「はぁ!? ふざけてんじゃねー!!」
フラウの大きな声が部屋中に響き渡る。 「我が主の本心を打ち明けたまでだ」 そこに居るのは、テイトの姿をしてはいるが、テイトではない誰かで、明らかに声音も口調も違っていた。テイトの瞳が赤く輝き、右の手の甲で何かが蠢いている。 それは、ミカエルの瞳だった。 しかし、そのミカエルを相手にフラウは怒鳴っているのだ。一体何が起こっているというのか。 「どうだかな! いいぜ、今からオレがじかに聞き出してやる」 「フン。主はお前など相手にはせぬ」 「かー! 一々ムカつく野郎だぜ!」 「この私に向かってその態度は如何なものか。お前をどうにかすることなど容易いのだが主はそれを望んでおらぬ。主に感謝するのだな」 「オレはどうにかなったっていいんだぜ。その方がラクだ」 「ゼヘル……」 「なんだよ。まだ言いたいことあんのか」 「主を守れ」 「テイトにはテメーが居んだろ」 「それでも、だ」 「ったく。お前の主は手の掛かるお坊ちゃんだ」 フラウは肩を落とすが、それはもちろん本心ではない。今はそう言うことでその場を切り抜けるしかないのだ。 「お前は分かっているのだろう。お前を救うのもまた主であると」 「さぁな」 「ゼヘル。傲慢な態度も行き過ぎると災いを招く」 「んなこたぁ分かってるさ」 「そうだな。お前が故意にそうしていることも」 「テメーはすべてお見通しなんだろ。もういいじゃねぇか。早く”手の掛かるお坊ちゃん”を出しな」 フラウは挑戦的な目でミカエルが降臨しているテイトを見つめる。するとテイトの幼い顔が冷笑に変わり、 「……我が主もお前に会いたいようだ」 胸に手を当てて誘うように呟く。 「そうかよ。今からたっぷり可愛がってやるぜ」 「期待しているぞ」 「早く消えろ」 「そんなに我が主に会いたいのか」 「うるせー! クソガキの泣き顔を拝んでやるだけだ! あいつが泣いた顔は最高に可愛いからな!」 フラウがこれみよがしに言い放つと、 「何? あれ? ここは……」 ミカエルが消え、テイトが目を覚ましたのだった。 「ってー!! いきなり消えるな! 変わるな!!」 「……フラウ? あ、そうか、オレ……」 頭を抑えていたテイトは、自分がフラウの部屋に来て、突然気を失ってしまったことに気付いた。ミカエルは、まるでフラウを嘲笑うかのように突如として現れ、何かを告げると早々に切り替わる。 今も、言われたことに腹を立てて逆上しているのはフラウで、ミカエルが居なくなってしまってからはテイトに当たることも出来ない。 「お前ら、サイアクだぜ」 フラウは今度は本気で肩を落とした。 「え、なんで? っていうか、オレ、倒れてたんだな」 テイトにはミカエルが発動している間の記憶がない。 「倒れてたっつうか、ヤツが出てきやがってオレに文句を……」 「ヤツ?」 「ミカエルのヤローが……」 「えっ、あ、そうなのか、ごめん、オレ、全然分からなくて」 「……」 急にしおらしくなられると対応に困る。 「自分が何をしたか覚えてないのって変な感じだけど、どうしようもないから……。お前が怒ってたってことは嫌なこと言われたんだろ?」 テイトが真剣に悩んでいる。 「いや、別にそういうわけじゃねぇけど」 「でも、オレの泣き顔がどうのってのは何だ?」 「聞こえてた……のか、やっぱり」 「最後のほうだけ」 「聞き違いだ」 フラウがしらばっくれる。 「オレ、耳はいいほうなんだけど」 「たまに調子悪いときもあんだろ? ほら、ミカエル様が出てきたら、耳遠くなったり老眼になったりするんじゃねぇの?」 「お前、何言ってんだ?」 テイトの場合、実際は聴こえるはずのないものが聴こえるほどの能力を持つのに、わざとそう言ってとぼけてみせる。 「いや、お前こそオレに言いたいことがあるんだろ」 「は?」 「ミカエルに言われたんだよ。『主はゼヘルを気にかけているようだから優しくしろ』ってな」 「えっ!!」 「お前が直接言えないから、代わりに言ってくれたんだろうが、ミカエルの甘やかしっぷりは手に負えないぜ」 「……オ、オレは!」 「しかしお前がオレのこと気にしてるって?」 「オ、オレじゃなくハクレンが……! いや、その、お前が二次試験の歴代最高得点保持者だって聞いてビックリして」 「なんだ、有り得ないって言いたいのかー?」 