何もない記念日


 ヒュウガは何か悩み事があるかのように頭を抱えていた。いつも能天気に振る舞う彼の姿からは想像もつかないほど、重苦しい雰囲気を漂わせている。そして一人では解決出来ず、助けを求めるようにそばにいるコナツに声を掛けた。
「ねぇ。今日、夜ごはんどうする?」
 まだ昼食を食べ終えたばかりの昼休み、ヒュウガは次に腕を組んで深刻な問題が発生かのように考え込んでいた。
「は? 私は今、昼食を食べている最中ですが」
 食べ終わったのはヒュウガだけで、コナツはまだパスタを口に運ぼうとしてフォークを手に持っている状態だった。ヒュウガは夕食のことで悩んでいたのだった。
「常に先のことを考えるのがいい男の条件だよ!」
「!?」
 突然意味の分からないことを言い出して得意げな顔をするヒュウガだが、
「そうですね、食べる前に悩むのも面倒ですから、先に決めていた方がいいかもしれませんね」
 取り敢えずヒュウガに同意するコナツだった。早速コナツがその気になったことで、
「オレはね、アレが食べたい」
「アレ?」
 アレでは意味が通じない。ヒュウガが一番好むのはカツ丼だが、
「ほら、アレだよ……何だっけ、最近食べてなかった……あー、名前出てこない、ここの所ずっと忙しくてまともにメシ食ってないし、休みもなかったから頭が働かないよ。何だっけ、あのうまいやつ」
 と言ったところで、
「イベリコ豚のインボルティ−ニですか?」
 コナツがさらりと答えた。
「それ! 前にどっかのレストランで食べたよね」
「そうですね」
「っていうか、何でそれって分かったの!? 他にも複雑な名前のご飯食べてきたのに、何で分かった!?」
「さぁ……何となく」
「偶然にしては凄くない!?」
「そうでしょうか」
「え、だっておかしいでしょ、よくある食べ物なら分かるけど」
「何で分かったのでしょう」
「ええ!?」
 二人は不思議そうな顔で黙り込んだ。するとコナツは、神妙な顔で呟く。
「何となくですが、私は少佐が求めるものを提供したいと考えていますから、自然に分かってしまうのかもしれません」
「はぁ?」
 執事じゃないんだし……とヒュウガは溜め息をついたが、
「部下として上司の要望に応えるのは当然では?」
 余りに優秀すぎる言葉にヒュウガは天を仰ぐ仕草をしてみせた。
「それは出来過ぎ。コナツ、無理することないよ、そんないい子にならなくていい」
「別にいい子になろうとしているわけではなく、自己満足かもしれませんが、そういう部下で居たいのです」
「……」
「もしかして私は誰かに仕えるのが向いているのかもしれませんね」
「あー、そうだね」
 コナツが真面目で仕事もよく出来るのは知っていたし、人に尽くす素質を持っていることを見抜いたからこそ自らスカウトして部下として迎えたのだが、出来過ぎて困るということも多々あり、時折恐ろしくなるヒュウガだった。
「でも、今の私では少佐が食べたいものを作って差し上げることは出来ないので……」
「……お前、悪食だしね」
 だが、コナツは料理はレシピがあれば作ることが出来るし、家庭的なことも身につけたいという願望はある。それもこれも家事が出来ないヒュウガのためであることは間違いない。
「オレとしては食べに行きたいっていうか、美味しいものを食べに連れて歩きたいってのが本音。何とかの何とかってさっき言ってたやつも食べに行こうよ」
「ご馳走して下さるんですか?」
「そうだけど」
「でも、以前連れて行って下さったお店、高級でしたよね」
「だから?」
「……記念日でも何でもないのに一晩で20万ユースも使うのは……」
 コナツが首を振る。コナツは節約をするのも嫌いではなく、倹約家とも言えた。
「お前を嫁に出来たら相当いい家庭が作れるとは思うけどね」
 ヒュウガは独り言を呟く。
「?」
「でもオレが食べたいから、今夜行こう」
 ヒュウガは強引に事を進めようとする。コナツは、そういったヒュウガの態度に賛同する時もあれば拒否することもあるが、それは状況に応じて使い分けるといった具合だ。
「それはまた何か行事があった時でいいのでは?」
 コナツが提案すると、
「嫌だ。何なら無理やり記念日作る」
「えっ、今日ですか!? 何もありませんよ!?」
 誕生日でもなく、季節のイベントもない。
「だったら作ればいい」
「どんな!?」
 呆れるコナツだが、ヒュウガが我儘を言い出すと止まらないし、時間や労力の無駄だと判断すると、
「では、今日は残業は控えますね」
 聞き分けのいい部下に戻る。
「いいねぇ」
 案の定、機嫌がよくなるが、
「但し、少佐が仕事をして下さらないと、いくら私でも終わりませんよ」
「……」
 急に無口になる上司だった。
 しかしながら、渋々デスクワークをこなし、幹部の特権で仕事中に堂々と高級レストランへの予約も忘れない。経費で落とすつもりはないが、ヒュウガは個人の名前を出すだけで店側も好待遇を施してくれるほど顔が知られていた。むしろ顔パスも通じるくらいだ。
「わー、個室取れるってー。ここ、数か月予約でいっぱいって噂なのに、良かったー」
「……」
 こういうことはコナツには出来ない。これでテキパキと仕事をしてくれたら最高の上司なのに……と、相変わらず愚痴はこぼれるが、コナツの頭の中はそれどころではなくなっている。五つ星レストランだけあって、味の期待は十分に出来る。そう思うと仕事にも力が入り、ヒュウガがサボっても許せるほどに頬が勝手に緩んでいたが、ヒュウガがサボると仕事が溜まって残業する羽目になるため、外食が中止になる可能性がある。だから、やはり真面目に取り組んで欲しいのだ。
「コナツが嬉しそうな顔するからねぇ、餌付けしてるわけじゃないけど、いつでも何処へでも連れて行きたくなるよね」
 そう言われ、まるでお姫様扱いをされている状況に顔を赤くするしかなかった。

 結局、仕事が終わって一旦部屋に戻って着替える暇もなく、軍服のまま高級レストランに向かうことになった。軍服も立派な正装である。そして威厳があるため、物々しい雰囲気になってしまうが、二人の会話はこれでもかというほど穏やかだった。
「今日は何とか無事に昼も食べられたけど、ここのところずっと携帯食ばっかりだったでしょ?」
「そうですね。ご飯を食べる時間が取れなくて……」
「だったらこういう所に来て栄養とらないとね」
「はい。私一人では来られない所なので嬉しいです」
 常連客でもあるヒュウガは、何度も誰かを連れてここに来ているのだろうと思うと少し胸が苦しくなったが、
「オレはコナツとしか来たくないけどね」
 と言い、
「何度も足を運んでいらっしゃるようですし、かなり通ですよね?」
「うん、よく一人で来るから!」
「お一人ですか!?」
「うん」
「……」
「別にここは一人で来ちゃいけないって決まりはないよ?」
「ですが、てっきりどなたかといらっしゃるのかと」
「つるんで何処か行くなんて、女の子じゃないんだからさぁ。あるいは未成年なら夜の外出はまずいけど」
 堂々とお一人様宣言をしたヒュウガは、おすすめの品をオーダーした。メニューは予め伝えてあったためにやりとりもスムーズだった。
