ヒュウガは今日も仕事中にこんなことを考えている。
現在、参謀部を駆け回っているコナツについてであるが。その熱心な仕事振りを上司として評価……しているのではなく、夜の痴態について、つまり、ベッドでの仕草や言動、表情について深く、慎重に思い浮かべている。 きりきりと仕事をするところは好青年と見ていいだろう。性格は気が強く負けず嫌いだが、自分の弱さや負けを認めないほど未熟ではない。人の話をよく聞き、理不尽でもそれを理解しようと試みる姿勢も持っている。だから、堅物だと思っていたコナツに手を出すことは最初は憚られ、ヒュウガも相当悩んだ。 そうして紆余曲折を経て関係を持ち、今のように落ち着くまで時間はかかったが、コナツは昼間はしっかりと気の利く部下となり、夜は艶冶な姿態を見せるようになった。 無理やりにベッドに押し倒して「嫌だ嫌だ」と言いながら顔を背けるところはコナツらしくていい。胸を撫でてやればクンと顎を反らして悶えるのも、首筋を舐めればシーツを握り締めて鼻にかかった甘い喘ぎを漏らすのも、コナツがすれば一段と可愛くて、見ていると興奮する。ほかの女の子がしても、そんなのは珍しくないからコナツがするのがいい。 男の子なのにベッドでどんな可憐な態度をとっても違和感がなくて、だからといって普段しおらしいわけでもなく、確かに見た目は男くさいとは言いがたいが、女々しいところは一切ないし、かなり男らしい方だと言い切れる。 真面目だし、怒りっぽいところがあっても時にはクールで、時には熱血タイプ、まったくもって女の子のようなところはない。なのに、抱けば一層綺麗に、そして可愛くなるから不思議に思う。 (ほんとにねぇ、軍人にしておくには勿体無いほど可愛いよねぇ) そんなことを思い、気に入っているところを脳内で箇条書きにしながら並べていると、ヒュウガの机の上には次々と書類が運ばれてくる。 「あー。この山積みになった何かは見なかったことにしたい」 一枚一枚手にとって書かれた文字を眺めても、何も楽しいことなんかない。だから、書類を熟読する振りをしてコナツを盗み見る。 (椅子に座る姿勢もいいけど、何より歩き方が綺麗だ) ぼんやりとそう思いながら、参謀部内を動き回るコナツを目で追う。 (うわ! ちょっとした発見! シュリを怒る顔とオレを怒る顔が違う!) おやつを探し始めたシュリを叱っているところだが、それは当然である。シュリは新人部下だ。元帥の息子であるために多少の贔屓をしなくてはならないのを、コナツは一切手を抜かない。だから厳しい顔になる。どちらに対しても言葉遣いは丁寧だが、ヒュウガは上司、そして尊敬と思慕の念を抱いている。どれだけ怒り心頭に発しても、文句の中には「まったくしょうがないですね」という要約が含まれているのだった。 (それにしても怒った顔も可愛いなぁ。まぁ、最近はそれしか見てないけどね。あれで夜は違う顔見せるからなー) コナツを見ていると脳裏に浮かぶのは、頭の先から足の先までの整ったライン。顔の輪郭、頭の形、つむじの位置まで完璧で、肩から下は今すぐにでも裸にして骨格や肉付きを確認したいと思ってしまう。チラリズムもいいが、すべて衣服を剥ぎ取ったときの興奮は、初めて抱いた時から変わらない。相手は年下の男の子だというのに、欲情を通り越して”見ているだけでいい”とさえ思ってしまう。 この執着心はもはや異常なのか欲求不満なのかと悩んでしまうが、後者は有り得ず、実際、コナツは見目麗しい体型をしていて、ヒュウガにとって見込み通り成長してくれたことが嬉しくてたまらないのだった。 (今日はどうしようか) もちろん、次に考えるのは、どうやってコナツを誘おうかということ。今夜は絶対に乱れた姿が見たい。きつい口調でヒュウガを叱る声が、どれほど甘く溶けるのか、しっかりと確かめたい。 (駄目だ、ここじゃ落ち着いて何も考えられないから、ちょっと外に出よう) 流派をやめて、早速ヒュウガは席を立つ。すると、 「少佐。どちらへお出掛けですか?」 瞬時にコナツに後ろから声を掛けられる。 だが、ヒュウガはにっこりと笑い返し、淀みない動作で軽やかにバイバイと手を振ってみせたのだった。 「え? え?」 ぽかんとするコナツを後目に、 「夕食、奢るから」 という言葉だけを残して参謀部から姿を消す。 我に返ったコナツは、 「あ、あの方は一体! 何故一番忙しい時間帯に放浪されるのか!」 時計を見ながら叫んだ。 「莫大な書類を今日中に片付けなければならないのに! アヤナミ様がいらっしゃらないとすぐこれだ!」 いい加減、堪忍袋の緒が切れたが、 「今日はデザートもつけますからね!」 この緒を結び直すのもヒュウガなのである。 一方、ヒュウガは一人になるために場所を変え、今夜の誘い文句を必死で考えていた。 「夜に輝く星空を一緒に見ないか。今夜そのくちびるを独り占めしたい。オレだけに特別な顔を見せて。……なーんちゃって」 説き伏せるためには、どういった台詞が効果的か頭を悩ませ、ヒュウガは自分で言っておきながら噴き出しそうになっていた。 「どれもイマイチー」 あれこれ考え抜いても、これだという決め手が見つからず空をボーッと眺め、 「でも、今日は連れ込むから。仕事が終わらないって喚いても担いで連れてくるから」 そんなことを固く誓う。 今夜は絶対に乱れた姿が見たい。先程、参謀部を出る際にきつく睨まれたばかりだが、あの顔が淫らな表情に変わり、どれだけ甘い鳴き声を上げるようになるのか確かめたい。 「よし、それまで体力温存のために仮眠しよう。今日は30分でいいかな、1時間かな」 ヒュウガは木陰の芝生の上で横になった。 もしコナツがこの一部始終を見ていれば全身で怒りを表し、皮膚が切れるスレスレのところに剣を突き立て、「戻って下さい」と言うに違いない。 当の本人は、そんな予想をするはずもなく目を閉じて3秒で眠りに入り、出来ればコナツが優しくお茶とお菓子を出してくれる夢を見たいと思ったが残念なことに、それは叶わなかった。 空の色も雲の流れも平穏で、地上での過酷な戦争や人と人との争いが絶えぬとは思えないほど、静かに時間が過ぎていく。 ヒュウガの居るそこだけがまったりとしていて軍の要塞の中であることを忘れそうだった。 そしてヒュウガはきっかり1時間経ってから目を覚まし、 「あー、よく寝た」 そう言うと、木漏れ日に目を細める。 「……顔が見たくなったから戻ろう」 立ち上がり、少し乱れた髪を手櫛で直すと、 「誘い文句、なんにも考えられなかった」 ぼやきながらゆっくりと歩き始める。 結局は打開案が出ないまま参謀部に戻ることになるのだが、折角の週末だというのに、このままコナツに仕事をさせて帰すだけでは惜しい。