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ギフチョウと幻のカエル 採集記

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新潟県のギフチョウ

H19.4.8 新潟県新潟市にて


1.ファースト・コンタクト

ふいに視界をよぎるものがあった。
見ると一匹の蝶が、フラフラと手が届きそうなところを彷徨うように飛んでいる。
それはアゲハチョウによく似た、だが、アゲハよりも一回りは小さい蝶だった。
「もしかして・・・・・・ギフチョウ?」
以前、知己であるテレビチャンピオンの昆虫王・長畑さんから、ギフチョウは、春に飛ぶ、アゲハにそっくりな蝶だと教わった覚えがあった。


それは、春休みの真っ只中、家族そろって埼玉県の某町に遊びに行ったときのことだった。
某町は埼玉のやや北西に位置する、有機農業が盛んな土地柄である。
大宮では桜がすでに7、8分は開いていたが、こちらではまだほんの一分咲きだった。
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、私たちはとある小さな山に登った。
カタクリが山の斜面にポツン、ポツンと青い花弁を揺らし、道行く人の目を楽しませている。
時刻はすでに昼近い。道は、頂上に向けて急な登り坂が連続している。お腹をすかせた娘が、そろそろぐずりだした。いささかくたびれた私たちは、そこで小休止をとった。
その場所は少し開けた山の鞍部で、木漏れ日が樹間からまぶしく差し込んでいた。


実はついさっきも、一匹、同じような蝶を目撃し、私はデジカメで撮影していた。そこで今回も、カメラにおさめてやろうと考えた私は、足音を忍ばせて、そっと件の蝶に近づいていった。
アゲハにそっくりなその蝶は、警戒心が薄いのか、人間が寄ってきても逃げる気配もない。結局、1メートル弱の距離にまで接近し、私はシャッターを切った。


「これ、ギフチョウなの?」
子供たちが目を輝かせて聞いてくるが、いかんせん、私は蝶の種類に関しては全くの門外漢である。
「うん、たぶん、そうだと思うよ・・・・・・」
蝶好きからみれば、呆れるような話かもしれないが、私はギフチョウとは、春になればどこにでも飛んでくる蝶だと勝手に信じてこんでいた。ただ、生息数が少ないため貴重と言われているのだろうくらいにしか思っていなかったのである。
そのときの私は、ギフチョウが関東では神奈川県の石砂山(いしざれさん)を除き、全く生息していないということをまるで知らなかったのだ。


帰宅後、メールで昆虫王さんに最初に撮った蝶の画像を送り、種の同定を依頼した。
返ってきた返事は、「残念! これはキアゲハです」というものだった。
今から思えば当然のことである。だが、もしかしたらギフチョウ!と思って喜んでいた私は、少しがっかりしてしまった。昆虫王さんいわく、埼玉にはギフチョウもヒメギフチョウも生息していないという。
しかし、そういわれても、どうもすっきりとしない気分が残った。何かが心にひっかかって仕方がないのだ。
そこで、撮影した二枚の画像をあらためて見比べてみると、どうもあとから撮ったものは、一枚目の蝶とは羽の斑紋が少々異なって見えることに気がついた。


埼玉にはギフチョウはいないし、こっちもきっとアゲハの一種なんだろう。でも、なんというアゲハなのかが分からない。
そこで、二枚目の画像も昆虫王さんに送ったところ・・・・・・PCの向こうから、熱い興奮が伝わってきそうな勢いでメールが戻ってきた。
「な、何と・・・これは明らかにギフチョウです!」
ただ、地域的に野生で生息しているはずがなく、明らかに誰かが故意かミスにより放してしまった個体だろうということだった。


これを読んで、私はなんとも複雑な心境になってしまった。
全くの偶然ではあるが、埼玉ではまずお目にかかれない、生きたギフチョウを目撃し、画像に撮った。野外での観測は、これが或いは埼玉初なのかもしれない。快挙といえば、そういえなくもないと思う。
しかし、もしもそれが人為的な放蝶によるものなのだとしたら・・・・・・これは、雑木林でうっかりコーカサスオオカブトを捕まえてしまったようなものなんじゃないだろうか? だとしたら、快挙どころではない。手放しで喜んでよい状況とは、到底、思えないのである。
せっかくギフチョウに出会えたのに、なんというケチがついてしまったことか。


こうなると私も意地である。
これはもう、どうあっても本物のギフチョウにお目にかかりたい。
春の女神とよばれる、その可憐な肢体をこの目でしかと確かめてやりたい。
それも、標本箱にちんと収まったものではなく、空の下を堂々と舞っている姿を拝みたい。
昆虫王さんによると、時あたかも新潟ではギフチョウがシーズン・インした頃合だという。
そこで同氏にお願いして、一泊二日のギフチョウ採集にご一緒させて頂くことにしたのである。


尚、ことのついでに私にはもう一つ、別な企図があった。
それは、何かしらのカエルを捕まえてきたいというものだった。
私は最近、カエルの飼育に、いたくハマっているのである。
地元では普通種のアマガエルしかどうにも採取できない。
そこで思い切って遠出をして、何かしら面白いカエルでも採ってこられたらと企んでいたのである。


