「まーた泣いてやがる」
「は? 泣いてないし」 「それは目から汗ってやつか?」 「そうだよっ」 「じゃあ、汗くらい拭いたらどうだ」 「青春だからいいの!」 「せ……、今時、青春って……」 「うるさい」 アルマーズ邸からホークザイルで移動中、カペラを思い出し、テイトは泣いてばかりだった。本人はそれを認めたがらないが、ふと気づくと涙を零していて、フラウは慰め役に徹するしかない。そんな姿のテイトを見ていて、普段はどんなに気が強くても実際はとても泣き虫だというのは反則だと思ったが、そう言えば喧嘩になるから、ただ頭を撫でてやることしか出来なかった。 そうして第一区へ渡るための手段を手に入れ、ホークザイルレースに参加することになったが波乱のレース一日目終了の夜、人々が眠りに就く頃、二人もまた特別な刻限を過ごすことになる。テイトがヴェルネに捕らわれ、そのヴェルネをフラウが狩ってからはまた状況が変わってしまったのだ。 テイトはフラウへの想いが、自分で理解しているよりもはるかに大きいことを知る。 フラウの躯が借り物で、フラウには自分がただの「死んでいる人」あっても、テイトにとっては生きている一人の男だ。かけがえのない相手である。そんな相手の過去が見えても、醜い狩の姿を見てしまっても、あまつさえ手に掛けられそうになって魂を食われそうになっても、テイトには見習うべき司教なのだった。 フラウがテイトの魂を喰わなかったのは一重に自制心のたまものだったが、それすらも破壊されていたら危ないところだった。フラウは、自分が自分でなくなるあの瞬間が恐ろしい。 一悶着あってフラウが部屋を飛び出し、ほとぼりが冷めた頃に戻った時、部屋の中が荒らされていたが、それはただのテイトのいたずらで、フラウは迫真の演技に騙されることはなかったが、帝国軍から狙われているテイトは常に危険に晒されている状態であり、ケチャップで血糊を作らずとも本物の血を流して倒れていてもおかしくはない。正直、勝手に留守にするのではなかったと後悔したが、自分を責めるより先にテイトの熱い告白が始まってしまった。 最近、テイトからの熱い想いを告げられることが多い。 今となっては、フラウはテイトが可愛くて仕方がない。とても愛しい。そうなると、抱くことに何の罪悪感も違和感も感じなくなる。それが当たり前になる。むしろ一分一秒でも早く抱いてやりたくて、我慢が出来ない。まるで思春期の男子のように、どうしようもなく滾ってしまう。思春期だと言ったテイトを笑ったが、実は笑えないフラウなのだった。 それですべてをごまかしているわけではなく、すべてがそれに集結するだけのこと。フラウもテイトを欲している。 そしてその夜もミカゲが眠るのを待っていたが、それまで交わしていた世間話も何を喋っていたのかテイトも上の空で会話の内容も覚えていない。 そして完全に眠ったことを確認すると先にフラウが目線を送った。 ”来いよ” 自分のベッドを指差し、顎で指図する。一見横暴な態度だとテイトは思ったが、むっとする前にフラウのベッドに飛び込んでいた。 暖房を消したばかり、まだ温度が残った部屋ですぐに着ている物を脱いで裸になった。もっとも、夜になるとテイトはフラウのシャツを着せられているために、万歳をしてフラウに袖を引っ張って貰えれば、もどかしい手間もかからずに一瞬で華奢な躯が露になる。 「下は自分で脱ぐか? それともお兄ちゃんが丁寧に脱がせてあげようか」 フラウがニヤリと笑って小声で言うと、「オッサンの間違いじゃないのか」と言って、テイトはフラウを睨み付け、自分で下着に手を掛けた。 「おっ、ストリップショー」 またフラウがからかう。 「なに?」 その意味がよく分からないテイトは、手を止めて怪訝な顔をする。 「でもま、これはオレの専売特許だから、お前には遠慮して頂くとして」 フラウはテイトが脱いでしまう前に両手首を一まとめに掴むと、空いている手で軽やかに下着を剥ぎ取ってしまった。 「あっ、なんで! おい! ……!」 もっと喚いてやりたいが、今、大声を上げたらミカゲが起きてしまう。 「なんでって聞かれてもね」 「自分でやるのに」 「はいはい、今度」 誰かを裸にする醍醐味はやめられない。自らも薄着だが、いっそ裸族になりたいくらいだ。 「フラウっ」 「よーし、次いこうか」 「なんて強引な」 「何か言いたいことでも?」 フラウが念のため問うと、 「……」 テイトが押し黙る。 「言えねぇこと?」 