yours(フラテイ)                                           テイトver
「ああ、カペラが起きるって! ミカゲも気付くって!」
フラウに押し倒されたオレは、一番先にカペラとミカゲがちゃんと寝ているかどうかを確認した。
「なんだよ、口を開けば『カペラが起きる』って、そればっか」
フラウが面白くなさそうに言ったけど、こんなとこ見られたらどうすんだ。そっちのほうがマズイだろ。
「だって、ほんとに起きたらどうすんだよ」
「お前が心配なのはよく分かるが」
お前は人ごとみたいに言うけどな、弟みたいな存在のカペラにこんな姿を見られたら、オレ、もう永久にカペラとは顔を合わせらんないよ? ミカゲは人語を喋らないからごまかせる気がするけど、いくら子供でもおかしいってことくらい気付くだろ。
「だ、だからフラウ、ちょっと静かに……」
「静かになんだ」
「静かにしろって」
「それはどういう意味かな、王子様」
「そっとゆっくりやれってんだよ!」
「お前、声が大きい」
「ハッ」
やば、ついムキになって言い返してしまった。ほんとなら今日はナシって言ってやろうかと思ったんだ。押し倒されてやっただけ有り難いと思え、このエロ司教。
なんて心の中では思ってたけど、自分でも顔が赤いのが分かる。だ、だってこれからいやらしいことするんだもん、平然でいろってほうが無理。だから、口を開いたらおかしなこと言っちゃいそうで、こうなったらオレは貝になるしかない。
「大丈夫だ、今夜は激しくしない」
マジで?
「それとも何か、もう一つ部屋借りて、そこで大胆にやっちゃう?」
「司教の言うことじゃねぇ」
「本音だ。いつでも本心を曝け出すことは人として正しい行いだと思う」
「意味分かんない」
「そういうわけで、続き」
え、待て、行動が素早すぎる。なんていうかリーチで負けてる。フラウは躯が大きくて手が長いから、オレが気付いたときには既に服が脱がされているという感じだ。いくらシャツ一枚だからって、そんな簡単に裸にしようとするな。
って、何、その視線。オレ、どっか変?
「あんまり見るな」
凝視はよくない、軽く流せ、軽く! また細いだの棒だのって言うんだろ、だけどオレが強いのは、それなりに力がついてるからなんだぞ、だからオレだってかっこいいんだからな。
「ああ、わりぃ。んじゃ、遠慮なく」
え? え? なんでそんなにためらいもないの?
「おわ、ばかっ」
もっと丁寧に扱えー!
「おいおい、恥ずかしがってちゃ進まねぇよ」
「だっていきなり脱がそうとするから!」
「いきなりじゃなくてどうしろと?」
ムードが大切だって言いたいんだけど、そんなこと言ったら絶対バカにされるよな。でも、オレとしては最初はゆっくり進めたい。勿体ぶるとか焦らしてるんじゃなくて、最初が肝心だから、なんていうか……。
「もっと、こう、少しずつ」
「チラリズム的な!?」
「な、違……!」
なんでこう変な方にもっていくんだ? こいつの脳みそも筋肉で出来てるとか。
「ったく、我儘だな」
「どこがだよ」
「っていうか、カペラは今ぐっすり眠ってる。目を覚ましにくい時間帯だぜ。あんまりてこずると一番やばーい場面でばっちり目が合うってことがあるかもな」
「どういうことだ」
「さっさとしねぇと、途中で可愛い弟分が起きちゃって、お前のあられもない姿を見てあんぐりするってことだよ」
「わぁ、それは嫌」
ゆっくり時間をかけたいのと、早くしないとまずいってのとで板ばさみ。精神的によくない。
「だろぉ?」
あ、シャツ! 取られた! オレは男だから裸になるくらい何とも思わないし、恥らうなんてこともしないけど、やっぱりやっぱり恥ずかしいんだよ! 図太い神経のフラウには一生理解してもらえないだろうけど。
しかも、なんでジロジロ見るの。
「あー、前につけたやつ、消えてるねぇ」
「?」
「キスマークだよ。前回、右の胸と脇腹につけただろ」
「う、ん。消えちゃった」
一昨日? 三日前くらいまではうっすら残ってたような気がするけど。
「じゃあ、今日はもっと付けような」
なんだ、それ、過激なこと言うな。
「って、あッ」
声が出てしまった。
ヘンな声だ。たぶん、フラウは内心で笑ってるんじゃないのか。でもオレはこの言いようのない感覚に涙が勝手に出そうになって、声も涙もどっちも我慢することが出来ない。こんなときに陽気に歌なんか歌えないだろ? だからオレが声を上げたりするのは場に合ってると思うんだけど、でもでも……。

