lose count


 大人向けの質問の一つをコナツにぶつけてみるとしよう。
”彼とのセックスで一番感じるところは?”
 そう聞かれたらコナツはまず最初に顔を赤くしながら「分かりません」と言うだろう。慣れない質問に恥じらいの色を見せ、分かっていてもまともに答えられないからだ。たとえ執拗に問い詰められても返答に窮するはず。何故なら、イイところなど一つには決められないから。
 コナツがヒュウガと関係を持ってから数年、何度も抱かれて分かってきたことが幾つかある。それは、気持ちが悦くなる性感帯の開拓や発見は勿論、難度だったものを改善する方法も含む。
 こうしたい、こうされたいという思いが性行為の向上に繋がり、双方とも自分の意思をはっきりと述べることが一番大事だということを知り、たとえ最中であっても望みを口にするようになっていた。コナツが言うそれは”おねだり”という名の刺激物であるが、こうされたいと言われることはヒュウガにとっても嬉しいのだった。
 勿論、そんなふうに口頭で言えるようになったのはごく最近の話で、コナツの場合、それまではそういったことを言葉にするのも恥ずかしく、ただ鳴いているだけだった。段々上達していくことに自信をつけたのか少しずつ意見を言えるようになったし、ヒュウガが喜ぶからおねだりもするようになった。
 特に変わったことではなく今までもしている行為の中で敢えてまた同じことを選択するのも然り、だから今夜は伝えたいことを予め決めておいた。
「え、首?」
「はい、私、首にキスされると物凄く感じるんです」
「それは分かってたけど」
「出来れば……その……」
「ん?」
「いっぱい……」
「いっぱい?」
「して……欲しいって」
「今まで以上に?」
「……はい」
「いいよー。コナツが気持ちよくなるなら何でもしてあげたいし」
「多分、同時に挿入されると、あんまり痛くない……かも」
「へぇ?」
 昨夜がそのパターンだった。
 永遠に続くかと思えるほど長い時間くちびるを合わせたあと、ヒュウガは執拗にコナツの首を狙った。耳朶を甘く噛み、指でくすぐりながら首筋へと舌を移せば、途端にコナツが啼き始めた。今までもそういった態度を見せていたため、首筋が酷く感じるのだということは知っていた。そして昨夜は後ろをしっかりと慣らした後に、また左側の首を舐めながら挿入した際、コナツはすぐさま甘い声を上げながら足の先を突っ張らせ、震える指でヒュウガの背中に爪を立てた。「痛い」「苦しい」という言葉を聞かなかったのは珍しい。そもそもコナツの器官が異様に狭く、そして挿入する側のヒュウガの男性器が驚くほどの容積を持ち、長大なのだった。まさに刀と鞘が合っていないのである。初めての時にどれだけ苦労したか今なら笑って話せるが、当時は危機的状況として受け止めなければならなかったほどだ。
「じゃあ、今からそうする?」
「今日はここ狙いでお願い出来れば何でもいいです」
 自分の首を指差して言うと、
「いいよ。オレもそこ好きだし。耳元でコナツの子猫みたいな鳴き声が聞こえるから興奮するんだよね」
 ヒュウガも楽しそうに答えた。
「そうなんですか? でも、私の方が命令するみたいですみません」
「そんなことないでしょ。自分からこうして欲しいって言われるのは嬉しいし」
 土曜の深夜にベッドの中でこんな会話をしているが、昨夜も交わったばかりで二日連続のことである。立て続けに肌を重ねるのは珍しくはないが、ヒュウガの部屋に呼ばれたコナツが帰ろうとしなかったことにも原因がある。理由は、ヒュウガがちゃんと寝るかどうか見届けてから帰るという言い分だったが、それなら朝まで居ればいいということになった。コナツは最初は戸惑っていたものの、余り長く迷うことなく承諾した。
 当然ベッドで相手をすることになる。押し倒されながらコナツは「今夜も?」と尋ねると、ヒュウガに「嫌?」と聞かれた。コナツは「私が嫌だと思ったことは一度もありません」と答えた。
双方とも、欲望が尽きない。
 コナツも自分がこんなにこの行為が好きだとは思わなかったし、ヒュウガもコナツに出会うまでこれほどセックスに依存していたわけではなかった。どちらかというと淡白な方だと思っていたくらいだ。
「やっぱり私ばかりがいい思いをしているような気がします」
 愛撫を受けながら心配するように言うと、
「それ、オレの台詞だけど」
「でも……する方って面白いんですか?」
「えっ」
こんな時に何を聞いてくるのだろうと思う。
「まして私が相手で……面白いはずがないかと」
「いや、あのね」
 ヒュウガは損得無しに”したい、してやりたい”という気持ちが強い。しかし、コナツは自分が男であるのに抱かれ慣れてしまい、能動的になることは余り想像出来ないのだった。
「常々思うんですけど、私は色気もないし、躯だって立派に成人として成長したようには見えない。何もかも中途半端で魅力を感じないんです」
「そりゃあ自意識過剰じゃない限り、普通はそう思うだろうね」
「女性だったらお化粧するとか着飾ったり、下着で色っぽく誘うという手段ありますが、私は何も出来ないし。あ、だからって女装は嫌ですよ?」
「分かってるって」
 男なら惹かれるとすれば仕事が出来ることと逞しい躯、加えて包容力と優しさである。コナツは自分にはそれがないと思っているから悔しい。だが、実際コナツは軍に入隊してからまだ数年、後輩が増えてきたものの、新人の部類に入るほどである。
「あの……もしかしてつまらないのを無理に我慢しているのでは?」
 聞くのが怖いと思ったが、つまらなくても我慢をさせるのは嫌だと思って訊ねた。