「……」 こんなふうになったテイトは、大概「乱暴にするな」だの「あまり激しくするな」だのと注文を並べる。急に黙り込むのは言うのが恥ずかしいからだ。最中には感極まって「もっと」と言うようになるくせに、こんな時だけ強気に出て、そんなところも可愛いと思うが、実際のテイトは、そこまでしおらしいものではなかった。 「ラブラドールさん……」 「は?」 何故ここでラブラドールの名前が出てくるのか、予想外の展開にフラウは目を丸くする。確かにカストルとラブラドールがテイトたちのためにレースに参加していることは分かったが、だからといってこんな時に名前を出されるのは意外である。 しかし、テイトはこんな時だからこそ、少し前の過去を思い出すのだった。 最初にテイトたちは第四区のクラート家で思わぬアクシデントに見舞われた。否、アクシデントというよりはゴッドハウスであるクラート家の悪事を裁いてきたのだった。結果、テイトは腕に切符を受け取ることが出来て、ラブラドールとも会話をしたのだが。 「すごく……辛い悲しみを乗り越えてきたんだね。カストルさんの時も思ったけど、皆凄く辛い思いをしてきて……そして……今があって」 「あのー? こんなときになんであいつらの話?」 「思い出したから」 「今? オレとこんなことしてる最中に?」 「それは……」 目の前にフラウが居るからだ。 いずれフラウの過去も知ることになるだろう。その時自分がどうなるか、どんな思いをするのか想像もつかない。たとえ何があっても決して揺らぐことはないと思っているが、正直に言えば、フラウの過去を知るのが怖かった。 こんなに好きだから、壮絶な往時を見れば、我がことのように心が苦しくなる。それを乗り越える力が欲しいと思っても、今はただ不安に苛まれるだけだ。 「二つのゴッドハウスを回って、カストルさんにもラブラドールさんにありがとうって言われたけど……もし、いつかゴッドハウスでお前に会ったら、同じように言われるのか分からないけど、冷静でいられるかどうか分からない。怖がってちゃいけないって分かっていても……」 「……あの眼鏡もラブはお前に感謝してるんだから、オレだってそう思うさ」 「そうなればいい。オレは自分を探すために、そして真実を探すために旅をしている。すべてが解決したら、結果的にオレはどんなになっても幸せだと思う。でも、皆が幸せにならなきゃ意味がない。世界中の人が、ぜんぶ」 「……」 今、こんなときにどうして深刻な話をするのだろうと思っていると、 「でも、その前に、フラウ……色々ありがとう」 テイトが呟いた。 「何が?」 「だから色々」 クラート家からテイトとオウカを救ったのはフラウだったし、ヴェルネから救ってくれたのもフラウだ。そんなフラウは飢えた躯で一番欲するテイトの魂を食わずに持ち堪えてくれた。 いつも助けてもらってばかりだと思うと、自分には不甲斐ない部分がたくさんあると感じる。一人では生きていけないと改めて痛感するも、そういった大事なことを学んでいけるのはフラウが居るからだと思うようになった。 「お前……ひでぇじゃねぇか」 やれやれといった様子で困った顔をするフラウは、続けてテイトの顔を真っ赤にさせるような台詞を呟いた。 「今からオレはお前を泣かすんだぞ? もっとエロ司教だのバカ司教だの言えよ。泣かせらんねぇじゃん」 「何言ってんだ」 「まぁ、いいか。可愛いから泣かせてやる」 「!?」 「自分のことだけじゃなくて、万人のことを考えてるお前が可愛いから」 「ちょ、無理やりな感じにもっていかなくても。それに、オレは皆に幸せになってもらいたくて、いつもそう思ってるけど、そう思うのは当たり前だと……」 「……ああ」 フラウも司教として人の幸せを願うのは当然のこと。そしてテイトも、ラグス国王であった父の偉大さを受け継いで、大きな優しさを胸に秘めている。だから、このときは珍しく意見が一致した。 「っと、やべぇな。時間がねぇ」 「えっ、明日のレースに響く?」 だからテイトは焦っていたのに、熱く交わりたいと思っていても、おざなりにされては堪らない。するとフラウは真顔になり、 「この天候だとどうだかな、数日遅れるかもしれねぇが、どのみちこっちはてきとうにはしねぇよ」 はっきりと説明した。 「べ、別にオレは……」 物欲しそうだと思われるのが嫌で、慌てて否定したものの、フラウの言葉を聞いて安心したのは事実だ。 