禁酒のススメ


「コナツ、今夜部屋においでね」
夕食を摂ってから参謀部に戻ると、ヒュウガが仕事の伝言のように囁いた。
「はい」
もう何度も言われている台詞で、迷わず即答した。何故部屋に呼ばれるのか分かっているから、いつものことだと思うようになっていた。週末を迎える金曜日にこんなふうに呼ばれる時は大抵躯を求められる。コナツにとって、決してそれが嫌ではないのだ。
「一週間ぶり……かな」
コナツが独り言を呟くと、
「シャワー、浴びてきてね」
ヒュウガが付け加えた。
「えっ? はい……」
余りにもあからさまだと驚いたが、コナツはそのつもりでいた。すると、
「出来ればベビードール着用」
「は!?」
「ガーターベルトもあれば尚いい」
「……」
理解出来ない言葉が聞こえて一瞬固まった。ベビードールと言われても普段は耳にすることもなく、何のことか分からない。だが、ガーターベルトと言われて大体想像がついた。
また始まった、と呆れたが、
「って、ここまで言ってなんだけど、仕事してもらうからね」
ヒュウガが確認するように言った。
「は? 仕事……ですか? 何処で?」
思わず聞き返すと、
「オレの部屋だよ?」
「!?」
ヒュウガは真面目な顔で答える。
コナツの頭の中には、シャワーを浴びてベビードールとガーターベルトを付けた格好で仕事をする自分の姿が浮かんだ。だが、すぐにはっとして我に返り、ブンブンと頭を振る。
「いやいや、私は何を考えているのか! 大体そんな女性用のランジェリー類は持っていないし、身に付けるつもりもない。っていうか少佐の意図が全く分からないのだけれど」
てっきりベッドへ呼ばれるものだと思っていたのに仕事と言われてしまい、週末に部屋に呼ばれて仕事をするなど、滅多にあることではなく、しかも、あのヒュウガが書類を部屋まで持ち込むこと自体が珍しい。
コナツはヒュウガが企んでいる目的を必死に探り当てようとした。
「もしかして……」
だからこそ、嫌なことが楽しくなるようにせめて雰囲気を変えて、コナツに女装をさせて仕事をしようという魂胆だろうかと閃く。
「あれ。ベビードール着用なんて、冗談なんだけど本気にした?」
「ええっ」
そんなことを冗談で言うなと怒りたかった。真剣に悩んだ自分が馬鹿みたいだと落ち込むではないか。
「何、もしかしてほんとに着てくれるの?」
「着ませんっ!」
「でしょ。でもシャワー浴びてさっぱりしてからおいで」
「……はい」
確かに冗談でなければ困るのだが、本気にしてしまったことが恥ずかしく、コナツは顔を赤くしたまま俯いた。
恐らく、今日仕上げられなかった書類の処理を半分請け負ってもらおうというのだろう。そういう意味で呼ばれることも少なくはなかったから、コナツは今夜は抱かれるのではなく、手早く素早くきりきりと仕事をこなさなければならないと思った。少しだけ淫らな想像をしてしまった自分に活を入れながらも頭を切り替えるしかなかった。

夜になり、早めにヒュウガの部屋を訪れると、
「待ってたー!」
満面の笑みでヒュウガが出迎えてくれた。
「早めに来たつもりですが、お待たせしてしまっていたらすみません」
「いやいや、ちょうどいいよ!」
「私に何か用事があるんですか?」
「あるある」
「では、早速始めましょう」
「えっ、早くない!?」
「?」
「そんな焦らなくてもいいじゃん」
「でも、時間が押すと終わるものも終わらないのでは」
どのくらいの書類が残っているのか気になり、出来れば早々に終わらせたい。その後でベッドインするかどうかは全く考えておらず、ヒュウガの気の向くまま、何もなければないでいいと思っていた。
「時間をかけるからいいんじゃない」
「そうでしょうか!? 早く済ませたほうがいいと思いますが」
「コナツってせっかちだったっけ?」
「そういうわけではありませんが」
「やだなぁ、オレ、ゆっくりたっぷり楽しみたい気分なんだよね」
「?」
どうも話が噛み合わない。
「あの、少佐。もう一度お伺いしますが、私に仕事があるんですよね?」
「あるよ」
「ええと……」
「でも、デスクワーク関係ないけどね」
「!! と申しますと?」
「難しい任務がある」
「えっ、何でしょうか」
やはり事務処理以外の任務か何かだろうかと期待する。
コナツはヒュウガからデスクワーク以外の仕事を言いつけられるのも好きだった。持っている知識を生かし、言われたこと以上の結果を出して成果を上げていく。そうすれば参謀部の巨利を博すことにもなるし、それが自身の成長にも繋がる。何より、そういう達成感を味わうのが仕事の醍醐味でもある。
そう思ってヒュウガの任命を待っていると、
「なんか物凄いオーラを感じるんだけど、残念ながら軍のお仕事じゃないし」
「は!?」
「コナツ、そんなに仕事好きなの?」
「いえ、そうではなくて、少佐がお仕事があると仰ったから私はここに来たわけで」
「もう、コナツったら気付いてよ」
「……何を?」
「夜のお仕事って言ったら何のことか分かるでしょ」
「……」
「まさか事務処理とか書類整理だと思ってたの」
「当たり前です」
「うわぁ、期待はずれでごめんねー、全然違うよー」
頓狂な声で答えを出すヒュウガは、
「でも、どうせだから難しい任務を与えるから。きっと膨大な量の書類を片付けるよりやりがいあると思う!」
にこにこと笑顔を崩さず、説明する。
「それはどういう意味ですか」
「うーん、念のため聞くけど、ここでもう何をするか分かったよね?」
「……」
「まだ分からない?」
「……」
「言ったほうがいいかな?」
「いえ、承知しております」
「ほんとにぃ?」
「はい」
夜のお仕事と言えば、間違いなくベッドでのことだ。やはりこのことで呼ばれたのだと思ったが、いつもと流れが違う。
「じゃあ、話を続けてもいいよね」
「どうぞ」
「でね、今夜はコナツから脱いでオレのも脱がせてほしいんだよね。オレはコナツの躯知り尽くしてるけど、コナツはオレの性感帯知らないでしょ」
「な、なに、を……いきなり」
「勿論、オレはコナツを抱くけど、そこに行くまではコナツがリードしてくれるってのは?」
「!?」
こう来るとは思わなかった。
どの体位がいいか、どうされたいかと聞かれることはあっても、よもやリードする役割を与えられるとは想像もしていなかったのだ。
「いつもオレに押し倒されてばかりじゃ飽きない?」
「それは……!」
確かに途中からの主導権はコナツが握る方が多かった。ヒュウガのテクニックが巧みで、どんなふうにされたいかリクエストをすれば期待以上の快感を与えてくれるためコナツがおねだりすることも少なくはなかったが、最初から引っ張っていくことなど今まで一度だって経験はない。
「そんなわけで、今夜はそのやり方でいこう!」
ヒュウガがノリノリになっていると、
「無理ですッ!!」
コナツが大声を上げた。
「なんで?」
「わ、私がリードするとか! 少佐がどんな反応を見せて下さるのか分かりませんが、絶対無理ですから!」
「大丈夫だって、出来るよ!」
「でも駄目ですッ」
「何が駄目なのか」