気持ちよすぎる。

フラウってなんでこんなに上手なんだ? たった一つのキスマークを残されただけで、オレはもう溶けそうになってる。躯が熱い。たまらない。
「あんまり……強く……」
痛いのに、その痛みが心地いいなんて口が裂けても言えねぇ。
「ああ? どうした?」
「強く吸われると、声が出る」
「いいじゃねぇか。声出しな」
「駄目だって」
「あー、カペラとミカゲが起きちゃうもんね。それだけならともかく、叫んじゃったら隣の部屋の人まで飛び起きちゃうかも?」
「んなワケないっ」
「折角だから隣人にも聞かせてやったらどうだ?」
そこまで騒がないっつうの。その前に、オレは他の誰かに見せるために、他人に声を聞かせるためにお前に抱かれてるんじゃねーんだよ。
「なんで泣きそうなの。っていうか泣いてんの」
「聞かれたくない。オレがおかしくなってる声なんて、誰かに聞かれたら嫌だ」
「まぁ、普通はな」
ばか。気付け。
「カペラにだってミカゲにだって見られるのも絶対駄目」
「はいはい、分かってるよ」
「じゃあ、なんで駄目なのか分かるのか」
「恥ずかしいからだろ」
「違うよ」
いいか、今からオレがほんとのこと言うから心して聞けよ。一回しか言わないからな? いや、二回くらい言ってもいいけど、一回しか言えないことだから、よく聞いて欲しい。
「フラウにだけならいいんだ。フラウじゃなきゃ嫌。フラウだったらいい」
「……」
「声を聞かせるのも、こんな格好を見られるのも、フラウだけにしたい」
オレはずっとそう思って抱かれてきたんだ。相手が誰でもいいわけじゃない。
「お……」
「他の人には、絶対嫌」
「お前、この、バカが!」
バカ!? 一世一代の告白をしてんのに!? え、なに、こんなのいまどき流行らないって? 流行とか時代とか関係ないから。頭固いって言われようが古いって笑われようが、お前ならいい、お前だけならいいって決めたんだ。
「バカって言うな。オレは真剣なのに」
「これからお前を抱くってのに、オレは約束を果たせるかどうか分かんねぇよ」
「えっ」
あー、そっか。ちょっと熱かったのかな。ってことはオレの思い通じた?
「誰のせいだ」
「誰のって」
なんでオレが悪いんだよ、ワケ分かんねーよ。
「まずはたっぷりキスしてやろう。全身に跡つけような」
「そんないやらしいこと!」
全身……ありとあらゆる所にフラウが、フラウの口が舌が歯が!
「何とでも言え」
「ちょ、や、やだ、いきなりそこから!」
せめて口からいって首いって鎖骨とか、そういう順番じゃねーの!? いつもそうしてるのに股! ああ、恥ずかしくって死にそう。
「駄目だって! うああ!」
「自分から静かにそっとやれって言ったくせにガタガタうるせぇな。オレは優しくしてるぜ?」
「うう!」
確かに乱暴されてるわけじゃないけど、恥ずかしすぎる。自分がこうされたら嫌に決まってる……って、フラウなら大股開いてもっとやれって言いそう。オレとフラウじゃ恥ずかしさのレベルが違うのかも。度合いだけじゃなくて内容自体、正反対かもしれない。
オレが顔を真っ赤にしてたら、
「オレはもうお前をめちゃくちゃにしたくて我慢の限界なんだ。それをやんわり進めている。今後の抵抗は認めない」
お得意のオレ様攻撃が始まった。
「勝手に決めんな! あ、あ、ひゃああ」
だ、だめ、躯が独りでに動く!
「ほんと、お前の躯はうまそうだ。そそる」
「そんなわけない」
「次は背中かな」
「だから、そこは……」
一番見られたくないところ、そのベストスリーに背中が入る。なのにフラウは、
「お前さ、男のくせになんでウエストカーブしてんの? たまんねぇラインだぜ?」
感心している。
「知らねぇっ」
「お肌もしっとりしててすっべすべ。お手々も可愛いし」
「嘘つけ」
それは女の子に言う台詞だ。
「オレは戦闘用奴隷だぞ。躯は傷だらけだ。こんなのが綺麗なはずない。背中の烙印を見て汚らわしいと思わないのか。……オレの手は血で染まっている」
