キス(フラテイ)                                            テイトver
オレね、ほんとはキスが好き。
……なんて言ったらみんなは驚くだろうか。でも、それはフラウとするって意味で、相手は誰でもいいわけじゃない。そしてこのことは誰にも言えない。こんなふうに思ってるなんて知られたら恥ずかしいし、オレはフラウに迫られるたびに抵抗してるから、でもそれは本音じゃなくて実は嬉しいことの裏返しだなんて知られるのも嫌。
もちろん、最初からキスが好きだったわけじゃない。
初めてされたときは飛び上がるほど驚いて、いくらそういうのに疎いオレでも、男同士でそんなことするなんて考えたこともなかった。
何度も繰り返していくうちに好きになっていった。
フラウはエロ司教のくせに言うことはまともだったり為になったりで、逆らいつつもオレはあいつの言葉を心の中で呟いている。
そういうのもあって、きっと人柄に惹かれていったせいもあるんだろう。
オレにはミカゲという親友がいたけど、フラウはミカゲとはまた違う立場でオレを見てくれて、しかも年が上で躯が大きいから、威圧感たっぷりだったりする。そのせいかオレに助言してくれることは絶対だって思うようにもなった。
まさにフラウ効果ってやつだ。
だからこそ、おかしな話だけど、フラウのキスは何故だか落ち着く。落ち着くなんて思えるようになったのは最近のことで、してもらってるときはもちろんドキドキするけど、フラウのそれはすごく大人でオレには真似出来ないほどうまくリードしてくれるから安心するってのもある。

なんてことを中庭で一人考えてたらあいつがやってきた。

「よう、クソガキ。こんなことで何してんだ」
片手に聖書のような本を持っているけど、あれは間違いなくエロ本だろう。どうしていつも持ち歩いてるのかオレには理解出来ない。
「ちょっと休憩」
「休憩?」
「うん。シスターたちの手伝いをしてた」
「そうか。頑張んな」
「フラウこそ、暇なのか?」
「んなわけねぇだろ。オレ様は今から大事な用があるんだ」
「……」
フラウの用事って何だ。絶対に如何わしいことこの上ないぞ。きっと新しいエロ本の調達とか可愛いシスターを探して話しかけたりと、そっち方面に決まっている。
「なんか文句ありそうな顔してるけど言いたいことがあるのか?」
フラウの顔を見すぎていたせいで怪しく思われてしまった。
「別に何も」
「そうかぁ? 人の顔を穴が開きそうなくらい見つめちゃって、惚れたなら惚れたって言えよな」
「!?」
意味が分からない。
でも。
いつ見ても何度見ても目の色は綺麗だなって思う。だから、じっと見つめてしまうんだ。
「ところでクソガキ」
フラウは何か言いたかったようだけど、それをオレが遮った。
「フラウ……」
「どうした?」
「いつか……その……」
「ああ? なんだ? いつか? 何かしてほしいことがあんのか?」
「そのうちでいいから、ええと」
「どうしたよ。オレに出来ることなら協力するぜ」
「あー、ちょっと言いにくいんだけど、ええと」
「おいおい、潔く言え。まぁ、アレだろ? お前もエロ本が欲しいんだろ?」
「……」
「分かってるって。オレ様は勘がいいからな、まずは初心者向けのを貸してやる」
「……」
「違うのか? まさかもっとハードなエロ本よこせってワケじゃ」
違う。違うんだけど。
「興味ない」
そう言ってみた。
「嘘つけぇ」
え。なんでオレは嘘ついてるように見えてんの?
「今は見たくないって言ってるんだよ」
「今は見たくないって、よく分からねぇな」
「そうじゃなくて、オレが言いたいのは、キ、キ……」
「き?」
駄目だ、やっぱり面と向かって言えるはずない。こういう場合は相手をうまく誘導すればいいんじゃないかと思うけど、出来るかな。
どうやって言わせてやろうかとオレは必死に考えた。
「うー、つまり、キで始まる文字」
これならどうだろう、分かってくれたか? なんとなくフラウの答えを期待してみる。
「き? き……ねぇ。あ、分かったぜ、木登り! オレも得意だ」
「じゃなくてー!」
フラウ……本気で言ってるのか?
「じゃあ、なんだ。き……肝試し! いいな、スリルあるもんは好きだぜ! でも二人でやってもつまんねぇから」
駄目だ。
「違うっつうの。もういいや」
オレは諦めて立ち上がった。そろそろ戻らないとシスターが呼びにくるかもしれない。
するとフラウは、
「分かってるって。キスだろ?」
と言った。すごく、すごく真面目な顔で、真面目な声で。
「な……なんで」
反則じゃん、さっきまでおちゃらけて木登りだの肝試しだの言ってて、急に真剣にキスだろって言うなんて。フラウが真面目な顔するとびっくりしちゃうんだ。皆は目つき悪いとか言うけど、オレにはない鋭さや色気があって、なんか、こう……ああ、うまく説明できない。
「して欲しそうな顔してっから」
「してねぇっ」
恒例の反抗期を演じるオレ。そりゃキスしたそうな顔がどんな顔か知らないけど、オレはそこまであからさまな態度は示してなかったはずだ。
「お前がしてほしそうな顔してるか、オレがお前の心の中が読めるか、どっちだと思う?」
「分かんねぇよ。そりゃあ、オレがキスとかしたいって考えてたのは間違いないけど」
「キスとか? とかってことは、それ以上のことも?」
げ。話が飛んでる。
「それは追求するなっ。キスとかの『とか』は、優しいのだったり激しいのだったりゆっくりだったり色々ってことだよっ」
「へぇ」
「どうせオレは変だから!」
「変じゃねぇよ。ま、エロ本に興味ねぇってのは男として変わってるかもしれねぇけどな」
「べ、別に興味ねぇわけじゃねぇし。ただ、そういうのは……」
「はいはい、分かってるよ。今は要らないってんだろ?」
「違う。そういうのは、フラウに教えてもらうからいい」
「オレ!?」
なんか、もう本音ダダ漏れ状態。昼間から何を言ってるんだ。
「お前はオレに色々教える義務がある」
むちゃくちゃなことを言ってるような気がするけど、気にしない。
「そうだなぁ、このフラウ様ならいろーんなこと教えてやれるから」
「偉そう」
「偉いんだよ」
「じゃあ、約束」
「約束ぅ? いいぜ、夜中に部屋抜け出してここに来な」
「ここ?」
「オレの部屋までは遠いだろ」
「でも……」
「いいから、24時きっかりに来い」
「あ、うん」

こんなふうにキスする約束をしたのは、生まれて初めてだった。
その先のこと? それは分からない。だって中庭で会うし、どうなるかなんてオレはすべてをフラウに任せるだけだから、何も考えてない。
考えられない。

ただ、今思うのは、はやく真夜中になればいいってことだけだ。