オトナ関係


 私は今夜も少佐に呼ばれ、時間を見計らって、お部屋に伺った。
 当然、仕事の話があるわけでもなく、私はすぐに寝室へと連れていかれてすぐにベッドに押し倒され、
「またですか」
 咄嗟に生意気なことを言ってしまい、口に出してから気が付いたけれど、もう遅く……けれど少佐は怒るでもなく、
「そりゃこんな時間にコナツが居たらやることは一つ!」
 とてもムードのない台詞を吐いて、私が着ていたものをあっという間に脱がせていった。
「いきなり裸にしないで下さい!」
 懸命に抵抗しようとして、そう言っても、
「はぁ? 裸が見たくて急いで脱がせているのに何言ってるの?」
「……」
 少佐に私の気持ちなど分かってもらえるはずもなかった。しかも、
「オレにはコナツを抱く権利もあるし、勝手に裸にする権利もある。何故なら、それは部下だから!」
 悪びれる様子もなく言い放ち……。
「酷いです!」
 今となっては、これはもはや少佐が自分の性欲を解消するために私を道具として扱っていて、そして私は義務というか義理で相手をしている……そういう光景でしかない。
「少佐、最近はずいぶん欲求が激しいようですが」
「ん? まぁ、季節柄ね」
「季節……」
「人肌が恋しくなる時期よ」
「……秋だから?」
「そういうコナツは?」
「私は性欲より食欲でしょうか」
「……やっぱり」
「だって秋は美味しいものがたくさんありますよ!」
「んー、オレにとっては年中美味しいコナツの方が魅力的」
「……」
 何と答えていいのか分からない。むしろ聞かなかったことにしたい。
 私は抵抗するのをやめて、素直に従うことにした。今はまだ少佐から無理な要求をされないから少し安心しているけれど、いつ激しくされるのか、内心は焦っている。
 それにしても、私を最初に裸にしておいて後から少佐が服を脱ぐというのは、ずるい気がする。いつの間にか脱いでいるときもあるし、目の前でわざとゆっくり脱ぐ時もあって、今夜は後者だった。
 私はそれをじっと見ているだけで、凝視したら失礼かと思って目を逸らしても横目で見てしまうし、何よりも見惚れてしまうのだけれど。
(相変わらず凄い)
 私のように夜な夜な素振りをしているのならともかく、あの上半身はどうやって鍛えているのか不思議でならない。私に隠れてこっそり鍛えている? もしかして昼間サボっているのは鍛錬のため? ……はずはないか。
 私がじっと見ていたら、上だけ脱ぎ終えた少佐が、
「コナツが脱がせてくれないから自分で脱いだよ」
 拗ねたように呟いた。
「ええ!?」
「つまんない」
「あの……」
「下は脱がせて?」
「!! 上すらも脱がせられないのに下なんて冗談でも出来ませんが!?」
 私は頭がもげそうになるほど首を振った。すると少佐は大きな声を出して笑って、
「分かったよ、もうそんなこと言わないから落ち着いて」
 サングラスを外し、ベッドヘッドに置いてから私を押さえ、
「ほんと、コナツって面白い」
 そう言いながら私の首筋に顔を埋めた。
「面白いって……出来ないものは出来ません」
「まぁ、そんな受け身なところがいいのさ」
「受け身……」
 そう言われるのも癪だったけれど、少佐を相手に積極的になれないのは事実で。それを考えると、やはり私はされるほうが好きなのかと思ってしまう。でも……。
 一人で考え込んでいたら、
「はいはい、悩むのやめ」
「!」
 少佐が私の耳を噛んで、首にキスをしてきた。こ、これが一番感じる。
「跡、残すよ」
「!!」
 きつく吸われても、甘くくちびるを落とされるだけでも、私の弱点であるそこは、一気に私を脱力させる。
「ああ……」
「抵抗しないんだ? 続けてもいいの?」
 何を今更……と思ったけれど、もしかして少佐は私が本気で嫌がったらやめるつもりでいるのだろうか。私は驚いて少佐を見上げると、少佐は一度上体を起こしてニヤリと笑った。
「やめろと言われてもやめられないけどね?」
 ……でしょうね。
「ほら、もうこんなんだもん」
「!?」
 というか、今、このタイミングでジッパーを下ろして下半身を晒すって、イジメですか? いやいや、その前に相変わらず……凄い。
「コナツちゃんにはいい子にしてもらわないと」
「……っ」
 少佐が再び私に覆いかぶさる。
「おや、素直だね」
 聞き分けのいい子供を褒めるように、少佐が私の頬を撫でた。
 実はこういう愛撫的な動作は嫌いではなくて、私は自ら脚を広げ、少佐が私に触れやすくなるように態勢の調整までしてしまう。
「いい子だ。ほんと助かるよ。オレも簡単に収まりきかないし」
「それは見ただけで分かりましたが」
「一回じゃ済まないだろうなぁ」
 って、そんな、はっきり言われても……。
「大丈夫、コナツは何もしなくてもいいから!」
 ……簡単に言わないで下さい。私が不感症で痛みに鈍感なら、ただ寝てるだけでいいかもしれませんが、こちらにも言い分はあるのに。
「そんなに大きくて太いのは嫌です」
 私はついはっきりと言ってしまった。だ、だって……私にのしかかる負担がどれほどのものか、少佐には分からないと思うし。そんな、傍から見たら人間のものとは思えないようなものが躰の中に入るなんて。
「えぇ? オレを脚の間に置いといて言う台詞じゃないよね!?」
 そりゃあ確かに今すぐにでも挿入可能なスタイルではあるけれど……。
「だって痛いんです!」
 正直に言っても、どうにもならないことは知っている。
「そんなの、分かってる」
 ヒュウガ少佐がそう呟いた時、とても申し訳ない気持ちになって、
「そのくらい貫禄があると女性なら喜ぶのでしょうけれど」
 フォローするつもりで言ってみた。
「は?」
 少佐は驚いた顔をして私を見た。
「女性が喜ぶ?」
「で、ですから、そのくらい立派だと、女性が好きそうかなって」
