求婚

 カストルがラブラドールと顔を見合わせて深刻な話をしている。
「ランセが軍に潜入している間、王女の誕生日までにフラウには何とか回復してもらって、私たちは準備をしっかり整えなくてはなりません」
 アヤナミと争って怪我を負ったフラウの治療をしながら下町の一部屋を借りて二人は入念な打ち合わせをしているのだった。下調べにも余念がなく、住人を装って噂話に耳を傾けたり、帝国警備隊が通りかかれば労いの言葉をかけるついでに少しでも情報を得ようとして話し掛ける。そういった役割はカストルよりもラブラドールの方が向いていて、老若男女を相手に、占いを交えて見事な会話術を披露したのだった。
「皇帝の動きも気になるね。彼も何かを企てていそう」
「ランセはそこまで辿り着くことが出来ませんからね。軍の中で精一杯でしょう」
「フラウをこんなふうにしたアヤナミの恐ろしさもあるけれど、次に狙われるのは誰か……」
 深刻な表情で動揺するのを、
「それは分かりません。弱っているフラウかもしれないし、片腕と片目を持っていった私かもしれない。とにかく彼は私たちを残さず回収するでしょうから、彼の手からは何としても逃れなければならない」
 カストルは婉曲することなく呟き、彼もまた不安であると口にする。
「とにかく、誕生会はフラウは招待状があるからいいとして、私たちは分家の名前を借りて入り込むしかないですね。噂によると4区から婿候補も出るそうですが、そちらは私の知るところでは幸い顔が知られてませんし、どうにかなるかと思います」
 王女の誕生日にはたくさんの人が集まるが、そこに司教でもなく、そしてセブンゴーストとしてでもなく身分を偽りながら潜入するのは骨の折れる仕事だった。
「僕の身内も出るんだよね? でも、名前を聞いたところ、僕も顔は知られていないから大丈夫みたい。でも、変装は十分にして行かないとね」
「その為に手配しなければならないものが沢山ありますが……問題は、用意した服が、このバカデカイ男が着られるかどうか」
「……」
「多少丈が足りなくてもも我慢して貰いましょう。何しろバカですからね」
「……カストル……デカイ男が抜けてる」
「あ、そうでした。省略しすぎましたね、はははは」
「……」
 カストルは無茶をするフラウが心配でたまらないのに、それをごまかすためにバカ呼ばわりをして気を紛らわせている。そばでラブラドールは苦笑するだけだが、ラブラドールもまたフラウの心の痛みが自分のことのように分かるのだった。
「躰の痛みより心の方が痛いから、フラウは自分のことなんて二の次だ」
「だから後先考えずに無理をするんです。あと一歩間違えてたら喰われていたかもしれないというのに」
「それだけ必死なんだよ」
「私もテイト君が心配ですが、こちらが万全でなければ救うことも出来ません。幸いフラウの躰が他よりも丈夫なので助かりました」
 カストルはため息をつく。
「きっと回復してくれるよ、僕らは出来るだけのことをしよう」
「ええ」
 そこで少しの間、会話が途切れたが、ラブラドールの方から沈黙を破り、
「でもね、僕もカストルのことが心配なんだけど、大丈夫なの?」
 不安そうな瞳でカストルを見つめ、小さく呟くと、
「何がですか?」
 思い当たる節はないというようにカストルが訊ねる。
「義手も義眼も……教会でお仕事をしているだけなら気にしないけど、誕生会に忍び込んで、テイト君を連れ戻す時、もし大きな動きがあって、僕と離れ離れになったら助けて上げられるか分からないし」
「何を言ってるのです、私のことなら大丈夫。極寒の中でホークザイルレースもやってきましたし、ヴェルネーザー城では朝まで貴方を抱きましたが、それでも不安だと?」
「!」
 ラブラドールの懸念を追い払うように証拠を述べてみたが、さすがにホテルでの一件を思い出すと恥ずかしくなり、ラブラドールは顔を真っ赤にさせる。
「なんなら、今からでも抱きますよ」
「!!」
「私の躰を見れば何でもないことが分かりますからね。ついでに体力もあることが証明できる」
 カストルは当たり前のように言うが、
「こ、こんな時にそんなことできるわけないでしょ」