「お前がお利巧さんでいたら、順調に終わるさ」 「オレが何」 「いいコにしてろって話」 「そんなの……」 ”ムリ”か、それとも”分かってる”なのか、答えが出る前に口付けが施された。優しく甘く、とろけるようにいやらしいキスは、フラウの言う通り、素直にテイトが口付けを受け入れたご褒美だった。 「あ……う……ッ」 今までは小声でこそこそと会話をしていたものの、そろそろ声音の加減が出来なくなっている。もちろん、それはテイトに限り、フラウは無言で愛撫を仕掛けて、故意にテイトに声を上げさせようとしていた。 ミカゲが気付いたら……とチラリと横目で隣のベッドを気にしてみるが、ぐっすり寝ていて、それどころかテイトには隣を気にする余裕もなくなってきていた。そもそも、首を横にするたびにフラウがそれを阻止する。 「この眼はドコを見てるんだ?」 「あ……」 「いいから、気にすんな。ミカゲが起きたらオレがうまい具合にごまかしてやる」 「フラウ」 集中しろと言わんばかりに再びキスをする。 「ん……っ」 それでも漏れる危うい吐息は、外を吹く風がかき消してくれた。 二人が躯を繋げ、互いの存在を肌で確かめると、フラウはテイトを覆ったまま髪を梳き、 「どうもオレはお前を抱くことで気持ちを落ち着かせているみてぇだ」 「?」 「こうしていれば忘れられる」 独り言を呟いている。 「……フラウ?」 息遣いをうまく整えることの出来ないテイトは、その逞しい躯が自分を覆い、憎らしいほど体重をかけてくる重みにわずかな安堵を覚えながら、閉じていた目を開けてフラウを見つめた。 「ちゃんとオレを見ろよ」 「見て、る」 「もっと見ろ、目をそらすな。そのまま、ずっとだ」 テイトの翡翠の瞳を確認すると、ほっとしたように顔を近づけ、額にキスをする。 「フラウ、どうしたんだ?」 「誰かを抱いてれば落ち着くなんて、昔のオレでも言わなかったよなぁ」 「?」 一人で苦笑いを漏らして呟き続けるフラウは、テイトが不思議そうな目で見るのも構わず、 「もっとも、これが何よりの罪だなんて、分かっちゃいるけど認められねぇっていう矛盾さがどうにもね」 更に謎の台詞を繰り返している。 「フラウ?」 「ああ、わりぃ。ちょっと独り言多かった?」 フラウがテイトを見下ろすと、テイトもぼんやりとフラウを見つめ返した。 「しかし、お前……」 少し汗ばんだ額、上気した頬、男の子なのに細い首筋、それを囲む誓いの首輪、頼りない肩、薄い胸、どれをとっても可愛さの範疇でしかなかったが、テイトが持つ運命は重く、過酷で残忍である。この小さな躯にどれだけ大きな試練を背負い続けているのか、それを考えれば泣き暮らしたいほどだが、テイトは屈しない。自分の弱さも強さも知っているし、人の辛さも優しさも知っているからこそ、その器の大きさが伺える。 「うん? なに?」 小さな口を開いてひっきりなしに息を吐きながら、なんとかしてフラウとの会話を成り立たせようとするが、 「すげぇ、いい」 「!?」 「たまんねぇ」 「フラ、ウ?」 「頭おかしくなりそうなのに、これが現実、一番冷静」 「な、に?」 やはりフラウはテイトに話し掛けるというよりも、自分自身へ語り続けている。 「分から、な……い」 どうせなら甘い会話をしたかったが、フラウにもテイトにも余裕がなくなっていた。 「しかし、今夜はやけにおとなしいじゃねぇか」 いつもは野良猫みたいに暴れるのに、ほとんど抵抗も言い返すこともない。 「だって、こんなんじゃ……」 大きな躯に組み敷かれたままでは、動きたくてもにっちもさっちもいかない。 「潰れそうだな」 「んなわけねぇ」 「ま、暴れたらお隣さんが目を覚ますし?」 「そ、そうだよ」 小声で語り合うのが恒例になって、フラウはわざと耳元でくすぐるように話すため、テイトは一々ビクリと反応したり肩を竦めたりしている。 「声を我慢するの、辛いか? 集中できねぇ?」 「ううん、平気」 「素直だ」 テイト自身も今は余計なことをしてフラウとの時間を無駄にしたくなかった。 「ちょいきついかもしれねぇけど、我慢しろ」 フラウが上体を起こしてテイトの脚を抱えあげた。いよいよ快楽の音色を二人で感じるのだ。 「あ……」 震えるテイトの指を手にとってフラウが口にくわえ、ペロリと舐めてやると、 「や……っ」 テイトは恥ずかしそうに喘ぐ。 空いている手は胸と脇腹を撫で、フラウは更に奥へと腰を進めた。 「うう」 狭い器官が悲鳴を上げている。 体格差が数倍あり、抱かれることが当たり前の女と違い、テイトはいまだに慣れずに躯に劇痛を受ける。 