「ああ、最近は実践が少ないので躰がなまってしまいます」
コナツが椅子に座ったまま大きく伸びをして背中を伸ばした。 「オレも人を斬ってないから物足りない」 ヒュウガは机に向かって退屈そうにしている。 「でも、仕事は溜まってますよ?」 机の上に積まれた書類を指して呟くと、 「何の話? オレには何も見えないけど」 自分が遠視なのを理由に知らない振りをする。 「サングラス、掛けていらっしゃいますよね?」 コナツがにっこりと笑った。 「事務仕事も大切な仕事です。それらの書類は今日中に処理をお願いします」 そう言われてヒュウガはぐったりとしたまま、 「もう飽きた」 一言言い放った。 「まだ何も手をつけてないですよね?」 コナツの声音が少しだけ低くなる。 「怖いなぁ、いくら運動不足だからって苛々してたら狼に攫われちゃうよ?」 「は?」 「しかも、なんだって怒った顔がそんなに可愛いんだか。ライオンも黙っちゃいないね」 「あの……意味が分からないんですが」 「えっ、分からないの? 要するにコナツが魅力的だってことさ」 「ますます分からない」 「仕事も出来るしー、有能だしー、優秀だしー」 「褒めてごまかそうとしていませんか? 書類整理はご自分でなさって下さいね」 「ちぇーっ」 拗ねるヒュウガを見てコナツは席を立ち、しばらくしてから熱いコーヒーを運んできた。 「今日は大佐がいらっしゃらないので美味しいおやつはありませんが」 そう言ってタンブラーを手渡す。 「こういうところがねぇ……」 よく気が効くコナツは、このまま嫁にもらってしまいたいくらいだ。女であればすぐに婚約を交わし、時機を見て籍を入れるだろう。そこでヒュウガは自分の苗字とコナツの名前がマッチするかを真剣に考えていた。 「どうされました?」 黙り込んでいるヒュウガの顔を覗き込む。 「えっ、あ、重要なことを考えていたんだ」 「もしかして明日の会議のことですか?」 「会議? 何ソレ」 仕事の話になると知らぬ存ぜぬになってしまう態度に呆れながらも、 「今朝、大佐からお知らせがあったでしょう。幹部は全員出席ですよ。私もお供しますか?」 明日の朝早くに行われることになった会議は幹部に召集がかかったもので各自のベグライターの付き添いも許可されていた。もちろん、必要がなければついていかなくてもいいのだが、 「むしろコナツが出てよ」 自分が欠席する勢いだ。 「少佐? お偉方が集まるところに私が出られるとでも?」 「オレの代理ってことにすればいいんじゃない?」 「その適当な性格をどうにかしてほしいものです」 コナツはあくまでも独り言を呟くが、 「オレが出るよりコナツが出たほうが華があっていいよ」 「あのー?」 会議に華など必要なものか。 コナツは内心毒づきながら引きつり笑いを繰り返していた。 「とにかく、私がお側におりますので、会議には出席なさって下さいね」 「もぉ、コナツちゃんったら上手いねぇ」 「何がです」 「オレをその気にさせるのがさ」 「そうですか? 会議に出る気になりましたか?」 「うん」 「……子供みたいですね」 「そっかな? 躰は大人なんだけど」 「はい、十分に理解しております」 こうしてよく分からない会話が数十分続けられ、コナツがタイムロスだと気付いたときには、更なる量の書類が参謀部に届けられていた。 「……判を押すだけならシュリにも出来るか」 コナツは参謀部の印鑑を手に持ち、窓際でスズとユキと遊んでいるシュリに向かって歩き出した。 「あ、どこ行くの」 ヒュウガがコナツを目で追う。 「シュリを呼んで来ます」 「なんで?」 「なんでと言われましても……仕事をさせるためです」 「すぐ戻る?」 「はい?」 ほんの数メートル離れた場所に行くだけであるが……。 「遠くへ行っちゃやだよ」 「何を仰るんです。まるで母親が離れると泣き出す赤ん坊のようです」 「赤ちゃん? そっかな? 躰は大人なんだけど」 「ですから、分かっています!」 コナツはムキになって言い返した。