wondering


或る日の昼休み、食事を終えて参謀部まで戻る道のりを歩いていると、コナツがじっとヒュウガの頭を見ていた。正確には頭のてっぺんだ。
最近コナツの視線がヒュウガの頭上に向くことが多く、二人で話をしているとコナツの視線は上に流れ、目線がちっとも合わないのだ。
不審に思ったヒュウガは今日こそは理由を聞き出そうと、
「なんで頭見てるの? 髪?」
それとなく訊ねてみた。すると、コナツはハッとしたように慌て、すぐに謝る。
「すみません」
「何処見てたのさ」
「えと……背が高いなぁって……」
「背!? そんな理由!?」
「はい」
「てっきりオレの髪が薄くなってきたとか、カツラだと疑われてるのかと思ったよ」
「ええっ、まさか!」
「オレも髪の毛には不自由してないしカツラもコスプレする時になら被ってもいいかなぁって思ってるんだけど、そんなに見つめられたら困る」
「コスプレ……」
「コナツもしてみない?」
「結構です」
「相変わらず冷たいなー。とにかく頭ばっかり見ないでよね」
「はい……私の視線が不躾でした。今度から気を付けます」
そう言いながら頭上を見ている。
「また見てるじゃん。お陰で全然目が合わない」
「あ……」
コナツが近頃よく考えることは”背が高くなりたい”ということだった。まだ成長期とはいえ、あと数年のうちにヒュウガに追い付けるのかと希望を抱いてみるが、本当に追いつけるのかどうか不安になる。もし同じ目線に立てたらどうなるだろうと想像すれば胸が躍るのに、それが叶わなかったら寂しいし、悔しい。
「ほら、逞しくなりたいとか考えてるね?」
ヒュウガが笑っていると、コナツは真顔になり頷く。
「そうやって筋肉質な男に憧れること自体が可愛いんだよ」
「ムキムキにはならなくても、胸板は欲しいです。身長も」
コナツの切実なる願いだ。しかしヒュウガは簡単には同意しない。
「そのくらいでちょうどいいと思うけど」
「だめです、足りません。身長だって、せめて180は……」
「顔に合わないな」
「顔?」
「その可愛い顔に高身長はアンバランスだってこと」
「えっ」
「しょうがないよ、童顔だし」
「私の何処が!」
こんなやりとりは何度繰り返されてきただろう。ヒュウガにとってコナツをからかう格好のネタになるがコナツにとっては生き様を左右するほど大事なことなのだ。
「格好よくなりたいって思うのは女の子にモテたいからでしょ? 誰か狙ってる子居るの?」
「女の子? なんで私が?」
「急に色気付いてるからさ」
「色気!? 私、色気付いてますか!?」
「筋肉とか高身長とか」
「……」
男なら、誰でも欲しいと思うものだろうが、
「オレは小さくて可愛いのが好きだなー」
ヒュウガがそう言うと、
「少佐は身長も筋肉もそれなりに持っているから欲しいと思わないんです、私の気持ちなど理解して頂けるはずもない」
コナツが悲痛を告げる。
「オレはこうなりたくてなったんじゃないし」
「え」
「出来れば可愛い子になりたかったー」
「……」
想像が出来ない。
「でも、アヤたんを守るには小さいより大きい方がいいからね。アヤたんなんて学生の時から大きかったし、あのまま伸びてたら巨人になってたかもしれないと思うと、今のままで止まってくれて良かったよ。もう伸びないだろうし」
「アヤナミ様も十分大きいですよね。学生時代から大きかったなんて羨ましい」
「うん、そんでスレンダーだった」
「ああ、なんとなく想像つきます」
「美人だったしねぇ。今でもだけど」
「本当にお綺麗ですよね。大人の男性に向かって失礼な表現かもしれませんが」
「いやいや、事実だからいいんだよ。アヤたんは何時間見てても飽きない。表情ちっとも変わらないけどね」
「私には恐れ多くて長時間凝視するなど不可能です。少佐だから出来ること」
「んー、邪魔だって言われちゃうけど、それはアヤたん語で『照れる』って意味なんだ」
「さすがヒュウガ少佐、アヤナミ様の言動を全て見抜いていらっしゃる」