「そんなわけないでしょ。まぁ、中にはそういう人も居たけどね」
「……」
「ん? 居たかもしれない」
「……」
「居たような居ないような?」
「……」
 過去話なんて聞きたくなかった。
「そんなことより、コナツ」
「はい」
「今日はいつもと違う匂いがする」
「えっ」
 ボディソープを変えたのに気付かれてる。
「シャワー浴びて躰を綺麗にしてきたんだねぇ」
「一応……」
「オレとしては汗臭くても全然問題ないけどね!」
「嫌ですよ、そんなの」
「なんでー」
「綺麗なままで抱かれたいじゃないですか」
「!」
 あ。
 女の子みたいなこと言っちゃった。やばい。からかわれる……。
「それ、真に受けていいのかな」
「?」
 何故か少佐が真剣な顔に……。
「そういうふうに思ってるなんて、予想してなかったから」
「?」
「嫌々抱かれてるとばかり」
「えっ」
 何? 今、なんて?
「何でもない。聞かなかったことにして」
 少佐……?
 今はこんな格好で真面目な話を長引かせるわけにはいかないと思い、私は敢えて訊ねなかった。ただ、少佐がいつも以上に優しくて、普段のあの不真面目な勤務態度からは想像もつかないような繊細な動きで私を包むから、何だか私は切なくなった。
 すぐに来ると思っていたあの衝撃……挿入のことだけれど、それがまだで……少佐の前戯が丁寧なのはいつものことだけれど、私の方が先にバテそうで、
「少佐、色々無理が……」
 そう訴えた。
「ああ、苦しい?」
「……」
 うまく伝えられない。
「ごめん、オレ、止まらなくて」
「?」
「もっとキスしたいし、触りたい、全身くまなく、見て、確かめて、目に焼き付けたい」
「!」
「あはは、重いよね、っていうかキモイ?」
「そんなふうに思ったことは一度もありません!」
 こんなことを言われて嬉しくないはずがない。でも、それは私をおだてるだけのお世辞なのではないかと疑ってしまう。或いは、誰にでもそういうことを言って、ただの常套句に過ぎないと。
 だから私は自惚れてはならないと思うのに……思うのに、
「私はどうすれば……」
 指先……爪の先が触れただけで、電気が走ったみたいに感じてしまう私はどうすればいいのか。嫌いな振りは出来ても、感じない振りなんか出来ない、無反応ではいられない。 いっそ気を失ったほうがどんなにラクか。
「オレ、前置きが長いよね。飽きちゃった? でも、そうしないとコナツも乗れないんじゃないかと思ってさ」
「乗るって……そもそも、私は飽きたとか嫌だとか、そういう意味で申し上げたのではありません」
 そうじゃない、違う、違うのに。
 少佐は完全に私が嫌がっていると勘違いしている。確かに私の態度も悪いと思う。最近は少し冷たく接したり、気の無い素振りをしたり、少佐を見ないようにしたり。
 でも、それは……。
「そうなの?」
「恥ずかしいので余り詳しくは言えませんが」
「恥ずかしい? よく分からないけど」
「もう、これ以上は……」
「ああ、そうだね、焦らさないで続けるよ」
 そう言って少佐は私を包み込むように愛撫した。私がもっとも触れられたくないところまでじっくりと攻め立ててくる。私はおかしな声が漏れるのを他人事のように聞いていた。
 時折うつ伏せにされて、バックから? と気持ちを切り替えても、少佐は私に挿入してくることはなかった。
 ただ、背中にキスをされると我慢が出来ないほど躰が痺れてくる。私の胸に手を回して押さえ、平らな胸をまさぐって、そうして何度も背にキスをしてくる。
「いつ見ても背中が綺麗だね」
「……」
 鏡でも見ることが出来ない自分の背中なんて、分からない。それに、背中が広いとか、逞しいと褒められるならまだしも、綺麗と言われても嬉しくないのに、私は顔が赤くなるのが自分でも分かるほど高揚してしまった。
 尻を撫でられ、いよいよか、と思っても、今度は脚を大きなてのひらで撫でているだけ。  少佐は私の内腿をゆっくりと弄ぶように触れてくるのが好きだ。この時の私の反応が他とは違うから、面白がっているような気もする。
 でも、本当に、ここも私の弱点で……自分で触っても何も感じないのに、他人に触られるとどうしてこうも違うのだろう。しかも、少佐にされているといつも以上に意識してしまうから、尚更躰が熱く火照ってしまう。
「ここは? 触っても?」
「?」
「ここだよ、ここ」
「!」
 少佐は指先で私の性器の先端をちょんとつついた。出来ればそこは……触って欲しくない。欲しいような、欲しくないような。
「扱かないで頂けるなら」
「また難しい注文するなぁ。コナツの注文は毎回ハードルが高いんだよ」
「だって、余計なことされたらイッちゃいます」
「いいじゃん」
「少佐!」
 あれほど一人では嫌だと訴えているのに、先に達してもいいとか勝手なことを言う。そのくせ私を腫れ物に触るように接してくるし。
「オレはコナツが満足するなら、それでいいんだよ」
「……」
「本当は、こうして抱き合ってるだけでいいんだけどねぇ」
「えっ」
 男が言う台詞ではないと思った。有り得ない。それは女性が夢見がちに呟く言葉では。男らしい躰をたっぷりと私に見せ付けて、煽って、私を少しずつ狂わせながら抱きしめるだけでいいって、一体どういうことなのか。
「コナツは?」
「!」
 私は……。
「どっちも嫌か」
「!?」
「誘われるのも嫌だって話?」
「は?」
 どうしたんですか、そのめちゃくちゃネガティブ発言。少佐とは思えません。最初の勢いはどこへ? 部下の私を好き放題に出来ると豪語したではありませんか。
「本当によく耐えてるよ」
「!!」
 そんなふうに言われると悲しくなる。もしかして、少佐の方が乗り気ではないのかと疑ってしまう。
「もう少し、このまま続けてもいいかな」
 私を後ろから抱きしめる手がひどく迷いを見せているようで、私はその手を握り返すことしか出来なかった。