 やがてそれが運ばれてくると、コナツは目を輝かせ、
「餌付けって素敵!」
 と喜んでいた。
「だから餌付けじゃないし。これ、デートなんだけど」
「え? あっ、そうでした。何か記念日にすると仰っていましたね。でも、何もないです」
「まぁ、深く考えないで食べよう」
「そうですね」
 と言いながら、誰も居なくなった所でマナー云々を無視し、食べさせ合いをして、ひたすらにイチャついていた。軍服姿で、まるで巡回警備のように姿を現した二人だが、個室に入った途端、ヒュウガはさりげなくコナツに甘い言葉を囁く。外に出るとどうしてもこうなってしまうのか、
「私を口説いているように見えますよ?」
 とコナツに不思議がられる。
「口説いてるっていうか、ただ意思表示してるだけ。あと、一応外に出てるから、警戒も兼ねて、お前はオレのものって常に口に出してる」
「はい?」
「じゃないと、お前、オレ以外のものに目が行くでしょ。例えば目の前にある料理とか、珍しい小物とか、外を歩けば綺麗な景色とか」
「……」
「そんなものより、オレのこと考えて貰わないといけないから」
「ちょ、それって……」
 相当我儘だ、唯我独尊だ、オレ様だ、構ってちゃんなんですかー! とコナツは知りうる限りの言葉を並べたが、
「だから?」
 と言われて閉口した。
「オレはただお前の尻に敷かれてるだけで、小心者だから不安なんだよ」
「ええっ」
 見解の違いが大きいと会話が噛みあわない……と唖然としたが、ヒュウガが真顔だったため、抗議も出来ない。
「軍の中では、オレの立場は割りと大きい方だから睨みは効くけど、外に出たらね……」
「あの、少佐、何と戦っていらっしゃるんですか」
 これは真面目にギャグを演出しているのか、本気で訊きたくなった。
「何と? そんなの決まってる。世界と戦ってるんだ」
「……」
 やはりよく分からなかった。やはり、これは冗談なのだと思うしかなかった。
「大丈夫、遊んでるだけだから」
 ヒュウガにニヤリとされて、遊ばれていたことを知ると、コナツは拗ねて、
「バカ? バカですよね、有り得ません、キモイし、ウザイし、マジ信じられない」
 と顔に似合わない用語を並べた。高級店に居るということを失念していた。するとヒュウガは吹き出し、
「あー、良かった、堅苦しいの嫌いだから、それだけ崩れればOKだ」
「えーっ、またわざと私を怒らせたんですか!?」
「怒らせるというより、崩す?」
「どうしてです」
「だってさ、ここでオシャレな会話しても気が滅入るでしょ? すっごい高い料理食べてアホっぽい会話するのって楽しくない?」
「……」
 何処までもふざけた男だ……とコナツは肩を落とした。たまにどうしてこの人が好きなのだろうと我に返る時があるが、何をどう懸命に考えても嫌いにはなれない。それどころか、
「どうせなら、デートらしくして下さった方が嬉しいのに」
 自ら望んでしまう。
「え、そうなの?」
「私だって甘やかされたいです」
「へ? だって、コナツはそういうの嫌いじゃない。女扱いするなって怒るでしょ」
「それは建前です!」
「あらー、意外。じゃあ、本気でイチャついてもいいんだ?」
「……少佐のイチャつく基準というのが分かりませんが……出来れば……」
「後で殴ったりしないよね?」
「何でそうなるんです!?」
「ん、これも冗談だから。あんまりふざけてると味が分からなくなるから、集中しよー」
 そう言い出した途端、まるで評論家のように一品一品じっくりと解説をしていく。
「イベリコ豚はね、肉自体には甘さがあるんだ。生ハムとして塩漬けにして食べるのもいいけど、テリーヌなんか有名だよね。特に脂身は風味があるから、調理の仕方によっては味も食べ方も変わってくるよね」
「え」
「好き嫌いは分かれるかもしれないけど、バルサミコソースで仕上げれば大体いける」
「はぁ」
 何にせよ、それも面倒な展開になった。要するにヒュウガはただ遊んでいるだけである。
「いいですよ、最後まで付き合いますから、どうぞ」
 そうして、コナツも一緒になって食の評論家と化した。だが、運ばれてきた食事を口にしても「美味しい」「香りがいい」「舌触りがだめらか」など、ごく当たり前のことしか言えなかった。何しに来たのか分からない夕食となり、食べ終わる頃には食欲も満たされ、言葉少なになっていた。それでも誰も居ないのをいいことに、互いの品を分け合ったり、ヒュウガはコナツに無理やり酒を飲ませようとしたり、遊んでいることには変わりなかったが、食べ終わると、
「あー、満足。もう死んでもいい」
 この世に未練はないといったふうにうっとりと呟いていた。
「駄目です」
「でなきゃ永遠に睡眠」
「それも駄目です」
「少しは休みたいよ」
「いつも休んでいるじゃないですか」
「そんなことないよ、働きづめで過労死しそう」
「……」
 他愛もない会話を続けながら店を後にして、いつもの外食から帰る風景となっていた。
「でも今週、まだ3日も残ってるし憂鬱」
「そんなに仕事したくないんですか!?」
「うん、ニート最高」
「はあ!?」
 ヒュウガは少し酒を嗜んでいたため、酔っているのかと思って、迷い言も聞き流すようにした。やがて部屋の前につくと、ヒュウガはきっちりコナツを送り届けたのを見て、
「じゃあ、おやすみー!」
 元気に手を振って帰ろうとした。コナツは慌ててヒュウガを引きとめる。
「まだ時間あります」
 そう言いながら。
「え? 寝る時間でしょ? ってか、素振りの時間?」
「今日はしません!」
「何で!?」
「何でって、ストレスも溜まっていませんし」
「ああ、そっか。今日、オレ仕事したもんね」
 ヒュウガは少し偉そうな顔で言うと、
「それはそうですが、ちゃんとお礼を申し上げていなかったので……」
「は? オレが仕事したお礼?」
 ヒュウガは意外そうに驚いた顔でコナツを見下ろした。だが、コナツは目をキッと吊り上げ、
「違います! 仕事するのは当たり前じゃないですか!」
 珍しく大きな声で騒ぐ。
「じゃあ、何」
「ご馳走になったので」
「ああ、メシのことー? いいよ、そんなん、上司が部下に旨いモンおごるのは当然でしょうが」
「それでも、ちゃんとお礼は……今日はご馳走様でした、いつもありがとうございます」
 コナツはペコリとお辞儀をした。
「う……っ」
 ヒュウガが何かに囚われたように顔を顰めて躰を強張らせた。
「何故か高いものばかりを奢って下さるので、無理してないかと申し訳なく思うのですが……私もつい甘えてしまって」
「あー、いや、オレは無理してるわけじゃないしー」
「だから、私も少佐が駄目人間でもいいかって思っちゃうんですよね」
「え、何最後に落としてんの」
「? 落としてませんよ?」
「……」
 一気に酔いが醒めたヒュウガだが、
「でも、どうせなら何かの記念日にしたかったです」
 と言われ、ますます酔いが醒めた。
「ちょ、本気でそういうことしたらドン引きじゃん、マジにならなくていいって感じでしょ?」
「世間ではそうかもしれません。一々面倒くさいとか、記念日カッコ笑い、なんですよね?」
「あはは……」
「でも、私は……」
「そういう方がいいんだ?」
「結構熱い男なんですよ、私も」
