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「あっ、あれは……」
 テイトが遠くを見て声を上げた。たまたま一人で行動しているとき、視線の向こうに見覚えるある顔を見つけたからだ。参謀部に配属され、任務先で倒れたテイトは記憶をなくして治療を受けながら再び参謀部でアヤナミ参謀長官のベグライターとして休む間もなく仕事をこなしていた。
 たまたま用事があって軍内の廊下を歩いていた時、
「カル!」
 懐かしい相手を見つけ、声に出したが、その声は相手との距離がありすぎて届くはずもなかった。カルは遠くからテイトに気付いているのかいないのか、ミロクの後ろに立って上司との会話を続けていた。
「やっぱ分からないか……」
 テイトが諦めかけたとき、カルがふとテイトを見て手を上げた。上げたというより、敬礼の動作をしたのだった。しかも、整列をするような正しい姿勢ではなく、軽い挨拶のように、わずかに口元を綻ばせていて、ミロクの後ろでこっそりそんなことをするカルが面白くて、テイトが思わず吹き出すと、次にカルは人差し指をくちびるに当てて「シィ」とやってみせた。
「あは。カルってば」
 今のテイトにとって、カルは軍の中では一番接触の多かった相手である。どんなに参謀部で仕事をしても、たった二ヶ月間、だいぶ馴染んできたが、ミロクは育ての親でもあったし、それは名ばかりで実際にテイトの世話をしたのは、クレアという女性と、実質、カルが話し相手になっていた。
 カルとの関係は士官学校に入ってからも続いていたし、カルにとってテイトは監視しなければならない「的」でもあったから、テイトが気付くと、いつの間にかそばに居たり、何か問題が起きるたびにそばに来ては助言していた。
「久々に話してみたい」
 テイトは仕事の途中であったが、それを投げ打ってカルの居る方へ走っていきたかったし、カルにもまた来て欲しいと思った。だが、テイトが課せられたのはサボるわけにはいかない重要な仕事だった。
「ああ、これを届けないと」
 自由の身でないことが、これほど悔やまれたことはない。今は参謀部に所属し、あの参謀長の補佐をしているのだから身勝手な行動は厳禁で、みっともない姿を晒すわけにはいかなかった。
「カル……」
 振り切れない思いを引き摺ってもう一度カルの方を見ると、カルは一度だけ頷いて、ミロクと共に更に遠くへ行ってしまった。
「またね」
 テイトは少し寂しそうに独り言を呟いて、与えられた任務を遂行した。

 士官学校から首席で軍に入り、二ヶ月が過ぎ、立派に任務をこなしてきた……という話は聞いたが、今のテイトにはその間の記憶がなく、胸を張って言えないことが負い目になっている。しかし、配属された参謀部ではメンバーと仲良くやっているし、記憶がない割りには事務仕事もスムーズにこなしていると思っていた。

 参謀部は忙しい。さばいてもさばいても書類の山が運ばれてくるし、それ以外の仕事もあり、猫の手も借りたいし、手が足りなくて分身したいほど追い込まれることもあった。
 特に慌しかった今日は、昼食を摂るのが遅れた程度で済んだが、残業は避けられない状況だ。
「夕方までに、こちらの書類の検閲をお願いしますね」
 事務処理で直接指示を出しているのがコナツで、テイトは率先してコナツから指示を仰ぎ、期待以上の力を発揮してコナツの手助けをしていた。
「本当に助かります。テイト君が情報処理が得意で良かった」
 そう言われるのが嬉しくて、更に頑張ってしまう。
 一通りの仕事を終えて、明日の予定も確認して部屋に戻ろうとしたテイトは、この時間になってようやく疲れを覚えてため息をついた。
「すっごい働いたなー」
 参謀の仕事ぶりを見ているとまだまだ足りないと思うが、あの仕事量をこなすのは今のテイトには出来ないし、補佐をするだけで精一杯である。