「想像出来るからです!」
「ええ?」
「私が汗だくで脱がせたり触ったりして、わたわたやってるのに少佐は涼しい顔で見てるっていう!」
「……」
「私が恥ずかしいだけじゃないですか」
「そんなことないよ。そりゃあオレがアンアン言うことはないけど」
「ですよね! まるっきり私を辱めているだけです!」
「そうとは限らないんだけどねぇ」
「何が違うんですか。とにかく、私は嫌ですからね」
「あれー。任務だって言ったのにぃ」
「……ッ」
「じゃあさ、途中までは?」
「……途中?」
ヒュウガの提案に反応したコナツだが、
「オレの服を脱がすところまで、とか」
「……」
何処まで出来るのか自信がない。
「んーとね、じゃあ、コナツが出来るところまでってのは?」
「出来る、ところ……まで」
「そう」
「私がこれ以上出来ませんっていうところまででしたら……」
「うん、それでいいよ! 決定!」
「そんな簡単に……」
ヒュウガが楽しそうで、コナツはついていけず、既に弱腰になっている。
「ほんと、仕事してた方が全然いいって感じだね」
その通りだった。
「まぁ、たまにはオレを襲ってみてよ」
「って!」
ヒュウガはよく食えない男と謂われるが、読めない男でもあるのだった。
「普段の強気なコナツは何処行ったの」
「あれは少佐が仕事しないから私が怒ってるだけで、今と状況違うじゃないですか!」
「だから、そのノリでくればいいじゃん」
「はぁ? 私に怒られたいんですか?」
「それもあるけど、襲われたいかなーって」
「引っ叩くとかブン殴るとかなら」
「こわ!」
ヒュウガが口元に手を当てて恐れている。
「私がそんなこと出来るはずもないのに! 今だって、この雰囲気でどうやって自分から服を脱げと。少佐の服を脱がせろと」
「あはは、そうだね」
「ムード作りは苦手です」
「んー、オレなら例え戦場でもコナツ押し倒してその気にさせることが出来るけどね」
「!!」
「ちなみにオレはいつでもその気!」
「……」
「どうぞ、カモン」
「って、そんなあからさまに……」
コナツは本気で焦っていた。こういうことになると、どうしていいのか分からないのだ。
「ほら、まずサングラス取るところから」
「あ、はい」
コナツはヒュウガからサングラスを慣れた手つきでとった。普段はいつの間にかヒュウガが自分で外してしまうから気付かない。
「なんか事務的?」
「……サングラスを磨くのはいつもやっているので慣れてますが」
「だよね、磨くためにさっと取って、終わったらちゃんと掛けてまでくれるのに」
「そういうことだと簡単なんですが、今は……」
これだけではいやらしいムードは作れない。
「やっぱり厳しい? じゃあ、今回はおまけしてちょっとだけサポートしようね」
「えっ」
助け舟を出すと言われて少しだけ安堵したが、今回は、という言葉が気になった。ということは次もあるということだ。
「そうだね、普通に」
ヒュウガは自らの手をコナツに招くように差し向けると、反射的にコナツがその手をとった。そしてヒュウガは優しくその手を握り締め、ベッドへ誘う。
コナツを淵に座らせ、ヒュウガは立ったまま腰を屈めて覆うようにコナツに口付けた。羽のような淡く柔らかなキスだった。
「この後のキスは、コナツから舌を入れてね」
「……」
そんなことを言われてもすぐに上手く出来るものではない。相手のリードとムードによって自然な流れでそうなるわけで、はい、どうぞと言われて簡単に出来ることではなかった。
「困った顔してるね」
「出来……ません」
「難しく考えるからいけないんだよ、じゃあね、舌を出して。ベーって」
「?」
言われた通り、コナツが舌を出すと、
「オレが吸うから、そのままオレの口の中舐めて」
「……!」
「後はなるようになるよ」
「はい」
ヒュウガはそっと顔を寄せて、甘く噛みながら舌を吸った。ヒュウガの口の中に吸い込まれる形になったコナツは、そのまま貪り続ければいいのを、緊張していて、ただ押すことしか出来ない。
ヒュウガが助けるように絡め、角度を変えてもコナツはヒュウガの腕を握り締めて、されるがままの状態だった。
仕事ならば任せられれば大抵のことは難なく出来る。どんなに忙しくても時間をうまく使い、求められる以上の力を発揮することが可能なのに、色事になると何も分からない。これだけは苦手で、何をどうしていいのか戸惑いばかりが増えていく。それをヒュウガは「初心で可愛い」と揶揄するが、コナツは焦りを覚えるだけだった。
呼吸が疎かになり、躯が強張り、ほぐれる様子のないコナツを見て、ヒュウガは一旦口を離した。
「頭の中、ぐるぐるしてるんでしょ?」
「……」
たった数十秒のキスだけで100メートルを全力疾走したような疲労感に襲われる。コナツは倒れそうになっていた。
「なんか悲惨な状況」
「す、すみません」
ただ謝るしかなかったが、
「何をすればいいかじゃない、オレをどのくらい好きか、どうやって愛したいか、それだけ考えて」
「あ……」
「コナツ、よく言うよね、オレに抱かれるだけで頭が真っ白になるって。その逆で、オレが好きならどこをどうやって愛したいか、他のことは考えないでオレだけ見て、そしていやらしくなればいい」
「少、佐……」
そう言われ、漸くその意味を理解し、迷いが展けていくような感じがした。
「ほんとは自分から上に乗ってくれるといいんだけどねぇ」
「それはまだ!」
「うん、難しいのは分かるよ。大体、本番までまだまだ時間かかるし」
始まったばかりで後ろを慣らしてもいない。というよりも、少しも進まないのだ。
「どうしよう……」
「こわごわだね。まず、オレのことだけ考えて」
「少佐のこと……」
ヒュウガはコナツの頬に両手を添えた。
「そう、今何処にいるか」
「此処に」
「此処って?」
「ベッドの上」
「誰と?」
「私と」
「何してる?」
「何って……向かい合って……話を」
「どのくらいの距離で?」
「すぐそばで」
「すぐそば?」
「顔がつきそうなくらい」
コナツが視線を下に逸らした。俯きたくても両手で頬を包まれ、それすらも出来ない。
「何の話をしてる?」
「……私がどうすれば少佐をリード出来るか」
「そうだね、詳しく言えばそうだけど、もっと簡単に言うなら?」
「簡単に……言う?」
「一言で」
「一言……」
「行為の名前というよりも、もっと別な表現だと?」
「……」
「いつもしてることだ」
「愛し合う?」
「その通り」
「……っ」
頬を染めたコナツの何と可憐なことか。とても少年の域を脱する年齢に差し掛かった男子には見えなかった。
「可愛いね」
当然、ヒュウガはそう言って褒めた。だが、
「少佐っ」
からかうなと牽制したかった。こちらはそれどころではないのだと。それでもヒュウガはコナツを怒らせたいわけではなかった。
「ふざけてるんじゃないよ。それだけは分かって」
「……」
「オレのこと嫌い?」
「いえ!」
これにはすぐに答えた。それだけは有り得なかったからだ。
「じゃあ、好いててくれてるんだね」
「はい」
「良かった。なら、好きって言って」