4月7日土曜日。朝5時9分。
朝まだき時分に、昆虫王さんが車で来宅された。
ギフチョウとカエル採集の旅がはじまった。

キアゲハ これはキアゲハ。
こうして画像を二つ並べて見比べてみれば、ギフチョウとの違いは明らかである。だが、白状すると、野外ではじめて見かけたときには、まるでその差が分からなかった。
ギフチョウよりも一回り大きく、一度、斑紋の特長を飲み込んでしまえば、その後はひと目で判定がつくようになる。
こうしたことは、ひとえに蝶に対する関心と知識の有無次第なのであろう。
埼玉のギフチョウ 埼玉の某町で見つけたギフチョウ。
野外での生息が確認されている地域は、これを発見した場所からは非常に遠く、本種の飛翔能力をはるかに超えている。このため、迷いこんできた可能性は殆ど考えられない。
また、専門家の意見では、羽の斑紋の状態から、どうやら混血の個体と思われるということである。
こうしたことから、画像の個体は、飼育されていたものが放たれたという公算が高い。
それが故意によるものなのか、偶然によるものなのかは分からないが、こうした行為は野生動物の保護の観点からも、厳に慎むべきものであることは論を待たない。実に遺憾なことである。

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2.温暖化の影響か?

川越から関越自動車道にのり、一路、ひたすら北へと進む。
高速道路は意外なほど空いていて、大変に快適である。
あれよというまに埼玉にお別れを告げ、群馬に突入。
天気予報によると、新潟は終日晴れの予報である。
朝早いせいか、途中、立ち寄ったパーキングでは少し肌寒さが感じられた。だが、照りつける太陽はとても力強く、日中はかなり気温が上がりそうである。
極上の一日になる。そんな予感がした。


さて、道中の話題はといえば、そこは虫好きが二人。当然、虫談義である。
いつもそうだが、長畑さんの昆虫に対する造詣の深さには、本当に驚かされてばかりいる。
なにしろ彼の知識は、たんなる机上の学問ではない。フィールドにおいて実地に培ってきたものがベースとなっているのだ。話が面白くないわけがない。
今回はギフチョウとそれよりも一回り小さいヒメギフチョウについて、いろいろな知見を賜った。それらについては、以下、おいおい述べてゆくことにする。


お話を伺ううちに、ふと一つの疑問が浮かんできた。
ギフチョウは関東にこそ(石砂山を除き)生息していないが、それ以外の地域にはいるのである。だが、長畑さんは、この季節、週末になると、決まって新潟に通うのだという。
なぜ新潟なのか? 新潟産のギフチョウには、何か特別なものがあるのだろうか?
その疑問をぶつけてみると、これには二つの理由があるのだそうだ。
ひとつは、午前中、できるだけ早い時間から採集を始めたいということだった。埼玉からだと、都心を抜ける道筋の地域では現場到着までに時間がかかりすぎる。その点、新潟は高速を利用すれば3時間ほどである。この時間の節約は、とくに午前中勝負の虫については大きな意味を持つ。
もうひとつは、新潟県は(合併前の行政区分で)83の市町村にギフチョウが生息しているのだが、その全ての産地でギフチョウを集めることを目標にしているのだという。そして、驚いたことに、なんと、彼は今までに、すでに53の市町村で採集に成功しているのである!
長畑さんは驚く私を尻目に、自分が知る限りすでに7人の方が達成していますよ、と涼しい顔をしておっしゃられた。げに世の中に粋人はいるものである。


そうこうするうちに、車は関越トンネルに吸い込まれるように入っていった。
谷川連邦の真下を通るこの地下道は、群馬と新潟を結ぶ長大なトンネルとして有名だ。 実際、あまりにも長くて、どこまでも深く潜ってゆくような錯覚さえ覚えてしまうほどである。なにしろ全長11キロもあるのだ。
黄色い明かりが規則正しく並ぶ単調なトンネルは、まるで、見知らぬ地底世界へと我々を誘ってゆくかのようである。
いったい、いつになったら終点がくるのだろう? このまま走り続けているうちに、気がついたときには、槍をもった地底人に辺りを取り囲まれているのではないだろうか?
そんなとりとめもない空想にふけっていると、車は突然、トンネルから飛び出した。
そこは私が生まれてはじめて足を踏み入れた、新潟の地であった。

