「起きて下さい、少佐。間もなく起床時間ですよ」
コナツは今朝方もヒュウガの部屋で目覚まし時計代わりになっていた。当然、昨夜は二人とも相当熱くなっていて、欲望のままに互いを求め合って果ててから、シャワーを浴びて崩れるように眠りに堕ちたが、当然朝はやってくる。そして寝不足はいつものことだ。 「んー」 ヒュウガがもぞもぞと動いて反応を見せるが、 「もうちょっと寝かせて」 お決まりの台詞を口にして一向に起きる気配はない。 「駄目です」 コナツは厳しいというより、当たり前の言動を執っているだけだ。ヒュウガは寝起きが悪いのか、朝は苦手でいつもコナツを困らせているのだった。 「せめてあと5分……と3時間」 「3時間は余計です」 「ケチだなぁ」 「誰がですか! ならアヤナミ様に起こしに来て貰いましょうか!?」 コナツは半ギレ状態で大きな声を出すも、 「アヤたんが来たらベッドの中に無理やり引きずり込んでやるー」 子供のように駄々をこねている。 「……鞭だけじゃ足りなくて、そのうち電気ショックか何か痛覚の激しいものを持参されるかもしれませんよ」 「……いいもん」 「開き直らないで下さい」 「それはそれで新境地開拓というか」 「何を仰るんです」 「でもアヤたん、本気でやりそうだよね」 現実になりそうで笑えないが、それはそれで面白いと思った。質すためなら拷問も厭わないアヤナミは無表情のまま執行するだろうが、ヒュウガにはそれも余興の一つである。もっとも、アヤナミがヒュウガに鞭を振るおうとも、それは決して本気ではない。 「ほんとにしょうがないですね」 コナツがベッドから出ようとすると、ヒュウガが腕を取って引き止めた。 「私は先に着替えを済ませておきます。少佐の着替えもお持ちしますから」 ベグライターらしく、そう告げたが、 「コナツー、空気読んでー?」 ヒュウガは他の違う”何か”を要求しているようだった。 「読んでますよ。朝になったので起きるだけです。しかも早起きは三文の得ですからね」 真面目な顔で言うと、 「またこの子は何を言いだすのやら」 ヒュウガがやれやれと言った様子で軽く笑った。 「だから早起きするといいことがあるんです」 「そうだね、その通りだと思うよ」 「散歩でもしませんか?」 「それはあとからでいい」 「少佐の後からというのは、一体いつのことか……」 「来週」 「何故!」 「だってコナツには今からしてもらう任務があるからね」 「えっ、何ですか?」 突然言い渡されるのも心臓に悪い。この場合、「実は昨日のデスクワークの残りがあって、今すぐにしてもらいたい」という仕事か、「昨夜の続きを時間までにもう一度」という条件か、どちらかだろうと思った。 「簡単だよ。オレを起こす任務」 「……起きていらっしゃるじゃないですか」 「違うよー。まだ目は覚めてないもん。お姫様は王子様のキスで目が覚めるんだよー」 「……」 誰がお姫様で誰が王子様なのか、コナツは配役に悩んだ。しかし、ヒュウガの発言を反芻すると、寝ているヒュウガがお姫様で自分が王子様なのではないかと思った。 「はーい、チューしてー」 「しょ、少佐……大丈夫ですか?」 「何がー?」 「いえ、気が触れてしまわれたのかと」 「ひどい」 「そこまで冗談を仰る余裕があるなら、私が起こさなくても大丈夫ですね」 コナツはもう一度立ち上がろうとして躯を動かした。だが、やはりヒュウガはそれを許さなかった。 「本気なんだけど」 声のトーンがいつもと違っていた。 「少……佐」 コナツが戸惑っている間にヒュウガはコナツをベッドの中央へと引きずり込む。 「少佐! 今はっ」 駄目です、と言おうとすると、 「いつになったらコナツの方からしてくれるのかなぁ」 ヒュウガは微苦笑しながら呟いたのだった。 「何をですか!?」 「こういうこと」 ヒュウガはコナツの顎をとって、わずかに上向きにさせると覆いかぶさるようにしてくちびるを重ねた。 「!!」 抵抗したかったわけではないが、時間的に厳しく、今、本気で事に及んでしまえば遅刻は免れない。それどころかいつ呼び出しされてもおかしくない時間帯である。 「固ーいコナツも魅力なんだけどね」 「か、固い……!?」 「うん、朝っぱらからキスなんて出来ないっていう頑固なコナツもいいんだけど」 「……」 コナツは返答に困った。 本当は違うのに。 本当の気持ちは違うのに。 寝ている最中で何度も目が覚める。 隣で寝ているヒュウガを覗き込む勇気もなく、寝息をただ聞いているだけで、触れたら起こしてしまいそうだから、わざと躯を離してまた横になる。 出来るならもう一度腕に抱きしめられたい。体温を感じる距離まで近づきたい。眠っている姿に、こっそりキスをしてみたい。 けれど、それは絶対に出来なくて、してはならないこと。気づかれたら羞慙の余りに二度と顔向けが出来なくなる。したくてたまらないのに出来ないでいることも知られてしまったら、一生からかわれ続ける。 