「え、あ……」
「それくらいは言えるでしょ?」
「……」
「恥ずかしい?」
「はい」
「でも、今の気持ちを聞きたいから。長い台詞じゃないし、必要な言葉だと思うんだよね」
ヒュウガが懇願すると、
「……好き、です」
コナツがもじもじとしながら呟いた。
「ああ、もっと言って欲しいなぁ」
「恥ずかしいのに」
「そんなことないよ。今言わなきゃいつ言うの?」
「それはそうですが」
「ほら、もう一回」
「少佐……」
「じゃあ、もう一度だけ。あと一回だけ言って」
ヒュウガが巧みに導く。
「……好き」
たまらずに目を閉じてしまった。肩を竦め、小さな声で紡がれた言葉の重みはヒュウガに届いただろうか。
「可愛い。恋する女の子でもこんなに可愛く言わないね」
「!」
「たった二文字なのに、どれだけの価値があるか、勿論、それはオレだけが分かればいいこと」
「……」
「どのくらい好きなのか聞いてみたいな」
「えっ」
「適当な表現でいいから」
「適当な表現って」
「ありきたりなやつ。ごく普通に」
「でしたら無理です」
「なんで?」
「そんなありきたりな言葉でなんか言えない、言い切れるはずもない。たぶん言ったらもどかしくなって……」
「もどしかしくなる!?」
「そんな簡単に言えるなら最初から言ってます。でも私が表現したい言葉が見つからないし、ないのかもしれない」
「いっぱいとか沢山とか、無限大とか永遠とか、そういうのじゃ駄目?」
「駄目です。そんな普通の言葉で言ったら、うまく言えない自分に腹が立って、もどかしくなって……おかしくなりそう」
「わぁ、そんなに? じゃあさ、襲いたくなるくらい好きってことにすれば?」
「なんですか、それ。変ですって」
「まぁ、実際コナツはオレを襲えないんだけどねー」
「……分からない。でも、今は……キスしたい」
「そう? してみる?」
「……はい」
言葉に出来ないほど好きだと思う。そもそも、今目の前にいる人が、憧れと尊敬の念を抱いているのに、こんなことをしているのだと思うと本当に頭がおかしくなりそうだ。
コナツは頬を掴んでいたヒュウガの手をとると、まずその指先にキスをした。
「この長い指も大きな手も好きですよ」
次に手の甲にくちづけると、
「なんでしょう、手を見るだけでゾクゾクするというのは。指先ですら色気ありますね」
冗談ではなく本気で呟いた。
「それはないよ。コナツがそう感じるだけでしょ」
「いいえ、私が思うということは、他にも同じ意見の人がいるはずです」
「そんなことクロたんに言ったら笑われるって」
「そうでしょうか」
一度聞いてみようと思った。
ヒュウガとクロユリは、クロユリがハルセをベグライターに付ける前など、二人とても仲が良かったというのをコナツも聞いていた。今でも仲がいいのは変わらないが、長い間ヒュウガと一緒に居たクロユリは、ヒュウガにどういったイメージを持っているのだろうと一度訊いてみたいと思ったことがあった。
「せっかくお気楽キャラを通してるんだからさ」
「……そうでしたね。でも、時折見せる様々な顔には私はいつも驚かされてばかりです」
「それはこっちの台詞でしょうが」
「何故?」
「コナツだって違う顔するでしょー? でも、それはオレしか知らないことだからねぇ」
「……」
「今、コナツがこんなことをしているのもね」
「……少佐しか知らない私……それは認めざるをえません」
「ね?」
「すると、私しか知らない少佐を沢山発見するのもいいかも」
「大体のことはコナツしか知らないよ。今一緒に居ることが多いのはお前だけだし。だからこそ、もっと見つけてみれば?」
「でも、難しいです」
「そんなに構えないで。特別テクニックが必要なわけじゃないし」
「必要ですよ」
「普通にしていればいいじゃん」
「時間もかかりそう」
「いいんじゃない? その方が楽しみがあって」
「そうですね」
「ほら、キスは?」
「……」
「キスをくれるんじゃないの?」
「もう。少佐こそ、せっかちじゃないですか」
「そうかも」
「次はもっと上手に出来るように練習しないといけません」
「練習? って、まだ誰かとするとか言うんじゃないよね?」
「えっ、違いますよ。あれです、サクランボの茎を使うんです」
「!!」
今時そんなことを言う人が居るのだろうかと思ったが、やはり定説になりつつあるのだろうか、
「茎を口の中で結べるようになればキスが上手な人って認定されるんですよね?」
コナツは信じて疑わない。
「そういう情報は何処から?」
「何処って……誰かから聞いたような」
「誰」
「覚えてません。どうしてです」
「いや、そんなこと教えたの誰だろうって」
「間違ってましたか?」
「いや、間違ってはいないけど」
少佐が考え込んでいると、コナツがはっとしたように訊ねた。
「……少佐は出来るんですか?」
やはり訊いておかなければならないと思った。
「昔ね、やったことあるけど」
「ということは出来るんですね?」
コナツが興味深々になっている。
「出来るよ。ただ、最近はしてないなぁ」
「じゃあ、やりましょうね!」
「やりましょう?」
「私の練習に付き合って下さい」
「ああ、そういうことね。って、あれは夏の果物なんだけど……」
「今は売ってませんか?」
「あると思うけどね」
値段は高くなる。だが、ヒュウガの懐事情からすれば、買ってくるのはお安い御用である。大体、サクランボが売ってなかったからといって他の誰かに練習台になってもらうと言われるよりは100万倍マシなのだった。
この間も、頭がくっつきそうなほど近くで会話をしているのに、キスまでいかない。コナツからしたいと言ったくせに行動に移せない。話したいことのほうが沢山あるせいで、口を塞げないのだ。
「あの……私……」
コナツが控えめな口調で何かを訴えようとしている。
「何?」
「やっぱり向いてないのでしょうか、こういうの」
「どうして?」
「だって、上手にリード出来ません」
「慣れてないからでしょ。普通に襲ってくれれば流れで上手くいくよ」
「ですから……襲うというのが、どうも」
コナツには出来ないのだった。
「そんなに消極的でどうするの」
「勝手が分からないので仕方がないのです。これも経験なんでしょうか」
「……オレは初めての時でも悩んだことないけど」
「……っ」
「コナツ、考えすぎかもよ」
「だから臆病になってしまうのか」
「こんなの流れに任せとけばいいんだって」
「でも……私からのキスが下手でも笑わないで下さいね」
「ほら、そういうところが駄目なんだって。笑わないよ、むしろ嬉しいからどんどんして」
「はい」
コナツは更に顔を近づけて、一瞬だけ息を止め、ふわりとくちびるを合わせた。さきほどまでヒュウガのリードで濃厚なキスを交わしていたが、やはりリードなくしては激しいものは出来ない。
「もう一回、します」
一々断るところが律儀である。
最初に頬にしてから、すぐにくちびるへ羽のように軽くキスをして、それを何度も繰り返した。ヒュウガはコナツの手を取り、指を絡めていく。
「この先は?」
そう問われ、