関越 はるか向こうには、頂に雪をかぶった山々が見える。さすがは北国だ。
だが、長畑さんは周囲の景色を見て、驚嘆の声をあげていた。「雪がない!」
例年だと、道路の脇にはまだかなりの雪が残っていて、あたり一面、冬の世界なのだという。
それが今年は、もともとの積雪がかなり少なかったこともあって、まだ4月上旬だというのに、まるでゴールデン・ウィークの頃のような景色になっているのだとか。これも地球温暖化の影響なのであろうか? 果たして、この自然環境の変化がギフチョウにどう影響を与えるのかが心配だ。
車を駆る我々の胸中に、にわかに不吉な影が差し込めてきた。
角田山のカタクリの群生 7時58分。巻潟東インターで関越を降り、国道をひた走る。目指すは、最初の目的地である新潟市の角田山(旧・巻)である。
途中、日本海をちらっと目にすることができた。私にとっては生涯二度目に見る日本海である。
観光シーズンのようで、角田山は登山客であふれていた。駐車場には観光バスの姿さえある。
いきなり急峻に立ち上がる道を上り詰める。早足でスタコラ先をゆく長畑さんは、息ひとつ切れていない。前日、子供たちと遊んで、身体に疲労が残っているせいか、私は早くも顎が出そうになっていた。不意に目の前が開け、カタクリが群生する尾根に出た。(画像クリックでカタクリをアップ)
長畑氏 初トライ 蝶には飛ぶ道がある。その感覚が身に沁みついてくると、不思議と蝶が好む場所が分かってくる。
日が当たる、少し開けた尾根筋で、吸密するカタクリの花が咲き乱れているここも、まさに蝶が好んで立ち寄る、そうした場所のひとつである。
長畑さんは腰をすえ、ギフチョウが飛んでくるのをじっと待っていた。
だが、まだ気温が低いのか、まるで獲物は飛んでこない。すでに30分ほどが経過しただろうか。もう駄目か。黒星スタートなのか。諦めかけていた矢先、長畑さんの大きな声が響いた。「採ったぁ!」
辺りをうろついていた私は、残念ながらその瞬間を完全に見過ごしてしまった。
時刻は9時を少し回ったところ。昆虫王さんの今季初採集となったギフチョウは♂だった。

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3.幻のカエル

巻・角田山でのギフチョウ採集は、意外な苦戦を強いられた。だが、粘り勝ちという感じで、一匹ではあるが捕獲に成功し、長畑さんは、無事、さらに一町村をその記録に追加した。
しかし、できればここはペアで揃えたいところである。そこで我々は、角田山にアプローチする道の途中でみかけたポイントに立ち寄ってみることにした。薄暗い林道を抜ける道の右側に、木が伐採された跡地のような、少し開けた感じの場所があったのだ。


隅に車を寄せて停め、エンジンを切ると、かすかに鳴き声が聞こえてきた。
グオッ、グオッと、なんとも間の抜けたような声である。
カエルだ!
しかも、今まで私が聴いたこともないような鳴き声の種類だ。
こんなにも早くカエルとめぐり合えるなんて、なんという幸運!
私の血液は一気に沸点にまで上昇した。
興奮している私を残し、長畑さんはここで尾根の方に向かって網をもって向かった。
一方の私は、千載一遇のチャンスとばかり、さっそくカエルが鳴いていると思しき辺りにすっ飛んでいった。


そこは林の中を縫うように、小さな川がゆったりと流れる、まるで夢のような空間だった。せせらぎには、陽光が木々の間からキラキラと差し込み、静かな時間がたゆたっている。すぐ横を車道が走っているのが、なんだか嘘のようだった。
あちこちから鳴いている声が立ち上っている。
私は夢中になって、その声のする方に向かった。
靴がぬかるみでぐしゃぐしゃになる。ズボンの裾に泥が跳ね上がる。しかし、私はそんなことには一切、かまいっこなしだった。


声はすれども姿は見えず。
さすがに奴らも甘くはない、ということか。
気配を殺し、確かに鳴いたと思わしき箇所に忍び足で近づいていく。
岸に腰を下ろし、じっと身動きせずに静かに待つ。


・・・・・・おかしい。
鳴き声が自分のすぐ足元から聞こえてくるような気がするのだ。
まさか、こやつら、地下で鳴いているというのか?
不安にかられた私は、小川の水面ギリギリに顔を近づけて岸の方を観察してみた。
すると、岸辺の下に幾つもの小さな空洞がぽっかりと口を開けていることが分かった。
どうやらカエルたちは、このトンネルの向こうに潜んでいるらしい。
こうなったら、気配を殺していても仕方ない。
ここぞ、という洞窟の中にぐいっと手を突っ込んでみる。
だが、穴は複雑に捻じ曲がっているようで、とてもじゃないが奥にまでは届かない。
諦めがたい私は、その後、カエルが鳴いていると思しき洞を見つけるたびに手を入れてみた。だが、どうにも獲物にまでこの手が到達しないのは、いかんともしがたい、冷厳たる事実なのであった。


小一時間もがんばったであろうか。
時刻は11時にならんとしていた。
両手は当然のこと、スニーカーやズボンも泥だらけである。
もう駄目か、と半ば諦めかけいた、そのとき!