同じような会話の繰り返しや、ヒュウガが子供のようになっていることに対して怒りを覚えることはない。全くないのだが、躰は大人だと主張するのがいけなかった。言われなくても分かっていると答えたのは、ほぼ毎晩のように求められているからだ。折角仕事に集中しようと思っていても、昨夜の熱い愛撫と自分でも信じられないような痴態を晒してしまったことを今更思い出し、顔が赤くなる。 コナツは足早にシュリを呼びに行き、仕事を言いつけた。シュリは暫くコナツに何かを言っていたようだが、コナツに小突かれて嬉しそうに屈託のない笑顔を見せていた。シュリは本当にコナツに懐いていて、コナツの言うことだけは聞くのだった。それは軍内でも瞬く間に噂になり、元帥の息子を扱えるのはコナツだけだと言われるほど、評判になった。 火照りを冷ますかのように双子のスズやユキと片言会話し、コナツはゆっくりとヒュウガのもとに戻った。 「ところで少佐、種類が片付いたらお時間を割いて頂けませんか?」 コナツが口を切る。 「どうして?」 「手合わせをお願いしたくて」 「ああ、躰がなまってるしね」 稽古である。 コナツがヒュウガに仕えて数年、いまだ剣では上司を越えることは出来ない。いつか必ず越えてみせると固く誓ったものの、目標は遥か遠く、高いところに聳えているのだった。それでもコナツは十分に強い。士官学校時代は誰にも負けたことはなかったし、現在も実践に出れば負け無しである。コナツの強さは軍の中でも上位に値するのに、それでもヒュウガにだけは適わない。 「宜しくお願いします」 コナツが真剣に頭を下げると、 「でもなぁ、そろそろオレも本気出さないと勝てなくなってきちゃうかもなー」 部下の上達っぷりと自慢するように呟く。 「そうですか?」 「なんてね」 「もう!」 「じゃあ、仕事早く片付けちゃおうか」 「はい!」 珍しくやる気になってくれた上司の姿が何よりも嬉しかった。これで書類を3枚眺めただけで飽きてしまわないように、見張っていなければならないが、ヒュウガはきっちりと仕事をこなして約束を守ってくれたのだった。 夕刻に文書整理が終わってから二人は秘密の特訓場所へと移動した。初めて出逢った思い出の場所である。稽古をするときは軍の施設を使うより、ここに来るほうが多い。 黙想したのち、礼のあとで蹲踞するわずかな時間が好きだった。ヒュウガの稽古は学校で習った実技とは一風変わっている。コナツは今でもヒュウガが教官であれば、生徒の実力も格段にアップするだろうと思っている。何度かヒュウガに士官学校に臨時で教鞭を執りに行くことを勧めたが、「オレが人にものを教えるなんて無理」と笑われてしまった。それはそうだと認めたが、ならば何故自分にはこんなに真摯に接してくれるのだろうと思うと、湧き上がるものを感じずにはいられない。喜びと優越。だが、それらに甘んじては上達の道は閉ざされる。コナツはいつも初心を忘れないようにした。 間合いを詰めようとする緊張感に包まれると、昂りを覚える。それが武者震いなのか畏怖なのかは分からないが、そのどちらでもあるような気がした。この感覚を同時に得られるのはヒュウガと剣で向かい合うときだけだった。 「おいで」 ヒュウガが寓目した。垣間見せる修羅の顔は、このときにしか見られない。戦いの時でさえ薄ら笑いをしているヒュウガである。コナツだけが誘誨される特別な時間は、ほんの一瞬が幾千代にも感じられるような、他とは違う卓絶したページェントだった。 「はい。では、私のほうから参ります」 フェイントで踏み込んでも、小振りで突き進んでも片手で刀を持ったヒュウガに塞がれる。刀を振り下ろして当てただけでも、相手の重みが跳ね返ってくるのだ。躯幹の逞しさを知っているコナツは、力でも圧倒的な差を思い知らされる。 「少佐はそんなに大柄というわけではないはず」 187センチもあれば十分に大きいが、化け物のような大男ではない。 「うん? どうして振り下ろしたほうに圧力がかかるのか不思議?」 