 疲労した躰を休めたくても部屋に帰ればシュリが好き放題していて、ある程度制限のある相部屋で悠々自適に暮らしているあたり、まだ学生気分が抜けないのだろうと思うと、そこに帰るのもまた疲労度が増すだけだった。
「かといって、何処にも行くところがない……」
 軍の庭に出て散策するのもいいかもしれないが、外は雪が降っていて寒いし、何より既に日が暮れて真っ暗なのだ。ここで一人でフラフラ歩いていたら逆に補導されてしまう。
「しょうがない。帰ろう」
 自分の机の周りを片付け、参謀部のメンバーに挨拶をして直属の上司であるアヤナミにも報告をしてから帰路に就くと、
「終わったのか」
 長い廊下の少し先に、見知った姿が視界に入った。
「カル!」
 疲労感も何もかもが吹っ飛ぶようなサプライズだった。
「時間がない。参謀長には悪いが、攫うしかないんでね」
 そう言って、カルはあっという間にテイトを違う場所へと連れ出したのだった。連れ出すといっても軍内である。しかも、用意周到なことにテイトに変装まで施した。
 辿り着いた場所で伊達眼鏡やマスクを取ると、
「あ、ここ」
 覚えのある景色にテイトは顔を輝かせた。
「オレが使っている部屋だ」
「うん、覚えてるよ、しょっちゅう遊びに来てたもの」
「内緒でな」
「だね。こっそり逢わないといけないから、いつも必死だった」
「今日は、もっと慌しいぞ」
「まだ就寝時間にはなってないよ?」
「だが、長時間部屋を空けていれば捜索願が出される可能性もある。参謀長は用心深いからな」
「大丈夫だよ、仕事はきっちりこなしてきたし」
「……それだけではないんだが、まぁ、いい」
 そろそろ世間話を引き上げて、本題に移りたいところだ。本題といってもお喋りではなく、
「すぐに脱いだ方がいい?」
 テイトはこの逢瀬の目的が分かっているのだった。
「そうだな、それがいい」
「でも、オレ、ボタンを外すのが苦手」
 本気で困ったような顔をしていると、
「まだ苦手なのか。不器用だとは思っていたが、もう大人だろう」
 カルが呆れながらテイトのそばに寄り、軍服に手を掛けた。
「大人って、オレ、まだ15だけどっ」
「そうだったな。だが、自分で着替えが出来る年だ」
「あ、分かった。言い直すよ。オレ、カルの前でだけはボタンを外すのが苦手なんだ」
 つまり、脱がせて欲しいということだった。
「いつから甘えるようになった? その上目使いも、誰から教えて貰ったんだ。参謀か?」
 カルは疑うような眼差しを向けたが、口の端で笑い、少しからかいながらテイトに詰め寄った。
「まさか! 参謀長には冗談も言えないのに。上目遣いって、カルの方が背が高いんだから仕方ないだろ。それに、オレ、カルに脱がせて貰うの好きなんだ」
「昔からの決まりみたいなものだったからな」
 怪我をした時、疲れた時、何らかの事情で一人で着替えが出来ない時はクレアではなく、カルに手伝って貰うことが多かった。見張りだと言ってテイトのそばに居たカルを体よく使い、いつの間にか飼い馴らされるより飼い馴らす方にもっていったテイトは利巧だったが、しかし、それもカルの目論見だったのかもしれない。テイトが躰を許すようになったのも、その延長だったのだ。
 久しぶりに二人きりになってベッドでスムーズに事が進むようになったのも、これまで回数を重ねてきたせいで、お互いの欲しいものや望むのもが言わずとも分かる間柄だからこそ出来る”技”でもある。
 最初のキスで、どうしてもテイトの躰の力が抜けて、後のことはすっかりカルに任せるようになってしまうのも計算のうちで、そしていつものこと。
「ん……」
 テイトは、その大きな瞳を潤ませて小さめの口をわずかに開きながら喘ぐ。
「今日は出来上がるのが随分早いな」
「だって、時間がないんだもの」
 本当はすぐそばに時計を置いて、時間を見ながら致したいところ。
