

紛争を調停するたぐい稀な才能によって、「現代のソロモン大王」と呼ばれたあるユダヤ教の律法博士(ラビ)が、二人の学者の間の長年にわたる論争を仲裁するように依頼された。ラビはまず、一人の学者が自分の正当性を主張するのを注意深く聞き入った。そしてしばらく考えた上で、「あなたは正しい」とご託宣を下した。そして、次に二人目の学者が、前の学者に劣らぬ情熱をこめて自分の議論を展開し、相手が正しいはずがないことを十分説得的に主張した。するとラビは頷いて、二人目の学者にも同意を示し、再び「あなたは正しい」という判定を下した。
これを見ていた一人の男がいささか混乱をきたし、ラビに詰め寄り、不満の意を表した。「あなたは二人とも正しいとおっしゃいましたが、彼ら二人の議論は真っ向から対立しているんですよ。二人とも正しいなんてありえないでしょう」。ラビはこれを聞いて直ちに、「あなたも正しい」と言ったものである。
「ウォール街のランダム・ウォーカー」 バートン・マルキール著
ジョン・ブランチャードはベンチから立ち上がって軍服のしわを伸ばし、グランド・セントラル駅を通り抜けている人々に目を凝らした。彼は、その心は知っているが顔は知らない女性を探していた。バラの花の女性だ。彼女に対する彼の興味は、十三ヶ月前にフロリダの図書館で始まった。本を棚から取り出したとき、彼の興味を引いたのは、本に書かれた言葉ではなく、余白にあった鉛筆の書き込みだった。柔らかな手書きの字は、思慮深い魂と洞察に富んだ心を表していた。彼は、表紙の裏に、元の持ち主の名前があるのを発見した。ミス・ホリス・メイネル。時間をかけて探した結果、彼は彼女の住所を突き止めた。彼女はニューヨークに住んでいた。彼は、自分のことを手紙に書き、返事をくれるように誘った。翌日、彼は船に乗せられ、第二次世界大戦のために出征した。
続く一年と一ヶ月の間、二人は手紙を通じて互いをよく知るようになった。手紙の一通一通が、肥沃な心にまかれる種子のようだった。ロマンスが芽生えた。ブランチャードは写真を送ってくれと頼んだが、彼女はそれを断った。彼女は、彼が本当に彼女を好きなら、顔なんかどうだっていいだろうと思った。とうとう彼がヨーロッパから戻ることになった日、彼らは初めてを会う段取りをつけた。午後七時に、ニューヨークのグランド・セントラル駅で。
「私は襟に赤いバラをつけています」と彼女は書いた。「それで、私が分かるでしょう」。そこで、七時に駅で彼は、心を愛しているがまだ一度も顔を見たことのないその女性を探していた。
それからどうなったか、ブランチャード自身に語らせよう。
「若い女性が私の方に歩いてきた。背が高くてほっそりしていた。金髪の巻き毛を、繊細な耳の後ろになびかせていた。彼女の目は花のような青だった。彼女の唇とおとがいは静かな力強さを示していた。そして彼女の薄い緑色のスーツは、春がそのまま訪れたかのようだった。私は、彼女が赤いバラをつけていないことなどすっかり忘れて、彼女に近づいていった。私が動くと、彼女の唇には、小さな挑発的な笑みが浮かんだ。「私と同じ方向に行くの、兵隊さん?」と彼女はつぶやいた。何とも抵抗しがたく、私は彼女にもう一歩近づいた。その時、ホリス・メイネルを発見した。彼女は、ほとんどこの女性の真後ろに立っていた。もう四〇をかなり超え、古い帽子の下に白髪をたくし込んでいた。彼女は、ふくよかというよりは太っており、太いくるぶしの足にローヒールの靴をはいていた。緑のスーツの女性はどんどん遠ざかっていく。私は、まるで二つに引き裂かれたかのような思いだった。彼女を追いかけていきたいという欲望は非常に強かったが、同時に、私の心を支え、私の心の友であった女性を知りたいという願いも強かった。
彼女は、そこに立っていた。青ざめて太った丸顔は優しく、賢そうで、彼女の灰色の目は温かく輝いていた。私はもうためらわなかった。私は、彼女に私の存在を知らせるための、読み古された青い革表紙の本を握りしめた。これは、恋ではないかもしれない。が、何か貴重なもの、もしかしたら恋よりも貴重な何かなのだろう。私がありがたく思い、これからもずっとそう思い続けるであろう友情だ。私は肩をいからせて敬礼し、彼女に本を差し出した。話している間も、苦い落胆に息が詰まる思いだった。「ジョン・ブランチャード中尉です。お会いできて本当に嬉しく思います。夕食にお連れしましょうか?」