「我慢? 我慢はしてるよ」
「……やっぱり」
 本音を聞いてコナツが視線を逸らす。義理で抱いてくれているわけではないと感じていたが、今の台詞から燃えない時もあるということは分かった。それならどうすればいいのか言って欲しいと思う。だが、ヒュウガの答えは言葉の綾で、
「めちゃくちゃにしてやりたくなったり、3分どころか2分もちそうになかったりする時、すっごい我慢してる」
「?」
違う意味での我慢だった。
「可愛いと泣かせたくなるし。なんでだろうね。オレ、何処かおかしいのかな」
「え?」
「しかも挿入する前にイキそうになって焦るなんて、童貞でもあるまいし」
「……?」
「コナツが毎回処女なら、オレは毎回童貞みたいだよ」
「ええッ」
「コナツを裸にする度ドキドキしてんのは内緒だとして」
「言ってるじゃないですか」
「もうね、オレ、ノーマルに戻れない」
「!!」
「コナツのせいだ」
「そんなはずないです。だけど私の躯に興味を持って頂けるようにいっぱい鍛えたいと思います」
「何、筋肉質な躯を目指すの? 諦めたほうがいいと思うよ」
「何故です」
「骨格自体がね」
「細いって言いたいんでしょう。でも負けません」
「どうしよ、オレよりにでっかくなったら」
「駄目ですか?」
「コナツちゃん、オレを抱くの?」
「えっ、テクニック的に無理です」
「じゃあ、今のままでいいじゃん。コナツは背伸びしたい年頃なのかな」
「可愛いと言われるのが嫌だから」
「はいはい」
 軽く受け流されてしまった。
「私、本気ですからね」
「分かった、そういうことにしとく。さて」
 ヒュウガはコナツが身に着けていた残りの衣類を素早く脱がし、自分も裸になると、コナツを押し倒し、完全に覆いかぶさりながら最初に髪に口付けると、サイドの髪を耳にかけ、そのままてのひらを首筋に滑らせた。指で鎖骨をくすぐり、
「筋肉質な躯作りを目指して意気込んでいるコナツには悪いけど、今夜ご要望のここってさぁ、あんまり男らしくないよね。太さが足りないんだよなー」
 そんなことを言う。確かにコナツは肩幅も足りないし、首も細い。
「え」
「皮膚も綺麗だし。本当の意味で弱点かもね」
「……それは……いいような悪いような」
「喰らいつきたくなる」
 そう言って噛み付くようにそこにキスをした。
「あッ」
「旨い」
 まるで高級な食べ物でも口に含むように何度も舌を這わせ、ゆっくりと嘗め回し柔らかく噛みながら吸い上げる。特に横の部分に当たる胸鎖乳突筋と呼ばれる筋にキスをすると聞いたことのないような声が上がる。
「ひゃぅ!」
「コナツは胸も感じるけど、ここも相当弱いね」
「……は、い。もうこれだけで、イキそう……です」
「え、マジで?」
「もたなかったらすみません」
「いいよ、我慢しないで」
 そうは言ったものの、ヒュウガは冗談だと思っていた。気持ちがいいのは分かるが、そこで達してしまうほどのものだろうかと疑問を抱く。だが、何度も攻めているうちにコナツの状態が急変し、涙を溜めて「いっそ血を吸われてもいい」と喘ぎ始めた。
「そんなにいいの?」
「あ、ああ……ふ、ッ」
 身悶えるコナツは観察のし甲斐があった。こんなに切なそうに啼くなら益々苛めたくなってしまう。
「この顔も躯も、ほんと、たまんないよなぁ。苛めちゃ駄目だよね、可哀相だもんね。もう我慢比べだよ」
 独り言を呟いて加虐嗜愛を抑え、何度も何度も首や胸元に顔を埋めてくちびるを落とした。舐めてと言われれば舐めたし、吸ってと言われれば吸ったが、噛んでと言われて強く噛まずに加減するのが難しく、甘噛みする程度に抑えていたが、噛み切ってと言われた時にはさすがに出来ないと笑った。頚動脈を切るつもりかと訊ねると、それでもいいと言う。
「ほんとに好きだね、ここ攻められるの」
「……ッ」
 コナツは両手でせわしなくヒュウガの肩や頭を掴んで「このままもっと」と懇願し、愛撫だけでもかなり時間を掛けて攻めたはずだが、それでも足りないと言うのだ。
「ねぇ、もうこの辺でいいんじゃない?」
 ヒュウガが言うと、
「駄目ッ」
 きつい声音でコナツが叫んだ。
「続けるの?」
「もっと。やめさせるつもりないです」
「えーっ? もっとって言われるのは凄く嬉しいけどさぁ」
「だって、して欲しい」
「あーあ、可愛いこと言うね。可愛いって言ったら怒るだろうけどさ」
 ヒュウガが苦笑していると、
「可愛いって言ってもいいから、もっとして」
 コナツがはっきりと訴えたのだった。
「え、今何て?」
「可愛いとかいやらしいとか言ってもいいです。その代わり、いっぱいキスして」
「!」
 まさかこうくるとは思わなかった。女の子扱いすると、いつもは臍を曲げる寸前のコナツである。だが、今はキスが欲しくて仕方がない。
「ほんとに言ったら怒るくせにー」
「怒りません。気持ちよくて怒れません。だから……」
「あー、どうなっても知らないよ?」
「大丈夫……です」
「どうだかねぇ」
 ヒュウガは鎖骨にも舌を這わせ、肩も軽く噛みながら舐めては首を吸い、ねだられるままに徹底的に愛撫した。
 ゆるく触れていると「強く」だの「吸って」だのと訴えるし、仕舞いには「噛み尽くして」と叫び倒し、ヒュウガは出来る範囲内で言われた通りにしてやり、空いている手で胸や脇、背中への愛撫もしっかりと施した。
 キスだけで快感が全身に広がって意識などまともに保っていられなくなる。失神するならいいが、今まで犯したことのない粗相をしてしまいそうで躯が震えた。
「あう……っ、アア……」
「吐く息すらも色っぽくなっちゃって」
「は……っ、あっ、あ……だって凄く感じる」