 結局、私の方からしつこくねだって、ようやくの思いで一つになった。痛みと強烈な圧迫感はあったけれど、嬉しくて、自分でも信じられないほど乱れてしまった。いつも後になってみっともない姿を晒したことを悔やむ。
 痛みを呼吸で逃すやり方にはだいぶ慣れてきたものの、少佐が何度も謝るから、私は平気だと言うしかなくて。正確には、この時の私は言葉を発することが出来ないから、ようやく首を振るのが精一杯だった。
 大体、私が挿入を急かしたのだって、少佐が長い指で私の性器の根元から先までくすぐるようになぞってばかりいるから、余りの焦らしプレイに我慢出来なくて、つい私は少佐の昂ぶったものを握り、「いい加減にしないとこれを折りますよ!」とワケの分からないことを叫んでしまって、それだけに止まらず、「ここに付いているのは飾りですか!?」と責めてしまい。ああ。せめてそこでやめておけばよかったのに、「これは私を犯すためにあるのです!」と断言して……少佐が驚いて固まって何か言っていたような気がするけど、既に興奮度マックスになっていた私は、挿入されて「痛い。少佐のバカ!」と叫んで少佐がまた何か言っていた……というところまでは覚えている。
 私はもっと優雅に事を進めたかったのに少佐のせいで私のキレ方が激しくなるばかり。少佐が「怖い」と言っていたけれど、顔は怖がってませんよね。うすら笑いしてますよね。

 もう!