 視線を逸らしながら却下したのだった。
「冗談ですよ、今、ここであなたにも無理をさせるわけにもいかないし、テイト君を連れ戻して無事に教会に戻ったら、またたっぷりと夜な夜なあなたを啼かせましょうね」
「って、だから、煽らないでってば」
「煽ってませんよ。そこは冗談で捉えないと」
「もう!」
 可愛らしい頬を膨らませたが、
「ああ、そういえば、あなたも試着しますか?」
「え?」
 急に話題を変えられてきょとんとなる。
「ドレスですよ、いいのが見つかってよかったですね。しかも、あなたにぴったりなんて、大柄な女性も居るということで助かりました」
 可愛らしい容姿をしていても、ラブラドールの身長は170センチである。男性としては通常、または小柄な方だが、女性としては大きいために、探すのも一苦労だった。
「あ、うん、今のうちに着慣れておかないとね。カルトルも手伝ってくれる?」
「お安い御用です」
 そうして着付けを始めた二人だが、重厚な飾りのついたドレスでも手馴れた様子で扱うカストルを見て、
「なんで詳しいの?」
 と聞いてしまった。
「何がです?」
「……違和感なくドレスを扱っているけれど」
「そうですか? 私は昔仕立て屋になるのが夢でしてね。……嘘ですが」
「カストル!」
「ハウゼン家の元当主として、これくらい出来なくてどうしますか」
「普通なの? 当主なら誰でも出来るの? 僕は知らないよ?」
「……」
 何が気に入らないのか食って掛かるラブラドールを見て、
「ラブラドール……誰と戦っているんです?」
 カストルが不思議そうに訊ねた。
「えっ、だって」
 何か言いたげにしているが、本当に言いたいことは口には出せないでいる。
「言いにくいことですか? 私がドレスに詳しいのは当たり前でしょう」
「!」
「脱がせたり着せたりするのは得意ですからね。女性の相手ならば場数も踏んでますし」
「!!」
 いよいよラブラドールの顔色が変わっていくのを見ながら、
「但し、相手は人形ですが」
 あっさりと述べて女性用のファウンデーションを揃えている。
「……」
 とたん、何も言えなくなったラヴラドールは、数秒考えた後、
「人形……そうだったね。ごめん、失念してたよ。君は人形を作るのが趣味だったね」
「仕事のうちです」
「あ、うん。でも、ドレスまで? 作ってるわけないよね?」
「簡単なものなら作れますが、豪華なものは特注です」
「……」
 やはり言葉に詰まってしまう。
「でも、ハウゼン家に居た頃は無理やり父から女性の扱いを覚えるように薦められましたよ」
「えっ」
「私が母ばかりに夢中になっていたから、さすがにまずいと思ったのではないでしょうか」
「それって15の時でしょ?」
「ええ。まぁ、女性を知ってもおかしくない年ですから」
「は?」
「それに……ああ、何でもありません」
「えっ、そこでやめるってどういう!?」
「関係ない話ですから」
 カストルが冷たく打ち切ろうとすると、ラブラドールが悲痛な声を上げて抗議した。
「僕には関係のないことって意味? それとも僕には話したくないってこと?」
「……」
「僕が奥手だからってバカにしてるんでしょ」
「ラブラドール!?」
 いつも穏やかなラブラドールがこんなふうに喧嘩腰になるのは珍しい。
「いいもん、カストルなんてっ」
「どうしてそうなるのです!? もしかして嫉妬してますか!?」
「……」
「黙るということは肯定だと受け取っていいのですね?」
「……」
「いいんですね? 認めるんですね?」
 カストルがじりじりと詰め寄ると、
「うん」
 ラブラドールは素直に頷いた。
「ええと、嫉妬って、人形とか私の過去とか?」
「うん」
 こういう時だけあっさりと返事をするあたり、カストルから慰めの言葉が聞きたいという潜在意識が働くのだった。
「ああ、可愛い人ですね。こんな痴話喧嘩なら何回してもいい」
 カストルがうっとりと悦に浸っていると、
「って、そこで推奨しないでよ」
 少しくちびるを尖らせたが、
「嫉妬しなくなったら愛情もないってことだもの。関心のない相手にこんな感情持たないし。それだけ君のことが好きなんだよ」
