ようやく1日の仕事を終えたコナツは自室へ戻りシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。慌しく過ぎた今日という日が充実していたことには満足している。相変わらずヒュウガは仕事中いたずら三昧だったが、会議にも真面目に出ていたし、3時にコナツが煎れたお茶の味に感動してコナツをベタ褒めしていた。基本的にヒュウガはコナツが淹れてくれたコーヒーやお茶に関しては必ず褒める。甲斐甲斐しく給仕してくれる姿が見たいために、たまに真面目にデスクワークもこなすほどだ。今日はそのお陰で順調に事が進んだ。 「ふぅ。明日もスムーズに終わればいいなぁ」 ベッドの中で呟いて目を閉じる。寝付きは特別にいいわけではないが、悪くも無い。だが、疲れていたためにすぐに眠りに入った。 静かな夜、心地よい睡眠を貪り、コナツはどんな夢を見るのだろう。小さな寝息を立ててあどけなく横たわる姿は柔らかな枕に金色の髪がさらりとかかり、暖かな毛布に包まれた躯は柔らかくカーブを描いていて男ながらも艶姿である。 このまま朝が来て疲労を回復させたコナツは、目覚めにあくびをしながら瑞々しい腕を天に向けて伸びをするだろう。空合がよければ気分も向上するし、雨の日は何故か人が恋しくなることに気付いて溜め息をつくのだ。 そんな普通の日常、当たり前の時間を過ごすはずだった。……はずだったのに、人生には予定外の出来事が多々ある。それはコナツにも例外ではなく、むしろヒュウガに関わっているコナツだからこそハプニングがあるわけで、この時も突然にして余りに過酷な事件が起きたのだった。 眠りに入って数十分、ちょうど気持ちよくデルタ波が脳に流れている間、突然、本当に突然誰かに揺り起こされた。 「コナツ、コナツ!」 当然、すぐに目覚めるはずもない。 「コナツ!!」 布団を剥がされ、肩を揺すられ頬をヒタヒタと叩かれる。何事かと思ったが、脳が中々目覚めてはくれない。それどころか朦朧としていて目を開けることも出来なかった。 「コナツ! 死んでるの? 息してる!?」 一体誰なのかと思う間もなく、声を聞いただけで相手が判明したが、こんな起こし方をするのはただ一人しかいない。 「コナツ、起きて!」 「……ん……っ」 気力で目を開けた。 「コナツー」 「ヒュウガ……少佐」 「やっと起きたぁ」 「どうされました? 緊急事態ですか!?」 目を擦って起き上がると、 「うわぁっ」 いきなり抱き上げられた。 「しょ、少佐!?」 「てなわけで外行こうか」 「!?」 何が起きたのか分からなかった。どうして寝ている所を起こされ無理やり外に連れ出されるのか、これが任務なのか、それとも予め逢瀬を約束してあってコナツがうっかり忘れていたのか、何が何だか分からない。もっともコナツが約束を忘れるはずもないし、そんなことを言い交わした覚えもなかった。となれば、緊急召集しか考えられない。コナツは何か事件が起きたのかと気持ちを切り替えようとしたが、 「今夜はね、星が綺麗なんだよ」 緊張感のない台詞が聞こえてくるだけだった。 「……」 そう言われてもコナツには何のために起こされたのか分からない。そして抱き上げられたまま反論することも出来ずに、ただ呆然としている。 ヒュウガは一方的な流れでコナツを外へ連れ出し、夜空を眺めるにはちょうどいい場所で立ち止まった。 「この辺でいいかな」 コナツをベンチへ下ろし、一旦座らせる。 「星を見るにはここが一番なんだよね」 「……」 何故今星を見なければならないのか。コナツは何をどういうふうに、どれから訊ねていいのかも分からない。 「いい季節になったねぇ」 暑い夏が終わり、朝晩は多少冷えることもあるが、昼間はだいぶ涼しくなってきた。だからといって、何故深夜にこんなふうにされるのだろう。一体どうなっているのだ。 「あの……」 ようやく口を開いたが、どこから突っ込んでいいのか分からないのだ。 「目が覚めた? もう話できるでしょ?」 「……」 そういう問題ではないと思った。 「秋の夜は長いからね!」 ヒュウガだけがノリノリである。 「一体どういうことでしょうか……?」 