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スカラベ飼育奮闘記

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スカラベ♂

Ahomalipus lemus 南アフリカ共和国産


プロローグ

これは、スカラベに魅せられた男が、3ヶ月弱の間、本気でブリードをしてきた記録である。
普通、糞虫好きというと、どうやら標本を集める事が目的のようだが、そこは、もともとがイキムシ屋である。
運良く手に入れることに成功した生きているスカラベを前に、標本という言葉は少したりとも思いつきもしなかった。
ひたすら、ブリードあるのみ!
・・・だが、本種の食性はご存知の通り「糞」であり、育児丸(いくじがん)も、糞をまるめて卵を産みつけるわけで・・・
つまり、生の糞、それも草食動物のそれを手に入れることが、ブリードにはかかせぬ条件と思われた。

1.スカラベがやってきた

平成13年11月25日。 東京は府中にある某有名昆虫店からスカラベ♂がやってきた。
糞虫の中では恐らく最大種なのではなかろうか・・・非常に大きく、そして迫力のある個体だ。
残念な事に、輸入されて来たことに気がつくのが遅すぎ、既に♀は完売状態。 ♂のみしか残っていないとのことだった。
そもそも10数ペアしか入ってきておらず、更に今期の輸入はもう見込めないとのこと。 非常に貴重な一品である。

初代♂ ファーブル昆虫記で有名な、いわゆるタマコロガシ(若しくはフンコロガシ)である。エジプトでお守りとしてモチーフにされていることでかなり有名な虫だが、生きて動いている個体を見た事がある人は、恐らく僅かだろう。
掌に載せるとズシリと質感がある。
頭部は扇の形に似ており、符節は無い。
前足の腿節が異様に太く、マッチョなイメージを与える。 この頑丈な前足があって、はじめて、あの巨大な糞を丸めてコロコロと転がすことができるのであろうことは、想像に難くない。かなりつぶらな複眼をしており、見つめられると吸い込まれそうな魅力を覚えた。

2.飼育はどうすれば・・・

手元に糞虫の文献がなく、図書館で借りてきたファーブル昆虫記を慌てて読み返した。
それによると、餌はやはり動物、それも牛や馬といった草食動物の糞である。 また、産卵に際してはヤギの糞が良いらしい。
我が家には犬もおれば人間も4人いるので、いざとなれば餌に困ることはあるまい、と多寡を括っていたのだが、どうやらこれは大いなる誤解であったようだ。 要するに、草食動物の糞が主食であり、これは多分、糞内に残存する植物繊維が重要なファクターなのであろうと思われる。 となると、やはり、牛や馬の糞を手に入れないとならないのか・・・正直言って、ブリードルームに牛糞を持ち込むのは、やはり、かなり躊躇われる。 もし、臭いが漏れて隣の食卓に流れていった場合、どういう会話が夫婦の間で取り交わされるか、想像するのも怖い・・・
だが、案ずるよりは産むが易しである。 府中のお店に問い合わせてみたところ、ウサギの餌を代用食として使えそうだという朗報を頂いた。 そこで早速、ウサギを飼っている虫仲間に依頼し、餌を分けてもらえることとなった。
後日、到着したウサギの人工飼料を水で練り上げ、丸い形状にして飼育ケースに入れてみたところ、最初は警戒していた模様だったが、すぐに近づき、なんと、逆立ち姿勢でコロコロと転がし始めたではないか! テレビでは見た事がある光景だが、こうして目の当たりにすると、なんだか腹の底からジワっとした感動が広がり、思わず、大声で女房、子供を呼びつけ、家族全員で暫し、鑑賞にふけったのであった。

3.どうしてもブリードがしたい

ウサギの餌を玉にみたてて転がす愛らしい姿に胸を打たれた私は、今や完全にこの虫の虜になってしまった。
これはどうあっても、ブリードしたい。 いや、ブリードせねばならぬ。 例え餌が牛糞だろうが地球外生命体だろうが構わない・・・
すっかり周りが見えなくなった私は、我侭にも、府中のお店のM氏に、卸し先でまだ残っているようであれば買い取りたいので探して欲しいと依頼。大変、有り難い事に、後日、運良く、横浜の某ショップで1ペア、残っていることが判明。
12月1日、遂に念願のペアを手に入れる運びとなった。