「アヤたんの次にクールに見えるけど。実際、しっかりしてるし」
「ギャップ萌えと言って下さい」
「何、それ」
 それならそうとしっかりとコナツをリードし、どうせなら本格的にお姫様扱いをしてやれば良かったと思った。そういうことをすると怒るからヒュウガはしないだけで、コナツが望んでいたとは気付かなかった。
「いつものように私をいらやしくからかって下さるのだとばかり思っていたら、違う方面でからかわれましたし」
「ん? 何だっけ」
「食について語られても……」
「あー、料理研究家ごっこ?」
「はい」
「じゃあ、今から仕切りなおそうか」
「!?」
「飲みに行こう」
「はいっ!? 私、お酒飲める年じゃないですし! 何で帰ってきて今からまた出掛けるとか!」
「え、嫌?」
「分かってますよね!?」
「……」
「どうしてそんなに焦らすのです。そこまで私に意地悪をしなくても」
 コナツが少し悲しそうな顔をすると、
「そんなつもりじゃないんだ」
 ヒュウガはコナツの頭を撫でた。撫でた右手をそのまま顔をなぞるように滑らせて頬を包むと、
「ごめん。抱くから」
 コナツが欲しかった言葉を囁いた。そしてコナツの部屋に入り、寝室になだれ込み、閉めたドアにコナツを押し付け、抱き合った。
「分かって下さって嬉しいです」
 コナツがほっとしていた。
「うん、先週もちゃんと抱いてなかったからね、ちょっと間が空いちゃったし」
「ずっと忙しかったですから……まともにキスもしてなか……っ」
 呟いている最中で口を塞がれた。
「しょ、少佐、待って……」
 シャワーを浴びたい、歯を磨きたいと苦し紛れに訴えるコナツを無視し、ヒュウガは軍服のポケットからコンドームを取り出し、ピンと指ではじくようにしてベッドに投げつける。
「そ、そんなものを仕事着に忍ばせておくなんて……」
 コナツは唖然としたが、
「これは気にしないで」
 どうでもいいというふうにあしらわれた。
 ヒュウガは長いキスを仕掛け、いたぶるようにコナツを攻めていった。大きな手でコナツの顎をがっちりと掴むと、口を閉じられないように関節に指を入れ、強引に舌を絡ませて何度か角度を変えてコナツの小さい口にかぶりついた。
「お前、口小さいね。口の小さい男は出世しないよ」
「!?」
 コナツが驚いていると、
「という占いをオレは信じないけどね」
 そう言ってまたくちびるを覆った。豪快なくちづけにコナツは時折呼吸さえままならず、苦しそうにもがいてみたり、必死でしがみつくなどしてついていこうとしたが、膝が震えだし、腰が抜けていくのが分かり、ヒュウガは片手でコナツの腰をしっかりと抱き、
「じゃあ、ベッド行こうか」
 優しく呟いた。
 一番服を脱がせやすいのは、まずはコナツをベッドに寝かせることだった。両手の力すら入らなくなると、コナツは自分では服を脱げない。抱き上げて運び、そっと寝かせるが、それでもコナツはキスの中断を許さず、もっと……というふうに口をパクパクさせたり、どうにかしてヒュウガを引き寄せようと腕を伸ばそうとする。
「分かってるって」
 くちづけをしたまま服を脱がせるのは難儀なことではない。むしろその方がラクだ。コナツと自分、二人分を服を剥ぎ取りながら、
「コナツ、赤ちゃんみたい」
 ヒュウガは面白そうに笑う。
「!?」
「これは今夜は終わっても自分でお着替え出来ないかもねー?」
 と言われ、涙目になるコナツだった。
「ごめん、ごめん、もう変なこと言わないよ。お前、言い返せないみたいだし……オレもからかう余裕なくなってきたしね」
 独り言のようにヒュウガの独白が続いているが、コナツはヒュウガに何かを訴えようとして首を振ったり、手でリアクションを起こして暴れている。
「何、どうしたの」
「こ、ここ!」
「え?」
 衣類をまとったままのヒュウガの下半身を指さし、訴えた。まだぜんぶ服を脱いでいないことが不満だった。
「早く! ここ!」
「ええー? え、ちょ、何するの」
 コナツは手を伸ばしてヒュウガの股間を服の上から握る。
「脱いで! 早く見せて!」
「マジでー!?」
 同じ男同士で、何も珍しいものでもないのにここまで求められるとは思わなかったが男同士で本気の場合は性器が目当てなのは通常の心理である。だから、ヒュウガは、
「コナツ、ガチホモになっちゃった?」
 と危惧する。
 勢いよく見せろと言い出したコナツも、体力が戻ったわけではなく、相変わらず躰には力が入らない。本当なら自分でジッパーを下し、ズボンを引き下したいのだが、それが出来ずにやきもきしているのだ。
「早く!」
「ちょっと、落ち着いて。まだキスの途中でしょー? キスやめるなって催促したの、コナツじゃん」
 ヒュウガはのんびりと構えているが、コナツは金切声で、
「どっちも!」
 無茶な要望を出すのだった。
「よく分からないけど、まぁ、脱ぐから見ててよ」
 そう言ってボタンを外し、ジッパーに手を掛け……と順番を踏んでいった。その間、ごくりと喉を鳴らすコナツだったが、
「いつも見てるのに、そんなに見たいの?」
「はい」
「物凄い気迫を感じるよ? オレが下半身露出したらいいことがありそうな期待感でいっぱいの顔」
 ヒュウガはふざけて表現したが、コナツは真面目な顔で言いたいことを言った。
「ええ、そうですよ。あなたが私の裸を見たいと仰るように、私も見たいのです。私の場合は特にここ……」
「なんかよく分からないけど」
「いいから、早くして下さい」
 コナツは待ちきれないように急かす。すると、
「でも、しゃぶらせないからね」
 というヒュウガの一言で表情が固まった。
「!」
「フェラ禁止」
「どうして!」
「お前、また窒息するから」
「しません!」
「とにかく駄目」
「したい、したい! したいです!!」
 熱烈なラブコールにヒュウガは苦笑いしながら、
「ほんと、オレのこれをいじくりまわすのが目当てで付き合ってるのかって思っちゃうよね」
「そうかもしれませんが、好きなものは好きなんです」
「……どういう意味かな。とにかく、しゃぶるならオレがお前の顔押さえてないと駄目だから」
 放っておくと無理やり喉の奥まで押しやろうとする癖がついたコナツは、喉を使うやり方を全く取得していないのに自殺行為をするため、ヒュウガからオーラルは禁止されていた。する時はしっかりと監視のもとで行う。普通はどんどんして欲しいと「される」側が懇願するものだが、二人の場合は立場が逆である。
「じゃあ、触るだけでもいいですか?」
「触りたいの? 別に珍しいもんでもないのに、変わってるね。っていうかやっぱり真性……いや、真正になっちゃったのかな」
「いいから早く!」
 ヒュウガが慎重になっているとコナツはもどかしそうにして全裸になることを促した。
「分かったよ。……女の子にそう言われるならまだしも、何でお前が……」
 不思議で仕方がないといった様子でヒュウガは首を傾げる。
「……私が見たがるのは迷惑ですか? 変でしょうか」
「そりゃ困るよ」
「嫌ですか? やはり少佐も女の子になら言われたいのでしょうか」
「まさか」
「それとも、下品ではしたないから?」
「違う。お前に言われたら興奮が収まらない」