「そんな言い方されたらねぇ」
「もっとして、吸って」
「分かったよ、してやるから」
 絶え間なく首を吸い上げていると、やがてコナツががくがくと震え出し、短い悲鳴を漏らし始めた。小さな顎を何度も反らせ、「イイ、好き」と、うわ言を繰り返す。男の子の印ははちきれそうになってヒュウガの腹にこすれ、腰が淫らにうごめき、まるで別人のようだ。
「こんなにいやらしい子だとは思わなかったな」
「私は知らない……! 勝手に躯が……」
 裏の部分を知れば知るたび乱れ方が激しいことが分かり、コナツは自らの手を内腿に滑らせ、決して性器には触らずに「どうなってるの、ここ」と訊ねた。そんな分かりきったことをわざと聞いてくるのが天然作用なのか、
「怖い子だねぇ、オレをどこまでも煽る」
ヒュウガは溜め息を漏らしながら呟いた。
「だって……」
「どうなってるか詳しく聞きたい?」
「……聞きたい」
「ほーんと、お前って……」
 ヒュウガは続きの台詞を耳元にくちびるを寄せ、耳殻を舐めながら深い声でゆっくりと呟く。
「ひ、わ、い、だ」
「!」
 何を言われたかと思う間もなく、
「卑猥だって言ったの」
 ヒュウガが二度も同じ台詞を口にした。
「な……!」
 逆らおうと思った途端、何も言わせまいとしたヒュウガが更に耳朶を噛むと、
「嫌ッ、駄目ッ! あーッ!」
 コナツは一人で達してしまったのだった。
「え、ウソ」
 驚いたのはヒュウガである。
「……ぅう」
 二人の上半身がコナツの放ったもので濡れた。
「ほんとにイッちゃった?」
「ア……」
 コナツはまだ朦朧としている。
「マジで? まだ挿れてないし下半身も弄ってないのに?」
 ヒュウガが言っているそばから、
「まだ、まだ……もっと出ちゃう」
 すぐさま二度目の射精反応を起こしたのだった。
「コナツ、凄い」
「……う」
 大きく息を吸って吐きながら、必死で呼吸を整えようとするコナツは、
「すみま……せん」
 目を潤ませて謝罪した。先に達してしまったこととヒュウガの躯を汚してしまったことで少しパニック状態に陥ったようだ。
「なんで謝るの」
「私ばかり悦くて……こんなんじゃ……」
「そうなるようにしてたから問題ないよ」
「でも、こんなに早く終わるはずではなかったのに」
 ヒュウガの声を耳元で聞いてしまったら抑えられなかった。
「それは気にしないで」
「続きを……」
「うん? もう大丈夫?」
「私は平気です。これ以上少佐をお待たせするわけにはいきません」
「こんな時に律儀だね」
 ヒュウガが笑っていると、コナツはふらふらと起き上がり、
「少佐……ちょっといいですか」
 そう言ってヒュウガの性器に手を伸ばしたのだった。
「何? どうするの?」
「扱いても?」
「コナツが?」
「はい」
「出来るの? でも、オレだってもうこんなだよ?」
 ヒュウガの雄の印は既に硬度を増しながらも、その状態を保っている。
「してみたいんです」
 コナツは簡単には引き下がらなかった。先に達するつもりはなかったから、さきほどの痴態のお詫びとでもいうのだろうか。
「いいよ、やってみて」
 ヒュウガが許可をすると、
「じゃあ、失礼します」
「あはは、やっぱり律儀だね」
「……」
 暢気なヒュウガに対し、コナツはあくまでも慎重だった。自分から言い出したこととはいえ、他人のものを扱いた経験などない。ヒュウガのでさえ口で奉仕する際、申し訳程度に弄るくらいだ。
「あの、私、下手ですが、それは許して下さい」
 右手で握りながら上下に動かしていると、突然、性器が生き物のようにグンと硬度を増してコナツを驚かせる。
「うわっ」
「っと、ごめん、気持ちいいから、つい」
 ヒュウガがPC筋と呼ばれる性器上部に繋がる体内の筋に力を入れたため、今以上に硬くなったのだった。既に腹に付いているほど上を向いていて、コナツが自分の方へ向けることすら困難になっていた。
「……ッ」
 溜め息のような喘ぎを漏らしたのはコナツの方だ。
「大丈夫?」
 ヒュウガが冷静に声を掛ける。
「はい」
「他人のを扱くのって結構疲れるでしょ」
「そ、そんなことは……」
 ないと思ったが、達するまでどのくらいかかるのか分からないし、これを数分続けていたら確かに疲れるだろうと感じた。
「この辺でやめとく?」
「え、でも」
 まだそれほどの時間も経っていない。
「コナツが手で終わらせたいなら続けてもいいけど、すごーく大変だよ? だってオレ、簡単にはイカないし」
「……」
「正確には、簡単にはイカないようにするっていうか」
「我慢してるんですか?」
「我慢ってほどじゃないけど、コナツが扱いてくれてるのもっと見たいからね」
「えっ」
「だってさぁ」
 コナツが達してから最初に無理を押して起き上がったときはまだ良かった。ふらふらしていて可哀相だったが、何を思ったか手で奉仕するという提案をしてきて、こわごわ扱き始め、慣れない行為で明らかに緊張しているのは分かったが、コナツはくちびるを引き結んで羞恥を追い払い、一気に集中した。いつどんな時でも一生懸命で真面目な子だと思いながら、ヒュウガがふと見ると、コナツは女の子座りをしていたのだった。例の脚をハの字にする座り方である。正座をされてもムードに欠けるし、あぐらをかかれても困るが、懸命なコナツがペタンと可愛らしく座っている姿を見た途端、見てはいけないものを見てしまったような、これ以上のシチュエーションは無いと身悶えしそうだった。出来ればもっと見ていたい。
「わざとなのか、天然なのか」
「あの? やっぱりおかしいですか、私」
「え? いやいや、さすがに分かってると思うよ、上手だ」