それでも想いが先に立って自ら欲するものの、どうしても痛みから逃れることが出来ずに一つになる喜びを涙で表現するしかないのだった。 「痛いんだな」 「……ッ」 「きついからなぁ。一番しんどいのはココだろ」 「あ」 繋がった部分に触れるが、躯の作りはどうにもならず、耐えてもらうしかない。フラウ自身も、テイトには随分酷なことをしていると罪悪感さえ抱いている。だが、 「フラウ。オレ、痛くても嫌じゃない。これがいい」 「テイト」 「フラウを何よりも近くで感じることが出来るんだ、こうしないと駄目だ」 「お前、何言って……」 大きな瞳に涙をにじませ、裸のまま、文字通りすべてを曝け出して健気なことを言うテイトにフラウも理性の糸が切れそうになる。 「あー、冷静になれるはずなのに、別な意味でヤバイわ、こりゃ」 掲げた両脚を掴みなおして体勢を変え、中を深く掻き回した。 「ぐ……ッ」 内臓が競りあがるほどの衝撃。 「ほら、これでもか?」 試すように抱くフラウにテイトがむきになる。 「……これでも!」 「あ、そう。じゃ……」 フラウは更に突き上げて躯全体を揺らした。 「ウッ!」 「これでも? かなりきついだろ?」 「この野郎っ、わざとっ」 「そうわけじゃねぇけど……」 「いいっ、もっと続けろっ」 「え、お前、ミカエル様に似てきたんじゃ」 テイトの強腰っぷりに驚かされたフラウは、テイトの顔を覗き込んで確認する。 「何? 誰? オレのこと、お前……分かるだ、ろ」 「……だよな」 翡翠の瞳が濡れている。年相応なのか童顔なのか、小さいから子供のように見えるのか、テイトはあどけない顔をしながらも艶っぽい息を吐いてフラウにしがみついた。 「早く続き」 「え」 「早く!」 時間がないと言われたばかり。 「お前が何か喋りたそうだから機会を与えたんじゃねぇか」 「誰も頼んでねぇよっ」 「このクソガキー!」 小声がだんだん中声になる。そのうち大声で喧嘩を始めてしまいそうだった。 「違う、違う、フラウ……!」 こんな言い合いをしたいのではない。 「なんだよ」 「もっと、ちゃんと……」 「ん?」 「ちゃんと……」 「抱いてほしいってか?」 「分かってんならそうしろよっ」 「……やっぱりミカエルに似てきたような気がするんだが」 「何言ってんだ、早く」 「ああ、手抜きはしねぇから安心しな」 「!」 曚い夜の色と二人の甘く濡れた息が溶け合い、触れている肌が敏感になり、揺れる躯は狂おしいほど繋がりを求め、重なる手のひらが快楽を探す。 「あ、はッ……、ふっ、ふら……」 テイトはフラウの名前を叫びたい情動に押し立てられ、慌てて声を抑えた。 「呼べよ、オレの名前」 「ん……っ」 「叫んでもいいんだぜ?」 「嫌だ」 「一瞬だったらミカゲも起きねぇし、部屋のお隣さんも目を覚まさねぇよ」 「……っ」 テイトが懸命に首を振っているのはフラウとの会話への反応か、それとも今していることへの反応かは分からない。 「ま、我慢してるお前見るのも面白いからいっか」 軽々と抱き上げて座位を執ると、テイトはだらしなく口を半分開いたままの顔でフラウを見つめ、起こされたことに気付かないままぐったりとしていた。 「……ん……、あ、れ?」 体位替えもあっという間で、あまりにも慣れていると思うと、それもムカつく。だが、怒っている暇もない。 「いい子でお座りしててな? 突き上げるぜ?」 「え? あ? ……アッ」 一度だけ大きく突くと、テイトは驚いてフラウにしがみついた。 「このくらいで平気? それとももっと? それともやめる?」 「な……! わ、分からな、い」 「よーし、じゃあ、もっといこうか」 「!!」 フラウにとっては大した衝動ではなくとも、受け入れているテイトには大打撃なのである。 「アウッ! ま、待っ」 「聞こえねぇな」 「待ってー!」 「お、いい感じの催促だね」 「ち、ちが……、あ、や、やッ、やめ……」 「なんでやめてほしいの。その逆だろ?」 「う……」 「確かにきついけど」 腕の中に抱えられ、テイトはされるがままになっていた。 「ふぇぇ……」 泣きそうなのか泣いているのか分からないテイトが赤子のような声を出す。 「おい、猫でも発情期にはそれなりの声で鳴くぞ?」 「だ、だって」 「痛いのか?」 こくん、とテイトが頷いた。 「もっと慣らときゃよかったかな」 その台詞には首を振ったが、今更この状況を変えることは出来ない。 