「いいさ、何かあった時の言い訳は考えてある」
「ほんとう?」
「だから心配するな」
「分かった、心配しない。ただ、早く一つになりたい」
 カルの腕にしがみつきながら、そんなこと言うテイトに、
「お前は変わらないな」
 カルは満足げに微笑むのだった。
 童顔で躰が小さい割りには、しっかりと快感を覚えて、それを表現する仕方も忘れない。だからカルに凄まじい愛撫を受けると、声を上げて仰け反りながら啼く。
「男のくせに、このくびれはなんだかな」
 いつもクールなカルが苦笑するほど、テイトの腰周りはひどく淫乱だ。
「小さい尻は相変わらず触り心地がいい。こんなのは中々居ないぞ」
 まるで品評をするようだが、それほどテイトの躰は魅力的だった。
「そんなこと言ってるけど……」
 今度はテイトが反撃する番だ。
「オレはカルの躰が大好きなのに、カルはあんまり触らせてくれないから」
「触るのはオレの役目、触られるのはお前の役目だ」
「そんなのつまらない」
「納得いかないなら、肩でも背中でも触ればいいだろう」
「いいの? カルの服も包帯も、ぜんぶ取っちゃうよ?」
 一瞬テイトが目を輝かせたが、
「すればいい」
 簡単に許可が出ると、逆に興味を無くすのか、
「でも、時間がないから今はここだけでいいや」
 と言ってカルの股間に手を伸ばしたのだった。
「大胆だな」
 カルが笑っていた。
「だって、ここが一番好きだもん」
「おいおい、男が言う台詞じゃないぞ」
 同じものを持っていてそれはないだろうと呆れるが、テイトが言う意味は、その逞しさや大人の風格、そしてテクニックも含めている。それに、何よりも自分を気持ちよくしてくれる”いいもの”として認識しているのだ。
「しょうがないよ、これ一つでどれだけ気持ちよくなると思ってんの?」
「……そんなことを言うやつだったかな。オレの育て方がよくなかったか」
 カルはまだ苦笑していたが、テイトが真剣な表情で半勃ちのペニスを扱き始めた。
「もう欲しいのか」
「うん、すぐにでも」
「そうか」
 催促されても焦らす時間もなく、カルもテイトをすっかり裸にすると、そばにあった温感ローションで指を使い、丁寧に後ろを慣らす。
「あ、ぅ……」
 暫く互いに前戯を施しあって明らかな躰の変化を感じ取り、確実に乱し、乱されていく。
 テイトだけが全裸で、カルはすべてを晒しているわけではない。普段から特殊な格好をしているが、今はそれをわずかに崩しただけで、やはり素顔を見せることはないのだ。
 テイトがぜんぶ見たいと懇願しても、いつもごまかされてしまう。それよりも危ないプレイをしているようで、そのままのカルに犯されるだけでテイトはひどく発情するのだった。
「どうしてカルにこうされると気持ちよくなるんだろう」
「そりゃあ、そういうことをしているからさ」
「でも、特別にいいよ、凄くいい」
 言ったあとでだらしなく口を開いて仰け反り、喘ぐ。
「……軍に入って人をおだてることを覚えたか?」
「そんなんじゃない、あ、もう、いい。たぶん、入る」
 自分で分かっているのか、テイトが後ろを向いて尻を差し出した。
「バックが好みだったな」
「うん、好き」
 最初の頃は怖いと言って嫌がったが、今ではすっかり虜になっている。
「いいことだ」
「……悪い子って言うと思ったのに」
「昔のように叱られたいのか?」
「……」
 ミロクに引き取られてからの話し相手であるカルは、時折テイトに厳しい言葉を向けることもあった。そうでなければ戦闘用奴隷として生きていけないことから、当たり前のように冷たく接することもあったし、また明日戦うために甘い言葉を掛けること自体がご法度という世界だったのだ。
「痛みがあっても耐えれるな?」
「うん、その方が嬉しいよ」
「……なんだ、そんな性癖まで身に着けたか。大人になったな」