 ラブラドールも本音を打ち明ける。
「そうですね。嬉しいですよ、ラブラドール」
 カストルはラブラドールを引き寄せて柔らかな髪にくちびるを寄せた。
「……ごめん、何か、僕、一人で苛々しちゃったね」
「あなたらしくない。でも、そんな姿も私の前でしか見せないからよしとしましょう」
「カストルのことになると、駄目みたいだ」
「何です、そのたまらない発言は」
「だから、駄目なの」
「何がです」
「冷静ではいられなくなる」
「それはありがたい」
「本当は違うんだけど」
「違う?」
 そんな会話を披瀝しながら、ラブラドールはカストルの左腕に触れて、そしてそっと撫で、カストルはラブラドールの背に右腕を回し、背中を愛撫するように指先に力を入れてそのまま腰へ仕掛けていった。
「だから……」
 言いたいことがを言いにくそうにしているラブラドールの代わりに、カストルが態度で示し、
「抱かれたいということでしょうね、これは」
 ラブラドールを床に押し倒した。
「や……っ」
 反射的に顔を背けてしまったが、ラブラドールとしてはもう少し話をしてから事に及んで欲しかったらしく、恥ずかしてたまらなくなっている。しかし、それもカストルには初々しく映り、
「そんな顔をして嫌だと言われても無駄です。私はとっくに火が点いているから、むしろ欲情しているのが気付かれていると思っていました」
「えっ、僕はちっとも……」
「大体、ドレスに着替えようとしているあなたを目の前にして黙っていられるはずがない。余りにシナリオ通りなので悔しいですけどね」
「!?」
「それにしてもラブラドールが女顔でよかった。女性連れだと警備側も油断しますし、怪しく思われることも少ない。ドレスを着ても違和感のない男性は多くはありません。というか、ドレスが似合う体型? この辺などはすっかり女性です」
「わぁっ」
 腰を撫でながらカストルがうっとりと呟くと、ラブラドールが抗議しようと口を開いたが、
「何処触ってるの、そんなこと言われたら照れるでしょ!」
 抗議ではなく、はにかんでいるだけだった。
 ラブラドールは草花が好きで占いを得意とすることから、ロマンティックなものや可愛いものが好きである。普段の物腰もしとやかで、女性と見まごうほどの容姿をしており、それを自分でも認めている。だから可愛いと言われても余り抵抗がなく、もちろん、心も躰もしっかりと男性であるから男らしく強い所もあるのだが、殊にカストルから可愛いと褒められると嬉しくて本心を隠せなくなってしまうのだった。
「さて、可愛いラブラドールをどうしましょうかね」
 カストルは辺りを見回して呟いた。
「どうって、抱いてくれるんじゃないの?」
「それはしますが、ここでこのままというのも」
「……僕は構わないよ」
「背中が痛いでしょう」
 いつも柔らかなベッドで戯れているから、それ以外の所では慣れないし、まして堅い床の上では痛々しくて見ていられない。
「僕はこのままがいいの」
「このまま?」
「だって、たまに違う所でカストルに覆われてると凄く燃えるんだもん」
「……」
「私も場所が変わると燃えますが」
「じゃあ、決まりだね」
 そう言ってラブラドールはカストルの背に腕を回した。
 部屋の中には誰も居ないが、借りている一室で、隣との壁も薄く、まして誰が尋ねてきてもおかしくないセキュリティーの弱い下町で、いつもと違う状況でのセックスはまた一段と味わいが違っていた。
 最初のキスからラブラドールの方が舌を絡めていき、
「ごめん、カストル、僕、すごく欲しくて……」
 などと煽っている。
「そうでしょうね。そう見えます」
「分かる?」
「あなた、今夜は酷くされたいと思っているでしょう?」
「えっ」
「ちょっと乱暴に……と言うべきか」
「……」
「私は優しくしたいんですけどね」
「だ、だって、そんなの帰ってからいくらでも出来るじゃない」
 図星だったのか、それに対してラブラドールが反論する。
「ああ、雰囲気的にワイルドな方がいいと」
「僕たちは滅多に外には出られないから、つい興奮しちゃってるの」