左が♀、右が2代目♂ 画像が見難くて申し訳ないが、ペアの様子である。♀(左)は♂(右)よりも二周りくらい小さいが、フォルムはまるっきり同じで、前腿節が非常に太く、まさにアマゾネスという風貌である。
動きも活発で、飼育に際し、用意した乾燥牛糞とカブトマットをミックスした特製マットにも非常によく潜行する。

4.育児丸を作らせるには・・・

首尾良くペアのゲットに成功した以上、ブリード環境を整えて2世誕生を目指したい!
だが、育児丸の元となる、ヤギの糞など、どうやって手に入れれば良いのか? さんざん悩んだ挙句、ネットの虫友達に相談したところ、関西の動物園の飼育係の方と連絡を取る事ができ、そこから更に、地元 大宮でヤギの糞を手に入れることができる手段として、大宮公園の動物舎に行けば、ヤギがいるということが判明。 先方に電話すると、ヤクシマヤギを飼育しており、快く糞を分けてくれるとのことだった。 ことが進むときには、こうやってトントン拍子に道が開けていくものだ。 この高まった機運を逃すまじと、早速、自転車で片道30分の距離にある大宮公園に直行した。
話しは既についており、飼育係の人は早速、糞を持ってきてくれる・・・と思いきや、
「じゃ、行こうか。」
はいぃ? どっ、どこへ?
幾つもの扉を空け、案内されたのはヤクシマヤギのいる動物舎の中だった。
ヤギ、といっても、元々は野生で暮らしていたものだ。 見慣れない侵入者にかなり警戒している様子で、特に一番、体格の良い奴はずーっと、私の動きを監視するかのように見つめ続けている。いや、有体に言うと、ガンを飛ばしているといった方が相応しい。 私はえへら笑いを浮かべながら、はい、ちょいとごめんなさいよ!と、そそくさと糞を拾い集め、さっさと退散したことは言うまでもない。 しかし、平日、昼間の動物舎だったため、見物人は殆どいなかったからいいようなものの、これが土日で家族連れで賑わう頃であったならば、ヤギに睨まれながら、へっぴり腰で糞を拾い集める私の姿は、恐らく、さぞかし滑稽なことだったであろう。顔から火が出る思いとはこのことである。

ヤクシマヤギの糞に群がる図 12月11日。
新鮮なヤクシマヤギの糞をブリードセットに投入したところ。 始めは警戒したのか、全く近寄っても来なかったが、暫くすると、この通り。
苦労が報われたと感じた瞬間であった。
ヤクシマヤギの糞とスカラベ 糞から離れようとしない。
余程、気に入ってくれたのか。
ヤクシマヤギの糞とスカラベ 前足で掻き集めているように見える。
ブリードセット 今回、ブリードセットはプラケースのジャンボを用意した。 本当は衣装ケースの大きいものでやりたかったのだが、スペースの関係上、やむなくジャンボで代用することとなった。
深さは十分に取れると思うが、床面積がまだ、足りない気がする。
もっと広いところで長い距離に渡って糞を転がすことができるようにしたかったのだが・・・
ちなみに画面左下の緑の固まりはウサギの餌を練ったもの、中央がヤクシマヤギの糞、右端には水分補給の意味を兼ねてゼリーを入れておいた。
ウサギの餌に群がるスカラベ ウサギの餌に群がるスカラベ。
親虫を生かしておくだけであれば、糞は不用で、ゼリーとウサギの餌で十分に代用できると思われる。
玉を転がす♀ ♀が転がし始めた。
ケースの中をあっちへ行ったり、こっちへ行ったり・・・何か、無目的に転がしているようにも思える。
玉を転がす♀ 転がしている玉はウサギの餌である。
やがて、♀は地面に穴を掘り、その中にこの塊をずるずると引きずり込んでいった。