 カルはとにかく今のテイトを相手にするのが楽しくしょうがなかった。前回躰を重ねた時にはしなかった仕草や言わなかった言葉を表現するようになり、何処で覚えたのか少しだけ妬ける。
「違うよ、カルの前だと、オレ、すごく自由になっちゃうんだ。あと、進化? だから、変なこと言っても気にしないで」
 これも十分な煽り文句である。
「それは構わないが、余り可愛いことを言うとオレが離したくなくなる」
曇りのない本音だった。
「そんなふうに思ってくれてるの?」
「でなければお前を求めたりしないだろう」
 カルの前で文字通り裸にされたテイトは、態度が小さな頃のようにずるくなったり駄々っ子のようになったりする。普段は負けず嫌いで気の強い性格をしているが、こんな時だけは変わるのだ。本当に愛しくて出来ればこのまま屋敷に連れ帰りたい。
「カルだってオレの前だと仕事の顔から素になるじゃん。いやらしいこともするし」
 カルは仕事上では言葉遣いも丁寧だが、テイトの前で二人きりになると一人称が”オレ”に変わり、体罰も平気で行う。ベグライターとして働いている姿と180度変化するのだった。それがテイトにとっては新鮮で、且、刺激になる。
「さぁ、挿れるぞ」
「わ、やっと!」
「……そんなに嬉しいか?」
「当たり前だよ」
 会話をしながらゆっくりと挿入を開始すると、言うとおりにテイトは最初の痛みに顔を歪め、
「あ、駄目かも」
 と弱音を吐いたが、すぐに首を振り、
「痛気持ちいい。めちゃくちゃ新感覚、カルって凄い、なんで、どうして」
 嬉しそうに呟いた。
 時間があれば色々な角度から中を刺激したかったが、遊んでいる暇はなく、
「乱暴にしちまうが、許せ」
 そう言って大きく腰を使い始めた。
「あっ、アアッ、すご……ッ」
「余り喋るな。舌を噛む」
「だってっ、ねぇっ、あれやって、あれ!」
 子供が我情を通そうとするように訴えると、カルはテイトの台詞の意味をすぐに理解し、
「……手加減はしない」
 肩を押さえ、勢いよく突き上げた。
「わぁっ、やだ、気持ちいいよ、もっとして!」
 こうして後ろから肩をがっちり押さえられたまま突き上げられるのが好きだった。後ろからされる時は強引で激しい方がいい。
「相変わらずよく締まる」
 流れ込んでくる快感は言葉には表せない。だから、ただ快楽だけを追い、今だけはすべてのことを忘れて淫猥な行動に没頭するのだ。
「ああ、いいよぉ、たまらない、すごく気持ちいい」
 テイトは自分の下腹を撫で回した。ヒクヒクと震えている性器は弄らず、腹に手を当て、そのまま上にずらしていき、指先にわずかに力を入れて自分の胸を引っかいたのだった。
「おい、いたずらはするな。自分の躰に傷をつけてどうする」
「気持ちいいんだもの」
「自傷癖まで覚えたのか?」
「違うもん、じゃあ、カルがオレの胸揉んで」
「……」
 リクエストが多いのは昔からだったが、おとなしいテイトがあれこれ言うのはカルにだけで、時には無理を言ったり甘えてみたりと、色々な態度をとる。
「こんなオレの片手だけで足りるような小さな胸を触ってもねぇ」
 からかいながら二つの突起を片手で刺激した。親指と中指だけで間に合うのだから、テイトの躰が小さいことがよく分かる。
「どうせ胸板もないし、肩幅もないよっ、カルのせいだ」
「なんでオレなんだ」
「小さい時に、もっと鍛えてくれればよかったんだ」
「……それは間違っているぞ? 成長期に無理に筋肉をつけようとすると躰が伸びなくなる。それでなくてもお前は戦闘用奴隷として戦場に出ていたのだから疲弊もいいところだった。悪いことをした時はちゃんと叱っただろう?」
「……それはそうだけど……じゃあ、時々カルがオレを力いっぱい抱きしめたから、それで成長が止まったのかもしれない」
 反抗期のように収拾がつかない会話になっていた。
「ひどい言いがかりだ。それは、まぁ、その通りかもしれん」
「えーっ」