「あんまりしつこくすると鞭でぶたれるけど、そんなアヤたんが魅力なの」
「アヤナミ様は何をされても素敵です」
「……結構な惚れ込みようだね」
もしかしたらコナツの方がアヤナミに夢中なのかもしれないと思えるほどで、
「それはもう。幼少時からずっと……むしろ生まれた時からアヤナミ様に恋をしていますから」
熱い台詞が飛び出した。
「なんて濃厚!」
「ブラックホークのメンバー皆がそうじゃないですか?」
「まぁ、そうだけど」
「でも私、アヤナミ様に対する気持ちとヒュウガ少佐に対する気持ちは違うんです」
「えっ」
ここで突然の告白タイムである。
「少佐に出会ってから私の運命は180度変わりましたし」
「……」
「初めて男の背中が凄く……って、何でしょう、私、余計なことを」
「えっ、やめちゃうの!? 続きは!?」
「もういいです、恥ずかしいし」
「恥ずかしいって最近のコナツの口癖だなぁ、男なんだからそんなこと言わない」
「そう仰られても、ペラペラ喋ってしまうほうが女々しいじゃないですか」
「だから何でいいところで切るのさー」
「わざとです」
「へっ!?」
「嘘です、本当にもう恥ずかしいのでこの話はやめましょう」
「なんだよ、コナツ逃げるのうまくなったなぁ」
「そんなつもりはありません。でも、本当に少佐のことは特別に想っています」
これは今更隠してもどうしようもないことである。そして正直に伝えたいという気持ちも手伝って新たに口にしてみるが、やはり言われた本人よりも言っているコナツの方が顔を赤くしている。
ヒュウガはその勇気を汲み取って、
「オレだって同じだよ。コナツがそばに居てくれるようになって生活が一転したっていうか一新したっていうか。あ、サボれるようになったとかじゃなくてね? 楽しみが増えたし」
優しい声音で呟く。
「そうなんですか?」
「うん、毎日充実してる」
「嬉しい」
「だってね、オレの今の一番の楽しみといったらコナツの服を脱がすことだし」
「は?」
「それだけの為に生きてると言っても過言ではない」
「……」
「オレの生きる術、生きる糧」
「……レベル低くないですか?」
急に沈着な面持ちになったのはコナツだ。
「何が」
「それって、つまり……」
「うん、想像通りだけど?」
「……何だか腑に落ちないというか、凄く残念な方向にいっているような気がします」
「なんでー! オレにも他に楽しみはあるよ? でも、群を抜いてコナツが一番」
「……」
「男なんて皆いやらしい生き物なんだからさぁ。だからって朝から晩まで変なこと考えてるわけじゃないよ。考えてるけど」
「どっちです」
「んー、仕事の合間とか? 食事の合間とか? 散歩してる時とか? むしろ四六時中?」
「結局ずっと考えてるじゃないですか」
コナツが呆れていると、
「だったらコナツの今一番の楽しみって何よ」
ヒュウガが鋭い視線を向け訊ねてくる。いつものように答えに窮すると思いきや、
「筋トレです」
即答だった。
「……つ、つまんな……」
「何か?」
「いや、いいんだけどさ。稀に筋トレが趣味って人居るしね」
「その割りには身にならないって仰らないで下さいね。分かってますから」
「あ、そう」
「いわゆるスポーツですよ、近頃は走るのも悪くないなって思えるようになりました。ランナーズハイっていいですよね」
「……」
「スポーツって、心身共に鍛錬出来るのがいいんです」
「ふぅん」
「興味なさそう」
「ないわけじゃないけど……そこまで熱血じゃないし」
「時間とお金に余裕が出来たら、他にも色んな種目に手を出したいと思ってます」
「そうなんだ。でも、それって建前だよね?」
「!」
ヒュウガの一言でコナツが一瞬にして凍りついた。
「本音は何?」
「えっ、ええ? ……え?」
「分かってるよ、一応スポーツって言っておけば無難だしね。確かにその通りだと思うし。コナツ、躯動かすの好きだもんね。ストレス解消にもなるでしょ?」
「……」
まさに的を射た台詞だった。
コナツが黙り込んでいるとヒュウガが面白そうに提案する。