「で、でもオレ、頑張るから、いい、もっとしてみて」 テイトが苦しそうな顔をしながら必死になっていると、 「頑張るって何を」 「痛いの我慢したり……早く気持ちよくなるようにしたり」 「おいおい、そんなのオレに任しときゃいいんだよ」 「?」 「痛くしちゃうのは勘弁な? だけど、気持ちよくさせたり、困らせたり悦ばせたりするのはオレの仕事」 「……」 「あー、でも、痛い思いばっかさせちまいそうだなー」 フラウはテイトをきつく抱きしめた。 「ひ!」 繋がったまま躯を動かされ、まだフラウの大きさに慣れないソコに痛みが走り、テイトは顔を顰めて呻いた。 「ごめんな。痛いの痛いの飛んでけっておまじないかけようか?」 「な、にを言って……」 ふざけるなと言いたかったが、 「でも、実はここからが問題なのさ」 「!?」 フラウは少しだけ腰を浮かせるように動かすとテイトがビクンと反応した。 「あ……」 「角度がちょうどいい」 更にまた亀頭全体を使って腸内から前立腺を刺激する。 「ああッ!」 「痛いの飛んでくよな、これじゃ。オレもお前のに当たってるの分かるもん」 「く! そんなにこすらないで!」 「いやいや、この体勢が当たるのよ。今、挿入自体浅いし」 「ううう!」 「まだいっぱいいっぱいかもしれねぇけど、あとは気持ちよくなるだけだから。……な?」 な? と同意を求められても、涙目になったテイトはどうすることも出来ない。ただ、フラウの硬くて冷たい躯に必死で腕を回し、まだ半分も収まっていない圧倒的な性器を受け入れることに集中するだけだった。 「むり、大きすぎる……」 「やっぱ駄目?」 「もう……何もかもが……」 「え? 何だって?」 「ぐ……っ」 「何もかもが何? 何なの?」 どうなのか聞きたいのに、テイトは答えられず、焦れる気持ちからフラウは思い切りテイトを揺すってしまった。 「だ、から」 (こんなにも違う) テイトはすぐ目の前に在るフラウの裸体を視界に入れる。が、 (スゴイ) と思いながら、また目をそらす。 躯の作りが何もかも違い過ぎて、いまだに直視すら出来ないのだ。何処をどう鍛えればこんなふうに筋肉がつくのか、身長の差もそうだが、「大人だから」と言い訳をされても比べ物にもならないほどの男性器と、そして、いつも肩に担ぎ上げられて軽々しく扱われ、それがベッドの中だとまるで雲の上に居るような感覚に陥るほどふわふわになってしまう心地よさ、怖いくらいのスタミナと腕っぷし、テイトはいまだに驚愕の思いに埋め尽くされる。それなのに、 「はぁ、ほんと、お前、いいカラダしてんなぁ」 うっとりとフラウが呟く。 「あが……っ」 違う、否定したつもりだが、まるで言葉にならない。中々伸びない身長と、ちっとも逞しくならない胸板と、戦闘能力はあるのにやたらと細い手足の何処がいいカラダなのか、本当なら今すぐはっきりと、詳しく説明してもらいたいと思うが、どうせまた女の子のようだとか女装が似合うとか、そういう類の言葉でからかわれるだけなのだ。 それでも今は、 (好きにして) と思ってしまうのは何故だろう。 「あ? 今、なんつった?」 テイトは何も言っていないし、言葉を発する余裕がない。しかし、 「もしかして、好きにしてって思ってる?」 「!」 「なんだかなぁ、そういう顔してんだけど」 「フラ……」 「うん、分かった、好きにする」 「アアッ」 奥へ、奥へと侵入してくるフラウのオスの部分は、テイトの躯の底に潜んでいる”メスの部分”を目覚めさせてしまったのか、 (キモチ……イイ、欲しい、いっぱい欲しい、もっと来て) 全身で訴える。 「……うおお、入ってく入ってく」 千切れそうなほどきついが、飲み込まれるように性器が中に進んでいく。 挿入に時間がかかってしまうのは仕方がなかった。前戯にも時間をかけるが、テイトの緊張が解けるまでフラウは慎重になるのはいつものこと。それよりフラウが触るからテイトが緊張するのだということを二人は分かっているのだろうか。 「ほら、やっぱいいカラダしてんじゃねぇか」 「!?」 「男だからって筋骨逞しいのがいいとは限らないんだぜ?」 「……!?」 「お前みたいに、一見小学生に見えるくせに抱けばとんでもねぇ色気出しやがるのが一番厄介だ。だけど、そこがいい」 「な……ん、で」 「オレの下で困った顔するのも最高だしなぁ」 「!?」 「困った顔してるくせに、実はオレたち、相性はいいみてーだ。あ、特にここね」 「!!」 