「暑い」
夏はそれしか言うことがない。たとえ空調の効いた部屋に居ても、窓の外を見ればゆらゆらと陽炎が見えるほど灼熱地獄と化している。 「私、今から外回りなんですけどね」 「うわぁ、溶けちゃうよ?」 「仕事ですから」 「オレなら行かない」 「仕事です」 「仕事したら負け!」 「……」 話にならないと切り上げ、コナツは書類を抱えて外に出る準備をした。日傘が欲しい……と本気で思ったが、そんなことをして仕事をするわけにはいかない。だが、 「軍服もさぁ、シースルーとか涼しい仕様になってればいいのに。短パンとかよくない?」 ヒュウガが何やらおかしなことを言い出した。 「軍人が軽装ですか」 「うん! だってこの格好、素材が違うだけで基本夏でも長袖とか熱中症で死んじゃう」 「……」 「むしろ全裸でいいや」 「逮捕されます」 「じゃあ、まずいところは葉っぱで隠すから」 「あの……時間がないので行きますね」 ヒュウガの冗談には付き合っていられないとばかりにコナツはそそくさと参謀部を出て行った。 「何であの子はこういう話に乗らないんだろう。男のくせに下ネタ苦手なタイプ? 信じられなーい」 ヒュウガが椅子に座ってふんぞり返っていると、 「貴様、何をしている。13時からの会議に出ろと言っていたはずだが」 背後でアヤナミの声がした。 「あっ、アヤたん! 会議? 会議ね! もちろんすっかり忘れたよ! っていうかアヤたん相変わらず冷気放ってるね!! もっとそばに行ってもよい?」 涼むには至高の環境だと思いながらアヤナミに甘えようとすると、アヤナミは無言で剣の柄に手を掛け抜剣しかけた。ヒュウガは拗ねたような表情になり、 「またすぐ怒る! なんでオレの周りは冗談が通じない人ばっかりなの! 何も手を繋ごうとか言ってるんじゃないんだよ、ただおんぶされたいなって思っただけで!」 どこまでも悪びれる様子もなく、ヒュウガは不満を訴える。 「会議が先だ」 「あーあ、趣味が仕事と拷問な人って頭硬いの? 脳みそどうなってるの?」 「これ以上時間を無駄にするなら斬る」 「しょっちゅう斬られてるからもう怖くないもん! むしろ痛いの快感」 「……」 そしてアヤナミも無言で去って行った。 「だからオレは会議になんか出たくないって言ったのに。カツラギさんだけでいいと思うんだけどぉ」 ブツブツと文句を言いながらも重い腰を上げたヒュウガは、 「夏に仕事するなんて有り得ないよね。夏と言えばバケーションでしょ、でも冬は冬眠しなくちゃならないから仕事なんてする気ないな。ああ、仕事しないで生きていくにはどうしたらいいのか」 ヒモになるべきだ……と考えてやめた。そしてギリギリの時間で着いた会議室を見回し、 「可愛い子が居ない……おっさんばっか……」 と大変失礼な暴言を発し、重要な会議の最中も、人生をラクに生き抜く方法をひたすら考えていた。 (ああ、退屈だな。何か事件が起きないか) 国を守る軍人とは思えぬ台詞は、さすがに声には出せない。もっともヒュウガが言うのはプライベートで面白いことがないかというだけで、戦争や事故が起きればいいというものではない。 (やっぱりコナツやアヤたんをからかって遊ぶのが一番だな) そうほくそ笑むのだった。 長い会議から解放され、ヒュウガは今日が金曜だということを再確認するとアヤナミに土日の出勤の有無を訊ねた。ここのところ休みが不規則で、どちらかというと休日出勤が多かったため、コナツの分と共に数日の休みを申請したのだった。元々幹部は週休二日制となっていることが多く、基本的に土日は休みなのだが、それは臨機応変で出勤命令が出れば従うしかない。 ちょうど夏休みも欲しいと思っていたし、特に業務がないのであれば一週間は休みたいところだ。長期の場合は一か月前から申し出ておくべきだが、予定が立たない職種とあって様子を見ており、休むなら今しかないとヒュウガは無理やりに夢のバケーションとやらを実行しようとしていた。結果、何事もなければ有給をとってもいいと許可が出ると参謀部で一人両手を大きく上げて、喜びの体を全身で表し、辺りから不審がられた。 「コナツが帰ってきたら言わなくちゃ。なんかちょっとしたサプライズ的なー」 ウキウキと浮かれていると、それを見ていたクロユリが、 「何、暫く休むんだって? 夏休み?」 両手にお菓子を抱えてやってきた。 「うん、クロたんはいつ休むの?」 「僕はもう少し後。皆とズラして取るよ」 「そっか。オレは早いうちに休んでおこうかと思ってね。ちょうど誰とも被ってないし」 「じゃあ、これあげる。コナツにも分けてね」 「え、何これ」 「ハルセが作ったんだよ」 クッキーやマドレーヌなどの焼き菓子だった。 「そうなんだ! でも青くないね……」 ヒュウガが青空ソースの混入を心配すると、 「残念なことに青空ソースは入ってないんだ。