2013年3月5日に急逝した日本スピッツの空幻(くぅげん くぅと呼んでいました)の記録です。自分自身の管理の悪さが引き起こした誤飲と、そのための麻酔による事故でした。お叱りを受けることを覚悟で、犬の誤飲と、麻酔事故の詳細を記録することで、犬を飼う方に何らかの情報提供となれば、と願います。 誤飲 落ちているものを何でも食べる子でした。散歩に行けば私の隙をついてタバコの吸殻を嬉々としてむしゃむしゃし、うちではお菓子の包み紙だろうが、ビニールのきれっぱしだろうがとにかく口にいれずにはいられない、そして口に入れるだけではなくて飲み込んでしまうのをどうしてもしつけてやめさせることができませんでした。 口に入れているのを見つかると怒られるのを理解していて、何か発見してくわえている時は私と目が合うときまりの悪い顔をするのですぐにわかります。ある時、何かハムハムと噛んでいるので口をこじ開けて取り出してみたら、裁縫で使う待ち針でした。ひやっとしました。時々お裁縫をするので、気づかないうちに針を落としたのでした。それからは、針を落とさないようにすごく注意していました。 3月の最初の土曜日、大人数の来客がありました。普段はごちゃごちゃとものがあふれているリビングを大々的に模様替えし、家具の移動もしました。13人の来客にくぅは大興奮。でも、低いテーブルに食べ物を並べていたので、ずっとサークルに入れられて、そこから私たちの集いを眺めていました。 次の月曜の夜、夕食を食べ終わった頃、くぅが私の腿に前足を置いて、いつものように顔を見上げてきました。口を閉じています。ん?...おかしいな。たいていは口を開けて笑顔でこっちを見ているのに。しばらく見つめていたら、あむあむっと何かを噛み始めました。あっ!何かくわえてる!口をこじ開けて指を入れました。固くて先のとがったものが指に触れました。「針だ!!」 急いで取り出そうとしました。針はのどに近いあたりで縦になって引っかかっているようです。なかなか取れない、まずい、と思っている間にくぅは取られると思ったのかあせって飲み込もうとし、5秒ほどせめぎあっているうちにとうとう飲み込んでしまいました。 うわ!どうしよう。と一瞬頭が真っ白になりました。かかりつけの病院は7時までです。動物救急を呼ぶしかないか。お金がかなりかかるけど、緊急時なのでやむをえません。電話をかけて事情を説明しました。今現在はなんともない様子だと言うと、とりあえず様子をみて、朝になったら病院に行くのがよいと思う、と言われ。ひとまず電話を置きました。痛がっている様子もなく、いたって元気なくぅ。今夜は散歩をやめて安静にし、朝一で病院に行くことにして、何もないことを祈りながら床に就きました。 前に針を口に入れてしまったことがあったので、その後は裁縫をする時に充分気をつけていたつもりだったのに!家具を移動したので、その前に落としていたものが出てきたんだろうか。どうしてもっときちんと確認しなかったのか。後悔と不安が頭をぐるぐる回っていました。 病院へ 翌日、病院に電話してからくぅを連れて行きました。家を出ると、いつもお散歩で出会う犬仲間さん2人に会いました。マルチーズ2匹とポメラニアン1匹のご近所犬もいっしょです。「針を飲んでしまったんです。今から病院に行きます。」と言って挨拶もそこそこに別れました。これがくぅとのお別れになってしまったことは実はまだお知らせしていません(3月24日現在)。 病院ですぐにレントゲンを撮りました。胃の中に針がはっきりと写っています。獣医さんは、内視鏡で取るのがいいでしょう、うちでは内視鏡ができないので、病院を紹介します、と、タクシーで20分ほどの距離の病院を教えてくれました。電話をすると、すぐに来てくださいとのこと。くぅをキャリーに入れて初めてタクシーに乗りました。車の中でまったく鳴かず、運転手さんに「おとなしいですね!」と褒められました。 前の病院からレントゲンを借りてきてはいましたが、今度の病院でも再度撮影し、針が胃にあることを確認してから内視鏡で取ることを試みるといわれました。もし胃に食べ物が残っている時は内視鏡では取れないので胃切開になり、その場合は5日ほど入院になる。胃切開になった場合も危険な手術ではなく、リスクがあるとすれば麻酔によるものである、との説明がありました。くぅには夕べから何も餌を与えていないので多分胃は空だと思うこと、6ヶ月の時に避妊手術で麻酔は経験済みであること、過去の検診の血液検査で何の問題もなかったことを伝えました。獣医さんは30代くらいの女性でした。