「しかし、お前は別にそのままでもいいんだが」
 カルはふと、奴隷の烙印を見て苦い顔をした。不謹慎だが、抱いている時にこれを見ると、やたらとテイトが猥らに見える。性奴隷ではないのに、腰のラインが緩やかにカーブを描いているせいか、性の判別に困るほどテイトはいい具合に刺激をくれるのだ。
「ああ、もう、頭おかしくなりそう」
 後ろから攻められながら肩口にキス、そして手癖が悪いからと両手を取られて手首で一まとめにされ、空いている手でしっかりと胸をまさぐられ、何処に神経を集中させればいいのか分からずパニックになりかける。そして、胸を弄っていた手は幼さの残る下腹へ伸び、性器を一度だけキュ、と握ってから内腿にずらしていき、ぷるんとした二つの果肉を撫でて、少々固さを帯びていることを確認すると、
「そろそろか?」
 カルが後背位のまま体勢をわずかに変えた。
「んーっ」
 少しずつやってくる射出への欲望が一度大きく波のように押し寄せ、テイトは思い切りのけぞって動きを止めた。その間は息も止めているが、口は半開でいらやしい。そして溜めていた息を吐き、
「イキそう。カルもいけるよね? オレの躰でいっぱいこすってもいいから」
 最後の最後まで扇情的な台詞でカルに促すと、
「そうだな、時間切れだ」
 まずはささやかな余興というように先端だけ中に残して腰を回す。
「ひっ、やだ、それめちゃくちゃいいよ!? 反対からも回してみてっ」
 違う快感に襲われリクエストをするも、
「これはオレも気持ちがいいんだ。あまりやると最後までもたないかもな」
「ああ、オレも、あ、あ、一旦止めて、出ちゃう!」
 余りにも刺激が強いのだった。
「しょうがないな」
 カルは根元を押さえて射精を遮り、あとは狂奔のごとく突き引きを繰り返し、ラスト30秒はでたらめな動きで並外れた激しさにテイトも失神寸前までいったが、ぎりぎりの所でタイミングよく解放し、二人は同時に達することが出来た。
「……ふ、ッ」
 意識はあったが、テイトはあっけなく崩れ落ち、しっとりと汗に濡れた躰を自身で支えることも出来ずに後ろに倒れ込んだ。それを抱きしめながら、
「よく耐えた」
 腕の中に納めて褒める。
「う、ん、頑張ったよ、オレ」
「いい子だ」
 まだ呼吸が整わず息は荒いが、テイトは懸命に何かを伝えようとして口を開く。
「帰ったらね、思い出すんだ。だから、気を失ったらもったいないでしょ?」
 頬を赤くして告げると、カルはテイトを更に強く抱きしめ、
「そうだな、次に会うまで忘れるな」
 二人の不文律を命じたのだった。
「あ、ちゃんとキスもして」
 事後にねだるのも癖だが、これは後戯として疎かにはしたくない。
「たっぷり濃いやつをしてやろう」
「えっ、そんな……! んっ」
 これからまた二人離れて、それぞれ任務に就かなければならないのに、離れがたくなるではないか。
「また会える?」
「必ず」
「約束」
「お前が願えば世界の果てでも」
「……カルが一緒なら、何処だっていい」
 わずかな逢瀬、何度繰り返しても初めてのようで、それでいて懐かしく、甘い。日常の姿が偽りか、欲望をむき出しにしている躰が本物か、アンダーカバーの真実は誰にも分からない。

 暫く立ち上がることの出来ないテイトの躰を綺麗に仕上げて軍服を着せ、会った時と同じ所まで送り返す。
 テイトはカルが最後まで優しく接することで心の拠り所としてカルの傍は居心地がいいと安心してしまうが、だからといって離れることに嫌悪を示さず、
「ちゃんといい子で仕事をするんだぞ」
 そんな言葉にも素直に頷く。
「カルも忙しいんだよね? 中々会えないけど、それは仕方ないし、たまにだからいいんだよね、こういうの」
「内緒だからな」
「でも、次はゆっくり会いたいなぁ」
「……そうだな」
