休日の過ごし方 A


 ヒュウガには最近になって対処に困る悩みが出てきた。
 それは自分自身の責任による自業自得の極みではあったが、被害がなければ普段はあまり考えないようにしていたし、たとえ気懸かりだと思っても適当にやり過ごしてきたことだった。
 だが、クロユリに念を押すように言われて、とうとう放っておくわけにはいかないと悟ったのだ。
”コナツの顔つきが女の子のようになっている”
 気になっていたコナツの変化は、クロユリだけにとどまらず、他の部署にもかなり影響を及ぼし始め、ヒュウガにはほぼ毎日或る問い合わせが舞い込むのであった。それは……。
 以下、ヒュウガの独白である。

 オレには最近になって周りから”或ること”についてよく聞かれることが多くなった。周りと言っても2〜3人じゃない。片手では足りず、むしろ二桁を超えてる。
 その内容というのは参謀部の内密な情報や軍の動きなんかの機密機構というよりも、実はコナツのことだった。そう、コナツはオレのベグライターだから、オレに聞くのが早いとばかりにコナツについて色々聞かれるようになってしまった。

 ええと、まず何から話そうか。

 軍ではオレたち幹部にはベグライターが付く制度になっていて、ほとんどの幹部には新人の補佐が付いている。年齢は士官学校を卒業したばかりの若い子から、成人して中途採用で軍に入ってきた新人など、それなりに幅はあるけどベグライター試験に合格すれば幹部補佐になれる仕組み。
 コナツは士官学校を首席で卒業したから、その年に要塞に上がってきた子たちの中でも、一人だけ実力が抜きん出てたし、ブラックホークに呼んだオレとしてはコナツをそばに置くのが当たり前だと思っていた。あの子を狙っていた幹部は結構居たんだけど、先にオレが目をつけてコナツも納得してオレの補佐につくことになったんだ。
 オレの下で働くってことがどんなに大変か分からなかったから当初は目を丸くしてばかりで初々しかったのに、今は逆にオレが怒られまくってコナツのほうが手加減なしなんじゃないかと思うことも多い。まぁ、それはオレが悪いから仕方ないんだけどね。
 そんなわけで今のコナツは十二分に鍛えられて、そろそろ一人前として扱ってもいいくらいの経験を積んでいる。年齢的には若いから補佐としてまだまだ勉強して貰わなくちゃいけないけど、それでも卒業したばかりの頃よりはだいぶ男らしくなったし、元々剣の腕は確かで才能もあって、誰よりも努力をしてきたから戦力としては申し分ない、まさに期待の星。だから、オレとしてはこの子を育てていきたいっていう思いでコナツをブラックホークに入れた。
 コナツは当時の卒業生の中でも一番ってことだけで目立つ存在で、コナツに言わせれば「自分は大人しかった」らしいけど、リサーチによれば喧嘩っ早いところもあったとか? 他の同級生とは一線を引いてた部分もあったみたいだけど、成績が優秀な子は当然軍部からの注目もハンパじゃない。オレも名前は知ってて卒業時にブラックホークに志願したのも知ってた。
 でもコナツはそれだけじゃなくて別な意味で目立つ子でもあった。要するに、見た目と腕のギャップ。まさに軍人らしからぬ容姿で、とにかく線の細い綺麗な子だった。こんな子が首席? と首を傾げたし、疑いもした。顔とか見た目だけだとアイドル雑誌に出てきそうだと思ったね。
 初めて手合わせをしたときは中々の腕前だったけど、オレが驚いたのはその根性だった。性根だよ、性根。いまどきこんな子がまだ居たんだって感動したほど、しつこいくらいにしつこくて簡単には根を上げない。外見とは裏腹な体育会系で諦めるってことを知らなかった。むしろ、こっちが止めても喰らいついてくるまさに肉食系。うん、何回も言うけど、見た感じは草食系っていうかアイドル雑誌の表紙を飾りそうな感じの子だけどね? 中味は全く違ってた。その様子を見て、この子なら例え黒法術が使えなくてもアヤたんの下で働いてくれそうだなって思ったの。コナツなら間違いないと一目見た時から直感で来るものがあって、今でもオレの勘は正しかったと自信を持って言える。
 挨拶も礼儀もきちんとしてて年齢にはそぐわない素直さを持っていて気が利く子。デスクワークは嫌がらないし会議に出るのも苦にならない。まさにオレにとっては原石を見つけたように誇らしくて。オレが仕事をサボるからだいぶストレスも溜まってるみたいだけど、それも仕事のうち。軍人であればストレスと無縁の生活なんか望めない。コナツはまだましだと思う。直接の上司であるオレはともかく、アヤたんはああ見えて部下には優しい。だけど軍の偉い人たちはもっとムカつくよ。嫌な上司は掃いて捨てるほど居る。アヤたんなんかその犠牲になりっぱなし。見てると可哀想なくらい。
 何よりも忍耐力がなければ軍ではやっていけないからコナツには色々と耐えてもらわなくちゃいけない。耐えるだけじゃなくて苦境逆境を乗り越える力を身に付けてほしい。特にブラックホークでは。コナツにはもっともっと苦労してもらわないといけないんだ。
 コナツはとっくに気付いているけど、ここに居る間はただのベグライターであっては困る。単に補佐するだけの新人部下じゃいけない。本当に色んな意味で強くなってもらわないと駄目なんだ。だからオレはコナツに沢山のことを教えていかなければならないと思って、そうしてきた。コナツは若いし利口だから教えたことをすぐに吸収する。そして倍の知識をつけて更に成長してくれる。戦う術も完璧なまでに腕を上げていて一人で何処に出しても危惧することなく任せられるようになった。オレの背中を預けてもいいって思えるのはコナツだけだし、他にそれにふさわしい子は後にも先にも出てこないと確信出来る。
 ここ数年の間、そうやって育ててきて、コナツはオレの自慢の部下になった。でも……。