産卵場所 ここもどうせ駄目だろう、と思って何気なく枝や落ち葉などをどかしたら、そこは横ではなく、縦にぽっかりと空いた洞だった。もしや、と思って見ると、水の中でなにやら活発に動いているものがいる。カエルだ! 二匹のカエルが抱接して水中でダンスを踊っているのだ。
しめた! 私はすぐさま冷たい水の中に右手をつっこんだ。心臓がバクバクした。
ぐっと掴む。だが、どうしたはずみか、抱きつかれていた方の個体がするりと逃げた気配がある。
慌てそうになるのを必死でこらえ、とにかく、手のひらに残った固体をそっと水から抜き取るようにして確保する。すぐさま左手で水の中を探ったが、逃げた方のカエルはもうそこにはいなかった。なんということだ・・・・・・
タゴガエル♂ 滅多にない機会を逃し、がっくりとしていた私に一発逆転のチャンスが訪れた。なんと、すぐ目の前の岸辺に、抱接中のペアを発見したのである。カエルたちの前には地下の洞穴へと続く小さな入り口があり、まさにそこに向かって彼らはあと少しというところであった。無我夢中で手を伸ばし、私は二匹を押さえ込んだ。
やった! ついにペアを採ったぞ!
このときほど嬉しかったことはない。すぐ前に一匹取り逃がしていただけに、喜びもひとしおだった。
画像の個体は最初に採った♂。大きくて、捕まえたときには♀だったのかと思ったが、その後、後から採った♂が抱きつくと、グオッと鳴いて抱接を拒絶する仕草をみせたため、改めて♂と判明。しかし大きい。6センチはゆうにある。
タゴガエルのペア この抱接しているペアが、カエルの神様が私に微笑んでくださった証の個体。
採ってすぐに、何の種類だろう?という疑問が湧いてきた。アカガエルとは明らかに体型が違う。こちらの方がずっと太っているし、水に浸かっているせいか皮膚にたるみがみえる。持参したハンディ図鑑を参照し、指先の吸盤並びに水かきの発達具合から、タゴガエルと判明した。
これが、かの有名なタゴガエルなのか! 私は感動で身が震える思いだった。伏流水(地表下の水流)で産卵し、その生態は未だ分明ではない。まれに鳴いている♂が目撃される程度で、つまりは幻のカエルというわけなのである。苦労の上に捕獲した私には、このカエルが幻であるといわれる由縁もむべなるかなと、感ずるところがしきりであった。

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4.苦難の連続

「お土産はカエルにしてね」
実は出がけに、息子にそうせがまれていた。
正直言って私は本格的なカエル採集などというものを、これまでやったことがなかった。いわばズブの素人なのである。だから、この地底生活者のような営みを送るタゴガエルという貴重な種を捕獲できたことは、まさに天佑としか言いようがない。
なんという好スタートであろうか。私について言えば、これで旅の目的の半ばは達成したといっても過言ではない。もちろん、せっかく新潟まで来たのであるから、さらにカエルを捕獲したいのであるが、この時点で私はほぼ満足感で満たされていた。


だが、あと一つの目的である、天然自然に飛ぶギフチョウの姿をこの目でしかと見定めるということは、いまだ達成されてはいない。そして、この目的を果たすことは、同時に、長畑さんの新潟におけるギフチョウ採集の記録更新へと繋がっていく道でもあるのだ。
私がカエルと格闘している間、長畑さんは♂のギフチョウを一匹採ったそうだが、残念ながら♀を捕まえることはかなわなかった。後ろ髪ひかれる思いで巻を後にし、次に我々が目指したのは、小須戸(こすど)の町であった。

テレビ塔を臨む 車を走らせていると、遠くにテレビ塔を発見した。こうした高台にある送電線や塔は、その周辺が切り開かれており、絶好のポイントになるという。
もちろん、長畑さんは事前に捕獲実績のある場所を聞き込んでおいたり、地図で等高線を読み、いそうな場所の見当をつけてから現地に臨んでいる。行き当たりばったりに、いそうなところを探ってみる採集も、発生が豊富な場合には面白いが、今回はどうやら条件が厳しく、こうなると事前の準備がものをいう。
そして、そのことを、この後、我々はひしひしと実感することになるのであった。
斑入りのカンアオイ これがギフチョウの幼虫が食べる草である。カンアオイという。こちらは斑入りのタイプ。
地面に近いところで生育する、いわゆる下生えとよばれる植物の仲間である。


「食草であるカンアオイにとっての好適な生育条件とは、ほどよく木が刈り込まれて、地面にまで日が届くようになった環境です。例えば、伐採が行われて杉の植林が行われた所などが、この条件に当てはまります。こうした場所にカンアオイが発生し、そこに♀が卵を産みにやってくると、翌年、ギフチョウがたくさん発生するのです。」(昆虫王さん談)
カンアオイ こちらは斑の入らないタイプのカンアオイ。
ギフチョウの♀は、このカンアオイの葉の裏に美しい卵を30個あまり産み付ける。孵化後、幼虫は約一ヶ月の間、葉を食べ、急成長を遂げる。その後、すぐに蛹になって落ち葉に埋もれるように夏から秋を迎える。やがて冬になると雪に全身を覆われ、ぬくぬくと寒い季節を越えてゆく。
翌春、雪が溶け出すと、他の昆虫たちに先駆けて羽化し、まだ溶け残る雪景色の中をひらひらと華麗に舞う。成虫は一週間程度で短い命を終えるという。その間に彼らは恋をし、次の世代へと命を受け継いでゆくのである。
小須戸のギフチョウ 「ギフチョウの一生は、殆どが蛹の状態です。従って、蛹の間、適度な温度と保湿という管理ができれば、誰でも簡単に羽化までもってゆくことができます。実はギフチョウは飼育がとても容易な蝶なのです。」(昆虫王さん談)