 具体的な会う日にちを約束しないのが今までのやり方で、そんな関係だからこそひっそりと続いて、ここまで想いを育むことができた。だから、今もいつ会えるか分からないと知っていながら”また今度”と言う。
「オレね、ここ二ヶ月間の記憶がないんだけど、その間にカルと会ったりしなかった? もし会ってたらその時のオレがどんなだったか教えて欲しいんだけど」
「……」
 カルはテイトの真実を知っている。テイトが教会で暮らしていたことの詳しい内容までは分からないが、脱走をして指名手配になり、アヤナミに連れ戻され、記憶を封印されていることも、アヤナミがテイトをどうするか、そして現在の帝国の動向も読めているため、アヤナミからすればカルやミロクは危険な相手であった。しかし、カルは嘘をつくでもなく、
「記憶がない? それは厄介だ。お前が思い出すまでその間の話はしない。記憶喪失というのは無理やり思い出させようとするのはよい方法ではないんだ」
 テイトに余計な刺激は与えない。
「そっか。でも、今ね、地下の医療室に行って脳波見て貰ったりしてるの」
「それは催眠療法か? 寝ると治るという話も聞く」
「え、じゃあ、いっぱい眠ればいいのかな」
「その方が身長も伸びるしいいんじゃないのか」
「えー、身長も大事だけどぉ」
 ごく普通の会話で笑いあうのもここまでのこと。

 人目が多くなってからは無関係な振りをして、少し距離を保ちながら歩き、テイトが一人で戻れる所まで来ると言葉もなく別れるのだ。それが寂しいと思ったことはなく、テイトは部屋に戻って一人回想に耽るのだった。

 もっと会いたいという本音はあっても、明日も明後日もというわけではない。何故ならそれが不可能だと理解しているから。毎日いつでも会えることが分かっていると、人は明日も明後日も……と思ってしまう。次がいつか分からないからこそ、たまに会って躰を交えると燃え上がり、次はもっとこうされたいと要求が募ってまた燃え上がる。特にテイトは故意に箍を外して理性を失くす。どんな姿でも見られたい、見て欲しい、最高にいやらしい格好を見せたいと健気になる。
 カルの前でだけありのままの自分を曝け出すのは、小さな時からカルがよき理解者で、昔話も出来たし、決して裏切らない相手だと思えるから。ミロクは育ての親だが、それは名ばかりで実際に関わってきたのはカルとの時間の方が長い。クレアの存在も大きかったが彼女とは会話を交わすことが出来なかったし、女性ということもあり、余り格好悪い姿は見られなくないと意地になることもあった。その点、カルには弱音も吐けた。

 そしてその一方でカルも、部屋で一人になってから、てのひらを見つめ、さきほどまで抱いていたのは間違いなくテイトで、相変わらず小さくて華奢だが、確実に力をつけたし、精神的にも逞しくなったと想い出に耽っている。肩を抑えた時の感触も、腰を抱いた時の手触りも、何もかもが愛しい。そして忘れられない。高めの体温の熱さも覚えている。
 あの顔と躰が猥らに変わり、普段は言わないことを次々に口にして奔放の限りを尽くしていたが、そんなテイトが可愛くて仕方がないのだった。

 逢瀬で何度躰を重ねても、秘密にして胸の中に仕舞い込むのは、過ちを犯しているからではなく、初心者のように心を無にするため。ありきたりの馴れ合いを生み出さないため。どこまでもストイックであり、厳格であるための予防線。
 穢したくはないが、悦びは教え込みたい、その二つの相違が、ただカルを惑わせる。
「愛した方が負け……か」
 誰が考えたのか、その言葉は的を射ていた。
「また明日にでも攫いに行ってやろうか」
 するはずもない空言をカルは自虐的に紡ぎ出す。

 そしてテイトも眠りに就く前のベッドの上で、
「明日も迎えに来てくれたらいいのに」
 叶うことのない願いを夢の中へ紛れ込ませるのだった。


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