 抱いたのは誤算だったか。

 前置きが長くなったけど、オレの悩みはここから始まる。
 そう、コナツを抱いたこと。
 躰の関係を持ってから歯車が狂ってしまったのかな。……なんて言うと大袈裟だけど、別にコナツとの関係がぎこちなくなったとか退化してるってわけじゃない。全くない。むしろ逆。なんていうかラブラブ? 心も躰も通じ合ってる、みたいな? オレ自身はコナツ抱いて良かったって思ってるよ。だって抱きたくなるもん、あの子。値千金、類稀な躰してるんだから抱かないわけにいかないじゃん。ほんと、男にしておくの勿体無いけど本人は誰より男らしいと思ってるから、それも認めてやりたいけど実に口惜しい。と本人に言えば凄い形相で怒るんだけどね。可愛いとか綺麗って言うと本気で怒る。そう言われて嫌がるのが、おかしくてね。でも、コナツみたいに童顔で綺麗な子ってほんとに居るんだなぁって感動する。こんなこと言ってる今でもコナツをベッドに誘いたくてウズウズしてるよ。
 ん? なんかコナツ自慢してるよね? こんなの悩みじゃないし? そうだ、ついうっかりコナツの自慢をしちゃってるけど、オレが困ってるのはコナツがあんまり可愛いから、それを知っている……いや、知りたがる人が他にも居るってこと。
 つまり。
 オレにも軍には知り合いが沢山居る。ブラックホークは秘密部隊でもあるけど会議には出るし前線にも出る。だから顔も名前も知られる。黒法術師であるオレたちが強いってことは知られてるから、それを嫌悪する者も居れば、賛同する者も居るわけで、ブラックホーク以外にもオレには親しくしてくれる軍人が沢山居るんだ。
 そんな知り合いのやつらとは情報交換したり、たまに冗談を言って気晴らしをしたりで、ごく普通の仲を保っている。でも最近、こぞってそいつらから同じことを聞かれるようになった。
 その質問がコナツに関することだ。
 内容としては「新人の頃よりだいぶ精悍になって成長した」とか「あの元帥の息子がかなり懐いてるらしい」とか、そういうことならまだいい。最初のうちはそんな当たり障りのないことを聞かれて適当に答えてたけど、彼らの本音はそれだけじゃない。もっともっと邪なこと。それが、

