キス(フラテイ)                                            フラウver
ああ、眠ぃ。
この台詞をオレは一日のうちで何度口にするだろう。数えたことはねぇが、最低5回は言ってるような気がする。そもそも夜に狩りをしなきゃねぇってのが大変なんだ。日中は司教としての仕事があるし、夜の仕事も大事。睡眠時間を削って働くオレは、もしかしたら凄い人なんじゃね? 
で、昨日は稀に見る美人なお姉ちゃんの魂を浄化させて、気分も上々。そのお姉ちゃんは、今オレが持ってるエロ本に出てくるモデルさんによく似てたってのは内緒だ。そのお姉ちゃんの身の上話を聞いてたら泣けてきて、魂を天に還すのがすっかり遅くなっちまった。世の中色々あるんだなぁ。ラクして生きてるやつなんて居ないんだってつくづく思う。オレやカストル、ラブもセブンゴーストとして”生きて”いるが、過去にはそれなりの過程があったわけだし。
なんて、昔話を思い出してしんみりしちまうなんて、オレも年とったな。

そういや、あいつ。

まだ15だけど、重い運命を背負ってるやつがいる。この教会に来て間もないが、オレはそいつが放っておけなくて、何かと面倒を見てしまう。小さい頃の自分と重なる部分もあるけど、あいつはそれなりに可愛いと思う。クソガキだけどな。オレとしてはあいつがどんなふうに成長していくのか楽しみだ。少なくとも身長もあと20センチは伸びてほしいところ。
まぁ、オレが心配しているのは身長なんかじゃねぇけど。

