お題No,08「突き上げる」


ベッドの中、切なげに喘ぐコナツの限界が近かった。
もう何時間もヒュウガに白い躯を貫かれ、喉は嗄れて、汗は全身を濡らし、シーツはぐちゃぐちゃに乱れている。あまりの激動に、受け入れた箇所の出血も見られるようになって、コナツが意識を失うのは時間の問題かと思えた。
「しょう……さ」
目を開けても焦点が合わず、力の入らない手を伸ばしてヒュウガに触れようとするが、ヒュウガは何も言わずに、ただコナツを穿ち続けた。
「ああ……」
痛くて苦しいのに、言いようのない強い快感が脳を刺激し、末梢神経を通してコナツの性反応を煽ってゆく。二重苦に性的快楽が絡むという経験したことのない感覚は、コナツの人格すらも変えていった。
大きなものを飲み込んだコナツの秘処は強い摩擦に耐え切れずに炎症を起こしていたが、ヒュウガが中をダイレクトに刺激するため腰が勝手に揺れて、血を流しながらも「イイ」と叫んでしまい、今度はヒュウガを亢奮させるのだった。
言葉もなく始まった愛撫。
部屋を訪れてから、まともな会話もない。そしてコナツはひたすらに求められて、性急だが力強い愛撫で躯を慣らされ、頃合を見てから突然、中を抉じ開けるように犯された。
時々、ヒュウガはこういう抱き方をする。
(怖い。どうして)
コナツは心で叫んだが、実際、その後に続く台詞は、
(なのに、たまらない)
だった。
激しくされても悲しいとも辛いとも思わないのだ。何故なら、コナツには彼を受け入れたいという願望と欲望があるから。そして、こんなふうにされていても、そこには無償の愛が感じられるから。
そもそも、コナツはベッドでヒュウガに何をされても嫌悪感を示すことはない。まず、理想的な逞しい躯を前にして、圧倒的な自分との差……特に肩幅と胸板の違いを見せ付けられても、ただ憧憬し、抱かれることによって触れて確かめては更に確信する。
”この人が好きだ”
という確然たる想い。
深いところまで知っている間柄だというのは自分だけではないのだと思うと、どうしても寂慮に駆られるが、それは仕方のないことだと諦めてもいる。
ヒュウガは、そんなコナツの想いを知っているのか、日常の勤務態度からは想像も出来ないような優しさと細やかな配慮でコナツを抱く。それは時に激しかったり酷い扱いだったりと変化があるものの、それらすべてにテクニックが備わっていて、根本にあるものは愛情だった。
「少佐……。わ、私は……っ」
最初のうちに後背位や座位など、様々な体位を試された。手足を自由に動かすことが出来なくなって初めて下ろされたが、コナツはただ与えられる感覚を受け入れるだけで、自分からヒュウガに何かしてやることはなかった。
それだけでも悔しいと思うが、こればかりは仕方が無い。抱かれる側が完全な受身になってしまうことに納得できなくても、だからといってプロのように振る舞えないのは当然のこと。コナツは決して玄人ではないのだ。
「あ……、あぁ、もう……」
小刻みに揺すられ続けて、絶え間なく流れてくる快感痛はコナツを淫らな婀娜に仕立て上げたが、それはヒュウガにとって性的な意味でも興奮剤になるのに、コナツは意思とは関係なしに声を上げてしまってから、
「これは演技です」
と頑なに自分の色気を認めようとはしないのだった。
「演技ってね……」
初めてヒュウガが口を開いた。
そこまで言われるとおかしくてたまらない。
「誰に吹聴されたの」
「えっ」
「最中に演技をすると男が喜ぶって」
「それは……」
誰に教えられたわけでも、本や映像から学んだわけでもなく、ただのごまかしだったのに、ヒュウガは揶揄してからかい半分に訊ねるのだった。
「いいんだよ、素だって言っても」
「いえ……」
「演技なんかしてないでしょ」
「……」
「大体、後付みたいに演技ですとか、今のは違いますって言うけど、元々コナツは色っぽいから嘘ついてもムダ」
「……はい」
本当は、抱かれているときに取り繕うことなど出来なかった。コナツの場合、「感じているフリ」をするのではなく、「感じていないフリ」をしたかったのだが、後者のほうが圧倒的に難しく、全く余裕がないときは顔を隠すことも出来ないどころか、本能のまま、逆に自分から求めてしまうこともあった。コナツはそれを失態だと表現するが、ヒュウガにとっては冥利に尽きるという光景である。
「私がまたおかしな声を出しても驚かないで下さい」
「それはどうか分からないけど、好きなようにしていいよ」
「私、最近とても感じやすくなっているみたいで……自制出来ません」
「上等」
そしてヒュウガはまた無言になるとコナツの顎をとり、その月精のような顔を見つめ、”切れた”ように盛った。
「少佐ッ!!」
コナツの限界は超えていて我慢に我慢を重ねてきたのだ。
「駄目です、もう……もう……。ぃ……ッ」
ドクン、と躯全体が揺れた。
深い快感。
本来なら男に現れるはずの無い、長く続く絶頂がそこにあった。その様子を見ていたヒュウガは、抱かれることによって躯が自然に女のようになっているのだろうかと思わずにはいられない。だから、またその艶冶な症状を見たいがために、コナツをただ昇らせる。その上昇期を迎えるたびに四肢を痙攣させて、特有の甘い声で啼くから、権力を使ってでも躯を開かせたいと思うのだった。
そうして無理やりな行為が繰り返され、コナツは数度達かされて、その後手淫でまた射精させられたときは鋭い叫び声を上げてしまったが、すぐに気を失い、そこからの記憶がなく、失神する直前に見たヒュウガの所得顔だけが、コナツの脳裏に残ったのだった。

