left-image
今月の一言

<<< 08年9月の一言 >>>

今日から新学期。
昨夜、子どもたちは長いお休みですっかり学校に行くことがブルーになっている様子だった。私はといえば、これでようやくいつもの生活に戻れる!と、ホッと胸をなでおろしたのではあるが、さて、しかし、急に家に誰もいなくなるとなると、やはり寂しいことは寂しい。
この夏休みは、サイトを3つもこさえたり、ホームページ作成講習会の講師をやったりと、毎日、実に忙しくて、おかげで楽しみにしているハリー・ポッターの最終巻を読む時間が未だに取れないでいる。今月は少しペースダウンして、のんびりいきたいものだ・・・・・・
そんなことを考えながら、布団の中でうとうとと惰眠をむさぼっていたときだった。
「お父さん、ピパピパが産卵してるよ!」
息子のはずんだ声が霞のかかった頭に響いた。
へぇー、そうなんだ。ふーん・・・・・・って、えぇっ、今、なんて言った?
「BB弾みたいな卵がいっぱい、落っこってるよ」
娘もやってきて、私に報告した。


――なんだ、不発弾か。
ピパピパは別名『コモリガエル』といい、産卵時、オスは卵をメスの背中に埋め込み、保育することで知られている。時が満ちると、メスの背中を破って仔カエルたちが飛び出してくるという、実にユニークな出産形態の水棲カエルなのである。
だが、これは裏を返すと、背中にうまく乗せられずに落ちてしまった卵は、孵化できないで終わる公算が高いということを意味している。それに、以前、調べたところでは、本種の産卵は水深が1mほど必要になるとかで、大規模な設備をもつ水族館でなければ繁殖に成功することは困難ということだった。
従って、うちの小さい水槽環境では、よしんば産卵に漕ぎ着けたとしても、到底、背中に乗せて育児とまではいかんだろう。だいたい、うちにはやたらでっかいメスが一匹いるものの、オスと思しき固体はメスの半分より少し大きいくらいで、とても繁殖に至らないと考えられる。あれこれ思うに、お腹に卵を抱えたメスが、なんらかの刺激で産んでしまっただけだろう。つまりは不発弾なのだ。


私がひとくさり、薀蓄を垂れていると、
「でも、背中にも卵が乗っかってるよ!」
「オスがメスの背中から抱きついているの、見たよ!」
子どもたちが即座に反論してきた。
ぬ、ぬ、ぬわぁんだとぉ!
私の寝ぼけた頭がみるみる晴れていった。


では、もしや産卵成功ではないのか?
国内では殆ど繁殖の話を聞かない、どころか、そもそも飼育している人がどれだけいるのやらというレベルのカエルである。
これは、ひょっとすると、ひょっとするぞ。
だが、慌ててはいけない。
あまり期待しても、後でがっかりするだけのことだ。
わざと時間をかけて洗顔をし、髭をあたってから、やおらブリードルームの戸を開けてみた。


確かに背中に丸い大きな卵がくっついている!
それも10や20ではない。ぱっと見ただけでも50以上、いや、もっとか。
私の動きに驚いたのか、ピパピパのメスが慌てたように水槽の中でくるりと反転し、途端にボロボロと卵が背中から零れ落ちた。
ああっ!
思わず嘆きの声がもれそうになった。
落ちた卵は、もう二度と背中にくっつくことはない。
私は忍び足で部屋を出ると、それ以上の刺激を与えぬよう、そっと部屋の電気を消した。


既に卵は20個以上が落ちてしまっている。
どうやらピパピパの産卵に興奮した子どもたちによって、驚かされて落としてしまったらしい。
惜しいことだが、仕方がない。
今日のところは、とにかくびっくりさせないように、静かに過ごさせてやろう。
3日もすれば体内にすっかり卵が吸収されるということだから、おそらく今日一日たてば、背中にしっかり吸着されるだろう。そうなればいつもどおりの世話をしても大丈夫に違いない。


