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今月の一言

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昼間、自宅にかかってくる電話に、ろくなものはない。
それはもう、ほぼ百パーセントの確率で、こちらにとって不要な用件のものばかりだ。電話に出て、すぐにがっかりする。居留守にしておけばよかった、と悔やむのである。
だいたい、うちのような、さしてお金に余裕も無い庶民に、やれマンションのオーナーになれだの、耳寄りな投資の話だのと勧めてくるのは、お門違いも甚だしい。お互い、時間の無駄もいいところである。
一体、どういう理屈でうちにそういう電話がかかってくるのか、さっぱり理解できないでいたのだが、どうやら以前、勤めていた会社のリストが出回っているらしい。
冒頭一声、「○○(会社名)にお勤めですね?」だとか、「ただいま、○○にお勤めの方を対象に・・・・・・」とくるのである。


呆れたことだ。
なにしろ、こちらは、会社を辞めてから、既に七年以上が経過しているのである。○○にお勤めの、と来た瞬間、私は「違います」と言って、電話を切ることにしている。その先を聞いてやるほど、私は暇ではない。仮に暇があっても、私の人生の時間を、こんな無駄なことに費やしてやるいわれはないと思うのだ。


人は過去には生きられない。
たった今、この瞬間にしか、生きることができない。
だから、過去に起きたことで、くよくよ悩んだりして、大事な今という瞬間を無益に費やすのは、人生の空費なのである。
こうした迷惑電話は、その今という、二度とは帰らぬ瞬間を、私から刻々と奪いとっていく。まさに時間泥棒である。いや、それよりも、もっと罪は深い。今しか生きられない人間の、その貴重な時間を強奪する行いは、殺人といっても過言ではない。併せて強盗殺人である。刑法上、もっとも罪が重い不法行為の一つなのだ。


中にはしつこい営業もいて、切ると、また、すぐにかかってくる。よほどの粘着質なんだろう。電話を取ると、途端にねちねちと絡んでくる。まったくもって、迷惑千万。そもそも、そんな時間があったら、私のような見込みの無い客は、さっさと諦めて、他の客に電話すればいいものを、と思わざるを得ない。それともストレスまみれになっていて、お客に憤懣をぶちまけたくて、たまらないのであろうか? いずれにせよ、営業態度としては、失格である。


こういう電話をしてくる輩には共通する点がある。いかにも下心がありますといわんばかりの、嫌らしい猫撫で声だったり、その反対に、鼻につくほど、偉そうな態度だったりするのだ。とにかく、最初の一声で、すぐに、ああ、こいつ、人間的に嫌だなって思わせてくれる。これは、どんな迷惑電話においても、見事なまでに共通している。同じ人がかけているんじゃないかと思うほど、声の調子が似通っているのだ。


だが、恐らく、迷惑電話をかけてくる人たちは、受け手が最初の一言目から、こんな風に感じているということに、まるで気がついていないのだろう。
だいたい、電話で片っ端から営業して回るという手法からして、古すぎる。今は、ソフトに営業するのがうける時代なのだ。昔のデパート店員みたいに、顧客の後について回るというような、しつこい営業は敬遠されるのである。電話で営業して、どれほどの実績があがるというのか。その人件費と、それをやっている従業員の心の苦痛を、雇用者はもっと思いやるべきである。その商品が欲しいという顧客は、自分から調べてやってくるのが、現代の情報化社会の有り様なのだ。なぜネットで買い物をする人が急上昇しているのか、迷惑電話をかけてくる会社の人たちは、真剣に考える必要がある。


このように、迷惑電話に対して、私はプンプン怒っている。これまた人生の空費である。そう思うと、余計に腹が立って仕方ない。なんとも因果なことである。


先日、義母の家にかかってきた電話は、同じ迷惑電話でも少し毛色が変わっていた。
振り込め詐欺だったのである。
だが、義母はすぐにその電話を詐欺と見抜いた。
別段、声の調子がどうのというわけではない。
以下、個人名を出すわけにはいかないので、偽名で書かせてもらうが、ニュアンスは伝わるだろう。
なんでも、その電話は、「池袋警察だが、マサカズさんが、二十一歳の女性に痴漢を云々」という内容だったらしい。
義母は気丈にも、すぐさま、まちがいです! と言って電話を切った。
その翌日、今度は、「マサカズだけど」と本人から電話がかかってきた。
それに対しても、義母はすぐさま、詐欺と見抜いて電話を叩き切った。
もうお分かりと思うが、義弟の名前は「正一」。マサカズではなく、ショウイチなのである。
とんだ笑い話で済んだからよいものの、電話を受けた義母は甚だ不愉快を被った。


