ずるい大人たち

「ごめん、アヤたん! 待ったー?」
 深夜にヒュウガがアヤナミの部屋にノックも無しに突入してきた。
「……」
 アヤナミは無言でヒュウガを見つめたが、ノックをしろと言いたかったのではなく、待ったと言われても約束など何もしていないと言いたかったのだ。つまり、ヒュウガが勝手に押しかけてきただけである。
「ちょっと忙しくてさぁ、こんな時間になっちゃったけど、ちょうどいいかな? いいよね?」
 ヒュウガは自分の部屋のように動き回り、上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、一人でさっさと裸になろうとしていた。そこへ、
「仕事中だ」
 アヤナミの冷たい一言が響いた。
「それは見れば分かるけど、そんなの後回し!」
 仕事なんでどうでもいいという態度に、一瞬アヤナミは鞭を握りかけたが考え直し、軍帽を取る。
「時間もったいないし、さっさと済ませよう」
 ズボンのベルトに手を掛けながら、ベッドに近寄る。するとアヤナミは、
「全部は脱ぐな」
 そう命じたのだった。
「ん? 別にいいけど、アヤたんが脱がせてくれるの? っていうか、オレ、息子がもうきついって言ってるんだ。早く脱がせて。アヤたん見ただけで勃っちゃうって、アヤたんってば罪な男だねー」
 一人で勝手なことを言い、アヤナミに催促しながらベッドに横たわり、堂々とあくびをする。そんなだらしない姿のヒュウガをじっと見つめ、
「……何処をほっつき歩いていた?」
 鋭い眼差しで訊ねると、
「一区の路地裏歩いてたら綺麗なお姉さんたちにナンパされたの。ソープもいいかなって思ったけど、オレ、今日、女抱きたい気分じゃなかったんだよね。だからアヤたんとこ来た」
 正直に告げるヒュウガは怖いものなしだった。
「確かにきつい匂いがついてるな」
「でしょ、女の子たち、胸やらお尻やら押し付けてくるからすっかり香水ついちゃったよ。この匂いがオレの趣味だと思われたら嫌だなぁ」
「お前には似合わん」
「……そう言われるとムカつくけど」
「認めて欲しいのか?」
「ううん。ただ、オレの趣味じゃないだけだから。あ、嫌いな匂いじゃないよ? 女の子たち可愛かったし、皆胸が大っきくてびっくり」
「……」
「オレ、何もしてないのに勝手に手をとって胸揉ませてくれるんだから最近の子は大胆だなぁって感心したよ。しかも、オレの股間までがっつり触られちゃったし。路上でレイプされるかと思ったね」
「……」
 ありのままにあったことを隠さず話すヒュウガにアヤナミが眉を顰めた。
「ぜんぶ言うなって? アヤたん、こういう話嫌いだよね。あ、もしかしたらアヤたんもナンパされたかった? 呼べばよかったかな」
「結構だ」
「なんでよ、適当に遊ぶくらいなら外も面白いよ? それともそんな体力なくなった?」
「……」
 年寄り扱いされたような言い草に今度こそ鞭を握ったが、
「あ、ほら、アヤたん短気だし」
「怒らせているのは貴様だが」
「なんでオレなの。オレは嘘も偽りもなく本当のことを言ってるだけでしょ。実際に悪いことしたなら怒ってもいいけど、何もしてないのに打とうとするなんて酷いよね」
「……」
 それもそうだと思った。が、ヒュウガの場合はからかいの度合いが強すぎるのだ。
「でも、オレもふざけすぎたか。ごめんね、アヤたん」
 そう言って、寝転がりながらズボンのベルトとボタンを外し、ジッパーを下ろしてしまう。
「待ちきれないから、はい、ここまでしたよ。あとはアヤたんの番」
 実に煽るのが巧いヒュウガだった。
「早くー。今日はどっち? オレはネコでもタチでもいいよ、アヤたんの好きにして」
「……」
 二人は女役も男役もどちらもこなす。そして、どちらをこなすのも巧い。どちらかというとヒュウガの躰の方が大きいが、アヤナミも中々いい体躯をしているせいでバランスがとれ、二役をこなすことが出来るのだった。