それにしても、これは凄い快挙だ。
国内の水族館でも、繁殖に成功した例はうんと少ないという。
それを一介の素人がここまでやったのだから、世界の中心で「ビバ! ピパピパ!」と叫んでみたい気分だ。
このところ、やたらに餌を食べてくれて、ぶくぶく太ってきたなと思っていたら、産卵の準備だったのか。一昨日から急に食欲がなくなり、少し心配していたのだが、まさかこういう次第だったとは。今日は特別にワインを開けるとしよう。


だが、カエルの場合、産卵の成功=繁殖の成功とならないのが頭の痛いところだ。
ここまでは過去にも成功の事例があるようだが、問題はこの先。100日後に無事、背中を破って仔ガエルたちが飛び出してきてくれるかどうかだ。
とはいえ、我が家の狭い水槽環境でもしっかり産卵に漕ぎ着けたのである。
そもそもうちのカエルたちは、人に慣れている。いや、時間をかけて慣らしたというべきか。ほぼ毎日世話をしているため、彼らは私の手に触れられることをあまり恐れなくなってきている。オーストラリア産の巨大なアマガエルの一種であるイエアメガエルなどは、手のひらに乗せると、うっとり眠りそうになるくらいだ。だから、実はあまり心配はしていない。


オタマをカエルにする過程は、確かに難しい。餌の供給、環境の維持、この辺りで躓くことが往々にしてある。特に小さいオタマの場合は、育て上げるのは至難の技だ。 だが、ピパピパはその子育ての過程を全て母親がやってくれるので、こちらは仔ガエルの状態から飼育すればいいということになる。つまり、生まれ出てくれさえすれば、累代に成功するチャンスは大きいのである。


落ちてしまった卵も、背中への吸収が終わった段階でピックアップし、なんとか保育してみたいと思う。
カエルになるまでの過程を卵の栄養だけで過ごしているのであれば、やり方によってはブリードできるのではないだろうか。もしやオタマの状態で母親からなんらかの栄養を得ているということであれば問題外だが、おそらくそういうことはあるまいと思う。こんな生態のカエルだから、絶対とはいえぬが、カエルの中にはオタマ時代を卵の栄養だけで過ごすものもいる。ピパピパもそうだとしたならば、落ちた卵を孵す成功の鍵は、いかに母親の体内環境を再現するかにあるだろう。


カエルは一般的に体温がさほど高くない。孵化に要する温度も、それほど高いものを必要としないだろう。それにピパピパは水棲ガエルだから、周囲の水の温度に体温がかなり影響される。きっと、水温は高からず、低からずで管理すればよいはずだ。
となると、あとは光だ。体内に吸収された卵は、皮膚を通してうっすらした光を感知することはあっても、基本的には暗い状態にあると思われる。明るすぎる環境は苦手で、鮭の卵の管理と同じように暗室管理になるような気がしてならない。
カビないように水をこまめに取り替え、一定の温度で光をさえぎって暗い状態を維持すれば、あるいは保育に成功するのではなかろうか。
・・・・・・などと、あれこれ推理(妄想?)するのも、生き物を飼うときの楽しさの一つである。


写真を撮っておきたいが、今日のところは我慢だ。
明日以降、卵の状態が落ち着いたらフラッシュを焚かないで撮影してみよう。
餌として入れたメダカが糞をしているので、出来れば水換えをしたいところだが、これもやめておこう。
同じ部屋に同居しているモルモットには気の毒だが、今日は電気もつけず、安静にしてもらうことにする。


仔ガエルの誕生予定日は12月10日の大安だ。
今はその日が待ち遠しいが、きっとそのうちには日々の生活に追われて、ピパピパの産卵のことなぞすっかり忘れてしまっていることだろう。そうして、ある日、突然、仔ガエルたちが水槽を泳ぎ始めているのを発見して、子どもたちが私を起こしにくるに違いない。
「お父さん、ピパピパの子どもたちが生まれたよ!」と。
その日まで、この夢見るような気分がずっと続くことを私は願っている。


うちに着たばかりの頃の若いピパピパ

我慢できずに撮影しちゃいました
>> 戻る >>

Copyright (C) 2001- 3horn All rights reserved