手術は3時間後くらいに開始とのことなので、私は仕事に行くことにしました。内視鏡ですめば、夜迎えに来るつもりでした。 麻酔から容態急変へ 内視鏡か胃切開かの判断がついたところで電話で知らせます、と言われたので、携帯を職場の机において仕事をしていた2時ごろ、電話が鳴りました。女医さんの声がいささか上ずっている。「くぅげんちゃんですが、麻酔をかけて7分くらいたったところで、急激に血圧が下がり、徐脈になっています。すぐに来ていただけませんか。」え?どういうこと?と、瞬時に理解できない。「かなり脈が弱くなっています。血液検査をしたら、肝臓の値が測れないほど急激にあがっていて、ショックを起こしていると思われます。できるだけのことはしますが。」そこまで言われて、深刻な事態が起こっていることが胸につきささる。 私の職場は病院から1時間以上かかる距離にある。間に合わないのか?でもとにかく行くしかない。そうだ、まさきのフリースクールはうちの近くだから、まさきにも行ってもらおう。電話をして手短に説明し、「とにかく行って。せめて最後にいっしょにいてあげて。」と頼みました。午前中休みを取って、昼過ぎに職場に着いたばかりでしたが、最低限出さなければならないメールをいくつか出して、説明もそこそこに飛び出しました。電車の中で、ずっと祈っていました。もしだめだったら知らせてくるはず、まさきからメールがないから、きっと大丈夫。絶対大丈夫、と思っていれば通じるはず!と。 駅から歩くのももどかしく、タクシーで病院に到着し、受付の人に案内されて病院の2階に上がって目にしたのは、獣医さんがくぅに心臓マッサージをし続けている姿でした。まさきがくぅの身体に手を添えてそばにすわっていました。くぅは気管に挿管され、点滴をされて、モニターには「無呼吸」という文字が見えました。目が半眼に開き、全く意識がないのがわかります。その時点で既に1時間半近くマッサージをしている状態でした。 それから30分ほどの間、くぅ、帰っておいで!と何度も何度も呼びかけましたが、意識が戻ることはありませんでした。 お別れ くぅを連れて帰る前に、くぅの身体をきれいにしてくださる、とのことで、しばらく病院の中でまさきと二人待ちました。運ばれてきたくぅは、かわいいリボンを首に巻かれ、何かの香りが漂ってきた、と思ったら、前足にはお線香がはさんでありました。真っ白でふわふわな毛は生前と全く変わらず、美しい姿でした。 家に帰ってきて、リビングのお気に入りのクッション型ベッドの上にくぅを寝かせました。深紅のビオラの鉢を買い、枕元に置きました。お水を供え、お気に入りだった赤のコングもそばに置いて。 二日後に火葬を頼んだので、2晩はくぅといっしょにいられます。最後の晩はくぅの傍らで、時々手を伸ばしてくぅの足に触れながら、眠りました。 火葬は朝の6時にお願いしました。火葬車までくぅを抱っこして運び、台に置いた直後に、くぅの口から出血があり、シーツが赤黒く染まりました。麻酔へのショックで肺出血が起こっている、と言われたことを思い出しました。首の周りから真っ白な毛をひとふさ切り取りました。くぅの周りを花で飾って、食いしん坊のくぅが大好きだったフードと今年の年賀状に使った写真にメッセージと家族3人の名前を書いて添えました。早朝の薄明かりの中、3人で手を合わせ、くぅに感謝をささげ、最後にみんなでくぅの頭をなでてて、お別れをしました。 病院から帰ってきてからも、淡々としていたまさきでしたが、くぅの姿が見えなくなる瞬間、顔をゆがめていました。泣いていいんだよ、と思いましたが、だまっていました。 1時間半ほどで火葬が終わり、業者さんがお骨をお盆に載せて運んできてくれました。リビングで、皆で骨壷に骨を入れ、くぅのお葬式が終りました。お骨は、寿命を全うすればいっしょにいられたであろう年月、近くに置いておこうと今は思っています。 くぅが亡くなった後、いくつか不思議なことがありました。ただの偶然かもしれません。でも、本当にくぅが私たちに何かを伝えたかったのかもしれません。もしご興味があれば、このあとを続けてお読みください。その後に、病院から聞いた麻酔の経緯、容態急変の後の処置の記録、そして、誤飲事故の説明があります。 不思議なこと くぅが逝った直後の土日はどちらも友人との約束がありました。随分前から約束していた楽しみにしていた会合だったので、暗い話はすまい、と心に決めていました。ところが、どういうわけか、2日とも、土曜は生と死にまつわる話、日曜は麻酔の危険性の話が始まってしまい、くぅのことを話さずにはいられなくなってしまいました。