「おやおや」
 所変われば性格も変わるというほどではないが、普段とは違ったことがしたくなるのか、
「だから、ちょっとくらい乱れても大目に見て。明日笑ったりからかったりしないでね」
 と懇願した。ラブラドール自身も、必死なのだった。
「そんな、後からくどくど言うことはありませんが、ただ、無理をしても平気かどうか心配なだけです」
「そんなの大丈夫」
「まぁ、或る程度の抑制は必要ですけどね」
 いつだって冷静なカストルは流されることなく普段通りだった。……はずだが、そのカストルの方が突然乱暴に服を脱がせ始めて、ラブラドールが痛みを感じるほどきつく胸や首にくちびるを当てて吸い上げると、
「うん、たまにはこういうのもいいかもしれません」
 妙に納得し、腕グイと引っ張ってみたり、ギリギリと脚を掴んでみたり、そのうち両手両足を縛りそうになってラブラドールが泣いてしまった。
「な、なんで、そんなに怖くなってるの、カストル」
「……あ、怖いですか?」
「だって、なんか痛いよ!?」
「それを望んだのはあなたですが」
 その通りだが、ラブラドールが言いたいのは、
「本格的なSMプレイになってるようで!」
 そこまでは望んでいないということだった。
「……そうでしたね。でも、すみません、私も腹積もりがありました」
「えっ!? どういうこと」
 今更打ち明けられても遅かったが、カストルにも言い分はあるのだった。
「嫉妬ですかねぇ」
「!?」
 何のことか分からずに大きな目でカストルを見つめたが、
「あなたは沢山の人と喋り過ぎました」
「ええっ」
 その意味を理解するまでの少し時間がかかり、ラブラドールはカストルからの説明を待とうとしたが、
「あっ、もしかして……僕が聞き込み調査みたいなことしたから」
「そうです」
「ちょっと待って、それは仕事の一環だよ!?」
 下町に来てから状況判断のために未知行く人や露店などの場で気軽に話しかけていたが、それがカストルには気になったようだ。
「ですが、あなたは男性にばかり話しかけていて、会話の途中で連れ帰りたくなりましたね」
「!?」
「色目を使っているのかと疑いました」
「だって、女性には簡単に声を掛けられないでしょ? たまたま話に混じってきて乗ってきた時は占いのサービスもしたけど」
「男性の中には、あなたを女性だと間違えた人も居ましたよね」
「……」
「可愛い子が居ると言われていて、よほど年齢を言ってやろうかと思いましたが抑えました」
「年!?」
「物凄く若く見られていませんでした?」
 カストルは面白くなさそうにほとんど不貞腐れた態度でいると、
「しょうがないじゃない、僕は童顔だし、これでも気にしてるのに」
「だから嫉妬だと言ってるでしょう、私も我慢も限界でした。もう時間もないので聞き取りは行わなくても済むようになりましたが、もしこれが続くのであれば、あなたを監禁して私が聞き込みをするところでした」
「ええ!? 何を言ってるの? そんな、見ず知らずの人と一期一会の会話をしたからってそんなに怒って……」
 おとなげないと言いたかったが、もしカストルが女性に話しかけたとしたら、やはりラブラドールも嫉妬をするし、ましてさきほどはドレスの脱着の扱いに慣れているということを知って臍を曲げたばかりである。
「たかが会話でも、おかしな目で見られていたことに気付かなかったのですか? 大体、あなた、私がそばに居なければ何処かへ連れ込まれていましたよ?」
「……」
 そういえば、もっと違う場所で話をしたいと誘われたこともあった。そのほとんどが男性だったが、中にはラブラドールの占いに夢中になった女の子たちからも次の約束をせがまれたほどだ。だが、カストルは女性からの誘いには目くじらを立てない。
「私が居たから良かったものの、もし何かあったらどうするんです」
「僕だって男だから、そんな簡単に襲われたりしないよ……」
「さぁ、どうでしょうねぇ、たまには違う男と寝るのもいいかもしれないとテストしてみたかも?」
「カストルッ!」
 ラブラドールはついに起き上がり、裸にままカストルを後ろへ思い切り押し倒した。