フラウは結合部を触ってニヤリと笑う。 「い、いや……」 いやらしい、と言おうとしたが最後まで言葉が出なかった。 フラウは一々恥ずかしいことばかり言ってテイトをからかう。しかし、それは今のテイトにとって本望でもあるが、まともに言い返せないのが悔しい。相性がいいなどと言われても、テイトにはそんなことは分からず、誰かと比べることも出来ないのだから、フラウの台詞に少しだけ嫉妬心が沸く。しかも、とどめの一言がテイトに衝撃をもたらした。 「中はきついけど、吸い付き具合が一番しっくりくる。今までの誰よりもいい。……イテッ」 それを聞いて衝動でフラウを殴ってしまったが、 「あ、もしかしてシット? 誰と比べてるんだって思ってる? ジェラシー感じちゃってる? なら嬉しいぜ」 フラウは満面の笑みである。 「!」 「妬いてるってことはオレのこと好きだからだよな? オレのことすっごい考えてくれてるんだよな?」 「……」 テイトの意識を自分に向けたいだけなのか、今までの執拗な独り言は演技だったのか、 「だから、お前はオレのことだけ考えてろよ」 そう言う。 「!」 「辛いときとか、不安なとき、エロ本持ってニヤついてるオレのこと考えれば少しは気が休まらねぇ?」 「……」 それはそれで苛つくが、実際にテイトにとってフラウのことを考えない日はない。考えないときなどないのに。 「あとのことは何とかなるって思ってればいいから」 「……ばか」 「なんだよ、素直にウンって言えばいいのに」 「……ぅ、ん」 「言えるじゃん」 フラウとしては、それで十分だったが、テイトは更に腕をフラウに回し、精一杯の力で抱きついた。 「オレ……は……お前でいい……フラウが、いい」 「テイト?」 今度はテイトの告白が始まった。とても短く、片言だけの呟きだったが、それが甘い誘惑となって二人を狂気へと導くことになる。 「お前は……オレから、離れるな」 「ああ?」 「何があっても、そばに」 「……分かってるよ、だからこうしてんじゃねぇか」 「離れたら駄目だ、エロ本見てもいいけど、オレのこと、絶対忘れるな」 「はぁ? 対象がよく分からねぇんだけど」 「いいから聞け! 狩りに行っても、オレのとこに帰って来い」 「帰ってきてるぜ?」 「これからもずっとだ」 「まぁ、オレはお姫様をお守りしなくてはならぬ身でして」 「誰?」 「テイト姫を」 「……」 テイトはムッとしていたが、フラウは故意に喧嘩を売っているのだ。ここはテイトが大人になって買わなければいいだけの話。 「悪いようにはしねぇから、安心して守られてろよ」 「お前がオレから離れなきゃ、なんでもいい」 「大丈夫だって、むしろ、それ、オレの台詞だぜ」 「なんで」 「お前、この状況が落ち着いたらオレのことポイ捨てするんじゃねーの」 ”ポイ捨て”という台詞に納得出来ず、 「話になんない」 テイトは口を尖らせた。 「出逢ってから長い付き合いがあるわけじゃねぇオレが言うのも何だけど、お前にとってのオレの存在が、せめてその辺に生えてる雑草よりはマシだったらいいかな、と」 「は?」 「最近のオレ、ちょっとネガティブなの」 「ど、して」 「なんでかな」 「オレだって不安とかいっぱいあるけど……お前が居てくれるから……」 「そか、じゃあ、オレのこと忘れないよな」 「忘れ……?」 「ま、そういうこと」 「どういう……っていうか、こんなにデカくてインパクト大のお前を簡単に忘れるわけないだろっ」 「ほんと?」 「それに、こんな……こんなことしてるのにっ」 「だよな」 フラウが笑った。 「オレ、たくさんのハジメテをお前に見せた。ぜんぶ、お前にやった。お前はオレにとって、ミカゲとは別の意味で凄く大事で……」 「うんうん、分かる分かる。で、やっと喋られるところまできて悪いんだが……続けてもいいか?」 「あ……」 じわりじわりと深めに嵌入して、ある程度収まったところでフラウの大きさに馴染むまで、じっとしていた二人だったが、フラウはそろそろ動きたくなってきていた。 フラウが動き出せば、再びテイトは話すことが出来なくなる。それでも、あとは躯で伝えればいいと思い、更に密着するようにフラウに縋った。 「ほんと、か〜わいい」 「……」 テイトは恥ずかしさのあまり、顔を埋めたままで積極的になることはない。そこへ、 「キスしてもいい?」 フラウが先手を切る。 「……」 テイトは伏せていた顔を上げて、視線を合わせないままくちづけを待った。