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今月の一言 |
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息子は恐竜が大好きだ。
将来は古生物学者になりたいと希望している。それもペルム期末に起こった大絶滅の謎を研究したいと、実に明確なビジョンを描いている。まだわずかに小学五年生だというのに。
私が彼の歳の頃にもっていた将来の夢は、たしか南極探検隊か蛍の養殖家だった。時代も変わったし、子供を取り巻く環境も昔とは大きく異なっている。本来、比ぶるべくも無いのであろうが、それにつけても、我が息子のなんと早熟なことよ。父は驚きを隠しえない。
ちなみに、父は虫が好きで、商売にまでしていたというのに、息子の方は虫にはあまり興味を示さない。虫好きの子にしてみれば、私のような父をもつことは、夢のようなものだろうにと口惜しく感じないでもないが、とかく思うに任せないのが世の常だ。
ただ、なんにせよ、一つの分野でスペシャリストになることは素晴らしい。
息子の夢が叶うよう、私はこれからもずっと応援してゆくつもりだ。まだまだ人生は長く、きっと、彼の見る夢も、また変わってゆくのであろうけれども。
とにかく、五年生の今、息子は恐竜に夢中である。
図鑑を何冊もむさぼり読み、そのやわらかい頭脳には知識がぎゅうぎゅうに詰まっている。
おかげで、彼にとっての『常識』についてゆくのは、大人の自分にしても至難の業だ。これが外国のカブトムシの話というのなら、決して負けはしないのだが。
それでも、博物館や展示会に息子のお供で足茂く通ううちに、知らず私にも、それなりの知識がついてきたようである。もとより、門前の小僧であって、深い理解は伴っていないのではあるが、エダフォサウルスが実は恐竜ではなく、セイスモサウルスが地震トカゲの謂いであるということくらいは知っている。ティラノザウルスの子供には羽毛が生えていただとか、三葉虫の目は昆虫の複眼のようだったなどという最新の学説も、それなりには齧っている。
親が子供に与える影響は計り知れないほど大きいが、反対に子供が親に与えるそれも、馬鹿にならないものがあるように感じる。
ところで、昔、私たちが子供時代に知っていた恐竜・他の古生物といえば、おおよそ次のものくらいではなかろうか。
アンモナイト、三葉虫、ティラノザウルス、テラノドン、ステゴザウルス、トリケラトプス、ブロントザウルス(現在はいない。アパトザウルスになっている。)、イグアナドン、アンキロサウルス、アーケロン、メガニウラ、始祖鳥
ちょっと詳しい子でも、せいぜい、アロザウルス、ディメトロドン、パキケファロサウルス、エラスモサウルス、モササウルスを知っている程度だった気がする。
これらの名前を聞いて、すぐにイメージがわいてきた方は、大したものだと思う。普通は上記のうち、せいぜい8つくらいの名前を聞いた覚えがある程度のはずである。
特に女性は、殆どの方が恐竜になんて興味が無く、名前どころか、どんな種類がいるのかさえ、まるで知らないだろう。最近まで、私はそう思っていた。
我が家の恐竜博士にせがまれて、先日、ユネスコ村の恐竜探検館に行ってきた。ここは息子のお気に入りの一つで、今までに何度も足を運んでいる。実を言うと、こちらはすでに食傷しているのだが、息子はいつ見ても楽しいらしい。
ちなみに、ユネスコ村は今月いっぱいで閉館する。これに伴って、今月は千円で乗り物が乗り放題である。(もっとも4つしか乗り物はないのだが)
恐竜探検館のお土産コーナーでは売り尽くしセールもやっている。なんだかユネスコ村の回し者みたいだが、恐竜探検館は確かに一見するだけの価値はある。恐竜の展示というと、骨ばかりというイメージがあると思うが、ここはそんなことはない。ゴンドラのような乗り物に乗って、恐竜の世界を旅するというアトラクションがあるのだ。男の子のハートをがっちり掴むこと、請け合いである。もちろん、骨格標本だって充実している。この規模でありながら、レプリカでなく、実物標本がたくさんあるのだ。中でもモササウルスとエドモンドサウルスの全身骨格は、見事としかいいようがない。
今月はいつもと違って、休日は少々混み合うと思うが、お近くの方は、ぜひ、この機会に遊びに行かれることをお勧めする。
ユネスコ村の詳細はこちらからどうぞ。
一通り見て回り、最後にお土産のコーナーで、息子が選ぶのを待っていたときのこと。
小さいお子さんを連れた、年配の女性の言葉が、ふいに耳に飛び込んできた。
「それで、ノドサウルスの人形はなかったの?」
それがまた、いかにも何気ない感じの会話なのである。
まるで、天気か野菜の話でもしているような調子なのだ。
私は胸がどきんとして、思わず、その方の顔を、まじまじと見てしまった。
どこにでもいそうな、上品なおばあちゃんだった。
この人の口から、まさか、このような、めちゃくちゃマニアックな発言がなされるとは・・・
そして、その瞬間、私は数日前、やはり息子と幕張メッセの恐竜博に行ったときに遭遇した、ある出来事を想起して、背筋がすぅっと凍えるのを感じた。
それは中国の恐竜を紹介するコーナーだった。
ゴビサウルスという、尻尾の先端に突起がある鎧竜の仲間の化石を眺めていたときのことだ。後ろから、息子と同い年くらいの男の子を連れた母親がやってきた。こう申し上げては、甚だ失礼とは思うが、髪が真っ黄色で、全体から受ける印象が、どうもこの場にあまり相応しくない感じだった。深夜のコンビニで、地べたに腰を下ろして、コーラを片手に煙草でも吸っている図が良く似合うといえば、伝わるであろうか。
きっと、息子にせがまれて、しぶしぶ来たに違いない。さぞや退屈していることだろうな、と私は少々、気の毒な感を抱いていた。興味の無い人にとって、恐竜博は足が疲れるだけの場所といっても過言ではないのである。
だが、私の同情をよそに、黄色い髪の母親は、子供に向かって肩をすくめるや、こう言ったのである。
「ゴビサウルスって、最近、よく見るわね」
ショックウェーブで、私の五体は弾け飛びそうであった。
驚くべきことに、決して、すかしたり、衒ったようなニュアンスは感じられず、ごく自然に口をついて出た言葉という感じだったのである。
私が受けた衝撃を、ここを読まれる皆さんにも分かりやすいように翻訳してみる。
「ヘラクレスのブルー固体なんて、簡単に作出できるわね。」
これくらい、かっとんでいると思って頂ければ、間違いない。
恐れ入谷の鬼子母神である。
その後も、様々な恐竜をめぐって、この親子の間では、実にハイレベルなやり取りがなされた。
一体、どうなっているんだ・・・
人は見かけによらない、どころの騒ぎではない。
ここまで来ると、殆ど詐欺に近いものがある。
私は、その親子の視線を気にしながら、小さくなってゴビサウルスの解説を必死に読んでいた。
それにしても、女性の社会進出は、近年、著しいが、これは、とうとう恐竜などという趣味の分野にまで、堂々、進出してきたということなのであろうか? 男の牙城は、いまや陥落寸前である。
まったく、これからの時代、女性に対して、下手に薀蓄を垂れようものなら、今に強烈なカウンターが飛んでくるに違いない。
凄い世の中になったものである。
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