「あ、えと、まず……服?」
キスの合間に確かめる。
「だね、脱がせて」
「わ、私が?」
「うん、先にコナツが脱ぐ?」
「それは無理です」
「じゃあ、オレが先で。でも、コナツがして」
「……ぅ」
簡単なことなのに、どうして出来ないのだろう。
「オレの裸なんてしょっちゅう見てるじゃん、なんで恥ずかしいの」
「分かりません」
「意識しすぎ?」
「そうなんでしょうか」
「なんでかな」
「私が聞きたいです」
「オレはコナツの躯見たいからすぐに脱がせられるよ? 軍服だって破いてやりたいくらい」
「過激すぎます」
「だから、ノリで進めればいいじゃん」
「そんな……」
「時間がかかってもいい、ゆっくりでいいから」
優しく言われ、コナツは軍服の上着におずおずと手を掛ける。
「オレは手伝わないよ、されるがままになってるからね」
「……っ」
そうして軍服を脱がすまでに10分かかり、シャツのボタンを外そうとするまでに5分、一つ目のボタンが外れるまで5分かかってコナツはカタカタと震え始めた。
「少佐」
「何?」
「なんか喋ってください」
「え」
「手は出さなくてもいいから」
「……こんなときに政治の話とか?」
「出来れば違う内容のものを」
「だよねぇ」
「沈黙には耐えられません」
「っていうか、なんで震えてるの?」
「だって服を脱がすなんて!」
「ちょ、震えなきゃないのは脱がされてるオレのほうじゃ?」
「よく考えてみて下さい、シャツの上からでも想像出来る少佐の躯……私の好きな躯が目の前にあると思うと、もうどうしていいのか」
「……」
「こっ、この喉仏が見えただけでも……」
「ええっ」
「ああ、これ以上は無理ですっ」
「コナツ!?」
息も絶え絶えにベッドから降りるとぐったりと床に膝をつき、両手で顔を伏せる。
「駄目です、限界。すみません、もう勘弁して下さい」
コナツが泣きそうになりながら謝った。
「これはギャグか? おかしいな、一緒に風呂に入ったり……着替え手伝ってもらったり、オレの躯なんか数え切れないくらい見てるはずだけど」
「それは少佐が勝手に脱ぐからじゃないですか。着せる方がまだマシです。今までお着替えだって、それですら心臓が口から飛び出しそうだったのに」
「……コナツ、恥ずかしがり屋とか純情とか乙女の域を超えてるよ?」
「何とでも仰って下さい。はぁ、もう既に汗だく」
一仕事を終えたとばかりに汗をぬぐうコナツだが、
「まだ何も始まってないんだけど……」
ヒュウガはベッドの真ん中に置き去りにされてポカンとしていた。
「あとはご自分でお脱ぎ下さい」
「えー、つまんない」
「どうしてです」
「だって脱がされたいんだもん」
ヒュウガがシャツの裾をひらひらとめくった。
「私も相当ヘタレですが、今日の少佐はおかしいです」
「そ、そんなことないよ」
「大体、私をいつも強引に押し倒す少佐が、何故今日に限って逆なのです」
「えっ、なんでだろう?」
「変ですね」
「いや、たまにはシチュエーションを変えてみたいなって」
「たまには? 今までこんなことありませんでしたよ?」
「だから、今日は……」
何故かヒュウガが言いよどむと、
「少佐……今更ながら、つかぬことを伺いますが」
一言前置きして、コナツが部屋を見回す。
「なぁに?」
「キスした時、どうも少佐の口から甘い味がすると思ったんですが、ウィスキーですよね?」
「うん!」
「私が来る前に、どのくらいお飲みになりました?」
毎晩飲むとしても、翌日には残らない程度だし、嗜むことを楽しんでいる。ヒュウガはアヤナミほどではないが、それなりに酒にも慣れていて、グラス1杯で酔うということもない。だが、どうにも怪しいとコナツは睨んだ。
「……」
「どうして何も仰らないのです」
「えーと」
「ごまかそうとしてますね?」
「んー?」
ヒュウガは答えようとはしない。
「部屋を物色しますよ? 飲み干したグラスと、ウィスキーの入った瓶が何処かにありますよね?」
「そ、それは……」
「何故急に焦るのです」
「だからぁ」
「探しますよ? もしかして相当飲んでいらっしゃるのではないでしょうね」
「え、駄目なの?」
「少佐、実はかなり酔っていらっしゃるとか」
「いやぁ、別に、そこまでじゃないけど」
「では、お答え下さい。一体どのくらい飲んだのです」
「えー、1本?」
「は?」
「1本あけたっていうか?」
「1本?」
「そう」
「まさか瓶を1本全部? それとも少し残っていた分をあけた程度?」
「えと、新しいのを全部一気に」
「そんな!」
「だってー」
「だってじゃありません! どうしてそんな無茶を!」
コナツが目を剥いた。
「明日休みだしぃ?」
「それはそうですが、二日酔いになったらどうするのです!」
「大丈夫だよ、ならないから」
「具合悪くなっても知りませんよ?」
「ならないって。なるとしたらとっくになってるよ。今だって具合悪いように見える?」
「悪酔いしているように見えます」
コナツははっきりと答えた。ぐでんぐでんに酔っ払って醜態を晒すというより、言動が酒の力を借りているようにしか見えないのだ。
「えー」
「どうりで襲ってくれとか、様子がおかしいと思ったら。お酒は控えて下さい!」
「厳しいなぁ。いいじゃん、こういうの、あっても月に一回とか、多くて三回なんだから」
「え? 何です、その具体的な数字」
「……」
「少佐?」
コナツが不思議そうな顔をしていると、ヒュウガが突然真面目になり、
「コナツ……カミングアウトしよう」
そう呟いた。
「は!?」
この展開についていけず、やはり鳩に豆鉄砲状態になっているコナツは、眉根を寄せて複雑な顔をしながらヒュウガの言葉を待った。
「オレね……新月の日は酒が飲みたくなって、酒を飲むと襲われたくなるの」
「……はい?」
「それが今日なんだ」
「……」
「特異体質でごめんね」
「……」
「酒もいつもよりどんどん飲めちゃって、飲めば飲むたびに襲われたくなる。だから、コナツを呼んだ」
「……っ」
どうコメントしていいのか分からなかった。
「いっそ吸血鬼なら良かった。って、でもね、満月の夜に酒をいっぱい飲むと人を襲いたくなるんだな、これが」
「!?」
「コナツ、覚悟しておいたほうがいいよ。今まで黙ってたけど、カミングアウトしちゃったから、今度は巻き込むからね」
「えっ、ええっ、えええっ!」
これには驚かずにいられない。
「宜しくね」
「なっ、何故!」
「何故って言われてもね」
「どういうことかさっぱり理解出来ません!」
「説明したでしょ、今」
「だって、変じゃないですか! 新月とか満月とか、いきなり何なんです!?」
「さぁ?」
「って、少佐!」
「いつかオレを襲えるようになってね」
「えーっ! でしたらアヤナミ様にお願いすればいいじゃないですか」
一応言ってみるが、
「アヤたん違う方向にいくもん。鞭とかアイアンメイデンとか使うもん。そういうんじゃないもん」
それとは話が別だというのだ。
「そうですか……でも、私には余りに大役すぎて……」
「じゃあ、オレが他の誰かに襲われてもいいっていうの?」
