痺れる眼球











ぐすぐすと鼻をすする音だけが響いている
渡した手拭はもうびしゃびしゃになっている
それでも泣き止まない後姿を見つめた

どこまでも優しい男だと思った

見ないで欲しいと言えば
そっと目を伏せ、後ろを向いてくれた

「三成、もうここへは来やるな」

病が移ってはわれは悔やんでも悔やみきれぬ
三成にだけは、この不幸を移してはならぬ
この業はわれだけのものだ

「馬鹿を言うなっ!
貴様がいくら拒んでも私はここへ来る!」

振り返る泣き腫らした顔はさながら鬼のようだ
眉を吊り上げ、鋭い眼差しで射抜いてくる
だがその声は微かに震え、
投げられる言葉は温かだ

「病がぬしに移るのは本位では無いゆえ
賢いぬしならばわれの心情を察しやれ」

「嫌だ、そんなもの知ったことか」

震える唇を噛み締めて、
嫌だ嫌だと繰り返す

「そう駄々をこねるでないわ
ぬしも皆のように離れるのが賢い策というものよ」

「他の者など知るか
形部から離れるのが賢い策ならば私は賢く無くていい」

真っ直ぐな瞳はどうにも居心地が悪い
強情な三成にため息を吐きたくなる反面
そう言ってもらえるのが嬉しく思う

「私は、病ごときで貴様から離れてなどやらない」

馬鹿な男だ
素直で、強情で、生真面目で
不器用で、実直で、損な性格をしている
もっと賢い生き方もあるだろうに、
それが出来るほど器用では無い
本当にどうしようもなく、優しい男だ

治る見込みの無い病を患って、
先の短いであろうわれより離れようとしない

病に対してなぜわれを選んだのだと怒る
離れて行った者に臆病者と叫ぶ
離れろと言うわれにふざけるなと怒鳴る

それがどんなに心に沁みることか
この男は分かっていないのだ

「…やれ、ぬしの頑固さは知っておったが
これほどまでに頑なだとはなァ」

皆に気味悪がられ、
疎まれるこの体でも、
三成が側に居てくれるのならば悪くは無い

こんなにも想われているなど、
病にならねば分からなかったやも知れぬ

「何と言われようと私は形部と共に居る」

「あい分かった
もうぬしの好きにするがよい
われは何も言わぬゆえ」

ため息混じりにそう言ってやればフンと鼻を鳴らし
何の躊躇いも無く包帯まみれの手を掴んできた

「ならば包帯を替えさせろ」

膿の滲んだ包帯を外そうと
三成の冷たい手が触れる

恐れも、躊躇も無く、
優しさに溢れたその手が、
甘く胸を締め付ける

「…ぬしはほんに、優しい子よなァ」

「子ども扱いをするな
替えの包帯はどこだ」

着流しの袖で涙を拭うと
部屋の隅の薬箱から新しい包帯を取り出してくる

替えても良いなどと一言も言ってはおらぬが、
好きにしろと言ってしまったのだから
最早三成の中ではわれの包帯を替えることは
決定事項になっているようだった

赤黒く爛れ、膿の漏れ出す皮膚
それに眉一つ動かさず、
むしろ嬉しそうに包帯を替えていく三成に
なんとも言えず温かな気持ちになった

「…形部は美しい」

「ぬしは変わり者よなァ
人前でそのようなことを言うでないぞ?
気が違ったのかと思われるわ」

「なぜだ?
美しいと思うものを美しいと言って何が悪い?」

不思議そうに首を傾げ、
不満そうな顔をする三成を笑う

「この体を美しいと思うのはぬしくらいのものよ
疎まれ、蔑まれることが普通よフツウ
そんなことを言ってぬしまで疎まれては
われは随分と悲しいなァ」

「…形部が嫌ならば口にはしない
だが、私は形部を美しいと思う」

いつだって三成は、
無自覚に、無意識に、
われの心にするりと入り込み、
容易く傷を癒してしまう

「…男に美しいなどと
美しいというのはぬしや軍師殿のことを言うのだ」

「私は違うが、半兵衛様は確かにお美しい
だがやはり、一番は形部だ」

「…ほんに変わり者よ」

願わくば病が三成に移ることが無いように
不幸はわれが全て受け止めよう
だからどうか健やかに
穏やかに生きられるように
心を砕こう

こんなにも優しい三成を、
この命尽きるまでどうか守りたいと思った

この醜い体を、心を、
美しいと言ってくれる三成に
幸いがあればいい

丁寧に包帯を巻いていく手に
掛けられる言葉に
目頭が熱くなる

今はただこの穏やかな時間が
誰にも邪魔されなければいいと思った






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