すると、 「またそっち向いちゃって。そんなにオレと目を合わせるの嫌なのかよ」 「お、お前、たまにはオレの気持ちも理解しろ」 「……女側の気持ちか。乙女心ってやつ?」 「違うけど、そうだよ」 「まぁ、無理にこっち見なくてもいいけど、オレはお前をガン見するから」 「い、いいけど」 「っていうか、間近で見ても、やっぱり大きなお目々以外は小ぶりで食べちゃいたくなる顔だなぁ」 「!?」 フラウが宣言通り、じっと見つめて呟く。 「つくづくうまそうだ」 「!」 よく魂がうまそうだと言われることがあるが、ベッドの上では、顔も躯もうまそうだとフラウの実況が始まるのだった。 まずはおでこにキスをして、まぶたを舐め、鼻先を齧り、頬をこすり合わせ、最後にくちびるへ辿り着く。軽めのキスを繰り返して、何度かに一度は舌を入れて口内をたっぷりと蹂躙する。そして仕上げに髪にもキスをしてから、 「じゃあ、動くぜ」 そう言って腰を大きく突き上げた。 「ひぃっ」 テイトの反応は致し方ないが、フラウはもうとめる気はなかった。 「ここからノンストップで」 「うわぁッ、ああああ!」 大振りで腰を回されて思わず仰け反ったテイトだが、フラウががっちりと支えてくれているお陰で落ちることもない。 「イヤァ!!」 腸も胃も、膀胱の位置さえも変わってしまうのではないかというほど掻き回されてテイトの意識が薄くなる。 「あれ、まだこれからだけど……」 「んんん……っ」 「頑張れ、テイト。男だろ」 「! こっ、こんな時ばっかり男扱い……っ」 「駄目なの?」 「今は無理っ」 「!?」 「今は女の子扱いしろ!」 「えっ!?」 フラウが仰天していたが、その心理も分からなくはないのだった。さきほども乙女心を理解しろと命ぜられたばかり。しかし、テイトは自分の発言を意識し、 「や、優しく……優しくしろってこと……で」 慌てて弁解するも、 「分かった、お前、幼女って感じだし、任せろ」 フラウがその気になっている。 「よ……ようじょ?」 今度は何を言い出すのか、意味が分からないと思ったが、この際もうどうでもよかった。本来なら「変態!」だの「エロ司教!」だのと罵言が飛び出すところだが、テイトの強がりもここまでだった。しかも、フラウは既に心身ともに”先”へ進んでいる。 「中に出そうか外に出そうか……」 そう言いながら片方の大きなてのひらでテイトの背中を撫で、尻を掴んでは揉み、そして今度は両手でテイトの腰を固定すると、 「しっかり掴まってろ」 めちゃくちゃに突き上げてテイトに衝撃を与えた。 「! !! ……!!」 歯を食いしばっていたが、声を上げずにはいられないテイトの口から喘ぎと共に唾液が零れ、必死で持ち堪えようと顔を顰めると、 「泣いたら優しくしてやるぜ?」 フラウが意地悪なことを言う。 やはり酷い奴だ、最低だと思ったが、睨む余裕もない。それどころか、もう目に涙がたまっていて、あとは涙の粒を落とすだけだった。 (絶対泣かない) と誓ったのは0.01秒ほどで、それは儚くも崩れ、フラウが動きを止めた瞬間、テイトは涙を零し、 「ほら、泣いてやった。だから何でもいいから気持ちよくして!」 はっきりとお願いごとをしたのだった。 「……チッ」 それからは正常位も後背位も騎乗位も、すべて悦楽の極みだった。やはり軽々しく躯を持ち上げられて体位を簡単に替えられると癪に障るが、どの格好をしてもフラウは優しく、一番望むことをしてくれた。腰を動かすタイミングでさえも符節を合わせたように心地よく、テイトは何度吐精を我慢したか分からない。 「イケる時にイッといた方がいい」 フラウの助言を無視し、 「まだ、まだ」 と首を振った。 「そのうち苦しくなるっつうの」 そんなフラウは、まだ”肛内射精”か、”外出し”かで悩んでいるし、うまくいけば舌上射精もできるかもしれないと目論んでいた。 「でもなぁ、朦朧としてるお前の口に突っ込むのもな。せめて舌だけ出せって言っても可哀相だし」 「!?」 突如呟かれた独り言にテイトは意味が分からず聞き返そうとするが、 「やっぱ中に決めた」 結論を出したフラウに、 「それでいい」 と答えてしまう。 「ほぉ、今日はいいんだ?」 いつもなら中は駄目だと言うし、避妊具を着けさせたがるのを、 「ぅ、ん、オレ、安全日だから」 と言い、 「テイト? 今、何か聞こえたような」 「……気のせい!」 呆気にとられているフラウに恥ずかしそうに笑ってみせた。 