さよならも言えず
「ああ、今夜は星が美しいな」
皆寝静まった夜更けに一人きりで河原に立つ
冷たい風に身を震わせながらも足取りは迷い無く進む
柵を越え、民衆も、血の香りも残らない処刑場に辿り着く
「……三成」
月明かりに照らされた顔は、まるで眠っているように美しい
だが、手に触れる肌は氷のように冷たい
もう命を失くした者にしか宿ることの無い温度に、指先が震えた
東軍が勝利した瞬間から決まっていたことだ
異を唱えることすら許されないような物事だ
そう分かっているのに、堪えきれずについにここまで来てしまった
「……今度は、ワシが間に合わなかったな」
秀吉公が死んだ時、三成もこんな気分だったんだろうかとぼんやりと思った
だが、あの時とは状況も立場も違う
「…同じなのは、このやりきれなさくらいか」
もう二度と目を開くことの無い三成を前に、
眉を寄せながら零れた、乾いた自嘲は吹き抜けた風に飛んでいった
止めてくれと懇願すれば、何か変わったのだろうか?
もっと早くここに来れていたら、何か変えられたのだろうか?
だが、今ここに立っているのはそれが出来なかった自分
今際の際にさえ、泣きもせず、命乞いもせず、施しも受けなかったと聞いた
「…三成らしい、な」
震える指で三成の頬を包み、ゆっくりと額を合わせた
間近で見る三成の顔はやはり美しい
生きていた頃と少しも変わらない清廉さはまるで人形のようだ
もう、怒る姿も泣く姿も笑う姿も見ることは出来ない
それが、信じられなかった
それでも目の前の三成にはあの細身の体がもうついていない
温かさも、話す声も、生真面目な眼差しも、もう失われてしまった
姿勢は良いのに首だけが下を向いた独特な立ち方
追いつけないほど早いのに足音は聞こえない歩き方
理解され辛いけれど誰よりも温かな優しさ
誰にも分け隔てなく公平で公正な性格
嬉しそう綻び、幸せそうに笑った顔
悲しさに歪み、憎しみに塗れた顔
誰よりも大きくこの心を埋め尽くす三成が、もうこの世にはいないということ
そんなことは、信じたくなかった
しかし、何よりも確かなのは目の前で冷たくなった三成の姿
体から切り離され、静かに目を閉じる三成の姿
今までに三成から貰った心を誰に渡せばいいか分からない
どこにも捨てることが出来ずに、この体の中で静かに冷えていく
「…愛している、三成」
ゆっくりと目を閉じ、氷のように冷たくなった三成の唇に触れた
そのまま三成の頭を抱きかかえれば、
癖の無い銀髪から微かに三成の香りがして胸が締め付けられた
渡したかった愛は行き場を失い、にがい塊になってこの胸に沈んだ
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