いつも「部屋においで」の一言で有無を言わさず連れ込んでいて、それでは毎回飽きてしまうだろう。 「自然な流れが一番いっか。これも一つの手だよな」 そう呟いて参謀部のドアを開けると、コナツがヒュウガの姿を見るやいなや仁王立ちして目を吊り上げた。 「少佐!」 「オレのこと待ってたんだよね。ただいまのキスでもしようか?」 何食わぬ顔でヒュウガが先手を打つ。 「……いえ、書類に判を押して下さるだけで結構です」 一瞬だけ言葉に詰まったもののコナツは冷静に言い返した。 「あ、そう。色気ないね」 「当たり前です!」 そんなやりとりの後、ヒュウガは素直に席に着き、書類に向かって判を押し始める。 「手に持ってるやつは? それもオレ宛でしょ? 急ぐの?」 「はい。明日まで提出したいので早めに記入して頂けると助かります」 「じゃあ、それもやるから置いといて」 「宜しくお願いします」 コナツは面食らってヒュウガを暫くの間見つめていた。 「なぁに? もう逃げないから大丈夫だよ」 そう言ってにっこりと笑う。 「ほんとに?」 つい聞いてしまい、慌てて口を押さえたが、 「ほんとに」 ヒュウガが言うと、コナツはパァと顔を輝かせたが、その後すぐに複雑な表情をすると、 「でもデザートは譲れませんよ!」 と言い出した。 「え? デザート?」 仕事とまったく関係のない台詞を言われて不思議に思うも、 「ああ、ご飯? デザート付きってことね、分かったよ」 ヒュウガはすぐに理解して笑った。 そして時間になり、二人は場所を移動する。 最初にヒュウガが夕食は外に出ようと提案したが、コナツは引き続き業務に就きたいと訴え、仕方なく食堂を利用することにした。 「ほんとに色気ないよね」 苦笑するヒュウガだが、外に出た流れでいかがわしい場所へ連れ込もうなどという邪な思いは毛頭ない。ただ、景色の違うところで食事をしてみたいと思っていた。それなのにコナツは夕食を摂りながらでも仕事をしたいと本気で言い出し、ヒュウガが宥め抑え、ようやく食堂まで連れて来たのだ。 「少佐は何にします?」 「カツ丼」 「またですか」 「当たり前でしょ」 「じゃあ、私も」 「別に同じにしなくてもいいよ。好きなの食べな」 「私も好きですよ」 「そうなの?」 「はい。少佐が好きな食べ物だから私も好きになったのか、私が少佐を好きだから同じものを食べたいのか分かりませんが」 「えー!? なにそれ!」 言われた言葉は余りにも率直で、ヒュウガは驚いてコナツを見つめた。 「駄目ですか? あの、真似したわけではないんです」 申し訳なさそうに、ふと見上げられ、 「くぅ! その上目遣い!」 ヒュウガはいきなり興奮しだした。 「!?」 「たまんねー!」 「あの、少佐?」 「いますぐここで押し倒したい」 「ええっ!?」 食堂の券売機の前で語り合う内容ではなかった。もっとも誰に聞かれるか分からないのに、 「誰が見ていようとも構わない。オレの欲望は止められないよ。だけど、コナツの妖艶な姿を多くの人に見せるのは勿体無い。見せびらかしたいが勿体無い。いっそ100歩譲って音声だけでもいいけど、その場合は他に機材も必要になるし」 「少佐……頭大丈夫ですか?」 大胆な台詞を呟き続けるのを黙って聞いていたコナツは、頃合を見てストップをかけようとする。 「オレはいたって正常だ」 ヒュウガは冷静に真顔で答えたが、 「でも私が本気にしてしまうので、もうそんなこと言わないで下さい」 またしても意外な返事が飛び出し、ヒュウガは面食らう。 「本気にする? 本気になっちゃう? つまり、その気になるってこと!?」 「……まだ早いです」 「早い!?」 「こんな早い時間から、そんなことを考えてはいけません」 「だよね。じゃあ、あとで考える」 昼間からずっと考えていたことだが、やはり、なんとしても今夜は抱かねばなるまいと思った。 そしてコナツは、しっかりとデザートもオーダーし、カツ丼を食べ終えてから、にこにこと甘い仕上げを楽しんでいた。その姿を見て、 「コナツも普通にしていれば、その辺の同じ年の子と変わらないよねぇ」 ヒュウガがうっとりと呟く。 「どういう意味ですか?」 「初々しいっていうか、可愛いっていうか」 「普段の私って老けてます?」 「仕事っぷりはね」 「は?」 「なんか中堅層みたいに厳しい」 「そうですか? やっぱり怒ってばかりいるからでしょうか」 「いやいや、仕事をきちんとこなしてくれてる証拠だよ。オレがサボるからいつも怒りモードになっちゃうわけで」 「分かっているのなら、ちゃんと仕事をして下さい」 「うん、そのうち」 やはり返事は明後日のほうを向いている。それに負けず、 「少佐がきっちり仕事をして下されば、私も補佐する甲斐があるというもの」 コナツも思いを述べていく。 「そこまで言われたらねぇ」 ヒュウガは笑っていたが、その後は、溶けそうになっているアイスクリームを必死でスプーンですくっているコナツを見つめ、要塞に上がってきたばかりの頃を思い出していた。 最初の頃は手取り足取りで教えた。コナツは一度言ったことは決して忘れず、飲み込みも早く、そして貪欲に質問をしてきた。その姿勢は本当に新鮮で素朴で、性根は既に確認済みだったから、これからどう成長するのか楽しみで仕方がなかった。 予想以上に仕事をこなすようになり、今では立場が逆転しそうなほど堅固で倹約家な部下になった。 「ごちそうさまでした」 両手を合わせて挨拶をすると、二人は揃って食堂を出た。 「まさかまた参謀部に戻るの?」 「そうですが」 「仕事する気!?」 「当然です」 「あ、そう」 「少佐もですよ」 「オレも!?」 「今日の少佐は1時間38分お仕事さぼりましたね。昨日は2時間47分。その前は3時間14分」 「え、何その具体的な数字」 「私がただで少佐をサボらせているとお思いですか?」 「なんで時間計ってるの!?」 「アヤナミ様に報告しようかと」 「えーっ、アヤたんに怒られる!」 「当たり前です! サボった分、たっぷり絞って頂かなければ」 「オレ、死んじゃうでしょ!」 「アヤナミ様も少しは加減して下さるのでは?」 「するわけないー!」 「そうですか? でも、そのほうがいいかもしれませんね」 「何言ってるのー!?」 「だって少佐がいけないんですよ?」 コナツが平然と言うと、ヒュウガは本気で焦りながら、 「オレ泣くし! 夜も眠れなくなる! 胃炎が……」 一人で喚き、 「またそんなことを……」 コナツに困った顔をされていた。 すると、突然何かがひらめいたように手を叩き、 「よし、分かった。サボった分は、ちゃんと埋め合わせする」 ヒュウガが真剣な顔で訴えた。 「本当ですか? 就業時間に仕事をするのは埋め合わせにはなりませんよ?」 「……厳しいね。