「え、何が」 「何故私はここに連れて来られたのか。仕事でしたら参謀部に……」 コナツが呆然としたまま訊ねると、 「オレが会いたかったから」 ヒュウガはしれっとして答えた。 「は?」 「だって、お疲れ様でしたって9時に別れてから3時間も経つんだよ。いい加減顔が見たくなるって」 「は?」 「今日は特に星が綺麗だからね、そりゃもうコナツの顔も見たくなるってもんよ」 「……意味が分かりません」 「部屋の中とかじゃなくてね、こういう壁のないところでまっすぐ空を見上げられる場所で二人きりになりたかったの」 「……」 「夜の外って気持ちいいよねぇ」 「……私、寝ていたのですが」 「知ってるよ。だから起こしたんじゃん」 「っていうかパジャマ姿のままです」 「うん、着替えさせる時間が勿体なかったし」 「……しかも裸足なんですけど」 「だって靴が何処にあるか分からなくて」 「ベッドのそばにあったじゃないですか。何より少佐が軍服で私がパジャマってバランス悪いんですが」 「そう?」 コナツが両腕で自分を抱きしめるようにしてブルッと震えた。薄手のパジャマ一枚では夜風が身に凍みるのだった。 「あっ、ごめんね、寒い? これを着て」 ヒュウガは一度コナツを立たせると、自分が着ていた軍服から刀を外し、上着を脱いでコナツに着させた。羽織るだけでなく腕まで通し、ベルトもきっちりはめてやる。 「な……」 「あはは、大きいね、裾が地面についてる。両手も隠れちゃって」 「これは……」 彼シャツと呼ばれる類だろうか、コナツは幅も丈も大きな上司の上着を着せられ、 「ほら、取り敢えずぱっと見た状態だと違和感ないじゃん。誰も来ないだろうけど、誰に見られてもいいよね」 まるっきりヒュウガに遊ばれているようだった。 「……少佐は寒くないですか」 「全然」 「ええと……」 「せっかく来たんだし、帝国の未来についてでも語る?」 「ええっ」 ヒュウガがどこまで本気で言っているのかは分からないが、コナツの反応が面白くてそのまま続けて訊ねた。 「じゃあ、将来してみたいこととか。仕事のことじゃなくて、夢とか希望とかさ。コナツはまだ若いから色々あるんじゃない?」 「ちょっと待って下さい、ここに私を連れてきた理由は何です、それが先です」 「さっき言ったじゃん。星が綺麗だからコナツの顔が見たくなったって」 「それだけのことで?」 「それだけじゃないよー、凄く大事なこと!」 「仕事でもないのに?」 「仕事ぉ? そんなわけない。もうね、顔見たくて明日まで待てなかったの」 「ええっ」 「そういう時ってない?」 「……」 「寝ても覚めてもコナツの顔ばっかり浮かんできてさ、どうせなら実物見たほうがいいやって思って」 「そんな」 「嘘じゃないよ。何でもいいから会いたくなった」 「ですが、あと数時間後には顔を合わせるじゃないですか」 「それじゃ嫌なの」 「しょ、少佐」 ヒュウガが駄々っ子のようになっていた。 「そんなわけで何か話しよう」 「で、ですから、こんな時間に外で語り合うには余りに不自然かと」 「不自然じゃなくて必然なの」 「はぁ?」 「この際コナツの意思は関係ないから。眠かろうがオレの顔見たくなかろうがそれは二の次で、オレが今すぐコナツの顔見ないと死んじゃうから来たわけで」 「なんという」 強引なのか我儘なのか、どうにも表現のしようのない言動である。 「コナツには迷惑でも、オレが我慢出来ないもん」 「あー……」 もう何も言い返せなかった。余りに勝手すぎる、と思ったが、 「オレみたいな男、どう思う?」 そう聞かれて、 「素敵です」 即答してしまった。これはお世辞でも嘘でもない。 「でしょ」 自信たっぷりなヒュウガだが、 「でも、私の方が少佐のこと好きですよ」 コナツが堂々と言い切ったため、 「はぁ? それはどうかな、オレのほうが好きだと思うけど」 ヒュウガも負けじと言い返す。すると、 「私だってね、こんなふうに少佐を襲いに行きたいです。でも、私は部下という立場だから、そんなこと出来ない。せいぜい寝過ごして遅刻した少佐を起こしに行くことくらい。したいことが出来ないもどかしさ、分かりますか?」 コナツは真面目な顔で胸のうちを言葉にしたのだった。 