「そういう意味……ですか」
「あんまり言われると普段から出して歩きたくなるよね」
「それは完全に変態です!」
「お前が見たいって言うからじゃん。ほら」
 やがてヒュウガの性器がすっかりと露わになるとコナツは目を輝かせ、興奮し始めるのだった。ヒュウガはため息をつき、
「コナツー、これはお前のオモチャじゃないよ」
 性行為を覚えたばかりの子供のようだと思いながら自らの手で少し扱いて形を変えると、
「どうする? 触る?」
 煽るだけ煽ってみた。コナツはキスもしたいし触りたいしとパニックになり、泣きそうな顔をする。
「でもね、今日は時間がないから、いたずらするのはまた後でね」
 そう言いながら再びくちづけを開始するのだった。
「んっ、んっ」
 目的のものから引き離されると未練たっぷりに呻いたが、ヒュウガとのキスが好きでたまらないコナツは当然喜んで舌を受け入れて唾液も飲み込んだ。くちびるが腫れるのではと思えるほど長いくちづけを交わすのは、コナツが望むから。本来なら前戯として少し交わせば飽きてしまうのに、こうもやめられなくなるのは、これでもかと顔を近付けてひたすらにくちびるで啄み合い、自由に動かせる舌を絡めて唾液を飲みあうのが楽しくてしょうがないのだった。人間の口の中にはたくさんの細菌が……という知識など、こんな時はどうでもよくなるし、好きな相手ならば、むしろ欲しいとすら思ってしまうから、もはや狂気に近いものがある。
 ヒュウガは一旦口を離し、
「お前はここの拡張に時間がかかるからね、オレがお前の躰をいじり倒さないといけないよね」
 空いている手をそっとコナツの尻に移した。受け入れる準備をしなければ挿入は望めない。それならば、ちょうどコナツもヒュウガの性器をいじりたがっていたし互いの棒をこすり合わせて射精するだけでも良かったのではないかと思うが、ヒュウガの今夜の目的はあくまでも挿入することだった。
「先週も抱いたけど、挿れてなかったもんね、大丈夫かな」
「……分かりません」
「ああ、オレの話聞いてたの?」
「聞こえます」
「何か朦朧としてて聞こえてないんじゃないかと思ってた」
「だって……今夜は私の中に……」
「挿れるよ?」
「……」
「明日辛いかもね」
「……っ」
「ごめんね、週末まで待とうと思ったんだけど、先週も我慢してたから……」
「えっ」
 ヒュウガの台詞にコナツが反応する。
「我慢……我慢してたんですか? 先週って……」
「ああ、うん、大丈夫だよ。余り気にしないで」
「私が痛がるし、すぐに失神するから気を遣われているんですよね」
「ああ、それはあるけど、気は遣ってない、ごめん。気を遣うなら、抱かないし」
「でも……」
「オレが我慢出来ないだけ」
 先週は仕事が忙しく、二人ともすれ違いもあったし、ゆっくり過ごすことが出来なかった。おまけに何故かヒュウガだけが休日出勤で、ほとんど休みがないような状態だった。その合間に逢瀬のようにようやく時間をとってベッドに入ったが、まともに躰を合わせることもなく、いたずらに性欲だけを解消して終わったようなものだった。
 コナツの部屋にはローションも特殊な薬も置いてあり、置き場所も分かるから、ヒュウガはすぐにそれを用意すると、コナツの躰に男を受け入れるための処置を施していった。秘孔に痛みをあまり感じなくなる麻酔に似たような塗り薬を与え、更に温感ローションを使って柔らかく拡張し、じっくりと時間をかけて入念な準備をするが、コナツはこの時こそ、本当に赤ん坊のように無力に横たわって震えていて、不安そうにヒュウガを見たり、何か言いたそうに口を開けては何も言えずに黙り込むという行為を繰り返す。
「怖いんだね、痛いもんね」
「……」
 泣きそうな顔をしているとヒュウガに慰められるが、確かに痛みはあっても、受け入れることは嫌ではない。だから複雑な気持ちになり、どういう態度をとっていいのか分からなくなる。
「指一本入れるのもきついって、負担が心配だな」
 いつものことだが、下準備に時間がかかり、コナツは申し訳ないと思うと同時に、やはり女役には向いてないのかと悩んでしまう。
「すみません……どうして慣れないんでしょうか。出来るなら理由が知りたいです」
 謝ってもどうにもならないが、ヒュウガはコナツの受け入れる箇所を触りながら、
「コナツのここ、人より小さいんだよね。狭窄症で悩んだことない? 小さい時っていうか赤ちゃんの時に言われたり……って、そんなの分かるわけないか」
 医者のように呟いている。
「えっ」
「別に普通に暮らす分には問題ないんだけど、オレのを収めるには少し……どころか凄く厳しい。無理やりやるから、いつも怪我したり失神する」
「……それは……だからといってやめるのは嫌です。気を失うのは情けないと反省していますが」
 コナツは少し悲しそうな顔で答えた。
「違うよ、コナツの失神は完全な神経原生ショックだ。女々しいとか、おかしいことじゃない、そういう体質なんだ。加えて強烈な快感にも弱いから、性感帯が敏感すぎて気を失う。別にこれは大げさとか変なことじゃなくて、そういうケースもあるってこと」
 ヒュウガが丁寧に説明したが、コナツはますます落ち込んだように悲しい顔をする。要するに抱くのに手間がかかると言われているようで辛いのだった。
「ごめんなさい……」
「え、何で謝るの!?」
「私の気持ちとは裏腹に、抱かれるようには出来ていないということですよね……同じ男でも、何の問題もない人も居るでしょうし……というか、そういう人の方が多いのでしょうし……私もそうだったらどんなにいいか」
「ちょっと待って、オレはお前を責めてるんじゃないんだけど? なんでそんな話になるの」
「……」
「んー、気分が乗らないと躰が硬くなっちゃうでしょ、せっかく柔らかくしてるんだから、リラックスして」
「はい」
「コナツは毎回痛がって、何で痛いのか悩んでばっかりいるし、気を失うと目が覚めた時にまたやらかしたとか自分を責めるし、一度ちゃんと説明しておきたかったんだ。んじゃ、もう少し拡げるよ、2本入るかな」
「……ッ」
「まぁ、オレの大きさにも問題あるかー。これもよくないよねー。だからね、ホントは嫌ならコナツもはっきり言っていいんだよ」
「……嫌なら?」
 一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「挿れらるのが嫌なら、意思表示をして欲しい」
「!?」
「オレには無理してるようにしか見えない。多分ね、ちゃんと受け入れなかったらオレが浮気するとでも思ってるんでしょ」
「……」
 それは図星だったが、思っても口には出来ないことが多かった。
「痛いって言っちゃ駄目、拒絶しちゃ駄目、気分が乗らなくても疲れてても上司の性欲だけは解消させないと後で問題が起きる、あの上司は自分勝手で自由奔放だから、あちこりに種撒きまくる……ってな感じ?」
「!」
「そりゃ、オレは大人で独り身だし? フットワーク軽いから夜も遊び放題だ」
 追い打ちをかけられ、コナツが寂しそうな顔をして、
「そう、ですね。手のかかる私より、プロの綺麗なお姉さんに相手をしてもらった方がずっといいと思います。私も男だから、その気持ち、凄く分かります」