「!?」
 背中を打ったのはカストルだったが、ラブラドールの形相に驚いて声も出せず、目を見開いてラブラドールを見つめた。
「案外、力はありますね」
 苦笑するカストルに、
「もう、ばかっ」
 ラブラドールは自分から覆いかぶさり、くちびるを合わせた。
「!」
 突然のくちづけにカストルが驚いていると、
「口開けて!」
 ラブラドールの一声に「はい」と答えて口を開く。そこへ真っ先に舌を入れて勢いよく絡めていき、口内をなぶるように攻めていく。
「……」
 本当は自分がするはずだったことをラブラドールがしていて、中々乱れた姿にほくそえんでいると、
「うう……、も、ばかだもん、カストルはっ」
 ラブラドールが泣きべそをかいていた。
「えっ!?」
 積極的になっていると思いきや、
「やっぱり出来ない! 難しいっ」
「は!?」
「自分からキスとか、この先どうすればいいの!?」
「……」
「分からない」
 ラブラドールはリードすることが出来ないと白旗を掲げたのだった。
「え、いや……あとは……そうですね、何でしょう」
 カストルは苦笑いしながら上体を起こした。
「……背中、痛かった? ごめんね」
 ラブラドールが素直に謝る。
「いいえ、私のほうこそ、あなたを逆上させることを言ってしまいました」
「……僕の方が年上だから、本当は落ち着かなくちゃいけなかったのに、つい」
「びっくりしましたが、でも、嬉しかったですよ」
「嬉しかった?」
「あなたの方からしてくれて」
 カストルがラブラドールのくちびるを指先で撫でる。
「……だって、こうでもしないと気持ちが収まらなくて」
「たまにはいいですね」
「……でも、僕はこういうの分からないから、下手だって思わないでね。思われても仕方ないけど」
「そんなことはありません。分かっていますよ、あなただって必死だということは」
「うん」
「これも中々いい眺めですし」
 ラブラドールはカストルに跨ったままだ。
「今、どける!」
「いえいえ、このままで」
 降りようとするのを止めて、カストルは女性用の下着を身に着けていたラブラドールの脚や腰を撫で上げた。
「ひゃふ!」
 おかしな声を上げて反応したが、それが逆にカストルの探究心を煽る結果となる。
「何ですか、それ」
「いきなりやめてっ! まだ心の準備が出来ていないんだからっ」
 やっとの思いで抗議をしても、
「何の準備って、あなたは何もしなくていいですよ。ここは私が慣らしますし。ちょっと腰を上げて下さい」
 そう言ってカストルは上体をしっかりと起こすと、ラブラドールの躰から下着を脱がそうとする。
「脱がし方がいやらしい」
「それはそういう行為だからです」
「違う、カストルがするからいやらしいの」
「あなたがこんな下着を違和感もなく身に着けているからです」
 互いに責任転嫁をしているが、決して腹を立てているわけではなく、どちらも喜んでいる。
 そしてラブラドールは向き合ったまま膝立ちをするように再び跨いで、カストルが自分の指を舌で舐めて濡らし、そのまま股の間に手を入れて後孔にあてた。
「あ……こんな状態で……」
 上に乗ったまま慣らされるのは初めてで、わずかに緊張するも、こればかりはカストルに任せるしかない。が、指が挿入された途端、
「やっ! や、だっ」
 異様に恥ずかしがり、前のめりになって両手でカストルの肩にしがみつく。
「我慢して下さい」
 もう片方の手を今度は後ろから回して尻を揉む。
「ん……っ」
 とにかく恥ずかしくてたまらないラブラドールは、どうにかしてごまかそうとカストルの肩に噛み付いてしまい、
「痛いですよ、あなたらしくもない、大丈夫ですから、落ち着いて」
 背中を撫でられて正気を取り戻すと、今度は噛んだ所を舌でペロペロと舐めだした。
「……く、くすぐったいです」
「う、ん」
「我慢できないわけではありませんが、妙な気分になります」
「じゃあ、妙な気分になって」
 ラブラドールは舐めるのをやめなかった。が、尻を刺激されるせいで、時折舌の動きがとまり、代わりになまめかしい喘ぎ声が漏れる。
「ラブラドール……このまま挿れても?」