話せば涙があふれてつらいのですが、でも、話すことでだんだんくぅの死を受け入れ始める自分がいました。 くぅが、「話していいんだよ」と言っている気がしました。 もうひとつあります。私はとある日本スピッツの愛好会の会員になっていました。会報を読むだけの幽霊会員でしたが、事務局にくぅのことを報告するメールを出しました。お返事があり、何回かやり取りをする中で写真を送った後のその方のメールの最後に「愛犬からのお手紙」という文章がついてきました。その中に「お気に入りだったオレンジ色のボール」という言葉があり、不思議でした。普段は赤のコングで遊んでいましたが、とっておきのオレンジのボールを時々出してあげると、赤には見向きもせず夢中で追いかけていました。どうしてオレンジ色のボールを知っているんだろう?偶然? お礼メールの中で聞いてみました。どうしてオレンジ色のボールがお気に入りだったことがわかったんですか? 答えは、「くぅちゃんが教えてくれました」でした。くぅのメッセージを受け取って私に伝えてくださったのでしょうか。手紙には、くぅが苦しまずに逝ったこと、私たちと暮らして楽しかったことがつづられていました。 犬の麻酔事故について くぅが亡くなったその場で獣医さんに聞いたこと、後に電話で追加で問い合わせたことを以下に書きます。これが事故の予防に役立つかどうかはわかりません。くぅの生きた証として残しておきたいと思いました。 【獣医からの事後説明】 麻酔への過敏反応で、非常にまれなケースである。自分はこの病院に7年いて、700から800例の麻酔を経験しているが、過去に1例だけ遭遇したことがある。ベテランの獣医でもなかなか出会わない事例である。麻酔による事故のリスクを事前に予測する方法として、血液検査、レントゲンによる心臓肥大などの確認、既往症の確認、などがあるが、この子は非常にリスクが低い個体で、まさかこういうことが起こるとは予測していなかった。人間の場合は術前にパッチテストとする、ということがあるようだが、動物病院でそれをするというのは一般的ではない。 【麻酔の経緯】 麻酔の前処置として 鎮静剤 ブトルファノール 1.38mg 注射(0.2mg/kg) 麻酔導入 プロポフォール 基準量41mg程度(6mg/kg)だが、感受性が固体に よって違うので様子見ながら使用。くぅは少なめで効果があったので、 4mg〜5mg/kgで気管挿管できた。(麻酔により自発呼吸が止まるので管を挿入する) 麻酔の維持 ガス(イソフルラン)1.8%濃度で使用 麻酔の導入から7分ほどで徐脈が見られ、その後 アトロピン 心拍を上げる ボスミン 強心剤 デキサメサゾン アレルギー防止 リドカイン 心拍を上げる を使用。効果がないので、心臓マッサージ開始。 【今後へのフィードバック】病院内で、今回の症例を検証しており、もっと早く何か別の手が打てなかったか、 今後同様なケースがあった場合に、より良い対応ができるために、なにか追加 で実施できる対策はないか、など検討しているとのこと。 新たな対策をとることが決まった場合には連絡をくれるとのことでした。 【麻酔によるショックについて】今回の事故の後、ネットで犬の麻酔事故のことを調べました。きちんとした統計はないようですが、およそ0.1%の割合で死亡事故が起こるようです。人間の場合は10万人に数人、という確率、犬は人間の10倍以上の割合です。麻酔事故にはいくつかパターンがあり、導入時と覚醒時の管理ミスによる窒息、嘔吐によるものや、気道確保の失敗、高齢や持病による心臓への負担、そして、今回のくぅのようなアナフィキラシーなどです。アナフィキラシーについては、人間にはパッチテストという方法もあるのですが、獣医の説明では、体表面でテストしても体内に注入した時の反応を完全に予測することはできないということでした。 犬の誤飲について 昔の人は、裁縫の開始前と終った後に針の数を数える、ということをしていたそうです。私は針を数えるまではしませんでした。注意しているから大丈夫、と思っていました。きちんと手順を決めて針を確認していれば、今回の事故は起きませんでした。命を預かるものとして、自覚が足りなかったとしか言えません。このことはこれからもずっと抱えていくしかないと思っています。 くぅが亡くなって、2週間ほど経って、東京の桜が満開になりました。桜の季節にはいつも近くの公園にくぅを連れてお花見に行っていました。くぅは空からこの桜を見ているのでしょうか。今年の桜は、散るのを惜しむように1週間咲き続けています。これから、桜を見るたびに今のこの気持ちを思い出すことでしょう。 |