「あ、また自虐的なことを言う」
「でも、事実です」
 その辺はコナツも冷静に受け止めることが出来た。軍内でも夜にこぞって遊びまわっている上官を沢山知っているし、休憩時間にそういった話を堂々として自慢しているのを数えきれないほど聞いてきた。
「男が皆そうとは限らないんだけどなぁ」
「でも、少佐、お金も持っているし会話もスムーズだし、プロの女性に好かれそうです。あなたのこの躰は女性が好むのではないですか?」
「そんなことない、躰っていうか局部的には、むしろ嫌がられるレベル」
「!?」
「ああいうのは商売だからてきとうに早く済ませたいもので、ラクな方がいいんだ。早漏でモノなんか平均的な大きさの方が喜ばれるんだよね」
「え……」
「なんでこんな話になったんだ?」
 ヒュウガが冷静に突っ込むと、
「もっと聞きたいです」
「コナツには珍しい話かな?」
「はい」
 真剣に頷く。
「相手の女の子が本番をする理由は二択。仕事早く終わらせたくて手間をかけたくないからとっととやっちゃって済ませるか、あとは女の子が男に本気になるケース」
「そうなんですか!?」
「ちなみに男相手だと、無法地帯だしめっちゃ簡単。お金もかからないしね」
「!?」
 コナツが目を丸くした。
「男を買うちゃんとしたお店もあるけどね」
「えっ、少佐、男の子を買った経験が……」
「今の話は全部オレも知り合いから聞いただけだよ」
「聞いたことがある噂話にしては、リアリティがありすぎるんですが」
「じゃあ、昔の話! ってことで」
 と、ここで話を切り上げた所でコナツが表情を変え、
「……もう待てないので、早く……」
 念入りに準備をしている所へ焦りを見せ始めた。過去話を聞くと、大抵コナツはこうなるのだった。
「まだだよ、確かに時間はないけど、こればかりは譲れないから」
「もう十分です」
「ほら、そういう無茶ぶりするから後悔するんでしょ?」
「後悔?」
「もっとちゃんとしとけば痛くないし、気持ちよくて失神はしちゃうかもしれないけど、最初の痛いのがないだけでもマシじゃない?」
「……」
「とはいえ、薬塗って時間経ってるから、もういいかな」
 そして、ようやくここでヒュウガもゴムを装着する。その動作たるや見事な早業でコナツがぐったりと横たわっているうちに終わらせてしまう。付けている間も、ゴムの先端を絞るなどの両手を使う以外、手が空けばコナツへの愛撫は欠かさない。凄い時はすべての動作を片手で行ってしまうほど器用だった。
「あっ、まさか……もう付けて……」
「ん? 終わった。もしかして見たかった?」
「はい」
「また今度ね」
 このように長い会話をしながらコナツの躰をほぐすのも理由があった。コナツの躰を女役に仕上げるには時間がかかるのだ。それならばコナツに男役をさせた方が早いのかもしれないが、どんなにヒュウガがそう言っても絶対に首を縦に振らないし、コナツは抱かれたがるだけで、見た目は女役相応だし、躰も出来上がってしまえば女以上に艶が出るため、ヒュウガはそれが楽しみで仕方がない。
 今のコナツはヒュウガに「早く」と迫るほど勢いがついている。さきほど聞いたヒュウガの過去話が相当効いているようで、嫉妬心が発動されたのである。
 ゆっくりとした丁寧な前戯が終わる頃には、コナツも息が乱れていて声を出そうにも喉が渇いて声が枯れ、うまく喋れないまま、ヒュウガに一方的に睦言を囁かれるだけ。くちづけの合間に口移しで水を飲まされて、やっと落ち着いた所に、
「この格好でしか、出来そうにないね」
 正常位のまま脚を持ち上げられてビクリと反応するも、今更後背位も騎乗位も不可能だった。ヒュウガは軽く腰を引き寄せ、尻がわずかに上を向くような体勢を整えると、コナツの性器が丸見えで嫌でもそこに目がいってしまい、不本意ではないコナツは晒されるのは嫌だと強く反抗し、何か隠すものがないかと手を伸ばして探る。
「何で恥ずかしいの? 他に誰かが居るなら、オレはこんな格好させない。オレに見られるのも嫌なら、もうしないし」
 ヒュウガが言うと、
「だって、みっともない姿で……」
「え? そりゃあ、今のお前の恰好が決めポーズとは思ってないよ? こういう時は自分のことは考えなくていいんじゃない?」
「……っ、ああ、もう、だから早くって……」
「そうだね、前置きが長すぎた。実はオレもビビってるのかも」
「えっ」
「怪我させたらどうしようって」
「……本望です」
「まさか」
「いいんです」
「でもねぇ」
「早くして下さい!」
「ほんと、参謀部に居る時のお前とベッドの中のお前の差についていけない」
「!?」
 という会話の途中で、均衡は崩れた。衝撃に反射的に暴れるコナツと、力づくで抑えるヒュウガとの攻防になり、ヒュウガはコナツの躰を覆うような体勢をとり、そして性器を上から突き刺すようにコナツの尻に穿った。これが愛し合う行為かと訝しむほどコナツは顔だけではなく、心臓から上の部分を真っ赤にして堪え、「力むな」というヒュウガの言葉など、たとえ耳に入ろうとも実行できるはずもなく、顎を逸らして肩で息をするようになると、普段のヒュウガはここでやめるが、更に腰を進ませた。
「あああッ!!」
 コナツは悲鳴を上げ、息を相当乱し、ぎりりと歯を食いしばる。
「凄い力みよう。死ぬよ?」
「ああ……だって……もう、むり」
「そうだねぇ、ここは目一杯って感じ」
 ヒュウガは、みっしりと詰まって今にもはちきれそうなコナツの秘孔をなぞった。
「うう……苦しい」
「暫く抱いてなくて、余り時間を置いたのがまずかったかな。何でか知らないけど、状況が最悪だよ」
「ああ……あああ」
「薬塗ってこれか……っていうか、やっぱり締まるね。入口だけじゃなくて中も狭いって……オレも痛いよ」
「うっ……うううう」
 唸り声を上げるコナツに苦笑いしながら、ヒュウガはちらりと下を見て、
「痛みで萎えちゃったね、可哀想に」
 コナツの性器を掴んだ。
「……あっ」
「何だか余裕なさそう、まぁ、やめないけど。こっちは扱くよ」
 そう言ってコナツの性器を扱き始めた。
「な、何、あ、あ……ッ」
 扱きながらぐいぐい腰を押していくとコナツは気が狂ったように暴れた。
「だめ……ッ! だめ、落ちる!」
「何? 落ちる!?」
 ベッドから落ちるのかと思い、辺りを見回したが広いベッドの真ん中でヒュウガはしっかりとコナツを抑えている。何を勘違いしているのか訊ねようとしたら、
「意識が……っ」
 失神しそうだという意味だった。
「これくらいで?」
「ああっ、ああっ、そんなにいやらしく扱かないで下さい!」
「普通にしてるつもりだけど、まずいの?」
「待っ、ああ、ああ! 私は後ろからも前からも強烈な刺激を受けているんですよっ! うあ!」
 叫び声と台詞が入りまじり、すさまじいことになっている。
「そうだったね、ただでさえ超敏感なのに。でも、触りたくなるんだよね、ここ」
 スウ、と裏筋を撫でてやるとコナツがガクガクと腰を揺らし、仰け反った。
「は……っ」
 もう口を閉じることも出来ないくらい、強い快感が背筋を駆け巡った。
「ごめん、やっぱりここは触らない方がいいみたいだね」