 力加減が絶妙だった。余りに突飛すぎても勢いがよくても感じるわけではない。手で扱く時の一番いいやり方は異性には永遠に理解してもらえないだろうと思う。そこは相手が同じ男であるコナツだからこそ、ちゃんと分かっているのだった。
「でも、硬すぎて……怖いくらいです」
「そう?」
 こんなことをしておきながら今更怖いと言うところも「可愛い」と撫でてやりたいが、そんなことをしたらコナツは完全に怒るだろう。
「ただ、少佐が冷静で……ちっとも気持ちよくないんですよ……ね」
「はぁ? これの何処が?」
 これ以上ないほど硬く隆起したのを見て、どうしてそう解釈出来るのか、それも不思議だった。
「確かにこの硬さは異常ですけど」
「異常言われたし!」
 ヒュウガが目を丸くしていると、コナツは表情を変えないままじっと手の中のものを見つめて呟いた。
「どうしよう」
「何が?」
「私……どっちに欲しい……のか」
「?」
「口か、後ろか」
「!」
「口から、順番に?」
「コナツ、何言ってるの?」
「すぐに欲しいけれど……」
「もしかして」
「……」
 コナツは口で奉仕すべきか迷っている。本音としては早く躯を繋げたいが、今なら口での奉仕もうまく出来そうな気がした。だが、
「あー、オレが待てないからタイムアウトね」
そう言ってヒュウガはコナツを押し倒してしまった。
「えっ」
 まだ色々としてみようと思っていたのに倒されて焦りを見せたコナツは、何とかして起き上がろうとしたが、
「駄目」
 ヒュウガに指一本で胸を押さえられる。
「でも!」
「言うこときかないと強姦しちゃうよ?」
「なっ」
「これからが長いのに、コナツ、体力もつの?」
 ヒュウガの忠告は的を射ていた。文字通り本番はまだである。これ以上労力を使えば最後までもたない。それでなくてもコナツは快感が極まると失神してしまうのだ。
「そうですね。また今度にします」
「うん、いい子いい子」
 改めて言われると、今度は挿入自体が怖くなった。自分がさきほどまで弄っていたものが躯の中に入るのだ。最初に鋭い痛みがやってきて、中が圧迫されるあの瞬間はいまだに慣れない。
 コナツが不安そうな顔をしていると、
「ちょっと待って」
 ローションで湿らせ、
「リキんじゃ駄目だよ」
「……ッ」
「お約束のコレもね」
 再び首筋に顔を埋め、一番弱いところを吸い上げながら挿入を開始した。
「ああッ!」
 強いキスをされて快楽と痛覚が同時にやってくる。もうどうしたらいいのか分からない。
「拡張してないからかなり……厳しい」
 狭い器官は異物を簡単には受け入れてくれなかった。ただ、コナツは欲しくてたまらないし、この体位で、こうして性感帯を弄られながら一つになる悦びが躯中に広がり、涙が零れるのを止めることが出来ない。コナツは甘い声ですすり泣き、
「わ、たし、たぶん……今、世界で一番気持ちいい」
 震えながら呟いた。週末の深夜に快楽を求めるカップルは大勢居るだろうが、こんな夢のような感覚を味わえるのは果たしてどれくらい居るだろうか世界中に問いかけてみたい気がした。ドラッグや道具を使わずとも意識が飛びそうなのだ。コナツは自分には性的な魅力がなくても感度の良さは認めざるを得ないと思った。
「あらー、コナツ、すっかり挿入されるの好きになったんだね」
「は、い」
 躯が繋がるのが嬉しい。それに快感が伴えば何も言うことはなくなる。
「信じられないくらい、イイ……」
「こっちが信じられないんだって」
「もうだめ……」
「まだこれからだよ」
「いいんです、何回もイクから」
「って、それやばくない?」
「失神したらいっぱい突いて起こして」
「コナツー、そんなに煽ってどうするの」
 ヒュウガが腰を動かしながらコナツの脚を持ち上げた。わずかにこすれる角度がずれると、コナツはその度に悲鳴を上げる。
「ほんと、抱き甲斐のある子だ」
「気持ちいいから、私、おかしく、なる。これは抱かれる側の特権」
「言い切ったね。まぁ、自分じゃどうしようもないんだろうなぁ」
「助けて、少佐」
「おかしくしてるのはオレなのにオレに助けを求めるの? やめろってことかな?」
「やめちゃ駄目……っ」
「ほらぁ、困ったことになってきたよ。コナツ、言葉で煽るからヤバイんだよ」
「だって!」
「口封じしようか」
 そう言って耳の下にキスをする。そこを攻めればまともに喋ることが出来なくなり、立派な口封じになるのだった。
「あ、あ……あ」
 身を捩り、細い声で啼く。凄まじいほどの感度の良さだ。だが、コナツに言わせれば、それはヒュウガのせいだという。ヒュウガが悦くするから、相手がヒュウガだからいけない。慕っている相手に優しくされて素直になれないはずもなく、この度合いの良さはヒュウガへの忠誠心そのものだった。
 ヒュウガもコナツを自分のそばに置き、離れられないようにする絶対的な自信があった。それが当たり前だと思っていたというより、直感で得た自信である。真面目で堅物なコナツを自分のものにするのは一筋縄ではいかないと思っていたが、いずれは何としても口説き落とすつもりでいたし、他の誰かに渡すつもりは毛頭なかった。今まで築き上げてきた関係も、歯の浮くような台詞でおだててきたのではなく、ただ真摯になることで誠意を見せた。ヒュウガは勝負で負けたことはない。飄々としたヒュウガが打って変わって違う表情を見せ、本気を出すことは他の男がそうするより何倍もの価値があった。
 それなのに、今でも互いにこうしていること自体が夢のようで、胸が高鳴る。どんなに儚い時間でも、これは現実であり男同士という事実と上司と部下という実情を踏まえて熱く結ばれ、全てを受け入れ肌を合わせるということは、決して軽いノリやてきとうな言動による悪ふざけやただの性欲処理ではなかった。