女性の顔に、寛容な大きな笑みが広がった。「何のことかよく分からないわ」と彼女が言った。
「今そこを通り過ぎていった、あの緑のスーツを着た若い女性が、コートの襟にこのバラをつけてくれと頼んできかないのよ。それで、もしあなたが私を食事に誘ったら、彼女が通りのむこうの大きなレストランであなたを待っていると伝えてくれということよ。これは、何かのテストなんですって!」
「人はなぜ感じるのか?」 ビクター・S・ジョンストン著 日経BP社
「ある女性が通りを歩いてて、短い話よ。元気な少女に会った。とてもかわいい子だったけど、親もなく住む家もなく世界中でひとりぼっち。いたたまれない気持ちで女性は神に聞いた。なぜ、こんな仕打ちを? たすけてあげないんですか? すると神から答えがあった。ちゃんと、たすけてるとも。君をつくったろ」
ドラマ<CIA>より
ピーター・ブルック脚色の偉大なヒンズーの歴史物語『マハーバーラタ』のなかで、賢明な王ユディシティラは、家族の死をかけて、宇宙のなかで最大の驚異は何かという神の問いに答えなければならなかった。彼はこう答えた。「毎日のように死が訪れるが、私たちはあたかも不死であるかのように生きている。これが最大の驚異である」。
「宇宙は自ら進化した」 リー・スモーリン著
ボルヘスは『千夜一夜物語』に関する有名な講演のなかで、わたしの蔵書には収録されていないある小話を披露している。カイロに住む男の話である。
あるとき男は夢をみて、ペルシアのイスファハンへ行け、さるイスラム寺院で宝がおまえを待っている、と告げられる。
あまり毎晩同じ夢をみるので、男はついに出発する。多難な旅で、いくつものキャラバンに身を寄せ、あらゆる種類の強盗に遭い、身ぐるみ剥がれ、疲労困憊してようやくイスファハンにたどりつく。めざす寺院に到着して夜をすごそうとすると、そこは泥棒の巣である。ちょうどその夜、踏みこみ捜査がおこなわれ、男は捕まってしまう。
さんざん棒で打たれた末、裁判官の前に連れていかれ、なぜそんなところにいたのかを説明するように命じられる。そこで夢の話をすると、裁判官は大口をあけて笑い出し、のけぞったあまりに後ろにひっくり返ってしまう。しばらくして笑いがおさまると、裁判官は目にたまった涙をふきながら男にこう語りかける。「お人好しの異邦人よ、そういう夢ならわたしは三度もみたぞ。エジプトのカイロに行け、さる道に家があり、家には庭があり、庭には池と日時計と古いイチジクの木があり、その木の下に宝がある、とな。わたしはこれっぽっちも信じなかったが、今にして思えばそれでよかったのだ。さあ、路銀をやるから家に帰れ。もう二度と悪魔が送ってよこす夢など信じるな」。カイロの男は礼をいって家に帰り、庭に直行して、池と日時計の間にあるイチジクの木の下を掘り、宝を発見する。
「偶然とは何か」 イーヴァル・エクランド著
若い皇帝が、数人の従者を連れて庭を歩いていた。そして目に入るあらゆる美しいものを愛でていた。木々、灌木類、花々、蕾、鳥たち、おずおずした鹿たち、池の中の色鮮やかな魚たちなどである。しかし突然、悲しみの影が彼の顔をかすめた。楽しみは去った。彼はため息をついて呟いた。「いつか朕は死ぬ。そしてこれらのものすべてを失うことになる。それを思うと」。廷臣の一人はこれを耳にして皇帝に近づいてやさしく囁いた。「陛下、もし死がありませねば、この宮殿もこの庭も陛下のものとなってはいないことでございましょう。ご祖霊さまがまだここにあらせられるでございましょうから」。
「死と創造」 ローズマリー・ゴードン著
海軍: 衝突回避のため、北に15度進路を変更してください。
民間人: 衝突回避のため、そちらの進路を南に15度変更してください。
海軍: こちらは米国海軍大佐の船である。もう一度伝える。そっちの進路を変更せよ。
民間人: それは困る。もう一度言うぞ。そちらの進路を変更しろ。
海軍:こちらは航空母艦エンタープライズだぞ。米国海軍の大型空母なんだ。すぐに進路を
変更せよ!
