お墓の建て方
お墓造りにあたって
 
『墓は家の根である。墓が家を作り、人を作る。墓の如くに家がなる。墓は家を要求する。家には必ず墓が要る。』と言われたのは、岡山に生まれた偉大な墓相家「中山通幽」師である。そして、昭和の墓相家「松崎整道」師は、『人生、家あるも墓なきはその家滅び、墓あるもその建て方よろしきを得ざればその家枯れる』と言われている。

中国ではどこを墓地にするかが子孫たちの将来に影響すると考えられ、古くから風水学、陰宅風水として伝承されてきた。また権力を握った王たちも自らの命を狙う者達から身を守るため、名の有る墓相家を側近に置いたことが知られている。
 
高野山 豊臣家の墓 このように、墓作りは人の運命、子孫の運命を左右するほど重要なものである。我々は古くから「喜び」があった時、「哀しみ」があった時、それぞれ墓に赴き先祖に報告をしてきた。そこには墓を通して先祖との対話があった。

ところが、中には墓を否定する人々がいる事も事実である。彼らは、「仏教と墓は教義上無関係である。墓を造る事など、どの経典にも書かれていない‥‥‥」と言う。
 
「墓相の変遷」で少し触れたが、釈尊の教えを伝えていると言われる仏典の中には、何箇所も墓の建立について語られている。勿論『墓』という言葉そのものではなく、仏を供養する『塔』として語られているのである。

このホームページでは、くどいほど墓の歴史や宗教、特に仏教について触れている。これは仏教を語らずして『墓』を語ることは出来ないと考えたからである。日本に入ってきた仏教は純粋なインド仏教ではなく、中国で何千年と育まれてきた道教、儒教の影響が大きい。その影響こそが今日の先祖供養、葬法に大きな影響を与えていることは、歴史を振り返れば簡単に紐解く事が出来る。

仏典に『墓』という言葉、文字が見当たらないから『墓』は要らないと言うのではなく、我々の祖先が千年以上にわたって培ってきた先祖への想い、追善の心を大切にし、それを子孫に伝えていく事は現代の我々に与えられた責務であると同時に、祖先の遺産であると考える。
 
高野山 親鸞聖人宝篋印塔 釈迦はインド北部のクシナガラという地の沙羅双樹の下で涅槃に入ったと伝えられている。その裏手にある釈尊を火葬にした場所に建てられた記念の塔は、我々の概念では『墓』としてみる事ができる。

また、浄土真宗の開祖親鸞聖人は、「自分が死んだら遺体は鴨川に流して魚の餌にせよ」と遺言を残されたそうだが、当時の鴨川はインドのガンジス河に勝るとも劣らないほど死体が流溢れていたのである。そのような場所へ親鸞聖人の遺体を流す弟子達がいる筈も無く、お聖人の墓は五輪塔、宝篋印塔の形で全国あちらこちらに建立されている。
 
ところで、世の中には「もう亡くなってしまった仏様よりも生きている自分たちを大切にしなさい」などと言う人々が案外多い事に驚く。これではまるで親や先祖のことは放っておいて、自分達の幸せだけを求めよと言っているのと同じである。本当に子供の事を考えているならば、このような言葉は発せられない筈である。それよりも先祖や親のお陰、ご苦労があって今日の幸せがあるのだから、亡くなった仏様には心から感謝をし、手を合わせ供養に努めようと教えるのが本当の親ではなかろうか。

墓にしろ仏壇にしろ、供養する心の無い者には無用のものであろう。しかし、先祖の幸せを願い供養の心を持っている者にとって、墓や仏壇は大切なものである。いくら遠くに住んでいても、折々に墓参りに帰省する心を多くの人々は持っている。
『墓』は親から子へ、子から孫へと受け継がれてきた。いくら故郷から離れた都会へ住んでいても、遠い海外へ住んでいても、切り離す事のできない『縁』を『墓』は教えてくれる。

墓造りで大切な事は、先祖を供養する心を忘れない事である。決して現世利益を追求する為のものであってはならない。親が現世利益を追求するばかりに世間の常識から外れた墓を造ってしまい、子孫に「お墓参りには行きたくない」などと言われないよう、心して墓を造る事が大切であろう。そして折角造る大切な墓ならば、間違った墓造りでなく正しい墓造りをして頂きたい。

このホームページが、これから墓を建てようとお考えの方に少しでも役に立つならば幸いである。
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