 指を絡め、出来るだけ多く密着し、繋がった部分で快楽を追う。好きな人とする行為だからこそ満たされ、そして嬉しく思う。
 コナツは穿たれる度に涙を零すようになり、
「きついの?」
 ヒュウガが案じると首を振り、
「そう、じゃあ、続けても大丈夫だね」
 体位を変えようとすると息絶え絶えになりながらも素直に従う。ドッグスタイルにされると恥ずかしがって座り込もうとするがヒュウガに腰を抱えられ、
「観念して。なるべく痛くないようにするから」
 そう言われ、
「ちが、います」
 痛いのが嫌なのではないと言いたかった。確かにここまでくれば痛みは余りないはずだが、コナツは普段から殊に後背位にかけては乗り気ではない。
「じゃあ、なんで?」
「恥ずかしい」
「え、尻を見られるのが?」
「はい。全部……見られてしまうのが」
 ヒュウガからは絶好の眺めであるのに、コナツにとってはそれが何より耐えられないのだった。
「じゃあ、見ないよ。見ないからじっとしてて」
「少佐……うッ」
 挿入を開始され、どうしても声が漏れる。
「ああ……絡みつくっていうより締め付けてくる。きついよ、オレも痛い、コナツ」
「ど、どうしたらいい、の」
 焦ったコナツは首を捻じ曲げてヒュウガのほうを見たが、
「いやいや、コナツは悪くないから、今のは褒め言葉だよ」
「……ッ」
 そう言われてほっとしたように小さく笑い、正面を向いたかと思うと急に仰け反り、何を我慢しているのか懸命にシーツを引っ掻き始めた。
「こら、猫みたいに暴れない。分かってるよ、ちゃんとあげるから」
「……っ」
「背中にキスでしょ?」
 やはりキスされたいのだった。この位置であれば背中しかない。
「して。さっきみたいにいっぱいして」
「ほんとにコナツちゃんは難しい要求をする」
「だって欲しい」
「オレもしてあげたいから、いいんだけどね」
 欲しいものは全て与えたい。それがどんなに大変なことでも、そうしてやりたい。普段は甘えることのないコナツがして欲しいと訴えているのだ。ヒュウガにとってコナツを満足させることが何よりの喜びでもある。
「キスだけ? 他には?」
「どんなことをされても、いい」
「ほら、そんなこと言って」
「私……」
「うん、じゃあ、コナツにはいっぱい鳴いて貰おうね」
 そしてヒュウガはコナツの性感帯の多くを出来るだけ同時に攻めた。指や口だけで足りない所は言葉で表す。ヒュウガから見たコナツの尻の形や、バックから抱かれて興奮して収まりがつかず彷徨うように揺れている性器までも詳説し、わざと覆いかぶさり後ろから耳殻を舐めながらいやらしい声で、自分が如何に気持ちいいか快感の程合いを敷衍した。
「コナツー、腰、くびれてる。後ろからするとめっちゃ目立つ。もしかして胸もちょっと大きくなってるんじゃない?」
「や、やめて下さいっ、そんなこと言わないで」
 言葉でも攻められ続けてコナツが叫ぶ。全角度から快楽を与えられて気が狂いそうになり、ヒュウガの卑猥な台詞を消そうとわざと喘ぎ声を大きくしていたが、ヒュウガは行為を止めてまで言葉で説明するようになった。
「だってさぁ、胸まで成長してそうで。なら、今触ってみようか」
「いやーっ」
「どうして? 男なら胸触られるくらいで嫌なはずないでしょ? なのに……うわっ」
 大きくなっているはずはない。が、胸を揉まれてコナツは反射的に後ろを締め付けてしまったのだった。
「……ッ。オレのが飲み込まれていく感じ。この締め付け方はどうやって覚えたの」
「そんなの……知らない」
「ったく、やっぱり苛めようかな」
 右手で胸を左手で性器を触るとコナツが文字には出来ない嬌声を上げた。故意にせずとも勝手に婀娜めいた嬌音が出てしまう。
「なんとイヤラシイ」
「あ……、わた、し、変……ですか?」
「ううん。抑えないで声出していいから」
 そう言われても戸惑いを隠せず、
「後でからかわないで……下さい、ね」
「そんなことしない」
「絶対? 約束……」
「ああ、約束する」
 そこから更に数十分、コナツは鳴き続けた。焦らされている間は悶え、ようやく後背位から解放されて正常位に戻された時は、ヒュウガの顔を見た途端、好きな人に好きな体位で抱かれることに安心したのか、
「この瞬間がとても好き」
 と言い、中々際どい台詞でヒュウガを驚かせた。
 相手が動き易いように自ら腰を上げ、脚を広げると再度首筋にキスを落とされてコナツはヒュウガの黒髪を両手で鷲掴みにしながら、
「少佐が居る」
 今更そんなことを言うのだった。
「ずっと居たでしょ、何言ってるの」
「だって、少佐が……」
 いまだに慣れないこの行為に不安を感じるコナツは、いつヒュウガに飽きられるか恐れることもあった。仕事上、上司と部下の間柄は続いたとしても躯の関係の存続までは保障できない。ヒュウガが目移りして他人に興味を示せば、それで終わるという覚悟もしていたし、そうなる確率の方が大きいと踏んでいた。
 だから、今もこうして一つになっていることが嬉しく、そして夢のようだと思う。
「オレが何? 消えて居なくなるとでも?」
 ふざけて言ってみるが、コナツは顔色を変えた。
「それは嫌」
「大丈夫だよ、いつだってそばに居るでしょ」
「今は……」
「今は? 今までも、これからもね」
「少佐……」
「コナツが大人になって、今より偉くなっても、それは変わらないよ」
「あ……」
 涙が止まらなくなりそうだった。
「こんな可愛い子から離れることなんて出来ないし」
