once for all


「次はこの書類を……あっ、最初にこれを総務に届けなければ」
相変わらずコナツが忙殺している。
既に疲労困憊に至っていた。訓練の合間に会議、そして事務仕事のヘビーワークで体力もかなり落ちている。もともと鍛えている若い躯でも、まともに食事をする時間もないのだ。資本になるものにエネルギーを充填しなければ、疲労が蓄積されるだけであった。
この日、ヒュウガはアヤナミと元帥との会合に付き添いするため、出かける前に検印しなければならない書類を部屋に置いておくようにコナツに指示していた。夜遅くなることは確かで、戻る時間が分からず参謀部には寄れないから、デリバリーのごとく書類だけを届けておいて欲しいと頼んだのだった。
午後9時過ぎ、一日の仕事を終えてコナツがヒュウガの部屋を訪れると、そこは無人のままひっそりとしていた。余り物のないシンプルな部屋である。ただ、本来片付けなければならないものがそこかしこに散らばっていた。
「……パジャマが脱ぎ捨てられているのは仕方がないとして」
コナツの独り言が始まる。
「お酒を飲んだグラスくらい片付けてもよさそうなのに。ああ、雑誌が散乱している」
惨状を見るたびに目を覆いたくなるが、ヒュウガの性格からいって、これは日常茶飯事である。
「ごみ箱が溢れて……。えっ、こんなところに洗濯したばかりのハンカチが落ちています!」
まずは部屋の片付けをしなければならないと思った。この部屋に書類を置いたら、ごみと一緒に捨てられてしまいそうで、几帳面なコナツは掃除をすることを決めたのだった。
確かにヒュウガは不真面目だが、だらしないというわけではない。服を脱ぎ散らかしたり片付けをしなくても、面倒だからしないだけで溜まればまとめてするし、しなくてもいいことはしないと決めていた。コレクター体質で集めているものは大事にしているし、雑誌がばらまかれていても死なないというのがヒュウガの弁である。そして、片付けてくれる人が居るため尚更ヒュウガは何もしなくなってしまった。
その片付けてくれる人というのが、部下のコナツである。
「本当は見て見ぬ振りをすればいいのだけれど……」
コナツは肩を落とす。
「見てしまったら片付けないと私の気が済まない」
性分なのか、実に面倒見がよく尽くすタイプなのだ。ヒュウガがサボるからコナツがする、コナツがすればヒュウガが喜ぶからしてしまう、そういった循環が現在の状況を作り出していた。
「さて、と」
コナツは手際よく片付けを始めた。しかも、ただ整頓するだけでなく、ヒュウガが生活しやすいように工夫する。
慣れたもので、大きな模様替えをするわけでもないのに、何処をどうすれば過ごしやすくなるのか物が扱いやすくなるのか、ヒュウガが帰ってきたら大喜びしそうなほど整然とした空間を作り上げた。
「ふぅ。大体片付いた。って、もうこんな時間!」
せっせと掃除をしているうちに、すっかり遅い時間になってしまった。
「少佐、まだ会合が終わらないのかな」
帰りを待つつもりなどなかった。書類を置いて戻るはずだったのが、予定外のことに時間を使い……と、ここまで考えてコナツはハッとした。
「まさか私を足止めするために部屋の中を散らかしたのでは」
勘繰ってから、頭を振る。
「そんなことないか。少佐の計画的犯行はいつものことだけれど、さすがに今回は違う」
足止めするにしても、この時間になっても帰ってこないということは、どこかへ出掛けたか、アヤナミのところに居るのだろうと思った。
「終わったら私も帰って休もう」
シャワーを浴びてすっきりしたい。冷たいミネラルウォーターで喉を潤し、ベッドにダイブして快適な眠りを貪りたい。
「最後にベッドを整えよう」
完璧に遂行しなければ達成感は味わえない。まるでホテルのベッドメイキングの技術並みに、コナツはヒュウガの寝床を整えていた。
ここまで来て、ほっとして力が抜けたのか、
「よく考えれば私……ここで何度も寝ているんだ……」
枕を並べながら、よからぬことを考え始めた。
「……っ」
裸にさせられ組み敷かれながら、手や舌で愛撫を受ける。人には触らせることのない所を貫かれ、甘えた声を上げ──。この上で行われてきたのは空想ではなく事実であり、そしてこれからも続けられることなのだ。