翌日になって、コナツはフラフラになりながら仕事をこなしていた。調べ物が多く、しょっちゅう部屋を出ては必要な資料を取りに行ったりと、かなりの運動量を必要とし、朝起きたときに何故か太腿が筋肉痛になっていて、歩き方が若干ぎこちなかった。
「大丈夫?」
ヒュウガが廊下で声を掛けると、
「平気ですよ」
コナツがすぐに答えた。
「まぁ、普段と違う筋肉使うからねぇ。変な疲れ方するだろうね」
ヒュウガが小さく耳打ちした途端、
「何を仰るんですか、まだ昼間ですっ」
耳まで真っ赤にして書類で顔を隠した。
「だってさ、すごい体位こなしちゃったもん」
「少佐!!」
「コナツが身軽で助かるよ」
「もうっ!! 急ぐので失礼します! 少佐も少しは手伝って下さいね!!」
難しい資料の山を抱えてコナツはその場を走り去ったが、ヒュウガは面白そうに口笛を鳴らして「可愛い」を連発し、
「うーん、コナツを可愛いと言えるのはあと何年かなぁ」
などと、息子の成長を見守る父親のような台詞まで口にした。
その一方で、コナツは顔を赤くしたまま、
「絶対少佐のほうが体力使ってると思うんだけど、あのタフさは一体……」
昨夜のヒュウガを思い出して感嘆していた。
「それにしても、あのお躯はいつ見ても羨ましい限り。私も肉食になれば、あのくらい大きくなれるのだろうか」
無い物ねだりとは分かっていても、求めずにはいられない。憧れずにはいられない。躯の作りも、剣の腕も追い越すどころか追いつくことすら出来ないのだ。日常の勤務態度以外は尊敬に値するが、コナツはヒュウガにどれだけ艱難辛苦を与えられても、敬う気持ちに変わりはなく、まして相共にいる時間が多くなればなるほど、思いが深くなってゆくのだった。

そして午後3時になり、一旦休憩をとったあと、コナツは届いた郵便物の仕分け作業をし、ヒュウガに届いた分を机の上に置いた。
珍しく何か書類を呼んでいたヒュウガは、ふと顔を上げて、
「あ、開封していいから」
とコナツに任委した。
「はい」
「必要なものは勝手に処理して、必要ないものは処分して」
「分かりました」
そう言って郵便物を分けながら、
「ですが、親展と書かれてあるものは開封しません」
はっきりと答えた。
「あー、べつにオレは構わないんだけどな」
「出来ません」
「頑固だね」
「常識です」
「オレがいいって言ってるんだけどね」
「少佐がよくても私は駄目です」
「なんて子!」
漫画のような会話をしながら、ヒュウガはコナツを見てわざと大げさに驚いてみせた。
「言うこと聞かないから、今夜はお仕置き決定」
「えっ!」
「夜に来なさい」
「少佐……!」
「それともオレのほうから行こうか?」
横目でフイと睨まれて、コナツは肩をすくめると、
「あの……ご気分を害されたのでしたら謝ります」
小さくなって声を震わせた。
「べつに気分悪いなんて言ってないよ」
「でも私が言うことをきかないから……。この仕打ちが夜に至るというのは……」
二日間に渡って失神するような抱き方をされては、本当に足腰が立たなくなりそうだった。
「あ、激しくしないよ。イジメたりしないって」
「そ、そうですか?」
「やだなぁ、ホントに酷くしたいならフィストファックやスカルファックじゃ済まないしねぇ」
「……?」
どの単語もコナツには馴染みのないもので、正直に言えば、聞いたことがなかった。
返事も出来ずに呆然としていると、
「安心して。ただ、覚悟はしてね? 伝達事項は以上」
まるで仕事のように言いながら、ヒュウガはコナツの肩をポンと叩き、席を立ってしまった。
「安心と覚悟……この正反対の意味は……」
こういう相談は誰にも出来ない。
「よく分からないけど、とりあえず大丈夫……なのか……な」
コナツは半笑いしながら固まっていた。前途多難とはこのことである。