「最初はお前が私を抱け」
 迷うことなく命ずると、
「ふーん。ってことは、アヤたん、嫉妬してるね?」
 さきほどの話で女の子たちにあちこち触られてきたヒュウガに嫉妬……というよりも、女の子に嫉妬をして火の点いたヒュウガの欲望を自分に向けようとしている。
「そうだ。もし私がその場に居たら、その女どもを撃ち殺していたかもしれないな」
「ええっ、冗談きつ。そんな子たちじゃなかったし、見たらアヤたんも気に入ると思うよ。確か黒髪の子が好みだったよね? 2〜3人アヤたんの好みっぽい子が居たかも。連れてくればよかったかな」
 乱交を推奨しようとすると、
「そんな子供じみた遊びは飽きたな」
 乱交を子供の遊びと言い切ったのである。
「さすがアヤたん。本当の意味で大人だから、馬鹿なことはしないってわけだ。じゃあ、オレたちが今からすることは馬鹿なことじゃないのー?」
 ヒュウガが笑っていると、
「愚かではあるが」
 アヤナミも笑って呟いた。同じ意味だとヒュウガも突っ込むべきだが、それをしないのがこの会話でのルールだった。
「じゃ、先行はオレね」
 ヒュウガはひょいと起き上がると、服を脱いでいたアヤナミを引っ張り、強引にベッドに押し倒した。
「せわしい奴だ」
 アヤナミがため息をつくと、
「だって時間がないもん。しょうがないよ、もたもたしてたら朝になっちゃう」
 ヒュウガは説明したが、
「ならば、何故もっと早い時間に来ない?」
 そう言われ、
「そうなんだけど、あんまり早い時間にその気になれなかったんだ。オレも年かな」
 自虐的に笑いながら更に続けた。
「たまにこんな時もあるよね。さっきまですがすがしい気持ちだったのに、ふと誰かを抱きたくなったり、抱かれたくなったり。性欲に矛盾撞着はつきものでしょ?」
「そうだな。その点ではお前とは相性があう」
「わぁ、アヤたんからそう言われると嬉しいねー」
 さくさくと服を脱がせながら喜んでいると、
「ヒュウガ、横になれ」
「ん? どうして? オレが先じゃないの?」
「そうだが、急に咥えたくなった」
「えっ、もしかして口?」
「ああ。下着は下ろすな。私がやる」
「わーい」
 ヒュウガは更に上機嫌になる。
 そしてアヤナミは下着の上からヒュウガのペニスを撫で回す。下着の上といっても、もう収まりがきかず半分は露出してしまっていて、
「相変わらず遠慮がないな」
 アヤナミも苦笑するのだった。
「だって、興奮してるもん」
「大きすぎる」
「ごめん」
「お前が謝る必要はない」
「だって、やっぱり嫌かなって」
「私は褒めているのだが?」
「そうだったの? じゃあ、ありがとう」
「これを知ってしまったら、他の男のものなど必要なくなる」
「えっ?」
 どういう意味かと訊ねようとしたら、アヤナミが口に咥え、早速舌で舐め、くちびるや歯で刺激し始めた。一気に快感が押し寄せて妙な声が漏れそうになるのを抑え、
「つまり……オレので満足してくれる……ってことか」
 ヒュウガがため息と共に呟く。
 アヤナミは右と左の睾丸を順番にさすると、その奥の会陰の部分……つまり、袋から肛門まで続く蟻の門渡りの縫い目の辺りを何度も指先でなぞっていた。そこを触ったからといって特別な刺戟があるわけではないが、
「くすぐったいよ。アヤたん、そこ弄るの好きだよね」
 ヒュウガがアヤナミの動向を観察しているように見えた。するとアヤナミは、山のように盛り上がった会陰を指でぐりぐりと押し、完全に遊び始めてしまった。
「もう……これやるとしばらくやめないからなぁ。痛くしないでね?」
 誰の得にもならないというより、アヤナミが面白がっているだけでヒュウガは好き勝手にさせている。