「ね、まだ時間あるから場所変えよう。問い詰めたいな、これは」
そう言って二人はガーデンルームラウンジへと移動した。ガラスパネル越しに外の景色がよく見えるコンサバトリーは軍でも人気の場所である。よって、昼休みを満喫するために多くの人が訪れていたが、ヒュウガとコナツもそっと人ごみに紛れ、そのまま会話を続けたのだった。
「本当の楽しみってのが何かは知らないよ? オレとしては仕事って答えるかなって思ってたけど、それもアリじゃん?」
「……あ……」
「実は料理とか? 占いにハマってたり? 本当はガーデニングだったり? 隠してることあるよね?」
「……」
「誘導尋問みたいになっちゃった。別に悪いことしてるわけじゃないから、そんな困ったような顔してなくてもいいのに。でも、もしかして言えないことだったりして」
「!」
「まさか風俗通いとか……」
「は!?」
さすがにそれはないだろう。
「女装趣味もなさそうだし。芸能人にも興味なさそうだけど、実はアイドルマニアだったりしない?」
「ありません」
これにはすぐに返事をした。
「そっかー。じゃあ、何かなー。今度こっそりコナツの私生活覗いちゃおうかな。ストーカーだね」
ヒュウガは笑っていたが、コナツはつられることなく硬い表情を崩さなかった。
「私生活を覗いても見つけられないと思います」
「そうなの? ずっとくっついてても?」
「はい」
「えー? ますます分からなくなったなー」
「分からなくてもいいんです」
「……ってことは、教えたくないんだ?」
「そうです」
「やっぱり他にあるんだね。いいんじゃない、プライベートなことだし、楽しいなら」
「でも、少佐が居ないと楽しめないです」
うっかり口を滑らせたのではない。答えるつもりはなかったが、それとなくヒントを出してみただけだ。コナツはヒュウガの返事を待たず、すぐに続けた。
「少佐観察ということにしておいて下さい」
「えっ、観察!? そういえば時折感じる鋭い視線は観察のためだったのか」
「そうです」
「それはまた分かり易い趣味だ。でもねぇ、ここで納得するオレじゃないよ。コナツが口に出したからにはもっと別なのがあるはず」
「ないですって、少佐を見てることが私の趣味です」
「それも当たってるかもしれないけど、真相は別なところにある」
何故か探偵のようになっていると、
「もういいじゃないですか、私の楽しみなんてどうでもいいこと」
「オレが興味あるんだから」
やはりヒュウガはどうしても知りたいのだった。
「じゃあ、言い方を変えると私の趣味は観察ではなくて少佐のお世話です」
「!」
当たり前のようにされている行為が、もはや趣味の域に達しているというのか。
「仕事で?」
「仕事もですが、普段も」
「そうなの?」
「好きじゃなきゃ出来ないことです」
「……」
ヒュウガを好きなのか、誰かの面倒を見るのが好きなのかは聞かずとも分かるが、コナツの場合は両方に該当する。
「もっと厳密に言うなら、少佐に尽くすこと、ですかね」
「……」
ヒュウガは思わず、自分は本当にいい奥さんを貰ったと言いたくなった。それを言えば反撃を喰らうと予想し、何も言わずに言葉をぐっと飲み込んで耐えた。
「サボっている少佐に注意するのも、少佐のせいで仕事が増えてストレスが溜まるのも、なんだか楽しくなってきました。別にそう思ってなきゃやってられないとかじゃなく」
「でも本気で鬼みたいに怒ってるじゃん」
「笑いながら怒る人が居ますか」
「ああ、そっか」
「でも、どうして私がいまだこうして少佐に尽くしているかお分かりですか?」
逆にコナツから質問されてヒュウガが表情を変える。
「どういうこと?」
質問の意味が分からないというより、突然核心を突かれ、驚いたといった方が正しい。
「少佐、こんなに強くて本当は仕事が出来てアヤナミ様から認められているのでなければ、普通に見たら質の悪いサボリ魔でいい加減で、部下に見放されてもおかしくない上司ですよ」
「ぐ!」
当を得た評価だが、まったくその通りである。