「何、言って……私、いつまでも可愛いわけでは……」
 子供扱いされているのかと焦れる思いで震えながら言い返したが、喋るのも辛そうにしていて、
「声、枯れちゃったね」
 ヒュウガが心配そうに呟いた。だいぶ声が掠れてしまっているのだった。あれほど鳴き続ければそうなるだろう、コナツのふんわりとした明るい声がハスキーな低音へと様変わりしている。
「喉が……少し、変」
 違和感があり、声帯を痛めたかもしれない。
「コナツの顔に似合わないけど、掠れた声も凄くいいよ」
 ヒュウガが真剣な顔で呟いていたが、笑みは絶やすことなく始終嬉しそうだ。
「でも、私、もっと壊れるかも」
「そうだね、終わる頃にはどうなっているのやら」
 笑いながら言い、再びくちびるを重ねた。

 そこからまた長い時間を愉しみ、存分に想いを確かめ合った。ヒュウガは一度体外に射精したが、二度目は中に放った。コナツも同時で、凄まじい快楽に二つの躯が大きく震えた後は、暫く身動きがとれないほど快感神経が中枢を貫通していくのを味わった。

 毎回のことだが、性に対する営みが充実しすぎて他のストレスさえも吹っ飛んでしまうほど心も躯もすっきりと晴れやかになる。実際、ヒュウガは日々色香が強くなっているようで仕事中に話しかけられて見つめられるだけでもコナツは腰が砕けそうになったし、コナツは女性ホルモンが分泌されるのか美肌効果が著しく、髪の質も手を加えずとも美しく保たれている。金髪がさらさらと靡くところは男女どちらからも羨ましがられる特徴である。


 こうして妖しく熱い夜が過ぎ、満ち足りたまま日曜の朝を迎えた。ほとんど同時に目を覚ました二人だが、ヒュウガが開口一番、
「さて、どうしたもんかな」
 困ったように呟いた。
「……?」
 コナツには何のことか分からない。
「鏡見てきてごらんよ」
 ヒュウガの台詞にコナツはギクリと躯を強張らせ、
「一体何が……顔が腫れてるとか、って、私、声が……」
 啼き叫んだことが原因でむくんでしまったのかと思ったが、それよりも声がガラガラとしわがれていて痛々しい。
「むくんでるだけなら、すぐ引くでしょ」
「えっ、じゃあ……」
 コナツはベッドから出て、そばにあったワイドタイプのタオルで胸まで隠して躯に巻きつけるとサニタリールームに向かった。
 ヒュウガは微笑ましそうにその姿を目で追っていたが、暫くして、
「あーっ!」
 コナツが掠れた声を上げると、自らもベッドから出て裸のままコナツの居る場所へと向かった。
「加減したつもりだけど……」
 そうは言ったものの、加減をするなときかなかったのはコナツである。
「あれだけ吸えば跡残るのなんて当たり前だよ」
「……」
 首筋についた無数のキスマーク。これが通常の量ではなかった。本来の皮膚が見えないほど、びっしりと巡らされ、首から胸にかけて淡いピンク色のペンキが塗られたようになっている。
「これ……明日までに消えますか」
「消えないねぇ」
「……これでは軍服を着ても隠れません」
 顎の下や耳のすぐ下まで襟の上からも覗く位置にくっきりとついたキスマークは、絆創膏でも隠しきれない状態だった。
「アレルギーで湿疹出たとでも言えば大丈夫なんじゃない?」
「無理です」
 そんなことでごまかせるものではなかった。誰がどう見てもキスマークだと分かるのだ。
「じゃあ、マフラーでも巻いていけばいい」
「……」
 そんな姿でデスクワークをする軍人が何処に居ようか。
「ファンデーション塗るって手もあるよ」
「は? それって化粧道具ですよね?」
「うん、ついでにルージュも引いちゃえば?」
「……」
 コナツに女装趣味はなく、ファンデーションなど持っていない。だからといってヒュウガが持っているのか聞くのも怖かった。
「リキッドタイプがいいのかも知れないけど、襟でこすれたら取れちゃうもんなぁ」
「……」
 にっちもさっちもいかない。
「大体、コナツは皮膚が薄くて毛細血管が弱すぎるよ。ちょっと吸っただけですぐに跡が残るし。あの程度吸っただけなら毛細血管が頑丈な人は滅多に跡残らないから」
「えっ、それは……」
 まるでコナツが悪いようになっているが、実際に「吸え」「噛みつけ」「もっと出来るだけ沢山」と強請したのはコナツなのである。ヒュウガは途中で気付いてそろそろやめようと申し出たがコナツが絶対に嫌だと怒り始めた。
「っていうか、コナツはその声も何とかしなきゃなんないね」
 ほとんど音が出ないほどに枯れた声は、空気だけが漏れている状態で明日になっても回復はしないだろう。
「どうしよう」
「ま、なんとかなるよ」
 そうしてその日、コナツはヒュウガの部屋で過ごした。極力喋らないようにし、ほとんど横になって寝ていた。ヒュウガは何処からか喉の炎症を抑える薬を調達してきてコナツに飲ませたり首に温湿布を当てて暖め、軟膏を塗ってあげたりした。
「明日仕事休む〜?」
 そう言われて頑なに首を振る。
「上司のオレが許可するって言っても休まないんだねぇ。あ、ついでにオレもサボるとかじゃないよ?」
 だが、明日休んだだけでは痣は消えない。
「ま、コナツ居ないと参謀部も仕事はかどらないし、何としても出ないとね」
 頭を撫でられながらコナツはヒュウガのベッドを占領し続けたが、コナツは困ったような顔をしたまま横たわり、目を閉じていた。

 結局、翌朝になり、逃げられなくなったコナツはヒュウガに用意された新しい軍服に袖を通したが、絶対に誰にも跡を見られたくないと訴え、襟を閉める前に包帯を巻かれることになった。怪我をしたのかと勘違いされそうだったが、コナツが納得する方法で全体を隠すにはこれしかなかったのだ。