 そして、その更に奥を触るのはもっと後のことで、アヤナミはヒュウガのペニスの先から根元までを唾液でたっぷり濡らし、ヒュウガにはローションを渡し、自分の秘孔を慣らすように伝えると、二人は同時に前戯で準備を整えるのだった。
 アヤナミの中に押し入ったヒュウガの指が2本から3本に増えた時、
「これ以上拡張せずともよい。もう挿れろ」
 ヒュウガのペニスから口を離し、強引に進めようとした。
「いいの? 痛いかもよ?」
「構わん」
「じゃ、今日こそはオレの上に乗って貰おうかな」
 そう言うと、
「上? 私に死ねというのか」
 珍しくアヤナミが弱気になっている。
「駄目なの? 恥ずかしくないからやってみて?」
「そういう意味ではない」
「?」
「自分の大きさを考えろ」
「! そっかぁ。女の子にもよく言われるんだよね……腰を少し下ろしただけで奥に当たるって」
「……」
「今まで男を相手にした時も絶叫されちゃったからなぁ。アヤたんなら大人だし男だし、大丈夫かなって思ったんだけど」
 ヒュウガはただ正直に話しているだけなのかアヤナミを試しているのか、恐らく後者であろう、挑戦的に過去の話を持ち出す。
「お前は中々性格が悪い」
「えっ、意地悪かな? 悪気はないんだけど」
「だとしたら正真正銘最悪だ」
「えー!」
「許さん」
「ちょ、あれ? アヤたん?」
 アヤナミはヒュウガの上に乗り、固く張った先端を孔に当てると、無理やり腰を下ろしていった。
「くっ」
 美しい顔が苦悶の表情に歪んだ時、ヒュウガの理性が吹っ飛び、
「もう、知らない」
 予告もなく下から突き上げてしまったのだった。
「ヒュウガ!」
 当然痛いし、きつい。
「ああ、アヤたん、締まる。中が……きつい。ねぇ、ちょっと後ろの方に倒れるように傾いてみて。手はオレの膝の上に置いていいから」
 ヒュウガはアヤナミの躰の向きを変えさせ、位置を微妙にずらしながら腰を持ち上げてヒュウガが亀頭だけを残し、ゆっくりとまた穿つように下から突く。前立腺を狙ったのは確かで、アヤナミは息を呑んで目をきつく閉じ、恍惚と顎を逸らした。
「あは、ちゃんと感じてくれたんだね」
 ペニス全体の挿入は危険で、ヒュウガは下になりながらもアヤナミの二つの袋を手でどかし、結合部分をしっかり見て、半分までを基準に律動を繰り返し、アヤナミの声が次第にいやらしく濡れていくのを聴きながら、白く締まりのいい躰を存分に味わうのだった。
 次は後背位で、比較的やりやすい体位でも変わった動きをしてみたり、やたらと刺戟が多く、
「お前は本当にいらやしい男だ」
 アヤナミはヒュウガのテクニックの多様さに毎回驚かされる。
「えー、なんでよ。こんなの誰でも出来るんじゃないの」
 本にも載っていないし、レッスンを受ける学校もないが、
「勝手にこうなるし、オレにとっては何も考えなくても出来るのがセックスだよ。大体、本能じゃん。相手が好きな人なら尚更ね」
 堂々と答え、そして慇懃である。
「うーん。アヤたん、バックで脚閉じてるとめちゃくちゃ締まってオレがやばいから脚開いて」
自分の膝でグイとアヤナミの脚を開いてしまい、体勢を崩す。
「……っ」
 猥らな格好にされて義憤したアヤナミはヒュウガを嗜めようとしたが、
「廻すよ」
 円を描くように腰を回されて仰け反った。
「!!」
 これが酷く気持ちがいいのだった。激しくされてもいけないし、軽くてもいけない。この絶妙な動きはヒュウガにしか出来ないものと思われた。
「アヤたん、いい躰してるよね。背中も尻も、見てて飽きない。すごく綺麗だ」
 うっとりとヒュウガが呟くと、アヤナミは冷笑し、
「ふん、当然だろう、私は完璧だからな」
 強く出た。
「自分で言う。ま、ほんとのことだけど、男にしておくのが勿体ないっていうわけじゃなくてね、むしろ男でよかったっていうか」
