原始宗教と墓相■陰陽が墓相の原点(壱)
◆母系氏族社会の誕生
 
母系氏族社会の誕生 遥か昔、日本列島に誕生した日本民族は、衣・食・住を求めて自然的に小さな集団を形成した。その集団は氏族と呼ばれる身内同士の集団であり、当初の中心的指導者は女性であったと考えられている。その社会を母系氏族社会と呼び、日本のみならず世界四大文明の発生期に共通して存在した社会とされている。この母系氏族社会では、人々が共同して生活していく中で必要な宗教儀礼、行動規範などが細かく規定されていた。そのため人々は一族から抜けて生活することは出来なくなり、集団としての結束が強まると共に、指導者=女性の影響力はますます強くなっていった。

原始宗教の特徴は何と言っても
女性崇拝にある。女始祖崇拝や女陰崇拝は代表的なものだが、女性の中でも、特に神との感応に優れたものは一族の指導者になり、また子供を産む女性の「力」は無から生を生みだす神秘のエネルギーの源として崇拝された。種の保存と繁殖は一族にとって欠かせない重要なものであり、同時に信仰の対象が女性、生殖器に求められた事は言うまでもない。「産む力」は豊穣をもたらす自然界の「生命力」、「生産力」そのものであり、人々は女性にそのエネルギーを求めたといえる。
 
物を生みだす力は自然界にもあった。落雷により山から火を持ち帰り、海・川からは魚介類などの食料が得られた。土に種を蒔くと様々な収穫に繋がり、その収穫を左右するものは太陽の光であった。人々はそれぞれを神の力と考え、自然を敬い、自然を大切にしてきた。そして女性を崇拝する心、自然を崇拝する心は集団の祖先に対する信仰心をも植えつけていった。

母系氏族社会は、一族一族が独立していて相互の交流はなかった。言い換えれば鄰国相望、不相往来の社会であった。しかし、その事によって一族の結束が図られたというメリットがある反面、生活基盤の上で避けては通れない大きなデメリットがあった。それは、古代の集落が大きな河川の近くに集中している事からも覗える。人類の歴史の中で、治水事業が最も重要視されていたことは世界の歴史が語っている。古代に於いては尚更の事であり、河の氾濫を防ぐ為には男性の「力」、一族間の協力が必要となってきた。その結果、それぞれの一族との交流が進み、力を合わせることによってより大きな成果が得られるようになった。やがて母系氏族社会は父権社会へと移り、
父権家長制の社会へと変っていく。しかし、女性崇拝・自然崇拝の信仰心に変化はなかった。一方、男性の力が見直されると、男性器信仰、リンガ信仰が興ってくる。
 
◆日本の神話
 
さて、世界の四大文明の一つ中国文明(黄河文明)の始まりも母系氏族社会の原始宗教が根底にあるとされるが、我が国に於いてはどうであったのか、その答えは『日本書紀』に見る事が出来る。
 
日本の神話の中に最初に登場するのは、「天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)」という、高天原の盟主となった神である。次に生まれる「高御産巣日神(タカミムスビノカミ)」と「神産巣日神(カミムスビノカミ)」を加えた三神が日本神話の根元神であり、造化三神と呼ばれている。次に「宇麻志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコジノカミ)」と「天之常立神(アメノトコタチノカミ)」が生まれる。この神々は生命の根源を設け、宇宙全体を守る神とされる。この二神を加えた五神を別格神として扱い、特に「別天神」(コトアマツカミ)と呼ぶ。この時代は天地創造の時代であり、大地がいよいよ創造される時代とされている。天と地が分かれて、やっと国土が形成されるようになると、新たな神々が生まれる。その中に、神話で最初に出てくる夫婦の神、「伊奘諾尊」、「伊奘冉尊」(イザナギ・イザナミノミコト)が数々の国土と八百万の神々を生んだ。そして、この夫婦の二神から生まれたとされるのが「天照大神」であり、六代後に生まれるのが第一代「神武天皇」とされている。
 