「そ、そうなの?」 「ですよ。たまに少佐のこと困らせたり悩ませたりしたくなるし」 「え」 「私ばっかり少佐を追いかけている気がして、時々切なくなります」 「ええっ」 「私の願い、ご存知ですよね?」 「……」 「いつかこの手で少佐を倒すこと」 「へっ!?」 「間違えました。いつか少佐を追い越すこと。少佐より強くなること」 「……」 その間違いは間違いには聞こえなかった。いつか本気でかかってきそうで怖い。そろそろ仕事をサボるのをやめたほうがいいのかと真剣に考えなければならないと思った。しかしコナツは憂えた表情で小さく呟く。 「なのに全然追いつかない。私にとって少佐はやはり遠い存在なのだろうかと寂しくなります」 「コナツ……」 「こんなの、少佐には子供の戯言にしか聞こえませんよね」 「いや、えっと」 ヒュウガは困ったように言葉を詰まらせた。すると、見計らったようにコナツが鋭い視線を向けて、 「あ、今、戸惑ってますね」 「って、オレを試してる!?」 「はい」 にっこりと笑った。 「うっわ、コナツ、さりげなく言葉攻め!?」 「そういうプレイではなくて」 「オレを泣かせようという魂胆!?」 「泣かせ!?」 「いいもん、嬉し泣きするから」 「喜んでるんですか!?」 「うん。しかしコナツも叩けば色んな台詞が出てくるよね」 「なんです、それ」 「会話が楽しい」 「少佐……」 コナツは元々お喋りな方ではないが、聞けば答えを返すし、思っていることもはっきりと言う。そうしているうちに、どちらも本音を漏らすようになり、言い合いをしているのか想いを確かめ合っているのか分からなくなる。 ベンチに座ったままひたすら喋り続けていた二人に、ふと沈黙が訪れた。それは決して気まずいものではなく、何も話さずとも心地いい時間だった。 隣に居るだけでいい、それが当たり前で、こんな夜半であろうとも、強引に作られた状況であろうとも、こうしていられればそれで良かった。 どのくらい時間が経ったのか、星が瞬き続ける空を見上げ、 「変な感じですね」 コナツが笑った。 「うん」 ヒュウガは敢えて反論しない。 「変って、嫌だとかじゃなく」 「分かってるよ」 「何だかこの世に私と少佐しか居ないみたい」 「静かだからね。人の気配もないし」 「今なら何を言っても、何をしても許されそう」 「だから、無理やり連れてきた」 かなり強引だったが、ヒュウガのやり方は今に始まったことではない。しかし、コナツの心情としては、 「……てっきり襲われるものだと思ってました」 これが定番かと恐れてもいた。 「ここで?」 「はい」 「大胆だね」 「少佐ならやりかねません」 コナツがどんなにTPOを弁えて欲しいと訴えても、ヒュウガは背徳を正統派しようとするかもしれない。頭の回転の速さにかけてはヒュウガは天下一品である。 「それも考えたんだけど」 「実行する気あったんですか」 「うん、ちょっとね」 「うわぁ、こんなんじゃ逃げようがありません」 コナツは裸足である。 「逃がさないよ」 「まぁ、逃げませんけどね。案外燃えたりして」 「えっ」 「野外って、スリルありそうですね」 実はコナツも乗り気なのだろうか、それともヒュウガを信じているのか無防備な台詞を繰り返している。 「そんなこと言っていいの」 「言うだけですよ」 「なんだ」 「二人で風邪引いちゃいます」 「それもいいんじゃない」 「駄目ですよ、仕事休んだら溜まります」 「ほらぁ、すぐ仕事の話になる」 「だって性分ですもん」 「そうだね。コナツはそれでいい」 「いいんですか?」 「うん。仕事の話してるコナツは男らしくなってかっこいいよ」 「えっ、そうでしょうか」 男らしいと褒められることほど嬉しいものはない。 「まぁ、可愛いけどね」 「どっちですか!」 「うーん、綺麗系?」 「は?」 「きっと年とっても小奇麗なままなんだろうなと思ってる」 「……」 だんだん雲行きが怪しくなってきた。コナツは可愛いだの綺麗と言われることが何より苦痛なのだった。 「納得いかないって顔してるね」 「当たり前です。舐められている気がします」 「バカにしてるとかじゃないよ。