気をつけなきゃね、と家族で話していた矢先である。
うちに、「教育委員会の○○ですが、××先生のお宅ですか?」という電話がかかってきた。私の妻は教員である。その筋の連絡かと思ったが、それにしては妙に声が嫌らしい。前述した、迷惑電話の営業マンの声音とそっくりなのである。
私が、はいと答えると、「××先生のお父さんですか?」と聞いてきた。妻の父は他界して久しい。何を言ってるんだ? と、その時点で、私はもう、この電話を怪しんでいた。相手が夫であることを確認すると、電話の主は、ぶつぶつ言って、何の前触れも無く、いきなり切ってしまった。
なんという失礼な奴だ! 私は暫らくの間、むっと膨れていたのだが、そういえば、最近、教員の家に、教育委員会と名乗る男からの振り込め詐欺の電話がかかってくるという話を、妻から聞いた覚えがある。
そうだったのか! どうりで第一声からして、こちらの心象を悪くするような話し振りだったわけだ。私は妙に納得した。と、同時に、あぁ、それならば、いっそ、向こうがお父さんですか? と聞いてきたときに、調子を合わせておけばよかった、なぞという変な後悔をしていたのである。


最近の振り込め詐欺は、このあと、警察だの弁護士だの、いろいろな人物が次から次へと登場する、まるで小劇場のような芝居立てなのだそうだ。妻役の女性は泣いているし、話は急展開だしで、普段から振り込め詐欺には注意しようと思っている人でさえ、ついつい信じてしまうほどの迫真の演技なのだという。
そうであれば、これはぜひ一度、聞いておきたかった。そして、振込先の口座まで、しっかり聞き出した上で、警察に届け出ればよかった、とは後知恵もいいところであろう。
ちなみに、教育委員会の方は、非常に丁寧な電話の受け答えをするそうだ。当たり前の話だが、振り込め詐欺に登場する偽者とは、まるで応対が違うのだ。と、これは後から私の話を聞いた妻の弁。


数秒とはいえ、無益に時間を費やされ、その後も暫く続いた不快感で、またしても私は、貴重な人生を無駄に削られた。このままじゃ、あまりにも面白くない。そこで、いっそ突っ込んで考えてみた。
この詐欺連中、改心してくれたら、もっと素敵な商売ができるんじゃないだろうか? なにしろ、これだけ、豊かな芝居の才能があるのだ。台本を作る奴も、そこらのテレビ局のドラマなんかより、ずっと鋭く人間の心理を突いてきている。ならば、いっそ、電話で聞く連続ドラマだとか、そういう芸能方面で活躍できはしないのだろうか?
ダイヤルQ2を利用すれば、代金の回収も簡単だろう。いまや、携帯がこれだけ広まった時代なのだ。そういう方向での活躍の場だって、あってもいいような気がする。
人の弱い心につけこんで、お金を奪うのと、みんなに喜んでもらって、お金をもらうのとでは、同じ才能を生かすにしても、天と地ほどの開きがある。
きっと、そういうクリエイティブな仕事は、やっていて楽しいに違いないのだ。後ろめたい犯罪行為に手を染めて、一生、食っていくことなんて、できやしないんだぞ! だいたい、それじゃ、心の平安が得られないだろう・・・・・・
馬鹿の考え、休むに似たりというが、案外、私にはいいアイデアのような気がしてならないのである。元・ハッカーがパソコンのソフト会社に就職して、大活躍する例だってあるのだ。こんなことを言っては、被害に遭われた方には申し訳ないのだが、詐欺を働く連中は、能力を発揮する舞台を明らかに間違えている。惜しいなぁって思うのである。


それにしても、昼間にかかってくる電話にろくなものはない。
だが、万に一つ、本当に大事な用件でかけてくる人がいるかもしれない。
そう思うと、出ようか、やめようか、迷いながらも、つい、私は受話器をとってしまうのである。

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