過去を思い出し、浸るのも然り、
「初めても、ここだった」
ヒュウガとの初体験、時間を空けてからの二度目、三度目、そして……と赤裸々な情痴が刻まれている。
「私は何度、このベッドで気を失ったのだろう」
自分が失神する体質だと知ったのは、抱かれてみて分かったことだ。士官学校時代、どんなに激しい訓練でも耐え、鍛え抜いてきた体力には自信があったのに、セックスで与えられる快感が強すぎると訳が分からなくなり、気を失う。
「少佐は激しいのに優しくするから、私はいつも……」
デュベタイプのベッドカバーを揃え、パジャマを畳もうとして手に取る。
「……少佐の匂い」
鼻先を近づけ、うっとりと呟く。使っているボディソープも香水もコナツが好きな香りだった。
一緒にいることが当たり前になり、後姿を追うのが仕事になった。いまだに超えられず焦ることはあっても、それは当然のこと。強い人だからこそ、惹かれ、憧れの想いは変わらない。最近はコナツが怒りっぽくなってヒュウガが恐々とし、尻に敷かれている上司という構図が出来上がっているが、事実、立場的にもコナツはまだヒュウガの足元にも及ばない。
「アヤナミ様にお仕え出来るのはヒュウガ少佐のお陰。けれど私は少佐のことを……」
ヒュウガと出逢ってから、こんな関係になるとは思ってもいなかった。あの日の巡り逢いは衝撃的で、何かに落ちたことは確かだ。落ちたといっても奈落の底ではない。覚醒のような、芽生えのような人生が変わる何か。暗かった日々に終止符を打ち、走り続けようと思う力が漲る。
そんなふうに光のほうへ導いてくれたのはヒュウガである。目標を持ったこと、支えが出来たことが何よりの励みになった。
「あの人はいつもバカなことばかりしているけれど、私が今でも変わらず憧れていると言ったら驚くだろうか。感謝していると言ったらどんな顔をするだろう」
笑うことなどなかった幼少時代、楽しいこともなく、そう思う心すら持っていなかった。気取っていたわけではないが、一族から捨てられたコナツには将来を悲観することしか出来なかった。
一人で生きてゆくしかないと諦めていた寂しい思いが、今では懐かしく感じる。喜怒哀楽を表現できるようになったのは、ヒュウガに拾われてから。
「……少佐」
たまにこうして思い出に浸るたびに上司への想いが深くなる。初心に帰るために過ぎた日々を振り返ることも大切で、コナツはヒュウガと関係を持ったことを後悔するはずもなく、むしろ光栄至極だと思っている。初めて手合わせした、あの時のように。
そうやってひととき、苦い過去に甘い想いを溶かしながら夢見心地に触れていると、時間を忘れてしまう。
ぼんやりとしたまま果たしてどれくらいの時間が経ったのか、コナツはふと酔いから覚めたように意識がはっきりと波及していくのを感じた。
「……」
現実に戻り、はた、と気が付いた時には既に遅かった。
「あ、れ?」
コナツは自分が今、”目を開ける”という行為をしたことを理解する。
「ん? え? 今、何時? 1時! 午前!?」
頭を巡らせて時計を見ると、部屋に入ってきて掃除を始めてからだいぶ時間が経ったのが分かる。確か日付けが変わる前にベッドを整え始めたのだが。
「って、私、まさか!」
そう、感傷に浸っていたことは覚えているが、そのままヒュウガのベッドの上で眠ってしまったのだった。
「あっ、やばい!」
普段のコナツからは考えられないことだ。絶対に上司の名や仕事を汚すようなことだけはしないと誓っていたのに、あろうことか留守中の部屋で寝てしまうなんて。
「私……どうして! 帰らなくちゃ」
今のうち、見つからないのをいいことに何もなかったかのように帰ろうとして急いで起き上がると、
「コナツ、そんな所で寝て、オレに何されたかったの?」
後方から聞き覚えのある声がした。
「……」
恐る恐る振り向けば、
「お目覚め?」
ヒュウガがベッドから少し離れたロングサイズのカーブチェアに脚を組んで座っていた。
「ひえーッ!!」
コナツが頓狂な声を上げ、真っ青になって怯える。
「す、す、すっ! すみませんッ!」