5.疑問

ヤクシマヤギの糞を投入してから、数日後。 暫く観察を続けた結果、疑問が出てきた。
育児丸を形成するのに、本当にヤギの糞が適しているのだろうか?
というのは、糞の1つ1つがあんなに小さなものでは、そもそも玉を作る事が困難ではなかろうか?ということに気がついたのである。そして、実際、彼らはヤギの糞ではなく、ぼてっと塊にして入れておいたウサギの餌の方で玉を作って転がしていた・・・
セットを見ると、ヤギの糞はその後、あっちこっちに散らばっているが、どうも、玉にされた形跡は見当たらない。
そんなことを考えていると、またしてもネットの虫友達より、外国のフンコロガシ特集をテレビでみたが、どうやらスカラベは、牛糞や馬糞を餌として玉にするだけでなく、同時に育児丸としても使っているいう内容であったと教えてもらった。
そうか! いや、しかし、それならば、分かるのだ・・・彼らは塊となっている物体から、ある程度の量を切り取って玉にすることは出来るが、ヤギの糞のように小さな塊を捏ねて大きな玉にするような器用なことは、無理なんじゃないかと思っていたのだが、はからずしも、この推測は、当たっていたわけか。
・・・が、待てよ。 ということは、やはり、育児丸を作らせるには牛糞か馬糞が必要という結論になるってこと?・・・

♀ ♀を腹から見たところ。
前腿節の太さがお分かり頂けるであろうか。
この太い腕は、塊状態となっている糞から玉を切り出したり、大きな玉を押していくパワーの源になっている。
ちなみに小さい糞を捏ねて大きな玉にするようなことには向かないようで、飼育中、そのような動きはついぞ観察できなかった。

6.牛糞、ウサギの糞

こうなっては致し方ない。
いよいよ覚悟を決め、草食動物の糞をなんとかせねばならぬ。
そこで、またしても、ネットの虫友達にお願いし、とうとう、黒牛の牛糞をはるばる関西から宅急便で送ってもらう手筈となった。 また、ウサギの餌をよく食べていたため、それならばと、ウサギを飼っている友人からは、今度はウサギの糞を送ってもらうことになった。
12月19日。 それは届いた。

ウサギの糞 ウサギの糞。
ころころとしており、結構、乾燥している。
使用する前には水でふやかし、手で練って塊にしてから与える必要がある。
特に臭いは無く、あまり汚いという感じはなかった。
牛糞 黒牛の牛糞。
画像では、ちょっと分かり難いかもしれないが、良く見ると幾つかに分かれたブロックの塊になっている。
なんでも、配合飼料ではなく、草を主食とした牛であるとのことで、確かに未消化の繊維質も散見される。 これはかなり期待できる。
心配していた臭いは、殆ど無く、これは配合飼料を食べていないからだそうで、誠に高級牛糞といえよう。
湿り気も申し分無く、かなりフレッシュな状態である。
<画像をクリックしてみましょう>

7.本格的なセット

宅急便で送られてきた2種類の糞を開封し、中身を点検してみる。
ウサギの糞は乾燥しており、このままでは使えないので、一度、水でふやかして手で練り上げ、塊にしてセットにいれることにした。 牛糞は、送ってくれた友人が、「凄く臭いよぉ!」と言っていたため、開封するに当たっては、恐る恐るであったが、意外にもそれほどの悪臭は無く、それどころか、私には、なぜか、とても懐かしい香りがした。
これなら大丈夫だ、とほっと、胸をなでおろし、手掴みで丁寧にセットに移すことにしたが、特に汚いという感じもせず、また、状態が良いためか、意外と思われるかもしれないが、手で触ってもさほど汚れも臭いもつかないのであった。
尚、残念なことに、この日、初代♂が★になった。 ♂同士の争いに敗れたのか、寿命であったのかは定かではないが、購入後、一月弱の命であったことを思うと居たたまれない気持ちだ。 残されたペアでの飼育により一層の期待がかかる。

最終セット 画面左端にある塊が牛糞。
右上はゼリー、右下にウサギの糞を配し、中央部分は玉を転がすことができるように何も置かない空間をとってみた。
牛糞に群がるスカラベ 牛糞に群がるスカラベ。
糞の上に馬乗りになり、両前足でペッタン、ペッタンと盛んに叩いている。
見ている間に、糞は上の方から丸みを帯びてゆき、何時の間にか綺麗な円形の玉として切り取られていた。
どうやら、糞がブロック状態になっている切れ目に沿う様に切り出していくのだが、このとき、前足で叩く事により整形しながら、玉を作ってゆく。なんと賢い生き物なのであろうか。
切り出し 玉の切り出し最中の♀。
大分、形になってきた。
玉を転がす♀ 切り出した玉を転がす♀。
自分の体よりも随分と大きな糞を玉にし、逆立ちしてころころとケースの中を転がして行く。
やがて、巣穴に辿りついたものの、玉の方が大きくて巣穴に入らない。さて、どうしたものかと観察していると・・・
巣穴の入口から、少し離れた地面を掘り出し、一端、深く潜った後、玉のすぐ下にまで坑道を掘り進め、その後、ずりずりと玉を坑道の中に引き込んでいってしまった。
恐るべし、フンコロガシ・・・

