ループ











「刑部っ、刑部っ!
逝くな…、私を残して逝くなッ!!」

最後の力を振りし切ったのか沈黙する戦国最強
その槍から私を庇い、地に伏せる刑部

どうしてこうなった?
なぜ私を庇った?

疑問と喪失感に苛まれながら、もう何を言うことも無い刑部に縋りつく

そのまま目を閉じれば視界が暗転した



「三成、大丈夫か?ひどくうなされておったぞ」

「…刑部」

心配そうに覗き込む刑部を思わず引き寄せた
抱き締めた腕に感じる温かさに涙が溢れた

「やれ、泣きやるな三成よ
どれ、もう怖い夢は終いよ、シマイ」

ぽんぽんと背を叩かれながらぎゅうと刑部にしがみ付く

あまりにも生々しい感触が未だ手に残っている
流れていく血と共に失われていく体温
血の匂いと濁っていく刑部の瞳

「徳川を討つというのに、そのように泣いていて大丈夫かえ?」

刑部の言葉に部屋を見回せば書簡や勢力を記した地図が散らばっている
そうして今は秀吉様が討たれた直後なのだと思い至った

「……すまない、大丈夫だ」

「ヒヒッ、今日は共に眠ってやろ
ぬしがまた怖い夢に泣いてはかなわぬ」

可笑しそうに笑う刑部に心底ほっとした
悪い夢だとは思い切れないまま、
布団から手招きする刑部にしがみ付いて目を閉じた

次は絶対に死なせないと、強く強く心に誓った



「刑部っ!刑部ッ!!」

何故こうなる?
本田忠勝を討ったというのに、何故刑部が倒れている?

「…っ、何故だ毛利ッ!
何故刑部を助けなかったっ!!」

「我が来た時にはすでに虫の息よ」

「……………刑部ッ!」

倒れる刑部と家康
刑部の体を抱き締めれば、また失われていく温度を感じる
このまま、また刑部は居なくなる

死ぬなと約束したのに
死なせないと誓ったのに

無力感のままに刑部の体を抱き締めたまま瞳を閉じれば、またもや視界が暗転した



「三成、大丈夫か?ひどくうなされておったぞ」

「…刑部」

優しく髪を撫でられる感触
温かな刑部の手のひらを掴み、刑部が生きていることを確かめる

確かに伝わる体温にほっと息を吐いた

「………大丈夫、…大丈夫だ」

「どんな悪夢を見たかは知らぬが、所詮は夢よ
さように気にしやるな
ぬしは徳川を討つことだけを考えておればよい
なに、下準備は全てわれが終わらせよる」

「…ああ」

刑部の手を離し部屋の中を見回せばそれは覚えのある光景
秀吉様が討たれ、家康を殺すために奔走を始める直前のこと

「…刑部、死ぬことは許さない」

「あい、分かった分かった」

夢でも何でもいい
もう刑部を死なせない
今度こそ、刑部を死なせないともう一度強く心に誓う



「刑部っ!」

「死ぬな、刑部ッ!!」

「私を残して逝くな、刑部ッ!!」

「…死ぬことは許さないと、言った筈だっ!」

「…刑部」



「刑部っ、……刑部ッ!」

「石田ァ、大谷は俺を裏切りやがったんだ!」

もう何度繰り返したのだろう
もう何度刑部の死を見てきたのだろう

どうすることも出来ずに、一体何度刑部を失った?

何度冷えていく体を抱き締めたのだろう
何度命を失い濁っていく瞳を見詰めただろう

裏切りなど知ったことかと思う
これ以上刑部を殺すなと怒鳴ったところで、誰にも分かりはしないのだ

冷たくなった刑部の体に頭を擦り付け何度目かも分からない涙を零す
震える指で刑部の体にしがみ付く

そうして瞳を閉じれば、もう数えることすら止めた闇が降ってくる



「三成、大丈夫か?ひどくうなされておったぞ」

「…刑部」

何度ここで目が覚めただろう
何度刑部の温かさに安堵したことだろう

ここまで来なければ分からなかった私は何と愚かだったのだろう

刑部の裏切りを知っている
どれ程に刑部を信用し、そんな言葉で目を逸らしていたかを知っている
全てを刑部に放り投げ、身勝手をしてきたのかを知っている
刑部の裏切りが、全て私の為のものだと知っているのだ

「…っ、刑部、刑部ッ!」

「やれやれ、怖い夢でも見よったか?
そのように泣いては男前が台無しよ」

「刑部っ!家康を討つのは止めだッ!!」

「……やれ、何を言い出すかと思えば」

「もういいんだっ!
もう、私の為にと私を裏切るなっ!」

「…三成?」

「…私はっ、もう全部知っているんだ
長曽我部のことや毛利のこと、海神の巫女や第五天のことを…っ」

「…っ!」

「もういいんだ、刑部
っ、今まで、全てを背負わせてすまないっ!
すまない、刑部っ!」

「………三成」

泣きじゃくる私の背をあやすように叩かれるのはこれが何度目だろう
それがどれ程に大切かと認識するのも、もう何度目になるのだろうか

「…刑部、私は家康を許す
………だからもう、いいんだ」

秀吉様や半兵衛様は今だって変わらずに私の中で大きな存在だ
とても、とても大切な方々だ

それでも、今生きている刑部が、お二人よりも大切なのだと気付いた

私の為に裏切りを繰り返し、私を庇い死んでいく刑部をもう見たくは無いのだ

珍しく困惑を顔に浮かべる刑部をぎゅうと抱き締める
もうこの熱が失われないようにと強く抱き締める

「…私の憎しみも、怒りも、もういいんだ
刑部の居る未来のほうが、ずっとずっと大切だと気付けたんだ!
私と共に生きろ、形部ッ!!」

強く強く力を込めた腕の中にはまだ生きている刑部
戸惑うように、躊躇いがちに背に回される温かな腕

ああ、これから共にどう生きようか
もう何だって大丈夫だ
私たちは共に生きて行けるんだ

「…刑部、死ぬことは許さない」

「……あい、分かった分かった」

これから先に続く未来を、二人で幸福で満たせるように心に誓おう






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