慌てて降りようとして床に尻餅をつく。腰を抜かして動けなくなっているようだった。
「私……っ」
両手で頭を抱え、すっかり懼れて震えている。
これまで犯したことのない失態を見せてしまったのだ。こんなことは一生に一度だと思いたい。
ボランティアで部屋の掃除をしたとはいえ、ヒュウガが戻ってくる前に引き上げるつもりでいたし、留守中にベッドを拝借するなど無用心なことはしたくなかった。真面目なコナツにとっては仕事中に居眠りをしたのも同然である。しかも、軍服のまま上司のベッドで横になるなど言語道断、決して許されることではない。
「そんなに慌てなくても」
ヒュウガが笑っていた。
「わっ、わっ、私、こんなはずでは!」
懸命の弁解をしようと試みるも、空回りするだけで一向に誤解が解けそうにない。
「えー、オレ、誘われてると思ったよ」
正直に告げるヒュウガもヒュウガだが、
「そんなバカな!」
完全に勘違いされて言い訳をするのも恥ずかしく、コナツはパニックに陥った。
「しかも、オレのパジャマ抱きしめて寝てるってどういうこと?」
「あ、あわ! いえっ、ち、ちがっ、ごっ、誤解ですっ!」
「面白いリアクションだね」
「本当に、そんなつもりはなくて!」
「えー、だって、寝言で言ってたよ、『少佐、抱いて』って」
「言うわけないですッ!!」
コナツが絶叫した。
「すっごい全否定」
「えっ、ですから、そんな寝言は言ってません!」
言い切るところがコナツらしい。
「寝言なんか寝てる本人分かるわけないじゃん」
その通りであるが、
「言いません! 抱いてなんて、言うなら寝てない時に言います!! ん、あれ? いや、そうじゃなく」
「墓穴掘っちゃって」
「……ッ」
にっちもさっちもいかず、コナツは困り果てていた。
「本当はオレの名前を呼んだだけだったよ。オレの夢を見てたの?」
ヒュウガは椅子から立ち上がり、近づいてコナツの前で片膝を立てて腰を下ろし、手を差し伸べた。
「抱き上げようか?」
「えっ」
「立てないんでしょ?」
「あ、いえっ、大丈夫です、でも少しお待ち下さい」
すぐに起き上がることが出来ない。
「待てないねぇ」
そうヒュウガが言うのを、コナツは小さくなりながら、
「歩けるようになったらすぐに帰ります。申し訳ありません」
手落ちを素直に謝った。
「オレとしてはめっちゃ楽しいと思ったんだけど」
ヒュウガ一人が喜んでいて二人の温度差が激しいのが分かる。
「ちっとも楽しくありません。不覚でした。時間が巻き戻せるならもう一度最初からやり直したい」
「部下だからって真面目すぎてもよくないよ。少しは可愛いとこ見せてほしいね」
「可愛いとか、またそういうことを」
「コナツ、堅物すぎ」
「私はそれでいいんです」
「天然なくせに」
「はい?」
「真面目でお堅いのに、ちょっと天然入ってるんだよね」
「ですから、今回のことは猛省してます」
「あんまり自分を責めないほうがいいよ」
ヒュウガが優しく包み込むようにコナツを宥める。
「……あの、何時に戻られたのでしょうか」
聞くのも怖かったが、聞かないわけにはいかない。
「零時ちょうど」
「ええっ!!」
「なんで驚いてんの」
「だって、そしたら1時間以上も前じゃないですか!」
「そうだけど?」
「シャワーを浴びた形跡もないし、何をしていらしたのです!?」
物音がすれば、コナツも目を覚ましたかもしれないのに、雑音は全く聞こえなかった。もっとも、熟睡していたコナツには多少の音にも気付かなかっただろう。
「何してたって、そこにずっと座ってたけど?」
「……1時間……以上も……?」
「うん」
「まさか」
「ほんとだって」
「ただ座ってた?」
「コナツの寝姿見てた」
「ぎゃー!」
「だからリアクションが面白い」
「笑えな……!」
「ほら、掴まって」
ヒュウガがコナツを抱き上げようとした。
「え?」
ほんの数秒、姫抱きされてベッドの上に戻される。
「オレの部屋、片付けてくれたんだねぇ」
「……余計なことかもしれないと思ったのですが」
「ありがとう。だから疲れて眠っちゃった?」
「すみません」
謝ってから考えれてみれば、ヒュウガはベッドを占領されていたわけで眠りたくても眠れなかったのだ。
