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コラム |
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トンボの仲間でも、とびきり大きくて立派なものといえば、ご存知、ヤンマの一族です。
黒と黄色の文様がきわどくも美しい「オニヤンマ」。
冴え冴えとした緑が眩しい「ギンヤンマ」。
このあたりが有名どころではないでしょうか。
そして、私にとってヤンマとは、特別な思いを抱くトンボなのであります。
小学1年の夏、私は「ギンヤンマ」を捕まえました。
実を言うと、ヤンマを採ったのは、このときの1匹が最初で最後でありまして、以来、数回、チャンスはあったものの、お恥ずかしながら、いつも逃げられてばかりおります。
ヤンマは、普通のトンボとはちょっと違います。
いつだってビュンビュン飛びまくり、それも信じられないくらいの超速で目で追うだけでもやっとこさ。
たまにどこかに止まって羽を休ませているとしても、大概は網の届かない高い梢や池の真ん中の浮島など。
だから、ヤンマを捕まえるということは、あの当時、ヒーローになることと同義でした。
そして、実際に採った私は、勿論、仲間たちの英雄に・・・
なるはずだったのですが、いかんせん、その採り方がずっこけていまして。
どういうことかというと・・・
いつも遊びに行く空き地に、突如、現れた「ギンヤンマ」。
あまりのかっこよさに、熱い憧れを抱いて集まった子供の数は、10人を下らなかったと記憶しています。そして、私もその中の一人でした。
どうやって採ればいいのか、当時は何の知識もなく、みんなして、ひたすら網をもって追い掛け回しました。
が、幾ら追いかけようが、必死になって網をふるおうが、子供の力では所詮、ヤンマの飛翔力に敵うはずもなく・・・
ぐるぐると同じコースを、延々と駆け回される結果となり、体力が続かない子から次々に脱落していきました。
気がつくと、一緒に「ギンヤンマ」を追い掛け回しているライバルの姿は数人に減っており、先頭を切って走っていた私も、ついに疲労から脚を滑らせ、ばったり転倒。
しかし、その拍子に、なんと、網の中に偶然にも「ギンヤンマ」が入ったのであります。
あまりのラッキーさに暫し呆然としましたが、徐々にこみ上げてきた、このときの喜びは、終生、忘れることができません。
ちなみに、一緒に走り回って、すっかり骨折り損になってしまった子供たちは、このとき、ひとり、またひとりと、非常に疲れた様子で、なぜか一言も口をきかずに立ち去っていきました。
こうした次第で、ヤンマは、私にとって特別なトンボになったのであります。
その後の調べで、彼らは、同じコースを周遊する縄張り意識が強いトンボだということが分かりました。
あのとき、私たちが同じ道筋をグルグルと走らされたのには、わけがあったのですね。
また、本当は追い掛け回すのではなく、そのコースを見極め、待ち伏せして一瞬の早業で採るべきものなのだということも分かりました。
さて、時は流れ、30年後の今年、2004年の夏。
埼玉は上尾にあります、大きな公園に家族で遊びに行ったときのこと。
池の周りを散策していると、見慣れぬ大型トンボが無数に飛んでいるではありませんか。
「オニヤンマ」に似ているのですが、心なしかもう少し小さい。
よく観察してみると、どうやらお尻が扁平に膨らんでいる模様。
これぞまさしく、図鑑でしか見たことがなかった、「ウチワヤンマ」です!
こんなところで会えるとは!
ヤンマをみると、遠い昔の出来事が思い出され、血が騒いでなりません。
心臓がばっくんばっくん、音を立てて高鳴ります。
ようし、子供の頃はうまく採れなかったけど、今ならどうやって採ればいいのか、知ってるぞ!
早速、小3の息子と二人、車に常備してある虫網を手に、池の淵へと向かいました。
「いいか、ヤンマってのはな・・・」
当然、ここは父親ぶって、一通り、採り方を講釈。
飲み込みのよい息子は、すぐに
「分かった。待ち伏せ作戦だね。」
と、やる気十分です。
じっと彼らの飛行する様を見ていると、どうやら一匹の「ウチワヤンマ」が、池の淵ぎりぎりを周回コースにしていることが分かりました。
そこで、そのコースに沿って息子と二人、網を構えてじっと動かずに待つこと暫し・・・やがて、すーっと巨大なヤンマが近寄ってきました!
最初にアタックするのは息子です。
そのすぐ後ろに私が控えています。
彼にとっては、初めてのトンボ採集です。
しかもヤンマです。
どうせ採れるはずはないのです・・・
息子が空振りした後で、私が父の威厳でビシっと決める。
なんたって、偶然とはいえ、私は小1でヤンマを捕った男なんですから。
いよいよ近づいてくる獲物を前に、血がたぎります。
網を握る掌にも力がこもります。
来た!
と思ったら、意外と素早い息子の網捌き。
野球のサイドスローのような、無駄のない動きで、ヒュっと風を切って網がはためいたなと思ったら、ヤンマの姿がどこにもない!
殆ど同時に反射的に振り回した私の網はむなしく宙を切り、息子の網はと見ると、大きなトンボが見事に納まって、バタバタやっているではございませんか。
その喜びようといったら。
殆ど昆虫採集をしたことがない息子にとって、これは相当にビッグなトロフィーです。
「お父さんは、昔、子供の頃、偶然、転んで採ったんでしょ。 僕は実力で採ったんだよ。」
今日は、もう一匹、お父さんが採るまで、絶対に帰らないからねー。
しかし・・・彼らはそう甘くないトンボなのでございます。
このように、私にとって、ヤンマとは、いろいろと特別な思いを抱くトンボなのであります。
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