「はい。ザイフォンですか?」 「いやいや、素でやってるよ」 「なら、どうして」 「そうだね、特別に力の預け方を教えてあげよう」 日々、教導されることがある。学んでも学んでも尽きない。 気が付くと、とっぷり日が暮れて夜の帳が下りても続けている。夢中になっているコナツは、暗くなっていることにも気付かない。ヒュウガは極度の遠視から光に弱く、闇のほうが落ち着くのだが、サングラスでは夜の視野が不都合になる。それでも力が劣ることはなく、目を閉じていても戦うことが出来るのだが。 「はい、今日はここまで」 「まだです!」 「えーっ」 「まだ!」 反射的な反応である。稽古をしているといつもこうなってしまい、逆にヒュウガのほうが手に負えなくなる。 「ねーねー、まだ、もっとっていうのはベッドの上で言うもんでしょ?」 「……あれ?」 茶化されて正気に返ったコナツは、刀を下ろして呟いた。 「もう夜だったんですね」 「今頃気付くって天然?」 「すみません、お腹空かれましたか?」 「いや、別に。あ、カツ丼は食べたいかな」 「食堂が先かシャワーが先か」 「悩むね」 「すみません」 「ほら、戻ろう」 「はい」 稽古のあとで、ヒュウガはコナツの右手に口付ける。歩きながらでも、会話の途中でも必ずそうする。それはその時の状況によって意味が変わるが、この場合は「ご苦労様」の代わりであったかもしれないし、その後の会話次第では「今夜も部屋に来なさい」となるかもしれない。 危うい雰囲気の中で、いかほどにも変化する二人の関係こそが人として生きる醍醐味だった。男も女も秩序もない、自由な世界で大切な想いを育み、味わう。もっとも、甘く優しい色恋の中で恋人ごっこをするつもりはなく、軍人としていつ命が尽きるか知れぬ身であり、それらを弁えて行動しなければ足をすくわれる結果となるから、ほんの一時、まるで何かの間違いだとでもいうように甘えるだけだ。 食堂に着いてヒュウガは幹部優先の席にコナツを座らせ、自分のそばからいっときもコナツを離すことはなかった。食事を済ませ、帰り道でヒュウガはコナツに向かって自分の隣を指差す。 「仕事じゃないから、ここに」 「はい」 コナツはいつも歩く時はヒュウガの後ろを歩く。ベグライターとして当然の行為だと思っていたが、プライベートや仕事以外ではヒュウガは横に居てもいいと許可をしている。 「コナツも背が伸びたねぇ」 横に並んだコナツを見てしみじみと呟くが、 「そうですか?」 まだまだ、ヒュウガとの差は縮められない。それでもヒュウガは昔を思い出し、 「卒業したばかりの頃よりだいぶ成長したよ」 部下の成長を楽しむように懐古するのだった。 「私は特に小さかったわけではないと思いますが」 「うん、でも、やたら細かったっていう記憶はある。よく士官学校でやってこれたもんだ」 「そりゃあ大きい人も居ましたけど、私は普通でしたよ」 「オレが見た中で一番可愛かったねぇ」 「くっ!」 屈辱に怫然としたが、思わず声に出してしまった。ここで負けてはいられないと思い、 「少佐、今度の休日に勝負しませんか?」 「なになに?」 突然に挑み始め、挑戦状か果たし状を渡すつもりで或る提案を申し出たのだった。 「あれなら少佐に勝てるかもしれない」 「え?」 「オフなので汗を流しに行こうと思っていたのですが、少佐も如何です?」 ストレス解消とは言わずに爽やかな言い回しをすると、 「もしかして打ちっぱなしに行くの」 すぐに答えを当てられてしまう。 「はい。ゴルフか野球か、テニスかどれにしようか迷ってますが」 「いいよ、野球で」 「決まりですね」 例のバッティングセンターである。 「言っとくけど、オレはコナツが何て叫ぶのか聞きにいくようなもんだけど」 「叫びません!」 「で、何を競うのかな?」 「ホームランゲームですよ。もちろん、普通にやっただけでは面白くないので何か仕掛けしないといけませんが」 「何するの」 「目隠ししてマシン打撃をするんです」 「えーっ」 「出来ませんか?」 