サービス残業はしない主義なんだけど」 「お仕事サボってますが?」 「サボりじゃないよ。フレックスなんだよ」 「は? まぁ、少佐は外で一度にこなす仕事量が多かったり、特例がありますからね」 「うん。ちゃんと埋め合わせするからそれでいい?」 ヒュウガの場合、一度手をつけてしまえば処理能力が高く、時間内に倍の速度でこなすことによってサボった分の無駄な時間は解消される。そうすれば何の問題もない。 「はい! とにかく、少佐がやる気を出して下さるのはいいことです」 そんな会話をしながら参謀部に着くと、コナツはまた仕事に取り掛かった。 暫く無言でファイルを眺めていたが、 「今日は少佐が少し仕事してくれたので早く終わりそう」 笑顔を見せて手際よく始めると、 「ならいいんだけど」 ヒュウガも笑い返した。 「でも、少佐の分が溜まってますね」 ヒュウガの机の上には、まだ手をつけていないものがたくさん乗っているのだった。 「これ? これはいいの。後でする」 「後でですか? 取り敢えず急ぎの書類でなければ明日でも構わないと思います」 そう言ってみたが、コナツは残りの分を引き受けさせられる覚悟をした。もし、この書類をヒュウガが一人で片付けるのだとしたら、コナツは涙を流して感動するだろう。だが、コナツ自身、故意に難解な書類を手渡され、どうやって効率よくまとめ上げるのか試されてもいいと思っていた。そういう指示をしてこその上司でもある。 「私もお手伝いしますから、仰って下さいね」 にっこり笑って言うと、 「ありがとう。頼もしいよ」 ヒュウガも嬉しそうに笑った。 そうして時間が経ち、きりのいいところでやめてから、翌日の予定をコナツが報告した後、ヒュウガはそのままコナツを部屋に連れて行った。当然、何か用事を言いつけられると思っていたコナツは、じっと指令を待っていたが、ヒュウガはにこにこと笑顔を振りまいているだけで仕事の話をしようとはしなかった。 「少佐、私に業務命令があるのでは」 業を煮やして訊ねると、 「仕事? やだな、部屋にまで来て仕事の話はしないよ」 ヒュウガがあっさりと打ち明ける。 「えっ、何も用事がないのですか? では、私は戻ってもよろしいでしょうか」 「なんでそうなるの?」 「なんでと言われましても……」 「オレ、用事ないとコナツ呼んじゃいけない?」 余りにも素っ気無いコナツにヒュウガが寂しそうに呟くと、 「少佐は私の上司ですから、仕事を言いつけるのが普通かと」 コナツは真面目な顔で答えた。 「それだけー?」 「少佐の仕事が溜まってましたし、半分私が担当するのだと思ってました」 「えー!」 「そんなに驚かれなくても」 「何でも仕事に繋げるコナツのほうがおかしいよ。遊ぼうとか思わないの?」 「遊ぶ!?」 コナツが仰天した。上司と何をして遊ぶというのか。 「語り合うとか、なんとかごっことかいろいろあるでしょー」 「なんとかごっこ!?」 ありえない、という顔をして開いた口が塞がらないコナツに向かって、 「鬼ごっことか戦隊ごっことか! 二人でも出来るよ!」 ヒュウガは身振り手振りで説明する。 「そんなの小学生でもしませんが!? というより、今何時だと思っていらっしゃるのです!?」 いくら、たまには童心に返るのもいいとしても、今やるべきことではないと思う。 「……つまんない」 「少佐、正気ですか?」 子供のように落ち込むヒュウガをコナツが覗き込んでみると、 「なーんてね」 舌を出して笑い、ヒュウガはコナツのおでこを人差し指で弾いた。落ち込んだ振りをしていただけで、ただコナツをからかって遊んでいたのだ。 「もう! 最悪です!」 額を押さえながら、本気で上司の頭の中を心配していたコナツは無駄な労力を使ったとばかりに嫌な顔をする。 「そんな怒らないで。いいじゃん、まだ時間あるし。コナツも暇つぶしと思ってさ」 「暇つぶしって! 少佐、お疲れではありませんか? 私と退屈しのぎをしていても仕方ありません。少し休まれたほうがいいのでは?」 ふざけてばかりの上司にコナツが大人の対応をすると、ヒュウガは急に真剣な顔になり、 「じゃあ、ここからが本題。よく聞いて」 詰め寄るように近付いて呟いた。 「前置き長いですよっ」 「そりゃあ、そうでなきゃ面白くないでしょ」 「単刀直入に言ってもらったほうがいいのに」 「あ、そう? そうなの? じゃあ、はっきり言おう。セックスしたい」 「は?」 「分かってたでしょ?」 「!?」 予想外なのか、予想通りなのか、コナツはきょとんとして口を開けていた。 「え、やだな、今更知らない振りはないよね?」 「……」 「もう夜なんだから」 「……そんなこと考えていませんでした。しかも、その言い方も……」 「またまたぁ。遠回しにするなって言ったのコナツじゃん」 「それはそうですが、どうして私と……」 「ええ? コナツって言ったらエロでしょ」 「ハイッ!?」 何を言われているのか分からず頓狂な声を上げてしまった。似合わないことを突然突きつけられても理解に苦しむだけだ。 「ほんとは色々誘い文句考えたんだけどね、いいの浮かばなかったから普通に誘おうと思って」 「ええと」 「何か質問が?」 「つまり、用があるのは私の躯?」 「うお。その表現は考えてなかった」 「俗に言う、躯だけが目的?」 「うーん、そういう言い方はしたくないなぁ」 「でも、それなら私も同じですし」 「え」 コナツが何やら不穏な発言をし始めた。 「私だって少佐の躯があればいいです」 「えー!」 「冗談ですよ。少佐の躯は好きですけど」 「……」 真面目な顔でさりげなくこういうことを言うからヒュウガも返答に困る。 「でも、てっきり今日は誘われないのだと思っていて」 「オレ、朝からずっとこのことばっかり考えてたけど」 「ええっ。今日の少佐は心ここにあらずという感じで、違うことを考えていらっしゃるのだと思いました」 「だからコナツのこと考えてたんじゃん」 「朝からボーッとしてらしたようですが?」 「コナツのいやらしい顔を思い出してた」 「ちょ、私のいやらしい顔って……しかも、午後から急に居なくなるし」 「今夜どうやって誘おうかと悩んでたの。一人になりたかったんだ」 「……有り得ない」 「で、ここからが本題の本題」 「な!?」 ヒュウガと話していると、こういった急展開が多く、いつも驚かされてばかりだ。何を言われるのだろうとコナツは息を呑んでしまうが、 「サボった分の埋め合わせをする」 「……え?」 一瞬、コナツが固まった。 今から仕事をするということだろうか。だが、さきほどはリアルにセックスしたいと誘われたばかり。 「あ、あの?」 一体どういうことなのか見当もつかない。 