「えっ、でも」
「あなたが駄目でも、挿れます」
「そんなっ」
「私の肩を噛んでも構いません、耐えて下さい」
「!」
 カストルは挿れていた指を抜くと、今度は自身の先端を当て、掴んでいたラブラドールの腰をそのままゆっくりと降ろしていった。
「やッ!」
 ラブラドールが悲鳴に近い声を上げるも、
「……うわ、中が熱い」
 カストルは具合の良さに感嘆の声が漏れる。
「な、何言って……。ああ、やだ、恥ずかしいのにっ」
「しかも、あなたは可愛い顔で啼くし」
「見ないで」
「近すぎて無理です」
 座位に近く、互いの距離もないために顔も目の前にあれば、ラブラドールの性器が激しく躰を揺すられるたびに互いの腹に当たり、中々刺激的な光景になっている。
「ゆっくりしましょう。あなたも自分から動いてみては?」
「……」
 難しそうな顔で何処かを睨みながら、出来ないと言うのかと思いきや、
「こう?」
 上体を上下に動かした。
「そうそう、上手ですよ。ゆっくりやればいいです」
「……ふ、あ……」
 上げるより下ろす方が好きなようで、下ろす時は恍惚とした表情になるのも見逃せない。
「ついでにこれも覚えるといいですよ」
 そう言ってカストルはラブラドールの腰をがっちりと掴み、時計回りに廻してみせた。
「ひっ」
「これはまた……」
 双方に得も言われぬ快感が押し寄せ、ラブラドールは顎を反らし、カストルは顎を引き、それぞれ違った反応をしながらも、今度はラブラドールから何度も回転させながら一番いい所で動きをとめ、そこから反対回しで腰を動かし、更にいい所を見つけようとする。
「さすがだ。飲み込みが早い」
 カストルを感心させたが、
「違う、勝手に腰が動くの。でも、カストルも気持ちいい?」
「私はあなたが動かずともいいですよ。それに、腰が勝手に動くなんて、それはそれで凄い」
「だって感じるんだもの。……どうして?」
「さぁ?」
 真面目な顔で問答している二人は、いつもの部屋ではないことに奇妙な昂奮を覚えている。雑然とした床の上で躰の一箇所を無我夢中で繋げていることへの快哉と、普段はとらない体位で感情に任せて痴態を晒す奔放な快楽の流れ。それらはラブラドールを擾化させ、彼はカストルが驚くほど、どんどん淫らになっていくのだった。
「は……っ、あ、ああ……、何、これ」
 腰を回すだけでは足りず、前後にスライドさせる。
「ラブラドール……!」
 後ろにずらしたあと、そこでまたグラインドさせると凄まじい愉悦がカストルを襲った。
「カストル、凄く硬い! がっちがち!」
「硬くもなりますよ、これじゃあ」
「ああ、奥まで気持ちいいの、たまんない」
「ほら、すっかり男に慣れてしまっている。まさか男の方が好きだとか言いませんよね?」
「好きだよ」
「……」
「こんなにイイなら、男に犯された方がいいに決まってる」
「……」
 カストルは余計なことを教えてしまったかと後悔したが、想いが通じ合った今、躰を交えないわけにもいかず、今となってはラブラドール自身がセックスを楽しんでいて、この進展を喜ぶべきかどうか迷ってしまう。。もっと奥手で慎ましいのかと思いきや、最中に嬌声を発し、やたらとカストルの躰に触ってくるのも予想外のことだった。
 だが、年齢の割りに童顔で、その姿がこんなふうに乱れるなど、他の司教やシスターにも想像がつかないだろう。そうなれば艶肢を独占しているのはカストルだけで、彼はそれが小気味好く、他の誰かに自慢したくなる。もちろん人には言えないから一人愉しむしかない。男好きになってしまったことだけは納得出来ないと思っていると、
「でもね、男が好きなんじゃなくて、カストルが好きなだけ」
「!」
 最後の一言が効き、カストルは決して悪意ではなく、腰を突き上げてしまい、かなり奥まで押し込むと、
「きゃーっ! もっとっ!」
 女性のような悲鳴を上げてリクエストをされるとは思わず、カストルは慌てたが、
「私も止まりません」
 そのままやみくもに突いてゆく。
「あ……ァ、ア……っ」
 今のラブラドールには何をされても快感しか得られず、意識が朦朧としてくるだけで、その心許ない姿を見たカストルは、