「あの、自分の非を棚に上げて申し上げますが、どうして私を起こして下さらなかったのですか」
叩き起こされるか、どうせなら、襲ってくれたほうがマシだったと思った。だが、ヒュウガは少し微笑んでから、
「ぐっすり寝てたから、起こせなかった」
コナツを愛しそうに見つめて呟いた。
「なっ!」
「可愛かったし」
「ちょっ、それは……」
「っていうか、どうしていいのか分からなくて悩んでた」
「え?」
「起こしてちゃんと部屋に帰したほうがいいのか、上に何か掛けて寝かせたままのほうがいいのか、ただオレが眠るコナツを見ていたいだけなのか」
「少佐?」
「起こしたら可哀相で。それに寝顔見ていられるし。でも、軍服着たままじゃ安眠できないだろうから着替えさせるべきか……とかね。まぁ、ずっとコナツを見てたわけだけど」
「そんなバカな」
「んー、オレ、コナツの寝顔だったら何時間でも見ていられるよ?」
歯の浮くような台詞を堂々と言ってのけたが、嘘ではない。
「無理です! しかも、もう遅い時間ですし」
「まぁ、寝不足でもオレには昼寝という強硬手段があるんでね」
「ぶはっ」
コナツが妙な声を上げるが、今は怒るに怒れない状況である。
「どうしようね、帰したくないな」
ヒュウガが悩ましい声で呟く。
「でも」
「引き止めたらコナツも休めないしねぇ」
「少佐の睡眠の邪魔をしたのは私です。私のほうこそ早めに帰らなければならなかったのに」
上司を1時間以上も待たせ、貴重な睡眠時間を無駄にして困却させた罪は重い。なのにヒュウガは、コナツを責めることはなく、優しい眼差しを向ける。
「いや、居てくれて嬉しかったよ。びっくりしたけどね」
「すみません」
穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。
「どうせだから、このままシャワー浴びてここで寝ちゃいなよ」
「これ以上甘えられませんので」
「甘えられない? 甘えて欲しいなぁ」
ヒュウガが誘う。
「少佐!」
ここで図に乗ってはいけないとコナツは自戒するが、
「手厳しい。シャワーを一緒に浴びるのは?」
それでもヒュウガは諦めなかった。
「駄目です」
コナツも負けない。
「じゃあ、おやすみなさいのキスくらいはいいよね」
笑いながら切願すると、
「それは……それも今は……」
少しだけ心が揺らいだ。
「舌は入れないよー。歯止めがきかなくなったらやばいし」
あからさまな表現を使って断りを入れると、
「では、少しだけなら」
挨拶を交わすくらい、いいと思う。
「少し……ね。そんじゃ遠慮なく」
ヒュウガが顔を近づけて、コナツの肩を両手でがっちりと押さえるように掴んだ。その力の入れようは、これから真剣なキスを交わそうとする意気込みのようで、コナツは目を閉じながらドキリと躯を強張らせた。だが、
「おやすみ」
ヒュウガは小声で囁き、くちびるが触れたか触れないか分からぬほど羽のようにかすめただけで、指を肩から首、顎、くちびるへと滑らせ、名残惜しそうに離していった。
「少佐……」
やはり足りない。これだけでは足りないのだ。
二人は既に堕ちていた。とうに堕ちていたのだ。コナツがこの部屋に一人で訪れヒュウガを想い、ヒュウガが眠るコナツを見つけたときから、欲得の渦に巻き込まれていた。
コナツはここでまた思い直すと、ヒュウガの誘いを断った形になるのだということに気が付いた。以前はどんなに無理な要求でも絶対服従であり、仕事だと言い聞かせて抱かれることもあったのに、今は互いの躯を思えば睡眠不足だけは避けたいという理由で遠慮をしている。それを知っていて、ヒュウガも控えめに訊ねていたのだが。
「あの……」
「ん? 眠くなっちゃったかな?」
ヒュウガの声音が優しくて耳に心地いい。ここで流されてはいけないと思っても、もし欲してくれているのなら、それに応えたい──
「少佐……私を抱きますか?」
意を決してコナツが呟く。
「え、いいの?」
「私、少佐を拒絶するつもりはないんです。ただ、少佐にも休んでほしくて、つい」
「あー、それはオレの方だよ。コナツを休ませてあげないといけないのに引き止めてるわけだし。ほんとなら帰さないといけないんだけどねぇ」