「それはお前の解釈だろ」
「!」
「奴隷だったからって汚い? そういう決まりでもあんのか? たとえ泥だらけになったって、綺麗なもんは綺麗なんだ。元の作りとか、色々ね」
悲しい過去を振り返って身を切るような辛さを感じても、フラウはそれらをぜんぶ消してくれる。でも、それはオレとフラウの間柄だからで、こんなこと他の人には分かってもらえるはずもなく。
「そんなの一般人には通用しない。顔が綺麗だって言われることはあっても、裸にすればバレる」
「実は妙な色気があることが?」
「オレはっ」
だから論点がズレてるって。
「さぁ、往生際の悪い王子様、オレを愉しませて下さいませんか」
「なっ」
切り替え早い。オレは感傷に浸る暇もなく……。
「黙って抱かれてな」
「!」
この強引さはどうなってるんだ。どうしたらこんなふうになれる。大胆? 傲慢? 怖いもの知らず? 不敵? 身勝手? もう、よく分からない。
「……ふ、ぅ」
だってフラウがオレを悦くしてくれる。オレが言ったとおり優しくしてくれて、大きな躯で何もかも包みこんでくれる。この始まりが好きだ、狂って行く瞬間がたまらない。フラウに触れると溜め息が漏れる。オレとは違う躯に見惚れる。
「お前、筋肉フェチ?」
「え?」
「オレの躯を触るとき、筋肉なぞるの好きだよなって思って」
あ、バレてた?
「だってオレにはないものだから」
オレだってあと一年後にはこのくらいになりたい。あー、フラウまでとは言わないけど、せめてカストルさんくらい? うーん、ラブラドールさんくらい? っていうかラブラドールさんは細いけどさ、容姿に似合ってて可憐だけど、それに比べてこいつはデカくて、そんで……、
「フラウっていやらしい」
何歳からこんなに無駄にいやらしくなったんだ? 教会来たときはそんな雰囲気なかったってバスティン様が言ってたような気がする。
「悪かったな、でも最近はエロ本買ってねぇよ」
いや、持ち物じゃなく。
「そうじゃなくて見た目かな。躯が大きくて、男って感じで、全身から色気出てて。やっぱ筋肉って必要だよな。逞しくて、同じ男でもうっとりするよ」
「司教ですが」
「うん、見えない。変な商売してそう」
「なんだ、それは」
フラウが笑ってた。こうやって抱き合って、羽みたいなキスをくれて他愛もない話をするのも嫌いじゃない。
「そのいやらしい男に何されてるか分かってる? しかも、お前だって人のこと言えねぇし」
意地悪なこと言うなよ、なら言わせてもらうけど、
「それはこういう時だけじゃん。オレがいやらしくなってる姿はフラウにだけ見られたいけど、ほんとはフラウの躯も、誰にも見せたくない」
「!?」
「あんまり露出するな」
「ろ! ……一応普段出しちゃならんところはしまってあるが?」
「そっちじゃなく! オレはそのコート一枚ってだけでも許せねぇっつってんの」
「初耳!」
「今度こそマフラー買ってやる」
この間買い損ねたマフラー、今度こそ。
「は? 何の話?」
「胸元開きすぎだし」
「あ、これが気に入らねぇの? じゃあ、そうだな、Tシャツでも着ようか。白なら爽やか系?」
に、似合わな……。
「いっそ柄ものでもいいか」
「いや、イメージ的におかしい」
「どうしろっていうんだ」
「分からない。でも、ずるいし、困るし」
「ええ?」
「せめて裸になるのはオレの前だけにしろ」
「……どうしようかな」
「テメー」

これって独占欲? だよな? 認めたくなくてもそうだよな? それとも依存? なんの? フラウが居ないと何も出来ないとかそんなんじゃないし、やっぱり独占欲? でも、いいじゃん、今、こうしてオレの目の前にいるのがこいつなんだから、どんなに独り占めしようと、フラウはオレのなの。

「早く」

カペラとミカゲが起きるって言ったのフラウじゃん、もし目が覚めて途中でやめるとか嫌だよ? って……。

もしかしてオレのほうが待てないのかも。