「最初に申し上げた通り、私は少佐が強いことを知っているし、仕事が出来るというのも認めています。もちろん、尊敬していますよ、これでも」
「えっ、そうだったの?」
とてもそんなふうには思えなかったが、コナツが普段から目くじらしているのはヒュウガの遅刻癖や放浪癖への非難である。いくら尊敬する上司でも、これに対して笑顔で見過ごすわけにはいかない。
「けれど、私が少佐に尽くしているのは、それだけではありません」
「!?」
「……少佐が……私に尽くしてくれるか、ら」
「ええっ!!」
これにはヒュウガも声を上げた。
何を意味しているのか分からなかった。一瞬、ヒュウガはコナツをブラックホークに引き上げたことに対しての謝礼を指しているのかと思ったが、コナツが顔を真っ赤したことで他に意味があるのだと知る。
「言い換えれば、よくしてくれる、ということでしょうか」
「……」
逆に迷惑を掛けていると言われるならば分かる。
仕事をしないヒュウガに辟易しているコナツは、放浪から帰ってきた上司を叩き斬りそうな顔で叱呵することがある。日ごろから恨まれていると言われても仕方がないが、よくしてくれるとは一体何のことか、ヒュウガにはすぐに理解出来なかった。
「分からなければ、いいです」
コナツは口を濁した。
「あ、ご飯を奢るとか、おやつを買ってくること?」
それで機嫌をとっているわけではないが、ヒュウガはそういったことにはまめな男だった。
「……そうですね」
果たしてこれが事実だろうか。ヒュウガはまだ疑わしい目で見ると、
「あ、分かった」
そう言ってにやりと笑った。
「!」
「もしかしてベッドでのこと?」
「そんなこと、ここで言わないで下さい!」
誰かに聞かれたらまずいと焦ったが、
「誰にも聞こえないようにするから」
ヒュウガは少し背を屈めて小声でも会話が出来る状態にする。
「コナツを気持ちよくさせてるからかな」
コナツは首を縦に振り、そしてすぐに横に振った。
「単に気持ちよくさせてくれるんじゃない。物凄く私に尽くして下さいます。私には真似が出来ない」
「尽くす? コナツにはそう思えるんだね。テクニックを駆使してるだけで……オレは別に」
「いいえ、違います。ベッドの中では少佐は自分本位ではないんです。男なんて身勝手だから性欲解消のためなら相手のことなんか考えないのがほとんど。相手の躯に興味はあっても基本的に自分が満足すればいいというのが普通じゃないですか。皆が皆、そうじゃないと思うので一概には言えませんが」
「あー、そうかもね」
「少佐は違う。お仕置きやワケあり以外では、私を優先して私のために手を尽くして下さいます。自分のことは二の次だったりする。昼と夜のギャップが大きいのはそこなんです」
同一人物だろうかと思えるほど懸隔てが甚だしいのは事実だった。夜はコナツを愛し、慈しみ、ひたすらに優しい。激しい行為はプレイの一種でほとんどが演出である。たまに焼きもちをやいたり何らかの脅かしをかけるためにきつくすることはあっても、それ以外での激越な行跡は熱意によるものだ。
「それも少佐の手の内なんでしょうかね」
「さぁ、どうだろう」
「本当は昼も優しくて真面目に仕事して下さればパーフェクトなんですけど」
「そういう男になってみる?」
「……勤勉な少佐なんて想像出来ませんが」
「ひど……」
「だから、昼間少佐が駄目上司でも怒るだけで済ませられるんです。夜も酷かったら……」
「酷かったら?」
恐る恐る聞くと、
「拷問かな」
コナツはあっさりと答えた。
「は!? アヤたん方式!?」
「冗談です。でも私、浮気します。誰か優しい人に縋っちゃう」
「えっ」
「冗談です」
「ああ、びっくりした」
「少佐があまりに不真面目だからって私が浮気するとでも?」
「されてもおかしくはないけどねぇ」
「私が選んだ道です、揺れません」
「凄いね」
「オモチャに飽きて手放す子供みたいじゃないですか。ここは仕事をするところですよ。というわけで、私が一番楽しみにしていることは少佐に尽くす、これです。分かって頂けましたか?」