「少佐は私以上にお疲れのことと思います」
ヒュウガこそ、事務仕事も好きではないが会合もラクではなかったはずだ。アヤナミがそばに居たからいいものの、元帥との会談は神経を遣い、出来れば早く横になりたいと思っていただろう。だが、
「オレはいつものことだよ。あとはコナツ次第」
とにかくヒュウガはコナツを引き止めたいのだ。
「少佐……」
「コナツがいいのなら」
ヒュウガはもう抑えることが出来なくなっている。すると、
「私も……今は快感が欲しいかな、って」
「えっ」
また爆弾発言が飛び出した。
「少佐がお誘い下さっているのに、私が不可の一点張りですみません」
「この状況じゃ、それが普通でしょ。オレはコナツがオレのパジャマを抱きしめて寝てるの見ただけで興奮しちゃったけど」
「そ、それは」
「強姦しなかっただけマシだと思って」
「ええっ」
「うーん、やっぱりコナツが欲しいな。向こうでどう?」
バスルームを指差してヒュウガが言う。
「あ……」
シャワーを浴びながらするのは経験がないわけではないが、まだ慣れない。場所が不安定なだけに落ち着かないし、集中出来ない。
「大丈夫、オレに任せて」
だから、逆に考えればいつもより燃えるということだ。
「はい」
軍服を脱がしあうのも初めてではない。ただ、ヒュウガのほうが慣れていて、”脱がす”という行為の指使いもタイミングも絶妙なのだ。
シャツの袖が腕に絡まることもない、下着を剥ぐのにもたつくこともない、すべてにおいてヒュウガのテクニックは巧みで優れていた。
バスルームに移動してからのコナツはスイッチが入ったのか、やたらと積極的になり、バスタブで後ろを弄られている間もヒュウガにしがみつき、耳を噛むという行動に出た。
「おやおや。どのコナツが出てきちゃったのかな」
まるでコナツが何種類も居るような言い方でヒュウガが笑う。
「指は、もういいです。早くこれを……」
ためらいもなくヒュウガの性器に手を伸ばす。
「ああ、欲しい?」
「はい」
「そう。じゃ、あげようね」
向かい合って抱き上げ、バスタブに座っているヒュウガの中心にコナツの腰を落としていく。
「う……っ」
ローションを塗ってもスムーズな挿入は果たせない。
「こんなに大変なのにすぐに欲しいなんて、コナツらしくないなぁ」
「だって時間が」
「ないのは分かるけど」
ゆっくり時間を掛けていたら終わりが見えない。
「私、平気ですから……このまま続けて」
そう言っても、かなり緊張しているのが分かる。
「ほんとに? 嫌だって言ってもやめないし、もう逃げられないからね?」
「……はい」
あとはヒュウガに任せるしかないのだ。
そして、そこからヒュウガは立ち上がると、そのまま深く繋がった。コナツは自分が軽々しく抱き上げられていることが信じられなかった。細いとは言われても小柄なわけではない。
下から突かれると衝撃が一味違う。まして自分からしがみつかなければ落ちてしまうという怖さがあってか、コナツは脚を絡め、両腕をヒュウガの肩に回す。
「コナツ、怖がらなくていい。ちゃんと抱いててやるから、安心して」
子供の頃でさえ、こんなふうに誰かに抱き上げてもらうことなんかなかった。人とのスキンシップは数えるほどしかなく、女々しいが、こんなふうに誰かに抱きとめられることが心地いいとは知らなかった。口には出せないが”抱っこ”が癖になりそうだ。まして立ち鼎では、ヒュウガの先端がコナツの最もイイところを引っ掻くように当ててくる。連続で当てられたら、どんなに耐えても本人の意思なく達してしまう。
「ああっ、こんな……!」
コナツが感極まって悲鳴を上げる。
「なに?」
「うあ、気持ちいい……っ」
「良かった、コナツが感じてくれるならオレも嬉しい」
「駄目です、私、私!」
「どうしたの、落ち着いて」
「あ……ぁ、だって!」
「く。締め付けすぎ」
「私、早いかも、しれな……」
「えー?」
「先に達ったらごめんなさい」
「感度がいい証拠だ」
「……ッ」
違うと言いたかった。感度がよくなったのはヒュウガのお陰であり、魔法のような技と巧みな言葉で快楽へ導くからだ。もっと下手くそな相手であれば、こんなに悦くならなかっただろうと思ってしまう。