でもゼリーには入れたんだけどね、ゼリーは冷蔵庫にしまってあるから上げられない」 「そ、そうなんだ……いや、うん、これだけで有り難く頂いておくよ」 苦笑いしながらヒュウガはクロユリからお菓子を受け取ったのだった。 そうしてコナツが汗だくで参謀部に戻ってくると、ヒュウガはすぐに夏休みをとったことを報告した。 「私もお休みしていいんですか?」 にわかに信じがたく、ヒュウガを疑っている。 「オレとお前が一緒に休むのは当たり前だと思ってたけど? アヤたんにも確認したら、暫く重要な任務もないっていうし」 「そうなんですか! ああ、良かった……暑くて心が折れそうで……ずっと休みたいって思ってたところだったんです」 「じゃあ、ちょうど良かった」 ヒュウガが満面の笑みを見せたところで、 「これで存分に無理が出来ます!」 という意味の分からない台詞がコナツの口から飛び出した。 「ん? 何だって?」 思わず聞き返すと、 「お休みですからね。羽目を外してもいいということでしょう?」 「……そうだけど……でも、ゆっくり羽を休めるってことじゃなくて?」 「それもあります」 「だよね」 「少佐は何か予定がおありですか?」 休みが貰えたと分かった途端わくわくと胸を躍らせるコナツは、ヒュウガに予定を訊ねると、ヒュウガが答える前に、 「一日くらい、私に付き合って頂けませんか?」 と乞うのだった。 「いいよ。っていうか、ずっと一緒に居ると思うけど」 特に予定はなかったし、予定を立てるとしてもコナツと一緒に考えるつもりだった。避暑地に行って涼をとるか、各地で行われる祭りに繰り出すか、ヒュウガはかかる手間やお金には糸目をつけずに夏を楽しみたいと考えていた。いい大人でも、夏休みとなると開放的になり、子供のようにはしゃいでしまう。日々激務に追われる彼らにも、どういう形であれ休息は必要なのだった。 しかし、どうもコナツの言動がおかしい。 「やっぱり今までに経験したことのないようなスリルを味わいたいですよね」 「遊園地に行きたいの?」 「……ジェットコースターは怖くないです」 「オレも怖いとは思わないけど」 「そうじゃなくて、性体験ですよ!」 「は?」 いよいよヒュウガの眉間に皺が寄った。 「技を磨くのもいいですね」 「何の!?」 「私の」 「!?」 何を言っているのか分からない。時折コナツはこういった意味の分からないことを言い出してヒュウガを混乱させる。通常はその逆が多く、コナツが振り回される役になるが、こういう時のコナツは本当に理解に苦しむのだ。 「あのね、コナツ……もしかして風俗に行きたいの? お前の年齢ではまだ無理だよ?」 念の為諭すと、 「誰も外に出たいなんて言ってませんし、外で遊びたいと思ったこともありません」 「え……じゃあ……何かな」 「少佐と私とで乱れたいんです!」 「ああ、そう……そうなんだ」 すぐに察したが、休みならば一日じゅうベッドで愛し合うのも有りだと思う。そういうことは今までもあったし、数日たっぷり時間があるのならば、そんな日があってもいいくらいだ。だから、それも計算に入れていたが、 「やっとアレが出来ますかね」 「アレ? って何?」 「ふふ」 「コナツ!?」 どうもコナツが目指しているのは斜め上を行っているどころか、何処を向いているのかさっぱり分からない。 「早速今夜試したいです」 「だから何を?」 「それは……」 コナツが顔を赤らめて呟いた言葉にヒュウガは面食らい、絶対に聞き違えたか、それともコナツが間違って言ったのではないかと押し問答になるくらい聞き返した。 普段仕事熱心な人間がプライベート羽目を外したり、いつもは真面目なのに趣味のことになると面白い発言をしたり、外見に似合わず天然な発言が多いことをいわゆるギャップ萌えというが、それは決してすべての人間に使われるものでもなく、あてはまる対象は僅かでしかなくとも、ヒュウガは部下に対してそう表現していいものか悩むことがあった。何故なら、コナツのそれは少々意味が違っているからだ。 大抵コナツは普段は真面目に仕事をこなし、勤務態度もいいが、それでも不思議な言動をとるところもあり、凛とした見た目と上司への歯に衣を着せぬ物言いは、ヒュウガのことが大好きで、その気持ちを隠すことなく態度に表しているためで、ヒュウガ自身、そういう差異は理解していたつもりだし、ヒュウガにしてみれば部下であるコナツは本当に可愛くて仕方がなかった。 だが、日頃サボる上司に毒舌を吐く部下に恐怖心を抱くことは多々あっても、それが日常の光景だと思えば何ら変哲もない出来事だと言えるが、稀に……否、年に一度あるかないかの発生率で過激な面を見せるコナツの態度は、決して微笑ましい場面だとは言いきれず、むしろ事件だと言っても過言ではないほど悪化している。