「失神したらいけませんよ」
 後先を考えれば意識は保っていて欲しいと思う。
「だって、頭の中……しびれっ、やっ、……っ、ああ、駄目か、も」
「では、ペースを弱めます」
「!?」
 深くは押さずに、ゆっくり、一ミリ一ミリ確かめるように抽挿すると、
「う……、入るのも出るのもリアルに分かっていやらしい!」
「……それはそうでしょうけれど」
 そうなるようにしているのだが、そうすれば、このままゆっくりでも絶頂を味わえるようになる。
「ああ、次でイキそう」
 まるでスローモーションのような動きで抽き出そうとしているところで、今度インサートされたら達してしまいそうだった。
「どうします?」
 亀頭だけを残して動かずにカストルが訊ねると、
「やだ、こんな状態でやめないでっ」
「じゃあ、進めますよ?」
 カストルが腰を動かした。その動きと同時にラブラドールが射精してしまい、
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 涙目で謝る。それを見て、今まで精一杯我慢に我慢を重ねていたことを知り、
「どうして謝るのですか。あなたは何も悪くないのに」
 可哀想になってしまった。
「我慢出来なかったの」
 気を失わないようにすると快感だけが躰を走りぬけ、それを逃そうとすると意識が遠のく。どうすればいいのか分からず、カストルに攻められるたびに歯を食いしばって耐えてきたが、自分だけが先にイッてしまい、ラブラドールは罪の意識に苛まれたように沈んでいる。
「あなたが気持ちよくなっていることが私の悦びでもあるのに、何を気にかけているのか……」
「だって……」
「では、次は私の番です。ちょっと私に掴まっていて下さい」
「うん」
 カストルはラブラドールを両腕で抱きしめると、がっちり固定し、そのまま腰を突き上げて自身の快感を果てまで追駆する。
「あ……すごい、激しっ」
 さきほどとは打って変わって勢いが荒々しくなると、終わったあとのラブラドールでさえも息を呑む。カストルは、多少好きにしてもいいだろうという安心感からか、イッた後のラブラドールの扱いが奔流と化すのだった。
「この女のような腰を抱いてるだけで……挿入なしでもイケそうです」
「えっ」
 柔らかな尻を鷲掴みにすると、胸にかみつくように吸い付き、左右の飾りをねぶる。
「あ……なんで、こんな」
 終わってから本格的に激しくなるなんて、酷い……と言おうとしたが、一際強く突き上げられて舌を噛みそうになると、カストルの動きが止まり、
「これでおあいこです」
 冷静に呟く。
「イッたの?」
「ええ」
「……見せて」
「何をです」
 ラブラドールはカストルが着けていたコンドームを外して見せろというのだった。
「僕がどけなきゃ無理か」
 そう言って跨いでいた格好のまま、静かに腰を上げていき、カストルの性器が抜けるのを待つ。
「あ……ん、この感覚がたまらない」
 たっぷりと存在感を放って後ろに収まっていただけに、たとえ萎えても、抜けていく感触も最高にいい。
「そんな顔をされると、すぐに勃ちますよ」
「ええ? でも、待って」
 片足をよけて一旦カストルから離れると、少し萎えて張りを失った性器に触れ、じっと見つめながら、
「ほんとだ、いっぱい出たぁ」
 嬉しそうにしている。
「じゃあ、今度は外して?」
 そう言うと、
「あなたが外してくれてもいいですよ」
 カストルが許可するのだが、
「僕には出来ない」
 と言い出した。
「出来ない? 簡単じゃないですか」
「恥ずかしいの」
「ええっ」
 出した量が見たいと言ったかと思えば、コンドームは恥ずかしくて触れないと言う。
「あなた、可愛いですよねぇ」
 本当に女子のようだと思うが、たまに大胆になる所は男気だろうか、だが、
「うん、今日の僕はね……ちょっと」
 ラブラドールは意味深長な笑みを浮かべるのだった。
「今日のあなたは確かにいつもと違うような気はしますが」
「うん、だって、ほら、ドレスを着るためにそれらしくしないといけないでしょ?」
「!」
「つまり、女性らしくっていうか?」
