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今月の一言 |
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先日、千葉の実家に帰省しました。
現在、親が住んでいる所は駅の近くの開けた場所なのですが、私が子供の頃、住んでいた所は、そこからぐっと山の中に入った地域で、家の真向かいは、谷を挟んで山がありました。
山といっても実に低いもので、今から思うと雑木林に毛が生えた程度の大したことはないものでしたが、それでも、狩猟が解禁になると猟師が鉄砲を持って入ってくるので、キジが慌てて人家の方に逃げてくるような草深さでしたから、当時、そこに棲息していた動植物はそれは豊富なものでした。
チロっと姿を見せてはパッと消え去る野兎、俊敏に枝から枝に飛び移り、目で追うだけでも精一杯の精悍な野生のリス達。 時に鶯がノンビリした声でさえずり、時に百舌の鋭い叫びが灰色に曇った冬空に響き渡る。 ホオジロやメジロがナナカマドの実をついばむ傍らで、子供らはアケビをほおばったり、渋柿に顔をしかめたり・・・ だが、何といっても、楽しみだったのは、虫を捕まえることでした。
雷雨とともに梅雨が明ければ、季節は夏。
学校がある時には寝ぼすけだった私も、夏休みだけは早起きで、朝まだき時分に自ずと目を覚まし、着替える時間ももどかしく、向かいの山に駆けて行きます。 朝露に濡れた、自分の背丈よりも高い青草をかきわけ、樹液の出ているポイントを一巡り・・・誰かが先に廻っていると、その日の収穫はゼロってこともままあるので、マムシやスズメバチに怯えながらも、何かに急かされる様に、全力で山路を駆け回ったものでした。
戦果は・・・坊主だったことの方が多かったかな。 でも、時にはでっかいカブトムシを握り締め、踊るような足取りで家路に向かう楽しさは、今でも思い出すと胸の中が熱くなります。
そして、もう一つ、鮮明に覚えていること。 それは山の中にある神社の夏祭りです。
遠い少年時代。 電灯一つ無い、真っ暗な闇の中。 田んぼの中の細い砂利道を、父と母に連れられて、少し脅えながら歩いていくと、ずっと向こうに、ぽつんと賑やかな明かりが見え、近づくに連れて楽しそうなお囃子が、だんだんと聞こえてきます。
じっとりと汗ばむような夜の空気の中で、大勢の人がその明かり目指して歩いている気配は感じられるのですが、なぜかみんな押し黙り、まるで、墨汁を水で溶かしたような薄闇に押し潰されそうになりながら、じっと息を潜めて耐えている、そんな不気味な怖さがありました。
苦しくなり、大きく息を吸おうとしたそのとき、急に目の前に、青白い小さな閃光がゆらっと立ち上り、激しく明滅を繰り返しては逃げていくのが見えました。 瞼に複雑な光りの軌跡を残して闇に溶け、また、別の場所でふっと青い炎を吹き上げる美しい生き物・・・
「ホタル!」
頭を上げて周囲を見まわすと、辺り一面、おびただしい程の光りの洪水で、そこかしこで、ピカリ、ピカリと、まるで「もちもちの木」の世界のような、妖しい光景がそこにあり、私達は蛍の群舞する真っ只中に立っていたのでありました。
後にも先にも、神社の夏祭りに行ったのは、なぜか、この一回きりで、従って、私が蛍を見たのも、この一回きりとなりました。
今年の夏は、まだ一度も蛍を見たことが無いという妻と子供のため、ひとつ、蛍を見せてあげようと、実家に帰った機会を利用して、久方振りに彼の地を訪れたのでした。
もう、いないかな? あれから随分、たつからなぁ・・・いるといいな・・・
が、そこにあったものは・・・相変わらずの田舎道ではありましたが、電灯が増え、道路を行き交う車の量は激しく、そして、ガソリンスタンドの眩しいライトが、深夜まで煌々と夜空を焦がしている、そんな光景でした。 かつて、私が脅えたあの闇は、もう、どこにもありません。
思えば、あれから20年もの歳月が流れており、こうなっていることは、当然だったと言えます。いや、むしろ、もっと、様変わりしてもおかしくはなかったのでしょう。
幼かった頃に父と母に連れられて歩いた、神社に向かう田んぼの中の道は健在で、今度は、私が息子の手を引いて歩きます。 都会育ちの彼は、昔とは比べ物にならないほどになってしまった薄闇にも脅え、私の手をぎゅっと強く握ります。
どこまでも歩いてみても、あの青白い炎が舞飛ぶ姿は全く見当たりません。
もう、帰ろうよ!と我慢できなくなった子供をなだめすかしつつ、辺りを探って目を凝らしてみましたが、周りの人工的な光りは、やはり、凄いものがあります。 その明かりがうっすらと届いている範囲には、何もいる気配がありません。 心なしか、当時よりも虫の声さえ少なく感じます。
やはり、駄目か、と諦めかけていたら、妻が「あれ!」と指差すそこに、1つだけ明滅する青白い光がありました・・・
結局、私たちが見た蛍は、このたった一匹だけでしたが、それでも、生まれて初めて目にした蛍に、妻も子供も暫し、息を飲んで見入っている様子でした。
正直、ここまで来て全く見ることが出来なかったらと思うと、私はほっとする心持でしたが、青白い明滅を見ていると、なんだか、20年の時を越えて、待っていてくれた古い友達に会えたような気がして、懐かしいような、ほろ苦い思いがこみ上げてきました。
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