コナツが締めようとすると、ヒュウガはまたにやりと笑い、
「いーや、まだ他にあるでしょ?」
簡単には終わらせてくれなかった。
「な!」
「オレに隠し事は出来ないなぁ」
「ど、どうして……」
「だって答える時、コナツの目が泳ぐんだもん、すぐ分かるよ」
「泳いでないです!」
反論したが、実のところ図星なので、ここでまた視点が定まらなくなる。
「いいんだよ、たとえ恥ずかしい趣味でも笑ったりしないから。そうだねぇ、日々の楽しみは詩を書くこととか、そんなんでも変じゃない」
「いきなり何を」
「人に言えないことなんでしょ?」
「……」
「オレだって絵を描くの好きだし! 隠してないけどね」
「そういえば、少佐にはそんな特技があるのでした」
「ね、人には色んな特技や楽しみがあるの」
「でも私……とても人には言えません」
「おっ!?」
「あ、いえ、今のは聞かなかったことにして下さい」
「知りたいなぁ、それって、趣味?」
「いいえ……日課というより……なんでしょう、空想……あ、回想です」
「回想!?」
「ほ、ほら、過去の楽しかったこととか思い出してニヤニヤするんです」
「……」
「変な癖だとか思いますか」
「いや。そういうのって普通じゃない?」
「ですよね、良かった」
「で、何を思い出すのさ」
「……」
「楽しかったことって、幼少時代? 学生時代?」
「……」
コナツが黙り込んだ。幼少時代も学生時代も、羽目を外すほど楽しい経験をしたことはない。
「聞いちゃいけないことだったかな」
「いいえ。少佐と出会って、こうしてお仕事をするようになってからの方が楽しいです。充実感があります。だから、過去というより最近の出来事ですよね」
「そっか」
ヒュウガがほっとしたように笑った。
「ただそれだけのことですが、私にはとても幸せで」
「嬉しいね。コナツが楽しい思いをするのに、オレが関われて良かったよ」
「!」
その言葉に心を動かされ、コナツは息を飲んでヒュウガを見つめた。
「コナツが生きた証にオレに関する記憶と記録が残るなら、オレはそれだけで満足だよ」
「しょ、少佐」
「こうしてそばにいるけど、問題は記憶に残るかどうかだし」
「……あなたの存在がどれだけ大きいか、何度申し上げれば……」
「うん、色んな意味で大きいだろうね。良くも悪くも」
「……」
「でも、どんな形であれ、コナツが楽しいって思えることに関われるならいいんだ」
「……」
コナツは何も言えなくなった。さりげなく会話をしているが、言われていることの大きさを改めて理解すると、
「私、少佐なしでは生きていけない……って、そんなことを言ったら自分が情けないと思うし、私だって男です、強くありたいし、誰かに頼り続けるのも嫌。だから敢えて言いませんが、気持ちとしてはそんな感じです。それほど大事というか……何でしょうね、居るのが当たり前なので、必要不可欠というか」
まるで夫婦のあり方を表現するような言い方で答えると、ヒュウガはにっこりと笑った。
「わざとインパクト強くして頑張ってるんだから、そう言って貰えると嬉しいよ」
「……インパクト強くって、私を怒らせたり? そして怒らせたり、またまた怒らせたり?」
「ははは」
「私の全神経がご自分に向けられるようにしてますよね。わざと」
「こっちも気を引かせようと必死」
「子供みたいです」
「そうだね」
「認めるんですか」
「うん」
「……もしかして、こうして私に執拗に趣味や楽しみを問い詰めたのは、私が少佐のことを意識してるかどうか知りたかったからですか」
「そうだよ。オレの世話すんのが趣味だとか、尽くすのが楽しいとか、オレと出会ってからの方が満ち足りてるって聞いちゃったもん、これで安心だね!」
「な……」
「普段怒らせてばっかりだからさ、嫌われてたらどうしようと思うわけ」
「……」
「友達と遊びに行くのが楽しいとか、オレ以外のことで盛り上がったら悲しいじゃない」
ヒュウガがしんみりと言うと、