そしてそれは夏にやってくるのが恒例だ。 「だから、何て言ったの?」 その深刻な問題は或る日突然やってきて、必ずヒュウガが聞き返すことから始まり、 「何度も言わせないで下さい」 コナツも自分の口からは言いにくいと分かっているのか、最初はしおらしくしている。 「っていうか、ほんとに聞き取れなかったんだけど」 ヒュウガが真顔で対応するも、 「そんなはずありません」 「いや、ほんとに」 「じゃあ、もう一度だけ言うので、今度はちゃんと理解して下さいね?」 「……」 というやりとりがある。 「こんなこと、余り口にしたくないですから」 「え……っと……コナツ?」 出来れば聞かなかったことにしたいと思ったが、機転が利くヒュウガでさえ今更雰囲気を変えることは不可能だった。何故なら、これ以上ないくらいコナツの表情が真剣なのだ。そこへ得意のおふざけ発言で話題を変えることは出来ない。たとえそうしようとしたとしても、コナツは一切のいたずらに反応せず、また話を元に戻すだろう。それほど可愛い部下は頑固でもあるのだった。そんなコナツが、幼さの残る顔でこう言うのだ。 「私、一度でいいからディープスロートしてみたいです」 と。 「は? え? 何、それ」 ヒュウガが難解な顔で聞くも、 「あなたから教えて頂いたんですよ、この言葉」 「ええっ、そうだっけ!? スロート……あ、フロートじゃないんだ。てっきり飲み物のことかと……」 「飲み物? なんでそうなるんです」 「だってスロートとフロートって発音が似てる」 「気持ちは分かりますが」 「クリームソーダ想像しちゃたよ」」 「コーヒーとかジュースにアイスクリーム乗せたやつですよね」 「うん……」 「そういう話ではありませんよ」 コナツはにこやかに断ち切る。 「違うんだよね。ディープスロートって言ったら……」 「ええ、あれですね」 「あれって……」 今度はヒュウガが言いにくそうにしている。 「口での奉仕ですが」 「ああ、そう、そうね、そう、それ……」 「はい。分かって頂けましたか?」 「うん、取り敢えず、そっち方面の話ってことは」 「ですから、してみたいです」 「いや、ちょっと飛躍しすぎかな」 「何がですか?」 「今、そんな雰囲気じゃないよね?」 それが問題だった。 こんな話をしている最中、二人は参謀部にで仕事をしていた。幸い周りには人は居なかったが、アヤナミの命令で急遽書類を作成しなければならない事態に陥っていたのに、その焦りを意に介さずコナツが突然口を開いたのである。 「何も今やりたいわけではありません」 「じゃあ、永遠にしなくてもいいと思うよ」 「……」 ここで完全にヒュウガが乗り気でないのが分かる。 「少佐、私にさせないおつもりですか?」 「まぁ、どっちかっていうと、そうだね」 「何故です?」 「あー、何でだろう」 「大抵の男性はそう言われたら喜ぶのではないのですか?」 当たり前のようにコナツは付け加えるが、ヒュウガの複雑な表情が和むことはなかった。 「分かりますよ、私、下手ですし、それに、男にそんなことされたくないですよね」 今度はコナツが遜った。そう言われると否定したくなるヒュウガだが、だからといって賛同も出来ない。 「そうじゃなくて、好きな子にはそんな無茶はさせられないってことだよ」 「無茶? 無茶かどうかはやってみなければ分からないじゃないですか。それに、好きな子にはって、じゃあ、誰なら納得するのです?」 先程の謙遜した態度から元に戻ってまたしても食い下がる。コナツは徹底交戦するつもりだった。 「そういうのはね、玄人の慣れた人がするものだ」 「風俗店の女性ならOKということですか? つまり、それならいいと」 「まぁ、向こうは商売だから」 「ですから、私はタダでやってさしあげます」 「いやいや、そうじゃなく」 「風俗店の女の子がするだけではありませんよね。カップルなら自然なことではないですか。何もおかしいことじゃない。ただ、私も男で少佐も男……カップルとしては自然ではないかもしれませんが、男同士だって好き合っていればするでしょう? どうして駄目なんです?」 「……」 ヒュウガはこれまでもベッドの上ではある程度規制を設けていた。その内容はコナツには言わなかったし、教えるつもりもなかったが、その一つにフェラチオがある。ヒュウガがコナツにすることはあっても、逆は滅多になく、ヒュウガがそれを避けてきた。理由としてはコナツが不慣れであること、そのためテクニックもないこと、何より得意でもないのに、そんな面倒ではしたないことをコナツにさせるのは嫌だった。