「……ぅ……っ」
「このくらい平気かと思ってたけどな」
「……」
 コナツは暫く呼吸を乱していたが、どうにか冷静さを取り戻すと、
「あなたじゃなければ、こんなに感じない」
 恨みがましく言うのだった。
「え? 何か怒ってる?」
「いいえ……私もどうしてこんなに感じるのか……」
「自分でもどうしようもないって感じだね」
「……っ、駄目……」
「え、触ってないよ?」
「違う、入ってるからっ」
 たとえヒュウガが激しく動いていなくても、無理やり受け入れた敏感な箇所はギリギリと拡げられ、今にも裂肛を起こしそうなほど危険な状態になっている。
「薬で慣らしたとはいえ……」
 相変わらずヒュウガにも痛みはある。この緊張がほぐれていくにはまだ時間がかかりそうだった。だが、
「もっと……来てくだ、さい」
 コナツが小さな声で促す。
「焦らなくても深いところまでいくよ」
「……っ」
 わずかに焦れたような様子を見せ、とんでもないことを訊ねた。
「今……今、何センチ入ってますか」
「えっ!?」
「どのくらい? 何センチ?」
 詳しく説明しろとばかりに問う。
「何センチと聞かれましても……」
 何の罰ゲームなのだというふうにヒュウガは困ったように苦笑した。最中におかしなことを言い出すのはいつものことだが、今夜は更に天然度が高いような気がした。或いは、わざとそんなことを言ってウケを狙っているのか、どう反応していいものか迷ったが、
「見えるなら分かりますよね?」
 コナツは本気だった。
「そりゃあ、オレからは丸見えで絶景だけど」
「じゃあ、答えて下さい」
「でも、入っちゃったのはどのくらいかなんて分からないよ」
「は? 元々の長さから残った分を引けばいいじゃないですか。少佐のものは最大時何センチか分かってますから、残りは目算で出ますよね」
「ええ?」
「半分まで入ればどのくらいか答えることは出来るでしょう」
「そりゃそうだけど……」
「じゃあ、教えて下さい」
 こんなことを真顔で聞くコナツは尋常ではない。だから、ヒュウガもふざけた方がいいのかと思っていると、
「早く」
 重大な問題を解決しろとばかりに急かす。
「真面目に答えなきゃないのか、オレは」
「当たり前です。このくらいの私のお願いなら聞けますよね?」
「……分かった、言うこときくよ」
 更に苦笑しながら、
「今は12、3センチってとこかな」
 挿入されている部分の長さを聞かれたのは初めてだし、答えたのも初めてだ。
「ああ、そんなに……」
 具体的な数値を聞いて身震いするコナツだが、その表情は恍惚として悦びを表している。
「もっと……もっと……」
 コナツは貪欲だった。
「だから、まだこれからだよ。ちゃんと深い所まで行くって言ったでしょ」
「ああ、早く欲しい」
「そんなに急がないで。ただでさえお前キツイんだから」
「あとどのくらい来てくれますか」
「えー? それって数字で答えなきゃ駄目?」
 ヒュウガが笑うと、コナツはこくりと頷いた。
「どうして? 具体的に知らされるより想像する方がいいじゃない。オレはそっちの方がいいと思うけど」
 そう言うと、
「挿入されている長さだけは、数値で示されると萌えます」
「えっ、燃えるの?」
「悶えるというか」
「ああ、そっちの意味ね」
 ヒュウガは観念し、
「そうだねぇ、15、6センチまでは挿れるよ。でも、18センチくらいまで挿れたら止める。それ以上進むと危ないから」
「えっ、じゃあ、全部じゃないじゃないですか」
「そうだね。怪我するとやばいし」
「……」
 コナツは眉根を寄せた。それは、尻に感じる疼痛によるものか、ヒュウガの答えが気に入らないのかは分からない。恐らく後者だろうと思われたが、
「動くよ」
 と言われ、コナツが身構える前にヒュウガは腰を蠢動させると、
「!!」
 声にならない声を上げてもがいた。
 だが、その頃にはコナツの男の子の印も、しっかりと雄の正体を現し、先端をしっとりと濡らしながら揺れていた。こういう反応を見せ始めたのは、ヒュウガが最初に12センチ、という言葉を出してからだ。コナツはこれに性的興奮を示したのだった。
「あっ、あっ、ああっ!」
 か細い声で鳴いていたが、
「ねぇ、今、今……何センチ?」
 ここでも問い掛けてくる。
「なぁに、オレに詳しく実況させるつもり?」
「はい」
「困った子だ」
「いいから! 今、どのくらいっ」
「メジャー持ってこようかな」
 ヒュウガがふざけると、コナツは真面目な顔で、
「分かるくせに」
 と呟く。
「ちゃんとミリまで答えようかと思って」
「大体でいいです」
「それなら、今はちょうど15くらい、このまま1センチ刻みで進める。次は16」
 グイと腰を押す。
「ひあっ」
 奇妙な声を上げてコナツが顎を逸らした。
「次は17ね、少しずつだよ」
「ううっ」
 たかが1センチの違いが分かるのか、ヒュウガは分かるはずもないと思っているとコナツが上体を捩じらせた。
「じゃあ、最後、18センチくらいまで挿れる」
「……っ」
 この時、コナツが舌なめずりをした。
「なんて顔するの、どういうこと?」
 ヒュウガはほとほと手に余るといった様子で腰の動きを止めた。
「あっ、こすって! やめないで!」
「……」
 手に余るより、手に負えない。ここまで乱れることも滅多にない。
「ああ、少佐……お腹……きつい、けど、あと1センチ、早く来て……」
 ヒュウガはため息をついて、数ミリ数ミリじわじわと侵入するように腰を前に動かした。
「ああああああ」
「そんなに嬉しいの?」
「ああ、いい……お腹が……ここが……」
 下腹部をさすっていると、ヒュウガは冷静に、
「直腸は自律神経が通ってるから痛みは感じないとしても……圧迫感はあるよね、やっぱり」
 一人で分析している。
「浅い挿入なら前立腺が刺激されて気持ちがいいということはあるけど、これはもう本格的に内性器と成り果てたか」
 それはいいことだと安堵したのも束の間、
「ああ、凄い……中が凄い……太いか硬いかどっちかにして……」
 コナツが愚痴をこぼし始めた。
「何ー、今度は何が気に入らないの? 硬くならなきゃこんな狭いとこ入らないでしょ」
 一々説明しなければならないのかと思っていると、
「だって、凄い、この硬さは人の躰とは思えない……」
「えっ、どういうこと」
「こんなに痛いのも太いから……っ、もっと細ければ……細長くても良かった」
「は?」
 コナツの言動が怪しくなっている。
「嫌なら抱かないって言いたいけどね、そういう意味で言ってるんじゃないんだろうなぁ」
 今度はヒュウガが独り言を呟いた。その後はコナツの名言ならぬ迷言が続き、ヒュウガはそれを聞きながら適当に相槌を打つだけだが、コナツの迷言は快楽で精神がおかしくなるのを懸命に抑えるための自衛のようなものだ。放っておくしかないにしろ、だんだんその台詞がよくある冗談ネタになっていくのを見ていると、どうしたらいいのか分からなくなってくる。コナツは快感が強すぎると、意識が朦朧として、最後の力を振り絞るようにおかしなことを口走り、自分が女のような声を上げて感じていることから、
「躰が女になる、もうなってる」