民間人: こちらは灯台です。どうぞ。
カナダ海軍通信での会話
「もし人が、禅とはどのようなものかと問うならば、わしは、それは夜盗の術を習うようなものだと答えよう」ある夜盗の息子が、父親がだんだんと年をとってゆくのを見て考えた。『もし父が仕事をすることができなくなったら、わたしのほかに誰がこの家のかせぎ手になるだろう。わたしは商売を習わねばならぬ。』 父親にこの考えを打ち明けたところ、かれはそれを承認した。ある夜、父は息子をとある大邸宅に連れて行って、垣を破り、家の中に入った。そして、大きなひつを開けて、息子に中に入って衣類を撰び出すように命じた。かれがひつの中に入ったとたんに蓋が閉められ、しっかりと鍵がかけられた。それから父親は庭に出て、戸をドンドン叩いてその家の家族全員を起しておいて、自分自身は、さきに入ってきた垣の穴からそっと抜け出した。家の者たちは興奮して、ろうそくをつけたが、盗賊はすでに逃げ去ったことを知った。息子はずっとひつの中に閉じ込められたまま、無慈悲な父親を恨んだ。かれはひどく煩悶したが、ふと、すばらしい考えがひらめいた。かれは、ねずみが物をかじるような音をさせた。家族の者は女中にろうそくでひつをあらためるように命じた。蓋の鍵が外されるや否や、幽閉者が飛び出した。かれはあかりを吹き消し、女中を押しのけて逃げた。人々は後を追った。道のかたわらに井戸を見つけて、かれは大きな石を持ち上げ、水の中に投げ込んだ。追跡者たちはみな井戸のまわりに集まって、暗い穴の中に身を投げた盗賊を見つけ出そうとした。その間にかれは無事に父の家に戻った。九死に一生を得たことで、かれは父親をきつく責めた。父は言った、『息子よ、腹をたてるな。どうして逃れたか、まずそれを話してごらん。』 息子が冒険の一部始終を話し終ると、父親は言った、『そこだ、おまえは盗みの術を会得した。』」
五祖法演の説法より
「禅」 鈴木大拙
もしこの神が全能であったならば、ホロコーストを防げたはずだ。彼がそれを止めることができなかったならば、彼は無能で無益である。もし彼がそれを止めることができたのに、止めようとしなかったのならば、神は怪物である。ホロコーストが伝統的な神学を終わらせてしまったと信じるのは、ユダヤ教徒だけではないのである。
だがまた、アウシュビッツにおいてさえ、『タルムード』を研究し続け、伝統的な祭りを守っていたユダヤ教徒もいた。神が彼らを助けてくれると希望していたからではなく、そうすることに意味があったからである。ある日のこと、アウシュビッツで一群のユダヤ教徒が神を裁判にかけたという話があった。彼らは残虐さと裏切りのかどで神を訴えたのだ。彼らは、この現在のおぞましさのただなかでは、悪と苦難の問題に対する通常の答えには、ヨブのように、何の慰めも見出せなかった。彼らは、神のためのいかなる言い訳も、酌量すべき情状も見出せなかったので、神を有罪とし、おそらく死刑に値すると考えたのだ。ラビが判決を言い渡した。そして彼は天を見上げ、言った。裁判は終わった。夕方の祈りの時間だ、と。
「神の歴史」 カレン・アームストロング著
7.13
島の一角を曲がると、砂浜が終わり、小さいほうの火山のふもとにこじんまりと納まっている村が見えてきた。近づくとけっこう大きい村で、わらぶき屋根の家が五、六十軒、寺院の金属の塔の白い光のまわりに集まっていた。
私たちを待ちうけていたのは騒々しい歓迎だった。踊りが始まった。伝統的な衣装をまとった娘たちのうち、三人は砂の縁まで音に流されていって、陽射しの中で舞いはじめた。盛夏、煌めく小川の上に揺らぐ蜉蝣(カゲロウ)のように、水面すれすれに跳びあがったりおりたり、くるくる回転して、空気に漂う音楽に手をさしのべて、流れるように踊った。より速く、合流しては離れ、娘たちは複雑な美しい模様を織りはじめ、その光と動作の網は空に向かって広がり、地面に落ちてきた。