「まだだよ、もう少し待ってね」
時間もなく、バスルームでシャワーを浴びながら一気に済ませてしまえば問題ないと行動に移したが、やはり即席では済まない。
キスもたくさんしたいし、睦言も聞きたい、喘ぐ声を愉しみたい、互いの躯を飽くまで貪りたい、どこまでも狂ってしまいたい。淫欲も、みっともない声も、いやらしい言葉も卑猥な動きもバスルームならではの交わりがある。どんなにおかしな声を上げてもシャワーの音がかき消してくれ、泣いて涙が零れても体液にまみれても、すぐに洗い流せる。
「ああ、少佐っ」
「コナツ、意識飛びそうだね」
「耐えなきゃ」
「耐える?」
「このままでは……少佐に負担、が」
気を失えば、コナツを支えなければならないヒュウガは快感どころではなくなってしまう。
「いいよ、落っことしたりしないし」
ヒュウガが笑っていた。
「でも」
「いいの、いいの。今からそんなんじゃ、もたないよ?」
少しリズムを早めると、
「……う、あ、やっ、嫌、嫌!」
今度こそコナツが繕いのない痴態を晒し始めた。
「やっぱり来たねぇ」
「この角度……が」
「そうだね、当たるでしょ?」
立鼎は、正常位や騎乗位、後背位とも違う角度で突かれ、言い表せない悦楽の波がじわじわと打ち寄せてくる。
「うーっ」
「たまにはいいよね」
バスルームだからこそ、いつもと違うようにしてみたくなる。
「あ、あ……あぁ」
「そんな耳元でいやらしい声出されたらオレもたまんないよ」
「わざとじゃ……勝手に出ちゃう」
「もっと啼いて?」
「変な声に、な……って」
「いい声だよ、甘ーくてかわいいの」
「そんな……あぁっ」
腰が跳ねた。
「お、そろそろ?」
視線を下ろしてコナツの性器を見れば、相当我慢していることがよく分かる。若い男の子の印は、先端を濡らしながら解放されるのを待っていた。
「気持ちいい……少佐、気持ちいいっ」
肩に爪を立てて頭を振り始め、半狂乱になりつつあるコナツを見て、これ以上我慢させるのは可哀想に思えた。
「イキな。抑えても苦しいだけでしょ」
ヒュウガがそう言って許可すると、コナツは呆気なく達したのだった。しかも、叫んだ言葉が「背中」というもので、何が言いたかったのだろうと後から問い詰めるつもりだったが、コナツが引きつりながら全身を痙攣させたため、
「うわっ、これは……!」
力いっぱい巻きつかれ、これ以上ないほど秘所を締め付けられてヒュウガが感歎の声を上げた。
「……ッ!」
ヒュウガも達してしまったのだった。
イカされたというべきか、搾り取られたというべきか、コナツの反応に順応したというべきか、まだ挿入を愉しみたいと思っていたのに、コナツが中を収縮させて絡みつくように締めたせいでヒュウガもコントロールを失ったのだ。
「なに、これ」
信じられないというふうに呟き、バスタブに腰をかけると、コナツが失神していた。
「ああ、気を失ってる。無理もないか」
ヒュウガは手を緩めずに強く抱きしめる。
「ちょっと予想外。コナツにしてやられた」
今回はお手上げだった。
「どういうことよ。イッて失神したコナツにオレがイカされるって」
抱きしめたまま独り言を呟く。
すると、幸いにもすぐにコナツが目を覚まし、気を失っていたのがわずかだと知り、
「私……生きてる」
力なく笑ってそう言った。
「何言ってんの?」
「死ぬかと思いました」
「苦しくて?」
「いえ、気持ちよくて……」
「それはこっちの台詞。コナツ、立てる?」
「分かりません……まだ無理かも」
躯を離してみたが、コナツの脚がおぼつかず、ヒュウガが支えながら改めてシャワーで汗と体液を流し、後処理を行う。
すべて終わってから、湯を張ったバスタブの中に入れてやると、
「すみません、私、何も出来なくて」
申し訳なさそうに小さく呟く。
「いいんだよ、これはオレの役目だし」
「本当に、今日は背中に……」
「背中? ああ、背中って叫んでたもんね、ようやくあれの意味が分かったよ」
今になってコナツが「背中」と叫んだ理由が分かった。
「電気走りました」
「快感が強いとブルブルくるよね。電流が流れるっていう。コナツの方が先だったから伝導してオレに来たりして。ほんとにこんなことってあるんだねぇ」