表だってそう言ってしまえば大いに反論されるのが目に見えているため、敢えて口には出さないし、たまにさりげなく、そういう雰囲気に持って行って口で奉仕させたこともあり、実際にだいぶ慣れてきていて上手に出来るようになってきたから偽りなく褒め称えたこともある。だが、ヒュウガはコナツにそういう行為をさせること自体に反対していた。 「何でいきなりこんな話になったんだか」 ヒュウガは一人で頭を抱えていた。 「いけませんか? 少佐だって突然私にいらやしい話題を振ったりしますよね? 私がするとおかしいでしょうか。あ、似合わないと仰りたいのですか?」 「うん」 「えっ、酷い」 「っていうか職場でこんな話をするのが変だってこと」 「少佐が仰ると説得力ありませんよね」 何処までも食ってかかろうとする態度にヒュウガは解決の糸口を探したが、明らかにコナツの言動が普通でないこと、コナツ自身に違和感があること、そして今が夏真っ盛りという事実を踏まえると、 (ちょっと……どころかかなりキテるな) ヒュウガは懸念した。 暑さのせいだけではない上気した頬と、獰猛な肉食動物が隠れて獲物を狙うような危うさが琥珀色の瞳に宿っている。いわゆる発情期とは違う何か……勿論、盛っているには違いないが、それ以上に狂気が垣間見え、憑かれたように”らしくない”コナツがそこに居るのだった。 「だからさ、普通にすればいいんじゃないの?」 何もテクニックを要する面倒なことをしなくても、ヒュウガとしては咥えて貰えるなら、ほんの少しで構わない。本音としてはさせたくないのだが、今のコナツを抑制させるのは骨が折れる。ならば被害は最小限に抑えたい構えだ。 「普通? 嫌です」 「何で!?」 「過激なことをしたいので」 「だから何で?」 そもそも何故そこまでして自分を辛い目に遭わせたいのか理解出来ない。コナツにマゾっ気があるとは思えず、以前に好きな相手は別だと弁明されたことはあるが、幾らなんでも自ら嫌な思いをする必要があるのかとヒュウガは首を傾げるばかり。 「私がしたいからと申し上げておりますが。何度も同じことを言わせないで下さい」 コナツは半ギレ状態だ。 「オレは理由を聞いてるの。コナツが何でそこまでしたいのか訳を知りたいの」 「夏だからです」 「……」 「好きな人に対して狂ってみたいんです」 「……ごめん、やっぱりオレにはよく分からない」 ヒュウガは頭を振って両手を上げた。コナツの答えはすべてホールドアップに聞こえ、そしてヒュウガをじっと見据えていい加減に折れろと目で訴えているのだ。 「しますよ?」 「えっ、いきなり!?」 「駄目ですか?」 「いや、ここを何処だと」 「場所は変えます。空いている部屋があるはずですし」 「そうじゃなくて、仕事中でしょ!」 「えっ、少佐、仕事して下さるんですか?」 「……」 「どうせサボるつもりなら同じです、行きましょう」 「ちょ、無理だって! 分かったから、今夜にしよう。夜ならその気になれるから」 「……」 コナツは一瞬考え込んだが、時間を置けばヒュウガが逃げてしまうのではないかと危惧し、一度は首を振った。しかし、 「とにかく今は駄目だよ、今夜だったらもう明日の朝までずっと咥えてていいから」 と言われ、納得して頷いたのだった。 (これはいつものコナツじゃないな) ヒュウガはやれやれと肩を落とした。ヒュウガもコナツとの営みを拒否しているわけではない。むしろ望むところだが、こんなふうに何処かおかしな態度をとるコナツには警戒する。何故なら、事後、ろくなことにならないからだ。しかもヒュウガが痛い目を見るのではなく、言い出したコナツに被害が及ぶ。もっとも、コナツがボロボロになることで良心の呵責に苦しみ、実際にヒュウガも痛い目に遭うのだが。ヒュウガが何度誰得なのかと訴えても、コナツはただならぬ決意でヒュウガに迫るのだった。 それからはコナツはヒュウガから目を離さず、少しでも席を立とうものなら、 「どちらへ?」 と声を掛ける。 「アヤたんとこだよ」 「そうですか、行ってらっしゃいませ」 まるで執事かメイドのように接するコナツに違和感を覚えながらも、これは何か裏があるのではないかと勘繰りたくなったヒュウガは、コナツが何を考えているのか知りたくてあれこれ予想するが、大抵コナツの言動には裏表がなく、驚くほどストレートであることが多い。 (オレにはコナツが何を考えてるか分からないけど、あんまり深く考えない方がいいのかなぁ……) 人生経験の多いヒュウガも、夜の行為に頭を悩ませる羽目になるとは思わなかった。そして夜の訪れにこれほどまでに覚悟が要るのも初めてだった。 (何かオレが犯されるみたい。っていうか、むしろそっちの方がまだマシ) と言わずにはいられないほどに。 そして終業時間間際になり、 「少佐、今日は少し遅くなるので先にお部屋に戻って頂けませんか?」 そう言われた時には、 「あ、じゃあ、今日はナシで」 と言ったあと、 「何がです?」 