三人のうち二人は網と一緒に落ち、膝まづいたまま目を伏せ手を前に組んでじっとしていた。三人目の娘は踊りつづけた。彼女はとても若く、十一才か十二才に見えた。昆虫のような細い身体は布の繭に包まれていた。
彼女は、神話や、西の国からやってきた勇者たちのことを語った。星や船や旅や休むにふさわしい場所のことを。また、太陽の熱とモンスーンの力を彼女は再現して見せた。飢えと旱魃の時期を回想し、豊穣と歌の季節を。
彼女は勝利の戦争と回復の闘争のことを唄った。愛と誕生、米と酒、そして死と貧困の歌も。彼女は歓迎の歌と民族の歴史を踊ってくれたのだった。彼女がティアだった。そしてここは「ヌス・タリアン」(踊る島)だったのである。
私たちが一緒に海岸を歩いているとまだら模様の小さなサギが足もとから飛び立ち、すこし前方の砂の上におりたって羽根をバタバタさせて歩き出した。私たちが近づくのを見て新たに恐怖に首を伸ばし、いやそうに一メートルほど先に飛んでいった。
飛び立つたびにするどい、切れ切れの「キュー」という下降音の鳴声をあげた。
「プチョン・ラウト」とティアは言って、やさしく笑った。「彼は緑色の歌を唄う」
「どうして緑色なんだ」とティアに尋ねた。
「それが彼の色よ。彼の声は新しい葉っぱやトゲのようにとがっているでしょう」
ティアは何の躊躇なく、音を色つきで聞くことに慣れているかのように、例をあげてくれた。そして選ばれた色が事物にぴったりのものだということに私は感心した。
「すべての音には色がついているのか」
「アスタガ!(神よ救い給えという意味の感嘆詞)あなたは知らなかったの」
「知らなかった」
「色がなくてどうやって人の話や音楽を聴くことができるの」彼女は哀れみに充ちた目で私を見た。
「ドラムが話をするとき、やわらかい砂のような茶色のじゅうたんを地面に敷く。踊り手はその上に立つ。つぎに銅鑼が緑や黄色を呼び、私たちが動いたりまわったりして通る森をつくる。もし、森の中で道に迷っても、フルートや歌の白い糸が家に導いてくれるわ」
彼女は悲哀と落胆の念で首を振り、この十二才の娘の知恵に比べて私は知恵遅れの子供になったような気がした。
「未知の贈りもの」 ライアル・ワトソン著
8.18
柳生但馬守は偉大な剣道家で、時の将軍徳川家光の指南番であった。一日旗本の一人が但馬守の所にやって来て、剣道の指南を頼んだ。師がいった。「お見受けするところ、貴殿はすでに剣道の師のようであるが、我等師弟の契を結ぶ前は何流で御座ったか話されい」
その旗本は答えた。「お恥ずかしき儀なれど剣道を習いしことは御座いませぬ」
「拙者をお戯れになるつもりか。拙者は将軍御指南役で御座るぞ。この眼に狂いは御座らぬ」
「御意に逆らいて恐れ入りますが拙者は何にも知り申せぬ」
客の否定があまりにきっぱりしているので、師は少し考えていたがついにいった。
「貴殿がそういわれる以上、左様に違い御座るまい。しかし何とは判然(はっきり)申し難いが、何かの師匠であったに違い御座らぬ」
「たってといわるるならば申し上げましょう。実は完全に習得したと申しえらるる一事が御座います。某(それがし)未だ年少の頃、武士としていかなる場合にも死を恐るべきにあらずとの念を発し、爾来数年、死の問題と組打ちいたし、ようやくにしてそのこと全く煩うに及ばなくなりました。御師匠はこのことでも指されるので御座いましょうか」
「確かに」と但馬守は叫んだ。「その通りで御座る。拙者の判断に間違いはなかった。剣道の極意は死を恐れざることで御座る。某は当流において幾百の門弟を指南しておりますが、一人として誠それほどに免許皆伝に及んだものは御座らぬ。貴殿は技を学ぶには及ばぬ。立派な師範で御座る」 『葉隠』より
剣道が習得される場所は昔から、
悟りの場所
という名前を持っているのである。
8.25