 肩から背中、腰、尻と順番に撫でて、手触りを堪能したあと、ふぅ、とため息をついてヒュウガが天井を仰ぎ、
「駄目だな、一回出すか」
 外に出すか中に出すか、先に射精をしてしまうことを考えた。中、と言ってもしっかりとコンドームをしているから、このまま挿入先で出しても困ることはない。外に出す時はコンドームを外してから何処かに出す。
「私から抜いて着けているものを外せ」
 アヤナミが急遽命じた。
「どうして? 外出し推奨?」
「飲んでやる」
「え、今から?」
「そうだ」
「うーん、出来ればオレは外してまたナマでぶっ込んで思い切り直腸発射したかったなぁ」
 真面目な顔で希望を述べても、
「それは許可しない」
 洗浄もしておらず、まして明日も仕事となれば危険頻度の高いことはなるべく避けたい。
「いいよ、じゃあ、全部飲んでね。でも、まだだよ、まだイカないことにした」
 ヒュウガは奔放にアヤナミを攻める。
「だって、アヤたんの中、気持ちいいんだもん、たまらないよ?」
 少し押し気味に腰を入れると、
「……ッ」
アヤナミが大きく息を吐いた。
「痛い? もっと挿れちゃ駄目?」
「構わん」
「ありがとう。じゃ、適度に進める」
 ヒュウガはいつもしている箇所まで深く嵌入していった。だが、
「ああ、吸い付く……オレのものが吸い込まれていくみたい。腰が勝手に動いて止まらないよ」
 アヤナミの尻を支えて猥らに腰を跋扈させている。
「まだだ、もっと……私に近づけ」
「ん、でも、内臓やばくなる。また拡張プレイするつもり?」
 未踏の地へ踏み入れるような覚悟が必要だと言うと、
「私をもっと攻めたいと思わないのか。どうせなら、お前のその立派な逸物がどこまで入るか確かめてやる」
 ヒュウガに対しては当然命令口調だが、
「なんかアヤたんナチュラルに変なこと言ってるけど、オレがもたないもの。アヤたん、中、どんだけ凄いことになってるか分かってない。オレの方が喰われちゃう」
 ヒュウガの声が幾分掠れてきていた。
「アヤたん、軍人になってなかったら躰売って稼げたかもね」
 それでも怒らせるようなことを言ってアヤナミの様子を窺う。
「貴様は私を何だと思っている」
「えー? 男たらし」
「貴様と同じにするな」
「なんだ、違うの?」
 誰にでも躰を開くわけではないし、本来なら、さしてセックスにも興味がないのだ。ヒュウガに合わせていると言えば、それまでだが、アヤナミもヒュウガを前にすると猥らになるのは分かっている。
「っていうか、オレのせいだとか言わないでよね。アヤたん、責任転嫁なんてしないもんね」
 最初から釘を刺すと、
「お前ほどの男を前にして冷静で居ろという方が無理だ」
 アヤナミが本音を打ち明けた。
「……それって喜んでいいの?」
 ヒュウガが疑っている。
「当たり前だ。私はお前に惚れているのだぞ?」
「!」
 その台詞を聞いて絶頂が遠のくくらい驚いた。むしろ萎えるかと思ったほどだ。愛されているということは普段の会話の端々から感じ取ることはあったが、アヤナミの場合は、その愛ですら痛みを伴うことがある。だが、今回は痛みなどなく真剣な表情で、ヒュウガはもう一度同じ台詞が聞きたかったが、二度と聞けないかもしれないと思い、
「だから男殺しだって言ってるんだよ」
 さきほどまで躊躇っていた奥への挿入を意地悪く試みたのだった。
「!!」
 あのアヤナミが仰け反るほどだから、相当の衝撃があったはずだが、くちびるを緩ませて満足そうに微笑み、
「まだだ」
 強気にねだる。
「あのね。ここまでくると、抜く方が大変なくらい奥までいってるんだけど。アヤたんって本当はドM?」
 少しヒュウガが呆れると、
「お前でしか味わえない」
 それでもアヤナミはヒュウガがいいのだった。
