声を掛けた

「やれ三成、どうした?」

訝しげな顔で近付いていくと嬉しそうに微笑まれた

「刑部か」

話す声まで浮わついて、三成がわれを見やる

「私はかねてより官兵衛の格好が気になっていた」

爛々とした瞳で語りだした三成は誰の声も聞こえてはいないようで、ただただ愉しそうに話す

「あのように腕の出た服装では、攻撃の際に脇が敵に晒されてしまう」

何を思い出しているのか、苦い顔で首を振る

「人前で急所を晒すなどもっての他ではないか。そこで半兵衛様にご相談したのだ」

綺羅綺羅と今まで見たことも無いような顔で捲し立てる三成に恐怖を感じた

「曰く、羞恥心を持てば隠すのではないかと半兵衛様はおっしゃられた」

懐から剃刀を取り出しうっとりとした手付きで撫でる

「危険だから隠せと言った所で聞く訳が無いのなら、私手ずから羞恥心を植え付けてやろうと思ってな」

恥じらう乙女のように頬を染めてはにかむさまは男とは思えぬ程に可憐なのに、話す内容はえげつない

「手順は半兵衛様ときちんと話し合ったから問題ない。痺れ薬も用意した」

「…してその手順とは?」

あまり聞きたくはないが、僅かには気になり躊躇いながら訊ねる

「今夜私の部屋に官兵衛を呼んである。酒も肴もたんと用意してな。
半兵衛様が言うには、私が酌をしてやり、しなだれかかって懇願すればいいとのことらしい。
その際酒に少量ずつ痺れ薬を盛る。そうすれば嫌だと言われても逃げられることは無いからな。
私が懇願するなど癪に障るが、こればかりは仕方の無いことだ」

不本意そうな素振りも見せず、ニコニコと笑う三成に背筋が寒くなった

「…その策ならば、暗は容易く落ちようて」

「そうだろう!流石は半兵衛様だ!」

心の中で黒田に合掌する

最早誰が何を言ってもそれは三成の中の決定事項を覆しはしないのだと悟った

「では、われは太閤に呼ばれておるゆえ」

「ああ、秀吉様をお待たせするなよ刑部」

喜色満面な三成に背を向け足早に立ち去る

悪意の無い笑みにこれ程うすら寒い物を感じたのは初めてだった




太閤の部屋へと続く廊下を歩いているとにやにやと下卑た笑みを浮かべる黒田に出くわした

「おう刑部、お前さんはいつも不景気そうだなぁ」

「ぬしは大層愉しそうよなァ。良きことでも有りもうしたか」

先ほどの三成によるこれからの不運も全て分かってはいるが形だけでも訊ねてやる

「いやぁ、三成が今晩小生と過ごしたいと言ってきてな。俯いて恥じらう姿はもう、なぁ!」

そう言って大笑いをしてわれの肩をバンバンと叩くと、また嫌らしい含み笑いを浮かべだらしない顔を向ける
この男はこれから起こりうる惨事など微塵も知らぬのだと思うと、幸せと下心を全身で表す姿は滑稽を通り越して哀れですらあった

「話は変わるが、ぬしは袖のある装束は着ぬのか?」

「ああ?小生は今の格好が気に入っている。何故小生が格好を変えねばならんのだ」

意味が分からないという顔でこちらを見る黒田に、最早救いは無いと見た

「仮に三成がそう望んでも変える気は無いか?」

「三成が?…そうだなぁ、頼み方次第にもよるがなぁ」

鼻の下を伸ばし弛みきった表情を浮かべる黒田を心から哀れんだ

「なんだ、三成に何か言われたのか?」

「いや、三成も今宵ぬしと共にあるのを楽しみにしておったぞ。
では、われは太閤の元へ行かねばならぬゆえ、これにてな」

そう言ってやればまたにやにやと笑い出す黒田を見送ってぽつりと呟いた

「…ぬしには同情するわ」


今頃は笑いあってわれを待っているであろう太閤と軍師殿が目に見えるようでやれやれと肩を竦める

夜はまだまだ始まったばかりだ






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