「!?」
「誰かに襲ってって迫っちゃう」
「……」
それは想像出来なかった。だが、ふと思い浮かべたのが、
「ちょっと腑に落ちませんが、許せるのはカツラギ大佐……でしょうか。どうです?」
一番身近なところから提案する。
「ぶっ」
「大佐は年齢も上で、テクニックもおありでしょうし、きっと少佐も満足されるのでは」
もっともな事を言うと、
「違う。違うんだよ、コナツ。オレは襲われながら犯したいの」
ヒュウガの持論が飛び出した。
「は?」
「言い方を変えれば、抱かれる方にも積極的になって欲しいということだけど」
「私が余りに受け身だからですか? 少佐に任せきりで……」
「うーん、それも違うなぁ。コナツはそれでいいんだけど、ほんと、オレもよく分からないんだよね」
「……」
「そんなわけで、どうしてこうなるのか解明するの手伝ってよ」
「えっ、そういうオチなんですか」
「うん」
「ちょっ……」
「次が楽しみだね」
「ちっとも楽しくありませんが」
「満月は襲いたくなるんだけどさぁ」
「……」
そっちのほうがいいと本気で思った。襲われるのならば、もう何だっていい。むしろ新月も襲ってくれて構わない。足腰立たぬほど、寝る時間を与えないほど抱かれた方がいいと思った。

そして週が明け、何事もなかったかのように慌しい一日が始まった。その後ヒュウガとの関係は平和で、いつも通りだった。
一週間がたち、次の週末も至って普通で、やはり新月と通常ではこうも違うのかとコナツは不思議に思ったが、どこまで信じていいのか分からなかった。となると、問題は今週末……と頭を悩ませることになる。
「どうしよう。でも次は満月だからまだマシか。怖いのは来月……」
ここまでくると仕事が手につかないほど焦り始め、時には考え込んで何処か違う世界へトリップしているような状態になる。しかも、この日はヒュウガが午前中から居らず、昼になっても帰ってくる気配はなく、コナツは一人で昼食を摂り、昼休みにボーッとしながら外を見ていた。
「はぁ」
勝手にため息が漏れる。すると、
「コナツ、見ーっけ」
クロユリが声を掛けてきたのだった。
「あ、中佐! お昼は済まされたのですか?」
「うん、ハルセの様子を見ながら食べてきた」
「そうですか」
「コナツは?」
「私も頂きましたよ」
「そっか。でも、なんか元気ないんじゃない?」
「えっ、そう見えますか!?」
「うん、なんとなく」
クロユリは相変わらず愛くるしい顔で見上げてくる。ハルセが居なくて可哀想だと思うが、コナツにはハルセの代わりは出来ないことは分かっていた。だが、クロユリはコナツとつるむ事を好み、よく話をするし、一緒に料理を作ったりもする。
「元気ですよ、いつもと変わらないと思いますが」
「うーん、もしかして大佐が居ないから仕事溜まっちゃっていっぱいいっぱい?」
今日は朝からカツラギが席を外しているのだった。もちろん、仕事である。
「えっ、違います。そりゃあ大佐はアヤナミ様と会議に出ていらっしゃいますから、大変ですが」
「それに大佐が居ないとおやつないからつまんないね。なんか食べたい」
昼食を摂ったばかりだというのに、食べ盛りなのか、おやつの心配をしている。
「そうですねぇ、やっぱり甘いものは必須ですよね。私はチーズケーキが食べたいです」
「僕も! 意見合うねぇ!」
「作りますか?」
「今からじゃ間に合わないよぉ。お昼休み終わっちゃうし。仕事中になんか作れないでしょ」
「仕方ありませんね」
二人しょんぼりしたところで、
「で? コナツ、何か悩みがあるんじゃないの」
クロユリの方から訊ねた。
「えっ、悩みですか!?」
「うん、何か悩んでそう」
「いえ、何もありませんよ」
「そうかなぁ、最近考え込んでることのほうが多くない?」
「それは……」
「っていうかヒュウガのこと?」
「えっ」
当てられてすぐにはごまかせなかった。
「あいつ、まだ帰って来ないの? お外が呼んでるって言いながら居なくなったよね。どっかで寝てるのかな。探して僕が連れ戻して来ようか? 闇徒玉ぶっ放して」
「いえいえ、居ないのはいつものことなので」
「まぁ、そうだけど。っていうか、何か悩みあったら言ってみなよ」
「ええっ」
「僕でも相談に乗れるかもよ? 特にヒュウガのことなら色々知ってるし」
「……」
「話すだけでもいいから」
クロユリは真剣にコナツのことを心配していた。
「あの……では、お言葉に甘えて……少し宜しいでしょうか」
「うん、どうぞどうぞ」
「少佐のお酒癖ですが……」
「酒?」
「はい、少佐には大変な癖があって」
「ああ、盗人上戸でしょ?」
「!」
酒癖に関しては、大きく四つに分かれている。笑い上戸と泣き上戸、怒り上戸と泣き上戸である。ぬすびと上戸とは、余り聞き慣れない言葉ではあるが、コナツはその意味を知っていた。それは、酒も甘い物も好む、両刀使いを指す。そして飲んでも顔に表れないことを言う。
「アヤナミ様は空上戸だけどね」
「空上戸……あ、どれだけ飲んでも酔わないっていうか、顔に出ないことですよね」
「アヤナミ様もヒュウガも酒は強いから」
「やっぱりご存知なんですか」
「付き合い長いからね」
「じゃあ、新月と満月の話は?」
「……」
コナツが振ると、クロユリは黙り込んだ。
「この件はご存知ないですか」
もしかするとクロユリは知らないのかと思った。すると、
「ヒュウガの癖でしょ、それ」
「! ご存知なのですね」
やはりクロユリは知っていたのだ。
「新月の夜は酒が欲しくなって、ほろ酔いで構ってほしくなるっていう」
「襲われたくなるって仰ってました」
「襲われ!? えっ、あー、それはコナツ専用だね。それが本音かも」
「ええっ、そうなんですか」
「多分ね、月見が好きで、お月さん見ながらお酒を嗜んで、そうすれば笑いたくなったり泣きたくなったり、喋りたくなったりするじゃん? それで人恋しくなるんじゃないの」
「あー、なるほど」
「満月はエネルギーに満ちるからね、誰かを襲いたくなるってのも分かるけど」
「そうですか。中佐はそういう少佐の姿を見てらしたんですよね?」
「なんとなくね。一緒にいることが多かったから。むしろ僕の方が上司だもん、ヒュウガは僕の言うことは聞いてくれたし。だからって襲ったり襲われたりはしてないよ!」
「そ、それはそうですが……」
コナツの知らない頃の話だ。
「それにしても、今まで知らなかったの?」
「はい。昨日言われました。っていうか、私がお酒を飲めるようになったら言おうと思っていたと」
「あ、そうなんだ! まぁ、重大な秘密っていうより、ただ単にそうやって遊んでるだけだろうしね」
「はぁ」
「ヒュウガは演技力と演出力があるからなぁ。人生を楽しむことを謳歌してる感じ」
「……」
「あいつにも色々過去があって今はお気楽キャラを演じてるだけで、実際はそうでもないんだけどさぁ」
「あ、それ、少佐も仰ってました。少佐は適当に生きてるようで、そうでもないんですよね」
「うん、アホなことばっかりしてるけど」
そう言われて頷いていたコナツだが、真剣な表情になり、