「つまり、コナツがオレがサボった時間をわざわざ数えててくれたんだから、そうくるならオレはサボった時間分コナツを抱くことにした」 「ええーッ!!」 コナツは本気で絶叫した。 いつもまっとうな話題を振って軌道修正しようとするのに、なしくずしに状況をひっくり返されるのだ。 「今日は1時間38分だよね」 「そ、それは……」 「時間は無駄にしないように気を付けないと。なんなら昨日と一昨日の分も足す? 2時間47分と3時間14分」 「ちょっ、合計7時間……8時間!? 眠れないじゃないですか! って、そういう問題でもありませんが!」 「なら1時間38分で手を打ったほうがいいよね」 「……えっ、ええっ!?」 ヒュウガは口豪奢であり、口巧者だ。しかもハッタリではなく、中身を伴うから冗談では済まされない。いよいよ言い返す言葉もなく無言になると、 「やだな。オレに勝てるとは思わないで?」 ヒュウガはにっこりと笑ってコナツの頬をくすぐった。ひゃっと言いながら肩を竦め、 「でも降参はしませんよ!」 強気で見上げる。 確かにいつも言いくるめられてばかりで勝ったことはないが、コナツもただでは起きない性格で、どうやって仕返しをしようかと新たな対策を練ようとする。しかしコナツの場合は切羽詰れば天然作用が発動される仕組みになっていて、もちろん、本人は全く意識しておらず、それがいつ発揮されるのかも分からないから大逆転が狙えるかもしれない。果たして今回はどんな言動が飛び出るのかとヒュウガは楽しみにしているのだが。 「あは。さすがオレの部下、簡単には根を上げない。そういうの、好きだよ」 突然柔らかく言われ、 「ほら! 少佐ってこういう時ずるいです! 急に好きとか言わないで下さい」 「だってほんとのことだもの」 「もう! って、いつの間に!」 頬を膨らませているうちに軍服の襟が乱されていた。大きな手がするすると服の中に入り、脇をくすぐる。 「わあっ! くすぐったい!」 「我慢しなよ」 「無理ですっ」 「男でしょ」 「そんなくすぐられたら、我慢なんて無理! むりっ、ひゃー!」 脇と胸を一気に弄られ、コナツが暴れて涙目になる。 「男のくせに、この過剰反応はないわー。むしろ無反応に近いくらいでなきゃ。ほんとに男の子? 確かめるよ?」 「馬鹿なこと言わないで下さい! 確かめなくても散々見てるくせに! 今からだって見るでしょう!」 「おっ、いよいよ煽り文句が出てきたねー。そんなわけで素っ裸の刑開始ー」 「うわッ!」 不可抗力だった。 ベッドでの行為に口でも技でもコナツがヒュウガに勝てたことなど一度もない。抵抗すればするほど綺麗に脱がされ、かといって大人しくしていれば叫びたくなるほどの愛撫を仕掛けられる。 「私ばかりが裸にされるなんて嫌ですっ、少佐も脱いで!」 「え、オレも? ここから出すだけじゃだめ?」 ズボンのジッパーを下げて局部を晒すだけでは駄目なのかと問えば、 「そんなのつまらない! 私だって見たいのに!」 大胆な台詞が飛び出した。 「え、何が見たいの?」 わざと聞くヒュウガに、 「少佐の裸っ!!」 ほとんど叫ぶような言い方で、コナツが壊れ始めた。 「わー、これがさっきまで仕事したいって言ってた子の態度かね」 「私がこうなることを望んでいたのは少佐です」 「……その通りだ」 「もう何をされても驚きませんから」 「ほんとにー?」 「恥ずかしいけど」 「裸見られて恥ずかしいとか、普通はねぇ」 男ならば抵抗がないはずだと言ってやりたいが、 「温泉に入る感覚とは違うんですよっ!」 コナツにも言い分はあるのだった。 「そうかぁ。ごめんね、オレはコナツ見たい病にかかってるから恥ずかしいと言われても聞く耳持てないし」 「……」 「マジでコナツを裸にして持ち歩きたい」 「変態じゃないですか!」 どこまでおかしな発言が繰り出されるのかコナツは恐々としている。 「変? オレが? コナツが? この場合は服着てないコナツのほうが捕まるよね」 「何を仰るんですか。少佐に脱がされたって訴えます。逮捕されるのは少佐に決まってますよ」 まっとうな台詞を返すも、 「ああ、いい感じ〜。コナツの肌が好きー」 ヒュウガは聞いておらず、文字通り聞く耳を持たずにコナツの躯を褒め始める。 「少佐!」 「手触り最高」 「そ、そんな触りまくったら! あっ、や、やだ、そこはまだ!」 コナツがイヤイヤをしてもヒュウガはやめない。コナツが本気で抵抗しているのは、ヒュウガがすぐに性器に手を伸ばしたからだ。まだ心の準備が出来ていないといった様子で、自分ばかりが派手に乱れているのがひどく恥ずかしかった。 「お願いです! 触っちゃだめ! お願い……ッ」 ヒュウガがピタリとやめた。 「今、お願いって言った?」 「え……っ、あ、あの……」 意識して出た言葉ではなく、反射的に言ってしまったことだ。 「コナツからお願いなんて言葉が出るとは」 「だって少佐がやめないから。でもまさかこの一言でやめるなんて……」 ヒュウガの豹変振りに驚いたコナツは、すっぱりと行為が中断されたことが信じられない。 「コナツからお願いって言われたら言うこときいちゃう」 「どんなことでも?」 コナツが目を丸くしている。 「うん、お願いやめて、って言われたらやめるし、お願いやってって言われたら何でもする」 「ほんとに?」 「ほんとに。でも今みたいに可愛く言ってね?」 「……」 どうしようもないと思ったが、聞く耳を持たなかったヒュウガが言うことを聞くようになったのだから新展開である。 「可愛い子におねだりされたら、応えないわけにはいかないでしょ。コナツが焦って困ったように言う『お願い』は最高の殺し文句だよ」 「は、はぁ、そうですか?」 理由は簡単でも、コナツにはその真意が分からない。 「オレ、デレる」 「ただ、私だって頻繁には言えません」 「でしょ? だからだよ」 「私にはその価値が分かりませんが……」 「そうかなぁ、見解の違いかねぇ」 「少佐がマニアなだけでは」 「そうかもね」 ヒュウガが笑っていた。それは自分でも認めている。 「じゃあ、私のお願いを聞いてもらえますか」 「なになに?」 「今は……ここより、後ろを慣らしてほしいんです」 コナツはヒュウガの手を取り、自分の尻にもっていった。 「私は婉曲に表現することを知らないので色気もなにもない言い方になってしまって少佐は燃えないかもしれませんが……」 「コナ、ツ」 「本当は自分で慣らせばいいのに、こればかりは出来なくて。少佐にお願いするしかありません」 コナツは早くに挿入されることを渇望していた。 「どうしたの、コナツらしくない……ような」 「私らしくない? ……それは……」 コナツが恥ずかしそうにしながら俯いた。 以前にも、前戯をしていると指じゃなく「本物」が欲しいと訴えることがあったが、今夜はいつもと違うのだ。 