「そうでしたか。ですが、今夜のあなたは慎ましやかというよりは、とても積極的だったような……逆に普段のあなたの方が女性のように美しいし、物腰も柔らかく、常にドレスを着ていても違和感がないと思います」
 それがカストルの本音だが、カストルだけの意見に限らず、ラブラドールを知る者は皆口を揃えて同じことを言うだろう。
「……え、だって、女になろうと思ったら、凄く乱れちゃったの。まずかったかな」
「なんと答えていいものか迷いますね」
 ラブラドールも複雑な顔をしていたが、突然、ハッと気付いたように、そばにあった布で自身の躰を隠した。それは女性らしくという演技ではなく、自然に出てしまった行動だった。
「僕の躰、見た?」
「は? とっくに見ましたが」
「やだなぁ、恥ずかしい」
「えっ、今頃ですか? しかも、何処を見られても今更ですよ?」
「そういう問題じゃないの」
「!?」
 ここまでくると、カストルには理解出来ない心理だった。そして、次にラブラドールが言った言葉は、
「そういえば……僕たち、夫婦になるんだよね?」
「え? ああ、はい、そうですね」
「プロポーズがまだだけど」
「は?」
「それなのに先にエッチなことしちゃうから……」
「……もしかして、最初にあなたがやたら抵抗したり、言いたいことが言えずにいたのは、このことでしたか?」
「うん」
「それはそれは!」
 まさか本気でここで夫婦ごっこをするとは思わなかった。ラブラドールは形から入るタイプだったかと考えるが、さすがにカストルもそこまで本格的になりきるつもりはなかったのだ。
「僕、待ってたのに」
「ええ? 本気ですか?」
 そんなにプロポーズされたいのかと真剣に悩む。
「本気だよ」
「ですが、指輪も何もないですね」
「要らない」
「そうですか? 女性はまず、そういったものを好むと思うのですが」
 ラブラドールは”ごっご”だから、そこまでせずともいいらしく、ただ、愛の言葉が欲しいのだった。
「そんなのは要らないの。あ、でも、ちょっとは欲しいかも? だけど、今は用意出来ないから省くとして……」
「分かりました。まぁ、取り敢えず演出的なものとして盛り上がりたいわけですね?」
「そう」
 綺麗な夜景の見える所で、100本の薔薇の花束を片手に……というシチュエーションでなくともいい、ほんの遊びでも、今だけ楽しめる特別な何かを残しておきたかった。
「では、言います。ラブラドール、たった一日だけですが、二日後、私の妻になって下さいますか?」
 カストルがラブラドールの頬に手を添え、優しく囁いた。
「はい、僕で良かったら」
 指輪や花などなくとも、ラブラドールの恥らうような笑顔が、宝石のように美しく、色鮮やかに咲いた。
 
 しかしながら、夫婦ごっこはこれが初めてではないのだった。

 以前も教会の温室や互いの部屋で、事あるごとに夫婦になりきることが多く、フラウやテイトが子供になっていたり、その時々で状況が変わる。ただ、カストルが夫でラブラドールが妻なのはしっかりと固定されていて、それが逆転したり他の誰かがその役をやることはない。
 その度に結婚式もどきをしてみたり、求婚のシーンを演じてみたりと、彼らのごっご遊びはかなり本格的である。
 そして、それを知っているのはフラウとテイトであることも、たとえ知らない他の司教やシスターたちも、カストルとラブラドールが夫婦のように仲がいいことは周知の事実である。ただ、プロポーズの場面だけがやたらと濃いのは、二人だけの秘密だが。なぜなら、毎回違う言葉で、たまにラブラドールから求婚することもあり、それだけならいいが、なんと、「子供が出来た」というシーンもやってしまうから、絶対に人には言えないのだった。一体この二人に何があったのか、どこへ行こうとしているのか誰にも分からない。

「今回はホントに夫婦役だから、楽しそう! でも、次はどんなシチュエーションでやろうかな」
 既に次回を楽しみにしているラブラドールだった。 


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