「なんと可愛いらしい」
コナツは目を輝かせながら呟いた。
「えっ、可愛いかな!?」
「少佐がそんなこと考えてたなんて、面映い気もしますが、胸がキュンとしました」
「マジで?」
「ええ。上司に向かって失礼ですが、いじらしい……」
「でしょ! オレ、可愛いとこあるでしょ!」
「……そこまで自負されると『ハイハイ』って頭撫でたくなりますね」
「撫でて!」
「届きませんから!」
「届くでしょ!」
言われてコナツはヒュウガの頭上に視線を移した。
「……」
「また頭見てる。カツラじゃないからね!」
「そんなの知ってますよ」
「オレ、屈めばいい?」
「そうですね」
「じゃあ、はい!」
ヒュウガは本気で屈んで頭を差し出した。
「いい子、いい子」
いつも言われている台詞を言いながら、コナツがヒュウガの頭を撫でる。
「わー!」
子供のようにヒュウガが喜んでいた。
「本当に大きな子供ですよ。これが戦場では殺人鬼みたいになるんですからねぇ」
「戦場でのオレは軍人としては普通だと思うよー。コナツだって人のこと言えないし」
「まぁ、我々はブラックホークですから」
仕事の話になれば顔つきが引き締まるコナツだが、
「何と言われようがコナツが一日のうちで少しでもオレのこと考えてくれるんだったら、それでいいや」
ヒュウガが機嫌よくしているところへ、コナツは飛び切りの笑顔を返しながら、
「少しどころじゃないでしょう。殆どというか、すべてですよ」
そう言った。
「それはオレが仕事さぼってばっかりいるから、苛々してるだけじゃん」
「確かにサボリ魔の少佐にどうやって制裁を加えるか真剣に考えてますし、寝ても冷めても、どうしたら少佐が仕事する気になるのか、また飴ばっかり食べてちゃんと食事してるのか、寝る前に歯を磨いてるのか、そんなこと心配して夜も眠れない時ありますけど」
「……」
「でも、他のことも……考え、ま、す」
急に言いよどみ、また視線が定まらない状態になった。
「コナツ?」
「あ、いえ」
「他のことって何」
「で、ですから、少佐のことで」
「オレのことで? オレの何?」
「えと、そうですね、老後のこととか」
「ええっ!?」
「おじいちゃんになってもサングラス掛けてるのかな……とか」
「……」
「なんて、冗談ですよ」
「だよね。そんなこと考えないよね」
「まぁ、色々です」
「何それ」
「ですから、色々あるんです」
「また逃げるね?」
「逃げてなんか……」
そう言いながら顔を赤くしているのを見て、
「なんで頬染めてんの? そういう状況かな、今」
「……」
鋭く追求され、更に顔を赤くする。
「他のことって言ったら、アレだねぇ」
「!」
「さっきの続き、ベッドでのことでしょ」
「……」
「違うの?」
「その通り……です」
「あは。考えるんだ? どんなこと?」
「どんなって、聞かれて言えることじゃないです」
「なんでー、いいじゃん。妄想じゃないよね?」
「モウソウ!? なんです、それ」
「こうして欲しいなぁ、こうなったらいいなぁっていう願望とか、一人遊びのオカズに使うネタとか」
「!?」
「あ、実はいやらしいこと想像しながら夜一人で頑張ってたりして」
「は!?」
コナツが仰天している。どうも、この手の話題になると他の男子よりも乗りが悪く、そして疎い。
「てっきり夜のオカズにしてるのかと」
「何をです!?」
「オレたちの営み」
「なんでわざわざ!?」
「流れ的に」
事実を隠蔽するためにはぐらかしているのだろうかと思うが、
「そんなことするはずもない。大体、結構な回数で少佐と寝てるせいか性欲が溜まる暇もないんですよ」
コナツが真顔でしみじみと呟く。
「そんなこと言っちゃっていいの」
「……恥ずかしいこと言わせないで下さい」
「自分で言ったんでしょうが」
「もう、こんなことが言いたいのではなく!」
「じゃあ、何さ」
「ですから、私が言う回想というのは、ベッドで少佐との一番濃い時間のことで……私を気持ちよくしてくれる特別な時をじっくり思い出して……要するに、スタートからラストまでしっかりとおさらいすることです」