そもそも、安全日というのもフラウの受け売りなのだ。フラウがいつもそう言ってからかうのをテイトが真似しただけだ。だが、次の台詞は違っていて、 「フラウはオレの中に出せばいい。だって、だってオレがフラウに掛けちゃう……し?」 眉を寄せて苦しげに呟いたのも予想外だった。 「お、お前……」 言っていることは、まったくその通りなのだが。 ラストは正常位、ほぼ躯を密着させて達する時は、テイトの男の子の印は放っておかれたまま、自身の腹とフラウの胸に向かって射出することになる。 「なんだかなぁ、さっきまでカペラ思い出してメソメソ泣いてたやつの台詞とは思えねぇな」 「今は違う」 「ま、そのために抱いてるんだけど」 悲しみを癒し、そばに居てやりたい、護りたい、様々な思いで今、一つになっている。元気付けたいという思いもあるが、これではテイトの色気が増すばかり。 「お子ちゃまの癖に悪いヤツだなぁ」 「は……っ、今更」 とてつもなく濃密なとき、唯一許される狂熱の言葉は、恥じらいを隠すため、そして憎まれ口を叩くため、そんなふうに悪態をついてもひたすらに甘い。 それなのに、 「フラウ、絶対にオレから離れるな、オレのことを放っておくな、オレのこと忘れるな。さっきみたいにいきなり居なくなるな。オレは何度でも死んだ振りしてやる」 「……テイト」 「オレはお前がいいんだ」 「……そんなこと……分かってるさ」 「オレは、お前が居なきゃ……」 誰かとの別れは寂寞として心が苦しくなる。ミカゲもカペラも、もっとたくさん一緒に居たい大切な存在であるのに、今は傍にいない。幸いカペラとの別れは再会を約束できるものであったが、この先誰かと出会っても、それがどんな出会いで、どんな思い出になるかは分からない。 「だけどな、お前の方が、オレのこと忘れるなって言ってやるよ。たとえオレが消えても、お前が誰かに奪われても、絶対オレのこと忘れるんじゃねぇぞ?」 「有り得ないから」 「……だよな。だったらオレも離さねぇよ。神に誓って」 司教らしく言ってみたが、かなり似合わないと思い、 「やっぱ神様やめた。違うの何かねぇか? 太陽? 月? そうだ、空に誓おう。そうしよう」 呆気なく言い直す。 すべてが繋がる天空に誓う。いつ何があろうとも、最後の最後まで腕の中の小さく愛しい人を護ること。出来る限りの力を尽くして、彼の望みを叶えること。そして共に居られる間は、愛してやること。 繋がってキスをする行為が好きだ。そのまま首筋を舐められると意識が遠のく。 「あ……、フラウ、まだ? オレ、もうやばいよ」 「……オレも、そろそろかな」 「よかった、一緒で」 「じゃあ、向こうで会おうな」 「うん」 これから向かう所は快楽の最後の到達点である。一緒に同じ場所に上り詰めるのだから、同じ感覚を味わおうということ。 「ああ、フラウ……いい、すごく……いい」 抱かれるのがこんなにも嬉しいと感じるなんて。 「……ッ、それはオレの台詞だぜ」 この時だけは大人びた顔をするテイトだが、フラウの腕の中は、それほど価値のある効験を持っていた。フラウにしても、小学生のようなテイトを抱いて、少しばかり罪悪感が芽生えても言葉にはならないほど抱き心地がいいのである。 「どうしてくれんだよ」 この複雑な思いを、どこにぶつけたらいいのだろう。 「そんな……」 「とりあえず、イッとくか」 「う……ん」 離れたくない、失くしたくない、という、その誓いは互いの想いから生まれた約束となり、叶うも破るも運命だと言い放って、二人はまだ続く夜の誘引に躯を重ね、求めることで陶酔したまま甘美な夢へと堕ちてゆくのだった。 たとえ離れ離れになっても、同じ空の下、空を見上げれば繋がっているから、何も怖くないはないはず、きっと辛くなんかならない、寂しくもないはず。 土に還るこの命も、天に還る魂も、すべては交わした言葉の中に包まれて、やがて一つになり、また再び結ばれるのだから。 忘れないで。今まで交わした言葉も、愛し合った夜のことも、何ひとつ、忘れないでいて。 もし辛いことがあったなら、輝かしい光を生む夏の大空や、或いは秋の夜を彩る藍色の美しさ、冬には雪を散らせ、春を過ぎた頃から雨を降らせる、まるで人の生きる様を描くような天に、たくさんの想いを募らせればいい。愛しい人の許に届くように。 空へ──。 |
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