さて、そのギフチョウであるが・・・・・・なかなか出てこない。日の当たる山の斜面が眼下に広がり、食草もある好条件のポイントなのだが、どういうわけか、いっかな姿を現さない。だが、長畑さんは泰然たるものだった。内心では、或いは焦っていたのかもしれないが、傍目にはこのように悠然たる態度で構えていたのである。
ヒオドシチョウ この場所には水気がなく、カエルもいそうにない。そこで私は、飛んできたヒオドシチョウを暇潰しに何度も捕まえては放したりしていた。この蝶は小さなテリトリーを持っていて、同じコースを飛び続けるので、簡単にまた捕まえることができるのである。
ちなみに私と遊んでくれたヒオドシチョウは、越冬個体のようで、このように羽がボロボロであった。
小須戸のギフチョウ 小一時間ほどが経過し、時刻は12時半になっていた。ギフチョウはとうとう飛んでこなかった。
これだけの良いロケーションなのに、なぜ? やはり温暖化の影響でギフチョウに何か変化があったのだろうか? 来る途上、道路脇に雪が殆どなかったのが脳裏をかすめる。もしかして、私がいるせい? そういや、今までに採ったものは、全部、私が目を放していたり、その場にいなかったときに限って採られている。ひょっとして私とギフチョウの相性が悪い? そんな不吉なことを思いながら、車に戻り、この場を後にしようとしたときだった。
長畑さんが突然、走り出した。どうしたんだろう? と思うまもなく、青い網を一振り!
まさに土俵際、ギリギリのうっちゃりであった。
(画像クリックでギフチョウ拡大)
田上の山の中 採集に集中するべく、昼食はコンビニで買ったお握りを車中で頬張って済ます。
次なる目的地は田上である。あらかじめ地図で見当をつけておいた山に車で登り、ポイントを探った。適当な登山道はなかなか見当たらない。だが、そんなことでは長畑さんはへこたれない。
1時半。車を停め、獣道しかない急峻な山の斜面にとりつく。強引に藪をかきわけ、尾根を目指して一息に登りつめてゆく。画像からはその険しさは想像もつかないだろうが、これは、道がかなりよくなり、ようやくシャッターを押せる場所に来て撮影した為である。どうやらギフチョウ採集とは、こういう山登りの連続であるらしいと、私もこのときになってようやく気がついた。
尾根にて 猛烈な登攀で尾根に辿りつくと、今度は尾根伝いにポイントを探して歩きまくる。ハードである。
午後になると気温が急に上がってきた。長袖シャツが暑いくらいだ。だが、5月にはさらに気温が上昇し、真夏日になることもある。暑さが苦手なギフチョウはこうなると昼寝をして、日が翳った時分にまた飛ぶのだという。今日は日陰に入れば、涼しさが肌を冷やすほどだから、昼寝は無しだろう。
待つこと暫し。不意に真下の絶壁からギフチョウが姿を現した。だが、惜しいところで網に入らず、そのままハラハラと反対側の斜面へ消えていってしまった。この場所はご覧の通り、あまりにも木々が茂っており、網を振ったり追いかけたりする余地が殆どない。さすがに長畑さんも、これには無念の形相であった。
カナヘビ 春の日は暖かく、カナヘビが日光浴をしていた。
長畑さんは今までのところ、苦戦しながらも一つの山で一匹は必ず採ってきた。だが、これは一山に一匹しかいないのではないか?と思わせるくらい、実に厳しい状況ともいえる。本来、新潟での採集は時期さえ当たれば次から次と採れまくるのだという。なにゆえこうも数が少ないのか?
長畑さんの推理では、山を一望した感じからして、ヒメギフチョウが発生する時期の山肌のような印象で、ギフチョウにはあと一週間ほど早いのだという。確かに山並みをみると、全体的に茶色がまさっていて青みが足りない。この冬は雪が少なくて春の訪れがかなり早かったのに、どうやらギフチョウの発生は例年よりもむしろ遅く、このため♀より先に羽化する♂ばかりが採れることになったらしい。
田上のギフチョウ 取り逃がしたギフチョウは、待てどもなかなか戻ってこない。もう30分は経っただろうか。とうとう長畑さんは、ご自分の時計で2時20分になったら諦めて移動しますと宣言された。残り2分30秒である。
ちなみにギフチョウは青い色に寄ってくる性質がある。彼らが吸蜜する、この季節に咲くカタクリやショウジョウバカマの花の色は青なのである。このため、長畑さんの網の色は青であり、服も青。その上、車の色まで青なのである。
断崖に立ち、長畑さんは、さぁ、来い、来いとその青い網を振りはじめた。
すると、突然、何の前触れも無く、絶壁の下からスイっと上がってくるものがあった。ギフチョウである! 途端にズドン! 青い稲妻よろしく、電光石火で長畑さんの網がギフチョウを捕り押さえた。
別のポイントにて捜索 劇的なサヨナラ・ホームランをかっ飛ばしたあと、田上で過去に採集実績があるといわれるポイントに移動した。時刻は2時半。ここで二人別れて、それぞれギフチョウとカエルの捜索を開始した。
私は水音を頼りに山の中に分け入ってみたのだが、カエルの姿はまるで見られず。長畑さんの方も空振りで、タイムアウトとなった。