コナツがきょとんとした顔でヒュウガを見上げたため、その顔が余りに可愛くてヒュウガは思わず見入ってしまった。 「少佐?」 「はっ。いや、ほら、今夜約束してたでしょ?」 「……」 「遅くなるなら今日じゃなくてもいいよね?」 「そこまで遅くはなりませんが、随分嫌そうですね」 「え、あー、まぁ……」 図星を突かれてなす術もないヒュウガだが、 「では、今まで通り普通に私を抱いて下さるなら?」 コナツがそう言ったことで、 「それなら歓迎!」 ぜひそういう流れに変えて欲しいと希望を込めて素直に述べても、 「そうはいきません」 コナツの許可が下りることはなかった。 「……駄目か……」 また肩を落としたヒュウガだが、 「少佐……フェラって、男ならされたいものですよね」 「は?」 急に顔にそぐわない台詞が出てきたことでヒュウガは目を丸くするが、 「そんなに私が下手だからって……」 「いやいや、巧い下手って問題じゃなく」 「それなら黙っていて下さい」 「ええええ」 ますます回避したい気持ちが大きくなる。だが、 「そんなにお嫌ですか?」 と、また上目使いで見つめられ、うっと言葉に詰まる。その顔がいけない、コナツの方が身長が低いのだから、見上げる恰好になるのが当たり前なのに、 「あざとい顔するから!」 と言ってしまい、今度はコナツが、 「あざといだなんて……そんなつもりは……」 悲しそうに呟いた。 「ごめん、とにかく……コナツの提案は受け入れられないよ」 更にヒュウガの拒絶の言葉を聞くと、コナツはくちびるを噛んで耐え忍ぶ表情をしたあと、 「でも……私……今更今夜一人で過ごすなんて……」 寂しそうな素振りを見せたため、 「オレの部屋に来るのは構わないよ、おいで」 いつものように誘った。 「はい」 これで難は消え去ったと安堵するヒュウガだった。 週末の金曜、二週間ぶりの土曜休みに雀躍としていたヒュウガは上機嫌で好物の酒を飲んでいた。既にパジャマ姿で寝る準備万端である。コナツがやってきたのは遅い時間帯で、仕事をしてきたばかりといったふうに書類を抱えたままやってきた。 「残業だったの?」 「はい。頼まれていたものがようやく出来上がったので」 「ふーん?」 「明日が出勤であれば残業はしませんでしたが、やっとお休みが取れましたし」 「だよね、先週まで忙しかったから、暫くゆっくりしたいじゃない?」 「ええ。あと、これはおつまみです」 ナッツやチョコレートなど、酒肴を広げる。 「わー、酒が進むねー」 ヒュウガはニコニコと笑いながら一つ一つに手を付けていった。 「どうぞ。せっかく沢山お休みも取れましたし、お酒も思う存分飲まれては如何ですか?」 「まぁね」 あとは寝るだけ……と思ったが、もしかしてコナツはヤル気満々なのかと心得る必要があると考え直した。しかし、コナツは仕事で疲れてやがて眠くなってきたのかうとうとし始め、ヒュウガにベッドで眠るように促されると、急に立ち上がり、 「シャワーお借りします」 と言ってバスルームに行ってしまった。 「……半分寝ぼけてるんじゃないだろうね」 ヒュウガの心配はそっちに移った。案の定、バスルームから出てくるのが遅く、ヒュウガが覗きに行くと、シャワーを浴び終えたコナツは3枚分のバスタオルを使ってぐるぐる巻きになりながら立ったまま寝ていた。 「えっ、コナツ!? 寝てる!? 頭おかしくなった!?」 「……起きてます。大丈夫ですよ」 立ったまま気絶していると焦っていたヒュウガは、コナツがすぐに返事したことでほっとし、 「もう寝なさい」 そう言うと、 「……まだ……」 言うことをきこうとはしない。このままでは流されるだけだと思い、 「何か疲れてるみたいだし、今日は抱かないからね」 ピシャリと言い切った。 「えっ……」 戸惑いを見せたコナツがどう言い訳するのか出方を窺っていたヒュウガは、あまりきつい言い方をするのも可哀想だと思いながら、 「明日もあるしね、今夜は休もう」 柔らかな声音で呟いた。 「……分かりました」 納得がいかない様子だったが、ここで言い合いをするのも嫌だったのか、コナツは渋々頷いた。 しかし、いざベッドに入って間もなく、互いに眠るまでは他愛ない話でもしようとヒュウガが今日の出来事をポツリポツリと話し始めた所で、コナツがベッドの中に潜り込んでいった。 「コナツ、何処行くの」 慌てて肌掛けをめくると、コナツは既にヒュウガの下半身にスタンバイしていて、パジャマのズボンを下ろそうとしていた。 「ええっ、何!?」 ヒュウガが叫ぶも、 「しゃぶります」 そう言ってあっという間に下着ごとズボンを下げて下半身を晒した。 「きゃー!」 ヒュウガは何故か女子のような悲鳴を上げ、コナツを追い払おうとするが、それよりもコナツが性器を咥えるのが早かった。 