 ヒュウガには射精が許されず、そしてアヤナミもこれからの自分の役割のために一度でも達することは許されなかった。
 しばらくヒュウガに挿入の感触を味あわせ、肉体的にも精神的にも限界が訪れてから一旦躰を離し、ヒュウガが素早くコンドームを外すと、アヤナミがすぐにそそり立ったペニスに喰い付く。
「うあっ、超気持ちいい……!」
 ヒュウガは背中を震わせた。
「ところで、ほんとに飲むの?」
 迷いながら訊くと、アヤナミが大きなものを口に含んだまま、
「出せ」
 と言った。
「咥えながら喋るってエロイよね」
 ヒュウガは随分と楽しそうだった。そして悶えたくなるほどの快楽を感じ、
「そろそろ出そう。アヤたん、もっと吸って」
 アヤナミがきつく吸い上げると、
「んっ!」
 腰を押し付けるように突き出して、ペニスを更に口の奥へと当て、一気に精液を放出させる。
 どくん、と音が聞こえそうなほど、ヒュウガは思い切りアヤナミの口に情欲の種を撒き散らした。
「ア、……くっ、ごめん、たぶんかなりの量が出た」
 しっかりと喉に流し込んで、アヤナミがそれを音を立てて飲み込むのを確認してから、
「うわぁ、アヤたん、飲むの上手だなぁ。大して美味くもないザーメンなんか美味しそうに飲むんだもん、オレも真似しなきゃ」
 ヒュウガはひどく興奮していた。すると、
「ワインより美味だが?」
 冗談なのか本気なのか、耳を疑うようなことを言われてヒュウガが仰天している。
「あんまりそういうことを真顔で言っちゃ駄目だよ……」
 興奮のあまり、めまいがした。
「私が飲みたいと思えるのはお前だけだ」
「えーっ?」
「お前のことは買っていると常々言ってあるだろう。それは仕事だけではなく、こういうことも含む」
「そうだったの?」
 そして、そこから形勢が逆転する。
「次はアヤたん」
ヒュウガはにっこりと笑ってアヤナミを引き寄せ、
「……」
「抱かれてる方がいいなんて言わないよね? オレもされるのが結構好きだったりするから、男役ばっかりじゃつまらないんだ」
 正直に打ち明けたが、アヤナミは乗り気でないわけではなかった。まだ切り替えるのに時間がかかっているだけで、
「いいよ、その気になるまで待つから」
 こればかりは仕方がないと余裕を持つしかない。
「大丈夫だ」
 アヤナミは普段から余り表情が変わらないが、この時もやはり冷静で催促されても慌てず、見た目には分からなくても、雰囲気を愉しんでいる。
「ほんと? じゃあ、して」
 体位は予め決めずとも、さきほどとは違うやり方をするのが二人のルールだった。つまり、今度は正常位である。ただ、ヒュウガがひどく昂ぶっている時は上に乗ることもあるが、今のような状態では正常位が普通なのだ。
「顔が見られて幸せ」
 ヒュウガは饒舌で、自分が犯されることに危機感がないどころか、早く早くと楽しみにしている。
「あ、準備しないといけないね。オレ、自分でやるからいい。ついでにアヤたんのも扱いてあげる。アヤたんはオレの棒持ってね」
 ヒュウガは拡張すら自分で行なう。
 ローションを長い指につけて、そして指を入れる。他人にしているだけあって慣れているし、ちゃんと分かっていて、
「自分でやっててもつまんないんだけど、しょうがないよね」
 などと言っている。
「お前は私の手は必要としないからな」
 アヤナミが拡張をしようとしても、いつもヒュウガはあっさりと断ってしまう。
「違うよ、アヤたんにして貰うより、オレが自分でしてるとこ、見せたいんだ」
「……つくづく露出が好きなやつだ」
「そう? だって、普通じゃ面白くないもん」
 ヒュウガの考えや行動は大胆なことが多く、アヤナミはそういう所も気に入っていた。
「お前のすることに異存はない。感心させられる」
 アヤナミはヒュウガの肉棒を掴むと、中ほどの位置で指先を上下に動かし、親指の腹で裏筋を捺した。