「コナツと寝たのか」

 ということだった。
 こんなこと聞かれてオレは何て答えればいい? 開き直って「そうだよ、毎晩のように抱いてる、物凄く抱き心地がよくて、あの子は最高だ」って? まさかそんなこと言えないでしょ。だからオレは「何言ってるの」ってごまかす。ごまかすさ、そりゃ。下手なこと言って変な噂になったらそれこそ大変だもん、アヤたんに死刑にされちゃう。
 はじめ、オレは何でそんなことを聞かれるようになったのか分からなかった。軍でベグライターと関係を持つのが流行ってるのかと思ったけど、そんなことないだろうし、たとえあっても口に出すはずもない。
 だけど、コナツがあいつらの目に止まったのは、実力が著しく上達していることで注目されるようになったのと同時に、日々小奇麗さが増してるから不思議に思われたせいだった。要するに皆はオレが可愛い子をそばに置いて手を出してんだろって邪推してるわけ。
 いや、全くその通りで異論も反論もございませんってな感じなんだけどね。
 オレがもっとごついベグライターを連れてくればこんなことにはならなかったのかと思うけど、やっぱりオレは可愛い子が好きだし。
 でも「寝たの?」「ヤッたの?」ってしょっちゅう聞かれるのは困る。返答に困る。ごまかすのも限界。ひたすら知らない振りをしてるけど、そろそろバレるのも時間の問題だってのはあながち冗談じゃなくなってきた。なんでかって、この飛び火がコナツ自身にいっちゃったら元も子もないから。だってコナツが直接誰かから「上司と寝たのか」って聞かれたらどうなるよ。もうお仕舞いだよ? 聞かれたコナツは、きっと顔真っ赤にして俯くとか言葉に詰まって挙動不審になったりで、図星ってことが知られてしまう。そうなったら最後、「少佐にいやらしいことを教え込まれて色気づいた」ってことになっちゃう。まぁ、事実には変わりないけどね、でもやっぱりバレたらマズイだろ。
 だから、暫く軍内では鳴りを潜めておとなしくしていようと思った。人の噂もなんとやらで、勝手に騒いでもらって、飽きればそのうち違う話題に食いつくだろうと思うし。
 でも。
 今朝の会議で、コナツはまたしても有能な補佐っぷりを発揮してくれて、オレらはかなり目立ってしまった。
 オレはコナツを会議に連れてくるんじゃなかったと後悔した。
 大きな会議がある時は幹部が椅子に座って、その後ろで各自のベグライターが控えていることが多い。実際、オーク元帥には数人のベグライターが居るから会議の時には常に最低二人は後ろに立っている。
 で、今回コナツが同席……っていうか、会議についてきてくれたからコナツはオレの後ろに居てくれたわけだけど、他のベグライターは大体ボーッと突っ立てるだけで突っ立ってるのが修行と言わんばかりに会議が終わるのを直立不動で見てる。
 けど、コナツは違ってた。
 この会議は途中退席や私語を許可されていたし、発言も有りってことで事務職が向いているから、しっかりメモを取ってて議事が進むたびにオレに分かりやすいように先回りして書類をめくって重要事項をチェックして、オレが聞き逃すと耳元で教えてくれたり、オレが疑問に思ってることを言わずとも察して解釈してくれて。
 これが有能じゃなくて何ていうよ。
 オレがふんぞり返っていられるのは、まさにコナツのお陰で、命令したわけでもないのに懸命に尽くしてくれるから。
 ね、オレが選んだだけあっていい子でしょ?
 なんていう自慢も会議中はオレの心の中での呟きで済んだけど、事態は会議が終わってから進展していった。
 コナツの仕事っぷりを見ていた知人たちが「実に優秀だ」とコナツをベタ褒めし始めたわけ。何故オレにここまで尽力するのかと不思議でしょうがないらしく、しつこいくらいに聞いてくる。こんなに上司に尽くす部下も珍しいとか、コナツのオレを見る目がほかとは違うとか言い出したヤツも居て冷や汗が出た。
 オレはコナツを連れてくるんじゃなかったと後悔した。
 一緒に居るところを見られるたびに、どうやら周りには「イチャついている」ようにも感じるみたいで、しまいには「コナツ君はヒュウガ少佐の何処がいいんだろう」なんて失礼なことまで言われてしまった。なんだよ、それ。コナツがオレに惚れてるのは、オレがいい男だからで、つまり……。なんてことは言わずに、ひたすら「いい部下」発言をし続けた。そして、なるべくおかしな方面にいかないように話を逸らす。
 ほーんと、大変。
 で、今朝のクロたんの言葉といい、コナツがやたら艶めいてきたのは完全にオレのせいだと、やっと分かって、オレは暫くコナツには手を出さないようにしようと本気で思った。
 そうだよね、よく考えれば毎晩のように抱かれて女の子みたいに啼いてたら顔つきも躰つきも何となく変化していっちゃうものだよね。だけど、コナツは出逢った頃よりずっと男らしくなったんだよ。……まだ線は細いけど……顔の輪郭も丸くて……ちょっと幼いけど。年の割りには目が大きいから? 顎が細くて、顔が小さくて……金髪だから?
 やっぱりコナツがいかにも男ー! むしろ漢!! っていうふうには見えないからいけないんだと思う。なんてコナツに責任転嫁しちゃ駄目? だってほんとに可愛い部類に入るんだよなぁ。本人は全然そう思ってないし、可愛いなんて言ったもんなら本気で嫌がるんだけどさ。