まぁ、おっさんになったら渋くなるといいね」 「おっさん……」 「あっという間に年とるよ」 「……そうですね、私がオジサンになったら少佐はおじいさんですか」 「そこまで年離れてないでしょー」 「だって、そうじゃないですか。その時は優しくおじいちゃんって呼んであげますよ」 「ちぇ。何だか怖いなぁ。まぁ、生きてたらね」 「……」 何故か胸が苦しくなった。軍人に命を惜しむということはない。いつ落としてもおかしくない儚い「生」である。そんなに先のことは考えられないし、その頃自分たちがどうなっているかなんて、誰にも分からない。 「今が一番幸せだと思うけど、年をとってもそう言えるようになりたいです」 「なれるよ、あの頃は良かったって振り返りながら、人は今を生きるものだからね」 「ええ、この先も出来れば少佐とこんな話をしたいし」 「そうだね」 どんなに時が経とうとも離れることなど考えたくない。例え命の終わりが来て、分かつ日を迎えようとも。 「ねぇねぇ、どうせなら真面目な話しようか。将来のこととか」 「ええ?」 「夢とかもいいね」 「夢?」 「うん、叶えたいこと。ああ、オレを超えるとかじゃなくて、他に野望ないの?」 「少佐に関する以外のことですか。急には思いつきません……いつも目の前のことで精一杯で」 「何でもいいのにー。いっそ世界一周旅行とか」 「世界……いきなりハードル高いです」 「そう? じゃあ、もっと現実的な? 悪食世界大会で優勝する」 早食いではなく、悪食なところがミソだ。 「少佐? 真面目に言ってます?」 本気で返事をするも、コナツは呆れ果てた顔でヒュウガを見つめた。 「ほんとに冗談が通じない子」 こういったやりとりは一日に何度も繰り返されている。 「私はこういう時に切り返すのが苦手で」 「あれー、そんなんじゃ世の中渡れないよぉ。もうちょっと柔軟にならなきゃ」 「少佐は口もうまいし手も早いですからね……少佐のようにはなれません」 「それ、褒めてんのかな?」 「……さぁ?」 「ちょ、そういうのを冗談で済ませないと!」 「だって褒めていいのかどうか分からないし」 「ほんと、手厳しいなぁ」 「えっ、厳しいですか? でも私が少佐に心底惚れ込んでいることは理解していらっしゃいますよね?」 「!」 「あっ、こういうことをストレートに言ってはいけない? もっと冗談っぽく言えばいいのでしょうか」 「いやいや、これは本気で言って」 「そうなんですか?」 ヒュウガの方が真剣になっている。コナツからの言葉ならばたとえ叱咤であれ嬉しいのだった。殊に愛の告白ともなれば黙っていられない。冗談でごまかされても構わないほど待ち望んでいた。 「出来ればもっと言ってほしいな」 「もっとって……急に言われても」 「何でもいいよ!」 コナツは少し考えてから、 「……少佐と二人で世界旅行して、いっそ帰れなくなっても少佐となら構わない、とか」 映画の台本かと思われるようなスケールの大きな台詞を言い出したのだった。 「えっ」 「駄目ですか」 「……駄目じゃないけど……むしろその方がいいけど」 「冗談にしては重いですね。ですから私はこういうのがうまくないので」 「いやいや、上等だよ、なんかプロポーズみたいだけどね」 「プロポーズ!」 そんなつもりはなかったのだが。 「うん、気に入った」 「そうですか? じゃあ、将来の夢は少佐と世界を回ることですね」 「決めちゃうの」 「だっていいって仰ったじゃないですか」 「言ったけど」 冗談が冗談ではなくなってきている。それともコナツは面白がってわざとけしかけているのだろうか。 「無理やり連れ出しますね。少佐だって寝ている私を強引に連れてきたんですから同じですよね」 「まぁ、庭に連れ出すのと世界では違うけどね」 「規模が大きくなりますが……あっ、でもお金かかりますね」 「庭に出るのはタダだけど」 「……うーん、幾らくらいかかるんだろう」 「そんなの色々だよ。オレなら一番高いコース選ぶけど」 「……」 「行きたいなら連れていくよ」 「えっ」 世界一周など、ヒュウガのポケットマネーですぐにでも可能だ。 