時計の針は3時半を回っている。太陽の加減から、この日はもうギフチョウは飛ばないであろうとの判断で、これにて活動終了となった。
本日、長畑さんは3町村を新たに記録に加え、合計56市町村での採集達成である。
村上市の寿司屋にて 明日は下越のどんづまりに近い、村上市近辺での活動となる。このため、高速に乗って村上市に移動。今夜は村上駅前のビジネスホテルに素泊まりである。
夜は昆虫王さん御用達のお店『川むら鮨本店』での宴となった。こちらの魚料理は実に美味く、地酒に大変よくマッチしていた。手間と時間を十二分にかけて料理されており、その分、お値段はお高いのだが、どれを食べても納得の味であり、夜遅くまでたんまりと舌鼓を打ちまくった。村上市に行かれる際には、お勧めのお店である。

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5.ギフチョウの宝庫へ

明けて翌日。4月8日 日曜日。
本日のギフチョウ採集は、神林村と荒川村の二つがターゲットである。
このうち、前者の方はギフチョウを保護している要害山を擁する地域である。もちろん、こうした採集禁止地域に長畑さんが足を踏み入れることはない。そこで、彼が別の場所で捕獲に精を出している間、私はこのギフチョウの宝庫ともいえる場所に赴き、たっぷりとその生態をこの目で見極めてこよう!という計画になった。

村上駅周辺 ホテルから見た村上駅周辺。
朝はまずまずの天気である。予報では雲が出てくるとのことだったが、どうなるであろうか。
8時半出発の約束なのだが、朝早くに目が覚めてしまい、ずいぶん時間に余裕がある。普段は見ないテレビをつけてみると、どこの放送局だか分からないが、ちょうど石砂山のギフチョウの特集をやっていた。これはまた、なんという偶然であろう。きっと、今日はたくさんのギフチョウに会えるという前兆に違いない。
要害山入り口近辺 ギフチョウの宝庫、要害山。以前からギフチョウがたくさん群れ飛ぶ場所として有名だったそうである。現在では神林村教育委員会が保護区域に指定したため、今では捕獲する人もおらず、相当な数のギフチョウが生息しているものと思われる。
時刻は9時を回ったところ。要害山の登り口で私を下ろした後、採集が禁止されていない場所に長畑さんは車で移動していった。
ときどき雲間から日差しがさすが、おおよそ曇りがちの天気である。さて、どれくらい、ギフチョウが拝めるであろうか。期待を胸に、山頂めがけて、いざ、登山開始である。
ギフチョウ発見場所 登りはじめて10分後。
目の前をフラフラっと飛ぶギフチョウを発見した。両側の木々が少しまばらになって、陽光が差し込むこの場所は、どうやらギフチョウにとってお気に入りのスポットらしい。
しばらく待っていると、恐らくさきほどの個体と思しきものがまたやってきて、それに絡むように、さらにもう一匹がどこからともなく現れた。二匹はそのまま、もつれるように高空に舞い上がってゆく。木の天辺あたりまで一気に上り、やがて見えなくなっていった。
残念ながら、どこにも止まってくれず、シャッターを切るチャンスはなかった。しかし、これほどすぐに巡り合えるとは、ここは本当にギフチョウが豊富にいるのだ。なんだか胸がジーンとしてしまった。
ギフチョウ発見場所 続いてギフチョウが姿を見せたのは、両側が切り立った崖になっている、この尾根道である。ふいに左サイドから現れて、私の目の前を横切り、右側の斜面に悠々と降りていった。
またしても、どこにも止まらず、画像を撮ることはかなわなかった。だが、全ては心のフィルムに写してある。目をつむれば、今でもはっきりと、そのときの様子が思い浮かんでくるのである。
ギフチョウ発見場所 さらに、ここでもギフチョウを発見した。どうもいたるところが、出没ポイントのようだ。
ここで見たギフチョウは道筋に沿って飛び、しばらく私と行を共にした。やがて、飛び疲れたのであろうか、数メートル先で、ふいに地面に舞い降りた様子である。私は、驚かせないように足音を忍ばせてゆっくりと近づき・・・・・・
ギフチョウ パチリ!
やっとこさ、最初の一枚を無事、カメラに収めたという次第。