「コナツゥ、そんなSMチックなことしたらオレ、盛っちゃうよぉ」 「……」 「いいのぉ?」 甘えたような声でにやりと笑うヒュウガを無視し、コナツは説明を続けた。 「とりあえず、球種はストレート、球速は130キロ……じゃ物足りませんよね? 特別に150まで調整して、他にストラックアウトに挑戦するのもいいと思います。すべて目隠し必須ですが」 「わぁ、楽しそう」 「でしょう?」 「今度のお休みが楽しみだなぁ」 「はい、それまで体調を整えておきましょうね」 「うん。でも、コナツは抱くよ?」 「……っ」 手を出すなと牽制したわけではなかったが、ここまではっきり言われてしまうと返答に窮する。 「私……」 どうすればいいのか分からずにいると、 「今夜ね」 ヒュウガが真面目な声で言った。 「今夜ですか? 明日は大事な会議が……」 「大丈夫、優しくするから」 「は、はい」 明日は就業時間と共に大きな会議がある。ヒュウガの後ろでサポートするつもりだったコナツにとって、今夜は早めに休みたいという思いのほうが大きかった。だが、誘われれば逆らうわけにはいかない。優しくするという口車に乗って騙されて朝まで泣かされたらどうしようかという不安がよぎったが、実際、ヒュウガは始める前から穏和で、ベッドに入ってからも一つ一つの動作がとても丁寧だった。 まだ日付けが変わる前から二人はベッドの中に居た。 ヒュウガは確かに優しかった。口付けも愛撫も声音も何もかも、昼間のぐうたらっぷりとは180度違って、まるで別人のようである。存分と前戯を施され、躰の中が疼き始め、コナツはそれまで閉ざされていた性欲に目覚めて自分が淫らになっていくのが分かるのだ。 「いい子だ、コナツ。もっとよくしてあげる。だからオレの言うことを聞いて」 「ぁ……ッ」 「そう、膝を曲げたほうがラクになるよ? もう少し脚を開いてごらん」 魔法をかけるように誘導しながら甘やかに耳元で囁き、その台詞はイントネーションも優しくて、完璧である。 「少佐、ずるいですよっ」 わずかに息を乱しながら文句をぶつけると、 「何が? オレ、手抜きしてる?」 ヒュウガは顔を上げてコナツを見つめた。 「違います、その逆ですっ」 「どういうこと」 「そんな大きな手で優しく触って、声だって、いつもはあんななのにどうして……っ」 「はー?」 「少佐って、ベッドの中だと声も変わるんですね。そんな喋り方、ずるいです」 「え、だって、最中にアホみたいなテンションだったらどうなの」 仕事から逃げるとき、アヤナミをからかうときなどは随分とふざけた声を出すが、夜は人が変わったように紳士になり、甘い声で次々と艶やかな罠を仕掛けてくる。 「ギャップがありすぎなんです」 「うーん、だからといって仕事中に色気放出してもね」 それはそれで問題だが、普段は阿呆のように振る舞うヒュウガでも、色気があることは知っていた。たまに鬱陶しくなるのか伸びた前髪を掻きあげるときも、刀を抜く行為でさえ、不謹慎ながら、ひどくいやらしく見えるときもある。 「でもね、そういう文句ならオレも沢山あるんだけど?」 「えっ」 「普段まっじめーなコナツが、抱けばこーんなに可愛いコナツちゃんになっちゃうなんてねぇ?」 「しょ、少佐! あ、ああッ」 今度は何も言わせまいと脇腹を撫で上げれば胸を反らして息を詰め、涙を溜めてくちびるを震わせている。柔らかな愛撫は倍の快楽を生み出し、これなら早々乱暴にされたほうがましだと思うほど、丁寧で、そして正確だった。 「言ったでしょ、優しくするって」 「あ……」 こんなにもゆっくりと攻められ、コナツはいつもと違う感情を覚え、そのテクニックに完敗していたが、こうも違った愛し方をされると本当の意味で中毒になりそうだ。 もともとベッドの中でも余裕を見せるヒュウガは、激しくするという行為は故意でしかない。本来はスローペースが彼のやり方であり、意地悪く攻めるのは演出である。 「もう少し時間をかけよう」 後ろがきつい。