と思っていたら、クソガキが中庭に居るじゃねぇか。

「よう、クソガキ。こんなことで何してんだ」
声をかけると、おっきな目でオレの手元を睨んでる。なんだよ、オレは何も盗んできちゃいねぇぞ。
「ちょっと休憩」
「休憩?」
「うん。シスターたちの手伝いをしてた」
ああ、働かざるもの喰うべからず。テイトは真面目に仕事をするし、何事にも一生懸命に取り組む素直ないい子だ。
「そうか。頑張んな」
「フラウこそ、暇なのか?」
おい、なんでそうなる。
「んなわけねぇだろ。オレ様は今から大事な用があるんだ」
「……」
またその目。
なんつうか、不審なものを見る目だ。オレのどこが不審者? 美しいブロンドの髪にブルーアイズ。お手入れなんかしなくても、男にしては肌も自慢なんだぜ。最近は寝不足がたたって荒れることもあるけど、元がいいから回復も早い。だから、こいつがじっとりした目でオレを見るのは心外だ。
「なんか文句ありそうな顔してるけど言いたいことがあるのか?」
こうなったら直に聞き出してやる。聞き出すついでに迫っちゃおうかな。
テイト見てると真ん丸い顔におっきな目で口が小さくて、肩に乗ってるミカゲに負けず小動物を連想させる特徴がある。要するに、ま、可愛い顔してるってことだ。オレのガキの頃より劣るが。
「別に何も」
「そうかぁ? 人の顔を穴が開きそうなくらい見つめちゃって、惚れたなら惚れたって言えよな」
「!?」
テイトが驚いている。これは図星か? っていうか。
マジでオレの顔見すぎなんだけど。これは手に持ってるのは実はエロ本なのがバレバレで、それに関して軽蔑してるような目つきじゃない。
いや、だから、その上目遣いはやめろ。
分かる。お前のほうが30センチ以上は小さいから見上げるのはいいとして、お前の上目遣いは危険だ。
やばい。この小さな躯を抱き締めて、なんだ、そうだな、キスしたい。
なんて考えるオレはやっぱり司教として失格なのか。不謹慎か。だがな、テイトも悪い。
なんか話逸らさねぇと。
「ところでクソガキ」
オレが天気の話をしようとしたらテイトに遮られた。
「フラウ……」
「どうした?」
頼む。お前も天気の話してくれ。でなきゃ今日の夕食の話題にしようぜ。
「いつか……その……」
いつか、その? 
天気の話でも夕食の話でもないのは決定だ。
「ああ? なんだ? いつか? 何かしてほしいことがあんのか?」
「そのうちでいいから、ええと」
急にもじもじしだして、大丈夫か、お前。
「どうしたよ。オレに出来ることなら協力するぜ」
とりあえず悩み相談にのる覚悟はある。
「あー、ちょっと言いにくいんだけど、ええと」
言いにくいっつったらアレしかねぇ。そうか、テイトのやつ、ついに……。
「おいおい、潔く言え。まぁ、アレだろ? お前もエロ本が欲しいんだろ?」
「……」
正直に言ってやったのに、いきなり無言になるとはどういうことだ。
「分かってるって。オレ様は勘がいいからな、まずは初心者向けのを貸してやる」
しょうがないから上手に手ほどきしてやるよ。
「……」
「違うのか? まさかもっとハードなエロ本よこせってワケじゃ」
オレ様の大事なお宝を手放すわけにはいかない。これは死守せねばと焦ってたら、
「興味ない」
あっさり切られてしまった。が、テイトは遠慮してるのかもしれねぇ。オレはもう一度情けをかけてやることにした。
「嘘つけぇ」
誰でも通る道だ。気にするな。
「今は見たくないって言ってるんだよ」
「今は見たくないって、よく分からねぇな」
ほんとにこいつは真面目すぎるんだろうな。親友だったミカゲとは大違いだ。
「そうじゃなくて、オレが言いたいのは、キ、キ……」
「き?」
おい、何が言いたい。
キで始まる言葉っつったらキスしかねぇじゃねぇか。それとも何か。気持ち悪い? 気色悪い? そう言いたいのか? 
「うー、つまり、キで始まる文字」
そんなこと言われても「キスしてぇ、今すぐこの場でキスしてぇ」って思ってるのはオレだが。でも、お前もそんな顔してんだけど。
「き? き……ねぇ。あ、分かったぜ、木登り! オレも得意だ」
取り敢えず無難な答えを言ってみる。
「じゃなくてー!」
本気じゃねぇよ。
「じゃあ、なんだ。き……肝試し! いいな、スリルあるもんは好きだぜ! でも二人でやってもつまんねぇから」
肝試しは嫌いじゃねぇ。オレがゴースト役になってお前を脅かす……って、それのどこが面白いのか。今更驚くこともねぇし。
「違うっつうの。もういいや」
あんまりしらばっくれると可哀想だな。しょうがねぇ、言ってやるか。
「分かってるって。キスだろ?」
オレの本心でもある台詞だ。
「な……なんで」
オレがそう思ってるってことは、お前も思ってる。お前の考えていることはオレには分かるんだよ。一緒に居るようになって、まだそんなに長い時間を共にしたわけじゃあねぇけど、波長やらウマが合うってのは、年齢性別に関係なくあるもんだ。
「して欲しそうな顔してっから」
この場合は折角だからテイトのせいにしておこう。
「してねぇっ」
ははーん、この抵抗はワザとだな。顔が赤い。恥ずかしいから悪態をつくなんて、ほんと、子供だな。
「お前がしてほしそうな顔してるか、オレがお前の心の中が読めるか、どっちだと思う?」
こいつは何て答えるだろうか。
「分かんねぇよ。そりゃあ、オレがキスとかしたいって考えてたのは間違いないけど」
「キスとか? とかってことは、それ以上のことも?」
テイト、あんまり難しいこと言うな。とか、っていうのは不特定多数、その他、もろもろ、色んな意味にとれるんだぜ。
「それは追求するなっ。キスとかの『とか』は、優しいのだったり激しいのだったりゆっくりだったり色々ってことだよっ」
「へぇ」
そうか。そうだったのか。
「どうせオレは変だから!」
「変じゃねぇよ。ま、エロ本に興味ねぇってのは男として変わってるかもしれねぇけどな」
根は純情なんだから、そういうやつも居るってことくらいは分かる。
「べ、別に興味ねぇわけじゃねぇし。ただ、そういうのは……」
「はいはい、分かってるよ。今は要らないってんだろ?」
「違う。そういうのは、フラウに教えてもらうからいい」
「オレ!?」
お前、何可愛いこと言っちゃってんの。
「お前はオレに色々教える義務がある」
どさくさに紛れてとんでもないこと言ってるな。でも、こうやって頼ってくるのがたまんねぇ。だからオレも構いたくなるし、放っておけなくなる。
「そうだなぁ、このフラウ様ならいろーんなこと教えてやれるから」
「偉そう」
なんだと。
「偉いんだよ」
「じゃあ、約束」
「約束ぅ? いいぜ、夜中に部屋抜け出してここに来な」
オレはテイトのいいようにしてやろうと思った。
「ここ?」
「オレの部屋までは遠いだろ」
「でも……」
「いいから、24時きっかりに来い」
「あ、うん」

キスするために、こんな約束をしたのは初めてだ。
たまにはこういうのもいいか。
ただ、身の上の安全は保障できねぇ。息も出来ないくらい抱き締めちまうだろうし、泣くまでキスするかもしれねぇ。それでもいいなら、黙ってオレの腕の中に来いってやつだ。
誘われたんだから、ほんとは抱いちまったほうがいいのかもしれねぇが場所が場所だ。中庭でそれは出来ねぇから、たぶん、オレはそこで何時間でもあいつにキスをして、何時間でも抱き締めて、最後に出した答えが一緒なら、本能に従うまで。

先のことなんて、誰も分かりゃしねぇ。分かるのは12時間後にオレとテイトがここに居るってことだ。