朝も、恋人たちがするようにキスを交わしてみたい。自分から優しいくちづけをしてみたいのに、そんな身分不相応なことはしてはならないと思う。 「私は……」 コナツが口ごもる。押し倒されたまま長身に覆われ、くちびるを離したばかりの近さではまともに目を合わせられない。 「でも、敢えてコナツは空気を読んで、わざと読まないでいるんだよね」 ヒュウガはコナツの金色の髪に口付け、耳朶を噛んだ。 「……ッ」 ヒュウガが何を言っているか分からなかったが、 「オレはコナツのこと好きにしてるのに、コナツは色々気を遣ってくれちゃって」 一つずつ説明されるたびにヒュウガの意図が明らかになってゆく。 「そんなことは……」 恥ずかしげに呟いていると、 「もうね、寝てる間にコナツに何してるか分かんないよ、オレ」 「えっ!」 ヒュウガは驚くようなことをコナツに打ち明けた。 「いやぁ、コナツって睫毛長いよねー。長いのは分かるけど、瞼がすっごく綺麗」 「どういうことですか」 「閉じた瞼の形が整ってていいってこと」 「そんなの……」 突然眼瞼について語られて呆然とするも、寝顔がしっかり見られているということだけは分かった。しかもヒュウガは上眼瞼挙筋と眼輪筋がどうの、瞼板やら結合組織ついてまで説明を始め、結局コナツの顔をベタ褒めして終わったが、 「あ、オレ、コナツについては詳しいけど、ヘンなことはしないから大丈夫。するとしてもキスくらいかなー」 そう言って笑った。 「いつの間に私にそんなことを……」 「だから寝てる間」 「全然分かりませんでした」 「そうだねぇ、今度は起きるまでキスし続けてみようか?」 「それは……」 「しないよ、そんなことしたら可哀想だからね」 「少佐……」 「でも、オレは例え夜中でもコナツに起こされるんだったら本望だなー」 「えっ」 起こしてしまってもいいのだろうか。 背中を向けられた時、触れたくなる衝動を抑えるのにどれだけ我慢をしているか、打ち明けてしまいたい。 「いいえ、私は少佐の眠りをきちんとサポートしなければなりませんから」 「じゃあ、起きてるときに自分からしてくれるようになってねー?」 どちらも厳しい条件だ。 「それはもう少し時間がかかるかと……」 「ま、気長に待つよ」 「はい」 果たしてコナツがヒュウガに大胆に迫る日は来るのだろうか。 「ということで、続きをしよう」 「ええっ!?」 ヒュウガはコナツの腕を押さえたまま今度は首筋を吸い上げた。 「時間が……あまり……!!」 「大丈夫だよ」 「そんな!」 「コナツ、早起きは三文の得って言ったじゃん」 「それはこういう意味ではないです!」 「なんでー。コナツは頭固いんだから」 ヒュウガが文句を言うと、 「損得ではないんです。私にとってこれは、とても……とても嬉しいことなんです」 「コナツ?」 「私はまだこういうことに関しては小胆で……いつも少佐に頼って私ばかりが傾倒している気がします」 「なにそれ」 「え……と、私が少佐のテクニックに惚れ込んでしまっているというか。悦くしてくださるので驚くばかりというか。剣の腕もそうですが、私はまったく適わずにいて」 今度はヒュウガが呆然としていた。 「あの、何か?」 「ええと、コナツ。今、すごいこと言ってるの気づいてる?」 「あっ」 「こんなこと言えるなら、寝てるオレにキスするくらい出来るんじゃない?」 「!!」 ヒュウガにはコナツの思いがすべて見透かされていた。コナツは顔を真っ赤にしてくちびるを噛み締めている。 「あのね、コナツ。これじゃあ、可愛いって言われても怒れないよ。実際可愛いんだから」 強張った頬にキスをして、ヒュウガは笑った。 そして「続き」と称して二人は何度もキスをして抱きしめあった。記録でも作りそうな勢いであったが、勤務時間が迫ってきたのが幸か不幸か、夜に逢う約束をして躯を離した。 「私は大胆になれなくていいんです」 コナツが諦めたように呟く。 「どうして?」 「自分からキスが出来るようになったら、きっと何処でもおかまいなしにしてしまいそうです」 「いいねー!」 「ちっともよくありません。少佐がお出かけする際にも行ってらっしゃいのキスしますよ?」 「お帰りなさいのキスも!」 「しません。冗談ですよ。仕事中はそんなこと出来ませんから」 「オレが許す」 「じゃあ、誰も居ないところなら?」 「……コナツって誘うのヘンに上手いよね」 時折垣間見せるコナツのいやらしい発言がヒュウガのツボを突く。 「そうですか?」 朝からそんな話をしながら、今夜のことを考えて、そしてさらにもっと溺れたいと思っている。 今の二人は、互いが欲しくてたまらない蜜月である。しかし、それが月ではなく何年も続いているのだから、この先もずっと甘い関係を築いてゆくだろう。 |
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