その夜、コナツは律儀にヒュウガの部屋に向かった。目的が分かっていて、いそいそと通うのも、よく考えればおかしな行動かもしれないと思ったが、仕事の話もするのだ。もっとも、こうして呼ばれること自体が仕事の一環だと思っている。
「少佐、宜しいですか?」
ノックをしてドアを開けると、いつもの光景があった……はずだが、
「うん、今ね、仕事してたの」
「えっ」
こんな時間に仕事をしているなんて有り得なかった。
「調書まとめてたんだー」
「少佐がですか?」
「なに、その疑いの目は」
「いえ、なんでもありません。私もお手伝い……って、もしかして私はこのために呼ばれたんでしょうか」
結局こうなるのだとうなだれていると、
「やだなぁ。違うよ。コナツは躯が目的」
「そうなんですか!?」
「なに、そのリアクション」
「あ、もしかして、昼に言ってた何とかというのが目的ですか? えと、何と仰ったのか……すみません、覚えてなくて、その」
コナツが理解出来なかった単語を思い出すことが出来ずに、うまく伝わったかどうか慌てていると、
「なんだっけ?」
「ええと、どうせ酷くするなら、何かと何か……と仰っていましたが……」
「ああ、拡張プレイのこと?」
「?」
またしてもよく分からないことを言われて目を丸くする。
「だから違うって。そんなことするわけない。コナツ死ぬよ」
「死ぬ!?」
理解できないまま恐ろしいことを言われて身震いしながら焦り、困惑していたが、
「ところでシャワー浴びてきた?」
ヒュウガは淡々と事を進めようとするのだった。
「はい」
「んじゃ、先にベッドに入ってて〜」
「……はぁ」
「ちょっとかかるかもしれないけど、待っててね」
「分かりました」
そしてどのくらい時間が過ぎたのか。
ヒュウガが調書を書き終えたとき、コナツはベッドの下でうずくまって眠っていた。
「あれっ、なんでこんなところに!?」
ヒュウガが驚くと、コナツが目を覚ました。
「あっ! 申し訳ありませんっ、私……!?」
床にペタンと座り、目をこすりながら朦朧としているが、恐らく自分の立場を把握していないようで、コナツにしては珍しく寝ぼけていた。
「ベッドの中に居ていいって言ったのに」
辺りを見回して、自分が寝ていたことを理解すると、
「はい。最初は居たんですが、眠くなったので出ました」
正直に答える。
「なんで?」
「少佐のベッドで私が先に眠るなど……」
断じて許されない。
「出て起きてようと思ったの?」
「はい」
「ああ、人は睡魔には勝てないからねぇ。寝ないのはアヤたんくらいで」
「……すみません」
「オレも中々終わらなかったし、先に寝るように声を掛ければよかったんだけど」
「いいえ、お仕事お疲れ様でした」
慌てて立ち上がろうとするのを、
「ああ、そのままベッドに入って休むといいよ」
ヒュウガが優しく気遣った。
「は? いえ、それでは私の役目が……」
何のために呼ばれたのか分かっている。それをこなさなければ自分の立場というものが全く機能しないことになる。それでも、
「……いいから」
ヒュウガは部屋の明かりを落とし、コナツが眠り易い環境を作ろうとするのだった。
「あの? それでは少佐が……」
「オレがなに?」
「……私がお相手をしなかったからといって、他の人の所に行きませんよね?」
コナツは思ったことを、そのまま口にした。
「それってどういう意味だろ」
「あっ、い、いえ、その、失礼なことを申し上げてすみません」
まだ寝ぼけているのか、発言してから失態に気付き、慌てて口をふさぐ。
「ちょっと待って。オレがコナツで性欲解消しなかったからって別な人で間に合わせようとしてるんじゃないかってこと?」
「は。ええと、私には、そこまで少佐を束縛する権利はないのです。ただ今日は……もし、今、そのようなことをされたら……私は……」
コナツのわずかに陰を帯びた寂しそうな顔にヒュウガがキレそうになった。キレると言っても怒りのほうではない。
「無理だよ」
「……私では、相手になりませんか」
寝ぼけた子供など、性的な対象として見られなくなったのかと思うと、なぜ眠ってしまったのか悔やまれた。
「コナツ……」
「寝てしまうつもりはなかったのです。雰囲気を壊してしまってすみませんでした」
「あー」
「私は浮かれてばかりで少佐のお役には立てないのですね」
「浮かれてた?」
いつもなら遠慮がちにお茶を濁すような言い方しかしないコナツも、今夜は違って、
「あ、あの、私は、少佐に躯を目当てにされるのは恥ずかしいのですが嫌いではないのです」
言ったことのない本心を打ち明けたのだった。
「えーっ!? ええええっ?」
今度はヒュウガが驚いた。驚きのあまり、声にエコーがかかったようになってしまった。
「もちろん、躯だけが目的だと言われると落ち込みますが、私の心は少佐に預けてありますし、躯も欲しいと言われたらこれ以上の喜びはありません。それに、私も少佐の躯を見るのが好きなので、お互い様かと思うのです」
「コナツ……! なんて子!!」
昼間に呟いた台詞をもう一度言い放ってヒュウガはコナツを凝視する。
「私の躯が目的なら好きなようにして下さって構いません。ただ、少佐がその気になっていたのに水を差したというか、興醒めさせてしまったのが申し訳なくて」
「もぉ、だから無理だって言ってんじゃん」
あからさまな拒絶を受けて、コナツはくちびるを噛んだ。
「少佐……」
「もうコナツのことしか考えられないって」
「えっ」
「コナツがオレのこと相手にしなくなっても他の人んとこ行くなんて、無理だってこと」
「ホントですか!? てっきり反対のことを想像していました」
顔色を明るくして喜んでいるコナツに、
「とんでもない子だよね」
ヒュウガはお手上げのポーズをしてから腕を組み、
「毎日ホレボレすることばかり言うし、するし、仕事中にコナツ抱きたくなって、どれだけ我慢してると思ってんの」
真顔で切々と語り始めたのだった。
「そうなんですか?」
「大体ね、昼間の仕事も、オレ宛ての郵便物だって、コナツを試してみたんだよ。そしたら予想通りだったっていうか、開けちゃいけない物は絶対に開けないとか言うし、もう可愛くなっちゃって、オレ危なくチューしちゃうこところだった」
「何ですって?」
「だから今チューしよう」
「少佐……その表現はどうかと」
「文句あんの?」
「ありません」