「アヤたん、手が冷たい。でも、そのひんやり感がいいね」
「お前はさきほど出したばかりで、よくこの状態が続くものだ。持続力も強靱だな」
 ヒュウガは長いインターバルを置かずにイレクトし、射精をするまで完全勃起したまま、十分な硬さを維持する。
「そうだね、オレも自分でびっくりしてる」
「恐ろしいやつだ」
「そんなこと言ったって、アヤたん、こっちは凄いことになってるのに顔はクールなままでさぁ、ずるいよね。少しだらしない顔してみなよ」
 ヒュウガもアヤナミのペニスを扱きながら、自分の言いたいことを言う。
「そのうちしてやろう」
「ちぇー、またそうやってはぐらかす」
 日常会話をするように再び前戯を始めた二人だが、どちらが先に欲しくなるかは時間の問題だった。
「ヒュウガ」
 この場合は先に名前を呼んだ方が合図となる。
「ん、いいよ。あとはアヤたんに任せるから」
 ヒュウガは完全に受け身の態勢に入った。
「どうした、今日はやけに素直だ」
 アヤナミがふと笑った。
「えー? どうしてだろうねぇ。10回に一度くらいは、いい子になってみようかな、なんて」
 本当かどうか分からない態度を見せていると、アヤナミはため息をつき、
「昔から生意気な所は変わらず、たまに言うことをきくと思えば裏がある。狡猾なのは誰に似た」
 ヒュウガを責めた。
「誰って、こんな時に、そんなこと聞くかなぁ。答えてもいいけど、アヤたん怒るから言わないよ」
「どうせ私に似たと言うつもりなのだろう?」
「あれ、バレてる」
「お前の言い逃れはすべて私に矛先が向けられる。長年の付き合いだ、今更お互いのことが分からないはずもなかろう」
「だよね」
「誤算が一つだけあるが」
 今夜のアヤナミはいつもよりお喋りで、会話の幅が広かった。少し意外だと思っていたヒュウガは、今度は何を言われるのか思わず構えてしまう。
「誤算?」
「生意気なのも身体能力が高いのも良しとする。が、私より背が大きくなったことは許せないな」
「えっ!? 身長!?」
 ヒュウガがぎょっとしていた。
「そうだ」
「マジで? そんなふうに思ってたの?」
「私の身長を5ミリ越えた時点で苛ついたが」
「いつの話ー!?」
「忘れたか?」
「……アヤたんがオレのことをやたら睨んでいる時があったから、その時かなー」
 ヒュウガは呑気に答えたが、内心は冷や汗ものだった。
「まぁ、いい。我が部下の成長を思えば苦でもない」
「! 今日のアヤたんは、珍しいことばっかり言ってるー」
「お前と居ると、過去を思い出すことが多い」
「それは仕方ないよ」
「今の関係も不思議なものだが」
「不思議? オレにとっては全然不思議じゃなくて、こうなるって分かってたけど」
「よく言う」
「だってアヤたんのこと、好きだもん」
 ヒュウガはそう言いながら、自ら脚を大きく開き、アヤナミの腕を掴んで引き寄せて自分の脚の間に嵌め、
「だから早く挿れてくんない?」
 大雑把に誘うのだった。
「焦るな」
 アヤナミの短い台詞と共に、猛ったペニスがヒュウガの後ろを穿った。
「……ッ」
 息を漏らしたのはヒュウガで、続けて顔を顰め、
「準備してもさぁ、結構痛いんだよね」
 正直な感想を述べている。
「これくらい我慢しろ」
「他人事だと思って……」
「私がお前に犯される方が痛いのだぞ」
「はー? それはしょうがないし、終わってから言われてもぉ。あ……ッ、いやいや、そうじゃなくて一気に奥まできちゃっていいから」
 アヤナミが入り口で仕掛けてくるのを駄目出しで止めようとして、
「一々注文をつけるな」
 まるでギャグのような言い合いをしているが、
「アヤたん、いきなりオレのGスポット狙うから! オレは敏感なんだからやめてよね!」