この後も、頂上の館岩に至るまでの間に2匹のギフチョウを目撃し、結局、行きには5匹ほど、見ることが出来た。
画像では少し分かりにくいが、ギフチョウは身体全体に毛がたくさん生えている。これは原始的な蝶の仲間の特長なのだそうである。
館岩 9時半。頂上の館岩に到着。
私の背丈以上もある巨大な石が、ごろんと横たわっている。画像は、その石に登って、はるかな下界を見下ろして撮ったもの。薄い雲がかかっており、時々、日差しがさす程度であるが、すでに気温は高くなりつつあり、今日もよい天気に恵まれそうな感じである。
うっかり水を持ってくることを忘れてしまった。喉が渇いたのを我慢して、ここから同じルートを折り返し下山する。
タチツボスミレ 道端に咲く、タチツボスミレの可憐な花。
ギフチョウが好んで吸蜜する、春の野山を代表する青系統の花である。
スミレにはたくさんの種類があるが、本種はハートの形の葉っぱが目印。
ショウジョウバカマ こちらはショウジョウバカマ。名前のわりに、花の色は赤くない。亜種なのであろうか?
こちらもギフチョウが吸蜜する対象の花である。
ギフチョウ 気温が上がってきたからであろうか、帰りの道では、しょっちゅう、ギフチョウに遭遇した。一度など、青い上着を着ていたせいか、私めがけてまっすぐに突っ込んできた。びっくりして思わず左手を前に出したら、バサっと手のひらの中に入り込み、大慌てて逃げていった。もし網をもっていたら、確実に採れていたことだろう。なにせ向こうから飛び込んできてくれるのだから。
登山口に戻る途中、小さな池の淵にタチツボスミレが群生して咲いているのを見つけた。そこは、ギフチョウが次々と顔を出し、まさに群舞の様相を呈していた。
結局、帰りの道では10匹を越えるギフチョウを見ることが出来た。もうお腹一杯、大満足である。
ギフチョウ 長畑さんが戻ってくるのを待つ間にも、ギフチョウは次々と姿を現した。
要害山登山口にある駐車場にも飛んできて、ゆっくりと辺りを一周し、また、山の中に戻っていく。思わず追いかけて、止まった先でシャッターを切ったのがこの一枚。
こちらで見たギフチョウは、少し大きめの固体もおり、どうやら♀が羽化している模様。他の地域ではまだ♂ばかりであるのに、ここはやはり一味違うようである。
10時半になり、長畑さんが車で迎えに来てくれた。きっちり♂を一匹ゲットされており、これにて神林村での採集も無事終了となった。

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6.大当たり!

続いては荒川村である。
「ここではちょっと苦戦するかもしれません」珍しく長畑さんは弱気ともとれる発言をした。過去に下見をした結果、難しいという予感を覚えていたようなのである。
曇りがちだった空が、とうとう泣き出した。
なんとも不吉な前兆だ。雨が降ると蝶は飛ばなくなる。そうでなくとも、厳しいというのに、これではまさに泣きっ面に蜂である。
小雨がぱらつく中、車は高坪山に向かう。ここが次の戦場である。

荒川村高坪山 高坪山を車で登りつつ、ポイントを探してあちこちをキョロキョロと見回す。雨はだいぶ小降りになってきた。もうじきやみそうな気配である。ここぞというポイントがなかなか見つからない。結局、道沿いに車を停め、足で探すことにした。
車を降りると、タイミングよく雨も上がり、雲間から日差しが顔をのぞかせた。よし、行こう! 気合を入れて歩き始め、わずかに1分。「いたっ!」長畑さんがバッと駆け出し、網を一振り。なんと、今までの最短記録で見事1♂、ゲットしてしまった! あれほど採れるかどうか、懸念していた荒川村であったが、なんともあっけなく目標達成である。
このとき、時計の針は11時10分を指していた。
荒川村のギフチョウ 「こんなこともあるんですねぇ」「いや、新潟は本来、こうなんですよ」
すっかり気を良くしてそんな話をしていたら、なんと、さらに一匹がフワリと風に乗って飛んできた。そして、長畑さんがそちらに網を被せているうちにも、立て続けにもう一匹が、どこからともなくやってきて、近くに着地したのを私は見ていた。
「すぐそこにいます!」私の声に、長畑さんが慎重に近づいていくと、ぱっとギフチョウが宙に舞い上がった。途端にズドン! 青い網が的確に獲物を捕らえていた。
時刻は11時14分。入山後、わずか5分もしないうちに、連続3匹の収穫である。昨日とはうって変わって、いきなり大当たりとなった。
荒川村のギフチョウ 足元がストンと断崖になっていて、その急峻な崖には食草のカンアオイの姿がチラホラと見られる。ギフチョウはこの斜面を登ってやってくる模様だ。ここはどうやら絶好のロケーションらしい。そうと決まれば、腰を落ち着けて待つに限る。少し時刻は早かったが、コンビニで買った昼ごはんをぱくつきながら、地べたに腰を下ろしてじっと待機することにした。
小雨が時折降ってきたが、太陽がジリジリと雲に勝り、やがて天気はすっかり回復した。
高坪山登山 長畑さんがギフチョウの現れるのを待つ間、私は近くを流れる川にカエルがいないか、偵察に出かけることにした。ついでに高坪山を登り、ギフチョウが出没するか否かも探索してくるつもりである。
残念ながら、川はあまりに急すぎてカエルがいそうな気配はない。そこで方針をギフチョウ探しに絞ってひたすら登山に励むことにした。高坪山は、標高の割りになかなか急峻な山道が続く。尾根伝いに歩くコースなので、蝶が飛んできてもおかしくないのだが、あいにく殆ど花も食草も見当たらない。結局、一時間ばかり歩いて下山したが、全身汗みずくになってしまった。久し振りにいい運動をしたという気分であった。
高坪山 麓に降りて長畑さんに合流すると、あれから2♂を追加して、合計5匹になったという。発生初期の今の時期にしては、これは大漁と言ってよい結果だろう。
車に戻り、一気に道を下る。画像は遠くに高坪山を臨むポイントから写したもの。
予定外に荒川村の採集が早く終わったため、もう一町村、記録に加えるべく、別の町へと車を走らせることになった。
シンクルトン記念公園 1時半。シンクルトン記念公園に到着した。ここは旧名を黒川村といい、日本最古の石油採掘跡がある場所である。いまだ黒い原油が浮いてくる油溜の池があり、プンとすごい臭気が立ち込めていた。
私は周囲の田んぼでカエルを探してみたが、まるで姿が見当たらず。長畑さんもこの近辺ではギフチョウを見つけることはかなわなかった。
溜め池のおたまじゃくし 蔵王山に移動し、二手に分かれてそれぞれ獲物を狙うことにした。
2時15分過ぎ、溜め池の中に大量に蠢くおたまじゃくしを発見。だが、残念ながらスニーカーでは彼らが群れている場所まで侵入することはできず。堤の上から指を加えて眺めているだけの結果となった。何の種類か、しかとは分からぬが、おそらくはヒキガエルであろうと思われる。
3時を回る頃、長畑さんが意気揚々と戻ってきた。登山道にてギフチョウ♂1を無事に捕らえ、黒川村もこれにて制覇である。