 とにかく、オレは当分コナツには手を出さないと決めた。本気で。本気の本気で。しばらくほとぼりが冷めるまで抱かない。そして様子を見る。それが一番だと思うんだ。コナツにとっても平和な日々が過ごせていいんじゃないかと思うんだけど。いや、オレが仕事さぼるうちは駄目か。

 オレはコナツを漢にするために対策を練ることにした。一世一代の大仕事だけど、やるだけやってみようと思う。

 以上、オレの真剣で深刻な悩み独白を終えようと思う。

 こうしてヒュウガは現在、コナツに関する悩みを抱えていて、コナツ本人に知られることなく自身で解決する努力を重ね、数日、真面目に仕事をこなしてみたり、却って不審に思われるくらいにヒュウガは似合わないほど勤勉になっていた。もっとも、その姿はコナツには週末の賭けに勝つための冷静な作戦に見え、コナツはヒュウガの困惑とは真逆に頼もしく思っていたのだった。

 そして休日を迎える前、その夜のことである。
「少佐、明日は早起きして下さいね?」
「えっ、ああ、明日ね」
「迎えに参ります」
「うん、もし寝てたら起こして」
「……それは構いませんが、起き抜けに勝負出来ますか?」
「やだな、オレは寝ててもコナツに勝てるよ」
「!」
 あながち冗談ではないとコナツは構えた。
「コナツも本気出すんだよ?」
「当たり前です!」
 たかがゲームである。そしてスポーツである。公式試合ではなく休息を楽しむために計画したのであり、血みどろの展開になることはないが、勝負という言葉を聞けば真剣にならざるをえない。コナツもここのところは食事にも気を遣い、睡眠も十分にとるように心がけていた。
 本来、コナツはこうやってごく普通に規則正しく過ごすのが好きなのだ。日々鍛錬と努力を重ねることに喜びを見出す真面目な青年である。ここにほんの少し遊び心を加えてゲーム感覚でスポーツを楽しむのもいい。だから、今回ヒュウガが勝負に乗ってくれたことには感謝しているし、失礼のないように臨むつもりでイメージトレーニングも完璧にした。生まれ持つ勝気な性格は、遊びのゲームならば、いまだかつて勝利したことのない上司にも勝てると思っていた。
「コナツも明日は無理のないようにして。でもオレは負けないけど」
「私もです!」
「コナツ、実は秘密の特訓してたとかじゃないよね」
「それはありません。そんな時間もないですし」
「ほんとー?」
「少佐こそ、奥の手があるとか」
「ないない。正々堂々といくよ」
「分かりました、楽しみにしてます!」
 そう言って笑ったコナツの顔は、やはり極上に可愛いかった。ヒュウガは慌てて目を逸らして違うことを考えようと必死になる。
 先はまだまだ長い……と苦笑が漏れ、それでも、たまにはこんな関係もいいのではないかと思えるようになっていた。