緊張しているのか、指で慣らそうとしてもコナツの気持ちとは裏腹に受け入れる体勢が整わずにいた。それでもヒュウガはこのとき、決して無理強いをしないから、何をされてもコナツは拒絶することはない。普段なら子供のようにイヤイヤと駄目出しをするコナツも、自ら脚を大きく開いてみせた。 「たぶん、挿ると思います」 「そうかな」 「いいんです、少佐は十分にして下さいました」 「じゃあ、少しずつね」 ヒュウガは自身の先端を狭い箇所に当てた。 「んー、まだ無理っぽい」 一言言ったが、コナツは首を振った。 「私が息を吐きます。躰が弛緩したらすぐに来て下さい」 「分かったよ、随分早急だね」 「そういうわけではありません」 これはただ、挿入するまでにやたらと時間がかかる相手だと思われたくないコナツの強がりである。強がったからといって簡単に受け入れるようになれるはずもなく、 「……ッ、ぁ、いた……っ、う……んッ」 逞しい雄の侵入に眉を顰め、きつく目を閉じて息を止め、逆に苦しむ羽目になるのだが。 「ごめんね、コナツ。これだけは優しく出来ない」 強引に穿ったわけではないのは分かっている。しかし狭い器官に不釣合いな肉の兇器が奥へと圧されてくるのだ。内臓を動かされて悲鳴を上げそうになる。 「駄目だよ、息をとめちゃ。さっきはちゃんと出来たじゃない。もうひどくしないからゆっくり呼吸をして。目を開けて、ちゃんとオレを見て。出来るでしょ、コナツ」 「う……っ」 頭では分かっていても思うように躰が動かない。この痛みに慣れることはなく、暫く痛覚との戦いだと思うと気持ちも竦んでしまう。 「怖がらないで。大丈夫だから、ね?」 そう言ってヒュウガは、なぞっていた結合部分から指を離し、繋がったままコナツの脚を自分の肩に掛けるように持ち上げた。 「コナツ、脚きれい」 「そんな……」 「まっすぐなのもいいけど、足の甲とか指とか? 舐めたくなるね」 「有り得な、い」 一旦肩にかけたコナツの左脚を手にとり、さきほど浴びたばかりのシャワーの温度を残したふくらはぎにキスをした。 「いい匂いがする」 石鹸の香りを味わうように鼻先をつけてヒュウガが満足していた。石鹸はコナツがヒュウガの好みのものをセレクトしてバスルームに備えていたのだ。 「……ぅ」 ゆっくり、ゆっくりと律動を続けていると、コナツはようやく自身のわだかまった気持ちを解放しようと大胆になっていった。このとき、松葉崩しの体位に移行していたが、 「ねぇ、コナツ。もっと奥へいってもいい?」 「はい」 コナツは冷静を保っているつもりだったが、勝手に漏れ出る声を堪えようとして自ら口をふさいだり、もっとたくさん繋がりたくてキスをせがんだりしているうちに行動があやふやになってきた。 「あぁ!」 全部は入りきらないが、ぐいと奥までくると歯を食いしばって衝撃に耐えなければならない。 「ごめんね、コナツ」 ヒュウガが頬に手を添えて謝った。 「いいえ、平気で……す」 額が汗ばんで前髪が濡れている。受け身の立場だからラクだろうと思われがちだが、痛みを受けて躰に力が入ったり、それを逃すために呼吸を繰り返し、そして快楽に追われているとかなりの体力を消耗する。 「私がもっと慣れていれば」 掠れた小さな声で悔しそうに呟いたが、 「毎回初めてって感じだよね。ヒヤヒヤするけど、しょうがないよ」 幾度も繰り返されてきた行為なのに、コナツはそれを感じさせずに素人のように戸惑い、怖がって震え、ヒュウガを困らせている。もっとも、困っているように見せかけて実はヒュウガは愉しんでいるのだった。 「少佐、もう、いいですよ」 コナツが吹っ切れたように呟いた。 「うん?」 「激しくしてもいいです」 「……そう? 乱暴にしても?」 それを聞いて一瞬たじろんだコナツだが、上司に満足してもらうためには激しいほうがいいだろうと決断したのだ。 「構いません、いつものようにして下さい」 「しないよ」 即答だった。 「どうして?」 