涙 の 温 度











小太郎が泣いていた
歯を喰い縛って、震える手で何度も目を擦っていた

時折漏れるしゃくり上げる声に欲情した
赤く腫れた目元が、涙に潤んだ瞳が、寄せられた眉が、誘っている様にしか見えなかった

「何泣いてんの?」

溢れんばかりの劣情を、おくびにも出さずに問いかける
髪の隙間からちらりと見えた瞳に射抜かれた

止まることの無い嗚咽
止まることの無い涙

なんて美しい生き物だろうか

血色の髪は燃えるように赤々として、白い肌との対峙はまるで死体だ
血に濡れた人形のような小太郎に愛しさが募る
息をして、心臓が脈打っている筈なのに、どこまでも無機質だ

「優しい俺様が聞いてあげるよ」

隣りに腰を下ろし温かい手に触れる
生きている体温に吐き気がする

『…さすけ』

声の無い言葉が空気を震わせる

なんて幸せだろう
声の無い小太郎が、自分を想って名前を呼ぶ

抱き締めたい
全身いたるところに唇を寄せて噛みつきたい
真っ赤に染まる小太郎は、きっと何よりも美しい

不埒な自分に苦笑しながら、ゆっくり小太郎の頭を撫でる
指先からさらさらと溢れる赤に目を奪われる

「どうしたの?」

『…すきだ』

すんと鼻をすすって小太郎が呟く

『さすけ、さすけが、すきだ』

開いた口から愛が漏れる
真っ赤な口内が晒されている
柔らかそうな舌が、真っ白な歯が、月夜の元に晒される
薄い唇に吸い付いて、艶かしい舌を噛んだらどんな顔をするだろう

「ん、俺様も小太郎が大好きだよ」

にっこり笑って鼻の頭に口付けを落とす
まだぐすぐすと泣いている小太郎は本当にどこまでも愛らしい

「ほんとにさ、大好きだよ、小太郎」

目を細めて、口角を上げて、吐き出すのは苦しいくらいの愛の言葉
じっとこちらを見つめる小太郎の瞳に写るのは優しく笑う猿飛佐助

小太郎の瞳が見ているのは一体どんな俺様だろう

『さすけ』

弱々しく震える指がしっかりと手首を掴む
存外強い力に、風魔小太郎を思い出す

『…さすけ』

誰も姿を見たことの無い伝説の忍
姿を見た敵は例外無く殺される
そんな言葉で伝えられてきた風魔小太郎
忍としての力や技術は間違いなく小太郎が上だ
そんなことは解ってる

「ん?」

それでも、俺様を拒まない小太郎
一瞬で捩じ伏せられる力を持っているのに、そうしない小太郎
従順に、純粋に、盲目的に従おうとする小太郎

『…さすけの、すきにしていいよ』

温かい頬に触れた指が、掴まれた手首が、熱を持つ

『…あいしてるよ、さすけ』




ぷつん


と、微かな音が聞こえた気がした

ただ夢中で小太郎の唇を貪った
漏らされる吐息に熱が上がった

『…ッ、…ぁッ』

白い肌

血色の髪

甘い吐息

染まる頬

声無き言葉

汗ばむ体

うねる肢体

握られた拳

寄せられた眉

浮かされた瞳

開いた口

零れる唾液

溢れる涙

真っ直ぐな視線

小太郎の匂い

瑞々しい肌

食い込む感触

むせかえる香り

真っ赤な鮮血

温かい舌

肉の歯ごたえ


上がる口角

笑う小太郎

伸ばされた手

冷たい指先

拭われる涙

伸びた手

力任せに歪む首

笑う小太郎

優しい笑顔

『…あいしてるよ』




折れた首

物言わぬ亡骸

止まった呼吸

動かない心臓

血に濡れた小太郎

「…愛してるよ」

ずっとずっと望んでいた姿




少しずつ冷たくなっていく指先に口付けを落とす

恥じらう仕草も、綻んだ笑みも見られない
赤紫に変色した顔は小太郎とは似ても似つかない
だらしなく開いた口から溢れた唾液が、鼻から流れる赤い血が、大事な大事な小太郎を汚していく

「…汚い」

唾液も涙も血液も、みんなみんな汚い

「…小太郎を、汚すな」

手拭いで力任せにぬぐってやれば、ただ汚れが広がるばかるだ

「小太郎」

重い体を抱き締めて名前を呼ぶ

何度も
何度も
何度も
何度も
何度も

どれだけ呼んでも返事はない




朝日が昇る頃には全身が冷たくなった小太郎だったもの
日の光に晒されたそれは醜さばかりが際立っている

ゆっくりと立ち上がり小太郎を腕に抱える
抱き締め返す腕も、楽しそうな横顔も、全ては夢か幻でも見ていたようだ


森の奥深くある湖に小太郎だったものを投げ入れる
身に付けていた武具や防具の重さからか、浮き上がることはなかった

透き通った水の底は真っ暗で何も見えはしない


(…生きているから、美しかったんだ)


昇った朝日を背に、冷たい水の中を進む

水底に沈んだ小太郎を抱き締めて、体の中から空気を吐き出す
凍えるようなこの場所だって、小太郎と一緒なら悪くないと思った


(愛してるよ、小太郎)






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