 と言い出す。これにはさすがに、
「そんな簡単に性転換しないよ、いや、ちゃんと男の子だよ。付いてるから」
 と真面目に反応してしまったほどだ。
 次第にコナツは更にかく乱し、
「もっと動いて! めちゃくちゃ激しくして下さいっ」
 と叫び始める。
「……」
 どうせ本意ではないのだろうと無視していると、
「私は犯す側ではないのだから! 犯される身としては激しくされたいんです!」
 と言い出す。
「え、本気で言ってるの?」
 念の為確認すると、
「今日は激しいのが見たいから」
 てっきり意識がはっきりしていないのかと思っていたら、そうではなく、しっかりと自分の意思を伝えようとして、
「何が見たいって?」
「少佐が激しくしてくれるところ!」
 会話も成り立つし、ただのうわごとを並べているだけではないのが分かる。
「激しくしたら、傷ついたり怪我するでしょ、余り良くないよ」
 と言おうものなら、
「やってみないと分からない、やって。あれが見たい、早いやつ」
「え、何?」
「高速! 高速で!!」
「ああ、腰動かせってことね。やだなぁ、面倒くさ…じゃなくて、後で酷い目にあるのはコナツなんだよ?」
 事後、尻が痛いと泣くのは目に見えているのに、後先のことなど考えられなくなっているのか、コナツはヒュウガの忠告など心には響かないようで、
「それがいいんです、そうなりたいんです! 犯された感半端ないあの痛み!」
 と訴えている。
「はい、はい、じゃあ、お望み通りに。で、鳴いて?」
 煽りながら脚を抱えなおすと、激しく抽送した。
「うああ!」
 今のコナツには用意されたような甘い快楽しか感じない。最初こそは挿入の痛みで酷い有り様だが、ゆっくり時間をかけて熱を与えられた躰は、ヒュウガの大きさも重みもすべて受け入れ、邪神に乗っ取られたように乱れた姿を披露するだけで、痛みすらも快感で、何よりも犯されていることが唯一の悦びなのだ。
「ああ、ああ! すっ、凄い、なんていやらしい……腰! 腰の動きっ」
 ヒュウガのことを言っているのだが、がんがん揺らされていても驚喜しているコナツは、もっと称えたくて口を開きかけると、
「駄目だよ、舌噛む。喋らない!」
「いやぁ、あっ、もう、目が回る」
「そりゃ、そうでしょ、脳震盪起こすまで揺するつもりだから」
「ああ、駄目ー!」
 意地悪なことを言いながらも、コナツが何か言おうとするのを、危険だからと口を手で塞いだ。
「ホントに舌噛むよ。それに、もうイクからね、お前も一緒に連れていこう」
「んぐっ、うううう!」
 コナツは一人でもがいていたが、コナツの男の子の印を見ればもう限界だということが分かる。
「あと1分……もつかな?」
 その台詞が聞こえて、コナツは揺すられながら何とか首を振った。
「じゃあ、あと30秒ね」
「……っ」
「最後は手を離すから、声出していい」
 そう言われると、口をふさがれた手にしがみつきながら涙をためて、ほとんど射精を我慢する形で快楽を躰にため込む。コナツにはただの自慰のような性器への愛撫だけではなく、およそ全身の性感帯を刺激し、何よりも開拓された尻は、完全な快楽を求めている。尻で感じるられるようになれば男性が単純にオーガズムに達するわずかな快感よりも何倍も深い絶頂が得られる。こうしてヒュウガは深く、甘すぎるほどの享楽をコナツの美しい躰に与えようとしていた。
 元々肩幅があるわけでもなく、胸板があるわけでもないが、しっかり躰作りをしているコナツは、ここにきて男でありながらも嫋やかで、色気のある体躯が出来上がり、加えて肌質が女のように麗しく、柔らかい。
「お前の躰、やっぱり……」
 意味深な台詞を呟くと、最後まで言うのをやめ、ヒュウガは動きを止めずに目の前にあるしなやかな躰をみつめた。
「う……う」
 コナツは言葉の続きが聞きたいのだった。だがヒュウガは何でもないと言うだけで、
「さぁ、一緒に出そうね」
 と言い、ひときわ大きく男根を引くと、次に、太く硬度を保ったままの先端を狙った箇所に押し付けるように突く。それと同時にヒュウガはコナツの口から手を離した。
「や……っ、あああああッ!」
 前立腺をこすられた勢いでコナツは叫びながら吐精した。婬情の証は弾けるように飛び出し、コナツの腹の上を汚したが、この時は一度だけではなく、
「くッ、コナツ、まだ締める気……」
 ヒュウガもコナツにきゅう、と締め付けられ、たまらず仕返しのためにもう一度同じ場所に亀頭を当て、それと同時に自身も体液を放った。そしてコナツも二度目の放精をしたのだった。
「あ……あ……」
 濡れた腹が波打ち、性器をヒクヒクと痙攣させて今にも失神しそうなり、
「いいね、いい反応だ。意識もたないかな? 」
 優しく訊ねると、コナツはかすかに呻いて意識を手放した。
「駄目だったか」
 ヒュウガは少し萎えた自身を抜き、精液の溜まったゴムを外すと、じっとコナツの顔と躰を見つめた。まだもう一回……否、二回は出来たかもしれないと呟きながら、屈んでそっとコナツの額にくちづけた。
「汗びっしょりになって、必死でオレを受け入れて……可愛い」
 ヒュウガはコナツを抱き上げてバスルームに向かった。最初に赤ん坊のようだと揶揄したヒュウガだったが、やはりその通りで、気絶したコナツはバスルームで一度目を覚ましたが、まともに会話出来ず、一人で歩くこともままならなかったため、ほとんどヒュウガの腕の中に居た。

 翌朝、目が覚めたのはコナツが先で、
「今日って何曜日……何日……」
 どうして自分が上司の部屋に居るのか理解が出来ないようにうろたえていた。
「おはよう」
「あっ、少佐、おはようございます……えと……」
「昨日のこと覚えてないの」
 まだ眠そうにあくびをしながらコナツに問い掛けたが、朝はコナツの方が得意なはずで、寝ぼけるのはヒュウガの十八番である。しかし今朝は逆転していた。
「……昨日……あっ」
「思い出した? コナツって気絶すると毎回こんなだね」
「すみません」
「今日も仕事だよ、大丈夫?」
「……はい」
 本格的な風邪でもない限り、休むわけにはいかない。だが、尻が痛いのは事実だった。
「終わってからもケアしたんだよ、これでも痛みは半減してると思う。ただ、余り動けないだろうね。今日は訓練も外回りもないから良かった」
「……そうですね」
「それとも休む?」
「いいえ」
「顔が青いよ?」
「平気です」
 どうも覇気のないコナツにヒュウガはからかう気もなくなっていたが、
「無理しなくてもいい。あれだけオレも動いたんだから痛くもなるさ」
 ヒュウガはそう言ってから二度寝しようと目を閉じた。
「あ、いけません、また寝たら起きられなくなります」
「んー、熟睡しない。うとうとするだけ。昨夜のコナツのいやらしい顔を思い出しながら」
「ええっ」
 途端にコナツは赤くなり、おろおろしていたが、
「私はそんな恥ずかしい姿を見せることはありません」
「は?」
 ヒュウガはとても二度寝する雰囲気ではないとコナツを顔を見つめた。
「終わった後にからかわれるのは心外です」
 頬を膨らませ、拗ねている。
「いや、何センチ入ってるのとか聞かれまくったオレの気持ちも考えてよ」