「オレの教え方が悪かったのかな。激しければいいってもんじゃないでしょ」 「そう、ですか?」 「誰かに吹聴された? その手の本でも読んだ?」 「私は何も……そういった情報を手に入れるのは、苦手です」 「じゃあ、オレの本来のやり方でいいよね」 「は、い」 それからは時間がとまったようだった。 コナツが「こんなはすじゃない」と何度も呟いたのは当然だ。それほどヒュウガは優婉だった。出逢った時の手合わせでヒュウガに大怪我をさせられたコナツである。ベグライターについてからも仕事をしない上司に振り回され、苦労人という渾名が付けられた。それほどヒュウガは無謀とも言えたし、躰の関係を持ってからもさんざん泣かされてきた。だから「優しくする」と言われても半信半疑で、最初だけがそうで、後からはいつものように激しくなるのだと思っていた。だが、ヒュウガは最後まで緩やかだった。激しくしないとイケない、というコナツの刷り込み現象を一気に覆し、ヒュウガはゆっくり、そして確実にコナツを快楽の頂きへ誘った。 二人は同時に達し、その快感たるや今までにないほどの濃さと予想以上に長く続く昂りに、別の空間に投げ出されたような感覚に陥った。頭の先から足の爪の先までが性的興奮に包まれ、コナツは金切り声を上げてしまったのだった。 「大丈夫? 大丈夫?」 驚いたのはヒュウガである。 「コナツ、大丈夫? 正気に戻れる?」 ひたひたと頬を叩いても目の焦点が合わず、躰から婀娜なオーラが出ていた。豊満なバストが売り物の美女でも、セクシーな下着をつけているわけでもないのに、 「うわー、終わっても、っていうか終わった途端にまたいやらしくなった」 美しい肌に浮かんだ汗、少年特有のライン、くったりと横たわる一糸纏わぬ躰がまた一つ快楽を覚えて、より一層の色気を取り込んでしまったのだ。 「コナツ、コナツ」 ヒュウガが何度も名前を呼ぶ。意識は失っていないはずだが、コナツは返事をすることが出来なかった。 「ああ、どこの世界に旅立っちゃったの」 ヒュウガが泣きそうになっていた。するとコナツは漸く動かせるようになった手でヒュウガの頬を挟むと、キスをねだった。 ヒュウガは驚いていたが、そのままベッドに沈み、最後の仕上げとばかりにくちづけを愉しんだ。やまないキスの最中に、 「これは2ラウンド目の催促?」 声に出して確認すると、 「こんなこと……2回もしたら、本当に死に……ます」 コナツがやっと喋った。 「ああ、よかった。現世に戻ってきたんだね」 「思い切り、飛ばされました……凄かった」 コナツは腕を下ろし、ぐったりとしたまま更に続けた。 「私、もう動けません、本当に、起き上がることも出来ない」 「そのままでいいよ。後処理はオレがするから」 「すみません……」 後処理も後戯のうちに入るのだ。 ヒュウガは再びコナツにくちづけ、金色に光る髪の先にもキスを落とし、愛し足りないとばかりにあちこちにキスをした。 「今日は帰らなくていいから、ここから出勤しよう。コナツの軍服の予備も置いてあるよね」 クローゼットにはクリーニングされたコナツの軍服が並べられてある。同伴出勤する際に、一々部屋に戻ってからでは時間がかかるということでヒュウガが用意させたのだった。 「はい」 「明日が心配だな。ってか、もう今日か」 とっくに日付けは変わっている。 「会議ですか? それは平気です。私のほうこそ少佐が心配です」 「えー?」 「会議中に寝ないで下さいね」 「分かってるよー」 そうして朝を迎え、二人が出勤すると、クロユリが目を丸くしていた。 「えー、ヒュウガ、今日は寝坊なし!?」 「お早うございます、クロユリ中佐」 コナツが眩しい笑顔を見せると、 「クロたん、早いねー」 ヒュウガもにこにこといつもの顔でご機嫌である。 「最近早起きだよ」 クロユリはハルセが居なくても一人で行動出来るようになっていたし、クロユリ自身も仕事に対する姿勢は真面目なのだ。 「てっきり寝坊してコナツが慌ててヒュウガを迎えに行くと思ってたのに。