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7.旅の終わり

太陽の加減から、今日はもうギフチョウは飛ばないだろうと長畑さんは判断。これにて、今回のギフチョウ採集はオール・オーバーとなった。
私の方は、この日、まるでカエルとは縁が無く、どうもツキに見放されたような感じであった。そこで、長畑さんのご好意により、もう一度、昨日、タゴガエルを採集した小川にまで戻ることにさせて頂いた。
うまくすると、あの縦穴にまたカエルが入っているかもしれない。
そう期待したのであるが、残念ながら、カエルの神様はそう何度も微笑んではくれなかった。一時間ほど粘って、またしても泥だらけになりながら探したのであるが、やはり地底で鳴いている彼らには、この手はついに届かなかったのである。


帰りの高速も、行きと同様、非常に空いていた。
ただ、関東に近づくにつれ、どんどん雲行きが怪しくなり、群馬に入る頃には完全に天候が崩れ出し、とうとう目の前が真っ白になるほどの土砂降りとなってしまった。
前橋の街を抜けるとき、荒天はついに極まり、激しい落雷が辺りを何度も明るく照らすまでになった。時折、真っ黒な雲の中を稲光が真横に走り、まるでラピュタに出てくる龍の巣のようだった。


埼玉に入ってから数キロの渋滞に巻き込まれたものの、おおむね順調に車は流れていた。雨はその後、断続的に降ったりやんだりを繰り返した。降っていない地域では、まるで路面が濡れておらず、どうやら局地的に雨雲が発生しているらしい。新潟での採集で、二日間、好天に恵まれたことを帰りの車中で心底、感謝した。


一般道に下りてからもすいすい車は進んだ。いつもは混んでいる大宮バイパスも珍しく空いている。
夜9時過ぎ。無事、自宅に到着。
二日間に及ぶ採集旅行は、こうして幕を閉じた。


結局、長畑さんは、今回の採集で新たに6市町村を記録に加え、これで合計59の市町村での採集実績を達成した。残りは24である。
「おそらくあと三年くらいで83市町村全てのギフチョウを採集できるでしょう」長畑さんは笑ってそうおっしゃっられた。きっと、これからも休みのたびに、長畑さんの青い車は新潟へ向かってつき進むのであろう。
あのような激しい登山を伴う採集を、普段、彼はたった一人でやっているのだという。単にギフチョウが好きというだけでは、とてもできることではない。強靭な体力と不屈の精神力が備わっていてこそ、初めて実現できることなのだと思う。羨ましい限りである。


自宅に戻った私は、採ってきたタゴガエルをさっそく子供たちに披露した。
たぶん、一番、はしゃいでいたのは、私自身だったろう。
この二日間で、私はすっかり子供に戻ったような気分だった。
生息条件がまるで異なるギフチョウとカエルの採集という、無体な旅を快く敢行してくださった長畑さんに、あらためて感謝である。


それにしても、舟木一夫が歌う『銭形平次のテーマ』が頭に繰り返す。
長畑さんお気に入りの、時代劇の主題歌を集めたCDが、車での移動の最中、ずっとかかっていたのだ。私自身、それほど好きだとは思っていなかったのあるが・・・・・・帰宅後、ふと気がつくと、「おぉ〜とぉ〜こだったぁらぁ♪」と口ずさんでいるのである。
すると、ブリードルームの中から、グオッと合いの手を入れるかのような声がする。
どうやらタゴガエルたちも、新潟からの長い旅路の間に何度も聞いたこの歌が、気に入ったようなのである。当分の間、私とタゴガエルたちは銭形平次がマイ・ブームになりそうな予感である。
                                                <完>


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