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コラム

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紙の魚と書いて「しみ」と読む。
ちょっと詳しい方なら知っているかもしれませんが、紙魚とは、非常に小さな、全身が銀色に輝く虫なのだそうです。
英語ではシルバーフィッシュというのだとか。


という、甚だ曖昧な書き方をしているのにはわけがございまして、実は私、未だかつて、一度も紙魚にお目にかかったことが無いのであります。


文献によると、紙魚には羽がなく、鱗のような節をもつ、非常に不気味な印象を与える虫らしく。。。どうもフナ虫に似ているという噂もあります。


私が想像する紙魚は、もう少し愛らしいものだったのですが、そうだとすると、大分、軌道修正しないとならないのかもしれません。


ところで、東京創元社から「紙魚の手帳」という、文庫に折込みの冊子が出ていたことをご存知の方はいらっしゃるでしょうか。


私はこの冊子がとても好きでした。
同社は、ときおり、とんでもなく面白いSFやファンタジーを出版してくれるのですが、「紙魚の手帳」は、そういった同社の本を紹介しており、若かった時分の私に、文芸への思慕を掻き立たせてくれた、心躍る存在でした。


お茶の水の駅を降りて、明大方面に坂道を下る途中に、幾つか古本屋が点在しています。そこでみつけた本の中に、この冊子が入っていることがありました。


古本に持ち込んだ人が、捨てないでわざわざ挟んでおいてくれたのでしょう。
そう思うと、いつもそこはかとない奥ゆかしさを覚えたものでした。
もう、15,6年も前の話ですが、なんだか昨日のことのようです。


こうした思い出も相俟って、紙の魚という素敵な文字から受ける、この虫の印象は、だから、私にはちょっとセピア色がかった懐かしいものなのでした。


ちなみに、読書人は本が好きということで、紙魚もまた、同じく本が大好きなことから、転じて読書好きの連累を紙魚と言ったりもします。
この冊子に「紙魚の手帳」なる題がついた由縁もここにあるのでしょう。


もっとも、紙魚は本を食べ物として好きなのであって、実際に発生すると駆除が厄介。大事な本もボロボロになるとの由。
見たことが無いなどと言っていられるのは、案外、幸せなことなのかもしれません。


紙魚は、野外では落ち葉などを分解するスカベンジャー、いわゆる「掃除屋」の役割を果たしているそうです。
本ばかりでなく、衣類にもたかるのでしょうか、「衣魚」という字を用いて、やはり「しみ」と読ませます。


そして、この紙魚、どうも標本をもターゲットにしているのか・・・?


以前、懇意にして頂いております、テレビチャンピオンの昆虫王さんと会食したときに、紙魚の話題が出ました。
その折、彼の口から出た言葉は、「それなら、うちに幾らでもいるよ。」


同氏は、寝る場所もなく積み上げられた標本箱に囲まれて生息している人物で、そこに紙魚が発生するというならば、畢竟、食べるものは虫のなきがら以外には考えられないのであります。


紙魚に対する私の感情は、今や、微妙に揺れて参りました。


来宅される方にお願いです。
こう書いたとて、お土産に紙魚だけは持ってこないで下さいね。
私の心に住むこの虫は、永遠に銀色に輝く魚のままでいてほしいので。。。

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