体感した快楽は余りにも強烈すぎた。
「ショック死するかと思いましたよ。今回はこんな場所だったので不安でしたが少佐はどの体位もお得意なんですね」
本気で感心していると、
「コナツのせいじゃない?」
ヒュウガがさらりと答えた。
「私? 私は何もしていませんが」
「相性だよ」
「え?」
「あとね、雰囲気とかも。こんなふうにしたい、こうやって攻めたいって気持ちがね」
「……」
「今日の場合は、まずオレのベッドで居眠りしてたのが原因かな」
「そのせい?」
「今までにないことやらかしたんだよ。今までは終わった後に隣で眠ることはあっても、今回は違うじゃん。意表を突かれたオレの気合も変わってくるさ」
「でも、あんな失態は二度としません」
「別にしてもいいけど? でも今度の据え膳は迷わないよ」
「えっ」
「今日は起こすの可哀想だからってかなり我慢したからね。次は寝てる最中にメイド服に着替えさせよう」
「ですから、そんな悪趣味なことはなさらないで下さい」
「じゃあ、やっぱりさっき普通に寝込み襲えばよかったかなぁ」
「それでも良かったのに」
「無理やりOKってこと?」
「毎回ではなくて!」
コナツは自分が上司の睡眠の邪魔をしたことが許せず、今回に限り強襲されても良かったと思っている。
「場合によるってことかぁ。そんなこと言っちゃうところもほーんと、コナツってサブカルチャー的にも可愛いよねぇ」
「は?」
意味の通じないことを言われてコナツが対処出来なくなった。
「一人で目が覚めて慌ててたのも中々良かったし。あんな顔真っ青にして、ほんとに倒れるんじゃないかと思ったよ」
「当たり前じゃないですか。今まで生きてきた中であれほど焦ったことはないです」
「そうなの? オレなんか会議中に寝てて起きたときも平気だけど」
「……神経を疑いますね。そもそもアヤナミ様をからかう時点で普通ではないと」
「アヤたん? アヤたんは怖いねー。コワカワイイっていうか? それ以外は世の中怖いものなんてないからなー」
「何処から突っ込んでいいのか分かりませんが凄い発言です」
「普通だよ。オレにとってはね」
「余裕ですね」
「でも、オレだって慌てたりいっぱいいっぱいな時あるよ」
「そうですか? そういうイメージがないので……」
「コナツの状態によるかなぁ」
「はい?」
また訳の分からないことを言われてしまうが、今度は言葉が見つからないのではなく、見つけられなくなっていた。というのも、
「少佐……私、のぼせました。頭がボーッと……めまいが」
「えっ、マジ?」
長く湯船に浸かっているうちに、湯あたりしてしまったのだ。
「フラフラに……立てない……溺れ、ちゃう」
「コナツ! ちょ、大丈夫!?」
湯船の中で、コナツがしがみついてきた。
「……」
コナツの返事がない。だが、倒れてしまわないように必死でヒュウガに抱きついていて、当然ヒュウガは興奮しながら、
「うっわ、これは燃える! 座位以外でコナツがしがみつくのはのぼせたときか!」
見当違いな喜びを表現しつつ、コナツを抱き上げて湯船から出た。バスタオルでくるみ、一度ベッドまで運ぶと横にする。
「少佐……」
「ちょっと待ってて」
自分のことを二の次にしていたヒュウガは、腰にタオルを巻き、すぐに冷たいタオルを二枚用意して一枚を頭に乗せ、二枚目を足に当てた。
「……すみません。更にご迷惑をおかけしてしまって……本当にすみません」
コナツが平謝りに謝る。
「びっくりしちゃった。突然言うから」
「長湯をしたつもりはないんですが……私のほうが興奮してたからでしょうか」
「湯あたりなんて病気じゃないし、大丈夫だよ」
そう言いながらミネラルウォーターを口に含むと口移しでコナツに飲ませてやる。ゴクンと喉を鳴らして飲み込むのを確認すると、
「今日はもうここで休んでいきなさい」
ヒュウガが命令口調で呟いた。
「でも……少佐は?」
「コナツが心配だからここに居るよ。一緒に眠っても?」
「当たり前です。ここは少佐のベッドですよ」
「じゃあ、隣に居ようね」
「はい。すみません、まだ頭がボーッとしていて。今日はほんとに駄目駄目ですけど、明日からはちゃんとします」