当然、甘いキスから始まった。
中心が繋がってからは上位にさせられてヒュウガが激しく突き上げると、コナツはすすり啼いて同じ動作を催促した。
「強くすると痛いでしょ」
気遣ってみたが、コナツは、それが好きなのだと答えた。
「それってどれなんだか」
「痛いのも、少佐が私にいやらしい動きをするのも、両方です」
「あーあ、コナツってば、どうしようもないね〜」
「からかわないで下さい」
汗で前髪が濡れ、大きな瞳も、吸い付きたくなるような襟足も、骨の浮いた鎖骨も、何もかもが美しい。まるで宝石のようだった。
「というか、私、目覚めちゃったんでしょうか」
「なにに?」
「なんでしょう? 自分でもよく分かりません」
「それってセックスの味を覚えてやめられなくなったとかじゃ」
「そうなんでしょうか。だとしたら、それは少佐のせいですよ」
「オレか」
まだ自分から誘惑することは出来ない。押し倒されて最初は羞恥に耐えられずイヤイヤしているのをヒュウガに宥められてやっと脚を開くというのに、
「少佐はいつも抱き方が違うので、私はいつも甘んじてしまいます。物欲しそうに見えるかもしれません」
恥ずかしいのに、好意を持つ相手にすべて見られ、弄られると、えも言われぬ昂ぶりが生じることを覚えた。
「あー、オレ、コナツの育て方間違ったかな」
「はい?」
「そんなふうに育てた覚えは……あるか」
出会ってコナツをブラックホークに引き上げてベグライターにしてから、すぐに手をつけてしまったのだ。まだ若く、幼かったコナツにあれやこれやを教えたのは、他の誰でもないヒュウガである。
「でも、私には少佐一人だけですよ? 私は少佐しか知りません」
こう言われて堕ちない男性は居ない。
「あーあ、ほんと、コナツは危ない子だ」
「どうしてですか? 私は真面目です」
「そうだね。真面目なら覚悟は出来てるよね」
「なんのですか?」
「今からオレと心中する覚悟」
妙なことを言うヒュウガだが、
「はい」
コナツの返事は早かった。

一つになった躯で同じ極致感を味わうために、どれだけ激しくしても、されても、まだまだ足りない。
この日、二人は長い長いキスを交わし、何度も欲情した熱を繋げては果て、興奮が冷めないまま猛り狂い、恐ろしいほどの性欲の獣と化した。

終わったあとの傷だらけの二人の躯は、鮮血と体液にまみれて、それはそれは酷い有様だった。
噛み痕、引っかき傷、痣、合計112箇所。

有り得ない暴挙である。


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