 そしてその当日。
 スポーツマンシップにのっとり……という宣誓はなかったが、ヒュウガの心意気は中途半端なものではなかった。
 コナツを爽やかな青年に戻すため、徹底してスポーツで躯と精神を鍛えることを誓い、絶対に夜のネタは出さないようにした。いやらしく迫ることもしない、セクハラのように躰のどこかを褒めることもしないと頭の中で自分に言い聞かせた。
「よし、完璧」
 そう独り言を呟いてしまうほど、ヒュウガは気を遣っていたのだった。
「何が完璧なんですか?」
 隣に居るコナツに見上げられ、
「えっ、体調だよ、体調!」
 慌ててごまかすが、会話の流れとしてはおかしなところはない。だが、大きな目で見上げられ、その可愛らしい顔を見た途端、抱き締めたくなってしまう。
「私もですよ! 最近は少佐も真面目に仕事をして下さるのでストレスが半減だし……目が回るほど忙しいのはいつものことなので良しとして、体調はバッチリ整えました!」
「そう? いいことだ。顔も生き生きしてていい感じだね」
 毎晩のように抱き続けて泣かせることもない、無理をさせることもないから当然だろう、コナツは爽快な笑顔を見せていた。
 ほどなくしてバッティングセンターに着いてからジャージに着替えたが、コナツは新しいジャージを新調していて、全体を白で統一していた。
「普段黒い軍服姿ばっかり見てるから、白いの着てると新鮮だねぇ」
 着替えの最中にそんなことを言ってみるが、途中でハッとして、これは下ネタに入るだろうかと慌てる。
「そうですか? なんか着慣れないって気はしますが、少佐もどうです?」
「オレ? オレが白着るの? 似合うわけないし」
「でも、パジャマは白いのが多いじゃないですか」
「寝るときくらいはさっぱりしたいもんねぇ」
「うーん、普段はサングラスじゃなくて、普通の眼鏡をすればどうでしょう。少佐は沢山眼鏡をお持ちなので、たまには掛け替えてみては?」
「えーっ、オレはシャイだから素顔見られるの嫌でサングラスしてるんだからさぁ、眼鏡好きだから色々買っちゃうけど、やっぱりコレじゃないと落ち着かないんだよね」
「シャイ……」
 コナツが返答に困っている。困っているというよりは明らかに不審な目を向けていた。
「なんか文句ありそうだね。ま、サングラスかけてる理由はコナツも知ってるでしょ」
「ええ。ただ、こんな時は違う装いもいいのではないかと思っただけです。少佐は眼鏡を集めるのが趣味ですし、それを生かしたらいいのに」
 ヒュウガの趣味は眼鏡コレクションだ。同じサングラスは幾つも持っているし、それだけでも相当な数であるから立派なコレクションと言ってもいい。だが、躰の一部とばかりに刀とサングラスは肌身離さず身に付けていて、まるでヒュウガの代名詞のように、その二つはヒュウガにとってなくてはならないものになっていた。
「そうだねぇ、たまに違うの掛けてみるかなー。アンダーリムだったら少しは頭良さそうに見えるかも?」
「……」
 アンダーリムとは下部にリム……つまり、下のほうに縁がついているタイプのものだ。
「そういえば教会の司教に居ましたよね、そういう眼鏡を掛けている方」
「ああ、繋魂だったかな」
 少しだけ仕事の話になり、途端に真剣な表情になってしまったのは不可抗力で、二人は黙り込んだあと、
「やっぱり少佐にはサングラスです」
 知的な眼鏡は似合わないと言いたげにコナツが口を切った。
「オレに合わないって言いたいんでしょ、ツーポイントとかさぁ」
 ツーポイントとは縁無し眼鏡のことである。それに、眩しい光は苦手だ。闇がいい。アヤナミが闇を好むように、光のないところでも平気で生きていける。だが、アヤナミの好きな色が白だと知っているし、その理由も知っている。だから、自分も白は好きだと言いたいが、柄ではないと思う。
「前にピンクの縁のサングラスどうかってコナツに薦められたことあったけどさ。本気でオーダーしようと思ってたんだけど」
「えっ、無理ですよ」
「それがいいって言ったのコナツじゃん」
「ですから冗談です。どうしてそういう有り得ない冗談を本気になさるんですか」
「だってよく考えれば可愛いデザインじゃん?」
「はぁ」
「可愛いもの好きだし」
「好きなのは勝手ですが、似合うかどうかは別問題です」
「いいの、似合うの!」
「そういうことにしておきましょう」
 大人の対応をしたのはコナツである。
「まぁ、いい。言い合いすればオレが負ける。というわけで勝負のルールは?」
 ヒュウガはコナツの気の強さを知っていて剣の腕ならば負けないが、口論では勝ち目がない。ヒュウガも口巧者のように言い返すことは出来るが、最近はコナツの正論を貫く口ぶりには適わないのだった。
「ミスが多いほうが負けということでいいのでは?」
「そうだねぇ、打てなかったほうが負けってことで」
「とりあえず最初の調整は普通にやって頂いて」
「いや、必要ないよ。本番いっちゃっていいから」
「……」