 女性でもないのに類似した部分を言い表し、まだ著しい快感は要らないと訴える。
「わざとやっているのだが」
「意地悪! オレはもうちょっと痛いのがいいの!」
「……」
 痛みを与える方が意地悪と非難されることはあっても、気持ちよくしてやって意地悪呼ばわりされることはないはずだ。アヤナミはつくづく扱いにくいと呆れるが、ヒュウガの場合はそれでよく、そんな所が気に入っている。まるで愛は盲目といった具合である。
「お前も中々具合がいい。女役が見事にこなせるとは予想外だ」
「……女……ねぇ。オレはそんなに可愛いもんじゃないと思うけど」
「そうだな、10回に一度は可愛いと思えるくらいだ」
 興奮して暴れるとベッドを破壊しそうになるし、動きも大仰で一々男らしいのを、女と表現するのは、ヒュウガを煽っているに過ぎない。
「っていうか、男同士の味を覚えちゃうとたまんない」
「お前がそれを言うと説得力があるな」
「それぞれ違う味はあるけどさ。……ッ、痛っ、やっぱ喋りながらは厳しい」
 アヤナミが腰を進めると息を吸いながら顔を顰めたが、その表情が何とも言えず、
「いい男だ」
 アヤナミが褒めた。
「うっわ、地球滅亡の日が近いかも」
 そう言いながら苦笑すると、
「余裕があるのも憎い」
 アヤナミはヒュウガの反応が好きでたまらなかった。
「余裕? そんなの、ないよ。見れば分かるじゃん」
「嘘をつけ」
「はは。しょうがないな、じゃあ、そろそろオレも啼くとしますか」
「宣言してどうする」
「こうする」
「!」
 ヒュウガは右足を使ってアヤナミの腰を自分の方に引き寄せ、
「もっと来てよ」
 そうせがんだのだった。
「相変わらず足癖が悪いな」
 またアヤナミが呆れると、
「手癖も悪いよ」
 自分は両手が空いているのだとばかりにアヤナミを触りまくる。胸に手を当てては「いい胸板」だの、乳首をつまんでは、
「ここは触るのも触られるのも好き」
 と言って、右手でアヤナミの突起を、左手で自分のそれを弄ぶ。
「ん、やっぱり挿れられながら胸に触ると気持ちいい。っと、アヤたん、ピッチ上げないでね」
「分かっている。その代わりたっぷり時間をかけてやろう」
「そんなに愉しんだら朝になっちゃうじゃん」
 急いで始めた意味がないと思うが、
「私は構わん」
 と素っ気ない。
「睡眠時間……」
 ヒュウガが未練がましく言うと、
「そんなものが必要か?」
 アヤナミが薄く笑い、更に腰を入れる。
「……ないよね。愛し合う方が大事?」
 ただ大人同士の欲に溺れているだけで、この関係に終わりも始まりもなく、そして永遠に続くような無窮のプロセスが存在しても、二人は都合よく楽しんでは、躰も武器にしてしまう。
「好きなように解釈すればいいだろう」
「してるよ?」
 どうせ翌日には抱き合ったことも忘れるくせに、今だけの会話はいつだって甘美で、そして逃避的である。
「噛み付きたくなるな」
「えっ、アヤたんが?」
「あまりにお前が可愛くて」
「憎いの間違いじゃないの」
「そんなことはない。私だって人並みに欲情することもある」
「へぇ。アヤたんの場合は顔がクールで躰はいやらしいから、そのギャップがいいんだけど、たまに変なこと言うから驚くよ」
「可愛いというのは、今のお前だ。私の下で、しっとりと汗で躰を濡らして私を受け入れている姿がな」
 身長も体重もアヤナミを上回るとはいえ、ヒュウガは下になれば、それなりに嬋媛たる形貌を見せる。
「……でしょ?」
「可愛くないやつだ」
「どっちだよ」
 そう言いながら、ヒュウガの方からアヤナミの頬に手を伸ばしてくちびるに触れると、
「これ、いいな」
 くちびるをなぞって欲しそうにする。そして今度はベッドで少し上半身をあげるように肘をつき、
「ちょうだい」
 自らキスをねだった。