「?」
「どのくらい入れたかなんて詳しく問われたのは初めてだよね」
「はい? どのくらいとは?」
「ん? あれ、覚えてないの? お前さ、最中に今どこまで入ってるか正確に教えてって強要したじゃん」
「何がですか?」
「何って……ほんとに覚えてないの!?」
「その辺のことはよく分かりません」
「挿入してる時に何センチ入りましたーとかやるとは思わなかった」
「何ですか、そのギャグみたいなやりとりは。罰ゲームですか」
「でしょ、っていうかほんとに覚えてないの? 記憶障害!? ちょっとそこまでいくと問題だよ!?」
「ええと……あー、えと、あれ? あー」
 コナツが曖昧な態度をとり、首を傾げて考え込む。
「私、ちょっと朦朧としていて……余り記憶が……」
「そうなんだ。じゃあ、仕方ないね」
 ヒュウガは話を終わらせようと切り上げると、
「ううう」
 コナツが唸りながら更にベッドの中に潜ってしまった。驚いたヒュウガはコナツと入れ替わるように飛び出し、
「どうしたの!?」
 慌てて声を掛けたが中からの返事はなく、
「二度寝するなって言ったよね!? っていうか……」
 コナツはもう一度眠るために潜り込んだのではないのだった。すると、うまく聞き取れないくらいのくぐもった声がぼそぼそと聞こえた。
「あんなことを言うつもりじゃ……」
「え? 何?」
「きっと私は少佐に抱かれると頭がおかしくなってしまうんです」
「……」
「私だってそうなりたくてなっているわけじゃない」
「コナツ?」
「なんであんなことを言ってしまったのか。今考えればギャグでしかない」
 コナツは泣きそうになっていた。
「あー、思い出したの?」
 さきほどの話のことか……とヒュウガは察知し、うまく宥めようとした。
「恥ずかしくて顔向け出来ません」
「ええっ、そこまでのこと!? いいんじゃない、気にしなくても。むしろオレはどんなコナツでも歓迎なんだから」
「……」
「ほら、いい加減出ておいで。このままだと遅刻するよ」
「……!」
 わずかにコナツが焦りを見せたのが感じられ、
「布団はいじゃうよー、それともオレも一緒にもぐって寝ちゃうよー」
 脅すように茶化すと、コナツはもぞもぞと中から出てきた。だが、ヒュウガと一切目を合わせようとしない。
「何でそんなつれない態度とるのー」
 ヒュウガが言うと、
「そういうわけではありません。あ、そろそろ準備しなくてはいけませんね、今、少佐の用意をしますのでお待ち下さ……ッ!?」
「ごまかそうとしなくてもいい。ただ、キスさせて」
「!?」
 ヒュウガはコナツを抱き込むと、無理やり視線を合わせるために強引に顔を自分の方に向けさせた。
「はい、目はまっすぐ!」
「ちょ、あの……」
 コナツの目が泳ぎ、ヒュウガの腕の中でもがいていたが、
「キスさせてくれたら切り替える。ちゃんと仕事モードになるから」
 そう言われ、コナツはゆっくりとヒュウガの方を向いた。琥珀色の瞳が美しく輝いて見えるのは、少し涙目になって濡れているからか。
「駄目だね、朝から愛しくて、このままで居たいとかさ、今日が休みなら良かったのにな」
「!」
「それでもコナツはやっぱり仕事のことしか頭にないんだろうねぇ」
「!!」
「オレばっかりこんな? いい大人が笑っちゃう。まぁ、朝から熱い台詞ほざいてる方が恥ずかしいって話だけど」
「……」
 コナツは何も言わず、一度ヒュウガの胸に顔を埋めたが、次にヒュウガの躰に腕を回して力を込めて抱きしめると、まず最初に裸の胸に、鎖骨、首、そして最後にくちびるに自分からキスをしたのだった。
 ヒュウガは驚いたようにしていたが、すぐに苦笑し、
「性欲との戦いに勝てる自信はない」
 とコナツを押し倒した。
「えっ、あの、時間が」
「ごめん、こうしてるだけでいい」
 二人で重なってベッドに沈んだまま、それ以上何をすることもなく、暫くヒュウガはコナツを覆っていた。ここで本当に性欲に負ければヒュウガはコナツを無理やりにでも犯したに違いない。しかし、
「あの、少佐、どうしても言いたいことがあって」
 コナツが何か言いたそうにしていた。
「何? 重いからどいて下さいってのはナシだよ。わざとのしかかってるんだから」
「えっ、わざとですか。確かに重いですけど、この重みが心地いいので構いませんが。私が言いたいのはそうではなくて、やはり昨日は昨日で何か記念日にしたいと思いまして」
「は?」
 唐突の提案にヒュウガの声が危うく裏返るところだった。
「だって、せっかくだから何か記念日にしようと申し上げたじゃないですか。そもそも少佐が提案したんですよ」
「……」
「何だかうやむやになってしまいましたけど」
 コナツが不満そうに訴える。
「でも、昨日は終わっちゃったし、今更どうしようもないよ。特に何かあったわけじゃないし」
「だから相談しているのです。無理やりこじつけてでも記念日にします」
「何それ、なんでそこまでこだわるの」
「私がそうしたいからです」
「よく分からないなぁ。いいんじゃない、何でもない記念日ってことで」
「!?」
 適当にあしらわれて機嫌を損ねるかと思いきや、コナツはにやりと笑い、
「何でもない……何もない記念日ですか……いいですね、それ。いつでも使えます」
「え、そんなつもりで言ったんじゃないけど」
「大丈夫です、毎日が記念日とか言いませんから。取り敢えず、昨日はそれで」
「……お前がそれでいいならいいよ」
「ええ」
 二人は笑ってベッドから起き上がり、ようやく出勤の支度を始めるのだった。

 慌ただしい日々の中、刺激の多い関係だからこそ毎日が特別で、新鮮であるのは分かっているが、それが当然だとも思っていない。ただ互いを思いやる気持ちと、どちらも相手に惚れているために自然と温かなぬくもりに触れあえるだけで、それを贅沢だと思いながら大切に大事に育てている。そんな二人だから、いつまでも甘く熱い関係でいられるのだ。
「はー、ゆっくりイチャイチャしたいよねぇ。金曜の夜が待ち遠しいよ」
「そうですね」
 今朝は軍服のシャツをヒュウガがコナツに着せていた。こんなことは滅多にないが、動きづらそうにしているコナツをサポートするために着替えを手伝っていたのだ。始めにコナツが着替える準備をすると言い出したものの、地に足がつかない様子で危なっかしい歩き方をしていたため、暫く動かなくてもいいとヒュウガがやることにした。
「ボタンは自分で出来ます」
「いいから、いいから、お着替えさせてよ」
「楽しんでますね。少佐こそ、案外世話を焼くのが向いているのでは?」
「これはコナツ限定」
「……そうですか」
 小さな声で顔を真っ赤にしながら呟くと、そんな初々しい姿を見たヒュウガはまた欲情に火が点きそうになったが、ここは大人の対応で理性を総動員させ、耐えた。
「ねぇ、コナツ。週末まで、あと二日。まだ二日、もう二日、どっち?」
「週末もなにも、今、あなたがここに居ればそれで十分です」
「……オレも同じこと言おうと思ってたのに先に言われた!!」
 今、まさに大恋愛中なのである。


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