最初は「バベルの図書館」という、ありうる本がすべて、どこまでも蜂の巣のように並んだ部屋が、無限に続く図書館の話だ。ボルヘスの図書館には、いろいろと目立った特徴がある。――広さも無限なら、年数も無限であり、ニコラス・クザーヌスによって作られた無限の宇宙のための仕様に沿っている。つまり、どこでも中心であり、縁がどこにもない宇宙である。ウンベルト・エーコが、『薔薇の名前』に登場させた謎の図書館は、ボルヘスのバベルの大図書館から、有限のものを抜き出したようなものに見える。
この宇宙(それを図書館と呼ぶ人もいる)は、際限のない、たぶん無限個の六角形のギャラリーでできている。……どの六角から見ても、上下に階がある。――次々と、果てしなく……私はこの図書館は果てがないと断言する……この図書館は、その正確な中心はどの六角でもなく、その周に達することはできない球だ。私はいくつかの公理を思い出したくなる。……図書館は永遠の昔から存在していた。その真理から直接に出てくることは、世界の未来が無限だということであり、いかなる理性をもった精神も疑うことはできない。……500年ほど前、ある哲学者が、すべての本は、どれだけ互いに違っているように見えようとも、同じ要素からなることを見てとった。スペース、ピリオド、カンマ、アルファベットの文字である。この哲学者は、あらゆる旅行者がずっと確かめてきた事実も立てた。あらゆる図書館には、二つとして同じ本はない。この異論の余地のない前提から、司書は、図書館は「全体」――完璧で、欠けたところがなく、ひとそろいそろった全体――であり、本棚には、アルファベットの文字のありうるすべての組合せ(想像もつかなほど膨大でも、無限ではない)――つまり、言い表せることをあらゆる言語で表したすべて――があるという結論を導く。
すべて――未来の詳細な歴史、大天使たちの自伝、図書館の信頼できる目録、無数の間違った目録、その間違った目録が間違っていることの証明、「本当」の目録が間違ってることの証明、バシリデスによるグノシス派の福音書、その福音書への注解、あなたの死の実話、あらゆる本をあらゆる言語に翻訳したもの、あらゆる本をすべての本に挿入したもの、ベーダが書けたはずの(しかし実際は書かなかった)サクソン人の神話に関する論考、タキトゥスの失われた書物。
「無限の話」 ジョン・D・バロウ著
9.15
あるとき荘子の妻が死んだ。友人の恵施(けいし)が弔問に出かけたところ、荘子はあぐらをかいたまま、盆をたたいて歌をうたっている。あまりのことに恵施もあきれ、たしなめて言った。
「奥さんとは長いつきあいの間柄だ。死んでも泣かないというのなら、まだ話はわかるが、盆をたたいて歌うとは、ちとひどすぎはしないだろうか」
すると荘子は答えた。
「いやそうではない。妻が死んだばかりのときは、わしだって胸のつまる思いがしたよ。だが、よく考えてみると、人間はもともと生のないところから生まれてきたのではないか。いや、生だけではなく、もともと形さえなかったのだ。いや、形ばかりでなく、形を構成している気さえもなかったのだ。
そのはじめ、天地が渾沌の状態にあったとき、すべてがまじりあっているなかに変化が生じ、そこに気が生まれた。その気が変化してさまざまな物の形をつくりあげ、その形がまた変化して生となったのである。
ところで、いま妻はもう一度変化をくりかえして、形のある生から形のない気へ、気からまだ気のなかったはじめの状態へ、つまり死へ帰って行ったのだ。これは春夏秋冬の四季が循環するのと、まったく同じではないか。
それに、せっかく天地という大きな部屋のなかで、いい気持ちで寝ようとしている人間に向かって、未練がましく泣きわめくようなまねをするのは、われながら天命を知らぬわざに思われる。だから、わしは泣くのをやめたのだよ」
「至楽篇」より 荘子
11.1