「……ッ!!」 こんな状態では勃たない、勃たせないぞと内心で誓うヒュウガだったが、萎えた状態でも質量たっぷりのそれである。十分に大きいのだ。だから、萎えたままでも苦労するのが実情だった。それでもコナツは奮闘し、懸命に舌で舐め口全体に含んで出来る限りの刺激を与え続けた。ここまでくれば完全に勃起しても仕方がないし、しない方が異常である。 「コナツ、分かったから、普通にやって。無理はしないで」 ヒュウガからの懇願だが、コナツはヒュウガのそれが次第に大きさを増すごとに欣喜の表情を見せていた。 「良かった……大きくならなかったらどうしようかと」 「なるでしょ! お前に咥えられたら意識失ってても勃つでしょ!」 ヒュウガが観念した。どうしてここまでコナツがしたがるのか理解出来なかったが、そこまでしたいならさせるしかないと思った。コナツが残業で疲れているように思えて、或る程度時間が経ったら無理にでもやめさせようとしたが、やはりどうしても、されている方こそ気持ちが高ぶってしまう。当然、強い快感に襲われて、さきほどまで冷静に判断出来ると思っていた感情が快楽という名の罠に堕ちていくのが手に取るように分かる。 コナツは慣れない動作で必死にむしゃぶりついていた。決して乱暴ではなく絶妙な刺激があり、苦手なくせに頑張って尽くしている姿を見ると性的な興奮の他に愛しさが込み上げてくる。口での奉仕の仕方は具体的に教えたわけではないが、そこは同じ男であるから、何処をどのように触れば気持ちがいいのか的確にアプローチして、ただ、ぎこちない動きがコナツに緊張をもたらしていることを示している。 (まずい。犯したい) 抱かないと言ったのは自分の方なのに、早くも前言撤回を唱えるか……と思った矢先、規則的なコナツの動きが変わった。 「!?」 上下しているだけだったコナツの頭が、どんどん沈んでいくのだ。それと同時に性器がさきほどよりも深く吸い込まれるように包まれていく感覚が大きくなる。 「あっ」 声を上げたのは、勿論ヒュウガだ。 「駄目だよ、コナツ!」 コナツは喉の奥へと性器の先端を押し込もうとしているのだった。 「やめなさい!」 怒り口調で声に出すと、コナツは予想通りにえずき、苦しそうにもがいた。 「ちょ、何してんの? 何!?」 言葉を発せられるのはヒュウガしか居ない。よって、ヒュウガの制止する声が響くだけで、コナツは溺れたように奇妙な音を口から発していて、一体何が起きているのか分からないほど恐ろしい構図が出来上がっていた。 ヒュウガは力づくでやめさせようとしたが、コナツはヒュウガの腕を掴んで渾身の力で爪を立てた。声には出していないが、 「触らないで。やめさせようとするなら、噛み千切ります」 と言っているようだった。それほど酷い殺気を放っている。 「な……なんで……」 呆然とするヒュウガに構わず、コナツは更に奥へと咥え込んだ。その度に喉からおぞましい音がする。えずけはえずく度、生理的な涙が出てくる。時折躰全体が痙攣を起こしたようにしなり、吐き気を抑えることが出来ずに酷い有り様で、こんなに哀れな姿を見るのは初めてだった。これならまだ具合が悪くて吐いている所を見る方がましだと思った。ヒュウガとて、どんなに酒を飲んで酔ってももこんなふうになったことはない。 「コ、コナツ、ほら、もし食べたもの吐いたら大変だし!!」 これを理由に挙げれば間違いなくやめるだろうと勝ち誇ったように訴えたが、コナツはわずかに首を振るだけで、もう口を離そうとはしなかった。 見るも無残にえずきまくるコナツにヒュウガの方が耐えられなくなり、 「命令だ、今すぐやめなさい。でないとオレは二度とコナツを抱かない」 そう言ったが、最早聞こえている様子もなく、今度は全体重を掛けて覆いかぶさり、ペニス全体を飲みこもうとしている。 「は? え?」 狭い器官に挟まれて強い快感が押し寄せたが、すぐにおかしいと気付いたのは、手で扱かれているわけでもないのに振動を感じるのだ。そこで喉の奥が痙攣しているのだと知った。未知の快楽に没頭することも許されず、コナツを見ると、既に動きをとめていた。とめたのではなく、動かなくなっていたのだった。つまり、失神したのである。 「ええっ、ちょっと!!」 これは何だ、ギャグか、どっきりか何かたちの悪い遊び……どころではない、と慌ててヒュウガがコナツを引きはがそうとするが、抜けない。 「や……ばい……」 笑えないし冗談でもないが、悪夢だ、最悪だと心の中で叫びながら、自身が萎えるのと同時にコナツを離していく。相当喉の奥まで嵌めていたのか、ずるずるという音が聞こえそうなほどに咥え込んでいて、コナツは呼吸困難に陥っていたのだった。が……。 「コナツ?」 