 準備運動もせず、目隠ししたまま合図もなしに突然にマシンから出てくる剛速球が打てるというのか。
「ああ、コナツは一度練習したほうがいい?」
 そう言われて一瞬言葉に詰ったが、
「いえ。私も大丈夫だと思います」
「へぇ」
 コナツもただでは起きない性格である。まだ勝負が始まらないうちから決闘に挑むような目をしていて、上司であるヒュウガは一人ほくそえんでいた。
「そんじゃ目隠しいきますか」
「え、もう!?」
 さくさくと事を進めようとするのをコナツが驚いて見ている。
「うん、イケるでしょ」
「……はぁ」
 ヒュウガはタオルで覆って縛ると、間を置かずにバットを持ち、
「そんじゃ始めよう」
 速やかに打席に移動する。まるで辺りが見えているような動きだった。
「コントロール調整がまだですが」
 念のためそう言ってみると、
「適当にパネル操作していいよ、ちなみに速球は200キロでね」
「200……!」
 確かにこのバッティングセンターは、球速が売りの場所ではあるが。
「ホームラン打つのが目的だよね。空振りはアウトってことで。シングルヒットは?」
「無しです」
「二塁打と三塁打も?」
「ええ。ホームランだけ有効にしましょう」
「了解。じゃあ、標的をホームランのみに設定して。当たったら何か貰えるかもよ」
「そうですね。では設定します」
 コナツがコントロールパネルをいじっている。
「うーんと、このマシンはワンゲームの投球数が26?」
「そうです」
「じゃあ、26連続ホームラン打っちゃおうね」
「……」
 ヒュウガは有言実行の男である。そして狙ったものは絶対に外さない。
コ ナツは自ら無謀な勝負を挑んだのに、余りにも堂々としている上司の姿を見て戦慄さえ覚えた。
 違和感なく打席に立つヒュウガだが、二人ともこういった訓練に慣れているため、見えなくても或る程度の移動は出来るし、行動も可能だ。戦闘においてどんな条件下でも剣を振るうのがブラックホークの能力の高さだった。暗いから、寒いから、不安定な場所だから出来ない、戦えないというのでは話にならない。暗闇の中でも白兵戦……白兵戦とは刀剣を用いて戦う接近戦のことをいうのだが、それをこなすのが彼らの実力の賜物である。
 視界がなくても、その場の空気を感じ取り、音や熱を感知する。その鋭い嗅覚、聴覚は鍛え抜かれた軍人としての適性価値を備えていた。
「んじゃ、スタートして〜」
「分かりました。では始めます」
 コナツがボタンを押した。
 ピッチングマシンから飛び出てくる200km/hの魔球を、まずは一打目、難なく標的へと打ち飛ばした。何も見えていないのに一般人からすれば奇跡のような打撃である。
 ファンファーレが鳴り響き、
「さぁ、次々いくよ〜」
 ヒュウガは上機嫌だ。そのせいか鼻歌まで飛び出し、それだけにとどまらず冗談を交えてコナツを笑わせようと会話まで弾む。
「少佐、楽しそうです」
「だって面白いもん」
 そう言いながら10連続のホームランである。
「野球選手になれるのでは」
「いやいや、ちゃんと球場でやるのと施設でやるのとは違うからね」
「確かにそうですが、少佐ならすぐに体得しそうです」
「うーん、スポーツはスポーツでも団体戦は向いてないねぇ」
「あ、それ分かります。少佐の場合、いつの間にか居なくなってそうです」
「でしょー?」
 15連続の記録更新だ。
「本当に見えてないなんて嘘のよう」
 コナツが感嘆として呟いた。その眼差しは昼間の怠惰な姿からは想像も出来ない上司の天才っぷりを見せ付けられて、惚れ直していると言ったほうが正しい。
「まぁ、見えないけど、感じ取ることは出来るから。マシンが単調だから助かる。これが不規則だったら大変だったかも」
「そうですか。凄いですよ、少佐」
「わー、コナツに褒められた〜」
 ますますヒュウガが喜んでいる。
 そうしている間に26打、すべてホームランで決めてしまった。鳴り響くファンファーレが場内のBGMと化していた。
「まさかすべて打ち込んでしまうとは」
「コナツだって出来るよ」
「どうでしょうか。それにしても本当に凄いです、少佐」
 本当は見えていたのではないか、覆ったタオルの隙間から覗いていたのでは、という疑いはない。そこには二人だけの信頼関係が成り立っていて、嘘もごまかしもない真剣勝負にしたいという熱い誓いが在った。
「次、コナツの番だよ」
「はい」
 コナツはヒュウガからタオルを受け取り、自ら目隠しをした。ヒュウガと同じように最初から視界を遮り、上司に倣い、人技とは思えぬ方法で挑もうとする。
「頑張って。一度でも外したら、そこでアウトだからね」
「……はい」
 声がわずかに震え、心なしか肩に力が入る。
「大丈夫だって、出来るよ。はい、深呼吸」
 そう言われて、ふぅと息を吐き、
「ええ、やってみせます」
 口元に笑みがこぼれた。だが、コナツは実践で前線に出るときより緊張していたのだった。

 果たしてその結果は……。


to be continued