雲州松平家の茶堂に峰玄和(生没年不詳)という者がいた。茶の湯の他には和歌を好んだ。ある日、郊外に出かけると、とある農家の庭に梅樹があった。花は清らかで香り深く、玄和は杖を止めてしばらく鑑賞していた。やがて主人に会い、「あの梅を私に譲ってはくれまいか」と言ったが、主人はなかなか首を縦には振らなかった。そこで高い値をつけて強く求めたところ、主人も仕方なく応じることになった。
玄和は非常に喜び、翌日、酒肴を持ってきて樹下で酒を酌み交わした。主人が「根を損なわないように掘って、明日お届けしましょう」と言うと、玄和は「いや、それには及ばない。ただいつまでもここに置いておいてほしい」と答えた。主人は重ねて「ならば実が熟したならばどうしますか」と尋ねると、玄和は「私は実に用はない。ただ花を観たいだけだ。それも自分のものとして見なければ風情がないので、購入したまでである」と答えて、飄然として立ち去った。
絵師の司馬江漢は、「一枝をわが物にして梅の花」という一句を詠んで玄和を称賛した。
「茶道美談」 熊田葦城 著
2019.3.24
子桑戸、孟子反、子琴張の三人がたがいに友になろうとして、語りあった。
「おたがいに無関係でありながら、しかも関係をもち、相手のためにしないで、しかも相手のためになるような人間はいないものだろうか。人為を離れて天にのぼり、差別を消す霧のうちに遊び、無限の境地にさまよい、有限の生を忘れて、はてしない変化の世界に生きるものはないであろうか」
そういったのち、三人はたがいに顔を見合わせて笑い、心からうちとけて親友になった。
そののち、しばらくはこともなく過ぎたが、やがて子桑戸が死んだ。葬式のすまないうちに、孔子はその死を聞いて、弟子の子貢を手伝いにやらせた。すると孟子反と子琴張のふたりがいて、ひとりは蚕棚のすだれをあみ、ひとりは琴をならし、声を合わせてうたっていた。
「ああ桑戸よ、ああ桑戸よ。お前はもはや真実の世界に帰って行ったが、わしらはまだ人間の世界に残ったままだよ。ああ」
これを見た子貢は、小走りに走りよってふたりにたずねた。
「ちょっとお伺いしたいのですが、死人を前にしてうたうのは、礼にかなったことなのでしょうか」
するとふたりは顔を見合わせて、にやりと笑いながらいった。
「この男には、礼の意味がわからんとみえるな」
子貢は帰って、孔子に報告した。
「あのふたりは何ものでしょうか。礼儀作法はまるっきりなく、なりふりをかまわず、死人を前にしながらうたい、悲しげな顔つきさえ見せないありさまで、まったく何ともいいようのない連中です。あれはいったい何ものなのでしょうか」
すると、孔子は答えた。
「あのふたりは世俗の外に遊ぶものであり、それに反して私は世俗の内に遊ぶ人間だ。世俗の内と外とは、かかわりあうべきものではない。それなのに私がお前を弔問にやらせたのは、何としても私の不明によるものであった。
あのふたりは造物者と友となり、天地根源の一気の世界に遊ぼうとするものだ。かれらはこの人生を、顔にくっついたいぼやたれこぶのように無用の邪魔者と思っており、死を、吹き出ものやはれものがつぶれたぐらいにしか思っていない。だから、このような人間にとっては、生と死の優劣がどこにあるのか、まったく問題にもならない。
人間の身体は、さまざまな異なったものをかり集め、これを一つの形体につくりあげたものとしかみないのだから、どこに肝臓があり胆嚢があるのやら知ることもなく、耳目のあることにも気づかないありさまである。このようにして生死の循環を無限にくりかえし、どこがはじめとも終りとも知るよしがない。あてどもなく俗塵の世の外にさまよい、無為自然のはたらきのままに逍遙(しょうよう)するのである。
このような人間が、どうして仰々しく世俗の礼をとりつくろい、衆人の眼前に見せびらかすことがあろうか」
「荘子」 大荘師篇十三 「悟りの冒険」 鈴木 研二著より