「中佐の少佐に対するイメージをもっとお聞きしたいです」
「えー?」
改まって訊かれると照れるのか、クロユリが顔を赤くした。
「どんなイメージを持たれてますか?」
「うーん、アヤナミ様は王子様だけどぉ」
「王子様!? 王子……様」
「やだなっ、僕にとってアヤナミ様は永遠の王子様なの!」
「はい……」
「ヒュウガはね、愛人?」
「ぎえっ」
「嘘、冗談だよ、冗談。でも愛人気質あるかもなぁ」
「な、何を……」
「演技次第でだよ」
「少佐は中々役者なところがありますからね」
「でしょ。まぁ、一言で言うなら、とにかくヒュウガは優しい」
「!」
「それはコナツも分かってるよね」
「はい」
「普段バカやっててどうしようもないって思うけど、あの優しさは異常」
「……」
「それくらい優しい。バカがつくくらい優しい」
呆れているような仕草で説明すると、コナツはすぐに頷いた。
「あいつ、見た感じそう思えなかったりするけど? 本気出すと怖いっていうレベルじゃないし?」
「分かります」
「もうね、めちゃくちゃ他人の心配するし自分より相手のことを優先する。だけど、ちゃんと自分も大事にしてるから、人間的に余裕があるんだと思うよ」
クロユリが腕を組みながら言葉を選んで呟く。こうして話を聞いている限りでは、やはりクロユリもヒュウガを認めているということが分かった。
「少佐は、ああ見えて気遣いも凄いですし」
「うん。それをおおっぴらにしないとこが憎いんだよね」
「ええ、その通りです」
「実際仕事もできるっていうか、実行力にかけちゃヒュウガに勝てる人は居ないと思う」
「そうそう、それにはいつも感心させられます」
「そんなヒュウガのそばで一緒に仕事してるんだから、コナツもできる男になるよー」
「えっ、私は……っ」
「楽しみ」
「私は少佐のように強くなりたいと思って努力はしていますが」
「うん、知ってるよ。コナツもいつか部下を持つようになったら教わったことをそのまま伝えていけばいい」
「はい」
こうして二人が仲良く盛り上がっていると、
「あれー、二人ともこんなところに居たぁ。探したよぉ」
後方からヒュウガの声がした。二人は同時に振り向きながら、
「少佐! 今日は午前中のうちから何処へ行ってらしたのです!?」
「今まで何してたのさ、探そうと思ったのはこっちだよ」
二人してヒュウガを攻め始める。
「やだな、仕事してたんじゃん」
「マジで? ヒュウガが仕事?」
「だってずっといらっしゃらなかったじゃないですか」
クロユリが疑いの眼差しを向け、すぐさま仕事の顔に切り替わるコナツもコナツだが、まだ昼休み中だ。
「ヒュウガ、お昼食べたの?」
クロユリが言うと、
「食べたよー! 恒例の寿司! アヤたんと半分こ!」
「アヤナミ様の毒見係りか……」
「うん! 上手かった!」
何を言われてもヒュウガはご機嫌なのだった。
「午後からはお仕事して頂きますからね」
「えー、アヤたんまたカツラギさんと会議に戻っちゃったし、つまんないんだけどー」
「そういう問題ではありません」
コナツが釘を刺すと、
「そんなことより二人にお土産があるんだ」
ヒュウガは手に持っていた紙袋を掲げた。
「えっ、お土産!?」
これには二人とも反応せずにはいられない。だが、
「クロたんには15センチピンヒールとコナツにはピンクのベビードール!」
「!?」
何を言われたのか分からなかった。すぐに言い返せないのをこれほど悔しいと思ったことはない。
「……ヒュウガ?」
「……少佐……」
二人の言い方が幾分哀れみの声音に変わってきているが、
「なーんて、そんなの買ってくるわけないでしょ」
ヒュウガにあっさり言われて一触即発は免れた。
「チーズケーキだよ! ふわっふわのスフレ! すっごい人気でお店に並んじゃった」
「!!」
さすがにクロユリとコナツが顔を見合わせた。さきほどまでおやつにチーズケーキが食べたいと話していたところだったのだ。
「こんな偶然……。って、喜んでいいのか怒っていいのか……まさか仕事中に行列?」
コナツが複雑な顔をしていると、
「いやいや、外に出たのは仕事だったから。問題の現場が近くにあって、視察しながら並んでたわけで、仕事と私用を兼ねたっていうか」
サボっていたわけではないと言う。おやつを買ってきたのも、カツラギが不在だと知っていたからだ。
「もう、ほんと、これだからねぇ」
クロユリがヒュウガの行動の無駄のなさとタイミングの良さに感動し、
「ですよね。堕ちますよね」
コナツも同意している。
「何? 何の話?」
ヒュウガは二人の会話が気になってしょうがない。
「何でもないよ。チーズケーキは午後のおやつに頂くとして、午後からはヒュウガを椅子に縛り付けるのが先かな」
「えっ」
「少佐には書類整理を手伝って頂かねば」
「……オレ、用事が」
「少佐はこの後、会議もありませんし、お出掛けになる用事もないと思いましたが」
「えっ、急にヤボ用が出来て」
ヒュウガがよそよそしくなっていると、
「昼寝でしょ? この僕でさえ今日は昼寝しないで我慢しようと思ってるのに」
クロユリは下からヒュウガを睨み付けた。だが、
「超上目使い!」
何故かそこに感動している。
「なんというアホっぷり」
コナツは呆れていたが、
「ク、クロたんがそんな目で見るから仕事せざるをえないじゃないか。そんなおっきな目で睨まれたの久しぶりでドッキドキ!」
ヒュウガは胸を押さえながらときめいている。
「……やっぱりただのアホかも」
クロユリもそう思った。

午後からは、クロユリが自分の椅子をコナツの隣に持ってきて仕事をしながら顔を寄せ合ってひそひそと囁き続けている。
「そういえば、ヒュウガは新月の夜にお酒飲むと襲われたくなるって言ってたんでしょ?」
「はい。ですから先日はとんでもない目に遭いました。私はそういうのが苦手なのに」
「最後までは難しいかもしれないけど、素っ裸にするくらいなら簡単じゃん?」
「えーっ! 私はボタン一つしか外せませんでした」
「ちょ、それは駄目すぎだよ」
「勇気がなくて。というか、ただ襲うんじゃバイオレンスになりますし、色気がありません。少佐が望んでいらしたのはセクシーに襲うという難しいことでしたので」
「もしかしてヒュウガ、ガーターベルトもあればいいとか言ってなかった?」
「!!」
さすがはクロユリ、ヒュウガの言動はお見通しである。
「言ってたでしょ? ほんとにふざけてるよね」
「はい、どうして私にそんなことを言うのか理解出来ません」
「えっ」
ここで初めてクロユリが驚いた顔をした。
「中佐ならともかく、私に似合うはずがない」
「……」
「どうされました?」
「コナツ、似合いそうなんだけど」
「は!?」
「違和感ないんじゃない?」
「ちゅ、中佐!?」
「一回着てみればいいのに」
「ええっ」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。
「僕も見たい気がする」
「何ですって!?」
信じられなかった。