「ちょうど軟膏塗ってあるから包帯にしたけど、見えなくなっていいんじゃない? 声ガラガラだし、皆には風邪引いて喉痛いからネギ巻いてるって言っとけば?」
「ネギ!」
 幼少時に祖父からそのような対処法を聞いたことがあるが、ネギを巻いて仕事をする軍人が何処に居ようか。それならまだマフラーの方がマシだと思ったが、余りにも白々しい。
「私……見られるのが嫌なだけなので、皆には適当に言ってごまかします」
「そう?」
 そして参謀部に向かうと、誰もがコナツを見て驚いて声を掛けてきた。コナツは一人一人に向かって「ワケありで」と短く返事をしてみたが、第三者にはコナツの嗄声では何を言っているのが聞き取れないのだった。
「どうしたんですか、その声!」
 全員が口を揃えて訊ねる。
 風邪だと言っても、すぐには聞き取って貰えず、ほとほと困り果て、コナツは参謀部内を見回してヒュウガを見つけると、走り寄り、グイグイとヒュウガを引っ張ってきた。
「コナツ?」
「皆に説明して」
 しわがれた声で訴えると、
「いいの、言っても?」
「はい」
 風邪だとうまくごましてくれればネギを巻いていると言われてもいいと思った。だが、
「あのねぇ、首の包帯はオレがつけたキスマークを隠してるだけだから。声は一昨日オレにさんざん啼かされてこんなになっちゃった」
 本当のことをぶちまけたのだった。
「!!」
 卒倒しそうになったのはコナツである。当然、その場は騒然としたが、
「あ、扁桃腺で喉痛めてネギ巻いてるって言った方が良かった?」
 ヒュウガのその台詞で、何故か皆がそちらの説に納得し、全員がそれを信じ込んでしまった。ここにカツラギとクロユリが居なかったことだけが幸いだと思った。

 結局、キスマークは信じて貰えず、コナツはネギを巻いていることになったが、どちらにせよ、コナツには屈辱でもあり、辱めを受けたことに変わりなく、明日もこの状態が続くのかと思うと本気で熱が出そうだった。これなら高熱を出して寝込んだ方がいい。
 最後にカツラギに会うと、
「おや、随分ベタなやり方ですねぇ」
 すぐに笑われた。
「な……何でしょう?」
 コナツが聞き返すと、
「声、凄いことになってますね、少佐に泣かされましたか?」
「えっ」
「少佐も懲りないですね」
「ち、違います」
 カツラギにはほとんど聞き取れなかったはずだが、ニュアンスで通じたのか、
「それとも貴方がねだったのか」
 すっかり話を進めている。
「絆創膏じゃあ隠せないくらい跡残すなんて、激しいですねぇ。また倒れないで下さいよ?」
 何もかもがバレバレで、コナツは首を縦にも横にも振れずに呆然とするだけで、
「それにしても是非見てみたいなぁ。貴方にキスマークなんて絶景ですよ?」
「いえ! 無理……!」
 今度はしっかり首を横に振った。見せるわけにもいかないし、いやらしいと思われるのも嫌だった。
「少佐もいけない人です。ずるいというか少し罰が当たってもいいくらい」
 そんな会話をしているところへ、ヒュウガがやってきた。
「カツラギさん、コナツのこと苛めないで下さい」
「おや、少佐、苛めるなんてとんでもない。それはこちらの台詞ですよ。何よりコナツのこの 惨状について詳しくお聞きしたいのですが」
「え、だから喉やられてネギ巻いてる……って、カツラギさんにはバレてるよね?」
「ネギ……そういう言い訳できましたか。古風で結構。ですが、本当はキスマークでしょう?」
「うん!」
 ヒュウガは明朗快活だった。
「コナツ君は見せてくれそうもないし……。軍服の襟だって高めに出来てるのに、絆創膏でごまかせないなんて、どんなになってるのか。コナツ君の顔つきからして、相当あなたに迫ったんでしょうね」
「えっ、そこまでバレてる?」
 カツラギには何もかもお見通しだった。
「顔で分かりますよ。満ち足りてますから。もし少佐が強引にしたなら不満顔露わでしたでしょうけれど、少佐が言う通りにしてくれたって顔してます」
「そんな……」
 コナツが掠れた声を上げた。カツラギの鋭さが信じられなかったが、その通りなのだから反論は出来ない。
「うーん、コナツからの要望でね、首にキスしろって迫られちゃって徹底的に攻めたわけ。舐めるだけじゃ駄目だって暴れるんだよ? 吸えだの噛めだのって、オレは動物かってくらい」
「ほう!」
 カツラギが感心しているところへコナツが顔を真っ赤にして俯いた。
「凄いよ、全身のキスマーク。オレね、100回までは数えてたけど、後は追えなかった。多分200箇所いってるかも」
「えっ、なんてこと!」
 同じところを何度も吸った数も入れれば、それくらいの回数はこなしているということだ。
「それ以上にコナツはいい声で鳴いたんだ。喉ぶっ壊れるのも当然でしょ?」
ヒュウガは最後までにこやかだった。

 そして後から来たクロユリにも、
「何、コナツ、キスされまくったの? ヒュウガってキス魔だったっけ」
 やはりバレている。
「あ、あの……」
「うわぁ、めちゃくちゃセクシーな声になっちゃって。そんなになるまで襲われてたんだ?」
「い、いえ、えと」
「昨夜?」
「違います」
 聞き取りにくい声を、クロユリは背伸びして出来るだけ耳を近づけて音を拾った。
「違うの? でも、ほんと、大胆だねー」
 クロユリに言われると、何故か隠す気にはなれず、
「あの……キスは私からせがんで……あんまり気持ちがいいのでつい声がたくさん出てしまって」
 なるべくはっきり聞こえるようにゆっくりと呟いた。
「そうだったの? 逆に男らしいよ、コナツ」
「えっ、そうですか?」
