落 ち た
月
「三成…」
三成の白い頬に手をやれば、嬉しそうに笑う
幸せそうに頬ずりをしてくる
「気分はどうだ?」
問い掛けに答えることも無く、ただ不思議そうに首をかしげ、
頬に触れる手を取り、ただ笑うばかりだ
関ヶ原で家康を殺した三成は、あれほど望んだことだったにもかかわらず、
家康の亡骸に縋りつき、目を覚ませ、もう一度私に殺されろ、と
もう動かない家康を何度も何度も揺すり、血の涙を零した
三成が何を思ったのか、何を考えていたのか、今ではもう分からない
戦いの中で大谷も亡くなり、行く当ての無くなった三成を船に乗せ四国に戻った
それからは何を言うでもなく、ただ一日中ぼんやりと部屋の中で過ごしていた
部屋に入っても、声を掛けても、何も反応を返すことは無く、
ただただ虚ろな瞳で部屋のどこかしらを見つめているばかりだった
「…家康」
三成が俺の目を見て、嬉しそうに笑う
四国に着いてから、飲まず食わず眠らない三成に無理にでも食事を取らせた
強引に布団に押し込み目を閉じさせた
大した抵抗も無く従っていた三成が、初めて自分から外に出たのはひと月が経った頃だった
ろくに動いていなかったせいか、弱った足がもつれ転びかけた
それを抱きとめ、大丈夫か?と声を掛けてやれば、嬉しそうに笑い、家康、と言った
それから三成は俺を見る度に家康の名を呼ぶようになった
縋るように、甘えるように体に触れ、それはそれは嬉しそうに笑うのだ
何を言っても反応が返ってくることは無く、
ただ、三成は壊れちまったんだ、とそう思った
形部の死を告げても、俺は家康じゃないと伝えても、
不思議そうに首を傾げるばかりで、俺の胸元に顔を寄せ、笑った
だが背に回された腕が震えていたことを知っている
どんなに三成が忘れてしまっても、忘れきれない部分があると知った
それからはもう何を伝えることも無くなった
真実を伝え、理解させ、それでどうするんだと思った
これ以上三成を壊したくないと思った
「家康…」
三成の冷たい手が首に回り、切なげな目で見つめてくる
「三成…」
その白い肌を撫で、力強く抱きしめてやれば腕の中で楽しそうな笑い声が上がる
「家康」
手繰られる指のままに口付け、僅かな隙間に舌を差し入れる
三成の熱い口内を侵し、舌を絡め取れば頬を染め甘い息を吐く
「はっ、いえ、やす…」
貪るように舌を絡めてくる三成の目には今にも零れ落ちそうな涙が溢れている
いつもいつもいつも、三成は涙を流す
触れろとでも言うようにまたがり、口付けてくるのに、その瞳にはいつだって涙が光る
手を引き寄せて、肌に触れさせてくるのに、いつだって涙を溜めた目をしている
「三成…」
それを見る度に、罪悪感に襲われる
真実を告げないことに、
理解させないことに、
三成に、触れることに、
重苦しい罪を感じる
咎められないことに罰を感じる
「三成っ…」
抱きしめる三成は涙を零しながら目を閉じる
幸せそうに微笑み、俺にすべてを委ねる
これ以上の罰を、俺は知らない
「すまねぇ、三成」
「家康」
しがみ付く俺は家康じゃない
お前の愛した男じゃない
家康はお前が殺しちまったじゃねぇか
「ああ、すまねぇ…
三成…家康…すまねぇ」
きつくきつく三成を抱きしめたまま、何度も何度も贖罪を口にする
それに答える声は無く、不思議そうに涙を零す三成がいるだけだ
「…家康」
三成の指が、俺の頬を伝う涙を拭う
自分の涙は拭わないまま、優しく頭を撫で、三成が笑う
大切なものを慈しむように、優しく優しく手を触れ、笑う
「…家康」
三成も、家康も裏切っている俺は何だ
誰も救うことなんて出来ずに、壊れた三成に縋って泣く俺は何だ
「三成…」
折れてしまいそうに細い三成を腕の中に閉じ込め、震える息を吐く
唯一生き残った友に、どう接すればいいのか分からない
涙を止めてやることも出来ず、真実を理解させてやることも出来ないでいる
(…誰か、俺を殺してくれよ)
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