8.その後の様子

生の牛糞による餌の補給(あわよくば育児丸の作成)は、スカラベたちにとって、喜ばしい状況であったのか、結構な量の牛糞を置いておいたのだが、1,2週間のうちには影も形もなくなるくらいの勢いで消えていき、その後、数回に渡って、虫友達から牛糞を送ってもらうこととなった。
それと同時に、これまで、あまり臭わなかったスカラベたちが、少しずつ、臭い出していくという変化を見せた。 この臭いは表現することが難しいのだが、饐えたような臭いとでも言おうか、ある種、独特な臭いを発するようになった。
このため、虫仲間との新年会において、お披露目に持って行こうと思ったのだが、断念したくらいである。


こうして、牛糞が切れると補給し、活発に切り出し・玉転がしを見せてくれていたスカラベ達だが、2月末くらいになると、それまでとは違い、動きが鈍くなってゆき、時折、ひっくり返って自分では起きあがれない状態が続くようになってきた。
そして、3月1日。 ついに天に召されるときが来た。 ♂♀仲良く、2頭揃っての旅立ちとなった。

9.エピローグ

生きとし生けるものは、いつかは必ず、死別せねばならない。
この理は自明のものとして、今まで、たくさんの昆虫達と分かれてきたのだが、今回、このスカラベ達との別れは、何かとても寂しく、暫くの間は、心に穴が空いたような寂寥感にさいなまれた。
だが、悲しみを振り払い、思いを断って、あと一つ、やらねばならないことが残っている。
それは、今まで環境を壊したくなかったため、一度もひっくり返したことが無かった、スカラベの飼育ケースの中身を検めてみることである。 果たして、産んでくれているのだろうか? 育児丸はあるのだろうか・・・?

育児丸? 食い残し? ケースの底から、このような塊が2つ、出てきた。これは果たして、育児丸なのか、それとも、彼らの食い残した糞玉なのであろうか?
ファーブル昆虫記によると、育児丸は洋ナシの形に似ているそうである。 それが正しい観察記録であるならば、この塊は育児丸の可能性はかなり低いといわざるを得ない。
だが、いずれにせよ、結論を急いではなるまい。
丁寧にマットを篩った結果、他にも幾つか、判定がつかない塊が出てきたため、それらと一緒に大切に保管することにした。 育児丸であって欲しいと願いながら。

10.最後の挨拶

こうして、私のスカラベ飼育は第一幕を閉じたのですが、本種の飼育に当たっては、実に様々な方々のご協力を頂きました。 また、その応援がなければ、とても出来なかったと思っております。末筆になりましたが、改めて、感謝の言葉を述べさせて頂きたいと存じます。
まずは、私の我侭をお聞き入れ下さり、生体を探してくださった調布にあります某店のM様、有難うございました。また、輸入されてきましたら、是非、お願いします。2回目の挑戦をしたいと心より願っております。
ウサギの餌並びに糞を提供くださったT様、何度も牛糞を送ってくださいましたN様、有難うございました。もし、また、本種を飼育するチャンスに恵まれましたら、恐れ入りますが、ご厄介になるかもしれません。(^-^;;
最後まで読んでくださった方、有難うございました。糞虫は餌が厄介だということでかなり敬遠されているように思われますが、彼らは実にカッコ良く、そして美しいものが多く、海外だけでなく、我が国にも美麗種が豊富に存在しております。もしも、これをお読みになって、糞虫に対するご興味が、少しでも湧いて下さったら幸いです。
そして、出来れば、もう一歩。 ブリーダーへの道にまで踏み込んで頂けたらと、節に希望致します。

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