ようやく引き抜いてコナツを抱き上げたが、ぐったりとしたまま酷く白い顔で、死人のようだ。 「気絶するほど……」 ヒュウガは呆れたが、明らかに様子がおかしい。 「……何だ? これは……まさか……」 呼吸をしていなかった。 「コ、コナツ!?」 口に耳を当てても呼吸音は全く聞こえないし、胸に耳をあて、更に首筋に手を当てて脈を確かめても……。 「反応……が……な、い?」 ヒュウガは真っ青になった。本当の修羅場は、ここから始まったのである。 まさに悪夢だったのだ。夢だと思いたい。むしろ夢だ。そして二度とあってはならない。絶対にごめんだ、思い出すのも辛い。 ヒュウガの独り言は、起きている間、ずっと続いたし、これからも暫くは続くだろう。 * * * * * * * 夏の思い出を作ろうと数日間の休みをとった最終日、二人は正座をして向き合っていた。張り詰めたような神妙な空気が流れ、特にコナツは俯いたまま顔を上げようとしない。 「言っておくけれど……」 そう前置きしてヒュウガは真剣な表情で言葉を繋いだ。 「オレはお前が死ぬところは見たくない。逆にお前はオレを死ぬのを見届けるべき。だから、今回みたいなことは金輪際やめて欲しい」 「……」 「別にね、あの時オレが必死で心肺蘇生処置をしたことに対して責めてるんじゃないよ? 責めてるけど」 「……」 「お前の望み通りに夏休みは乱れたいというのが叶ったかどうか分からないけれど、少なくともオレはアホほど乱れまくったよ。焦りまくってご乱心。お前はあの世に旅立とうとしてたけどね」 とヒュウガは大げさに言ったが、実際はとても冷静だった。さすがに軍人であるから、こういう時の処置は慣れていたし、慌てて喚くよりも状態を把握してやるべきことをしっかりとこなす方が大事なのだ。しかし、コナツを失うかもしれないという失望は大きく、それに対しては落ち着いていられずはずもなく、心臓が握りつぶされそうなほど苦しい思いをした。 「結果的にお前は元気になったから良かったものの」 「……」 「何か言いたいことは?」 「……いいえ……何も……」 「お前が入院してたことは極秘なんだから」 コナツは念の為検査入院していた。内視鏡で喉の具合を見て、一時的に心肺停止になったことから脳の状態も確かめた。幸いなことに後遺症もなかったことから夏休み最終日になって退院することが出来たのだが、ヒュウガはコナツが弱っているからと遠慮はしなかった。それどころか、コナツは自分がただ気絶していただけで、呼吸が止まっただの脈がなかったというヒュウガの弁を冗談だと言いのけ、信じなかったのである。それに対し、ヒュウガは嘘ならどんなに良かったかと嗜め、検査入院で医者から厳重に注意されたことで漸く折れたのである。 「とにかく、オレにはお前の行動が理解出来ない時があるけど、多少のことには目を瞑るし、可愛い部下がやることだからと大目に見てたつもりだった。でも、今回みたいなのは駄目」 「……」 コナツは何一つ言い返すことは出来ない。 「何であんなことしたのか……喉を使うやり方でも、ちゃんと方法があるんだよ。でも、それはすぐに出来るものじゃないし、お前が覚える必要はないと思っていたから教えることもなかったけど、プロの人でさえ苦しいんだ。尚更お前に出来ることじゃないし、ましてオレのは無理」 「……」 「言い訳とかじゃなくて、お前の考えが知りたい。喋ってくれないかな」 「……」 「だって、何も考えてないわけじゃないでしょ? 怒らないから言って」 「……」 「コナツ」 「……はい……ただ……私は……」 「うん、何?」 「あなたのことが好き過ぎて」 「は?」 「凄く好きなんだと思います……というか、好きなんです」 「……」 「だから、普段出来ないことをしようとしたのもあるんですが……今考えると、自分を究極の状態に追い込んでみたかったのかなって……」 「え? どういうこと?」 「少佐はベッドの中では基本的に私に優しいので、それ以外ですと演技になりますから、演技ではなく追い込まれてみたかったんです」 「……おかしい。お前、マゾじゃないのに……いくらオレのことが好きだからって、あそこまでいくのは異常」 「そうですね」 淡々と説明するコナツだったが、何を聞いてもヒュウガが理解出来る答えは返ってこなくて、やはりコナツの行動が不思議でならなかった。 「だって、苦しかったでしょ? 涙と唾液で顔ぼろぼろだったじゃん。えずきまくってもがいて、ちっとも楽しそうには見えなかった。もし吐いたらとんでもないことになってたんじゃないかな」 思い出すのも嫌だったが、当時のことを思い出して教えると、コナツはとんでもないことを告白した。 「私、夕食抜いたんです」 「は?」 「わざと仕事を遅らせて、少佐に早く帰って頂いて……その間、食事は摂りませんでした。