屍 骸











泣き出しそうな空の下を三成が佇んでいた

何をするでもなく、
地面の一点をじっと見つめるように俯き、
微動だにしない

何をしているのかと眺めていたが
ぱらぱらと降り出した雫を感じようやっと声を掛けた

「…三成よ、そこにおっては濡れてしまいよるぞ」

「猫が」

こちらを振り返ることもなくひとり言のようにそれだけ言うと
片手を伸ばして地面から何かを拾い上げた

「死んでいた」

母猫が仔猫を持ち運ぶ時のように
首の皮を掴む三成の手にはぐにゃりとした屍骸

野犬にでも咬まれたのだろうか
ねずみ色の毛には赤黒く変色した血がこびり付いていた

「…飼っておったのか?」

三成が猫と戯れるところなど見たことが無い
そもそも三成が生き物に興味を示すのが想像出来なかった

「何度か餌を与えたことがあるだけだ」

それだけ言うと降り出した雨を気にすることも無く歩き出した

放っておくことも出来ずにその背を追いかける

表情も声音も普段と変わらないが、
真っ直ぐに進む三成の背は
太閤が亡くなった時の後姿によく似ていると思った

次第に強くなる雨を鬱陶しく思いながら、
これでは本当に太閤の時と同じではないかと呟いた

雨音で三成には聞こえなかったようで、振り返ることは無かった

大阪城からさほど離れていない森の中で
大輪の向日葵が咲き誇っていた

背丈よりも大きなそれらを掻き分け
三成の背を追う

終わりの無いような気がした向日葵畑を抜けると
屍骸を丁寧に草の上に横たえ土を掘る三成が居た

近くの木の枝を二振り手折り三成に一つを差し出す
何も言わずにそれを受け取った三成の向かいに膝をつき
手折った枝で同じように地面を掘った

「人に警戒しているのか近づいてくることは無かった」

「日向の庭でよく寝そべっていた」

「私が遅くまで起きていると遠くから眺めてきた」

「気まぐれに餌を放ってやれば一声鳴いて食べていた」

三成の言葉を聞きながら黙々と穴を掘った

「柔らかそうな毛並みだと思った」

「琥珀の瞳を美しいと思った」

三成の手が止まり、十分な深さの出来た穴の中に猫の屍骸を置いた

手が汚れたが特に気にせず土を被せていく

降りしきる雨が体温を奪っていく
着流しも包帯も肌に張り付いて気持ちが悪かった

土も被せ終え立ち上がる

これ以上三成をここにいさせては、
二人そろって風邪をひくやもしれぬ

だが、じっと土盛りを眺める三成に声を掛けられなかった

「名など付けなくても、愛着は湧くのだな」

土に汚れた手で三成が手を伸ばす

そっとその手を握り抱き寄せてやれば弱々しく抱きしめ返してきた

「…形部、どこにも行くな」

「行く訳がなかろ」

冷え切った体で、同じように冷え切った三成を抱きしめる

温めることは出来ないが、寄り添うことならば出来る

「やれ、二人そろって濡れ鼠よ
早々に戻るとしよ」

「あぁ」

手を繋いだまま来た道を引き返す

通り雨だったのか、雫はもうほとんど止んでいた

「形部、見ろ」

歩みを止めた三成が指差す方に目をやれば
七色の虹が架かっていた

息を呑むほどに大きなそれをただ眺めた

「形部、死ぬことは許さない
だが、死ぬならば私の目の届く場所で死ね」

「御意に」

ようやくいつもの調子が戻ってきた三成に
ニヤリと笑って返してやる

本当に全てが不器用な男だと思った






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