「早く」 「ほんとに、どうしたの」 ヒュウガは自らも衣服を取って裸体を晒すと、潤滑剤を用意し、コナツをベッドの中央まで寄せ、 「四つんばいになって。……と言いたいところだけど恥ずかしいよねぇ」 そう言ってローションを指に垂らしながらコナツを見つめた。 「……はい」 「じゃあ、仰向けになって。膝は立ててね」 コナツは言う通りにしたが、シルクケットを手繰り寄せて躯を隠してしまう。 「なんで胸まで隠すのー!? まさか明かり消してとか言わないよね」 「そんなこと、言いません」 「良かった」 ヒュウガはコナツを覆うと、空いた手で胸を愛撫し、くちびるを近づけた。それと同時に濡れた指をコナツの秘所に当てる。 「温感ローションじゃないから冷たく感じるよ。我慢して」 「……ッ」 「ゼリーのほうがよかったかな。まぁ、いいや」 ゆっくりとマッサージから始めると、 「イヤ……イヤ!」 コナツが首を振る。 「嫌なの? してって言ったのコナツだよ」 「恥ずかしくて死にそう」 「そうかな。すごく可愛いけど」 胸にキスをしながら左手で淡い飾りを優しく弄り、右手はそのまま受け入れる箇所を柔らかく捺していく。 「う……、う、ぁ」 「あらー、既に涙目。どうなるんだろ」 まだ始めたばかりの状態でこれでは、指を挿入しただけで達してしまいそうだ。 「コナツ、まだこれから」 「分かって……ます」 躯に力が入らず強く言い返すことが出来ない。その様子を見て、 「絶対コナツのほうがいやらしいよね。仕事一辺倒で生真面目でさ、オレのこと怒ってばっかりで頭の中は不埒なこと全然考えてないって顔してて」 からかうように呟き始める。 「なのに、これはなんだろう」 「あうッ」 中指を進入させ、第二関節を曲げて内壁を刺激した。 「やーっ!!」 強引に快感を与えると悶え、悲鳴を上げながら口元に手を当てて爪を噛むのは、もはや男の仕草ではない。 「いい反応。すっかり女の子」 「私は男ですっ」 悔し紛れに訴えると、 「さすがに裸にしたから分かるよ。でもね、女の子率のほうが高い感じ」 「う……」 平らな胸を撫で、てのひらをそのまま下半身へ移すとコナツは顔を顰めて呻いた。ヒュウガは尻に当てた指にわずかに力を入れ、更に拡張の準備に入ると、 「コナツだよね、コナツだからいいんだよね、中々ないよね」 嬉しそうに呟く。 「な、に?」 完全にヒュウガの独り言になっていて、コナツには通じない。 「コナツらしくていい」 「……?」 「ベッドでのコナツは、すべての反応がオレの理想」 「……少佐?」 「ん? 気にしないで」 にっこりと笑って返事をしながら、一旦指を引き抜こうとして動きを止める。 「駄目! まだ駄目!」 「おや」 「まだ、もう少し指で……」 「あれぇ、いつものコナツなら指なんかじゃなくて本物がいいって騒ぐのに」 「それは……あとでたっぷり挿れてくれるでしょう?」 「!」 「指も気持ちいいんです」 コナツは正直に告げた。明らかに普段と違う態度にヒュウガはわずかに戸惑ったが、ヒュウガも殊に指での擾化は気持ち良くなるようにしているのである。 「まぁ、そうだろうね」 拡張という名のマッサ−ジは強い快感をもたらし、ドライオーガズムを味あわせることの出来る魔法のような十指は、コナツの頑固な羞恥心を吹き飛ばすほどのテクニックを持っている。 「もっと……して」 「コナツがこんなに求めてくるとは」 「ゆっくり押されると気持ちいいんです」 リズムもタイミングも、力加減も何もかもが完璧で、 「感じるの?」 ヒュウガが訊けば、 「少佐にされること全てが良くて……私、少佐になら何処にいても躯を開いてしまいそう」 そんなことを堂々と言ってのける。 「また凄いこと言うね」 「だって……ああ、あッ、あぁ」 コナツが身震いしながら声を上げた。ヒュウガが空いている片方の手で下腹部や内腿の更なる性感帯を探し出し、そこを絶妙に攻めるからだった。もともとヒュウガも両方の手で刀を扱うだけあって利き手ではない左でも巧みな愛撫を施せるのだ。 「このままイッちゃう?」 「それは駄目!」 「なんで?」 「私をイカせないで」 「イカないように気持ちよくしろって? 難しい注文するなぁ」 「少佐が埋め合わせをして下さると仰ったから」 「そうだね、確かにその通りだけど」 「ですから、私はきっちり少佐に抱かれます」 「わお、その気!」 ヒュウガは興奮しながら喜んだ。 そうしてキスを何度も交わし、ヒュウガはコナツの躯を余すところなく手で触れ、唇で愛撫した。コナツの躯にはいくつもの跡が残され、改めて見るとひどく卑猥な有様に仕上げられていった。 快楽を存分に受けてすすり泣くように喘ぐコナツは、 「私、こんなで……もう起き上がることも、出来ない」 「うん? どうしたの?」 「私も少佐に何かしたいのに」 とても手や口での奉仕は出来そうになかった。ぐったりとしたまま躯が溶けてしまいそうな感覚で横たわるのが精一杯だ。 「いいんだよ、これで」 「でも」 「こんな躯になっちゃって、こーんな顔して、めちゃくちゃ可愛い」 「少佐っ」 「オレ、もう挿れたくてたまんないんだけど。でも挿れたら壊れそうだね」 「う……」 「許可は出して貰えない?」 「まだ……」 「焦らしプレイかな?」 「はい」 「そんなことされたら自分で扱いてお前の躯にブチまけちゃうよ」 「それは駄目!」 「なんで? コナツ見ながら扱くのもいいかと」 「そんな……」 「ねぇ、待てないって何度言えばいい?」 ヒュウガが試すように呟き、口の端を吊り上げて微笑む。 「……」 「何度でも言うよ。コナツが欲しいって言うまで。コナツの中って凄くてさ」 「……っ」 「人の躯ってそれぞれだけど、コナツは格別」 「私は……」 そこまで褒められるものではないと言いたかった。自分の躯の見える部分にはコメント出来ても、触ったことのない場所については何も知らない。 「ほんとなら強引にやっちゃうところだけどね」 「あ……」 「待てないから」 「少佐! ……いいえ。待てないのは本当は私のほう」 「ああ、やーっと本音出した」 ヒュウガが左手をコナツの髪に絡ませると、 「私、少佐を焦らせないことが分かりました」 その手に自分の手を重ねて、きゅっと握り締める。 「ね?」 「欲しいのは私だってことも」 「なら、もっと正直に言いなよ」 ヒュウガが催促すると、コナツはヒュウガの手を取り直し、自らの胸にもっていき、そして 「……少佐も私の中で気持ちよくなって」 そう呟いた。 「……!」 ヒュウガは、口がうまいのは自分のほうだと思っていた。口説き落とすのも酔わせるのも絶対的な自信があったのにコナツの言い様に驚かされてばかりだ。 