 事後は私も逆らう気力もなくて、ぐったりしていることが多い。それを狙って少佐の言葉攻めが始まるのが最近のパターン。
「コナツって怖いし強いし、そのうちオレ、犯されるんじゃないだろうか。っていうか既に精神面では犯されてる」
「……」
「オレのこと、ほんとに嫌いだよね」
「……」
「だから嫌がらせしたくなるんだなぁ。嫌いな人に抱かれるってどんな気分? 屈辱?」
「……」
 どうしてこんな解釈が出来るのだろう。私、そんなに生意気ですか?
「昔はこんなんじゃなかったのになぁ」
「!」
「可愛かったのに」
「今は可愛くないみたいじゃないですか」
「え? 可愛いよ?」
「どっちです!?」
「可愛いに決まってるじゃない。でも、そう言われるの嫌じゃなかったっけ」
「……」
 可愛くないと言われたら、それはそれで嫌だ。
「コナツちゃんってば天邪鬼だなぁ」
「それは少佐です。しかも、少佐は昔から変わってなくて相変わらず強引……」
 なのに、私を抱く時はとても感傷的になるのはどうしてだろう。熱く、甘く私に触れてくれることには違いないけれど、それでも心が悲観的になっているような気がして……それが私には気に掛かる。
 それとも、あまり深く考えない方がいいのだろうか。考えれば考えるほど墓穴を掘って、逆に私がへこむようになる。時々少佐が見えなくて、怖い。だから、私は参謀部に居る時のように少佐を叱って、小言を言って、夜には素振りをして……いつものように振舞えばいい。
「んー、駄目だよ、それじゃあ」
「?」
「コナツちゃんには、もっとぐるぐるして貰わないと」
「な、何の話」
 少佐、もしかしてわざと強弱をつけているということですか!? 強引になったり、突然一歩引いてみたり、アホな振りをしたり、しおらしくなったり。
「オレのことをいっぱい考えて、悩んで、戸惑って、ぐーるぐる考えて欲しいんだ。強引なオレが本当のオレなのか、それともセンチなオレが本物のオレなのか。そんなさぁ、悩むの嫌だからって気にしないようにせずに、もっと考えて欲しいなー」
「はい?」
 私の気を引こうとしてるだけですか!? 物凄く構って欲しいだけですか!? それよりもどうして私の思考が読めるのか。私……さっき考えていたことを声に出していた? 前にも頭の中で考えていることを口にして失敗したことがあったけれど、まさか、また? 
 いやいや、私は枕に顔を伏せていて……私の顔に思っていることが全部出てたとかあるはずないし。オーラ? 私は自らのオーラを文字にすることが出来るのか!? そんな才能はなかったはず。
「お前の考えていることくらい分かるよ」
「ええっ」
 黒法術師の能力!? それとも、何!?
「でも、コナツのことしか分からないんだけどね。アヤたんなんか何考えてるかさっぱり分からないし」
「えええっ」
 もしかして私がわざと少佐に迫られるのを嫌がっている振りをしているのもバレている!? だって、そうしないと迫られてもいないうちから物欲しそうな顔をしてしまいそうだから……抱かれてやってるんだ、みたいな……これは仕事のうち、みたいな……嫌々ながら少佐が仰る通りに部下だから好き放題いじられるのは仕方がなくて、義務なんだ……みたいな……。
 でないと大声で少佐が好きだって叫んでしまいそうで! 毎晩でもいいって私の方から迫りたくなる。

 でも、でも絶対に言わない。少佐に私の本音がバレていようとも、少佐とのエッチが大好きだなんて、言わない。……言えないに決まってる。言ったら少佐はますます図に乗るから。
 そう思って、私はますます胸のうちを晒すのをやめようと誓ったのに、
「オレがお前を部下だから好きにしてると本気で思ってるの」
 真剣な表情で訊ねてきた。
「少佐がそう仰ったのではないですか」
「そうでも言っておかないとまずいんだよ」
「何故です!?」
「あのね、オレがお前を抱くのに感傷的になるのは……」
 少佐がいいところで言葉を切った。
「どうしてなんですか」
「言わないよ、言ったらコナツ、図に乗るから」
「えええええー!!」

 少佐の意地悪ー!

「さ、セカンドいこうか」
「えっ、だ、だめです、まだ……あと5分待って」
「何、その5分って。どうして?」
「一旦落ち着きましょう」
「あはは。この状態でどうやって落ち着けっていうの。お前抱かないと落ち着かない」
「……」

 めちゃくちゃになりそう。でも、こういうの、本当はとても楽しい。偽りの義務と権利、盛り上がれるなら、なんでもいい。だって、結局はお互いが夢中なのが分かるから。


fins