雨音
音の無い雨がしとしと降っている
満開に咲いた桜はこの雨で少しずつ散ってしまっている
「三成、ここにいたのか」
後ろから掛けられた声に振り向けば長曽我部が笑っていた
手には酒瓶、杯は二つ
それをひょいと持ち上げ、カラカラと笑う
「暇なら付き合え」
「…ああ」
昼から飲むな、政務はどうした、と言いたい事は多々あったが、
その酒盛りをする目的が分かっているから、それ以上の返事は出来なかった
「夏にはまだ遠いってぇのに、よく降るな」
「雨は嫌いか?」
「…好きじゃぁねぇな」
隣に腰を下ろし、次々と杯を重ねる長曽我部と言葉を交わしながら降り止まない雨を眺める
長曽我部は雨が降ると私の側に居ようとする
何度かそうしたことが続く内に、懐古に、後悔に捕らわれる私を気づかっているのだと気が付いた
秀吉様を失った時を思い出すことを、そうやって過去に捕らわれることを、
私が一人になることを、長曽我部は嫌う
「見ろよ、この雨で折角の桜も散り始めてる
機巧の試運転も出来やしねぇし、困ったもんだぜ」
呆れたようにため息を吐く長曽我部を横目に、ようやく最初の杯を空ける
「だが、雨がなければ作物は育たない
農民には、恵みの雨だろう」
「そうなんだがよぉ
こうも続くと、気が滅入ってな」
ガシガシと頭を掻き、ため息を吐いた長曽我部を横目でちらりと盗み見る
艶っぽく濡れた唇に憂いを帯びた表情
遠くを見つめる視線は何を見ているのか検討も付かない
「…私は、雨は好かないが貴様とこうしているのは嫌いではない」
「……はははっ、そりゃあ良かった」
驚いた顔をした後に柔らかく微笑む長曽我部に笑みを返す
空いた杯に新たに注がれた酒を一口飲み下し息を吐いた
細い糸のような雨は煙り、靄をかける
何も話さず、ただ隣に座り、雨を眺めながら杯を重ねる
なんでもないこの空間が、時間が、心地良いと思える
少し身を乗り出し、縁側から手を差し出せばしっとりと濡れる指先
「おいおい、俺は手拭いなんて持ってねぇぞ?」
「そんなことを貴様に期待はしていない」
呆れたように言う長曽我部に鼻で笑い濡れた手を引っ込める
そのまま杯を傾ける長曽我部の首を触ってやれば冷たさからか肩を震わせ酒を零した
「っ……ああ、勿体ねぇなぁ」
濡れちまったな、と苦笑する
「そうだな」
長曽我部の膝を濡らす酒を這いつくばって舐め上げる
「…っ、三成」
目に宿るのは欲の色
少しばかり上ずった声が、躊躇いながら伸ばされた手が、
その先を望んでいるのがありありと見て取れる
薄く笑い、長曽我部の膝に跨れば吸い付かれる唇
それでも頭に回された手に力は込められず、嫌がればすぐにでも逃げられる
ずるい男だと思う
いつだって逃げ道を用意して、私に逃げない道を選ばせる
「…長曽我部」
絡む舌は酒の味がして、それだけで酔いが回りそうだ
「…三成」
長曽我部の手が頬に当てられ、耳を撫でられる
くすぐったさに身をよじり長曽我部の首筋に顔を埋めた
そのまま何度か頭を撫でられ二人で抱き合う
「…雨、止まねぇな」
「…そうだな」
降りしきる音の無い雨を背後に感じながら目を閉じた
今はただ長曽我部のことだけを考えていたいと思った
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