「だって何か想像出来るっていうか、見てみたいような」
「気を確かに! どう考えても私に合うはずがないじゃないですか。それを言うなら絶対的に中佐の方がお似合いです」
「僕?」
「もし中佐がそのような格好をされたら少佐もかなり興奮するかもしれないので危険ですが」
クロユリは可愛らしい。だから、ドレスを着ても似合うはず。もしセクシーな格好をすれば、童顔とのギャップにより、一段と危うい香りが漂うだろうと思われる。
「でも、ヒュウガは本当にコナツにしか興味ないと思うよ」
「えっ」
「僕がどんな格好をして行ったってなびかない。ヒュウガは襲われるのも何をされるのも、コナツがいいんだと思う」
「ク、クロユリ中佐」
「勿論、襲うのもね。次の満月は調べたの?」
「確か23日だと」
「何曜日?」
「土曜日です」
「何ていいタイミングなんだろう。多分ね、週末じゃないと実行しないと思うんだ。自分にもコナツにも負担がかかるってことで。なのに今月に限って金曜とか土曜とかって、まるで狙ってるみたいに」
「……」
「その次の新月はいつ?」
「……11月……何と仰っていたか。確か土曜日のような。あ、6日です。6日の土曜日」
「完全にアウトだね」
「それまで襲えるようになっててねって言われました。無理です、ほんとに」
コナツは何としても策を練りたい。
「どうしようね」
「お酒飲ませないのが一番なんですが」
「うーん」
「平和に過ごすにはそれがいいかと」
「じゃあ、何か代わりになるものが必要なんじゃない? 暴れるよ、あいつ。大の字になって駄々こねるとか」
まるで子供のようだが、それくらいヒュウガは酒が好きだった。
「何かいい策はないでしょうか」
「だからコナツがセクシーな下着を身に着けて先にベッドで待っていればいいんじゃない? お酒無しでも普通に燃えるんじゃないかな」
「ク、クロユリ中佐……残念ながら、私、そういったものを持っていないので、なす術がないです。っていうか着るつもりないです」
「始めから拒否しないで一回試してみればいい」
「無理ですって」
「大丈夫だよ、コナツなら似合うから」
「そんな」
「僕だって似合わないヤツに薦めたりしないし。だって気持ち悪いだけじゃん?」
「そうでしょうか」
「コナツくらいの身長で可愛い格好が似合う男なんて、そう居ないよ」
「……」
「しかも、カツラとか被ったり化粧しなくても素でイケるって絶対貴重」
「え」
コナツの意思がグラグラと揺れている。大好きな上司にここまで言われて悪い気がせず、
「僕は冗談でこんなこと言ってるんじゃなくて、おだててるわけでもない。本当のことを言ってるんだ」
「クロユリ中佐……」
思わず納得しそうになるが、
「でも、さすがに嫌だよね、分かるよ。僕だって女の子みたいだとか思われるの嫌だし」
「はい。私も可愛いと言われるのは嫌です」
特にクロユリは見た目が小さく女の子のようだ。お嬢ちゃんと呼ばれることも少なくはない。
「っていうか、男前なヤツに可愛いって言われるのも嫌だよね。バカにされてるみたいで」
「そうそう、かっこいい人にそう言われると、どうせ私はかっこよくないですよって思ってしまいます。でも、中佐に言われると何故か腹は立ちません」
「なんでかな」
「どうしてでしょうね」
それは二人とも可愛い部類に入るからだった。決して傷を舐めあっているわけではないが、同士として気持ちが似通っているからだろうか、互いのことには怒りを覚えない。
「ねぇねぇ、だったらさ、今度パジャマパーティしない?」
「えっ」
「知らない? パジャマパーティ!」
「ええと……」
聞いたことのある言葉だが、それは女子がするものだと思っていた。
「コナツ、可愛いカッコしておいでよ、そんでお菓子持ち寄ってお喋りしよ」
「お泊りですよね?」
「うん、僕の部屋で!」
「うわぁ、中佐の天蓋ベッドですか!」
「うん、特別にコナツは一緒に寝てもいいよ!」
「本当ですか!?」
「ハルセが居なくて寂しい思いしてるから、おいで!」
「はい!」
「っていうかハロウィン近いしパーティしたいよね」
「それは楽しそうです! 皆でやれば面白いんじゃないですか?」
「うん、これからクリスマスにかけて騒ぎたい気分でもあるし」
「秋の夜長ですからね、退屈するよりいいのでは」
「でしょ!」
と、盛り上がっているところへ、
「何の話してんの?」
ヒュウガが書類を持って通り掛かり、二人を見比べた。
「あ、珍しく仕事してる」
クロユリが言うと、
「仕事しろって言ったじゃん」
「でも、まさか本当にしているとは」
コナツも驚いている。
「えー、サボってもいいの?」
ヒュウガが今更のように言うと、
「駄目ですよ、ここに居て下さい」
やはり引き止められる。
「っていうか、そろそろ昼寝の時間」
ヒュウガが悪びれもせずに訴えると、
「はぁ? 僕を差し置いてそんなことが許されると思ってるの」
クロユリが目を吊り上げた。
「やだな、オレじゃなくてクロたんのことだよ」
「へっ、僕?」
「行って来な」
ヒュウガはクロユリが眠そうな顔をしているのを見て参謀部のドアを指差した。
「体力ないんだから、無理しちゃ駄目。3時になったら迎えに行くし」
「……」
「それでも起きなかったらオレがクロたんの分のチーズケーキ食べちゃうけどねー」
「それは駄目!」
そのやりとりを聞いていたコナツは、
「ハルセさんの様子も見て来て下さい」
クロユリに向かって呟く。
「もう、僕の昼寝は容認なの? そういうわけにはいかないじゃん」
ハルセが居た頃はいつも腕の中で眠っていた。黒法術を頻繁に使うクロユリは体力の消耗が酷く激しい。
「可愛い子には昼寝させろって諺があるし」
ヒュウガが当たり前のように言うと、クロユリとコナツは顔を見合わせた。
「そんな諺あったっけ」
「……旅をさせろならありますけど」
「適当に作っちゃってるよね」
「ですね」
こそこそと囁き合っている二人を見つめ、
「クロたんはいいの、いざって時大仕事してもらうのに体力温存しとかなきゃいけないんだから。ほんとはコナツにも昼のうちに寝てほしいくらいなのに」
何故かそんなことを言っている。当然コナツは、
「どうして私が? 少佐でもあるまいし、お昼寝は必要ないです。そもそも仕事が溜まってしまいます」
そう答えた。
「だって夜は寝かせたくないもん」
「えっ、ちょ……」
クロユリの前で言われ、コナツは顔から火が出る思いだ。
「ヒュウガってば昼間から過激」
「ち、違いますよ、クロユリ中佐、少佐は私に夜中も仕事をさせる気です、その証拠に机の上に書類が溜まってるじゃないですか」
「……」
その場が一気に沈黙する。誰が最初に口を切るのか緊迫した空気が流れたが、
「ねぇ、ヒュウガ、今度の土曜、僕の部屋に来ない?」
クロユリがヒュウガを誘った。
「えっ、なんで!?」
驚いたヒュウガは大きな声を上げてクロユリを見つめた。
「もうすぐハロウィンだし、遊ぼうよ」
「ハロウィン!? 遊ぶ!? 何をして!?」
ヒュウガは話の流れが飲み込めずにきょとんとしている。
「第一回仮装大会!」