「お願い、今度こそ、少佐が欲しい」 「或る意味命知らずってお前のことを言うんだね」 十分に慣らしたそこに指よりもずっと太いものを宛い、腰を進めようとすると、 「あ、でも待って」 何を思ったか一度ストップをかけた。 「なに?」 ヒュウガの問いには答えず、コナツは右手を伸ばしてヒュウガの性器に触れた。 「硬い……相変わらず凄い」 「そりゃコナツがこんな格好で目の前に居ればね。だけどコナツだって凄いことになってるよ? ガツガツ扱いてやりたいけど、一応弄らないでおく」 同じものを持っていて同じ状態になっていれば一目瞭然、もっともコナツは扱いてしまえばすぐに達してしまいそうだ。 「少佐に覆われると興奮しますから。張りすぎて痛いくらいです」 「言うねぇ」 「私がどれだけ欲情しているか」 「……普段のコナツからは想像も出来ない言葉」 「昼間の私とは違う。どれだけ違うか分からせて上げます」 コナツが言い切るとヒュウガは囃すように口笛を吹いた。 「それは楽しみ」 コナツはそのまま伸ばした右手でヒュウガの性器を扱き、受け入れる箇所へ先端を当てた。大胆な仕草にヒュウガは驚きながらも、 「もう待ったなしだよ。いいんだね?」 ぴったりと入り口を塞ぎ、狭い器官をこじあけようと体勢を変える。 「あ……やっぱり怖い」 不安な顔で訴えても、 「いい子にしていれば大丈夫」 「少佐……」 ここまでは淫猥なムードではあったが穏やかだった。しかし、ヒュウガが挿入を開始したとたん、コナツは悲鳴を上げて意味不明な台詞を言い出した。 「全部……全部したら、私、死んじゃう?」 「え?」 「奥は? 奥は駄目?」 「コナツ? コナツ? 何言ってるの?」 落ち着かせようと頬を撫でながら問うと、 「わた、し、冷静で、す」 しどろもどろになりながらも、そんな答えが返ってきた。 「変だよ。コナツって感じるとパニック起こすから、もしかして意識飛びそう?」 まだ始まったばかりだというのに、どういうことだろう。 「違います、違うんです。少佐が好きだから嬉しいだけ」 しっかりと目を開けて見上げ、正直に言うと、 「それが本当ならいいんだけど」 「?」 「オレがサボった時間まで分単位で数えてるし、オレのこと嫌いかと」 「嫌いなら、こんな、こんなことしません」 「……だよね、痛い怖いって言いながら拒絶しないもんね」 受け入れて痛みを感じながら、その痛みすら悦びとなりコナツを襲う。ヒュウガに指先で、ほんの少し触れられただけでも躯に火が点いたように熱くなる。 「コナツってば最近容赦ないもん」 「それは……。少佐に私の気持ちなど分かるはず、ない」 「え。仕事が増えて怒り爆発なとこ?」 「……」 「仕事が減るよりよくない?」 「全然違う」 「じゃあ、何?」 「居なくなるから……居なくなるから逆に気になってしまうんです!」 「は?」 「だから、いつ帰ってくるのかと時計ばかり見て。居ない時間が正確に計算されているのは、そのせい」 「……」 「すぐにフラフラと離れて。余計少佐を意識、する」 「それって」 「少佐は居ないときの存在感が大きい人なんです」 悔しそうに呟く声とヒュウガを強く掴む手が相反しても、初めて打ち明ける思いに偽りはない。 「あーあ。凄いこと聞いちゃったけど」 「でも、本当のこと」 コナツが苦しそうに吐き出す言葉を、ヒュウガは微苦笑しながら受け止めた。しかし、次に意外な台詞がヒュウガの口から発せられたのだった。 「やだな、コナツ。それ、今頃気付いたの?」 「えっ」 「居ないほうが気になるように仕向けてるんだよ」 「な!」 「『居なくてもいい』或いは『あれ、居たの?』って言われるよりはいいしね」 「す、すべて計算ずく……?」 「ほとんど」 「!! 酷いっ」 大きな声で非難したが、 「でも、こっちにも事情があること察して」 ヒュウガが目を細めて肩を竦めると、コナツはすぐに薄く笑い返し、 「そういう謎めいたところも……魅力なんですね」 腕を掴んだ手を背中に回した。 「それだけオレの存在が大きいって解釈してもいいのかな」 「はい。ただ、昼間どんなに居なくなっても……今は今は……」 コナツは辺りを見回し、現在は夜の深い時間で、ここはヒュウガの部屋であり、自分がベッドに裸で居て、そばにヒュウガが居ることを確認する。 「ああ、離れているどころか近いね。近いなんてものじゃない。オレは今、コナツの中に居る」 ヒュウガはコナツの台詞の続きを代わりに呟き、自分たちの関係が特別であることを再認識し合う。 「気が狂いそう」 至福のときだった。うっとりとため息が漏れるのを、 「じゃあ、埋め合わせはオレの独り善がりじゃなかったわけだ」 ヒュウガが満足そうにしている。 「私も気持ちいい。昼間の嫌なことが全部……飛びます」 「ほんと?」 「もっと奥まで来て。いっそ全部挿れても、いい」 「怪我するよ」 「構わない」 「仕事が出来なくなっちゃうでしょ」 「少佐が居ます」 「あー、そうね、そうだねぇ。コナツが居なきゃオレがするしかない」 「だから……」 「分かった。何処まで耐えられるか分からないけど、限界ギリギリまでコナツを壊そう。それでいいよね」 内容のせいか、ぞくりとするほどいやらしい声音だった。 「はい」 「泣いてもいいけど、怒らないでね」 「?」 「可愛いっていっぱい言うからさ」 「それは……!」 「うん、勝手に動くと痛みが増すだけだよ? そのままそうしていて」 「……ッ!!」 いよいよ結合を深くしていくとコナツは呻いて仰け反ったがヒュウガはやめることなく、ためらいもせずに奥を抉った。 「ひっ、あ、ああ、あぁッ!」 衝動で躯が跳ねる。 「イヤ! ああ! あああ!」 ヒュウガの背中から離れた両手がわなわなと震えて行き場を求める。慌ててシーツを掴み、力いっぱい握り締めるが、それと連動して肩が震え、痛々しい姿になったコナツは思い切り顎を反らして衝撃に耐えた。 「怖いな。狭いし、進まない。でも可愛い」 苦笑し、脚を持ち上げて体位を変えた。馬鹿みたいに突けばコナツが悲鳴を上げるのは分かっていたが、ヒュウガはそれが見たいのではなかった。 「うう……」 顔を見れば涙を零している。 「さすがに泣き顔もそこまで可愛いと反則だよ」 「ア……ッ」 さきほどまでは会話が出来たのに、今はヒュウガが何を言ってもコナツはまともに答えることが出来ない。 「仕方ないな。そんじゃ、きっちり抱かれて貰おうか」 コナツの返事を待たずに律動を強めたあと、今度は加減をしながら一度奥へと腰を圧し、そのまま動きを止めて絡み付いて来る中の感触を愉しんだ。 「っていうか、悦すぎ? 悦すぎだよね、これ」 ヒュウガはブル、と震えて大きく息を吐きながら思わず繋がった下半身に視線を下ろした。