「だから、そんなに気張らなくてもいいんだって」
ヒュウガがパジャマを用意してきた。
「オレのを着せるしかないから」
と言い、自分のものをコナツに着せてやり、タオルを取り替えたりと甲斐甲斐しく世話をしている。
「やっぱり大きいね」
パジャマを着せて、ヒュウガが笑う。
「悔しいですけど」
今まで何度かヒュウガのシャツを借りたことがあるが、その度に躯のサイズの違いを思い知らされる。
「そのうち大きくなるよ」
「それならいいんですが」
「オレが見上げるくらいになっちゃうと困るけどね」
「そうですか?」
「だってコナツに見上げられるのって楽しいもん」
「どういう意味です」
「可愛いから」
「またそれですか」
「うん」
「どうしようもありませんね」
「あれ、怒らないの?」
「……私、眠くて」
コナツが感情的にならないのは、睡魔に襲われているからだった。目はうつろで、とろんとした表情になり、ぶかぶかのパジャマを着た子供が眠いのを我慢しているようだ。
「いいよ、眠っても」
「こんな失態、今日だけは……許して下さい」
コナツはコロンと横になるとすぐに目を閉じた。そして目を閉じたまま、
「おやすみなさい」
と言ったのだった。
「駄目だ、可愛すぎる!」
ヒュウガが悶えていた。
「いいねぇ、退屈しない部下が居るってのも」
折りしも今日は週末、明日は仕事が休みなのだ。朝寝坊しても誰にも咎められない。どちらが先に目覚めるか、賭け事でもないのに楽しくなってしまう。

夜が明けるまで、あとはわずかな時間しか残されていない。

精魂尽き果て上司の隣で無防備に夢を見ている部下だが、その部下を見守る上司は、目の前の相手が愛しくてたまらないようで自然と笑みが漏れ、そして何度も髪を撫でている。
いたずらに指を絡めてみれば眠っているコナツがかすかに握り返してきた。
「いい子だねー」
コナツが聞いたら子供扱いするなと目を吊り上げそうだが、童顔なコナツには、この扱いを咎めることが出来ない。
「何度でも言うよ。魂の半分はアヤたんに預けてるけど、お前にはオレの背中を任せてる。だからオレを超えるくらい強くなって」
幾度も紡がれる永遠の想いが、甘やかに二人の絆を深めてゆく。


朝になって先に目を覚ましたのはコナツだが、最初に手を繋ぎ合っていることに驚き、そして嬉しく思った。
「これじゃあ動けないけど、私もまだ起きられそうにない」
今日が休日でよかったとしみじみ思う。
「少佐ってうつ伏せで寝る癖があるんだ」
今まで何度も寝相を見ているが、その確率が多いことに改めて気付く。
「なんだか子供みたい」
普段自分が子供扱いされているせいで、仕返しをするつもりで呟いても、
「なーんて、少佐には勝てないけれど」
仕事から逃げる上司を叱咤することはあっても、自分が唯一生きる術として磨いてきた剣の腕を買われたことに恩義を感じるし、いつか越えてみせると誓った剣技においては、迫真的な殺陣など真似も出来ないと思っている。コナツも相当強いが、ヒュウガは圧倒的だ。
「それにしても、私が駄目駄目だと、やっぱり少佐は優しくなるような」
昨夜のあれこれを思い出してみると、コナツが弱ればヒュウガは途端に世話焼きになる。ああ見えて結構マメなところがあるのかもしれない。
「ちょっと駄目部下になってみようか」
コナツが頑張ろうが無能になろうが、ヒュウガは相変わらず仕事をサボってやると明言しているが、躯が弱り、蒲柳の質になればヒュウガは豹変する。
「一日だけ、いや、一回だけ、疲れて仕事出来ませんって言ってみようかな」
恐らくヒュウガは何らかの手を打つだろう。しかし、
「無理。何だかんだで私はこの人に尽くしたいんだ」
それだけ呟いて、コナツは再び目を閉じた。
上司が寝ていて、手が繋がれたままになっているからといって二度寝をするのは、これが最初で最後、たった一度きりだと思いながら──

多分、次に目覚めたとき、こんな朝なら週末ごとにあってもいいとヒュウガに説得されそうである。


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