特に今日は今から会議でしょ?」 「ええ、ですから少佐にはきっちり起きて頂きました」 コナツはきっぱり答えると、クロユリはしばしコナツを凝視していた。 「なるほど。そういうわけね」 ふむふむと一人で納得し、ヒュウガのそばに寄ると、 「耳貸して」 そう言ってヒュウガを屈ませた。 「どうしたの、クロたん」 「なに、コナツの無駄な色気」 クロユリがひそひそと耳打ちする。 「えっ、あ、ごめん、昨夜ちょっと……」 ヒュウガが驚いて苦笑した。 「何を教え込んだの」 「教えてはいないよ、ただ、快感が強かったみたいで」 「えー? なんていうか、コナツの顔が女の子化してるんだけど」 「女の子化?」 「今日だよ、今、今朝」 「そ、そうかな、ここ数年で男っぽくなったから、いつもと変わりないような気がするけど」 「ばかだね、ヒュウガ。そんなこと言ってるんじゃないよ。っていうか最近立て続けに抱いてるでしょ」 「バレてる。だけど、昨日は手合わせもして剣の腕も上げたんだよ」 「とにかく、せめて会議の前日とか、実践近くなったら性行為は絶ったほうがいいってば」 「えっ」 「あれだよ、試合前は禁欲するスポーツ選手みたいな感じ。あとはひたすら剣の稽古でも続けてれば元の顔に戻るかも」 「そう? じゃあ、抱いたあとに稽古すればよかった!?」 「それもどうなの。でも、今朝みたいにあんなに女の子みたいな顔つきしてて、あれで軍人ですって言えないよ」 「……それはクロたんにも当てはまるんじゃ?」 「僕はいいの! いやらしいのとは違うから!」 「なるほどね」 妙に納得してしまったが、確かにクロユリは愛くるしいという表現のほうが合っている。髪の色も雰囲気も子供のようで、色気を持ち味にしているわけではない。愛らしい雰囲気を持っていながら、それで軍人というのも説得力に欠けるが、軍人を目指す士官学校にはまだ幼い顔立ちの生徒がたくさん居る。少しずつ鍛えられて大人びていくのだが、コナツの場合、学校時代は首席で目立つ存在ではあったものの、普段は大人しいほうだと自負していたし、ホーブルグ要塞に入り、新人として名誉あるベグライターになったのはいいが、逞しい軍人に成長するかと思いきや、どうも違う方向に育ってしまったようだった。もちろん、実力はある。剣の腕も数段増した。だが、金髪と琥珀色の瞳が美少年と形容されても違和感がなく、ヒュウガのせいで色気まで身についてしまった。しかも、大人の色香ではない。まだ未熟で少年の域から脱することのない、危険ないやらしさである。真面目に仕事をこなしているため、本人は自覚していないが、顔つきも躰つきも、すっかり抱かれることを覚え、妖しげなオーラを放つようになっていった。それはあくまでも見る者が見れば気付くという特殊な感覚ではあったが、ヒュウガもうかうかとしていられないのだった。 「よし、コナツには暫く仕事と稽古に徹してもらおう。そうだ、今度の休みに打ちっぱなし行くことになったし、スポーツで爽やかな汗を流すことにする」 「うん、そうしたほうがいい」 「でも、昨夜はついつい優しくしちゃったから精神的に落ち着いてコナツが甘い雰囲気出してるのかな。激しく苛めればよかったんだろうか」 「ヒュウガ……」 クロユリは、そういう問題ではないのだと言いたかったが冷めた目で見ながら肩を竦めるだけだった。何故なら、コナツを抱かないということはヒュウガにとって禁欲することでもある。果たしてどちらが折れるか、むしろどう折れるか、いや、どちらがどこまでもつかが課題なのだった。当然、コナツはこのときのヒュウガとクロユリの会話を知らない。 休日までの間、そしてその週末に何が起こるか、まだ想像も出来ず、それどころか、今から始まる会議にも、ヒュウガはコナツを連れて行かなければよかったと後悔するようになる。 何故なら、コナツはヒュウガに対し……以下、ここからはヒュウガの独白になる。 その苦悩とは── 。 |
to be continued |