 これでは遊びが遊びではなくなってしまうが、本気でも遊びでも、どちらでも良いのだ。

 ゆっくりと確実に皮膚をこすりあって一度一度に感じる快楽を躰に溜め込みながら、ぎりぎり最後まで持ち堪えて絶頂を迎える時も、勿論互いが無理に合わせるのではなく、何も言わずとも分かり合っていて、動きもスムーズで、心が重なる。
「中でイって」
「分かっている」
 こうして敢えて口に出すこともあるが、それはその方がいやらしいからという理由でそうするのに、このやりとりが長々と続くわけではなかった。
 最後の最後に激しくなり、
「ああっ、ア……ヤたん、いく、いくっ!」
 設定しなおした臨界点に再び到達してしまえば、もう制御が出来ない。
「一緒だ」
「……ッ!」
 一秒の狂いなく、二人の躰が同時にピタリと動かなくなったのは見事であった。ただ、ヒュウガのペニスの先端からは白い劣情の証が滴り落ち、二度目の射精にもかかわらず濃い多量の精液を放ったのだった。
 アヤナミがコンドームを着けていたから後で面倒な処理をせずに済み、終わるとヒュウガは面白そうに自分の腹を濡らした液を綺麗に拭い、どちらからともなく一度だけ軽くくちびるを合わせると、
「最高だった」
 ヒュウガの台詞に相槌を打ち、アヤナミはベッドから離れた。ヒュウガもまたすぐに服を着ようとして後戯すら受けようとしない。
 しかし、そこには或るカラクリがあって、
「んじゃ、香水くさいからこれ置いてく。着てもいいよ」
 ヒュウガは自分が着ていた軍服を置いていこうとする。そして、
「アヤたんのシャツを貸してね」
 そう言ってアヤナミが着ていたシャツを着込む。上着はアヤナミのオリジナルのためにヒュウガが触れることはないが、
「ちょっと小さいけど、このピッチリ感が何とも言えないんだよねっ」
 ほとんどボタンを嵌めないまま、最高にだらしない格好をしてみせる。しかし、
「随分色っぽいな」
 事後の方が危険なのだった。
「あはは、でも帰るよ。アヤたんはお仕事?」
「そうだ」
「ふーん。頑張って。いやらしいこと思い出して書類に間違ってオレの名前を書かないようにね」
「それはない」
「つれないなぁ」
 冗談を交わし、ヒュウガは上半身以外はきっちり身支度を整え、
「いいよね、こういう関係」
 そう言葉を残してアヤナミの部屋を去った。
 後腐れがなくて、刹那の会話も楽しく、一進一退のロマンティックバトルを満喫する。余韻は一人になってから楽しむものと考えているようだった。
 ただ躰だけが目的であれ、二人の間には偽りも訝りもない。好きだからするのであって、何にも縛られずに快楽に身を置き、委ね、心置きなく遊べるのは大人だから出来ること。手慰みとしては十分に満足のいく行為であり、そして何よりも互いの魅力にとりつかれて狂人と化しているだけなのかもしれない。
 たとえ愛の言葉がなくても、ベッドで激しく交わりながらキスをしない日があったとしても、それらは大人ルールとして、しっかり成り立っているのである。
 互いの持つ蠱惑の誘引に嵌まり、己の欲しいままに欲望を貫いて、ゲーム感覚で夜遊びを繰り返し、”ずるい大人”と呼ばれても、恐らく彼らは否定しないだろう。

 朝になり、寝坊をして遅刻をし、コナツに迎えに来られたヒュウガは、脱ぎ散らかした服の中に上着がないとコナツにさんざん責められ、香水くさいから捨てたと言ってはこっぴどく叱られていた。
 一方アヤナミは事後、ヒュウガのシャツも軍服の上着もそのままに……というよりそばに置いたまたま仕事を続け、
「シャツ一枚で帰るとは、風邪を引かなかったのか」
 などと余計な心配をしていたのだった。残り香がヒュウガの香りではなかったのが残念だと思いながら。


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