コナツは行動を起こすこともなく、やっと出来ることといえばシーツを握り締めることだけだった。 漏れる声を抑えられず、甘い吐息と感じ入った喘ぎが激しさを増していく。 「コナツもやばそうだねぇ」 胸には幾つもの淡いキスの跡が散らばっていて、体毛の薄い躯はそれなりの筋肉がついているのに肌がなめらかなせいで女のようだ。 「めちゃくちゃいやらしい顔してさ」 ヒュウガが囃しながら、無理やりにはせず九浅一深で突き惜しみをしていると、 「全然足りない!」 コナツが叫んだ。 「……」 「壊れるくらいするって言った、のに……」 「……」 「もっと」 「したいし、するよ。でも、まだ」 「どうして!」 「これからだから」 「……」 「分かってるって。コナツ、可愛いし欲しそうな顔してるし、後ろを慣らせって言ったのも早く挿れられたかったからでしょ。しかもめいっぱい、全部」 「分かってるなら、早く」 「せっかちだなぁ。こんなに欲しがるとは思わなかった」 昼間にヒュウガが姿を消せば消すほどコナツは意識せずにはいられず、その存在の大きさを嫌でも感じてしまう。離れて居なくなっても、空虚を埋めるのはベッドで結ばれ、出来るだけ深く繋がることが解決法の一つであり、駆け引きとしての条件になるとも言える。 「私がどれだけ少佐を好きか」 ここでしか言わない本音を包み隠さず吐き出し、涙をためた大きな目をヒュウガに向けた。 「!」 「私にはもう、理性も何も残って……いない」 「……」 「みっともないと笑われたって……」 「はい、ストップ。ほんとにコナツは自分の身を少しは案じたほうがいい」 ヒュウガは少し体勢を変えると、三浅一深へと移行し、それでもまだコナツが足りないと叫ぶのを、今度は激しい突きで文字通り容赦ない抽送を繰り返した。あれだけねだっていたコナツが首を振りながら絶叫する。 「ぐ……ッ」 躯を中から揺すられるのだ。何が起きているのか分からないほど視界がずれる。 「本気掘りしたら可哀想だなって思ってたけど、やっちゃうからね」 内臓が傷つくことはないだろうが、コナツは余りの衝撃に呼吸をすることも出来なくなっていた。 「あ、が……ッ」 「泡吹いてもやめないもん」 その間、コナツは言葉もなく涙をポロポロと流していた。意味不明な擬音を発していたが、何かを伝えようとしていたのか生理的に出てしまう喘鳴なのかは分からない。時折歯を食い縛ってみせたが、すぐに悲鳴が漏れ、反射的に起き上がろうとしてヒュウガに押さえつけられては再び呼吸を止めて悶えている。その後でしゃくりあげて泣くという乱れようだ。 「コナツ、めちゃくちゃ。どうしてそんなに泣くの。昼間のコナツからは想像も出来ないよ。それどころか別人みたいに大違いだけど」 コナツからの返答はなかった。 そしてヒュウガも手加減せずに攻め続け、圧倒的な性の力を見せ付けた。コナツが苦しそうな顔をしているからといって律動を弱めると怒り出し、ヒュウガの腕を爪で引っかき始めるのだ。やめるわけにはいかなかった。 「ねぇ。苦しくない? こんなんでイケるの?」 このまま続けていれば間違いなく失神するであろう。 「オレはいいけどさ。っていうか我慢大会みたいだ」 先端から根元近くまでびっしりと絡み付いてくる器官は、ヒュウガにただ快感をもたらし、本来ならとっくに達しているはずなのを、ひたすら耐えている。 「コントロールには自信があったんだけど、コナツの躯じゃどうしようもないな」 だから開き直ることにした。達してもすぐに再開させる自信があるし、コナツが失神したらやめようと思ったが、本人からは失神させないようにしろとの”ご命令”だ。夜の間は、どちらに主導権があるのか分からなかった。 激しい快楽の授受により、ヒュウガは言葉には出来ないほどの感覚を存分に味わいながらコナツの意識が朦朧としてきたのを見つめ、 「ほらほら、こっち見て。分かる? 今何してるのか分かるよね」 コナツの頬をひたひたと叩いた。コナツは揺り動かされながら漸く、 「私の、中がっ、少佐でいっぱいに……ッ」 途切れ途切れに呟いた。 「良かった、喋ってくれた」 正気を確認したのも束の間、 「もっと少佐が欲しいっ」 そう言ってコナツはヒュウガの手を取り、自分の口の中に入れてしまった。 「えっ」 正常位の体位で、コナツの腰をわずかに浮かせて脚をヒュウガの肩にかけるような深山本手をとっていたため、縋っていた腕を引き寄せて長い指にむしゃぶりつく。 「コナツ……ほんとにもう!」 ヒュウガが少しだけ角度を変えて先端をこすりつけるように突くと、 「あああああッ!」 快感がヒットしたのか、コナツの躯が跳ね上がった。そしてとうとう、しゃぶっていたヒュウガの指に噛み付いた。 「いッ!」 痛いと叫ぼうにもコナツの尋常ではない反応に目が離せなくなる。 「チッ、ここに来て噛み癖が出るとは。悪い子だ」 敢えて避けていた前立腺への攻撃を一気に仕掛けるとコナツはガクガクと震え、ヒュウガの小指側の手の淵を渾身の力で噛みながら下腹部で湧き上がっていた劣情を躯の外に放出させた。白い大量の液が見事な曲線を描いて飛び散ったが、手を噛まれて激痛に苛まれたヒュウガも叫びながら腰を奥まで進め、一旦動きを止めた。 「痛ッ! くっ……」 彼もまた達してしまったのだった。 「う……ッ。強烈……」 ヒュウガこそ何が起きたのか分からない有様で、数度に分けて精液を中に放ってから息をつくと、改めてコナツを見つめる。失神したコナツは、それでもまだヒュウガの手を離さずに噛み付いたままだった。 「気を失ってまでこれ!?」 ヒュウガは泣き笑いの状態だった。 「痛いよ、マジで痛いっての。歯型凄いんじゃ……」 コナツの顎に手をかけて口を開かせ、自らの手を引き抜き、 「げ。痕が……血が滲んでる。指を噛み切られるところだったよ。危ない危ない。これはコナツの口で消毒してもらおう」 血が滲んだ指や手の甲を見つめると、そう呟き、 「コナツ、起きて。最後のお楽しみだよ」 被害の無いほうの手で頬を叩いた。性器はまだコナツの中に残したままで、この最後の引き抜く行為が仕上げになるのだ。しかし、ぼろぼろになったコナツは目を覚まさず、 「仕方ないなぁ。いたずらしちゃうよ」 ヒュウガはコナツの萎えた性器に手を伸ばし、二、三度扱いた。コナツは突然ビクンと反応して覚醒し、 「あ、いやぁ……っ!」 蚊の泣くような声でこわごわ抵抗したのだった。 「あ、起きた」 「何を……えっ、あれっ」 失神から覚めた時のコナツはいつも挙動不審で、そして律儀になる。 「まだ弄って遊ぼうと思ったのに」 「さっ、触らないで下さいっ」 「2ラウンドは強制しないけど」 「私、また気を失ったんですか? すみません、少佐は、あの……」 「ん、オレもイケたよ。