だから私の胃の中には吐くものがなかったんです」 「な……っ」 最初から決意は固かったわけで、そういうつもりで覚悟もして臨んだというのか。 「いっぱいオエッてなりましたけど、吐かなかったのはそのせいです」 「お前……」 唖然とするヒュウガに、更に告白を繰り返す。 「それに、私……窒息している間、勃ちました」 「!!」 「少佐も気付いていらしたと……」 遠慮がちに告白したが、その件に関してはヒュウガも否定はしなかった。あの時は二人ともそういう雰囲気だったから当然の反応かと思ったが、それとは別の意図があることをヒュウガは察した。 「それは……オレも分かってた」 「ああいう時って、男はああなるものですね。死ぬ間際って誰でもああなるんでしょうか」 「うん、おかしいことではないね」 「ですが、生理的な現象とは違うんです。すみません、性的な意味で興奮しました」 コナツは隠そうともせず、正直に答えた。ここまで来たらすべて打ち明けようと思ったのだ。 「……ああ、そうね、分かるよ」 ヒュウガは一瞬苦笑したが、すぐに理解して頷いた。 「私、変なんでしょうか」 「ブレスコントロールプレイ。まさかコナツが窒息マニアに目覚めるとは」 「えっ」 「間違って死亡する例もあるから気を付けないと。そういうのってマゾの人が好むもんだと思ってたけど、何がどうなってコナツがそうなっちゃったのやら」 ヒュウガは笑った。 「あ、あの……自分でもよく分からなくて。でも、あなたの凄いのを咥えてたら自然にそうなってしまったというか」 「オレのせい!?」 「……すみません。これが何処まで入るんだろうって確かめたくなったのもあります」 「はぁ」 「少佐が私を犯す時は余り奥までしてくれませんよね」 少し不満そうに言うと、 「怪我するとよくないから無理はしないってだけだよ」 「毎回して欲しいのに、滅多にして下さらないから、口で試しました」 「ええっ」 ヒュウガは呆れて言い返せなかった。そんなに不満を抱いていたのかと思っていると、 「性欲が満たされないという意味ではないです。むしろいつも大満足なので。ただ、少佐が物足りないのではないかと……」 「そんなわけないでしょ!」 「本当に?」 「嘘ついてどうするの」 「だって、口での奉仕も素人には無理させられないと仰るし。ならば玄人並みに頑張るしかないじゃないですか」 「違う、違う、オレは素人が好きなんだよ」 「……えー……」 「むしろエッチなんか出来ませんってくらい、似合わない子がベッドでいやらしくなるのがいいんじゃない」 「そうですか」 まさにコナツはぴったりの条件だと言わんばかりに納得させようとすると、コナツはまだ何か言いたそうにしていたが、口を噤んだままこれ以上自分の考えを訴えようとはしなかった。 取り敢えず一件落着だが、この時期のコナツの怪しい言動には要注意である。 「ま、ちょっとおかしくなっただけだよね。暑いから脳みそ溶けそうになったんでしょ」 「あの日、外回りしたからでしょうか」 しゅんとして答えると、ヒュウガは真顔になり、 「暑い日にコナツを外に出すのはやめよう」 腕を組んで考え込んだ。 「外回りに出た日は今夏最高気温だったと天気予報で言ってました。だからですかね」 「うん、そういうことにしよう。あれだ、夏のせい、夏の過ちってやつ」 「……」 それを理由に済ませてしまうには危険を伴うが、実はコナツは全く懲りていないのだ。 「あとね、ほとぼり冷めるまでフェラ禁止」 「ええっ!」 「何、文句あるの? もうしたいと思わないでしょ?」 「あれしきのことでビビるんですか!?」 「あれしきのこと!? 何が下らないの!? 大したことないってこと!?」 ヒュウガはこれだけ説明しても、コナツは事の大事さが分かっていないのかと絶望的な気分になった。 「とにかく駄目! 当分させない」 「それが男の言う台詞ですか、いくじなしー!」 「はぁ!?」 「私はもうしないとは言ってませんよ!」 「お前の意思は聞いていない、これは命令だ」 「こんな時に命令するなんて! そんな命令要りません!」 「あんな思いをして懲りていないのか……」 「だ……だって……興奮、したんですもの」 急にもじもじと言い出したコナツに鼻血を吹き出しそうになったヒュウガは、危うく、 「それなら……まぁ……って、よくないッ!」 許可を出しそうになったが、やはりそれだけは許せない。しかし、 「お願いですー!!」 コナツが両手を祈るように合わせて必死に懇願する。 「う……っ」 こうしてよく分からない攻防が延々と続く。 明日からまた激務の日々だというのに、二人の夏はまだ終わらない。 |
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