「仮装!?」
「くじ引きでね、誰がどんなかっこするのか決めるの。大佐もシュリも双子も呼んで皆でやればいいじゃん、お菓子持ち寄ってね、あ、お酒は駄目」
「飲めないの!?」
「僕もコナツも、むしろ飲めない子のほうが多いし」
「……」
「不服そうだね、でも、運が良ければいいもの見られるかもよ」
「何?」
「仮装にはハロウィンの衣装だけじゃなくて、着ぐるみアニマルとか! シネマガールとか! 全身タイツとかメイドとかセクシーナイティとか用意するからね! 夢と希望がいっぱい詰まってるよ!」
「ちょっ、シネマガールって何です!?」
コナツが真っ先に突っ込みを入れた。
「え、突っ込むとこそこ?」
「分かりません! 着ぐるみやメイドはともかく、他にセクシーなんとかって仰いましたよね」
「うん、そこでベビードールとガーターの出番なのさ」
「ひぃ!」
コナツが叫んだ。
「大丈夫、コナツが当たるとは限らない。大佐かもしれないし」
「ぎえっ」
声を上げたのはヒュウガだった。
「何、その反応。もしかしてヒュウガかも知れないよ」
「……」
「ただし、一回のみ棄権あり。もしくは代理制度で」
「!?」
「自分が着たくなければ指名制で誰かに着て貰うことも出来ると」
「そ、それは……!」
コナツが唸った。
「サイズの方は心配しないで。いろいろ揃えておくから」
クロユリは満面の笑みを見せた。
「クロたん、凄いこと考えたねぇ」
「だって、ハロウィンにちなんで遊びたいし。ちなみにクリスマスまで仮装大会続けちゃお」
「えー!?」
仰天しているのはコナツである。
「だったらクリスマスはアヤたんも呼ぼうよ! サンタの着ぐるみ着せたいし!」
「……」
これには二人とも押し黙ってしまった。アヤナミがそういったお遊びに付き合ってくれるとは思えないのだ。せめて見るだけでも……と頼んでも、無理なような気がした。
「クロたんとコナツが頼めば来てくれるって」
ヒュウガが他力本願たっぷりに言うと、
「ですから、少佐の差し金だと疑われますよ。私と中佐がアヤナミ様にコスプレして欲しいなどと言うわけないじゃないですか」
「そうだよ。もし混じったとしてもアヤナミ様にシネマガールが当たったらどうするのさ」
「っていうか、シネマガールって何です?」
コナツが一番聞きたかったことを訊ねる。
「え、女優さんのかっこ! カツラかぶってドーラン塗って映画撮影するみたいな! ビデオ撮るの」
「……それも嫌過ぎます」
コナツが青ざめた。
「だから面白いんじゃん」
クロユリは乗っているが、
「確かにそんなのがアヤナミ様に当たったらお怒りになるかもしれません」
コナツは本気で心配していた。
「大丈夫、アヤナミ様に当たった仮装は全部ヒュウガがすればいいし」
「どういうルール!?」
ヒュウガが絶叫した。それに加えて、
「でも! セクシーナイティが少佐に当たっても見たくないですよ!?」
コナツが本心を述べる。
「じゃあ、コナツが代わりに着ればいいじゃん」
それしかないとばかりに言うと、
「……その方がまだマシかも」
「え、ほんとに?」
クロユリの提案に本気で頷いたコナツは、
「じゃあ、頑張らないとね!」
そう促され、
「はい! 頑張ります!」
はっきりと答えてしまった。
「って、何を頑張るのか……」
自分は何をどうするべきか、どうしたいのか訳が分からなくなった。一体何がどうなってしまうのか。
「クロたん、随分奇妙なこと考えたけど、誰得、皆得ってやつか」
ヒュウガが腕を組んでいる。こういう仕草をする時は、何かを考えているのだが、もしかしてコナツを危機から救うための策が、ヒュウガにとって吉と出てしまったのかもしれなかった。何故なら……。


「コナツ、クロたんにあのこと言ったでしょ」
「えっ」
夕方になり一仕事終えて二人きりになった際、ヒュウガがコナツに事の顛末を訊ねたのだった。
「オレの酒癖のこと」
「……はい。私が浮かない顔をしているので中佐が心配して下さって、相談に乗ってもらいました」
コナツはクロユリとの会話の内容を隠さずに打ち明けた。
「もしかして次の満月が今週末だから焦ってた?」
「……」
襲われる方は危惧してはいない。どちらかというと新月の方が恐怖である。
「襲うより襲われる方がマシでしょ?」
「それはそうです」
「でも、残念なことにオレ、一ヶ月酒断ちするのね」
「はいっ!?」
「休肝日っていうか、休肝月? この間大酒飲んだのがラストだったの。次の日から禁酒してるんだけど」
「ええーっ!」
「ちょうどコナツにも控えろって怒られたし」
「……それは……」
確かに言った覚えはあるが、そこまで徹底しているとは思わなかった。しかし、
「でも、それならそうで最初に言って下さいよ!」
今まで散々悩んだのに、始めから分かっていれば考える必要もなかった。
「そんなに簡単に言っちゃったら面白くないじゃん。だから、仮装大会やるにしても酒なんか要らないんだけどね。オレとしてはコナツのきゃわゆい姿が見られるかもしれないんだからラッキーって感じ!」
「きゃわゆい姿って……! その言い方ですら耐えられませんが!」
「えー、何かなぁ? オレはとっても楽しみなんだよー!」
ヒュウガは完全に浮き足立っていた。ヒュウガの口からは「残念なことに暫く禁酒」という台詞が出たが、ヒュウガにはもってこいの展開になるのは目に見えている。
「少佐も仮装するんですよね?」
「うん! オレはバニーガールやりたいな! あとキャミソールとかビスチェとか着てみたい!」
「全部女装!? っていうか何故下着類!? 見たいような見たくないような」
「コナツは何が当たるかな」
「何でもいいです、もう」
今はそれより、禁酒後、酒を再開してからの新月が気になるのだった。ヒュウガは金曜か土曜でなければヘヴィドリンカーにはならない。すると、次はいつなのか、仕事中のコナツには調べようもないし、ヒュウガに聞くのも怖い。
それが何月の何日になるかは分からないが、Xデーにどうやって禁酒を勧めようかと悩むところである。果たして休肝日という名目は通じるだろうか、それに対してヒュウガは承諾してくれるだろうかと、現在のコナツは見えない何かに向かって良策を練ようと涙ぐましい努力をしている部下にしか見えない。
「いっそ私が少佐を襲えるようになれれば……」
「え、何か言った!?」
「むしろ仮装でベビードールを着る方が簡単かもしれない。だって、ただ着ればいいだけだし」
「えっ!?」
「新月の日にお月様が見えなくなるように大雨降らすとか、雨乞いするのも手かも。襲われたい病は月が見えなくても関係ないのかな」
「な、何!?」
こうしてコナツの独り言は暫く続くのだった。

まず第一の問題である週末は近い。果たして精鋭部隊と畏怖されるブラックホークのメンバーが週末ごとに行われる仮装大会は阿鼻叫喚と化すか、それとも、和気藹々のパーティタイムとなるか──互いに健闘を祈るのみである。


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