天照大神は天照の字の如く、天に照り輝く太陽を表す太陽神である。また、日本の総氏神であると同時に、皇室の祖神として祀られている。「月読命」(ツキヨミノミコト)は妹であり、「素戔嗚尊」(スサノオノミコト)は弟に当たる。弟、素戔嗚尊は気性が荒く、耕地を荒らしたり水路を壊すなどの乱行を行い、遂には神衣を織る機屋に火を放った為、天照大神は難を避けようと天の岩戸に姿を隠し、その戸を堅く閉ざしてしまう。太陽神が身を隠すと、天地は真っ暗闇になり、国中に災いが起こり始めた。それを憂いた神々は、何とか天照大神に岩戸から出て頂く様にお願いするが、ガンとして聞き入れてもらえない。そこで神々は岩戸の前に鏡や様々な供え物を準備し、天照大神が出てくるのを待った。
 
この時、「天宇受売命」(アメノウズメノミコト)が桶を伏せてその上に乗り、見事なステップで桶を踏み鳴らした。次第に興奮してきた天宇受売命は、胸をはだけて乳房を露出し、腰の紐を解き、衣を下げて大切な箇所を露にしてしまう。あまりにもエロチックな踊りに、神々の間から大きな歓声やら笑いが沸きあがった。外の様子が気になった天照大神が岩戸の戸を少し開けて、「今は真っ暗闇でみな困っているはずなのに、なせ楽しそうに笑っているのか」と尋ねた。天宇受売命が、「あなたより優れた尊い神が現れ、皆でそれを喜んでいるところです。」と答えると、不思議そうな顔をして岩戸から少し覗くようになった。これを見た「天児屋根命」と「夫刀玉命」が鏡を差し出すと、そこに自分の顔が映り、不思議そうに身を乗り出すと、「天手力男命(アメノタヂカラオノミコト)」がすかさず天照大神の手を握って岩戸から出した。すると見る見るうちに太陽の光が蘇り、地上に生命力とエネルギーが復活した、とされている。
 
岩戸は「布刀玉命」(フトダマノミコト)によって注連縄が張り巡らされ、二度と中に入れなくなった(これが神社につける注連縄の始まりとされている)。その後天照大神は子供達を諸国に派遣し、領土を次々と治め、やがて天照大神の子孫が日本を治めるようになった、とある。(岩戸の前で踊った「天宇受売命」は、その後芸能の神として祀られるようになった。)一方、大暴れした素戔嗚尊は出雲へ追放されるが、その地で八岐の大蛇(ヤマタノオロチ)を退治して脚光を浴びた。この時使用した剣が三種の神器の一つとされる「草薙の剣」である。因幡の白兎で名高い「大国主命(オオクニヌシノミコト)」は、素戔嗚尊の子孫になる。
 
神話の記述によると、神は先ずドロドロとした宇宙空間から天と地を造り、その次に一組の男女の夫婦を造った後、国土と国土を治める八百万の神を次々と生み出した。そしてイザナギ、イザナミの夫婦により、皇室の祖先、言い換えれば日本民族の祖先とされる天照大神が生まれたとある。天と地、男と女、これは即ち「陰陽」の発生であり、自然界を形作っているものは全て「陰陽」であり、何れかが欠けても成り立たないということを示している。「地」だけでは生命はあり得ず、「男」だけでは種の保存は叶わないわけである。原始宗教の出発点はここから始まったと言っても過言ではない。

さて、天照大神という女性神が皇室の祖先であるという事は、古代の統治者が母系部族であった事を示している。つまり女性が先祖の祭祀、部族の祭祀を司ってきたことを意味している。後には儒学の影響を受け、日本も中国も父権家長制に変わるが、いつの時代にあっても先祖祭祀の中心は女性、妻の役目であった。いや、役目というより権利であったといえる。

家の先祖を護り祭祀を行う事は、言い換えれば徳積ということになる。女性は、そのお腹の中に生まれてくる子供に、その徳を分け与えることが肝心である。母の愛は先ずそこから生まれる。
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