「いや、そうじゃなくて……お前、スゲーやつだったんだなって」 「ほう。オレ様に惚れたってことだな。じゃあ、オレたちは相思相愛だ」 テイトの魂が好きだと言ってテイトにフラれたものの、あれは照れ隠しの反抗的態度だったと知り、フラウはニヤリと笑う。 「ち、違……」 「何が違うんだよ」 「そういう、好きとか嫌いとかよく分かんねーし、うまく言えねーけど、ちょっとは尊敬できるかなって思っただけで」 「尊敬すればいいじゃん」 「あっさり言うな」 「だから、照れてんだろ?」 「ぐ……」 「だが、ミカエル様はお前の気持ちを汲むだけじゃ足りねぇみたいでさ」 「他にもなんか言われたのか」 「……」 フラウが黙り込む。何か考えているようだったが、テイトにはそれが分からない。 いつもそうだ。 フラウたちが知っていることでもテイトは知らないことがある。まだ子供だから教えられない秘密があるのだろうと諦めているが、テイトは教会に来てから過去が明らかになっていくだけならともかく、教えてないことまでフラウが知っているという事態になっている。 「……」 フラウが一言も喋らずにいれば、テイトも何も言えない。どちらが口を開くか我慢比べのような空気が流れていると、 「お前、オレの何が知りてぇんだ」 フラウは真面目な顔でテイトを見つめた。 「な、なにって……」 「オレのことを知りたいんだろ? ヤツが正直にオレに言ってたぜ?」 「えっ! ええー!!」 そう思っていることはフラウには知られたくなかった。 「それってオレ様のことが気になるんだよな? 要するに興味があるってことだよな? つーまーりー!」 フラウはテイトを見下ろしながら態度を大きくするが、 「わー、なんでもないって! お前こそ聞き違えたんじゃないのか!? ほら、最近ボケたりしてさ!」 「なんだ、その老人扱いは」 「いや、うん、疲れがたまってたり? 寄る年波に負けて疲労が中々回復しないんだろ?」 「テメー……」 「……」 「ったく」 フラウはからかうのをやめると、テイトもこれ以上はごまかそうとしなかった。 「だからさ、ミカエルになった時の記憶はオレにはないし、何を言われたのか知らないけど、大体、オレがお前に話してないことまで知ってるだろ。それが気になるんだ。セブンゴーストにはそういう能力があるのか?」 「まぁ、それは色々と事情があってだな。今は言えねぇが、お前のことを知るのは警備の巡回みてーなもんだ」 「は?」 「お前の身を守るためだよ」 「そう、か」 テイトは教会に来てから丸裸にされる勢いで自分のことを次々に知られているのに、そのくせフラウは決して自分のことを語らず、隠し事が多いのが気になるのだった。 「そういう運命だ。諦めな」 「……でも」 一言で片付けられてしまい、これで会話が終わってしまうような気がして焦った。そしてまた試験の話や、食事の話など日常の話題に移る。本当に聞きたい肝心な言葉をいいように流されるのだ。 テイトは息を吸って呼吸を整えると、 「オレはただフラウのことがもっと知りたいだけなんだ。これは悪いことなのか」 たまらずに打ち明けた。フラウは一瞬驚いた顔をしたが、 「べつにいいじゃねぇか、オレのことは」 やはり本心は語ってはくれない。しかし、テイトも負けずに食い下がる。 「……一緒に居るから」 「ああ?」 「一緒にいてオレのことを知っていくのに、オレはフラウのこと何にも知らない。年も見た目も育った環境も違う。そしてオレはフラウに助けてもらってばかり。今、一緒に居られることが出来るのなら、今のうちにフラウのこともっと知りたい」 「そりゃまたご丁寧に」 「冗談じゃなくて」 フラウがごまかそうとするのをテイトが真顔で遮った。 「よし、じゃあ、教えてやる」 「マジで?」 「そうだな。まず、初めてキスをしたのは……」 「違ーう!!」 テイトが知りたいのはそういうことではなかった。 「なんだよ、大サービスだぜー?」 「んなこと知りたくねーよっ」 「またまた恥ずかしがっちゃって〜」 「フラウ!」 どうしてもこうなるのだ。 「しょうがねぇな、じゃ、スリーサーイズでも……」 「要らねー!!」 それこそ必要ではない情報だとテイトは暴れる寸前だった。 「オレ様の極秘情報なんだぜ。貴重だろ?」 「お前のサイズなんかどうでもいいっ」 「失礼なヤツだな」 「ふざけてばかりだ!」 