「でも、それじゃ……」 「部下に金出させるわけにいかないし? オレとしては時間かけて回りたい上にコナツのこと散々振り回すかもしれないしね」 「え……」 「それでもついて来るなら」 「も、勿論です」 「よし、決めた」 「ええっ」 「楽しみだね!」 「……はぁ」 これならまだ普通に夜中に寝ているところを起こされた方が現時的だと思った。だが、コナツ自身、ヒュウガとならば世界の果てに旅立ってもいいと本気で思っている。が、 「山で遭難したり海で溺れたりしたいよね」 「なっ」 「どうせだから楽しみたいよねー」 「え、何を仰って……っていうか、これはスリルっていうより命の危険?」 コナツが一人でブツブツと呟いている。ヒュウガはやるとなったら本当にやる男だ。 「大丈夫だよ、本気じゃないから。遭難ごっことか!」 「ごっこですか!」 さすがデキる男が提案することは違うと思った。 「それなら面白そうですね。って、もし何かあったらどうするんです」 「大丈夫だって」 「本当にその自信は何処から来るんでしょうね」 「愛……かな」 「へっ」 「コナツと世界一周デート!」 「っていうか少佐の方が乗り気ですね」 「連れ出すって言ったのコナツじゃん」 「それはそうですが」 「っていうか、コナツを独り占め出来るなら何処かに連れ出した方がいいのかもしれないな」 「!?」 「ずっと二人きりになっちゃうけど」 「……そうですね」 「でもアヤたんの顔も見たいしなぁ。クロたんだって寂しがるよー」 「それは私もです」 「あ、通信で画像送ってもらえばいいんだ」 「名案ですね。でも私は少佐に尽くすことが出来るなら、何処に居てもいいんです」 「言ってくれるねぇ」 「でも、こうやって夢の話をするのもいいですね、なんだかワクワクします」 「でしょ? こうして無理やり時間作ってね」 「まぁ、眠ってるところを起こされるとは思っていませんでしたけど」 「うーん、本当はゆっくり休ませてやりたいんだけどー」 ヒュウガが寂しそうに言うと、 「私の顔が見たかったんですよね?」 コナツは膝を抱えてにっこりと笑い、ヒュウガを見上げた。 やっぱり可愛いと思った。思うだけにとどめた努力は、こうしていれば決して水の泡にはならない。 「……我慢出来なかった。連れ出して良かったって心から思う」 顔が見たいだけではない、会話もしたいのだ。たった一度”好き”と言われるだけで翌日の仕事も頑張れるし、大きな瞳と溶けそうなほど甘い色の髪は夜によく映える。 「嬉しいですよ」 「マジで?」 「仕事以外の話も出来たし」 「うん」 夢物語を綴る、ただそれだけで、満たされる。足りないものは、こうすればいい。 「!」 ヒュウガは隣に座るコナツの顎をとり、完全に自分のほうを向かせると音を立ててキスをした。そして笑っている。 「何がおかしいんですかっ」 キスを仕掛けておいて何故笑っているのか。 「……似合うよ、オレの軍服」 「!!」 コナツが袖をぶらんと持ち上げる。コナツだって普段は同じデザインのものを着ている。毎日着ているから似合うも似合わないもないのに、ヒュウガは今夜は特別に似合う、自分のものを着ているからいつもより一層愛しいのだと言いたかった。だから真夜中に突然起こしてみたくなる。これが我儘だと責められてもいい。けれど。 「軍服に抱かれている気持ちになりますね、ここまで大きいと」 「えっ」 「気持ちいいです。それに心地いい。このまま眠ってしまいたいくらい」 「オレのを着たまま?」 「はい」 「そうか、じゃあ、今夜はそのままで」 コナツの方が危険だと思った。たまらずヒュウガはコナツを抱き上げる。 「……戻るのですか。私、歩きますよ」 「裸足で?」 「平気です」 「……足が冷たくなるといけないからね」 そう言ってコナツをおろそうとはしなかった。 この後二人が何処へ消えたのかは誰も知らず、月さえも星さえも知らない。ただ一つ、さきほどまで布越しでも距離を置かず触れ合っていた躯を離すことが出来ないであろうことは想像に難くない。 たった今、愛を語り合ったこの場所には、夜の風も草木さえも嫉妬を孕むほど妖しく危うい残像が甘く漂っているのだった。 |
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