「ヒュウガにお願いしたんでしょ?」
「……はい。それはもう数え切れないくらい」
「いいことじゃん!」
「!」
 こんなことで褒められたのは初めてだったし、ここまで言及したのも初めてだった。さきほどまでは、もうこんな思いはしたくないと、おねだりをするのは控えようかと思っていたが、よくよく考えればコナツの全身には愛されまくった証拠が残っているのだ。軍服で隠れているが、胸にも背中にも、下腹部にも内腿にも華のような跡がいくつもついている。本当なら、いますぐ裸になって、花弁が舞う軌跡のような躯を確かめて至福を噛み締めたいくらいだ。
 愛し合ったのは嘘でも幻でもないと、この肌が証明してくれる。
「やっぱり、これで良かったのかも」
 コナツは青ざめた今朝の自分が嘘のように、この結果を吉として受け止めることが出来たのだった。

 一日の仕事で言葉を要するところはヒュウガが引き受けた。つまり、会話が必要な時、ヒュウガはコナツが何も言わずとも一字一句違わず代弁した。まるで通訳のようだと思ったが、コナツは一言も発しなかったし、筆談も一切していない。これは気持ちが通じ合っているからこそ出来る連携プレイである。
 夜になり、コナツを早めに切り上げさせようとしたヒュウガに、
「少佐も終わりにしませんか?」
 そう言ってみた。
「どうしようかな。今日はサボらなかったからかなり進んだしね」
「帰りましょう」
「そうだね」
 書類を片付けながら、誰も居なくなったのをいいことにコナツは気になる質問を投げかけた。
「皆は私の声が聞こえなかったのに、どうして少佐には私が言っていることが伝わるのでしょう。昼間は何も言わなくても私の代わりに少佐が全て答えてくれたし」
 今も喉の具合が良くないコナツの声は、やはり聞き取りにくく、他の人には空気しか出ない嗄声は中々聞き取って貰えなかった。それなのに、ヒュウガとは会話が成り立つ。
「そういえばそうだね。オレは読唇術が出来るせいもあるけど、でもコナツの声は聞こえるような感じ。幻聴みたいな?」
 心の声とでもいうのだろうか。
「きっと私の言いたいことが分かっているのでしょうね」
「それもあると思う」
「私、昨日は物凄いキスの跡を見た時、自分からせがんだとはいえ、とても後悔しましたが、今は違います」
「どういうこと? 必死で隠してるのに?」
「それは当たり前です。隠したのは誰かに見られるのが勿体なかったから」
「勿体ない?」
「芸術みたいに綺麗に残してくれて、本当は見せびらかしたいけど、私だけが独り占めしたかった」
「そうなの?」
「でも大佐が見たがってましたし、どうせなら見せて想像とかしてもらいたかったかも」
「何の想像を!?」
「私と少佐がエッチしてるところ」
「うわー! マジで言ってる!?」
「ちょっとそう思っただけです。でも誰にも見せませんよ」
「じゃあ、暫く包帯巻くんだ?」
「それしかありません」
「明日も皆にネギ巻いてるって言うの」
「それは……」
「ああ、そういえば炒った塩をガーゼに包んで喉に巻くっていうのも効くって言うよね。どうせなら実際やってみたら」
「……」
 本気で迷ってしまったが、
「取り敢えず明日は塩巻いてるって言えばいい」
 ヒュウガはまた笑った。
「面白がってますね」
「面白いもん」
「大佐と中佐以外は皆信じますから」
「ほんと、面白い。あ、アヤたんにもバレるよ、きっと」
「それは……恥ずかしい」
「ちょ、なんでそこで赤面するのさ。どんだけアヤたん好きなの」
「だって」
「アヤたんに相談すればワインでも塗っとけって言われるよ」
 からかい半分で言ったつもりが、
「あっ、でしたら明後日はワイン塗ってるということにします」
 コナツは完全に本気にしてしまった。
「喉にワインが効くって聞いたことないんだけど。飲むならともかく塗るって何。かぶれるじゃない」
 ヒュウガが冷静に突っ込みを入れても、
「新たな療法です。どうせならアヤナミ様に塗って頂きたい」
「あーそー、アヤたんなら部下に優しいから言うこと聞いてくれるかもよ」
「ふふ」
「って、怖いことになってる」
 事態は新たな急展開を見せようとしているのか。
「なんだか、ハマりそうですね」
「何が!?」
「キスマーク」
「お前が言う?」
「こういうの、慣れてないから新鮮なのかな」
「オレからすれば、見えるところにベタベタつけるのは大人気ないと思って余りしなかったんだけどね」
 確かにヒュウガが残すところは、胸や腿の内側など、普段は人には見られないところである。
「今までは私だって恥ずかしかったし、引いちゃうとかみっともないって思ってたんですけどね。でも今回はキスのリクエストして良かったです」
「でも、もう無茶はしないよ?」
「つまらない」
「そんなこと言って。次回からは、せめてカウントできる数にとどめておこう」
 真面目な顔で答えるヒュウガに向かい、
「私がおねだりします。数え切れないくらい」
「え、そう来るの?」
「愛されたいですから」
「ああ、それね、オレも愛したいよね」
 結局はこうなるのだった。

 キスの数が愛の数だと言わんばかりだが、実際、それほどに求め、欲していることには違いない。一週間もすれば全て消えてしまうだろうから、その時コナツは寂しそうに裸体をヒュウガに見せて、
「なくなっちゃいました」
 と催促することになるだろう。
 これではどちらが引き金を引く役なのか分からない。或いは同等に二人同じくらい燃え上がって記録を更新するかの如く、秘密を増やしたていきたいだけなのかもしれない。
 数え切れないほど多く、生蜜のように甘い時を過ごすために。


fins