折角真面目に耳を傾けているというのに、フラウはまともに相手をする気はないようだった。 「じゃあ、事実を教えるよ」 「……」 「オレはな、生まれた時は……0歳だった。そして1年経って1歳になり……」 「このバカ司教ー!!」 テイトが蹴りをかますと、フラウがかわして脚を持ったままベッドに押し倒した。もう何度もここで倒されているが、今日はそのために来たのではない。しかも、フラウが何か一つでも過去を打ち明けてくれて、それでフラウがラクになるならそうしてやりたいと思っていたのに、フラウは頑なに語ろうとはしなかった。 「テイト」 今までとは打って変わってフラウが真剣な眼差しでテイトを見つめた。 「な、なんだよ」 「オレのことを知るってのは、オレの過去を知ることだ。だが、それが重荷になるかもしれねぇんだぜ」 「……」 「お前まで誰かの過去を背負う必要はねぇんだ。何を感じているのか知らねぇが、そういう気遣いは必要ないってことだ」 「だって!」 「もっと自分のことを考えろよ。お前はいずれ……」 そこまで言ってフラウは口を閉じ、テイトの頭を撫でた。少しだけ沈黙が流れたが、互いの視線を外すことはなかった。過去は知れずとも、たったこれだけのことでも、テイトはフラウに近づけたような気がした。そしてフラウも、本来なら邪険にして冗談で済ますはずのテイトの優しい思いを素直に受け止めたのだった。 「オレはただ……」 「分かってるよ。ありがとな」 「いつだって対等な立場で居たいって思うのは甘いかな」 テイトは寂しそうな顔をしたが、フラウがそれを否定した。 「上とか下とか関係ねぇよ。年齢とか身長とかは別として」 「それは嫌味か」 「ひねくれるなよ。お前の言う、育った環境とか立場のこと言ってんだ。年や背はどうしようもねぇだろ」 「……」 「今、一緒に居るってだけでいいじゃねぇか。お前はお前のなすべきことがある」 「でも、いつか聞かせてくれよな」 「ああ。そのうちな。けど、今のみたいなのはナシだぜ」 「え?」 「ミカエル様がご降臨なすってオレを脅すなんてことはよ」 「脅す!?」 「そ」 「脅されたんだぜ、オレは」 「なんで?」 「主に優しくしないとアノ最中にいきなり現れるぞ、ってね」 「あの最中?」 テイトがポカンとする。 「いやらしいことしてる最中に決まってんだろうが」 「えっ! な、なに言ってるんだ! んなワケねーだろ!!」 「じゃあ、ミカエル様に聞いてみろ」 そんなことは出来ない。たとえ出来ても、言えるはずもなかった。 「なんなんだよ、もうっ」 テイトが頭を振っていると、 「さー、せっかくお前が来たんだから司教試験のための勉強でもするか。カストルの特訓にもついていけてるようだしな」 フラウがまともなことを言ってみるが、二人は今ベッドの上である。押し倒されたテイトはさして抵抗もせずに、そのままの状態でいるのだ。これでは完全に場違いではないか。 「そ、そうだ。オレ、法術試験のこと聞きに来たのに……」 「二次試験か? オレさまが知ってることなら何でも教えてやってもいいが」 「って、何してんの?」 「見れば分かんだろ」 フラウはテイトが着ている服に手をかけた。 「これは試験に関係ないじゃん」 「何言ってるんだ。如何なるときも物事に順応するための訓練だぜ」 「は?」 「二次試験の特訓だと考えろ。カストルのスパルタ並みのトレーニングとどっちがいい?」 「そんなこと言われても!」 「オレのほうがいいだろ?」 「ないから!」 「ほらほら、じゃあ、抵抗してみろって」 「くっそぉ」 部屋でザイフォンを発動させて暴れるわけにはいかない。それを分かっていてフラウが挑発するのだからテイトは歯軋りをして目の前のいたずらな彼を見上げることしか出来ない。 「なーんてな」 「へ?」 「お前、バクルス壊してヘコんでるみてぇだし、色々ショックなこともあるんだろう。ここはしっかり休んどかねぇと精神的に参るぜ?」 「……」 「オレはそこまで意地悪じゃねぇぞ」 ミカエルには泣き顔が見たいと言ってやったが、実際、そんなことをするつもりはなかった。 「そ、そんなの……」 分かっている。 悪ふざけばかりしてその場を盛り上げることはあっても、性格が悪いのではない。困ったことがあると暖かく包んでくれることも知っている。 「ほれ、起きろ。部屋まで送るぜ?」 