「ええ!?」
「復習といっても、思い出して浸っているだけですが」
「浸る!?」
「最中に言われたこととか、されたことも全部、残さず思い出します。そして、凄いなぁ、なんて上手なんだろう、テクニックにかけては天才的だよなぁ……と恍惚状態に陥るのです」
「そんなこと……」
「つくづく思うのですが、少佐はそっち系の本を出版されたらどうです?」
「そっち系の本?」
ヒュウガがきょとんと目を丸くしていると、
「ベッドでのテクニックについて」
コナツは、こんな時だけ恥ずかしげもなく答える。
「ちょ、オレはAV男優か」
「だって、講演会とか開いたらテク不足に悩む男性は聞きに来るかもしれませんよ」
「何言ってんの?」
「でも、ああいうプライベートなことは他に人には教えられないし、言えませんものね」
「当たり前じゃん」
「私ばっかりいい思いするのも悪いかなって」
「誰に対して悪いと思うのよ」
「女性たち?」
「女の子!? 何処の!? 誰!?」
ヒュウガが仰天していた。
「躯だけの関係の友達を作ろうとすれば、少佐はきっとすぐに100人……どころか1000人くらい友達出来ますね」
「は?」
どういう思考回路なのかと悩むが、ついに天然作用が発動したかと諦めて静聴することにした。
「おモテになりますよ。まして普段の少佐はとても優しいし、エスコートもお得意ですから申し分ないじゃないですか。お金も持ってますし」
「……」
「まぁ、少佐の好みもあるでしょうから、簡単にはいかないと思いますが」
「……」
「昼間は駄目なくせに、夜は凄いって、本当なら最低な男みたいですが、少佐の場合は昼だって本当は仕事が出来るくせに、しないだけで、夜はそのテクニックを相手のために尽くすというのが違うんです。仕事出来なくて性欲ばかり強い自分勝手な男だったら呆れられますが、そうじゃない。だから、あなたにハマる」
コナツの分析に耳を傾けていたが、ヒュウガは腕を組んで考え事をするように難しい顔をすると、
「そこまで言われるとは……うーん」
呟きながら唸っていた。
「本当のことですよ」
「あとでけなさない? 上げて落とすってことしない?」
「?」
「褒めた後に殴ったりしない?」
ほんの少しだけ怯えてみせた。褒められることに慣れていないというより、こんなことで絶賛されるとは思っていなかったのだ。
「しません」
「よかった。っていうかオレのことベタ褒めしてるけど、オレが上手いどうのっていうのは相手がコナツだからじゃん。他の人に優しくするかどうか分からないよ」
「……」
「大切な人にしかしないもん。ま、フレンドリーな博愛主義者も悪くないけどね。でも、お前は特別なんだってこと忘れないで」
「……はい」
やはり、この言葉は嬉しい。何十回、何百回、否、何万回囁かれてもいいくらいだ。
「しかし、復習してるとか面白いよねぇ。確かにオレも昨夜のコナツはどうだった、ああだったって思い出してニヤニヤすることあるけど」
「私の場合はそういう断片的なものではなくて、もっと細かいです」
「うおー」
「恥ずかしくなってきました。なんだか、もう……先週末なんか少佐が……」
「何をいきなり思い出してんの、回想って突然やってくるもん?」
「違います……。いつもは少佐が居ないところで回想するのでいいんですが、今は目の前に実物が居て……っ、これは非常に恥ずかしいです」
「オレもコナツが居るのに先日の痴態を思い出すとムラムラしてくるけどね」
「ムラムラって……あからさまですっ」
「えー!? こっそりオレに隠れて妄想してる方がおかしいじゃん」
「妄想!? 実際にないことを想像することなんか出来ません」
「……貧相な脳みそだね」
「!?」
「よし、コナツ、いいことを教えよう。妄想の楽しさってもんを」
「それって空想ですよね?」
「そうだよ、こうしたい、ああされたいってあれこれ色んな願望を考えるんだ。楽しいよ!」