最近はコナツが気を失うのとオレがイクのが同時だねぇ」 「そうなんですか?」 「じゃあ、抜くよ。力入れないでね」 「はい。……あッ、あ」 ヒュウガがゆっくりと躯を離していく。ずるりと抜け出る感触がたまらずコナツは終わってからも濡れた声を上げるようになる。 「ん……ッ、ふぅ……」 感極まった表情で目を閉じ、肩を竦める仕草が実に可憐である。 「あ、キモチ、いい」 小さく呟くと、コナツは満足そうにため息をついた。ヒュウガはその額にキスをして、 「コナツ、少し出血してるから後で処置しようね」 後戯を続けながら囁いた。あれだけ大きな動きで摩擦を受ければ炎症は免れない。 「すみません……夢中で気付かなかった」 「ワケ分からなくなってたからなぁ」 「痛いのとイイのが一度に来ると凄いです」 「そうだねぇ、オレも今分かったよ。激しけりゃいいってもんじゃないけど、相手の快感さえ掴めばこういうのも悪くないかも」 「はい。でも私、最中に失礼なことを申し上げませんでしたか?」 極度の興奮状態に陥ると記憶が曖昧になるコナツは、自分のしたことがすぐには思い出せない。 「いや? っていうか急にしおらしくなったけど、落とし前はつけて貰おうかなぁ」 「?」 「ガッチガチにオレの手噛んでくれちゃって」 「えっ!? それは……」 ヒュウガの手を見てコナツは目を丸くしていた。 「コナツがつけた歯型でしょ。まさか覚えてないわけじゃないよね」 「舐めた記憶はあります。でも噛んでません」 「ほらほらぁ、最後の最後で噛みまくったんだよ。記憶にないとか言っちゃ駄目だって」 「覚えてな……い」 「オレ、騒いだでしょ」 「す、すみません。ただ私はもっと少佐が欲しくて……」 「あららー」 「私の躯の中を少佐でいっぱいにしたかったんです」 「うお。まぁ、オレはコナツに噛まれて痛いと思ったらイッちゃったんだけどね」 「……」 「やっぱMなのかな、オレ」 「私は何とも言えません」 「なんだかなぁ、コナツのせいで未踏の地へ旅立ちそうだな」 「は?」 「毎回コナツにしてやられるってことさ」 「そんな……私は何もしてません。それに、本当は少佐は今回加減して下さった」 あの状態で加減したとは思えないが、実際そうなのだった。 「あれま、分かってた?」 「ええ。いつ引っくり返されるのかと冷や冷やしましたが」 「あははー。やっぱり? バックでガン突きしてやろうかと思ったけど、ほんとにコナツ死んじゃうから、やめといた」 「ガ? ガン?」 「いやいや、こっちの話」 コナツに俗語は通じないが、後背位で同じ動きをされたら挿入がより一層深くなり、確実にショックを受ける。 「でも、コナツ貪欲だったねー」 「つい……」 指を絡めながらキスを繰り返して、少しずつ落ち着きを取り戻す頃には、コナツも顔も穏やかになっていた。 「きっかり1時間38分」 「えっ」 「別にさ、埋め合わせじゃなくてもコナツ抱きたいのは変わらないんだけど、さすがにサボった時間計られたのは計算外だったなぁ」 「す、すみません。嫌味に聞こえてしまわれたのなら、もう時間を計ったりしません。時計なんて見なければいいのだし」 「……」 「私、女々しいですね」 「それは……」 「確かに仕事の量が増えて苛々しますけど、それは居なくて心配だから何回も時計を見てはため息をついてる自分にイラッとするのか、何処かで誰かと仲睦まじくしてるんじゃないかって嫉妬してるのか分からなくなってしまいました。元々お傍で補佐するのが当たり前になってしまったので、少佐が居ないとどうにもしっくりこないというか」 コナツが目を伏せ、小さな声で呟く。 「あーあ、コナツもオレの策略に堕ちたねぇ」 「わざと居なくなるんですよね? 全く呆れて何も言えません。ほんとに少佐は喰えない男です」 「いや、さっきコナツにガブガブ喰われたし」 「それとこれとは違います。でも少佐は参謀部に居なくても、お仕事言いつけられていることもありますからね、一概には言えませんよね」 「うん。オレも色々大変なんだよ。仕事と見せかけてサボってることもあるけど」 「……馬鹿ですね」 「ひどっ。そんなこと言ってるけど、コナツはオレのこと好きだもんね」 「!」 自分で言うなと訴えたかったが事実なので何も言えない。 「ねぇねぇ、オレの何処が好きなの?」 「……」 「コナツの口から聞いてみたいなー」 ヒュウガは完全に遊んでいる。分かりきったことを今更聞くのは無粋かと思ったが、どんな答えが返ってくるのか知りたかった。 「どんなとこ? オレがデキる男だってのは分かるけどー」 「!」 今度こそ自分で言うなと言いたかったが、 「じゃあ、言いますよ! 居なくなるところです!」 思い切り叫んだ。そこに惚れたわけではなく、コナツはわざとそう言ってみせたが、 「うわ、言っちゃった!」 ヒュウガがやはり面白そうに笑っている。 「居なくなる分、これからも埋め合わせして頂きますからね!」 「うわうわ、言っちゃったねー」 からかい半分のヒュウガに対し、コナツは強腰で向かっている。 これは二人の間で交わされた条項となり、駆け引きにもなって、ますます過激な関係が築かれようとしている。 「私は本気ですよ? 離れた分……離れた分だけ……」 最後まで言い切れずに語尾を濁すと、 「繋がろう。オレだってその分コナツを感じたいし」 ヒュウガがきっちり代弁してくれた。 「私も……少佐でいっぱいにしたい」 「意見が合うね」 どこまでも限りなく求め合い、この想いには終わりがないのだと知る。既に二人の心と躯は互いの存在でいっぱいになっていて、だから、欠けると足りない。 しかし、どんなにそばに居て寄り添っていても、恋心や愛情は満ち足りて終わることなく、溢れては求め、溢れては求めて、まるで恋愛占いを楽しむように秘密の攻略法を駆使しながら甘い営みが繰り返される。 コナツがヒュウガに対し「居なくなるから好き」と言うのも、ヒュウガが「意識してもらうためにわざと居なくなる」のも、永遠に続く求愛のスパイラルなのだ。 そうして二人の間には、恋の格言がいくつも紡がれてゆくのだった。 「あっ、それよりオレの手を消毒してよ」 「えっ」 「コナツの口で」 「ちょっ、それは……」 「しかも、左手じゃあ仕事サボる口実にはならないし。どうせなら右手やってくれればよかったのに」 「もう、懲りない人ですね! 噛み付きますよ?」 「やだな、気持ちよくなっちゃうじゃない」 愛や恋を経験すれば、時には苦しくもあり辛くもあり、そして悲しいことも寂しいこともあるが、それより甘く、美しく、そして肌を触れ合いながら幸せな会話をすることを目一杯楽しんでいる二人だった。 |
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