「え、まだ帰りたくない」 「なに言ってんだ」 「い、いや、ああ、そうだな、帰らないとハクレンが心配するし、ミカゲも心配するかな」 体よく取り繕ってみるが、本文が本音で半分が嘘である。テイトの心はまさに揺れ動いているのだった。 「そういえばミカゲは連れて来なかったのか」 いつも肩に乗っている小さなドラゴンがいないと違和感があるようになった。それくらい、テイトとミカゲは”セット”として見ている。だが、ミカゲはハクレンにだけは他とは違う態度を示す。 「ミカゲのやつ、やたらとハクレンになついてるんだ。あいつのことも好きみたいなんだけど」 「ふーん。よかったじゃねぇか。ルームメイトなんだし、いがみ合うわけにもいかねぇしな」 フラウは納得した様子で笑った。 「まぁ、そうだけど」 「とにかく今は躯を休めろ」 「……」 そう言われてすぐに返事をしないテイトに、 「文句ありそうだな」 横目で流し、 「オレ、先に寝ちまうぜ〜」 棺桶に近づいて蓋を開けようとする。 「えー! それ反則だろ!」 「なにが?」 「じゃあ、じゃあ、もうちょっとだけ!」 「そばに居たいって?」 「……ええと」 「それともコッチ来るか?」 棺を指差すも、テイトは、 「明るいところがいい」 と答えたのだ。 「うお。明るいところでもいいなんて大胆」 「は?」 「フツーは暗いところが好きって子が多いんだがな」 「なにが?」 「いや、こっちの話」 「なんかよく分からないけど、顔が見えたほうがいいじゃん。つか、見たいし」 「ほぉ! いいこと言うねぇ」 「……?」 テイトの意見とフラウの思惑は微妙にすれ違っているが、今のところは会話として成り立っている。 「お前も結構言うじゃねぇか」 嬉しそうにフラウが微笑んでいると、テイトは真顔で、 「言ってることが分からないけど、オレ、フラウの目の色が好きなんだ。だから、もっと近くで見たいっていうか」 本心を打ち明けたのだった。 「……」 これは告白として受け取っていいものか。 「あ、オレね、青が……空の色が好きなんだ。なんかこう、開放感いっぱいっていうか希望があって、すがすがしくて……」 慌てて言い訳をするも、 「そうだな。分かるぜ」 フラウが頷いてみせた。 「ちなみにオレのことも教えてやろう」 「えっ」 「オレは空が好きなんだぜ?」 「!?」 「色とかじゃなくて、単純に空が」 「そうなんだ。なんかいいな、それ」 空が好きで、空の色が好きで、この繋がりが嬉しくて。 テイトは、ほんの少しフラウのことが分かっただけで十分に満足したように自然に笑みが溢れた。 「あ、それって高いところが好きってことか?」 「……空に近ければ」 「オレも嫌いじゃない。でも、なんとかとなんとかは高いところが好きって士官学校で誰かが言ってたような」 「おい。それはオレがお前と会ったときにラブにも言われたんだが」 偉い人となんとかは高いところが好き。 そのなんとかという言葉には煙や鳥など、当てはまる単語はたくさんあれど、大体が違う文字が使われる。 「あー、だから、これでいいじゃん。フラウとオレは高いところが好きって」 「カワイイこと言うねぇ。やっぱ抱いちゃおうかな」 「いや、いい。もう心の準備がほどけたから!」 「どういう意味だソレは」 「え、だから、こう話してるだけでいいっていうか、顔見てるだけでいいっていうか」 テイトの純一な心はフラウの邪欲をも打ち砕く。 「じゃあ、もう少し話をするかぁ」 「いいの!?」 テイトが顔を輝かせると、 「あと23秒だけな」 フラウが即答した。 「なんで」 「24時になっちまうから。タイムリミット」 「あれ。そういうお伽話があったような……」 「それそれ、まさにそんなタイミング」 これから繰り広げられるのは夢か希望か昔話かお伽話か。そのどれをとっても過ごす時間が優しく佳趣であることには変わりない。 いまはまだ知らないことがたくさんあって簡単には近づけなくても、こうしてほんの少しでも語り合うことが出来たのなら、それがまた次に繋がると信じている。もっとも、誰かがこういう機会を設けてくれない限りは中々実現出来そうになかったが。 だからテイトは密かにミカエルの瞳に感謝するのだった。 |
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