「……もしかして、夢の中での君は大胆だった、とかいう台詞って、そこから来るんですか」
「うん、それも同じことだね。実際に夢で見られるんだったらラッキーかなぁ」
「い、いやらしい」
「どうしてそうなるの。コナツだって夢でオレといやらしいことしたいって思わない?」
「夢で見てどうするのです、するなら現実で」
「……その通りだ」
ヒュウガが納得しているとコナツが俯いて肩を落とし、力のない声で呟いた。
「ああ、もう、私、秘密がバレちゃいました」
「秘密?」
「こんなこと人に言えないから内緒にしてたのに」
「そうだったの」
「しかも、エッチの回想なんて私だって少佐のことレベル低いとか言えないじゃないですか」
「あー、オレの楽しみがコナツの服を脱がすって言ったことね」
「私の方が酷いかも」
「いいじゃん、人間なんてそんなものさ」
「私、こういうことは苦手だったのに」
「今でも苦手じゃん。っていうか幼い?」
「でも、こんなに簡単に口にしちゃうようになったんですよ。有り得ません」
「オレしか知らないことだから」
「……」
「オレにしか言わないでしょ?」
「他の人には言えない」
「なら、宜しい。オレたちの中で言えることは、オレたちだけの話にしよう」
「そうですね。でも、なんか秘密がバレて変な汗出ました」
「あはは。オレなんか驚きの連続だったけど? コナツって不思議な子だねぇ」
「……っ」
感心することもしばしば、蓋を開けてみれば驚愕の発言を連発し、まるでびっくり箱のようだ。
「そんなところがいいんだけど。やっぱりオレもコナツと居ると飽きないなー」
「それは少佐じゃないですか。一緒に居て、こんなに驚かされる人は初めてです」
「そう? 日々仕事しないためにはどうしたらいいか考えてるだけだし。夜は夜で、昼間体力温存してるから力が発揮できるくらいで」
「そういう流れなんですね。じゃあ、私は少佐を引き止めるにはどうしたらいいか考えて、夜も、相応に対処出来るうように頑張ります。何事も成長しないといけませんよね」
「成長? 何を成長させるの? 怒り方? 色気?」
「何でしょうね。それは少佐が確かめられては」
「……そう来たか。分かったよ、今度はオレがコナツを観察する番だ。って、毎日見つめてるけどね」
「……それはそれで恥ずかしいかも。私、見られることに慣れてないですし」
「首席だった子が、よく言うよ」
「だって、意味が違うじゃないですか。少佐の場合は視姦されるみたいで……躯の力が抜けそう」
「ちょ、コナツの口から視姦だなんて!」
「忘れて下さい! あっ、もう仕事に戻る時間! 遅れたら大変!」
コナツが慌てふためいている。参謀部に戻れば冷静になれると思うが、
「仕事すればいいってもんじゃないよ」
「は? 何を仰るんですか」
「ムラムラしてきた」
「えーッ!」
どうもうまくはいかないようだ。だが、こんなやりとりも日常のこと、二人の楽しみでもある。

こうして通常モードに戻っていく。
互いに話せることは他の人には内緒で、参謀部に戻れば何食わぬ顔で仕事をしているが、心の中では二人だけの秘密の感情を温めている。ただ、それがどういった内容のものかは本人しか分からない。実はヒュウガはフラフラと参謀部の中を歩き回りながら、意外にもコナツの仕事量を換算し、部下の評価を上げるために手を尽くすことを思索している。今はまだ若いが、新進気鋭として、案外出世は早いだろうと思われる。そんな中で、コナツは真面目な顔で溜まった仕事を裁きながらも、実は先週末の交わりを思い出し、騎乗位から正常位へのヒュウガの体位変換の素早さとテクニックを回想しながら、近頃は体位替えすらも快感であると気付き始め、うっとりと溜め息をついているのだった。
こんなふうに考えているなど周りの人間は誰も気付かず想像も出来ず、まさに心理学者もお手上げの裏情である。

今夜はきっと、離れている間に何を思い、何を考えていたかを言い当てるクイズ問題が多数出されることだろう。ベッドの中で、少し不思議なゲームを楽しむように。


fins